第四十話:タチバナの滅び

 広い会議室に、その日も三人の騎士が揃っていた。現れた王は、桜紋を背にする席へと座り、騎士は着席を待ってからゆっくりと頭を上げる。

「三人とも悪いな」
「とんでもございません。陛下」

 タチバナ、ミレット、ストレリチアの3名は、今日この会議で何を話し合うかを知らされずにいた。それは珍しいことでは無く、王が私的な理由で騎士を頼りたい際によく行われていることでもある。

「キリから、カレンデュラ領へ行きたいと相談された」
「……カレンデュラですか?」

 クラーク・ミレットの言葉に、王シダレは頷いていた。アカツキ・タチバナとセシル・ストレリチアが表情を変えないのは、時間の問題だとわかっていたからだろう。

「キリが、カレンデュラへ行くための護衛にクラーク、お前に行って欲しいと思っている」
「私ですか? 護衛はストレリチア卿の役目では……」
「嫌か?」
「そう言う意味ではなく……」
「何故クラークを? ストレリチア卿は、十分に役目を果たしていると思うのですが……」

 困惑する二人の騎士をセシルは黙って見ていた。クラークと王子の溝は、他ならぬクラーク本人も十分に理解していて、それはアカツキも同じだからだ。
 その上でセシルは、シダレ王がクラークに頼りたい理由もそこはかとなく理解ができてしまう。彼は夏に、ストレリチア隊が捉え切れなかったアロイス・フュリーを捉えてみせたからだ。

「カレンデュラへ行く条件に、私が信頼する騎士の同行をキリへと提示した」
「それならば、尚更アカツキの方が適任では……」
「なら、アカツキはどうだ?」
「ご命令とあらば同行致しますが、せっかくの機会なのでクラークと殿下の関係改善をーー」
「もういい……」

 シダレ王が項垂れていて、セシルはどこから話題に入ればいいのか分からない。しかしセシルもこの場に呼ばれたのは、他ならぬシダレ王の「気遣い」だと理解ができた。

「ストレリチア卿も、すまないな」
「いえ、お気遣いなく。しかし私も、殿下のミレット閣下の関係性は、穏便に護衛を遂行できないと言うリスクが伴う為、ここはタチバナたるアカツキ殿が適任だと思うのですが……」
「……そうか。貴殿の隊はどうだ?」
「我がストレリチア隊は、長く宮廷騎士として仕えておりますが、これまでの業務の関係上やはり護衛任務の経験が乏しい。夏のご旅行に当たっても、緊急時にも関わらずジン一人に敵二名の遭遇を許してしまうなど、失態が後を経たず受け難く存じます」
「……謙虚だな」
「ストレリチア卿が気にすることもない。この三人の中で、あの殿下を守り切れたのはクラークのみだからな」
「アカツキはもう黙っていろ!!」
「クラークもアカツキも喧嘩せんでくれ……」
「しておりません!!」

 既視感のある空気に、セシルは何故か安心していた。しかし、アカツキの言葉は事実であり、シダレ王の気持ちも理解ができてしまう。

「差し出がましく存じますが、陛下。ミレット閣下による特殊護衛隊を臨時で組むのは如何でしょうか?」
「ふむ? 具体的には?」
「クラーク・ミレット閣下を隊長とした、殿下と信頼度の高い騎士による隊です。特殊親衛隊のように隊を跨いだ人材によって組む事を想定しております」
「なるほど……。どうだ? クラーク」
「それならば確かにリスクは下がるでしょう……しかし、やはりアカツキの方が適任では? 私ではやはりリスクがぬぐいきれずーー」
「やはり嫌か……?」
「そう言う意味では……」

 アカツキもまた「タチバナ」であり「無能力」を想定される敵に優位とは言い難く、セシルは会議を静観する。しかしそれでも、タチバナ隊とミレット隊は普段から王や王妃の護衛任務をこなし、周辺警護には強く戦闘経験も豊富で実力は疑い用もない。
 その上で思慮深いシダレ王の性格から、異能を持っていない「無能力」を想定した敵へ、ミレットが護衛に出る事はやはり王なりの最大限の「守り」なのだろうと推察した。

「……人材に希望はございますか?」
「キリには、こちらが選ぶと話しをつけている。自由にするといい」

 半ば諦めた口調にセシルは同情し「いつも通り」を見ていた。王子絡みの事柄は大体こうして揉めてクラークが折れるからだ。
 クラークは、横にいるアカツキを睨み告げる。

「ならば、アカツキ。人を借りるぞ」
「好きに連れていってくれ。誰でも喜ぶ」
「ストレリチア隊からも構わないか?」
「えぇ、とても光栄でしょう……」
「クラーク、いつもすまんな……」
「このクラーク・ミレット。必ずや殿下を往復させて参ります」

 少し不安の残る会議は終了し、三人の騎士は、王の退室を待って解散する。

@

「クラークが謁見?」
「えぇ、本日の午後にお会いしたいと」

 リビングの朝のひと時に告げられた言葉に、キリヤナギは少しだけ驚いていた。クラーク・ミレットが謁見にくるのは、親衛隊がセシルになる前、2年近くぶりにもなるからだ。

「ふーん……」

 その日もジンは訓練にゆくと言って朝からいない。
 グランジも心配そうにしていて、キリヤナギは申し訳なくも思ってしまった。それもキリヤナギがクラークを嫌っているのは、現在の親衛隊の周知の事実でもあるからだ。

「わかった。謁見室かな?」
「いえ、リビングで構わないと……」
「なら着替えないとね」

 グランジとセオは少しだけ驚いていた。以前のキリヤナギなら、きっと話すことはないと断っていたかもしれない。それはクラークもまた同じで、お互い触れずにいようと言う暗黙の了解ではあったが、その日、久しぶりにその一線は超えられる。

 現れたクラークは、騎士服を完璧に着こなし堂々と王子のリビングへと現れた。

「ご機嫌よう。キリヤナギ王子殿下」
「やぁ、クラーク」

 笑顔で応じるキリヤナギは、2年間などなかったかのように明るく応じる。クラークは表情を変えず、後ろにいるセドリック・マグノリアと共に深く頭を下げた。

「殿下が希望されている、アークヴィーチェ卿とのカレンデュラ領への視察に、私、クラーク・ミレットが護衛として同行させて頂くこととなりました」

 これはキリヤナギの予想通りだった。父が食卓で具体的な名前を出さなかったのは、クラークへ頼むことへのうしろめたさもあったのだろうと思っていたからだ。

「ありがとう、クラーク。頼りにしてる」
「……構わないのですか?」
「僕は、父さんの信頼する騎士に来て貰えるのは嬉しいかな? クラークは不満?」
「とんでもございません。私は大変光栄に思います」
「なら、お互い様だ」

 後ろのセドリックは、何も話さない。【読心】の彼は、穏やかであれど少し冷ややかな王子の心を感じ取っていた。

「今回の護衛を行う騎士は、我がミレット隊を含め、他の隊より選抜した混成部隊として編成することとなりました」
「混成?」
「ミレット、タチバナ、ストレリチアより、若干名。今回はアークヴィーチェ卿もおられることから、約8名の騎士で同行致します」

 後ろのセドリックから渡された書類は、特別護衛隊として編成される騎士達の名簿だった。
 カナト・アークヴィーチェがいる事で8名の内二名はガーデニアの騎士で、残り六名はクラークを含めたオウカの騎士となる。

「カナトには二人だけ?」
「ガーデニア側から土地勘のなさが心配されており、オウカの残り二名はアークヴィーチェ卿へと配属致します」

 つまりこの名簿にある数名はカレンデュラ領の土地に詳しいと言う事だろう。感心して見ていたら、その人選に思わず驚いてしまう。

「人選で希望はございますか?」
「ううん。この人達で大丈夫だけど……クラークは、良いのかなって」
「騎士として最大限の配慮をしたに過ぎません。当然です」
「……そうか。ありがとう、頼りにしてる」
「何なりと」

 深く頭を下げたクラーク・ミレットは、その後も表情を崩さないまま、護衛の方向性などを説明してくれる。
 大まかなスケジュールを見ると、午後から夜へ移動を終えたその日は、主要都市の別宅で休み。次の日にカレンデュラ公爵家へと訪問するスケジュールだった。
 マグノリアの時とは違い公開されず、市民にはほぼ知らせない形での訪問に少し残念にも思ってしまう。

「やっぱり、カレンデュラ領だと僕らは歓迎されない?」
「そんな事はございません。公爵家とは長らく冷ややかな関係性ではございますが、カレンデュラ家もまたオウカ家への信頼から選ばれた公爵でもあります。よって殿下への偏った印象ないかと」
「少し意外だった。なら逆に偏ってる土地はあるのかな?」
「私も長く訪れておらず、現在の印象までは詳しくは存じませぬが、参考となるのは20年前の公爵選挙です。シダレ陛下の推薦なく公爵となった地主貴族は三つ。ローズマリー、ウィスタリア、サフィニア。この地の領民は、王の推薦した公爵を選ばなかった。よって偏見があるのならばこの三つの土地でしょう」
「御心配はされずとも、ここ最近の夜会においては、この三家ともシダレ陛下と深く交流されております。公爵との交友は民との交友にも近く、関係性は決して悪くはないとも言えます」

 セドリックの補足はわかりやすくて助かる。キリヤナギが生まれる以前は、その土地の公爵を王が選んでいたが、近代化につれて民が選ぶ選挙制度へと変更されたのだ。それはかつて現代のウィスタリア領にて起こった内戦から学んだものだとも言われ、王は七つの土地を収めるため関係性の維持する努力が必要だとも言われている。

「父さんとカレンデュラ公爵の間で何があったか知ってる?」
「深くは存じません。しかしここまで関係性が悪化したのはここ十数年のことであり、任命を受けた当初は、数ヶ月に一度カレンデュラ卿が首都に単身で来られるほど大変良好でありました。また逆に口論になることもしばしばあり、私も当初はすぐに改善されると思ってはおりましたが……」

 喧嘩をするほど仲がよかったとも言えるのだろう。キリヤナギが知るのは、シダレ・オウカとクリストファー・カレンデュラは、今キリヤナギも通う王立桜花大学の学友であったことぐらいだからだ。
 そこまで仲が良かった二人に何があったのか、考えると興味深く思えてくる。

「父さん、聞いたら話してくれるかな?」
「一度だけ私も伺ったことがありますが、『語るほどのことでもない』と……」

 ますます分からず首を傾げてしまう。
 クラークは以前とも変わらず、無表情でキリヤナギをみてくる。
 子供の頃、キリヤナギはどんな話をしていても正しい言葉が返ってくる彼の態度が当時はとても苦手だった。しかし今、正しいと確信のあるその言葉は安心すらもたらしてくれる。

「ありがとう、クラーク。同行してくれる騎士にはもう伝えてあるのかな?」
「いえ、本日より辞令をだし召集致します。特別訓練も行い、万が一に備えようかと」
「なら僕からは話さない方がいいね」
「制限をすることでもございません。ご自由に」
「わかった」

 クラークは、その後もスケジュールについて説明し、セドリックと共にリビングを後にする。
 これにより明確な日付も決まり、明日以降から準備が進められることになった。

『カレンデュラ領いけんの? よかったじゃん』
「うん。なんとか道筋もついたよ」

 クラーク・ミレットが退出した後、キリヤナギは早速ヴァルサスへと音声通信を飛ばしていた。今日は本来『タチバナ軍』のサークル活動があったが、午前から先日ジンとリュウドが捕えた『異能を持った強盗』からの回収の儀式があり、キリヤナギは休んで王宮での公務をこなしていた。

「今日、付いてきてくれる騎士と打ち合わせがあってーー」
『移動だけなのに、打ち合わせ? 大変だな』
「僕、どうしてもフットワーク重くてさ。情け無いけど……」
『まぁ、それはしょうがないんじゃね。でさ、それ俺も一緒にいけね? 自腹でいくからさ』
「え、ごめん。今回は僕も貴族の友達と約束してて」
『約束?』
「カレンデュラ領へ案内しないとなんだ。だから来てもらっても会うタイミング作れない」
『ちぇー、まぁしゃぁねぇか。姫戻ってくるなら大人しく待ってるよ』
「ま、まだわかんないんだけど……」

 戻ってきてくれるのなら、きっとそれは最高の結末だろう。しかし、既に編入を終えた彼女がそんなすぐに戻れるのかも怪しい。

『努力はしてみるよ』
「あんまり無茶すんなよ」

 カレンデュラ領行きが決まり、『タチバナ軍』へはしばらくは参加できないが、今は道筋をつけてくれたカナトの為にも、後悔がないよう動くだけだからだ。
 その中で何故か数日まえから喉の痛みがあり、キリヤナギは耐えられず通信を切る前にひどい咳をしてしまう。

『王子、風邪ひいてんの?』
「かなぁ、調子悪くて……」
『意外と身体弱いのか?』
「そんな事ないんだけど、一昨年寝込んでから崩しやすくなってて」
『ふーん。ま、王宮なら不摂生とかねぇだろうしちゃんと治せよ』
「ありがとう。ヴァルも気をつけてね」

 首都はまだまだ冬が続き、気温も過去最低を記録してゆく中、人々はその日も暖をとりながら一日を終えてゆく。

139

 定時間近だったセシルは、届けられた書類に不安を得ずにはいられなかった。ミレット隊からの書類は、来月にあるとされる、王子のカレンデュラ行きに関する物で、そこで組まれる特殊護衛隊の中へジン・タチバナが名を連ねていたからだ。
 セシルはすぐさま内線で、クラーク・ミレットへと通信を飛ばす。

「閣下……」
『セシルか。書類をみたな?』
「えぇ、受け取りました。ジンを指名されるのですか?」
『何か問題が?』
「ここ最近のジンは、本来の実力が発揮できない不調を抱えて居ます。ここでカレンデュラへ赴くのはリスクが大きいかと……」
『はは、『タチバナ』ですら信用しないのは相変わらずだな……』
「私は事実のみでお話ししておりますが……」
『少なくとも私は、お前よりあの「タチバナ」を信頼しているよ』

 セシルは、クラークの言葉が今一つ理解できなかった。ジンは確かにアカツキの息子だが、同じ事ができる保障はどこにもないからだ。

「ならばせめて、分家タチバナのーー」
『あっちは知らん。戦ったこともないからな』

 戦ったかどうかの基準に、セシルは呆れて何も言えなかった。しかし、今回の人選は、確かに王子の心象に沿った物でもあり、『信頼』を持ってこられればセシルは何も言えない。

「ならばせめて、私も同行できませんか?」
『この仕事に【服従】は不要だ。守れないなら素直に待っていろ、セシル』

 その言葉をそのまま返したいと、セシルは思わず悪態をつきそうになってしまう。クラークはそのまま通信を切り、セシルは思わずしばらく頭を抱えて居た。
 そして日が変わり、次の日も朝から訓練へと参加していたジンは、午後の業務に行く前に、セシル・ストレリチアの執務室にて辞令の書面を受け取る。

「俺ぇ!?」
「あぁ、昨日ミレット卿から直々にご指名があったよ」
「な、なんでっすか??」
「さぁ、殿下と仲良いいからじゃないかな? 他のメンバーも知り合いが多いみたいだからね」

 書面にはクラーク・ミレットを隊長とした。6名の名前が並び、もう二名はガーデニアの騎士の名前が並ぶ、その見覚えのある名前は、アークヴィーチェ邸でよく顔を合わせていた2人だった。
 セシルの態度は珍しくそっけなく、まるでこれ以上言うことがないような振る舞いで、ジンは少し困ってしまう。

「お、俺でいいんです?」
「私が決めたことではないからね……。不満なら伝えることはできるけど」

 どうすべきかというジンの態度に、セシルはようやく普段の雰囲気をみせてくれた。

「不安かい?」
「……はい。嫌では無いですけど。最近は少し弱腰になっているのが否定できません」
「そうか。それは私のせいかもしれないね」
「え?」
「ジンは、『戦いすぎ』なんだよ」

 思わず首を傾げてしまう。セシルは、その反応に吹き出していた。

「ならあえて聞くが、グランジが戦っているのを、ここ数ヶ月で何回みたかな?」
「グランジさんですか……」

 思い出すと騎士大会ぐらいしか出てこず、ジンは思わず自分の記憶を疑ってしまう。

「リュウド君は?」
「リュウド君は先週と騎士大会……」
「ジンは?」

 ジンは、訓練だけでなく毎週決まった曜日にリーリエの時のような模擬戦をやっている。他にも数週間に一度『異能犯』らしき敵の捕縛や回収などにも足を運んでいて、少なくとも一週間に一回以上戦っていた。

「普通、じゃないんすか??」
「まさか。回数としては異常だよ。普通の騎士は一度戦うとかなり消耗するから、一、二週間は待機だったり警備に回るんだけど、ジンは人が良いからついつい私も頼ってしまっていた」
「……俺も、何かできるならって」
「私もそれは理解している。戦いを楽しむ君は、戦いの中で調子を戻せると思ったけど、不調とわかっていながら怪我をさせてしまったのは私の責任だよ」
「それは、まだ慣れてないからです。少し心境がかわったので……」
「そうか。だけどそんな人よりも何倍も経験を詰んだ君は、強さにおいては間違いなく、この騎士団でも頭一つ抜けている」
「そ、それは、調子が崩れるので、勘弁してください」
「はは、そうだったね。でも事実だ。君はもっと堂々としていればいいよ。以前のようにね」

 ジンは、そこまで堂々としていた覚えもなくただ返事に困ってしまっていた。セシルの言いたい事は、おそらく『断っても誰も咎めない』と言う予防線を張ってくれているのだ。
 目の前に出された課題を黙々と淡々とこなすジンは、その身に不調を感じながらも『無理をする』と認識されてしまった。

「隊長は、俺のこと『信頼』してくれてるんですか?」
「『信頼』は、半々かな? だってまだ話せるようになって一年も経ってないからね」

 その通りで恥ずかしくもなってしまう。リカルドに言われたように、ジンはまだ騎士棟へ常勤になったばかりの『新人』なのだ。嘱託になったのも去年からで、実績も経験も何も積めていないに等しい。

「私が君を『信頼』している所は、殿下の忠臣であることだね。この意識は、ストレリチア隊へ招く前から変わらないかな」
「そっち……」
「最初に裏切ったのは君だよ」

 うっ、とジンは息が詰まってしまう。誕生祭でのキリヤナギへの通信漏洩を思い出して、ジンは頭が下がる思いだった。しかし、忘れていた事を思い出せたようにも感じる。

「それは、すいません……でも、俺はそっちです」
「うん。私はそれでも構わない。今のこの騎士団には、君が必要だ」

 初めて言われた言葉で、ジンはまたも返事に困ってしまう。どこにいても邪魔者で不要だとも言われ続け、外国にも送られたにも関わらず、セシルは必要だといってくれたからだ。

「カレンデュラ領へは行くかい? 様子を見たいなら私から卿へ話してみるが……」
「……行きます。そこは、ブレたらダメな気がするんで」
「わかった。殿下を頼んだよ」
「はい」

 キリヤナギを戦わせてはいけないと、ジンは自分へと言い聞かせていた。それは何年も前に心に決めた事で、今更悩むことではない。
 その後ようやく宮殿へと戻ったジンは、先日と同じく毛布を羽織るキリヤナギの元へと戻る。

「おかえり」
「大丈夫すか?」
「うん。でもちょっと寒い……」
「横になられた方がいいのでは……?」
「この時間のドラマの続きが気になって……」
「ひ、昼ドラ……?」

 検索すると、現代フィクション作品で王族の末弟が身分を隠して一般社会へ紛れ込み、戸惑いながら社会生活をする中、とある一般企業の女性と恋に落ちると言うロマンスだった。しかし、身分の差やスキャンダルなどに苛まれ同僚から妬まれたりなど描写がリアルで怖くなる。

「どうやって皆を説得するんだろ……」
「そもそも結ばれないのでは?」
「セオ……」

 震えながら見ている王子が珍しく、ジンはしばらく観察していた。

「このドラマの王子殿下、恵まれた容姿である事をいいことに序盤で女性を弄んでましたから、自業自得ですよ」
「でももう反省してるし……」

 オウカ宮殿のオマージュ作品なら興味深いのは理解できるが、王子本人が見るのはどうなのだろうとジンは突っ込むべきか悩んでいた。

「気になるのでしたら、録画しておきますのでお休み下さい」
「見逃したら、ヴァルと先輩の話題についていけなくて……」
「流行ってるんすね……」

 話してる間にエンディングとなり、キリヤナギはホッとしていた。自室に戻ろうとする彼に向けて、あえてジンは呼び止める。

「殿下。俺もカレンデュラ領へ同行します」
「そっか、頼りにしてる」
「それと今週末、一度実家に戻ろうと思います」
「『タチバナ』?」
「はい」

 ジンの真剣な表情も久しぶりだった。セオが黙ってしまう中で、キリヤナギは納得したような表情をみせる。

「わかった。みんなによろしく伝えてね」
「はい」
「久しぶりの連休だし、ゆっくりしてきなよ」
「セオもサンキュ」

 今週は祝日があり、週末が三連休となる。これまでのジンは、連休でも王宮で休んでいて単身で実家に戻るのはアークヴィーチェ邸にいた時以来だった。
 王子の体調が心配される中、オウカ宮殿はその日も平和に終わり、週末に定時を迎えたジンは、大きめのバックを持って王宮を後にする。

140

 キリヤナギはすでに休んでいて見送らず、王宮はジンの居ない朝を迎えた。

 なかなか起きてこない王子にセオが声をかけに行くと、ベッドでぐったりしているキリヤナギがいてセオは驚いた。
 流行りの感染症を発症した王子は、一週間は隔離処置となり療養する。

「殿下、マジ……?」
『ここ数日の様子から嫌な予感してたんだけどね……』

 ヒイラギ王妃が寝込んだと聞いたジンは、会う頻度が少ないキリヤナギに移る事はないと思っていたのに、お見舞いに行ったのは予想外で聞かされてもいなかった。
 その日実家に戻ったジンは、早朝から道場の掃除をしていて、セオから王子が寝込んだとメッセージを受け、思わず音声通信を飛ばしてしまう。

『もうドクターに診てもらって薬も渡されたけど、身体中痛いって呻いてる』
「キツイやつじゃん……妃殿下はどこから?」
『使用人からみたいだね。風邪だと思って出勤した人がいたんだ。部署によっては半分やられて人も減ったから余計に撒き散らしちゃったみたい』

 致命傷だなぁと、ジンは呆れるしかなかった。使用人は人数が減ると業務量も増え、足を伸ばす場所も増えるためその先々の人と接触するからだ。

「セオも殿下から貰うなよ……」
『僕は予防接種を受けてるし大丈夫、罹ったら素直に休むよ』

 抜かりないとジンは感心していた。週末の王宮は、ほぼ住み込みの使用人しか居らず出入りする人々はかなり減るため、落ち着くだろうと推測する。

 窓を全開した道場は、明るく冬でも暖かい光が差し込んでいる。一通り床を磨いてほっと息をついたジンは、道場の床へ正座して呼吸を整えていた。

「珍しいな」

 聞き慣れた声は、ジンの父のものだ。彼は掃除された道場にTシャツとスウェットで現れ腕を組んでいる。
 ジンが今日、久しぶりに実家へ帰ってきたのは、このアカツキ・タチバナと2人で話すためだ。

「そんな珍しい?」
「ここ最近は、殿下が来られる時しか帰っとらんだろ?」
「そりゃ、護衛だし……」
「……まぁいい。どうした?」

 本題だとジンは立ち上がって構えた。

「父ちゃん。相手して」
「今更か? 正直、辛いんだが……」
「俺、弱くなったからさ」

 ジンの突拍子のない言葉に、アカツキが返答に詰まっている。彼は「なるほど」と小さく口にして、同じく構えた。

「リーリエ君に負けたのは、珍しいと思ったぞ」

 アカツキのブラフに、ジンは返答せず飛び込んでゆく。お互いが『タチバナ』であり、読み合いはシンプルな受け答えだ。
 ジンは体を慣らすようにアカツキに合わせ、徐々に速度へと上げてゆく。

「何か考えているな。攻めが単調だぞ」
「わかんねぇ、でも、セオに自己中って言われたんだ。自分の事しか考えてないとか、人に興味がないとか」
「ほぅ」
「確かに俺、殿下にしか興味がなかった。セオもグランジさんも殿下の為にいて、俺もその為にいて、それが当たり前だと思ってた。でも初めて王宮勤務になって、皆が協力してるってわかって、俺も周りに合わせてみる事にしたんだ。でも俺は、それで結果が出せなかった。優勝はしたけど、人がいるってことに甘えたせいだと思うと、どう戦えばいいか分からなくなった」
「そうか。確かにジン、今お前は以前よりは弱いだろう。だが、その弱さは正しい」
「……!」

 防御に専念していたアカツキが、攻撃へと転じる。ジンは即座に距離をとってガードの構えをとった。

「人は、『弱いもの』だ。『強い』などと言う傲慢な考えは、初めに捨てるべきだ」
「……」
「もう一度言う、人は『弱い』。武器で死に、落下で死に、拳でも当たりどころが悪ければ死ぬ。当たり前だ。つまり『弱さ』は恥ではない」

 何を言っているのだろうと、ジンはアカツキの言葉に混乱していた。しかし、人を『人間』と言う括りで見た時、それは確かに一つの生命にすぎず『弱い』とも言える。

「まず自分の『弱さ』を自覚し、何故弱いのかよく考えるんだ」
「弱さは、伸び代じゃねーの?」
「伸び代と言える『弱さ』は、自分で改善できる範囲の事を言う。ここで語る『弱さ』は、もっと複雑なものだ。ジン、今のお前の『弱さ』は何か、自覚はできているか?」
「わかんねぇ。でもグランジさんも、セオも殿下も俺が弱くなったこと微塵も気にしてなかった」
「……」
「学生の時は、負けたら『タチバナ』の癖にとか、そんなんじゃ殿下は守れないとか。毎日のように言われてたのに、今は誰も気にしてない。そう言う時もあるとか、負けたのは久しぶりとか、リュウド君にもフォローされたぐらい」
「そうか。なら問題はそう深刻ではないだろう」
「……っ!」

 思わず押し黙り、動きも鈍ってしまう。体力はまだ保つが、アカツキの攻めは不規則で、常に神経研ぎ澄ませなければ受けれず気が抜けない。

「いいか? ジン。『弱さ』は集結することで『強さ』となる。人は『弱さ』を共有し、お互いを補うからこそ、この世界は維持され回っている。『タチバナ』はその外側にあるが故、理解しにくいだろうが……」
「……」
「『タチバナ』は孤独だ。1人で『強さ』を求め、『弱さ』を受け入れることは許されない。だがその『タチバナ』はもう滅んだ」
「!」
「『孤高のタチバナ』は、もう終わった。『弱さ』を受け入れ、仲間を信じろ。我々先祖は、孤独であるが故にその力は早くに限界を迎えていた。それは孤高の強さこそ『独りよがり』にすぎないからだ」
「……父ちゃーー」

 ジンは投げ飛ばされ、道場の床へと叩きつけられた。久しぶりの敗北の痛みにしばらく体が痺れる。

「己の『弱さ』を受け入れ、それを仲間へ頼れ。かつての『タチバナ』が至れなかった団結の強さこそ、お前が殿下を守り続けるのに必要なことだ」

 ジンはしばらくアカツキの顔を見上げていた。考えた事がなく、ただの理想論だと思っていた事を父が語っている。それはジンにとって漫画や小説でしか見たことのなかったものからだ。

「そんな事、できる?」
「できる。だが難しいことだ。……私も同じくな」

 アカツキは目を逸らしてしまった。それはまるで後悔のような、悔しさすらも滲ませている。

「全ての人間との信頼関係の構築は不可能だ。割り切り己の許せる相手のみでいい」

 思えば騎士棟で聞いた「保守派」と「新騎士派」の話もアカツキが作れなかった信頼の壁なのだろう。父から感じる哀愁は、努力しても至れない事があったようにも見えた。

「ストレリチア卿とは、どうだ?」
「セシル隊長? 嫌いじゃないかな……?」
「……そうか」
「何かある?」
「何もいうこともない。叩き上げにしてこの上なく有能な騎士だが、ストレリチア卿は『信頼』の手本としてはならないと私は考えている」
「なんで?」
「ストレリチア卿ほど、結果が全ての騎士は居ない。どんな騎士であっても、卿の下では、ただの駒だからだ」

 ジンはピンと来ず、思わずうーんと考えてしまった。確かに騎士大会では、いつの間にか囮にされていたらしいが、ジンは気にも止めていなかった。

「そんな深く考えること?」
「重要だ。それは余程信頼を得ていなければ、当事者の騎士から裏切ったとも思われかね無い。だからこそ卿の態度はあのように温和なんだ」

 セシルの穏やかさは、たしかに騎士の中では珍しくジンも強く印象にのこっている。本来ならば、このアカツキのように物事をはっきりと告げ、規則に反することは許されないと断ずるはずだからだ。
 しかしセシルは、それを散々犯してきたジンを認め、好きに王子を守ればいいと放任している。これまで遠ざけようとしてきた幹部とは真逆の態度で戸惑ったが、それがセシルなりの『信頼』の積み上げ方だとわかると何故か納得もできた。

「確かに隊長ならいいかなって思ってる」
「意思を尊重すると言うなら聞こえはいいが、逆に言えば卿から騎士へ信頼はほぼ無いとも言える、かの隊はそう言う場所とも言われ、『信頼』の手本にはならないだろう」

 ふーん、とジンは何故か興味が湧かなかった。つまりジンが信頼しても、セシルからの信頼は返ってこないと言うことだろう。セシルは仲間を駒としてしか見ておらず、本来あるべき『信頼』とは違うとアカツキは言っている。

「俺は、殿下を守れたらいいかな……」
「その『独りよがり』を克服すべきだ」

 そうだったと、ジンは反省した。しかしこの問題は解決できない訳ではないとジンは光を見る。それは既にジンにはこちらを向いてくれる「周り」がいるからだ。

「父ちゃん。俺、今度カレンデュラ領にいく」
「カレンデュラか。かの領地は色々と不安が残る土地でもある。お前に殿下が守れるか?」
「カレンデュラ行き、止めようとしたらカナトに弱腰っていわれてさ。悔しかったし、やり切る」
「いい返事だ。なら私に勝てるまで向かって来るといい」
「年齢来てんなら無理すんなよ!!」

 二人はその日、久しぶりに延々と戯れあっていた。体を動かしていると徐々に楽しくなり、調子も戻ってくるが、先にアカツキに限界がきて、後は基本練習に切り替えていた。
 実家に戻ってから、祖父のカツラに普段の態度をアカツキに話されて説教されたり、母にはキリヤナギがいないことを残念がられたり、祖母だけがジンの好きな雑誌記事を切り抜いてくれていて、ジンは久しぶりの実家の空気に浸っていた。

 ククリールが戻ったカレンデュラ領は、その日、久しぶりの危機に陥っていた。主要都市たるトサミズキ町からそれなりに離れた都市、エニシダ町にてテロ予告が行われ、この土地の領主たるクリストファー・カレンデュラは、頬杖をついて報告を読む。

「滑稽だな。どう思う? サフラン」
「実際に起こるかどうかは定かではありません。しかし王子殿下が視察に来られる以上、ここは備えるべきかと」
「『視察』と言う名の懇願でないといいが……」
「……」

 広い執務室には、三人の男がいた。1人は実務机に腰掛ける豪華な礼装を纏う公爵、クリストファー・カレンデュラ。向かいの長髪の男は、カレンデュラ騎士団の騎士長の位を持つサフラン・バジル。もう1人は寡黙でまるで銅像のように動かないが、顔の傷が目を引く貫禄のある男、カレンデュラ騎士団副長、ヒュウガ・クレマチスだった。

「ヒュウガは?」
「右に同じく、バジル卿の言葉は正しい。視察の日程も近い以上、建前がなければ信頼も落ちるのでは……」
「今更無くす信頼もないが??」
「自虐はご勘弁を」

 ヒュウガに冗談は通じない。クリストファーもそれはわかっていた。サフランのみが小さく笑みを見せ空気を和ませてくれる。

「王子の歓迎も面倒くさい。今更何がしたいんだ、アイツは……」
「いつもの関係改善に向けて……ということでは?」
「私はちゃんと許す方向性を示している。それをやらないのは向こうだ。煩わしい」

 クリストファーの悪態は珍しい事ではなく、2人の騎士は黙って聞き流していた。クリストファー・カレンデュラは、公爵の中でも頑固さで有名でその態度は他の貴族から呆れられるほどでもあるからだ。

「如何されますか?」
「サフラン、騎士をやれるか?」
「畏まりました。エニシダ町へ最大限の警戒網を敷きましょう」
「貴殿の兵だけでなんとかしてくれ」
「御意に」
「ヒュウガはしばらくはこっちを頼む。王子周りは宮廷が派遣隊を使うとは聞いているが、ある程度のフォローはいるだろう。アークヴィーチェ卿もくるのなら手は抜けん」
「はい。このクレマチス。かならずや御主命を果たしましょう」
「ちょうどいい、ククが惹かれた王子の人格を見極めようか」

 クリストファーは、執務室の窓から緑豊かな都市を眺め、その日も午前の業務へと戻ってゆく。

 快晴で始まった連休は、雪予報にて終わりを迎えジンは出勤を控えるその日も早朝からアカツキと訓練へ励んでいた。この三日間ひたすら基本練習に明け暮れ、怪我だけはしないように注意を払いつつギリギリを攻めてゆく。
 暖房のない道場は、外の気温からかなり冷え込んでいたが、体を動かしてゆくと寒さも気にならなくなり、冷え込みがちょうど良くすらも感じてくる。
 体の勢いに応じて跳ねる汗を浴び、着地したジンが再び向かおうとするとアカツキが後ろへ倒れるように尻餅をついた。

「ギブだ、ギブ。もう勘弁しろ!」
「ぇー……」
「この三日、散々やっただろう?」
「まだ戻ってねぇんだけど……、父ちゃん付き合ってくれるっていったじゃん」
「全盛期にも近い自分と一緒にするな。これから仕事もあるんだよ!」

 50代のアカツキは、40代に入ってから体力の衰えを感じたらしく前線は引退して管理職へと昇進している。必要に駆られれば戦うのだろうが、ジンからすれば情け無くも見えてしまう。

「父ちゃん。騎士長なのに最近ギブ早くね?」
「若くないんだよ。理解しろ!」

 この組み手のルールは、お互いに体を壊さないよう、無理をしないことが大前提だが、ジンが学生時代の頃はもっと長く戯れていた筈なのに今は物足りなくも感じてしまう。

「つまんねー」
「父をサンドバッグにする気か! グランジ君に遊んでもらえ」

 そうしようとジンは何故か納得していた。

「父ちゃんって戦うの好きじゃないんだっけ?」
「そうだな」

 アカツキは、そもそも武道がそこまで好きではなかった。弟のアーヴィングの方に才能があり、アカツキは彼こそ『タチバナ』の家長を継ぐと思っていたが、

「アイツは『独立』すると言って逃げた!」
「恨んでんの?」
「恨んでない。だが、アイツが継ぎたくないなら私しか居なかっただけだ」
「叔父さん強かったんだ?」
「そうだ。騎士になっていれば、大成もしていただろうが今や違う未来だな」
「俺は父ちゃんが弱いとは思わねーけど」
「そんなものただの努力だよ。ここにくる迄に私は、膨大な敗北の経験を糧に、勝利を勝ち取りながらここまで来たにすぎん。だが積み上げた努力で得た実力は、所詮は常人の域を出ることはできない」
「……!」
「どの時代も才能を持つものこそ頂点に君臨する。私は強さにおける才能はなかったが、人を見極め、育てる才能はあったらしい」
「……それは否定できねぇかも」
「私は所詮常人だ。シダレ陛下とクラークの盾が無ければ騎士長にすらなれなかった。【無能力】のな」

 アカツキがどんな人生を歩んできたか、ジンはそこまで詳しくは知らなかった。貴族や一般の優秀なもの達が集まる宮廷騎士団で、『タチバナ』であり常人であったアカツキは、相当揉まれることとなったのだろう。

「ミレット卿と仲良い?」
「奴は私のファンだな、私より私に詳しい」
「何いってんの??」
「そのままだが?」

 ジンは意味がわからず言葉が見当たらなかった。

「興味深いなら本人にきいてみろ」

 アカツキは、踵を返すように道場から出て行ってしまった。ジンも片付けをして後に続き自宅へと戻ってゆく。
 その日のジンは、アカツキの自動車にのって出勤し、朝礼の後、屋内演習場へと足を運ぶ。
 今日は、王子のカレンデュラ行きに備えた特別訓練の開始日だった。つまり今日、初めて共に現地へと向かう騎士がここへと集合する。
 訪れた屋内演習場は、人気がなく一番乗りなのだろうと思っていたが、すでに待ち構えるクラーク・ミレットがいて、ジンは思わず引っ込んでしまった。

「貴様が一番か? 『タチバナ』!」

 声が演習場全体に響き渡り複雑に思ってしまう。恐る恐るでると彼はまるで歓迎するように笑っていた。

「初対面の時の自信はどうした??」
「え”、ないです……」
「は、弱くなったな!」

 挑発されては何も言えない。返す言葉に迷っていると後ろから続々と騎士達が入ってきた。後ろの人を気遣うように現れたのは大学でよく見かけていた彼でもある。

「シズルさん。おはようございます」
「おはようございます。ジンさん、お久しぶりです。……あれ?」

 シズルは、後ろにいたはずの彼女がいない事に首を傾げていたが、彼の目線とは逆の位置に金髪をセミロングにする彼女がいた。

「リーシュさん……」
「ひぇ……」
「はい、さっきまで居られたんですが……」

 リーシュは、パニックになりガタガタと震えている。どうしようと困惑しているとフリーズしている彼女の後ろから、そっと肩を持つ影が現れた。金髪の脚の長い男性は、まるで母のような優しい笑みでリーシュを見下ろしていて、彼女は挨拶も出来ないまま驚きが一周回り失神してしまう。

「マグノリア閣下……」
「やぁ、相変わらずだね」

 セドリック・マグノリアが、リーシュへ肩を貸す最中、さらに後ろから新しい女性が現れる。
 背の高いロングヘアの彼女は、ジンもシズルも見たことのない初対面の女性騎士で、彼女は「おはようございます」と挨拶をしつつ、セドリックとともにリーシュをベンチへと運んでくれた。

「そろったな」

 ミレットの低い声に、リーシュがハッと目を覚ます。その時点でミレットと目が合っていて彼女は大急ぎでシズルの隣へ並んでいた。

「点呼だ。初対面もいるだろう、私の隊のものから順に名乗れ」
「クラーク・ミレット隊、副隊長。セドリック・マグノリアだ。よろしく頼む」
「は、クラーク・ミレット隊。シズル・シラユキです」
「く、くくく、クラーク・ミレット隊嘱託。リーシュ・チュヅバキアです」

 噛んでいる。

「セシル・ストレリチア隊嘱託。ジン・タチバナです」
「アカツキ・タチバナ隊。イリナ・ササノです」
「以上。この6名を特別護衛隊として新たに編成する。抜けたいものは1週間以内ならば許そう。それ以降は根性を叩き直す」
「「「はい」」」

 迫るカレンデュラ領での万が一の戦闘に備え、騎士達の訓練が始まってゆく。

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