第四十一話:魔術師カナト

 その日は晴天だった。
 冬の気候、未だ肌寒い空気の中で午前の空は青く冴え渡り、日差しの暖かさが人々を癒している。そんな爽やかな朝の宮殿で、王子キリヤナギは正装を纏い謁見室へと足を踏み入れていた。
 玉座へと腰掛ける父の元へ堂々と現れた王子は、一旦は跪いて礼をしたのち王の声を受けて再び立ち上がる。

「本日、カレンデュラ領へと出立する王子キリヤナギへ、王命を下す」

 これは正式な儀式だ。しかし、周りには祭祀と騎士と記録係しかおらず、メディアはきてはいない。これは宮殿にて行われる催事が非公開の際に毎度あることだった。

「王子・キリヤナギ。本日カレンデュラ領へと向かい、彼の地での治世が正常に行われているか確かめてくるのだ。そして、『我が力』がこのままカレンデュラ公爵家に在るべきかを判断し、私へと伝えよ」
「はい。必ずやその命を果たし、私はここへ戻って参ります」
「命令は以上だ。王子キリヤナギの出立を許可する」

 宮殿の頂上へと据えられる正午の鐘が鳴り、キリヤナギは謁見室を退室してゆく。そして、外出用のフォーマルな衣服に着替え、自動車へと乗り込んで行った。
 運転するのは、普段と同じくセシル・ストレリチアで助手席にはグランジも乗っている。今日はこの自動車でアークヴィーチェ邸へカナトを迎えにゆき、2人でクランリリー駅まで向かうスケジュールだが、キリヤナギはバックミラーに映るセシルの表情が普段より硬い事に違和感を覚えた。

「セシル、もしかして機嫌わるい?」
「おや、顔に出ておりましたか、申し訳ございません」
「何かあった?」
「大変お恥ずかしいお話ですが、今回のご視察に私も同行したいとミレット閣下へ相談したのですが、軽く断られてしまい……」
「え、そうなんだ。僕は構わなかったのに……」
「閣下にもおそらくお考えがあるのでしょう。どうかお気になさらずに」
「セシルは、なんで来たいと思ったの?」
「……これは私も閣下に指摘されて気づいた事ですが……私が思っていた以上に、私自身が『過保護』でした。情け無いと反省しております」

 どういう意味だろうと一瞬首を傾げたが、ここ最近怪我をしたジンを思い出してキリヤナギは納得した。自分を『過保護』という彼は、ジンに白羽の矢が立った時、おそらく動揺してしまったのだろう。思わず同行したいと話したのは、彼なりの心配だと受け取る。

「僕は、クラークを信頼してるかな」
「えぇ、今回は首都にてお帰りをお待ちしております。お気をつけて」

 セシルの正直な心境は、おそらく同じ立場なら誰でも一度は考えることだろう。実力に不調のある彼の同行は、どうなるかわからないリスクもあるからだ。

 その後、数十分の運転にてアークヴィーチェ邸へと到着したキリヤナギは、二人の騎士と共に現れたカナトと握手を交わす。後ろには見送りに来たらしい初老の男とオールバックの大男もいて、思わず声を上げてしまった。

「ウォレスさん……!」
「これはこれはキリヤナギ王子殿下。ご無沙汰しております。いつもカナトがお世話に……」
「少しだけ、キリヤナギの顔を見たかったそうだ。雨が降るかもしれんので傘を持った方がいいぞ」
「か、カナト様……」

 カナトの皮肉に初老の男性が困っている。オールバックの男性は、カナトの実父。またガーデニア外国大使のウォーレスハイム・アークヴィーチェだ。彼はカナトの皮肉を気にした様子もなく、180cmを超える長身からキリヤナギを優しい目で見下ろす。

「大きくなられましたね」
「そ、そうですか? 小柄って言われますけど……」
「そう言う意味ではないぞ??」

 え”っと思わず変な声が出てしまう。カナトは、使用人へ折りたたみ傘を持って来させ時計を確認していた。

「では父上、行って参ります」
「おぅ、無事帰ってこいよ。護衛頼んだぜ、メリエ、ホライゾン」
「はい。我が祖国ガーデニアの騎士として、必ずや御令息をお守り致します」

 時間も迫っていることから、同行する二名の騎士の自己紹介は列車ですることとなり、二人は数名の騎士を乗せた2台の自動車でクランリリー駅へと向かう。
 午後の首都は、自動車の数も大幅に減っていて、一行はスムーズにクランリリー駅へと到着した。
 夏の旅行とは違い、その日のキリヤナギの荷物は、同行する騎士たちへと預けられ先に列車へと積み込まれている。すでにクラーク・ミレットを含めた4名は、列車の準備の為に改札の中にいて、入り口ではジンとシズルが迎えてくれた。

「隊長、運転お疲れ様です」
「ジン、お待たせ」

 ジンが握手をしていると、シズルが自動車の扉を開けてくれる。カナトを初めて見たシズルは現れた茶髪の麗人におもわず釘付けになっていた。

「ご機嫌よう。ジンが居るのは安心した」
「ミレット閣下のご指名により、カレンデュラ領へとご同行することとなりました。よろしくお願いします」
「硬いな。まぁいいか……」
「カナト……」

 ジンは気に留めた様子もない。シズルと共にトランクスペースの荷物を取り出していると後続からもう一台の自動車が停車する。そこで現れた2名の男女に、ジンは思わず駆け寄った。

「お久しぶりです、ホライゾンさんにメリエさん」
「ジン君。元気そうだね」
「お久しぶり、今回は右も左もわからないけどよろしくね」

 ジンはアークヴィーチェ邸以来の顔合わせでもあり、なつかしさを覚える。この2人はアークヴィーチェ邸に仕える騎士の中でも抜きん出て優秀な2人でもあるからだ。
 先程できなかった挨拶の為、セシルは一度運転座席から降りて頭を下げる。

「ガーデニアの皆様。この度はご足労を感謝致します」
「ご機嫌よう。オウカの騎士殿。セブンオーダー・『フィーア』。ホライゾン・フォースライトです。以後お見知り置きを」

 セシルが一瞬フリーズしていて、ジンはハッとした。ガーデニアの騎士団はオウカとは呼び名が違うからだ。

「えっと……。セブンオーダーが、ガーデニア騎士団って意味なんで、ホライゾンさんは第4騎士団所属って感じです」
「ガーデニアって数字で分けてるんだ?」
「そうだ。我が国の騎士団は一つの組織にまとめられているので、オウカでは違和感があるかもしれないな」

 オウカの騎士のセシル、グランジ、シズルが感心している。思えばオウカでのガーデニア語は必修ではない為、ネイティブになると通じにくいからだ。

「みんな意外とわかんない?」
「ある程度は……ですが、流石に現地用語までは、分からないですね」
「ジンさんがご存知なら安心です」
「そんな詳しくないんすけど……」

 期待されても困るとジンは焦っていた。自己紹介をしてくれたホライゾンに向けて、セシルは礼をしながら口を開く。

「ご挨拶が遅れ大変失礼致しました。私はオウカ宮廷騎士団、ストレリチア隊、大隊長。特殊親衛隊隊長のセシル・ストレリチアです。こちらは、同じく特殊親衛隊のグランジ・シャープブルーム、お見知り置きを」
「ふむ、オウカでは自分の率いる隊を名前の後へもってくるのですね」
「フォースライト隊長、逆では?」

 メリエの困惑したツッコミに、ホライゾンは少し恥ずかしがっていた。言葉が微妙に通じて居おら、カナトのオウカ語がいかに悠長なのかを理解する。

「オウカ語とガーデニア語は近いですが、やはりニュアンスは難しいな……」
「つーか、ガーデニアは独自言語多すぎなんだよ……」
「ジン、それはお互い様なのでは??」
「皆様、列車の時間がありますので……」

 シズルの呼びかけにハッとし皆が移動へと取り掛かかる。セシルはそんな様子を笑みで俯瞰していた。

「それでは殿下、私はグランジと共に王宮へと戻ります」
「うん、見送りにありがとう。セシル、グランジ」
「どうか、お気をつけて。ミレット閣下へよろしくお伝え下さい」
「……」

 グランジは少しだけ心配そうにジンを見ていた。出発前の期間は、クラーク・ミレットの訓練が非常に厳しく、以前のように組み手で遊ぶ機会もなかったからだ。

「ミレット隊長にしごかれたので前よりはマシです」

 グランジは首を振っていた。予想が外れたのは久しぶりで恥ずかしくなる。

「キリヤナギ殿下を頼む」
「はい、やるだけやります」

 拳を見せられ、ジンは軽く拳をぶつけていた。深く礼をする2人に見送られ、五名は改札をくぐってホームを目指す。
 キリヤナギが以前走った通路は、歩くと10分ほどかかって、改めてその遠さに驚いてしまう。しかしカレンデュラ行きの列車は、夏旅行の時よりも一層豪華で狭い車内の中へエントランスやリビングや個室などもあり、まるで小さなホテルのような構造をしている。

「す、すごい。どうなってるの……」
「ガーデニアだと貸切列車はこう言うものだが……」
「本当に??」

 リビングにはセオがいて、カナトや騎士に向けた飲み物やお菓子を準備してくれていた。

「お疲れ様です殿下。カナト様もお久しぶりです」
「ツバキ殿、ご無沙汰している。今回はよろしく頼む」
「えぇ、是非このツバキの元、心よりお寛ぎ下さい」
「そう言えば、カナトのバトラーさんは?」
「あぁ、すまない。昨日ちょうど流行りの感染症にかかり寝込んでしまったんだ。代わりにメリエが騎士と兼業でこなしてくれる事になった」
「恐れ入ります」
「畏まりました。一応オウカ宮殿の方へ確認させて頂きますね」

 セオのデバイスで連絡を取る様は、キリヤナギにとってはありふれたものだがカナトは少し申し訳なく思える仕草を見せる。

「ふむ、オウカは厳しいな」
「逆にガーデニアはいいの……?」
「病欠はしょうがない所もあるからな。一人抜けたぐらいでは、皆そこまでは気にしない」

 自由主義なのだろうか。
 メリエとホライゾンが、カナトのルームへ荷物をおきに行く中、先に乗り込んでいる筈のオウカの騎士達が見あたらない。

「セオ、クラークと皆は?」
「前方車両のダイニングとプレイルームにおられます。ガーデニアの騎士の皆様も移動中はどうぞお寛ぎを」
「光栄です」
「騎士に用事か?」
「……カナトにオウカの騎士の皆を紹介したくて」
「それは光栄だな。ならばこちらも、わが国の自慢の騎士を紹介しよう」

 そうして皆、一旦リビングを抜けて、プレイルームへと向かった。ガーデニア用式の車内はここも広く、テーブルスペースもあれば靴を脱いでくつろげるフリースペースもある。さっそく上がってみると、奥には特大のぬいぐるみが横たわっていた。

「この大きなぬいぐるみは何だ?」
「これ? これ騎士の友達がクレーンゲームでとってくれて……」
「また持ってきたんすね……」

 王子が持ち上げたぬいぐるみをカナトはまるで分析するように観察していた。

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 広いプレイルームで待っていると、連絡を受けた騎士達が前方車両より姿を見せる。一人一人席を勧められて着席をしているとクラークも現れ、礼をしてくれた。

「ありがとう。クラーク」
「当然です」

 俯瞰してみると1人足りず、キリヤナギは敢えて何も言わなかった。ジンとシズルは隅に立ち、騎士が揃ったことを確認したキリヤナギは、窓際の座席に深く腰掛けて口を開く。

「今回は僕の小さな頃からの友達、カナトと一緒に視察へ向かうことになった。皆、僕の騎士として自己紹介をしてほしい」
「ご機嫌よう。ご紹介に賜ったカナト・アークヴィーチェです。差し障りがなければ、呼び方なども教えて頂ければと」
「畏まりました。では今回編成されたオウカの騎士『特別護衛隊』の6名をご紹介させて頂きましょう。まず私は、オウカ宮廷騎士団。クラーク・ミレット。【細胞促進】の異能を貸与されており、この特別護衛隊の隊長を務めます。呼び方などはご自由に、そしてこちらが、副隊長のセドリック・マグノリア」
「アークヴィーチェ卿。ご機嫌よう。オウカ宮廷騎士団。クラーク・ミレット隊、副隊長、そして特別護衛隊、副隊長のセドリック・マグノリアです。異能【読心】により、心身のサポートをさせて頂きます。どうか親しくセドリックとお呼びください」
「マグノリア卿か、国境橋の件は長く商談を続けられ、工事開始にまで持ち込めたことを光栄に思う」
「私は、オウカ宮殿へと支えておりマグノリア領に関しては無知ですが、そのお言葉は大変光栄です。どうか」

 セドリックは深く礼をし、次に名乗るべき相手へと視線をよこす、隅で起立していた彼は背筋を伸ばして口を開いた。

「オウカ宮廷騎士団。クラーク・ミレット隊。シズル・シラユキです。自分は去年騎士として投入されたばかりの新人ではありますが、よろしくお願いします」
「お会いできて光栄だ。この旅で実りがあることを祈る」
「シズルは、大学でよく絡んでくれてて今回はクラークが気を遣ってくれたみたい?」
「なるほど」
「至らぬ箇所もあるでしょうが、誠心誠意護衛致します」
「期待している」

 カナトは楽しそうに話を聞き、ふとその隣へと目線を移した。ジンの隣にいる女性は、キリヤナギも殆ど顔が合わせたことのない長髪の女性騎士。

「はじめまして、アークヴィーチェ卿。オウカ宮廷騎士団、アカツキ・タチバナ隊。イリナ・ササノです。『王の力』は【認識阻害】をお借りしております」
「アカツキ・タチバナ殿か。よく名は伺っている。かの隊ならば優秀なのだろうとお見受けするが……」
「とんでもありません。私は元カレンデュラ領での騎士学校を卒業した身であり、土地に詳しいことで配属されたに過ぎませんわ」
「それはこちらもありがたい。期待させてもらう」

 キリヤナギはジンをじっとみるが、彼は既に全員が知っていて首を振ってやり過ごしている。
 カナトは全員が終わったのだろうかと、ガーデニアの騎士へ声をかけようとするが、その前にクラークは声を張り上げて述べた。

「ツルバキア!」
「ひぇ! はぃっ!!」

 裏返った声がキリヤナギは、どこから聞こえたのか分からなかった。入り口の裏から震えつつ顔を見せたのは、顔が引き攣っている金髪の女性。

「おおお、オウカ、宮廷騎士団、くくくクラーク、ミレット隊の、リーシュ・ツルバキアです……【未来視】です」
「もういいぞ」
「はひっ!!」

 彼女は再び入り口の影へと引っ込んでしまった。キリヤナギは一人で拍手をするが、横のカナトは案の定、困惑している。

「ツルバキアといえば、コルチカム商会の……?」
「コルチカム?」
「ローズマリー領を拠点にするグループ企業だ。主に食品をガーデニアへ輸入する際にご協力頂いている。令嬢が騎士団にいると伺っていたが、お会いできたなら光栄だ」
「リーシュはちょっと恥ずかしがり屋なんだ。だから、しばらくはそっとしておいてあげてほしいかな」
「それならば……」

 コルチカム商会は夏旅行の際にリーシュの母、セラスに渡された無料チケットを発行する商会の名前だ。そこで試食をしたスイーツへ、一つ一つ丁寧に感想を書いて手紙として送ったためよく覚えている。

「ガーデニアにも噛んでたんだ、コルチカム商会すごいね」
「首都とマグノリア領とウィスタリア領はコルチカム。ハイドランジアとサフィニアはヤマブキグループがそれぞれ流通を担っている。取り締まり役のセラス殿と顔を合わせた際、近年はカレンデュラへも流通が伸ばせるよう、商談を進めているとも伺った」
「へー、知らなかった……」
「他にも中小メーカーはあるが、大きなものはこの二つだな」

 そんな商家の令嬢、リーシュは相変わらず影に隠れている。しかし、無理に呼び込むのも可哀想に感じ、キリヤナギはそっとしておく事にした。

「そこにいるジン・タチバナを含め、オウカの騎士は以上です。アークヴィーチェ卿」
「そうか、頼もしい限りだ。ではこちらも我がセブンオーダーの精鋭をご紹介しよう」

 控えていた二名の男女が前へと出てくる。先程名乗ったホライゾン・フォースライトは、黒髪にメガネをかけ、メリエ・アメジストは美しい金髪をセミロングにして下ろしていた。

「セブンオーダーは、我がガーデニアにおける七つの騎士団の総称にあたる。ガーデニアの騎士団は役割によって団体が違う為、番号を割り振ることによって管理をしているんだ」
「役割?」
「例としては、この二人のセブンオーダー『フィーア』は、主に貴族階級の護衛任務を担う騎士団だ。たが更に上の『ドライ』。彼らは議会員の護衛を担い、さらに上の『ツヴァイ』は、王族など相手とした仕事へと勤しむ。最高位の『アインス』は、主にセブンオーダーの運営を担う中枢だな」
「ふ、複雑……」
「そうか? 我々からすればオウカの方が複雑だが……」
「えーっと、言ってしまえば貴族なら貴族の、王族なら王族の同じ位を持った人が、その近くで仕事をするって感じです。ホライゾンさんとメリエさんは『フィーア』ですけど、それ以下の『フュンフ』とか『ゼクス』は、国内の問題解決とか市民向けの警備とかをやってる感じですね」

 ジンの解説はためになるが、シズルとイリナがポカンとしていて焦ってしまった。アインス、ツヴァイ、ドライ、フィーアは、ガーデニア語で1〜4を示すが、オウカ人からすれば、すぐには認識できないからだ。

「セブンオーダーってことは、第一騎士団から第七騎士団まであるって認識でいいのかな?」
「そうだ。ガーデニアでは、私営隊、いわゆる親衛隊を持つ貴族もいるので、国営のものはあえてセブンオーダーと名をつけ運営している」
「えぇ、それいいの?」
「むしろ自分の土地を自分を守るのに何の問題が?」

 キリヤナギが愕然としていてカナトが、首を傾げている。オウカでは、各領地の騎士団を公爵家が管理しており、例外を除いて公爵家以下の侯爵や伯爵は、自領地の面積にあった以上の戦力を持つことは禁止されているからだ。
 これは貴族同士の内戦を防ぐ意味があり、貴族達のヒエラルキーを明確にするためでもある。

「自国の戦力を一本化したのはいいが、やはり自治の問題を全て国営でやるのは難しいからな、細かい所は地元へ任せている」
「それならわかるかも……?」

 今まであまり聞かされて来なかったガーデニアの体制に、思わぬ興味が湧いてしまう。しかし今は、そんなセブンオーダーの二人の自己紹介の話だ。

「改めまして、セブンオーダー『フィーア』。アークヴィーチェ護衛隊の、ホライゾン・フォースライトです」
「同じく、セブンオーダー『フィーア』アークヴィーチェ護衛隊、二級魔術師・ソーサラー、メリエ・アメジストです」
「メリエさん、魔術師だったんすか?」
「去年の秋からオウカで宣伝してこいとウォレス様に言われてね、カナト様にゴリ押しされて練習中だよ」
「メリエは、我が護衛隊の中で最も魔術の適正があり、このカレンデュラ行きでもそれを発揮してくれる事を期待している」

 ガーデニアとオウカは姉妹国でキリヤナギもカナトとそこまで温度差も感じて居なかったが、ここで国での騎士団の違いや印象の違いを見るとやはり外国なのだと実感してしまう。

「カナト、やっぱりそっちの用語、多すぎてわかりづらくね?」
「我々からすれば、カレンデュラと言う単語だけでも、花なのか家なのか土地なのか騎士団なのか区別がつかないので、文句があるならそちらから改善してくれ」

 何も言い返せず、ジンはフリーズしてしまった。カナトは相変わらず理屈に強く、キリヤナギは笑ってしまう。その通りだなぁと思い、キリヤナギが顔を上げるとジンの表情が引き攣っていて、その目線はクラーク・ミレットへと向いて居た。
 雰囲気が緩くて気づかなかったが、ジンは思わず普段の態度で会話してしまったからだ。

「なんだ?」
「え、えーと……」

 横のセドリックも、まるでジンを観察するように笑っている。一歩下がり謝ろうとしたジンをクラークは遮った。

「それが無礼でないなら、それで良い」
「ふむ。ミレット騎士閣下は理解があって助かる。ご存知かもしれないが、ジンは2年我が家に仕え、まるで私の相方のように日々を過ごして居た。私も彼に謙遜されるのは違和感がある」
「ならば、私から言う事は何もないでしょう。度がすぎないよう弁えるように」
「はい……」
「クラーク、ありがとう」
「アークヴィーチェ卿にキリヤナギ殿下。我が隊のご紹介は以上です。他に必要なことは?」
「もう大丈夫だよ」
「では私は、前方車両の警備へ戻ります。何があればご連絡を」
 
 クラーク・ミレットは、セドリックを連れ足早にプレイルームをでていってしまった。ほっとしたジンだが、クラークの態度はまるで王子を腫物扱いしているようにもみえて、複雑にもなってしまう。

「シズルとイリナも自己紹介ありがとう。僕はもう平気だから、自由にしてね」
「ありがとうございます。では私は、ミレット閣下の次の警備を任されておりますので、一旦はダイニングへ戻らせていただきますね」
「イリナ、わかった」
「私も、少しだけ隊長と副隊長へ伺いたいことがあるので失礼致します」
「うん、シズルもありがとう」

 メリエとホライゾンも出てゆき、その場にはジンのみが残される。ジンはおそらくこの時間の屋内警備だろうと察した。

「ジンは、騎士の輪に入らないのか?」
「俺一応、この時間のここの警備任されててるんです。リーシュちゃんと」

 リーシュは視界にはいないが、おそらく入り口の付近にいるのだろう。人の気配だけあり、キリヤナギは気にしないようにして居た。

「キリヤナギ、カレンデュラ領までどのくらい掛かるんだ?」
「どのくらいだろう。結構遠いから6時間か7時間ぐらい? 道中に放牧地帯もあるから、羊とかいたら止まることもあるみたいで」
「平和っすね……」
「ならばキリヤナギ殿下、僅かな時間ではありますが、商談へとお付き合い願おうか」
「僕に?」

 カナトの目の色が変わり、ジンはギョッとする。彼の言葉に合わせるよう、メリエがしっかりしたトランクケースもって現れ、中から更に小さなケースを取り出した。

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「先日お話した我がガーデニアの最新技術『魔術』を、是非王子殿下へ使用していただきたく、ここへお持ちした」

 ロックが外され、現れたのは桜の花弁がモチーフにされたデバイスだった。角にストラップがつけられる穴があり、首から下げれるようになっている。

「ジンにはこっちだ」
「俺も??」
「使ってみなければわからないこともあるからな」
「くれるの?」
「あぁ、キリヤナギとジンの物を2台。私からの些細な贈り物だ」
「なんで、俺に?」
「聞くのか? 『騎士団で使って宣伝してこい』」
「直球かよ!!」
「当たり前だろう? どんな物かわからなければ売れもしない。騎士大会では隠されたからな」

 そういえばと、ジンはグランジから少しだけ聞いて居た。初見で突破した事を嬉しそうに話されて、試合を抜けた事を微妙に後悔したぐらいだが、ここであからさまに宣伝を押し付けてくるのは「がめつい」以上のコメントが浮かばない。
 そんな空気の中、キリヤナギは苦笑しながらも渡されたデバイスをまじまじと観察する。
 デバイスにある小さな画面は、触れた瞬間ゲージが表示され、ゆっくりと何かが増えてゆく。それは一杯になると『生体認証登録完了』の文字の後に12桁の文字と0%の表記が現れた。

「これで魔術デバイスとキリヤナギの生体情報の紐付けは完了した。あとはそこへ自然発生する魔力がチャージされるのを待てば良い」
「チャージ?」
「オートガードのための魔力を、そのデバイスへ溜めておけるんだ」
「前にカナトがだしてた?」
「そうだ。実際に運用する魔力とは別に扱うので、チャージ中でも魔術は使用できる」
「へぇー」

 ジンはベルトから下げるタイプのデザインで、同じく生体認証登録を完了させて居た。キリヤナギが首から下げてみると、今時のアクセサリーにも見え違和感もない。

「簡単にレクチャーするか。魔術とは、大前提としてほぼ全てが自動制御と言っても過言ではない。つまりオートガードこそが完成形であり、手動操作は本来は必要ないものでもある。しかし、便利なものだ。自由に操作できれば武器にもなる」
「武器?」
「まずは練習だな。結晶を出現させたい位置に手のひらを掲げてみてくれ」

 カナトは、軽く何もない場所へと手のひらを向ける。真似をする二人を確認しつつ続けた。

「魔術デバイスは、人の循環から精製される魔力を抽出するため、人体が発する信号を受け取れるようにもなっている。掌へ意識を集中し、『桜紋』をイメージしてみてくれ」

 ジンがイメージをしろと言われて思い浮かべだが、手のひらの前には何も起こらない。しかし、集中すると何も無い場所から結晶が構築されかけ、それは霧散して消えた。
 キリヤナギは、小さな花弁のみが一瞬形作って消える。

「二人ともなかなかセンスがいいな、特にキリヤナギ」
「で、出た……」
「すぐ消えたんだけど」
「結びつきが弱ければそうなる。手動制御は、結晶の出現、密度、造形の全てにスキルが必要で本当の意味で使いこなせるのは、四級のウィザードクラスからだからな」
「カナトは?」
「私は一級、マスタークラスになる。マスタークラス以上は無条件で講師もできるので、こうしてレクチャーも可能だ」
「思ったより難しい……」
「そうだろう? ちなみ手動制御で結晶の生成が行えなければ、魔術師認定される五級にすらなれない。認定されないものは、日常生活において、オートガード以外は使用できないので注意だ」
「どうやって練習すんの?」
「講師が見ていれば問題はないぞ?」

 キリヤナギは夢中で練習している。僅かな欠片は現れるが維持ができず難しい。

「結晶へ質量を持たせる為には、密度への意識も必要だ、連想しやすいのは氷だが、氷をイメージするのではなく硬さを思い描く。ある一定の密度になると魔術デバイスが自動でロックをかけて維持される」

 具体的でわかりやすい。氷の硬さを思い出し、キリヤナギが集中するとまるで氷そのもののような塊が現れて、それは消えず浮遊した。

「できた!」
「流石だな。ちなみにこれをバケツ一杯分が生成できれば魔術師認定の試験を受験できるぞ?」
「バケツ? それすごくない?」
「初心者からみれば、一つの壁にもなる難易度だろうな」

 ジンは未だロックされる程、密度を上げることができない。ジンの適正は低いが、キリヤナギは天才肌気質だとカナトは改めて感心していた。

「ちょっと面白いかも……」
「私がいる間、好きな時に練習をするといい」
「別にできなくてもいいんだろ?」
「そうだな。持っているだけで護身用の防具として機能する」
「前話してた厚みは?」
「それは設定で触ることができるぞ」

 カナトはジンの横に立ち、操作方法も丁寧に教えてくれた。歯車のマークからオートガードの設定が開かれ、弾丸の大きさに合わせた厚みを設定できる。

「これ、文字が赤いのは何で?」
「これ以上の厚みは、魔力のチャージ速度と結晶の生成速度が追いつかないと言う警告だな。もっともまだ100%までチャージ出来ていないので、まだわからないが……」

 カナトがジンのデバイスを確認するとジンの場合、5分ほどで13%は溜まっており「ふむ」と感心している。

「ジンは意外と生成量が多いな」
「そう?」
「大体1分前後で1%が平均だが、身体の代謝の良ければより多くの魔力が精製される。ジンは普段の訓練もあるのだろう」
「みてみて、桜紋できた!」
「おぉ、初めてにしてはなかなかだな」

 形がぎこちないが、手のひらサイズの桜のようなものが浮遊していてジンは拍手をして居た。
 楽しそうだなぁと見ていると、影からこちらをみる視線がある。入り口の裏に隠れて居たリーシュは、プレイルームの賑やかさに興味を持ったのか少し羨ましそうにこちらを眺めていた。

「リーシュも遊ぶ?」
「ひぇ……、わわわ私は、そ、そ、その……」
「予備のもう一台がありますので、宜しければお試しください」
「ふぇ!? いい、いいのですか?!」
「予備?」
「一応は精密機器だからな。動かなかった時のためにもう一台用意している。リーシュ嬢も宣伝に貢献してくれるのならば、元は取れるのでお持ちください」

 渡されたデバイスは、キリヤナギが首から下げているものと同じものだ。彼女は目を輝かせて、早速認証している。

「あ、あ、あありがとうございます!!」
「ではこの四名で少しだけ練習をしましょう」

 カレンデュラ行きの車内は、魔術によって賑やかになりゆっくりとした列車の旅は幕を開けてゆく。

 *

 一方で午後を回る頃、ククリールは久しぶりに父へ呼び出されて居た。
 首都の王子が視察にくると連絡が入り、領主たるカレンデュラ家は、迎える準備にてんやわんやの中、ククリールもまたどうすべきかと迷っていた。
 週刊誌に掲載された事で、王子がククリールへ想いを寄せているのは明らかであり、ここでまた『会いに来た』とも書かれれば流石に言い訳にも困ってしまうからだ。
 これから会う父の話も予想がついていて、不本意な気持ちのまま執務室の前へと立つ。

 使用人に開けられた扉の先には、午前の仕事から休憩に入り、コーヒーと軽食を取る父がいた。
 クリストファー・カレンデュラは、スカートを上げて礼をするククリールをみて、優しい笑みを見せる。

「突然すまないね。クク」
「ご機嫌よう。お父様」

 その言葉は建前だろうか。クリストファーのククリールへ対する気持ちを、ククリールは今一つ理解できていなかった。
 カレンデュラ家は、かつては小領地を収める伯爵に過ぎず、首都に赴き現王シダレと意気投合したことで公爵へと推薦され選挙にて当選した。たが、権力に興味のないクリストファーは、公爵としての仕事は完璧であれど、他の公爵との関係性には無関心で、それはシダレ王との間柄をみても明らかだからだ。
 そんな彼が、ククリールに対しては利権絡みの言動を口にし、まるで追い出すような態度を取るのは、そこにはやはり『感情論』しかないとも思え、複雑な心境を思ってしまう。

「首都は、楽しかったかい?」
「はい、とても。沢山の学びがありました。通わせて頂き感謝しております」
「父として当然だ。蒸し返すようで悪いが……王子との関係性は事実か?」
「……はい。しかし私は、とてもかのお方の妻にはなれなかった。お父様のご期待に添えず申し訳ございません」
「その件は気にしなくて構わない。分かっていたことだ。アイツの息子だからな」
「それは……?」
「よくいえば思慮深いが、結局はヘタレで女々しいだけだ。決断力は王についてからマシになったが……息子もそうなのだろう?」
「え、そ、そうですか?」
「関係改善と言いながら、定期的に菓子折りなども送ってきてお茶を濁すが、そんなものは求めてはない。対等な関係なら、まずこちらがどのような考えを持っているか理解すべきだと思わないか?」
「……」

 ククリールは何も言えず、固まってしまった。クリストファーはそんなククリールの態度へ我に返り咳払いをする。

「すまない、ククには関係がなかった。プロポーズを断った事を私は気にしていない。しかし、断ったなら断ったで筋は通すのが貴族だ」
「は、はい」
「学生間での友人止まりなら構わない。が、公の場で、まるで先を約束したような好意に甘えるのは令嬢として品が悪い。今回は公爵家として許されることではないと思い連れ帰ってもらった。わかるかい?」
「はい、申し訳ございません。心から反省致します」
「わかってくれるなら構わない。その上で明日、王子がここへ来る事は耳に入っているか?」
「はい、私は身を弁え欠席させて頂こうと考えています」
「逆だよ」
「え……」
「王子に会い、私の前で絶交を宣言しなさい。今後関わらず、カレンデュラ家はこちらから公爵を辞退すると申し出るんだ」
「なんーー……。お父様、それはーー」
「異論があるか? 聞こう」
「リリトが、困るのでは……?」
「リリトは関係がないな。でもあと二、三年あのままなら継がせる気もない。ククがもう少しちゃんとしていれば、頼もうとは思っていたが……」

 父のあまりの言葉に、ククリールは動揺が隠せない。少しだけ考えていた言い訳や屁理屈が一気に吹き飛び、思わず震えながら『本音』を話してしまう。

「あの……嫌、です。お父様」
「ふむ?」
「私は、確かに、王子の婚約を断りました。でも、決して結ばれなくとも、友達ではいたい。公爵家でなくてもあの人は、友達でいてくれるからです……」

 何の根拠があるのだろうと、ククリールは自問自答していた。そして『本音』を話してしまった秋のデートが頭をよぎり、尚更辛くなってしまう。貴族であることが、人を好きになることにこんなにも大きな壁になるなど、考えもしなかったからだ。

「……そうか。なら、仕方がない」
「……お父様?」
「済まないが、公爵家としての筋を通せないなら、ククを令嬢として家に置いておく事もできないからだ」
「……どう言う、意味ですか?」
「王子は、『公爵でなくても友達でいてくれる』のだろう? なら今日のうちに荷物をまとめ、家から出るんだ。一人の人間として自由に生きればいい」
「そんな、お父様……!」
「立派な意志を持つ娘を持てて幸せだった。元気で……」

 父の微笑は、矢のようにククリールへと突き刺さり、ククリールはしばらく呆けて動けなかった。するとニ名の使用人が、ククリールを追い出すように部屋から出し、そのまま屋外へと連れてゆく、渡されたのは現金と交換のできる切符とトランクケースひとつだけだった。

「お父様、どうしてですか!」
「お引き取り下さい、貴方はもうご令嬢ではない」
「やめて! きゃっ」

 突き飛ばされ、ククリールは足を擦りむいてしまった。血が流れても助けてくれる人はもういない。怪我をしたぐらいで泣いてしまう自分が惨めで仕方なく、一般平民となったククリールは、涙を隠しながらトランクケースを握って逃げ出すしかなかった。

 そんな玄関の様子を、クリストファーはニ階の窓から見送る。入れ違いで現れたのは、顔に傷のある男。ヒュウガ・クレマチスだった。

「構わないのですか?」
「私の命令に従えないなら仕方がない。カレンデュラの名を傷つける訳には行かないからな」

 ヒュウガは、黙っていた。そしてこちらを向かないクリストファーの心境を思い、目線が鋭くなる。

「邪魔者は消えた、王子を迎える準備を頼む」
「御意」

 カレンデュラ家の間引かれた一輪の花は、混沌とした人々の輪の中へ消えて行った。

144

 日も暮れゆくカレンデュラ領の主要都市、トサミズキ町。ここにある巨大な駅に、僅か数両の車両を引く列車がゆっくりと乗り入れてゆく。他の貴族達は、見慣れない様式の車両を興味深く眺めながら、停車に連れて集まってくる騎士達に驚いていた。
 昼間、カナト・アークヴィーチェの持ち込んだ『魔術デバイス』で散々遊んだ王子は、魔力の使用によって促される代謝促進作用で疲れ、リーシュと共にプレイルームのリラックススペースで横になっている。
 その間動いていた列車は、徐々にスピードを落とし、完全に止まった僅かな動きでキリヤナギはようやく目を覚ました。
 目の前には、警護のつもりで座っていたリーシュがクッションにもたれて寝ていて、向かいの座席にはカナトが本を読んで寛ぎ、その視界にはセドリックが、まるで談笑をしていたかのように膝を持って座っている。
 そしてキリヤナギの最も近くなるリラックススペースの真横の座席には、クラーク・ミレットが外の景色を警戒するように見ていた。
 時刻は18時半を回ったところで、窓の外は明るく駅のホームであることがわかる。外から話し声も聞こえているのは、おそらく人払いが行われているのだろう。耳を澄ますと隣の車両からバタバタと荷物をまとめる音が聞こえていた。

「着いた?」
「着いたぞ」

 カナトの即答にセドリックは苦笑する。キリヤナギはリーシュもゆすって起こすと、彼女は寝ていることに気づいていなかったのか、パニックになって隠れてしまった。

「こごごごごご、ごめんなさい」
「おはよう、そろそろ降りるのかな?」
「確認して参ります。今しばらくお待ちを」

 クラークはそれだけ行って、一度前方車両へと移動していた。よく寝たお陰で意識がスッキリしていて、移動の疲れも殆どない。現れたセオに服を直してもらっていると、クラークが戻ってくる。

「キリヤナギ殿下、駅前に迎えの車が到着いたしました。ご案内致します」
「わかった。カナト、行こう」
「あぁ、ご同行しよう」

 王子の案内の元、カナトはカレンデュラ領へと足を踏み入れてゆく。カナトと二人で歩くのは久しぶりでとても懐かしくも思えた。
 クラーク・ミレットの警護の元、自動車へと乗り込んだ二人は、夜の明かりが輝くトサミズキ町を走る。この後は別宅にて明日まで休息だが、寝てしまったキリヤナギは、あまり疲れておらず気分も悪くなかった。

「カナトは、疲れてない?」
「そうだな、多少はだが……。よく行くマグノリア領への移動と変わらず過労があると言うほどでもない」

 マグノリア領には、ガーデニア行きの定期船がでている為、カナトは自国へ帰るため定期的に足を運んでいる。
 他にも商談のために、ハイドランジア領やローズマリー領にも行くらしく列車の旅はそれなりに慣れているようだった。

「ジンがアークヴィーチェにいた頃は、護衛を任せてオウカを渡り歩いていた。カレンデュラ領は父に禁止されていたので行けなかったが……」
「僕より詳しいよね、カナトって」
「足を運んだといっても、ほぼ商談で蜻蛉返りだ。観光する時間は中々ないな」

 カナトの言う商談は、主にオウカ国の企業とガーデニアの企業の仲介だからだ。
 ガーデニアで作られる精密機器の部品は、殆どがオウカの技術で作られていて、その原材料の入手や加工はオウカで行い、ガーデニアはそれを持ち帰って組み立て、オウカや外国へと輸出する。
 資源が豊富にあるオウカの土地は、長くガーデニアとの奪い合いにもなっていたと言うが、現代に至る事で『持ちつ持たれつ』の関係性となったならば、それはアークヴィーチェの努力の賜物だろう。
 偉大だなぁとキリヤナギが暗い街並みを眺めていると、道路沿いのバス停に座る一人の女性が目に入る。一瞬で通り過ぎ、自動車のライトのみで顔は殆ど見えなかったが、少しだけ見覚えのある雰囲気で思わず振り返って追ってしまった。

「どうした?」
「ククが居た気がして……」
「公爵令嬢が? こんな時間に出られることはないのでは?」
「ここ数日は、テロ警戒がされており夜間外出は控えられているかと……」

 少し興味が沸いたがキリヤナギは座席へと座り直す。2人の言葉に間違いはないからだ。

「戻られますか?」

 クラークの淡々とした言葉に、キリヤナギは少し驚いた。しかし隣にはカナトがいて、王命の元で動いている事を忘れてはならない。

「平気、このまま別宅に向かう」
「畏まりました」

 明日会えるならば聞けば良いと、キリヤナギはもう一度トサミズキ町の街並みを眺めていた。
 そしてたどり着いたカレンデュラ領の別宅は、白亜の壁がある大きな屋敷でマグノリアやローズマリーのものとは様式が全く異なっていた。壁は磨かれ芝生も整えられているが、別の領地のような生活感のある雰囲気はなく、少しだけ寂れているようにも見える。

「ここも、カレンデュラ公爵が管理してくれてるのかな?」
「いえ、ここはオウカ宮殿が管理を行なっています。今回も一月前から滞在できるように準備されました」

 少し寂れた気配があるのは、おそらく長く掃除されていなかったからだろう
 暖房もつけられた暖かい屋内で、待っていた使用人達が一斉に準備にかかる。セオが指揮をとりに行く中、部屋にはジンが荷物を運んでくれて衣服などをクローゼットに直してくれた。

「疲れてないです?」
「寝たから、むしろ元気なぐらい?」
「強いっすね……」

 魔力使用による代謝促進作用は、初めての場合顕著に作用して、体内に蓄積した疲労物質が流れやすくもなると言う。また使えば使うほどに魔力生成も促され、徐々に扱える魔力量も増えるらしい。

「ジンは魔術使って変わった?」
「トイレ行きたくなったぐらい?」
「そっち……?」

 少し吹き出しそうになるのを堪えつつ、キリヤナギは首から下げる魔術デバイスをもう一度みる。画面の表記は昼間数十%だったものが100%まで溜まっていて、これがオートガードになるのだろうと感心していた。

「殿下、デバイスの設定、俺と同じにしません?」
「設定?」
「敵の銃、オウカのより強いみたいなので」

 銃の種類はよくわからないキリヤナギだったが、ジンは勝手にデバイスを手に取り設定してくれていた。

「赤いと設定できないんだっけ?」
「出来るみたいです。チャージ追いつかないだけで」

 その仕組みが今一つ理解できず、首を傾げてしまった。横から見ていると口径で書かれていて尚更わからない。

「一応、前の敵が使ってた銃に合わせました。でもこれはあくまで、『魔術を使用しない場合』での話みたいなので、気をつけてください」
「えーっと……」
「通信デバイスを常時充電しながら使うみたいなイメージで、その充電速度がオートガードによる魔力の使用速度を上回ると、永遠に盾がでるって意味ですね。ただそこに手動制御が加わると、当然充電も遅くなって間に合わないって言う」
「ならあえて使わない方が安全?」
「そう言う事です。あと細かい仕様なんですけど、あくまで『弾丸』想定の盾なので、投機武器には強いですが、剣などの力のかかり方が違う武器にはかなり脆いので慢心はしない方がいいですね。一応反応はするみたいですけど」

 仕様と言う言葉が、ゲーマーのジンらしいと言う感想を抱いてしまう。しかし、拳銃がメジャーな近代では、かなり優位のある防具だと改めて感心した。

「ジンもしかして攻略方法考えてる?」
「な、なんでそうなるんすか?」
「何となく」

 ジンは、つい先ほどカナトに通信でしつこく仕様を聞いてしまい、すでに無視されている最中だった。主に金属や木製、武器になり得る物質には反応する『魔術デバイス』だが、素手の攻撃には敵なのかユーザーなのかプログラムとして判断ができないらしく、手動制御でない限りは通過できるらしい。
 つまり魔術デバイスを持って引きこもる敵には、接近して素手で殴るのが最適解だが、それをグランジに話すと魔術師は「オートガードを使い切らせてデバイスを壊せばいい」と言うぐぅの音もでない返答が帰ってきて呆れていた。

「カナトにしつこく聞いたらダメだよ。ジンも自分の苦手な事とか話したくないでしょ?」
「え、は、はい。すいません……」

 思えば自慢の商品の弱点など、確かに話したくはなかったのだろう。思わず凹んでしまい返す言葉もなかった。

 更けてゆくカレンデュラ領の夜は、首都ほど灯りも多くもなければ、自動車の音も響かずとても静かで、都会の空気とはまるで違い、新鮮な気持ちにもなる。
 明日からはまた街を見ることができるだろうと、キリヤナギは早々に1日を終えてゆく。

 日が完全に落ちたトサミズキ町は、未だ多くの店や自動車が走り暗い夜を照らしていた。冬真っ只中のオウカの国は、今日も極寒の気温を観測し、夜道で一人バス停に座るククリールも思わずコートを羽織り直す。
 自宅を追い出された彼女は、まずどこに行けばいいかも分からずただ現実を受け入れるのにかなりの時間がかかってしまった。顔を隠しながら公園でしばらくぼーっとしていたら、気がつくと日が暮れていて空腹を感じてようやく我に帰る。行き慣れたショップでパンと飲み物だけを買い、そこから初めて「これから」を考えることができた。
 トランクケースに入っていた現金は少なくは無いが、部屋を借り、色々揃えるのならすぐになくなってしまうだろう。働くとするなら何ができるだろう考え、大学も卒業したいとも思え、何処から手をつければいいか尚更わからなくなってしまう。しかし考えていても拉致は開かず、ククリールは一度トサミズキ町から離れてみることにした。家があるここは、未だ心の割り切りが効かず、泣いて謝ってしまいそうな気持ちにもなっていたからだ。
 店で買った暖かい飲み物は、既に冷え切り手先に痺れるような痛みがくる。息で温めながらバスを待っていると、少し特徴を持った自動車の車群が通り過ぎ、思わず眺めてしまった。
 一瞬で通り過ぎ、ククリールは気にも止めず静かにその場で待つ。
 バスはまだ来ない。手元の大きなトランクケースは重く、中へ運び込めるだろうかと不安も募る。何もかも無力すぎて打ちひしがれる中、こちらに近づく影があった。

「お嬢様……?」

 聞き慣れた声だった。厚手のコートのマフラーで暖をとる彼女、カミュ・クレマチスは、こちらを見て絶句し駆け寄ってくる。

「やっぱり、お嬢様。こんな所で……」
「カミュ、なんで……」
「私、ここで働いています。今日はちょっと残業で……お嬢様、お帰りならお送りしますよ」
「いいの。カミュ、私はもう貴族じゃないから」
「はい?」
「カミュはここのバスに乗るの?」
「え、はい。ここ、よくずれるので早めに来て……」
「……ごめんなさい。荷物だけ、載せるの手伝ってくれないかしら?」
「それは、もちろんですけど、ご自宅はここから歩けるんじゃ……」
「私はもう帰れないの。だから、少し離れようと思って……」

 ククリールの言葉に、カミュは混乱していた。そして寒さで赤い頬と腫れた指先をみて、思わず口に出してしまう。

「お嬢様は、これからご用事があるのですか?」
「特にはないの。ただ離れたいだけ……」
「もしよかったら、うちに来られませんか? 少しだけでも、暖かいので……」
「カミュ……?」
「フューリも、喜びます」

 カミュは、ククリールの手を両手でしばらく温めてくれていた。しばらくしてバスがくると、カミュはまるで重さを感じないようにケースを持ち上げククリールも続く。

「我が家クレマチス家へ、ご案内しますね」

 バスの車内は暖かく、ククリールはまるで救われる想いだった。

「どう言うことだよ!」
「リリト様、どうか冷静に……」

 カレンデュラ領、トサミズキ町の公爵家にて突然怒鳴り声が響いた。その日のスケジュールを終えたリリトは、自宅へと戻ってすぐククリールが勘当された事実を知らされ怒りを露わにする。

「冗談なら、2度と俺の前に現れるな!」
「冗談ではございません。本日の午後、旦那様よりお姉様を勘当されたと伺いました。詳細は旦那様へーー」
「ありえないだろ! 俺の姉様だぞ?」

 リリトの叫び声に、バトラーは返す言葉もなかった。彼は外出着のまま階段を駆け上がり、父がいるであろう執務室へと飛び込む。
 そこには、間も無く業務を終えようとしているクリストファー・カレンデュラがおり、リリトはそのあまりにも普段通りの彼へ思わず寒気がした。

「リリト、騒がしいぞ。ノックぐらいしたらどうだ?」
「お父様、姉様を追い出したってーー」
「あぁ、昼間のことだ。彼女はもうカレンデュラの人間ではない」
「は? 本気でいってんのか!?」
「当たり前だ。文句あるか?」
「ありえないだろ! 確かに姉様は、色々やらかしたけど勘当なんてする程ことじゃーー」
「なら、リリト。お前もククの後を追うか?」
「な”ーー」
「公爵家たるもの、毅然として振る舞えなえれば民に示しがつかないといつも言っている。ククリールは公爵家に相応しくはない。それはお前も分かっているはずだ」
「わかってるよ!! でも、家族なのに……」
「貴族とはそう言うものだ。これを許せば、甘々のシダレと同じになる。奴は王族でありながら王子の愚行を許し続け、叱れもしないままここまできている。そうはなりたくないだろう?」
「そうやっていちいち王族を持ってくるのもやめろよ! 意識してるの丸わかりじゃねーか! クソ親父!!」
「は、口が達者になったな……」

 クリストファーは、顎を触りながら平然ともしていた。対するリリトは、そんな態度に怒鳴る気すらも起こらなくなる。

「まぁいい。そこまで言うなら一応は考えよう」
「本当かよ……」
「王子を相手に、引き続き公爵になれるよう接待してみろ。うまくやれればリリトの望む通りにしよう」
「言ったな親父……。その言葉、わすれんなよ!!」

 リリトは、乱暴に執務室を出てゆく。約束は取り付けたが、未だ苛立ちが収まらない様子に、すれ違う使用人達は戦々恐々と道を開けていた。
 そしてリリトは、一際豪華な扉の前に立ち、ノックから中へと入ってゆく。その部屋に居たのは、真っ直ぐ黒髪を持った女性で、リリトは彼女を見た瞬間思わず涙が込み上げてきた。

「リリト……」

 窓際で都市を眺めていたのは、ナナリア・カレンデュラだ。ククリールとリリトの母である彼女は、みるみる変わるリリトの顔に驚き、駆け寄ってくれる。

「母様。姉様がーー」
「リリト、ごめんなさい。母は、何もできませんでした」
「なんで、なんで姉様が……」
「大丈夫です。リリト」
「……!」
「今は、お父様を信じてください。あの人は、決して家族を裏切りません。……今は、耐えてください」

 母の言葉は、まるて赤子を宥めるように穏やかだった。リリトはそんな母に何も言えず耐えられないまま泣き崩れてゆく。

 次の日の早朝。キリヤナギとカナトが目覚める前、騎士たちは宮廷騎士団より派遣されていた2人の騎士と合流する。彼らはクラーク・ミレット隊へと所属する派遣隊で、その日から新たに護衛隊へ配属されたと言う。
 隊長であるクラーク・ミレットは、先に公爵家へ向かう準備のために外していて、朝礼はセドリック・マグノリアが対応する。

「早朝からすまないね。ストレリチア隊やタチバナ隊の諸君。彼らは我が隊の信頼をおける騎士の2名だ。今回はこの護衛任務の応援として私が呼び出させてもらったよ」
「ご機嫌よう! 宮廷騎士団ミレット隊。イルギス・モントブレチア! よろしく!」
「宮廷騎士団、ミレット隊。リュウセイ・カラシナです。お見知り置きを」
「本日より、キリヤナギ殿下の護衛は、私セドリック・マグノリアとリーシュ・ツルバキア。イルギス・モントブレチア。リュウセイ・カラシナで行う。他の騎士はカナト・アークヴィーチェ卿と共にカレンデュラ領、アークヴィーチェ・エーデル社へと同行するように」
「え……_」

 無表情で聴いていたジンだったが、セドリックの言葉に思わず声が漏れてしまう。隣のシズルも明らかに驚いていてその場が騒然となっていた。

「何か異論はあるかい? 『タチバナ』」

 まるでこちらを嘲笑うかのように見るセドリックへ、ジンは返答が思い浮かばない。

「マグノリア副隊長閣下。今回のタチバナさんの同行は、王子殿下の心象に沿ったものではなかったのですか?」

 シズルの冷静な言葉にも戸惑ってしまう。セシルとグランジに任された言葉がよぎり、セドリックの続く言葉を待った。

「確かにそうらしいが、『不調』だと聞いている。この過酷な護衛任務で無理をさせるものではないと思ってね」

 ジンは、セドリックに話した覚えはなかった。読まれたのだろうかと思うと、ここでは返す言葉もない。

「アークヴィーチェ卿と仲もいいのだろう? 卿の護衛こそ、君が適任だよ。タチバナ」

 シズルがこちらの返答を待っている。以前ならここで反論はできたのだろうが、こめかみの怪我がまだ残っているのを思い出しジンは堪えるしかなかった。

「わかりました」
「ジンさん……」
「シズルさん、俺は平気です」

 セドリック・マグノリアが、タチバナ家に対して当たりが強いという話は以前少しだけ耳にしていた。深い理由はわからないが、その心象もおそらくジンのこれまでの行いがあったからで、それが回ってきたにすぎない。

「では今日もまたよろしく頼む」

 セドリックは穏やかな笑みを崩さず、異様な雰囲気に包まれた朝の朝礼が終了する。

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