第三十八話:その年の決意

 冬が本場となり池の表面が凍りつく気温を観測したその日は、数名の騎士達が屋内演習場へと集まっていた。
 2台のストーブが焚かれ、会議机が準備された空間は、学校の体育館ほどの広さの演習場は熱が行き渡らないまま冷え込み、コートをはおる騎士もいる。
 そんな騎士達は2人の騎士を囲っていた。
 中央のパイプ椅子に座る2人の騎士は、目隠しをして座り、待機している。
 座っているのは、ジン・タチバナとリュウド・ローズで、この2人は従兄弟にあたる親戚だった。

 誰も音を立てない演習場で、今、控え室に隠れて居た新たな騎士が姿をみせる。
 セシル・ストレリチアと共に現れた騎士は、ジンとリュウドが名も知らず、会ったことのないサフィニア領からきた新人の騎士だった。
 彼が選ばれたのは一点、「タチバナ」を知らない事だ。
 首都にしか存在しない「タチバナ」は他領地では印象が薄く「王の力」を持ってから少しだけ解説をうける程度であり、それは【畏怖】を与えるものではない。
 今回彼が首都へ招かれたのは、7つの王の力の一つ【服従】が、「タチバナ」へどう作用するかと言う検証のためだった。
 今まで【服従】が「タチバナ」へ作用しないのは、【服従】の持ち主が「タチバナ」へ畏怖があるからだとされているが、セシルのジンへのヒアリングによると、相手が畏怖を持っていないにもかかわらず、効果がないことが多々あったとされ、検証してみる価値はあると、セシルはアカツキと共にこの場のセッティングを行った。
 会議机に腰掛けるアカツキ・タチバナは、表情を変えないまま2人の騎士を観察し、現場を俯瞰する。
 セシルもまた連れて来た騎士を持ち場へ誘導し、合図を待つように指示を出していた。

「セシルちゃん、お久しぶり、元気そうねぇ」
「おや、ご機嫌よう。バイオレット卿」

 皆が【服従】の影響を受けないよう、耳栓をする最中で、新しく演習場にはいってきた赤服の騎士がいる。
 髪をギリギリまで刈り上げたのは、ヴィグター・バイオレット。宮廷騎士団の大隊長の1人だった。

「私も気になって来ちゃった。ご一緒してもいいかしら?」
「ええ、しかしこちらの耳栓をお忘れなく」
「ありがとう。それにしても、よく気づいたわねぇ……」
「今までの彼らは落ち着いて自ら話す機会を与えられなかったのでしょう。やはり『タチバナ』との信頼関係の構築は無駄ではない」
「相変わらず、その辺りは天才ね、貴方」
「バイオレット卿にあやかってのことですよ」
「あら、ちょっと嬉しいかも」

 ヴィクターは、宮廷騎士団の中でもセシルに続く寛容な性格で、「タチバナ」に対しても守るべきであると言う保守的な考えをもっていた。
 結果が出ていなくとも、「タチバナ」としてその威力を振るえるならば、彼らは騎士団を束ねるに相応しいと。だがその意見は合理的とは言えず、握りつぶされた経緯がある。

 耳栓をすれば声は聞こえなくなり、その場の騎士達は中央の2人へと目線をよこした。
 ジンとリュウドは、目の前に騎士が来ていることへ気づいていない。
 サフィニアの騎士は、合図を受けうなづき命令した。

「-立て!-」

 声の波動が、演習場へと響き渡る。耳栓をしていた者も一瞬怯んだが、命令は免れ2人を再び凝視した。
 すると、片方の金髪のタチバナ。リュウドが、抵抗しながらもゆっくりと起立し、周りは納得する。
 しかし、ジンは怯む様子すら見せず座ったまま動かない。目隠しを外されたジンは、起立したリュウドに驚いていた。

「ジン、彼女とは知り合いかい?」

 セシルの言葉に、ジンは目の前の騎士を見た。見たことがない、長髪の女性で無表情でジンをじっとみている。

「知らないです」
「そうか。今日はありがとう」

 【服従】は、本家タチバナへは無効だと今この場で証明された。論理的な理由は今後も検証が必要だが、条件が必要がないと証明されたことで、今後それは彼らへ優位に働くだろう。

@

「ジンさんすげー」
「何もしてないんだけど……」

 検証を終えて、休憩スペースに来た2人は、暖かい飲料で体を温めていた。
 間も無く一年が終わる騎士団は、3割ほどの騎士達が休みへと入り、静かな日常が訪れている。
 出勤しているのは、王宮周辺に住居を構えているものか、年末の割り増し給与目当ての騎士が多数だった。

「検証って毎年この時期にあって、俺は毎回参加してたんだけど、【服従】は畏怖がないと俺は無効にならなくてさ」
「へぇー」
「今回2人で検証できたの大きいんじゃないかな」

 ジンはアークヴィーチェにいて、今回の参加は初めてだった。毎年行われているこの検証は、その年に発覚した疑問点を実際にやってみることで研究するものだ。
 ジンもアカツキから膨大な資料を渡されていて、それを学びながら今に至る。

「と言うか、俺ら父さん逹が兄弟ってだけなのに、なんでジンさんだけ?」
「さぁ……? 普通に考えたら効果なさそうなのに」
「後に生まれたら血が薄いとか?」
「うーん……」

 わからない。名前の問題なのだろうか? とも思うが、リュウドも「タチバナ」のTをもっている。それが影響しているとも思えない。

「まぁいいや。ジンさんは殿下の年末の儀式でるの?」
「一応?」
「俺、去年やったけど、めちゃくちゃ寒くてきつかったから、カイロ大量にあった方がいいよ」
「そんなに?」
「屋上の神殿? 高いところにあるからめちゃくちゃ冷えるんだよね。気をつけて」

 リュウドはその後、自身の持ち場へと戻ってゆく。
 王宮へと戻ったジンは、普段より静かな廊下を歩きリビングへと戻ってきていた。そこには、ソファーでくつろぎデバイスを触る王子がいる。

「あ、ジン。おかえり」
「戻りました」

 王子の向かいのテーブルには、薄いアルバムのようなものが大量に積まれていて、ジンは少しだけ興味が湧いてしまった。

「それは?」
「うーん……」

 応えるか迷っている王子は、言いたくないのだろうか。すると、ジンに続くようにセオもリビングへもどってきて、手をつけられていない「それ」に頭を抱えてしまう。

「せめて1人だけでも選んで頂けませんか?」
「やだ」
「セオ、これは?」
「お見合い写真」

 ぁー。とジンは納得した、
 王子はソファへと寝そべって見ないふりをしている。週刊誌への掲載からククリールとの関係性がほぼ白紙になったと知られたことで、新たな婚約者候補の誘いがきたのだ。
 キリヤナギからすれば、未だ踏ん切りがつかないのだろう。新しい候補を選ぶことは、キリヤナギも関係を諦めたと言うようなものだからだ。

「カレンデュラ嬢と縁を切れと言う訳では無いのですが……」
「嘘つき」

 セオはため息をついてしまった。王子は機嫌を損ね、目も合わせない。
 どちらの気持ちもわかり、ジンは何も言えないまま聞いてしまった自分へと後悔する。

「誤解を生まないよう。我々も努力致します」
「そう言って前も勝手に決めてさ! 知らないうちにミントが最有力とか言われてるし、結局僕の気持ちなんて度外視じゃん!」
「ミルトニア嬢の件は、妃殿下の要望もあってのことでーー」
「じゃあもうずっと母さんの言うこと聞いてたら??」
「で、殿下……」
「それでしたら、殿下が妃殿下に直接お話しされては如何ですか? 私は所詮伝書鳩程度ですので」

 ジンは、思わず凍りついてしまった。
 この使用人は王子相手に微塵も怯まないと思い知る。更に口論が始まるかに思えた時、グランジが自室から現れた。
 彼は、火花を散らす二人と困惑しているジンをしばらく眺めた後、冷蔵庫からおやつを取り出して勝手に食べている。

「何で僕の気持ちの問題に母さんが出てくるんだよ!」
「殿下がご自身の立場の自覚が低く、将来の心配をされているだけに過ぎません。それにこれは気持ちの問題でもない」
「僕だって考えてる。そうやって感情を度外視したから父さんと母さんだってーー」
「それは違います」
「は……」
「……説得力はありません。しかし、それは違います。殿下。少し口がすぎました、申し訳ございません。陛下と妃殿下は、学生の頃に出会い結ばれ、それはとても祝福されました。仲もとても円満で殿下のご誕生も大変喜ばれていた」
「……そんなの。知らない」

 王子は立ち上がり、逃げるように自室へと戻ってしまった。仲が良かった頃の両親をキリヤナギが知らない訳がない。しかし、それはあくまで幼い頃だけで、彼が10歳をすぎる頃にはもう喧嘩ばかりの日々になっていた。
 使用人達は、この2人の仲違いを王子のせいだとも噂をし、誤解も解けないまま今まで来ている。

「……セオ」
「少し熱くなった。騒いでごめん」
「わ、わかるけど……」
「セオの勝ち」

 グランジはそう一言だけ呟きお茶を啜っていた。キリヤナギとセオの喧嘩は日常だが、ジンはセオの言葉足らずなところが否めず、今日はジンが王子の自室へティーセットを運んだ。

 今日は午前から年越しの儀式の打ち合わせと神殿の開城を行う予定だったが、屋上の雪かきが間に合わず、後日へ持ち越されたらしい。
 時間があるならとセオがリビングへ写真を置いていたが、お見合い写真の束は、今のキリヤナギにとっては地雷だったのだろう。しかし、たった1人しかいない王子は、国の未来を大きく左右し言葉通り逃げることは許されない。
 感情論が許されるほど、今のこの国には余裕がないのだ。

129

 引きこもってしまった王子は、ベッドに寝転がり延々とデバイスを見ている。学生になり今時の若者らしさも見えてくるのは、悪いことではないとジンは理解していた。

「お茶しません?」
「おいといて」

 機嫌が悪い。こう言う時は本来そっとしておくべきなのだろうが、きっかけをつくってしまったと思うとジンは放置ができなかった。

「ククちゃんと別れる時どうだったんですか?」

 キリヤナギがジンを睨んでくる。彼は少し考えながら体を起こした。

「また出会えたらいいねって……」

 まるでもう会わないような言葉回しに、ジンは返答が浮かばなかった。入れられたお茶を啜り、沈黙の時間が訪れる。

「殿下は、会いたいんですか?」
「本音はそうだけど、拒否されたようなものだから……」

 あとは気持ちの問題だとキリヤナギもわかっている。しかし騎士大会が終わってから間も無く、割り切れないのが本音なのだろう。
 目を合わせなくなった王子へ、ジンは言葉に迷ってしまった。

「母さんも、父さんみたいにほっといてくれたら良いのに……」
「最近どうなんです?」
「話してない」
「近況報告でもあれば、マシになるんじゃないすか?」
「知られたくないし……」
「なんで……」
「大体はセオが勝手に話してるし、今更何を言われても、どう反応したら良いかわかんない」

 そう言うものなのだろうか。ジンの思い描く家族像とはギャップがあり、今一つ理解ができない。
 今は王宮へ住み込みだがアークヴィーチェにいた頃は、長期の休みによく実家へ帰っていた。しかし当たり前すぎる家族の関係性を言語化するのも難しい。

「家族ってもっと気楽なもんじゃないんです?」
「だったら苦労してないし」

 吐き捨てるような言葉に、ジンは何も言えなかった。ジンの知る家族ではないなら、それはおそらく普段の人との関係性の問題になるのだろう。

「でも多分、妃殿下的には殿下の事が気になってるとおもうんで、ここはポーズだけでもとるのが良いんじゃないかなって」
「ポーズ?」
「その気はなくても、一応は行動をしておく感じですね」
「誤解されるの嫌なんだけど……」
「顔合わせるだけなら、そこまで影響ないんじゃ?」
「ほんとに??」
「多分? 相手も選ばれるなんて思って無いと思うし」

 キリヤナギは半信半疑だ。しかし、これ以上対人関係に触れてほしく無いと思うと、「考えている」と言うことを知ってもらうのは大切だと理解する。
 
「……考えとく」
「写真だけ、運んどきますね」

 キリヤナギはその日、少しだけ写真を見ていた。しかし選ぶことは結局できないまま、日を跨ぎ、年末の儀式の打ち合わせが始まってゆく。
 雪がどかされ、花が整備され始めた屋上は今日は雲一つない晴天で神殿を彩っている。
 植えられた花を観察し、花壇を眺める王子は神殿までの経路の確認を行っていた。

「ジン、ありがとう」
「? セオ?」
「お見舞い写真。僕からは正論しか言えないからさ。これで妃殿下も安心されるとは思う」
「妃殿下って、俺あんまり会ったこと無いけど、そんな心配性?」
「うーん、心配性と言うか大切なんだよ。これから先、苦労しないように信頼できる人を早めに見つけて欲しい感じ」
「陛下も?」
「陛下は男児だから筋さえ通せば文句はないってスタンスだけど、将来に関しては妃殿下と同じかな。この国の王族は短命ともいわれてるしね」
「マジ??」
「殿下の祖父にあたる前王が、60代で亡くなられてるし、記録だと40代とか30代もいたりしてさ、70代は稀かな」
「……知らなかった」
「まぁ、死因は記録にないから理由はわからないけどね」
「殿下は知ってる?」
「知ってるよ。歴史怖がってたでしょ」

 オウカの平均寿命は、ここ最近の医療の発達により男女共に80歳前後だ。40代で亡くなった王族がいるのなら、半分も生きられない可能性があり不安になる気持ちもわかってしまう。

「僕ら使用人は、どうにか幸せに楽しく生きて欲しいとは思ってるけど、うまくいかないよね」

 屋上を散歩する王子は、使用人に声をかけられながら中央に聳える塔を見上げていた。
 白く美しく聳える塔は、まるで天へ続く道のように伸びている。
 逸話では、王族はこの塔を辿って天に昇ると言うが、ジンはあまり信じたくはなかった。

 その後簡単なレクチャーを受けた王子は、打ち合わせがあると言うセオと別れて、リビングへと戻る。

「良い天気だから外行きたいなぁ」
「遊びに行きます?」
「うん。でも時間的にすぐ日が暮れるだろうし中庭にしようと思う」
「分かりました」

 王子はジャージに着替え、模造刀を持って中庭へと繰り出す。グランジとも合流して歩いていると事務所付近で休憩するメイド達の声が耳に入ってきた。
 名前まではよく聞こえなかったが、サイネリア家の婚約者が逃げ出したと言う話で、女性として気持ちはわかるとか、地主に嫁げるのは羨ましいなど井戸端会議のような内容で新鮮にも感じた。

「タイムリーすね」
「うーん……」

 サイネリア家は、クランリリーの一部の土地を収める侯爵だ。確か誕生祭でも挨拶をされた覚えがある。

「話したことあります?」
「気さくな人だった気もするけど、うろ覚えかな……」

 名前は毎年聞いていて何となくはわかるが、誕生祭に来てくれる貴族達が多すぎて顔と名前が一致しない。デバイスで検索すると顔が出てきたが、あまりいいイメージはなかった。
 婚約者に逃げられるとは何があったのか興味深いが、メイド達の私語に付き合うのも違うと思い、キリヤナギは切り替えながら中庭で遊んでいた。
 それから、数日経ちキリヤナギの元へ1人の女性が現れる。
 シックな黒のドレスを着る彼女は、キリヤナギが「1人だけなら会っていい」とセオに決めてもらった女性だった。
 屋内の広いテラスで現れた彼女は、長い黒髪を肩へ流しスカートをあげて礼をする。

「ビオラ・アスタリアです。ご機嫌よう。王子殿下」
「こんにちは、きてくれてありがとう」

 そっと手を差し出した王子だが、彼女は手を取らず目も合わせてくれず、向かいへと座る。
 違和感がありながらも笑顔で応じていると、ようやくこちらを見た彼女が口を開いた。

「ご招待にあやかり、無礼を承知でお話しさせていただくのですが……」
「? 無礼?」
「どうか今回のお話は白紙に、私はオウカ家へ嫁ぐ気はございません」
「え……」

 キリヤナギは思わずフリーズし、給仕をしていたセオも、お茶を盛大に溢れさせ床へとこぼしていた。
 ビオラは、固まってしまった王子へ畳み掛けるように述べる。

「このお話は、親が勝手に決めたこと、そこへ私の意思はありませんでした。ご招待はとても光栄だったのですが……」
「そ、そうだったんだ。大丈夫。実は僕もあまり乗り気ではなくて……」
「あら……」
「一度会ってみるだけって言われてたから気にしないで、僕ら王家に関して気に入らないことがあるならそれは聞けるよ」
「それはないのですが、ごめんなさい。私は、王家のような暮らしはとても向いているとは思えなくて……」
「貴族だよね?」
「はい。でも私はもう少し自由に生きたくて……」
「わかるよ。僕も学生になって同期の気楽さが羨ましくもなってさ……」
「王子殿下……」
「ビオラは、大学に行ってるのかな?」
「え、はい。私は音楽が好きでそっちに」
「へぇー、とても雰囲気に合ってる」
「本当ですか……! ありがとう、ございます」

 ビオラは照れてしまいながらも、2人はそのまま雑談ばかりしていた。
 ビオラは音楽は好きでもクラシックではなくあくまで最近のポップスが好きで、いつかは自分で書いた曲をアイドルや歌手に歌ってもらいたいと語ってくれた。
 夢があると感心したものだが、セオが頭を抱えていて脱力している。

「大丈夫?」
「いえ、こちらの不備で、むしろ申し訳ございません……」
「気にしてないけど……」

 キリヤナギからすれば渡りに船だったが、場を整えたセオからすれば、本人の意思確認不足でもあり大失態とも言える。

「僕はむしろ母さんのが……」
「楽しくお話しされていましたとだけ、お伝えしますね……」

 立場的に嘘は言えない為、無難だとは思う。連絡先も交換はしなかったが、夜会などでまた会う機会もあるだろう。
 そんなリビングに戻る途中、キリヤナギとセオは少しだけ人が集まっている事務所付近を注視する。
 メイド達が集まり隠れて見ている先には、フォーマルな衣服の女性がいた。
 彼女は周辺にいる使用人や騎士から訝しげな目で見られ、早々に立ち去ろうとするが、周りで待っていた令嬢に詰め寄られている。
 声は聞こえないやり取りだが、雰囲気は責められているようにも見え、キリヤナギは何もせずにはいられなかった。
 ゆっくりと歩み寄ると、皆、道を開けて礼をしてくれる。

「ご機嫌麗しゅう、王子殿下」
「こんにちは、談笑中にすまない。みんな落ち着かないみたいだから場所を変えてくれないかな?」
「それは、申し訳ございません」
「大変失礼しました。ベルーシアさん。また後日お話させてくださいね」

 吐き捨てるように2人は去ってゆく。ベルーシアと呼ばれた女性は少しだけホッとしたようにもみえた。

「私も、失礼します」
「王宮は広いから、よかったら出口まで案内するよ」
「え……」
「おいで」

 ベルーシアはキョトンとしつつも、キリヤナギの後へついてきてくれる。メイド達があまり利用しない通路を通り、裏口付近へと向かった。

「正面からでると、まだ合流しちゃうと思って」
「それは、お気遣いありがとうございます」
「ベルーシア?」
「はい、ファラウ・ベルーシアです。はじめまして」
「今日はどうして王宮へ?」
「我が家は、王宮へ花を提供している花屋です。今日は先月の請求書をとどけに」
「花屋さん、いつもありがとう」
「とんでもないです」
「あの女の人は、知り合い?」
「は、はい……。あの方は、うちの会社の土地を治める地主のお嬢様で……」

 ファラウは、周りの騎士の目を気にしており、キリヤナギは何も言わず近くの応接間へと案内した。
 セオのみが控える空間に、彼女は安心しているようにも見える。

「こんな事を、王子殿下にお話するのも、どうかと思うのですが、私は好きな人がいるんです。でも、さっきのガーベラ・サイネリア様が、兄のレヴァン様の元へ嫁ぎにこいと……」
「婚約?」
「はい。確かにサイネリア家の方々には、花屋の運営の関係上、他の市民よりも広く土地を利用させて頂いていますが、それを盾にされるのは私は納得いかなくて……」
「両親には許してる?」
「私の両親は、確かに願ってもない縁談ではあるのですが、私の気持ちを汲んで有耶無耶にはしてくれていたんです。でも、最近はさっきの様に詰め寄られるようになって……」

 圧力がかかっているのだろうと、キリヤナギは察した。この場合、貴族が土地を取り上げたり、税金を上げたりなど、より強い圧力を掛けているならば問題にはできるが、そこには至って居ないのならできる事は限られている。

「ちゃんと断ってる?」
「はい、何度も……ですが、ここ最近は犬を放されたり、夜に温室を荒らされるイタズラもされるように……」
「それ犯罪だよね? 特定できてる?」
「できていません。でもタイミングをみると、そうとしか思えなくて……」

 領地を治める地主が市民へと嫌がらせを行う事は、立証された時点で爵位が剥奪される犯罪となる。しかし、この問題は地主が市民を買収したりなど巧妙に行われる為に、オウカでは難しい問題とされていた。

「何かできるかな?」
「クランリリー騎士団にはご相談されましたか?」
「はい。定期的見回りや【千里眼】で見て頂く事にはなりましたが、やっぱり腑に落ちなくて」
「王宮からの仕事って、他の人から妬まれたりする事多いみたいだから、貴族って断定するのも良くないし、別で考えよう」
「え、はい。すいません、ついイライラして」

 セオが少しだけ睨んでいるのを見てキリヤナギは冷静になりながらファラウへと向き合った。
 動きたい気持ちを抑え、無難な言葉を選ぶ。

「話してくれてありがとう。もしよかったら今度花を見に行ってもいいかな? いつもとても綺麗な花を卸してくれてるから興味が湧いた」
「それは、とても嬉しいです。でも我が家は首都からは少し距離がありますが構いませんか?」
「もちろん。遠いなら自動車で行かせてもらうね。秘密にするからここだけの話で」
「はい、お待ちしています」

 キリヤナギはファラウと連絡先だけ交換し、その日は別れた。リビングに戻りデバイスで検索するとフラワーアレンジのベルーシアとロゴ入りのサイトが出てきてそれなりの大きな会社だと感心する。

「ファラウさんのお母様にあたるフレイヤ・ベルーシア様は王宮の正面玄関の花瓶へ花を生けて下さているフラワーデザイナーです。それなりに名の知れた方ですね」
「知り合い?」
「えぇ、使用人は名前だけでわかるでしょう。夜会などにも提供して頂いていますから」
「へぇー」

 セオは、管理用のデバイスから生花の写真を沢山見せてくれた。定期的に変わるその花たちは王宮を管理する騎士やメイド達だけでなく、訪れた人々を楽しませてくれる。
 感心する王子を観察していたジンは、花を見に行くと言った王子に向けて素朴な疑問を呟く。

「遊びに行って大丈夫なんです?」
「練習はあってないようなもんだし……? 歩くだけだよね」
「そうですね。メディアも来られないので最悪雪で滑ってもお怪我さえされなければ問題ありません」
「そ、それは、恥ずかしい……」
「転けたらシャレにならないんじゃ……」
「服が濡れたら着替えてやり直しだけど、怪我は中止かな。陛下も何回かやらかしてるから僕らにとってみれば今更だけど……」

 儀式という張り詰めた空気で転びたくはない。子供の頃初めてこの儀式へ参加した時、緊張して足元へ注意がいかず、凍結した雪で盛大に転んだ記憶がある。
 両手は先祖への供物で塞がって受け身も取れなかった為、頭をぶつけて数針縫われた。
 その年は結局参加できずに終わったが、年が明け、神殿から出てきた父と待ち構えた母が盛大に喧嘩を始めたのもセットで覚えている。
 以来この儀式の際は、通路に雪が積もらないよう細心の注意が払われるようになった。

「もう屋根つくったらいいのに……」
「できないんだよねー。伝統だから景観かえちゃだめなんだよ」
「大変っすね」
「もう転ばないから!」

 ジンに同情はされたくなかった。父も例外ではなく何年か前は練習で転倒し、腰を壊して全治1か月の怪我をしていた。その時は初めての1人での参加だったが、誰にも見られず、周りに誰もいない環境はとても気楽で、新鮮だったのを覚えている。

「明後日までは、打ち合わせなどがありますので、花屋さんの視察は来週でも構いませんか?」
「うん。ファラウの都合もあるだろうし」
「分かりました。ジンとグランジ、2人の同行でお願いします」
「え、ジンだけでよくない?」
「ジンとグランジです。あと運転にセシル隊長ですね」
「お、多い……」

 キリヤナギの苦言を、セオは無視していた。
 次の日の打ち合わせは去年使用した服や靴が利用できるかとか、供物を乗せる台の下にヒーターを忍ばせるなど、伝統を残しながらどう暖を取るかというアイデアのぶつけ合いで、少しだけ面白くも感じていた。
 服には沢山ポケットがあり、カイロだけでなく嗜好品や本、ゲームなども持ち込んでいいらしい。

「誰も現場は見ません。でも見せたり話す事はしないでください」
「わかってる。ありがとう」

 この儀式をキリヤナギは嫌いではなかった。隣では父も同じように打ち合わせをしていて、流石に酒は控えてほしいと使用人に叱られている。
 その様子は、まるで自分とセオの様で新鮮にも感じていた。

130

 そして週が明け、キリヤナギ、セシル、ジン、グランジの4人は、私服に着替えオウカ町から少し離れたサンゴ町へと向かう。
 この街は、都市部からも距離があるために住居もまばらで、広大な土地が必要な産業が営まれている場所でもあった。
 自動車に搭載されたデバイスのナビゲーションを頼りに進む中で、首都付近では正確な位置表示をしていたナビゲーションが徐々に機能しなくなり、酷く時差が発生してしまう。

「だめっすね。止まってます」
「この辺りは電波塔も少ないからね。ジン、そこのチェストに地図があるから案内頼むよ」
「はい」
「壊れた?」
「いえ、電波塔の数が少なく、通信に遅れが発生しているのでしょう」

 街はあらゆる場所に塔があり、塔で座標を作る事で位置を割り出すが、街を出ると塔の数が減る為、座標を認識に遅れが発生するのだ。

「自動車の速さに間に合わない?」
「そういう事です」

 確かに周辺は住居と畑ばかりで、電波塔は道路沿いにしかなかった。ガーデニアの技術にも限界があるのだと知り、キリヤナギは外を眺めながら到着を待つ。
 1時間ほど自動車で走った頃、ようやく見覚えのあるロゴの看板が見え、セシルは待っていたファラウに誘導されて自動車を止めた。

「ご機嫌よう、殿下。ようこそ我が家へ」
「ファラウ、ありがとう。おくれてごめんね」
「来ていただいただけでも光栄です。是非沢山見て下さい」

 キリヤナギは、ファラウから小さな花束を渡されていた。迎えてくれた彼女の両親は、是非沢山見てほしいと歓迎してくれて、四名は彼女の案内の元、敷地内にある温室へと足を運ぶ。

「うちは花の農家で、主に首都のお店へ花を卸すことを生業としています。薔薇や百合などもありますからご案内しますね」
「へぇー」
「母がデザイナーで、父が母のために出来るだけ沢山の品種を育てていて、それが王宮にはとても好評だったとか」

 温室にはカーネーションなど、様々な色の花が栽培されていた。中にはキリヤナギの背丈を超えるほど育っている花もあり驚いてしまう。

「花束になるとわからないけど、よく育つんだね」
「はい」

 ジンもグランジも初めて来たのか興味深く温室を眺めている。セシルはそんな2人に苦笑しつつも、夢中で観察するキリヤナギへ口を開いた。

「我が国にとって花は一大産業の一つです。これはその国名にあやかり、初代王より大切にされてきたもの、殿下。ベルーシア嬢との出会いはとても実りあるものでしょう。是非良き時間をお過ごしください」
「うん、ありがとう、セシル」

 ファラウは、バラを積みセシルの胸ポケットへ刺してくれていた。
 温室は広く様々な花が植えられていて、隅から隅まで歩いていると、折り返し地点の脇に温室のガラスが破壊されている場所があり驚いた。

「すみません。修理が間に合わなかったもので……」
「これ、王宮で言ってた?」
「はい……。ここから、野良犬が放されて荒らされたのです。騎士さんがくるようになって一応は収まったのですが……」
「これ修理大変だよね」
「そう、ですね。隅ですがフレームが歪んでしまったので、立て替えとも言われています……」

 破壊のされ方がどう見ても人為的であり、セシルも驚いた様だった。破片は片付けられてはいるが、何か強い力がかかった様にフレームもひしゃげている。

「お見苦しいものを……」
「大丈夫だよ。お花見せてくれてありがとう」
「こちらこそ、ご心配ありがとうございます。殿下」

 王子の手をとったファラウは、温室の外へと王子を連れ出してくれた。すると外には広めのテーブルを設置してお茶の準備をする男性がおり、ファラウの顔が戯ける。

「トマ……」
「ファー!、お疲れ様」
「な、なんでいるの!?」

 銀髪の彼は照れたように頭をかき、お茶菓子まで用意してくれている。少し泥のついた衣服を着ているのは、農作業をしていたように見えた。

「こんにちは、お友達かな?」
「本物だ。ごきげんよう。トマヲ・トウシです。ここの向かいのハーブ園やってます」
「私今日は呼んだ覚え無いんだけど!!」
「フレイヤさんにハーブ分けてくれって頼まれてたんだよ。持ってきたら王子様きてるって聞いて準備してた」
「はぁ!? 母さん、どう言うこと!!」

 ファラウが混乱している。
 話を聞いていると王子の為にお茶を用意してくれていたのだろうか。キリヤナギは冷静になり彼の話した言葉から疑問を口にする。
 
「ハーブ園?」
「は、はい。トマは、私の幼馴染で……向かいの土地でハーブ園をやってるのです」
「フレイヤさんから、お茶を出したいから持ってきて欲しいっていわれたんです。是非飲んでみて下さい!」

 ファラウは、顔を真っ赤にして言葉に迷っていた。そしてその反応にキリヤナギはピンとくる。
 彼女は王宮で「好きな人がいる」と話していたのだ。

「ここって農場が多いんだね」
「はい。トマの家の隣はいちご農家さんですね」
「隣っていっても離れてますけどね。こっちはお茶になる木を育ててて、ハーブとか紅茶用の茶葉を作ってます」
「へぇー、紅茶好きだよ。よく飲むし」
「嬉しいです! でもウチは王宮に卸してもらってるのはないからなぁ」
「銘柄おしえてくれたら、探してみるけど……」
「それなら、俺の家から持ってきた方が早いや。待っててください!」

 トマヲはそう言って、隣の建物へと走ってゆく。ファラウは少しだけほっとしたのか未だ顔を赤くしていた。

「好きな人?」
「え、はい。すみません。トマといるとなんか変になってしまうというか」
「優しそうだし、いい人だね」
「はい! とても、優しくて強いんです
! でも、婚約の話があって……」
「そっか……逃げたって言うのはファラウ?」
「それは有耶無耶にしたくて、父と母にお願いして大学へ通い始めたのですが、ガーベラ様がその事を逃げたと話題にしておられるらしくて、もうどうすればいいのか……」

 メイド達が話していた理由を知り、キリヤナギは少しだけ呆れてしまう。いわば断れない様にするために外堀を埋めようとしているのだ。
 断れば他の貴族からの評価が下がると、遠回しに脅している。よくはないがこの手の誤解を解くには難しく、打てる手も限られている。

「僕にできることはある?」
「いえ、そんなお気持ちだけで十分です。来ていただいただけでも我が家の花の品質が保証された様なものですから」
「……そっか」

「戻りました、王子殿下! これです。よかったら!」

 走ってきたトマヲは、キリヤナギへ綺麗に包装された茶葉を提供してくれた。お茶の入れ方を丁寧に解説してくれて、普段と違う方法を新鮮にも思う。
 その後もファラウの母、フレイヤのアトリエを見学したり、父、アルバードの花の収穫をみにゆく。
 そしてひと通り見て周った後、一度自由に見てまわりたいと言ったキリヤナギは、ジンと共にあの場所へと向かった。

「やっぱり気になるんすね」
「帰る前にもう一度見ときたくて」

 キリヤナギが見ておきたかったその現場は、温室の隅、ガラス破壊された場所だ。中からではなく迂回して外から見にゆくと外には雑草が生い茂り足場が悪い。
 ジンは、そんな場所にも怯まずに進む王子に感心しながら周辺に注意を払っていた。

 現場は応急処置がされて見栄えが悪いが、やはり自然に壊れたようには見えず、キリヤナギは腰を落として静かに注視する。

「いつやられたんですかね……」
「結構時間立ってそうだし、無理かなぁ……」

 現場は修復され、犯人が残したものはほぼ片付けられたのだろう。念入りに現場をみるキリヤナギは久しぶりで、ジンも一応観察していた。
 するとキリヤナギは、汚れた温室のガラスに張り付く何かをみつける。
 デバイスで写真をとり、そっと壊さないように剥がした。

「緑の花……?」

 花の様な、緑の何かだ。
 僅かに蔓もついているが、花にしては緑一色で違うものにもみえる。

「こんな品種ありました?」
「うーん……」

 塵紙で包みキリヤナギは一旦それをポケットへといれていると、後ろに気配を感じたジンが立ち上がった。

「王子様ここにいたんだ」
「トマヲ……」
「この温室きにしてくれてたんだな。俺も時々みにくるんだよね」
「トマヲも?」
「うん、塞がれてるけどこの辺は野生動物も結構くるからさ、壊されたらこの時期大変だし、ファーの力になれればと思って」
「そっか。大切なんだね」
「うん、ファーはいつも本当に一生懸命なんだ。だから俺もそれが報われて欲しいって思っててさ」
「それは、ファラウの事を守りたいって意味かな?」
「そ、そう言われたら恥ずかしいけど、間違ってないかも、幸せになって欲しいし」
「好きなんだ?」
「う、うん。でも、ファーはもうサイネリア家と婚約するみたいだから、俺みたいな一般平民より、そっちの方が夢も叶えられると思うんだよ。だから俺は、こうやってできることをしたいなって」
「伝えてみても良いとは思うけど……」
「俺が伝えて婚約がダメになったら申し訳ないし?」

 ファラウの気持ちを、トマヲは理解しているのだろうか。しかしこれは、キリヤナギが間に入っていい問題ではないとも思う。
 幸せを願い願われる関係は、その本人がお互いに伝え合わないことには意味がない感情だからだ。
 待たせては悪いと、トマヲ共にファラウの元へ戻ったキリヤナギは、間も無く日も暮れることから、一旦は自動車へと乗り込み帰路へ着いた。
 その道中で、ファラウとトマヲが言っていたいちご農家の看板が通り過ぎてゆく。

「セシル、ここのクランリリー騎士団の管轄所に寄れる?」
「管轄所ですね。構いませんが……」
「何か分かりました?」
「まだ勘かなぁ……」

 自信が無さそうな彼に、セシルは嫌な顔ひとつしない。キリヤナギはセシルと管轄所へ向かい、15分ほどで出てきた。

「よく見つけられましたね」
「うーん。不十分」
「これで調査は進むでしょう」
「さっきの?」
「自信ないからジンには言わない」
「えぇ……」
「私は正解だと思いますよ」
「……」

 グランジは相変わらず何も話さない。
 王宮へ着いた頃には、キリヤナギは疲れ切っていて、彼は夕食の前にリビングで仮眠をとっていた。
 
 そして年明けが2週間前に迫る頃、キリヤナギは午前からジンと共にアークヴィーチェ邸へと向かう。
 カナトは年始にある本国の祭事のため、毎年この時期からガーデニアへと戻る。
 今日はそんな彼とゆっくりと話せる今年最後の機会だ。

「静かだった去年に比べ、今年はとても賑やかだったな」
「そうかな? 去年の方が来てた気もしたけど……」
「そうか? メディアで見る機会が増えたので、むしろ良く顔を見た気分だ」

 思わず照れてしまう。
 オウカとガーデニアの行き来は、マグノリア領からの定期船でやりとりされており、キリヤナギはクランリリー駅までは見送る予定を立てている。
 アークヴィーチェは、年明けの1週間前にオウカを出国し、2週間ほどで戻って来るが、毎年この時期になるとキリヤナギは何故か少しだけ寂しさを感じていた。

 お茶菓子が並ぶテーブルは、甘い匂いが漂いカナトも本を読みながら寛いでいる。
 そのあまりに普段通りの対応に、キリヤナギもまたリラックスをしてデバイスを見ていた。

「ジンも食べて良いぞ?」
「俺は、いいって……」
「以前は喜んでいたくせにつまらん」
「一応護衛騎士なんで……」
「でもこれ三人分だよね」
「そうだぞ?」
「もう条件無くなったし……」
「条件?」
「ジンがここへ住み込む時、宮廷騎士向けの部屋を用意できなかったんだ」
「それは少し聞いたかも」
「離れの宿舎を増設するわけにもいかなかったので、せめてもの『特別な扱い』として、この邸に住む事と私専属の護衛となり、私に出される茶菓子をもう1人分追加で用意してもらうと約束したのさ」
「へぇー、セオはちょっと怒ってたけど」
「そうなのか? 聞いてないな」

 ジンはアカツキに相談しろと釘を刺されていたが、彼は未だ話すことはしていない。
 使用人の個室もそれなりに広く。学生寮の数倍居心地も良かったことから、不満もなかったからだ。

「ジンって甘いもの好きなんだ?」
「大好きだな」
「言うなって!!」

 騎士であり動ける身体づくりの手前、糖分は必要最低限にと普段は控えているが、子供の頃から貴族の嗜むお茶菓子にはずっと憧れていた。
 実家では東国の文化が色濃く、出てくるものの大半は和菓子で、洋菓子は特別な日ぐらいしか食べたことがなかったからだ。

「今日はジンが1番気に入っているダブルポイップシュークリームだぞ。旬のイチゴも入っている」
「い、いらねぇ……」
「誰もみてないよね?」
「みていても今さら誰も気にしないな。ガーデニアはオウカほど精神の厳格さには拘らない」

 キリヤナギは、空き皿に一つ乗せて差し出してくれた。しばらく葛藤しながらも、渡された好意を無碍にしたくはなく、両手で受け取る。

「ジンって銃と対人しか興味ないと思ってた」
「ほぅ、キリヤナギには意外と硬派だったか」
「僕には何も話してくれないんだよね」
「なんでも話すのは違うが、護衛を名乗るなら好みぐらいは共有しておいても良いのでは?」
「なんでアドバイスされてんの……」

 ジンは少しだけ間を置き、諦めたようにシュークリームへと手をつけた。思えば、ジンと最後にお菓子を共有したのは、以前「タチバナ」に関してカナトへ相談に来て以来でもある。心境の変化があったのだろうかと勘繰るが、どうせ聞かせてくれないのだろうと、キリヤナギは諦めた。

「最近はどうなんだ?」
「うーん、僕のことじゃ無いんだけど、家族会社の一人娘の子が、地主さんに婚約を迫られて困ってて」
「地主がか? 一般からとは珍しいな」
「うん。でもその子、好きな人がいてさ。断れるのかな?」

 カナトは戸棚から分厚いの本を取り出し、まるで辞書のように調べ物を行う。向かい側のキリヤナギから見えるタイトルは、オウカ国憲法と書かれていた。

「法的にはクリアしているな。でもこの場合、問題はそこでは無さそうにも見える。女性の両親はどうなんだ?」
「一応断ってるんだって、でも諦めてくれないって」
「なるほど……」
「それだけでわかんの?」
「貴族と一般平民は、婚約の考え方にかなりギャップがある。貴族の場合、政略的な意味合いが色濃くそこに感情論は挟まない事が多い。対して一般平民は、恋愛結婚が主流で、当人の感情が重視される。平民でも普通の平民ではないのでは?」
「王宮に花を卸してくれてる花屋さんかな。お母さんはデザイナーさん?」
「映えある財力貴族か。それは確かに手に入れたくなる」
「どうして?」
「いわばその家の称号を地主として自分のものにしたいのだろう。結ばれれば、女性も何不自由なく暮らすことができるが……」
「断りたいみたいなんだけど……」
「ふむ。なら根気よく理解を得るぐらいしか思い浮かばないな……。いっそその『好きな人』と婚約ができればいいが」
「うーん……」
「よその家の話に首を突っ込むのはよくは無い。加害性があれば別だが」
「嫌がらせされてるっぽくなかったです?」
「それは本当か?」
「ううん。まだ特定できてないから何も言えない」
「なら、触れるべきでは無いな」

 今、キリヤナギに出来ることは少ない。サンゴ町は遠く、列車で行けば数本の乗り継ぎとバスにも乗らなければならなかったからだ。

「行き詰まった時は気分転換だ。散歩に出かけるか?」
「いいの? じゃあ少しだけ……」
「護衛は……」
「貴様だけでいい」

 残ったシュークリームも差し出され、ジンはカナトの準備の間に食べていた。
 本格的な冬のオウカ町は、皆がコートを羽織り暖をとりながら街を歩いている。公園でリフレッシュしようと3人で歩を進めていると、自動車を真横につけられ、困っている女性が目に入った。
 その見覚えのある顔にキリヤナギは、思わず速足になる。
 未だこちらに気づかない彼女は、立ち去ろうとしたが、自動車から数名が降りてきて、手首を掴まれていた。

「ファラウ!」

 声を上げると手は離され、彼らは再び自動車に乗って走り去ってゆく。驚いたファラウは座り込み震えていた。

「大丈夫?」
「王子殿下……」
「お怪我はーー」

 ジンは膝をつくが、彼女は何も話せずにいる。見ていたカナトは、騎士団へと連絡しファラウを自宅まで送り届けてもらった。

 ファラウの手を掴んだのは、サイネリア家の使用人で、その日は、家のアフタヌーンパーティへと招待されていたが、ファラウが返事をせず首都へと逃げていた所を迎えにきたらしい。

『少し強引にも見えるが、忘れていると取られた可能性も否定できない。返事をすべきだったな』
「そうだよね……」

 キリヤナギは王宮へもどり、カナトへと再び通話で相談していた。あの時のサイネリア家の動きは、王子が来たことで身を引いたのだろうと察する。
 誤解されたく無いなら挨拶ぐらいは欲しかったとも思うが、使用人からすれば王子程、面倒な相手も居ないからだ。

『最善は尽くしているはずだ。声をかけたことで、キリヤナギと言う後ろ盾を知ったことになる。直ぐには動かないだろう』
「そうかな?」
『私の経験の話だがな』

 それなら良いのだろうか。
 不安はありながらも日々は過ぎ、人々は年始に備えた休みへと入ってゆく。

131

 使用人たちも人数が減ってゆく中、リビングへとテープ貼りされた封筒が届いていた。
 相変わらず住所の記載がなく経費削減を感じる。

「それは?」
「殿下の成績表」

 セオの言葉にジンがギョッとしている。ハサミを受け取ったキリヤナギは、緊張していた。
 去年は単位が殆どなく、留学と補講の案内書類が同封されていて大分ショックだったが、今年は出席もテストも普通に受けた為に大丈夫な筈だと言い聞かせる。
 普段無関心なグランジも今日はリビングにいて心配そうにみていた。
 テープ貼りでハサミを使うのも違和感があると思いつつ、中から二つ折りの厚紙を取り出す。ジンはそのシンプルな表紙をまじまじと眺め、ぱっと開いたキリヤナギに驚いていた。
 そして、すぐ閉じたキリヤナギにセオはイヤな予感を覚える。

「殿下……?」
「3回生……」
「え」
「僕、進級できる!」

 3人は一斉に拍手をしてくれた。
 この時点で進級が決まれば、年始から始まる補講は受ける必要がなく、春までの長期の休みになる。

「よかったです! お疲れ様でした!」
「やっぱりやればできるんすね」
「……」

 不安要素が一つ無くなり、その日の王子はずっと機嫌がよかった。
 年が開ければ、大学は補講が始まりサークル活動も行うことができる。楽しみだと思う反面、やはり心の片隅にはククリールの事がずっと頭に残っていた。
 カレンデュラ騎士団大隊長。ガイア・クローバーに届けてもらったはずの手紙は、数週間経っても音沙汰がない。捨てられたなら、割り切らなければならないのはキリヤナギの方だ。
 考え無いようにしようと、雑念を振り払うと通信デバイスへ着信がはいってくる。画面にはトマヲ・トウジと書かれていて、キリヤナギは迷わず通信を受ける。

「トマヲ、こんにちは」
『王子様! でてくれた! ありがとうございます!』
「ちょうどゆっくりしてたんだ。どうしたの?」
『実はファーが、一人でサイネリア家に行ってしまって……』
「それは、どう言う事?」
『もうこれ以上、面倒事は嫌だって、俺も巻き込まれるかもしれないって話されて、なんのことか。これ、ファーがサイネリア家と結婚するって意味ですよね? 俺、貴族の考えよくわからなくて……』

 どうだろうとキリヤナギは冷静に状況を俯瞰する。
 彼女がもし今までの全てをサイネリア家の所為だと思い込んでいたとするなら、仲のいいトマヲが次の嫌がらせの標的にされると思ったのか。しかし全ては憶測に過ぎず、この考えも話すには根拠が足りない為、あとは彼の気持ちの問題だろうと思う。

「僕にファラウの考えはわからない。けど、トマヲはどうしたい?」

 キリヤナギは、まるで自分へ聞いている気分だった。誰にも迷惑をかけないため、ファラウは自分の意思へ嘘をつこうとしている。
 荒らされる農場を守るため、好きな人が火の粉を被らない為、その在り方は賞賛にも値するが、その行動を望む人々はそこには居ないのだ。

『俺、ずっとサイネリアに行く方がファーは幸せだと思ってだけど、怖い思いさせる奴なんて信用できない。だから、取り返したいと思う、手伝って欲しい!』

 はっきりと述べられた言葉にキリヤナギは、返す言葉が見当たらなかった。そして、涙ながらに去っていったククリールを思い出す。
 彼女は辛そうに泣いていたのだ。
 それは喜びではなく、悲しくそれを受け入れたくはないと言う本音の涙とも言える。
 何故気づかなかったのだろうと、キリヤナギはこの数日間を悔しくすら思った。望まない涙を流す彼女へ取る行動など、きまっているからだ。

「わかった。手伝うよ」
『ありがとう! 王子様』

 キリヤナギは、その日のうちにセオへと相談し、再びサンゴ町へ赴きたいことを打診した。
 理由は同じく視察で産業を見てまわると言う公式訪問となる。
 キリヤナギは、再びサンゴ町へ向かう前に一度トマヲを首都へと呼び寄せ、簡単な研修をうけてもらう事にした。

「あれから、ファラウはどう?」
「わからない。けど、花嫁修行みたいなのはしてるってフレイヤさんが言ってて……」

 使用人の休憩時間。キリヤナギは王宮へ来てくれているトマヲへ声をかけにゆく。
彼はここ数日、サイネリア家に行ってしまったファラウが戻らず不安にも駆られているのだろう。

「俺、こんな事してて、いいのかな……」
「これが僕のできる最善の手だよ。信じてくれるなら、最後まで力を貸せる」
「……わかった。俺はやりきってみる!」

 トマヲは気合いを入れたのか、切り替えたように研修へと打ち込んでいた。
 そして当日、正式な王子の衣装を纏いトマヲをバトラーとしてつけた王子は、堂々とサイネリア家の門を潜る。
 屋内で待っていたのは、誕生祭で見覚えのあるレヴァン・サイネリアと、妹のガーベラだ。

「ようこそ、王子殿下。お待ちしておりました」
「こんにちは、レヴァン。今日はありがとう。レックス卿は?」
「父はこちらに、ご案内しましょう」

 トマヲは、髪型も服装も全て変え、別人にも見えるメイクをしていた。よく見ればわかるだろうが、レヴァンはおそらく普段から会う機会ががなく分からないのは幸いとも言える。

 レックス・サイネリアの部屋へ向かう最中、王子はレヴァンへと小さく口を開いた。

「噂で聞いたけど、婚約するのかい?」
「おや、耳が早いね。あまり褒められたものじゃないから黙っていたんだが……」
「それは?」
「一般平民から花嫁を迎えるんだ。我が家は出自が一般で、なかなか相手がいなかったんだが、ようやく見つかってほっとしている」
「へぇー、会ってみたいな」
「それなら後でつれてこよう。王子もそういう時期だろう? 早く良い相手が見つかるといいな」

 返す言葉がなく思わず口をつぐんでしまった。レヴァンが笑っているのは、全て知っているからだろう。
 キリヤナギは、彼のさりげなく本心へアプローチしてくる態度が苦手だった。
 その後案内された部屋にて、レックス・サイネリアと対面した王子は、サンゴ町で営まれている産業についての話を聞く。オウカの多くの産業は、より土地が広大なローズマリー領が一強ともされているが、その土地に見合った特性を活かし適正のある作物を育てる事で、より国内の生産率が向上し豊かになるとも語られた。

「特に花の産業で知られるベルーシアは、この町最大の花農家です。殿下もご存知でしょう」
「えぇ、以前王宮にて少しだけお会いしました。ガーベラ嬢にも」
「我が家は、このベルーシア家より花嫁を迎え、これからもより一層この産業の発展を続けて行きましょう」

 王子が苦笑している最中、応接室へレヴァンが現れる。彼は後ろへファラウを連れており、思わず見違えそうになった。
 ドレスを纏い貴族のメイクで着飾る彼女は、先日の雰囲気とは真逆だったからだ。 
 目を合わせず、レヴァンの向いへと座った彼女は堅い表情をみせており、その態度はとても幸せそうには思えない。王子の横にいたトマヲも、そんな彼女にしばらく言葉を失っていた。

「レックス殿。その婚約の件についてなのですがーー」

 キリヤナギが口を開いた時、トマヲが動いていた。突然ファラウの前に跪き、懐から花を取り出した彼は、貴族達に囲まれながら堂々と口を開く。

「ファラウ・ベルーシア嬢」
「え、トマヲ!?」

 空気が凍りつき、ファラウが言葉を失っている。これにはキリヤナギも想定外だったのか、しばらく呆然としてしまった。

「どうかこの俺と結婚してください……!」

 レヴァンは彼の顔を確認し、もう一度驚いていた。
 そしてそんな状況下で、真剣に向き合うトマヲにファラウはしばらく戸惑ったが、差し出された花を手に取り、泣き出してしまう。
 その花は、ファラウが大好きな花だった。温室では育てられていないそれは、きっとトマヲが自分で育てたものなのだろう。
 涙ながらに受け取った彼女は、その日初めての笑顔をみせてくれた。

「はい、喜んで……!」

 2人の空気に、もはや誰も口を挟めずサイネリア家は呆然としている。レックスは、困惑している王子をみて、測られたものでないことを察したのか頭を抱えてしまった。

「王子殿下、大変失礼を、今話した婚約は無しになってしまった……」
「レックス・サイネリア卿、僕は気にされずに……」
「婚約で言いかけたのはこの事か」
「えぇ、私の使用人が先走り、ご無礼を……」

 レックスが、トマヲを睨み思わず尻込みしている。

「ご婚約相手に苦労していると?」
「えぇ、我が家は元は農家。こんな家に嫁いでくる貴族などいるわけがなく……」
「今回は、その件も踏まえ、お相手のご紹介も出来ればと思っていたのですがーー」

 レックスとレヴァンの目の色が変わり、キリヤナギはセオにとある見舞い写真を持って来させた。
 しばらく凝視したレックスとレヴァンは、一先ずは考えてみるとして、対談は終え、王子はレヴァンと共にサンゴ町の農家を見て回る事となる。

「全く、これだから一般は……」
「無礼だったね、すまない」
「王子も初めからそう言えばよかったものを……まぁでも確かにタイミングはなかったか」
「ファラウにそこまで無理強いはしてないみたいで安心したよ」
「推しが強かったのはガーベラだな。仲良くなりたいと言ってよく構いに行っていたそうだ。受けると言われ、舞い上がったのは反省している」
「首都に迎えに来たのも?」
「何の話だ?」

 レヴァンのキョトンとした表情に、キリヤナギは驚きつつも、事のあらましを話した。彼は「なるほど」と口を開き、しばらく考えるしぐさを見せる。

「思い当たる?」
「あぁ、田舎の伝統芸のようなものさ。このまま婚約していればおそらくもっと泥沼になっていただろう。それが事実ならこちらが助けられたようなものだ」
「それなら今回は僕のが悪いし、お互い様だよ。僕が調査した分は、クランリリー騎士団の管轄所に提出したから、また見せてもらって」
「そうか。この地を収める領主として、善良な市民は必ず守ろう」
「ありがとう。レヴァン」

 車内での会話を、ジンとセシルは無言で聴いていた。そして1日かけての視察を終えた後、王子は首都へと戻り一日を終えてゆく。

「だから止めたのです。トマヲさんに来てもらうのは対談の後でいいと」
「一旦無事を確認したかったみたいだからさ、ごめん」
「サイネリア卿がお優しくて幸いでしたが、本来ならどうなっていたかわかりませんよ」
「反省してるから、もうしない」

 素直に反省する王子をジンは黙って見ていた。一般の友人を連れて行く手段として、使用人として雇うのは確かに正規の方法でもあるが、研修期間が短すぎると取り返しのつかないことになる可能性もあると学ぶ。

「今後同じような事は禁止です」
「は、はい……」

 素直なキリヤナギは久しぶりだった。

「でも賢いっすね」
「アレックスさんが、アゼリアさんを騎士大会へ連れて来ていたのを見ただけだよ」
「へぇー、問題起こらなかった?」
「周りが顔見知りだっただけ、公爵閣下も居られなかったからね」

 端的にいえば緩かったのだ。また王族からの信頼の厚いマグノリアという家の後ろ盾に守られたのだろう。王子も同じではあるが、立場的には微妙に事情が違ってくる。

「もう許しません」
「ご、ごめんなさい……」

 セオは強いなぁと、ジンは単純な感想を抱いていた。
 そんな使用人からの説教を受けるキリヤナギの元へ、デバイスの着信音が響き渡る。画面にはトマヲと書かれていて、彼は迷わず回線を開いた。

「トマヲ、お疲れ様!」
『王子様、今日はありがとう。おかげでファーと一緒に帰れた』
「よかった。婚約おめでとう……!」
『それなんだけど、ファーは連れ戻すための言い訳だと思ってたから、今度もう一度告白してみようと思うんだ』
「えぇ、でもそっか。びっくりしただろうしね」
『うん。俺は本気だって事をもう一度伝える。機会をくれてありがとう。あと先走ってごめん』
「大丈夫だよ。でも、サイネリア卿が少し怒ってたから、もしかしたら謝りに行ったほうがいいかも」
『わかった。あれからレヴァン様が、ガーベラ様を連れてファーに謝りにきたんだ。あと、嫌がらせの対策もしてくれるみたいでさ、悪い人じゃないんだって』
「貴族は敵じゃないよ。その土地に住んでる人を守るためにいるから、何かあれば相談してね」
『王子が信頼してるなら今度からそうするよ。とりあえず明日は謝りに行く』
「うん。レヴァンはみんなを大切にしてたからきっとわかってくれるさ」
『ありがとう。それじゃ、また進展があったら連絡するよ』
「またね」

 明るいトマヲの話を、セオを含め皆が聴いていた。
 そして後日、べルーシア家に行われた嫌がらせの数々は全ては、サイネリア家に汚名を着せる事で侯爵の地位から引きずり下ろそうとした策略であり、べルーシア家は、その為に利用されたという報告が騎士団へ上がってくる。

「なるほど。なかなか面白い結論だな」

 クランリリー駅周辺の豪華なカフェテラスにて、王子の見送りを受けるカナトは、楽しそうに感想をこぼした。
 べルーシアの温室を壊したのは、ハーブ園から少し離れたいちご農家の仕業だった。
 手掛かりになったのは、キリヤナギが回収した苺のヘタで、旬の苺を収穫した農家が衣服についたヘタを落としきれず持ち込み、雨が降って温室の壁に張り付いたのだろうと結論が出る。
 苺のヘタが回収されたその日から、騎士団は【千里眼】による監視を行い、べルーシア家の敷地へ夜な夜な出入りしようとする犯人を発見。行動に及んだところで、騎士団に確保された。
 侯爵ではなく市民であることから明確な罰はないが、今後は監視対象として注意を受けることになったという。

「貴族のせいじゃなかったんすね」
「レヴァンはよくあるって言ってたけど、婚約の邪魔したのに、逆に感謝されて変な気持ち」
「だが、そのまま結婚していたら、きっと一生恨まれていただろう。貴族の地位となれば言葉の重さも変わってくる。暴露されればその地域に居られなくなるからな」
「貴族も救われた?」
「そうなる。キリヤナギも悪いと思うならお互い様だな」
「レヴァンは苦手だけど、友達にはなれそうだったよ」
「成り上がりならば、友人と認識されるだけで嬉しいだろう」

 年末のカフェテラスは貸し切られ、入り口には数人の騎士が立っている。
 アークヴィーチェ外相の息子と王子の見送りは、その親交を示すための公式行事だからだ。

「カナト様。間も無く旦那様も乗車されます」
「わかった。向かおう」
「カナト、今年も色々とありがとう。いい年を迎えてね」
「こちらも、とても楽しかった。また来年。2週間後だがよろしく頼む」

 未来の外交大使と王子は固く握手をし、キリヤナギは手を振って見送った。
 カナトの父、ウォーレスハイム・アークヴィーチェは、このような挨拶行事を好まず、いつもこうしてカナトのみが代理として王子と会ってゆく。
 キリヤナギは、ウォーレスハイムのそんな態度がとてもありがたかった。きっと仲がいいことをよく知り、敢えてそうしているのだろうとすら思う。

 友人を見送った王子の表情は清々しく、騎士もまた安心して彼へ寄り添っていた。

132

 年明けの前日。キリヤナギは王と共に極寒の中、儀式へと望む。
 わずかな灯籠のみの神殿は、薄暗くシンシンと雪が降り、どれほど掻き分けようとも際限なく積もり続けていた。
 その日のオウカには、観測史上稀な寒波が押し寄せ、入り口で跪く騎士達も皆が肩へ雪を積らせながら2名を見送る。
 騎士はここで王と王子が出てくるまで、外敵が来ないよう警護することが役目だ。人数は数十名いるが、今回は親衛隊となるセシルとジン、グランジ、セスナが待機する。
 誰も話さず、ただ無心に警護する騎士達は、普段の和気藹々とした雰囲気はなくなり、唯々騎士としての役目を果たしていた。

 一方で、神殿に入った王子は外が極寒で、逆に暖かく感じる内部に新鮮さを得ていた。
 ヒーターのついた台はとても暖かく、ほっと息を落ち着けながら進むことができる。
 数段の階段を降りた通路は広く、そこにはベッドほどの大きさの台があり、王は去年の供物をどかし礼をしながら新しいものを置いていた。
 王子も続くように備え、ヒーター台と共に王の隣へと戻る。
 胡座をかき、豪快に座る王。シダレは、両手を組ませ祈りを始める。キリヤナギも並び、同じく祈るように両手を合わせていると、先に顔をあげたのは王だった。

「好きな人とは、どうなった?」
「えっ!」

 唐突な恋路の話に、キリヤナギの儀式への感情が一気に吹き飛んだ。
 恥ずかしくもなって返事すら迷うが、確かに少しだけ話した覚えがあるからだ。

「ふ、振られました……」
「そうか、何度目だ?」
「2回……」
「私は5回振られた」
「え”っ??」

 初耳で、変な声がでてしまう。
 意味がわからないと言うキリヤナギの表情に、シダレは笑っていた。そして、袖の奥から腕にくくりつけた酒が出てきて、もはやどこから突っ込めばいいかわからない。

「一回目は一目惚れ。二回目は夜会だ。三回目は、桜花大学の文化祭……」
「……」
「四回目は、ハイドランジアに行った時だ。でもこの時は考えさせて欲しいだったか」
「な、何がだめだったんですか?」
「私の性格が、嫌だったそうだ」
「……」

 フォローができない。

「5回目は、先王が退位したときだ。戴冠式が控え、王子として命令権限のない内に諦めがつくよう最後の告白をした。ヒイラギは、『そんな所は嫌いではない』と、受けてくれた」
「……」
「ヒイラギは、本来の私の性格が嫌いだ。だからこそ衝突も多いが、私今でも心から愛している」

 呆然としていたら、父が頭を撫でてくれる。
 この時間が、キリヤナギはとても好きだった。年に一度この日だけ、王は王ではなくなり、父になる。
 恥ずかしい事も、過去の失敗も全て話してくれる父だ。周りの目を気にせず、キリヤナギだけをみるこの時は、掛け替えのない時間でもある。

「母さんは、心配性です。もう少し放って置いて欲しい」
「そうか。でもあれは母さんの性分だ。フリだけでもしておけばいい」
「納得してもらえるでしょうか?」
「心配をかけさせまい、と言う努力は伝わるだろう。ヒイラギは体裁に沿ったものが好きだからな」

 体裁と言う言葉に、キリヤナギは納得した。王子と言う一つの体裁にそぐわない事をした時、ヒイラギは大体叱って欲しいとキリヤナギを捕まえにくるからだ。
 記憶にあるのは抜け出した時だが、シダレが甘くしようとすると大喧嘩になる為、無難に治るのが軟禁数日でもある。

「春の夜間外出はどこへ行っていたんだ?」
「お、お話した通りです……」
「本当なのか? ストレリチアの【服従】で話させたとか……」
「そんな事はしません……」
「……あまり前に出ることは良くない。一歩間違えればどうなっていたかーー」
「ククは、僕が助けたかったんです。好きな人で……」
「そうか、なら何も言えないな」
「父さんも?」
「私は臆病ものだ。兄も弟も消え、怯えるしか無かった。ただ流されるまま王位につき、唯一自分で手に入れたのは、ヒイラギだけだ」
「……」
「嫌われているがな!」
「ぼ、僕は父さんのこと、嫌いじゃないです!」

 シダレは、少し嬉しそうだった。ふと見上げると、神殿の内部の壁には去年と変わらず時計のようなメモリが存在する。
 針がなく12メモリあるうちの、今は三つだけ明かりが消え、他は緑に光っていた。

「好きな人は、諦めるのか?」
「もう少しだけ、本心を聞いてみようと思っています」
「そうか……」
「父さんは、どうか王のままで、貴方を見習って僕も自分で勝ち取ります」
「キリ、深追いには気をつけなさい」
「え、は、はい」

 普段なら、無言で頷かれる所だろう。言葉で返してくれるのは、ここでしか見られない王の本心だ。

「父さん、あの時計はどう言うものなのですか?」
「あれは時計ではない」
「……!」
「あれは、オウカ家の力の残り数。皆が『王の力』と言うそれは、無限に溢れ出るものではなく、有限なのだ」
「有限……?」
「異能は、増えることはない。渡された人間が死ねば減り、返されなければいずれは尽きる。これを減らさない事こそが、我々王族の使命だろう」
「なら、あれは建国時から?」
「……いや」
「?」
「これ以上は、私がキリをこの国の王子として相応しいと見た時に話そう」
「……わかりました。皆はこの事を知っているのですか?」
「この事実は、他人へ話せば国の存亡にも関わる。誰にも話してはならん」
「かしこまりました。オウカ家の王子として必ずお約束は守ります」
「それでいい」

 思えば奪取の能力も何故存在するのだろうと疑問に思っていた。
 もはや日常的に行われる貸し借りは、そこに限りを感じさせる空気は微塵もなく、騎士団は盗難が起こった場合の不殺に対して疑問を得ているとも聞いている。
 しかしそれが無限ではなく有限であるとするのなら、それは減るたびにこの国の『抑止力』の衰えに直結する為、「減らさない努力」をしなければ、国家としての存続が危ういと言うことだろう。
 ボーっとメモリをみて考えていたら、父は地べたに座り、持ち込んだ酒を啜っていた。キリヤナギもデバイスを持ち込んでいるが、圏外表記でゲームも何も繋がらず、時計のみが動いている。
 間も無く年が明ける。
 シダレは、デバイスの時計をみるキリヤナギをみて、もう一つの器を取り出して注いでくれた。

「ここでの祈りは、先祖を偲ぶと言う意味も含まれている。キリの祖父もまた酒が好きだった。共に酌み交わそう」
「僕でよろしければ、御注ぎします」

 初めて飲んだ酒は、舌が焼けるように感じキリヤナギは全て飲むことができなかった。
 そして、王子が20歳を迎えたその年は、終わり、オウカは新しい年を迎える。
 人々が暖をとりながら迎えた新年は、王宮の頂上にある鐘によって知らされ、見に来た人々は拍手をしたり、祈りを捧げるものもいた。

 そして、深夜1時を過ぎた直後。騎士達は、神殿の扉を中を見ないよう丁寧に開き、出てきた2人を再び跪いて迎えていた。

「滑らなかった!」
「よかった。ご無事で何よりです」

 リビングへと戻ってきた時間は、既に深夜2時を回り、儀式を終えた使用人や騎士達は、皆役目を終えて解散してゆく。
 セシルとセスナは後のミーティングのために一旦王子の元を離れ、後日また来てくれると言うことだった。

「明日からは、ご挨拶に来てくださる貴族の方々にとの会談もありますから、早い目におやすみください」
「き、気が重い……」
「休みないんすね」

 年が明けてからの数日は、関係団体などの顔見せ行事などスケジュールが詰め込まれている。
 殆どが王宮の外の行事で、練習ができないものばかりだ。

「握手と簡単な挨拶程度ですから、がんばってください」

 数日の午前全ては、貴族達との挨拶で埋まり、午後も全ては移動詰めの日々だ。しかし、先程のシダレの会話を思い出し、腹を括る。

「頑張る」
「サポートはお任せください」

 そうやってオウカの一年がまた始まってゆく。
 次の日の早朝から、王の年始の挨拶に始まり着々とスケジュールをこなした数日間は、王子にとってはあっという間に過ぎて行く。
 ヴァルサスに連絡を取る間も無く、最終日を迎えた王子は忙しさに気を遣って、時期をずらしてくれたアレックスと再び顔を合わせていた。

「顔が疲れているな。大丈夫か?」
「ご、ごめん。本当この時期はかつかつで……」
「はは、よくやっている」

 彼に褒められると少し照れてしまう。年が明けてから1週間。ようやく新年の行事が一回りし余裕ができてきた時期だ。大学は補講が始まり、学生達も動き出していると聞く。

「ベルーシアの件は聞いたぞ、王子がキューピッドになったと」
「そんな言われ方してるんだ。他意はなかったんだけど……」

 かのベルーシア家の一件に関しては、ある程度噂になっていたことから、メイド達がことのあらましが伝聞しているようだった。
 逃げていた令嬢が、好きな男性と駆け落ちしたが、元の貴族に対して王子が新しい婚約者の紹介し、円満に解決したと言われているらしい。

「大体あってるけど、大体間違ってる」
「噂などそう言うものだろう。使用人は雇用契約によっては、家を梯子していたりもするからな」

 あの時キリヤナギは、サイネリア家へ、アスタリア家のビオラを紹介していた。
 堅苦しい貴族の家は合わないと言っていたビオラは、元は一般だと言うサイネリア家ととても相性が良かったらしい。
 また周りが農産業の盛んな地域であることから、音を使うことが趣味のビオラにとっては迷惑が掛からず、居心地も悪くはないと言う。
 キリヤナギは年明けに、顔を見せに来た2人と会い、出会って間もない2人が楽しそうに話してくれる様を眺めていた。

「サイネリア家で起こった策略は、マグノリアでも何度か見たことがある。こちらの場合は【読心】により、ことが起こる前に察知はできたが、他の領地は慎重にならなければいけないな」
「改めて地主と市民の信頼関係は大事だなって、レヴァンは大切にしてくれてたから安心したけどね」
「そこに騙されないのは、流石だとは思ったぞ」
「僕は貴族だからさ、同族を悪いと思いたくないだけだよ」
「はは、それはそうか」

 思わず頬杖をついてほっとする。去年の今頃は、マグノリアの彼とここまで打ち解けるとは思わなかった。ヴァルサスもそうだが、悶々と1人で考えるより、こうして意見を言い合えるのはありがたいとは思う。

「人の恋路はいいが、王子のお相手はいつ決まるんだ?」
「……まだ諦めてないよ」
「なるほど、火がついたか」
「僕にそれができるのか、まだイメージはないけど、ククを不幸にしないアプローチはできると思ってね」
「そうか。悪くはない」

 何も言わずに去った彼女へ、何ができるだろうと考えていた。
 たとえ恋人までは行かずとも、望まない場所から連れ出したいと言う傲慢な考えですらある。だからこそ、もう一度意思を問いたい。

「先輩は連絡とれてる?」
「私も騎士大会以来、音信不通だ。行き来している者に聞くと息災ではあるらしいが、彼女なりのケジメなのだろう。私からすれば『今更』だがな」
「なら、安心かな。諦めきれなくてごめんね」
「想定の範囲だ。しばらくは静観しておこう」
「ありがとう」

 ククリールがどちらを選ぶのかはわからない。しかし、キリヤナギもアレックスも幸せを願っていることに他ならず、それはどちらであっても片方は祝福するだろう。

 新しき年を迎えたオウカは、まだしばらく空気の冷たい日々が続く。

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