第三十九話:カレンデュラへの道

 冬が本場となり空気も凍りつくオウカの国は、未だ年の明けた活気に溢れ都市には僅かに飾りが残っていた。仕事へと向かう国民達が都市を賑やかにする首都クランリリーで、王立の桜花大学院もその週から校舎を開放し、サークル活動をする生徒達を迎える。
 年始のありとあらゆる公務を終えた第一王子キリヤナギ・オウカも、騎士たるジンとグランジに付き添われながら、サークル「タチバナ軍」の訓練へと臨んでいた。
 週に数回やっている訓練だが、長期休講での参加は任意にしていて、十数名いるメンバーのうち休講時に参加してくれるのはほんの数名しかいない。アレックスとヴァルサスは今のところ無欠席で参加しているらしいが、王子のいない日は2人だけの日も少なくないらしく、ヴァルサスは彼らの意識の低さに呆れていた。

「んっとーに、やる気ねぇな!」
「学生などそう言うものだ。潰しも効かないからな」
「楽しんでくれてるなら、僕はいいかな……」
「しかし、入部だけして一回も来ていない学生は私も解せない。話題にしたいのだろうが……」
「話題?」
「就職活動だ。王子の元でサークル活動をしたと言うだけで面接官へ心象は変わるだろう?」
「そうなんだ??」
「ぁー、やるせねぇ」

 ヴァルサスは一人で素振りをしている。準備運動をしている数名は、ビクビクしながらコチラを見ていてキリヤナギはそこに混ざって体を動かしていた。
 人の少ない「タチバナ軍」とは対照的にネットで仕切られた向かいのスペースには、ツバサが何十名もの生徒を指導して掛け声をあげている。皆その表情は真面目で感心してしまう程だった。

「ハイドランジア卿は流石だな」
「あんだけやってて俺らに勝てねぇの?」
「ヴァルサス、図に載るな」
「へいへい」

 気持ちは分かるが「タチバナ」は、「王の力」を持った【素人】への「初見殺し」なだけで、知られれば騎士大会のように「対策の対策」をされてしまう。そうなれば真似事ではとても対処ができず、ジンのような【プロ】が必要とされる。
 ふとジンを見ると、入り口の壁にもたれうとうとと船を漕いでいた。グランジが無表情で警備をしているのは、任せているのだろうと察する。

「タチバナ!!」

 突然声を張り上げたのはツバサだった。ジンは飛び起きて周辺を見回した後、声の主を見る。

「こっちに来い! 相手しろ!」
「俺?! し、仕事……」
「休憩中だろう??」

 不敵に笑うツバサに、キリヤナギも困惑していた。グランジに確認をとりながらコート入りしたジンは、ツバサが見ていた生徒の対策の対策をされた動きに動じず、遊ぶようにいなして見せる。

「本家にはまだ及ばないか……」
「上手いです。【素人】なら押し切れるかも?」
「ほぅ……?」

 ツバサがキリヤナギを睨み、思わず目を逸らしてしまう。

「来い! 王子!」

 想像通りの流れに、キリヤナギは渋々応じる。ここ数週間は公務の連続でまともに訓練ができておらず、とても自信が持てなかった。

「殿下は、【素人】ではないですけど……」
「好都合だ。どこまでやれるか試してやる」

 キリヤナギは、少し戸惑いながらコートへ足を踏みいれ小綺麗なジャージの生徒と対峙する。
 先程のジンの動きから、おそらく【未来視】だろう。【ラグ】は何秒程度だろうかと考察していると、向こうから突っ込んできた。
 回避の先を取られ、動作が一歩遅れる。ガードの構えを見てその隙を取るように振られてくる模造刀は、確かに「上手い」。

「王子おされてんぞ!」

 ヴァルサスの叫びに少しだけ苛立ってしまう。アレックスは黙って見ているが、自分へと「集中しろ」と言い聞かせ、動いた。
 ガードのフェイントから、振りに入った模造刀の下を潜り、後ろを取る。
 背中をとって攻めにゆくが、片足で踏ん張った相手が即座に振り返って止められた。王子とほぼ互角に渡り合う生徒に、ヴァルサスとアレックスは唖然と訓練を見据え、ジンも感心して拍手をする。
 続くラリーに二人の息が上がり始めた頃、持ち手を狙おうとした王子の意図が読まれ、外した。
 スカした勢いが殺せず逆に背中を取られたキリヤナギは、そのまま模造刀で斬られるように床へ倒された。

「はぁぁーー?! マジかよ王子!」
「勝ったーーー!!」
「よくやった」
「素晴らしいな」

 アレックスの感嘆がひどく悔しい。しかし、負けは負けなので仕方ない。

「ありがとう」
「ありがとうございました!!」

 その後、ヴァルサスやアレックス。他のタチバナ軍もリベンジとして挑んだが、全員敗北し、その日は解散する。
 結局、最も善戦したのはキリヤナギのみで3人はがっかりしながら屋内テラスで休憩していた。

「はぁー、結局、体育大会はまぐれなのかよ……」
「まぁ、初見殺しなとこあるし……? 対策されたら厳しいかなぁ」
「王子が負けるのは珍しかったが……」
「色々考え事しちゃってたから、やる前から負けてたよ……」
「なんだよそれ……」

 武道において、集中ができないことは相手に何歩も遅れをとってしまっている。特に「タチバナ」の場合。考察しながらの戦闘になることから、常に一歩引いた所からの戦いになるからだ。

「ジンさん。俺らどうだった?」
「え、ふ、フツー……?」
「どう言う普通だ??」

 ジンはコメントに困っていて、キリヤナギは呆れてしまった。「タチバナ」の基準からの「普通」は、真似事をさらに真似した程度のものにも取れる為、そもそも実践レベルにない事もあり得るからだ。
 ボトル飲料を飲みながら休憩する王子は、ぼーっと変わらず何かを考えているようにも見え、アレックスは少しだけ心配が募る。

「考えごととは?」
「うーん……。寂しくて……」
「姫か? どんだけ好きだったんだよ」
「わからんでもないが……」

 年始は忙しくて考える余裕もなかったが、落ち着いて気持ちと向き合うと寂しさが募ってくる。いつもなら彼女もここにいて、褒めてくれたりバカにされたりしていたのに今日はそんな戯れもないからだ。

「会いたいって言ってたけど、カレンデュラ行かねぇの?」
「行きたいんだけど、そもそも許してもらえるかわかんなくて」
「ここ最近はそうでもないが、数年前までは治安の悪化で注意喚起がされていた土地だからな。王子に制限がかかるのはしょうがない」
「そんなやべーの?」
「隣にいる人物が、オウカ人ではない可能性がある土地だ。騎士もかなり多いが、それでも間に合っていない町がある。国境沿いは廃村地区ばかりだな……」
「オウカ人じゃないって……?」
「最近は壁ができたってジンが言ってたけど……」

 そんな話題の最中アレックスが通信デバイスの画面を二人へと見せてくる。それはニュースサイトで、数ヶ月前、ガーデニア産のセキュリティ通信機器が破壊された記事だった。壁にもヒビが入っていて、その先に人々が集落を作っているのが見える。

「こんなんなってんの……」
「入って来ないだけマシだ。彼らはジギリダス政府より支援を受けながら『振り』をしている可能性もある。同情の余地はない。地元には救済が必要だと言う団体もいるが、それらもグルだな」
「嘘だろ……」
「こうなったのも、そもそも侵入を許したカレンデュラ騎士団の責任だ。我々七公爵はその責任を問わずにはいられないが、ククリール嬢には同情もしている。難しい問題だな」

 キリヤナギはすでに聞こえないフリをして、イヤホンで音楽を聴いていた。デバイスで契約できる音楽サービスは、電子通貨にも対応していて月額で沢山の音楽が聴けてとても便利でもあるが、彼が反応を示さないのはすぐには解決できない事を暗示する。
 確かにこの現実を突きつけられれば、ヴァルサスも堂々と送り出せない。

「無責任承知で言うけどさ、何とかしねぇの?」
「うーん、どうにかしたいんだけどまだビジョンみえなくて……」
「私からすれば、昨年度の王子は十分にその責務を果たしているようにも見えた」
「先輩……?」
「多少のわがままは、許されていいと思う」
「へー、アレックス、珍しく乗り気じゃん」
「そちらの騎士はどう思う?」
「……殿下のご希望とあらば」
「え”っ」

 グランジの即答の横で鈍い声を上げたジンに、キリヤナギは顔を上げる。ジンは、今までキリヤナギの行動に意を唱えたことはほぼなかったからだ。

「し、仕事なら?」
「タチバナは乗り気ではないか……」
「そう言うのではなくて……」

 ジンもまたスランプなのだ。
 騎士大会で負けてからと言うもの、目の前の相手に集中ができていないのは明らかで、ここ最近はグランジにも連敗していると聞いている。
 敗北がきっかけなら自信を無くしてしまったかに思えたがグランジが言うには違っていた。
 騎士大会にて、人を信頼する事へ意識を変えようとしたジンは、その「結果」が伴わなかったことで、それが正しいのかわからなくなっていると言う。試合結果を見ればチーム優勝し、戦績もそれなりで賞賛もされたが、本家「タチバナ」として全力を出し切り、異能使いを倒しきれなかった事は、やはり精神的な迷いを生んでしまったのだろう。
 騎士大会は「演習」だからこそよかった。これが本来の命を賭ける戦闘なら取り返しがつかなかったと、後悔しながら迷っている。

「ジンは別にいいや……」
「いいのか?」
「興味なさそうだし」
「殿下……」

 キリヤナギは、ジンには強さを求めてはいない。キリヤナギがジンへと置く信頼は、キリヤナギがどんな状況下であっても味方であってくれた事だからだ。

「まぁ、殿下が行くならご一緒します」
「うん……」
「緩くね?」
「何故今の会話でやる気を無くすんだ??」

 ジンは何も話さない。今回もグランジが教えてくれた事で、直接も聞いていないからだ。それも、ジンのスランプがあまりにも珍しくて興味が湧いてしまったことにある。

「さ、帰るかな」
「お疲れ様」
「王子は?」
「寝る」
「家で寝ないのか……?」

 帰りたくない。帰ればまた沢山のことを思い出してしまいそうで、もうしばらく学生としてゆっくりしていたかった。

 アレックスとヴァルサスが帰宅してゆき、キリヤナギが机に突っ伏してうとうとしていると、テーブルに腰掛けていたジンのデバイスが振動する。メッセージできていたそれをジンは口頭で伝えた。

「殿下。カナトが飛行機の精査結果でたのでまた空いた時間に来て欲しいと」
「え、飛行機? 今?」
「はい。夏に回収してたんですけど、オウカだと飛行機の専門家はいないので、ガーデニアに精査をお願いしてたみたいです」

 夏の初め、カナトが戦争回避を図るために話していた言葉をキリヤナギは思い出していた。できれば飛行機を回収し、それがどこで作られたものなのか調査が必要であると。
 時間をかけて運ばれた飛行機は、カナトから提供された設計図と照らし合わされ、さらに精査するためガーデニアへと輸送されたと言う。
 飛行機の問題は夏の旅行以来、音沙汰がなく結局知らされないのだろうと思っていたが、ここでカナトから連絡が来たのはおそらくキリヤナギが間に介さなければならない問題が発生したからだ。

「オウカの調査だとどうだったの?」
「素人しかいないですけど、ほぼ一致してたんで送ったとは聞いてました、設計図とられたのは間違いないかもしれないって、まぁみんな素人なので、わからないんですけど……」

 思わず興味深く思ってしまい、キリヤナギはすぐさまジンとグランジと共に、アークヴィーチェ邸へと向かった。

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 その日は珍しく入り口へカナトが出て来ず、キリヤナギとジン、グランジはそのまま夏の時と同じ応接室へ通される。お菓子にも手をつけずデバイスを触って待っていたら、深刻な表情のカナトが消沈した様子で現れた。

「すまない……」
「か、カナト……?」

 謝罪の言葉から入るガーデニアの貴族に、キリヤナギだけでなくジンとグランジまでも困惑する。カナトはソファへと座り頭を抱えてしまった。

「誕生祭での飛行機の来襲は、設計図を盗まれたガーデニアの責任だ。我が国は今後責任を持ってオウカにて空の保安を行う……」
「えっえっ、だ、大丈夫??」
「我が国も万能ではないことを思い知らされた。平和が続き警備が甘くなっていたのを逆手に取られたのだろう」
「とりあえず順番に……」
「すまない。取り乱した。とにかく飛行機は間違いなくガーデニアの設計図を使って作られたものだ。細かいパーツが違ってはいたが、概ね間違いはない」
「認めんだ?」
「認めるしかない。何故ならガーデニアでの飛行機開発部で、設計図ファイルのコピー記録が数年前に残っていた……これはーー」
「そうじゃなくてさ……」

 ジンの言葉にカナトは「ふむ」と相槌をうつ。それは本来、国として認めなくても良いことだからだ。認めずに突っぱねれば責任の回避も可能であるはずなのに、あえて認める意図が理解できないと言っている。

「飛行機と設計図の一致がすでにオウカへと知られ、今更言い訳もできないからな。ここで認めなければ、そちらは信頼を失うしか無いだろう?」
「まぁ、確かに」
「争わない為にも、認める事こそが不和を生まないと判断した。こちらも盗まれて居ないと言う絶対の自信があり、資料を提供したからな」
「確かに信頼できる……」
「だろう? 我アークヴィーチェは、信頼でのみ成り立っているからな」

 思えばその通りで、国家間とはお互いに見えない所が多く対面での相手の態度こそが全てとも言える。カナトが最大限に配慮するのはオウカの疑いの余地をなくす為なのだろう。
 
「ともあれ本題だが、こちらが今回の補填となる資料と契約書だ。飛行機もそうだが、魔術の普及についても提案書類を入れておいたので目を通して欲しい」
「魔術って、カナトのあの魔術??」
「そうだ。オウカの首都に来年からガーデニア魔術協会を作る提案をしている。すでに持ち込まれた魔術デバイスもあるだろうが、直接販売や講習行い普及させようと考えている。騎士団でも導入を提案しているが、こちらはまだ契約がなされていないな」
「へー」
「……」

 気がつくとジンがじっとカナトを見ていた。広げられたのは飛行機の補填書類の束と魔術協会のものだが、ジンは2年間カナトと居たことで薄々勘付いていたことがある。

「ガーデニアってさ」
「何だ?」
「実は戦争弱いんじゃねーの?」
「はーー……」
「え??」

 真顔で話されカナトの表情がおどけた。キリヤナギもポカンとしている。

「無礼だな。キリヤナギの前だがそんな事はーー」
「ジンはなんでそう思ったの?」
「だっていつも以上に必死だし、ミレット卿も疑ってたしさ。この魔術の件も『変わりにどうにかしてください』って感じだし」

 ジンの言葉にキリヤナギははっとした。飛行機の保障はさておき、以前会った時も飛行機の輸出を提案してきたり、国境沿いのセキュリティ機器なども率先して導入を進めてくれる。
 便利なもので、デメリットの少ないものからオウカは導入してきたが、未だ歴史が浅い魔術までも提供しようとするのは、意外にも思えた。

「カナトってさ、絶対有利だと謙遜するけど不利だと大袈裟に言うじゃん」
「へー……」
「そんなつもりはーー」
「この魔術? ジギリダスの弾丸ってめちゃくちゃ威力あるんだけど、本当にガードできんの?」
「オートガードのことか? 受けてみなければ分からないが……」
「ほら……」

 うっ、と珍しくカナトが詰まっている。しかし、キリヤナギは納得していた。これは外交としては当たり前の反応で、知られてはいけない事実を隠す為、隙を見せない振る舞いをするのは、ある意味当然だからだ。
 カナトは咳払いをして、まるで仕切り直しをするように続ける。

「我が国の強さは、今の時点で話す事ではないと思っている」

 「ごまかしたなぁ」とジンはあえて突っ込まなかった。資料を見ていると、飛行機の書類には経費などは書かれてはいないが、魔術に関してのものはデバイスや協会の運営費などが詳細に記されている。そのあからさまな「商談」の書類にジンは呆れた。

「魔術協会の学費とかで飛行機代の補填?」
「貴様が知ることではない!」
「じ、ジン、外交ってそう言うものだから……」

 プラスマイナス0で飛行機の経費を補償しようとするのは流石とも言える。しかし魔術は武装としては、便利なものだと聞いていて、無いよりはあった方がいいとジンも判断している。

「もしこれが採用されたならば、新年度より広告を打ち出す予定だ。そのうち騎士団にも連絡がゆくだろう」
「ふーん……」
「飛行機だけでもいいの?」
「構わないぞ。だが、どちらにせよオウカへの進出の認可はもらうつもりでいる。王宮で使うならば、団体割引で安くつくようにプラン組んだので、得だぞ」

 もはや突っ込む気も起きなかった。しかし、ガーデニアとオウカはこうして通貨を交換し、資源を分け合って国力を育ててきた。資源が豊富で一次産業に長けるオウカと、土地が広大で文明力に秀でたガーデニアは、お互いに欠ける部分を補いながら成長しこのマカドミア大陸を完全支配しようとしている。

「これを父さんに持っていけばいい?」
「あぁ、頼む。これで戦争が回避されるなら安いからな」
「ゼロじゃん」
「お互いにメリットがあるなら、それは良い取引と言えるだろう?」

 些か強引なカナトの提案だが、ジンでもわかるやり方は「良心的」ともとれ、確かに「信頼」はできる。

「こちらの用件は以上だ、オウカの誠実な対応を望む」
「ありがとう。今日はもうこれ以上話せないかな?」
「相談事か? 構わないが……」

 ケースをジンへと渡したカナトは、ようやく給仕を始め、三人へとお茶を出してくれた。グランジにもお菓子が出され彼は少し嬉しそうに頬張る。

「ククが、カレンデュラ領に帰っちゃって……」
「カレンデュラ嬢か……騎士大会で見えなかったのはそう言う事だったんだな」
「うん。だから会いに行きたいんだけど、どうしようかなって」
「ふむ、危険な土地だとも聞いているが……今更顔を合わせて何をするんだ?」
「別れる時、本心じゃなさそうだったんだ。だから本当の気持ちが知りたくて……このままだと、もう会えなくなりそうだから」
「そうか……」

 貴族であるカナトは、ある程度の事情を知っているようだった。すると彼は、ワゴンから自身のノートタイプの端末を取り出し、カレンデュラ領に関しての情報へ検索をかけてゆく。
 トップに出てきたのは、週刊誌の記事で見出しは「王子、大失恋」と書かれていた。続けて国境沿いのセキュリティデバイスが破壊されたニュースが続き、カナトは続けて「ふむ」と相槌をうつ。

「一つ聞くが……」
「なんだろ?」
「今直面している最も難しい問題はなんだ?」

 キリヤナギは一瞬混乱したが、これは「ククリールに会いにゆくにはどんなハードルがあるのか?」と聞かれている。
 問題が多すぎて説明不足になっていたことを反省し、キリヤナギは冷静になって話した。

「カレンデュラ領に行く事が出来ないかな。周りに反対されてどう説得すればいいか分からない」
「なるほど、ではキリヤナキ殿下」
「え、うん」
「私、カナト・アークヴィーチェは、この破壊されたデバイスの交換へ赴く必要があります。しかし、私はここへ行った事がなく土地勘もない」
「……!」
「どうか王子の手で、私をカレンデュラ領へ連れて行ってはもらえないだろうか?」

 ジンとグランジが絶句している中、キリヤナギは思わず前に乗り出した。

「わかった。任せて!」
「楽しみにしております」
「カナト!!」
「ジンは反対か? 珍しいな」
「わかってんだろ!」
「当然。だがもう制約はないのでは?」
「はい。自由にと、隊長から」
「グランジさんまで……」
「なら後は騎士の問題だな……。ジンは反省した方がいい、その反応は『弱腰』だ」
「……っ!」

 カナトはまるでジンを嘲笑い、平然とお茶を楽しんでいた。
 日が暮れかけ、アークヴィーチェ邸を後にしたキリヤナギは、一歩下がった所を歩くジンを気にもしない。グランジのみが気にかけるように視線を移し、何も話さないまま3人は王宮へと戻った。

「シダレ陛下に、ケースを提出してきました」
「ジン、ありがとう」

 先にリビングへと戻ったキリヤナギは、ソファで寛ぎ、珍しく漫画を読んでいる。その態度はあまりにも普段通りでジンは違和感を拭えなかった。

「さっきは、すいません……」
「え、うん。良いけど……気にしてないし?」
「……カナトの件は、陛下に話すんですか?」
「追々? すぐじゃなくて良いかなとは思ってるけど……」

 いつなのだろうと何故か不安になってしまう。キリヤナギは体を起こして、表情が深刻なジンを見据えていた。

「僕、別にジンを無理に連れて行こうとは思ってないよ?」
「そうじゃなくて……」
「じゃあどうかした?」
「……」

 ジンは上手く言葉にできないのか、押し黙ってしまった。その仕草に思わずピンときて、キリヤナギは笑ってしまう。

「僕はジンのこと『信頼』してる」

 顔を上げて驚いた彼に、キリヤナギは少しだけ嬉しくなった。キリヤナギはこの時、初めてジンの考えていることが分かったからだ。
 それはきっと「一人ではできない」と言う学びでもあるのだろう。
 カレンデュラ領へ行くことへ反対も、自分が結果を出せず足を引っ張る可能性をみているのなら、それは仲間に対して『信頼』を持ったとも言える。

「ジンは?」
「俺ですか?」
「うん」
「殿下なら、できそうとは思ってます」
「ならよくない?」
「殿下を戦わせるのはちょっと……」
「えぇ……」

 キリヤナギの面白く無さそうな反応はいつも通りだ。ジンの気持ちは解決しないまま、グランジがリビングへと戻ってくる。ちょうど食卓の時間で、キリヤナギも夕食へ向かった。
 その日の食卓には、母がおらず夕食はセオが作ったと言う。

「母さんは……?」
「少し体調を崩してしまったそうだ。今日は部屋でとるらしい」
「そうでしたか……」

 父は食前酒をのみながら大きくため息をついて居た。手元には届けられた書類があり、片手間でそれを見ている。

「相変わらずがめつい……もう少し隠さんのか? アークヴィーチェは……」
「ぼ、僕は信頼できると思うのですが……」

 母が居ないと父は稀に愚痴を零す、相槌しか打てないがキリヤナギは嫌いではなかった。

「魔術は見た事はあるか?」
「はい。少しですが……」
「騎士大会でも使われたと報告があったが、上手くやられたものだ。全く」
「使われた?」
「西側のトーナメントを蹂躙したそうだ。大方、ウォレスの根回しだろう。侮れんな……まぁそれも、ガーデニアの戦争回避の手でもある。キリにはわかるか?」
「技術力の誇示による牽制?」
「違う。ただの『宣伝』だ。あちらには、もう既に戦うべき『敵』はいないからな……」

 キリヤナギは父の言葉にしばらく呆然としていた。言われればその通りで、ガーデニアの周辺は既にほとんどが属国となり、オウカのような『敵』はいないからだ。

「かつてのガーデニアの『敵』は、もはやオウカしか居なかった。しかし数百年前のアークヴィーチェ家の出現により、我が国は味方となり、それゆえに文明が飛躍的に発達したが、長き平和は戦争を忘れ、もうあの国に戦争を知るものはいない」
「それは、危険なのでは?」
「そうだ。だからこそオウカに全てを賭けている。『我が力』が存在し、戦において無類の強さを誇る我々に守ってもらおうとする外交だ。当然、必要となれば戦うだろうが……」

 なるほどとキリヤナギは納得した。当然国としての防衛力はあるのだろう。高度文明が存在し、騎士達も訓練しているとも聞くが、カナトは以前、ガーデニアでの騎士は職業の一つに過ぎないと話していたのだ。
 オウカとは違い。国内の治安維持を仕事とする『職業』は、『戦争』と言う命の奪い合いを知らず、その残酷さを目の当たりにしたことがない。

「ガーデニアに戦う意思がないのはそう言う事だったのですね」
「オウカも、今更争う気はない。だが『敵』と組んだのなら一番に倒さねばならないのは、やはりガーデニアだ」
「……」
「彼の国の文明力を『敵』へ、利用されてはならない。元々は一つだった土地を明け渡すわけにも行かないからな」

 シダレの言葉は、『敵国』には勝てなくとも、『ガーデニア』には勝てる可能性を見ているようにも取れ、キリヤナギは複雑な心境を得た。
 ガーデニア人のカナトは、国益を重視しながらもこのオウカヘの信頼を失わないよう最大限の努力を惜しまないからだ。

「僕は、『ガーデニア人』の彼らとこれからも信頼を築いて行きたい」
「良い心がけだ、だが信頼はお互いが助け合ってこそ成立する。誠実であれ、キリ」 
「はい」

 父との話は少しだけ楽しい。母がいると何を言われるかわからないが、2人だけなら気楽で肩の力も抜けていた。

「あの、父さん……」
「なんだ?」
「カナトが、カレンデュラ領のセキュリティ機器の修理に赴きたいと話して居たのですが……」
「ふむ?」
「土地勘のないカナトの為に、僕が同行しようと考えています」

 一瞬空気が凍り、キリヤナギは酷く緊張した。何を言われるだろうかと堪えていたら、シダレは「そうか」と諦めたように口にする。

「カレンデュラに行きたいのか?」
「え、は、はい」
「どう言う土地か知っているんだな?」
「はい。治安が、あまり良くないと……」
「実の所、メディアで報じられているほど治安は悪くはない」
「えっ??」
「公爵が優秀なのだ。メディアはこき下ろすが、主要都市は安全でもある」
「印象操作?」
「人々が面白がって向かわない為のものだ。内陸は平和だが、やはり緩衝地帯が近く、その周辺は何が起こるかわからない」
「……」
「機器の修理と言ったか」
「は、はい」
「私はもう、キリの行動を制限する気はない。しかし、今の親衛隊では私にはまだ不安が残る」
「それは……」
「私の信頼する騎士と共に赴くのならば、カレンデュラ領へゆく事を許そう」

 思わず顔を上げた、同席していた騎士達も呆然としてシダレの言葉をうける。

「ありがとうございます、父さん」
「構わない。これは父からの警告だが、北東の国境沿いには絶対にいくな。あの周辺は騎士も度々行方不明となっている。キリが行けば何がおこるかわからない」
「……! わかりました。お約束します」
「信頼している。かならず帰ってこい」
「はい」

 キリヤナギは、堂々と立ち上がって礼をしていた。そして夕食後、キリヤナギはグランジと共に体調を崩していると言う王妃の元へと向かう。

135

 居室周辺は、体調を崩した王妃の看病のため使用人がバタバタと駆け回り、必要なものが運び込まれていた。
 グランジを残し、居室へと通してもらうと母は起き上がって優しく笑ってくれる。

「キーリ……」
「母さん。お加減はいかがですか?」
「少し冷えただけですよ」

 母ヒイラギの部屋は広く、空調の暖房のみではなかなか温まらないとよく言われていた。窓もとても大きく暖も逃げてしまうことから、毎年数台の暖房機器で運用されているものの、廊下との温度差もあいまって時々こうして風邪をひいてしまう。

「サークル活動をしていると聞きました。調子はどうですか?」
「はい。ツバサ兄さんと同じ場所でやっているのですが、今日も沢山負けてしまいました」
「ツバサは、昔からよき友人でしたね。また交流ができているなら何よりです。楽しみなさい」
「はい。……それと一つお話したいことが」
「……? なんですか?」
「この冬、カナトと共にカレンデュラ領へ行こうと考えています」
「カレンデュラ、ですか? 何故? あの場所は、マグノリアのように気楽にいっていい土地ではありません」
「わかってます。でも僕は、好きになった人へもう一度会いに行きたい……」
「……!」
「ククリール嬢と別れた時、彼女は僕との別れを惜しんでくれました。まるで帰りたくないように泣いてくれた。……だから、もう一度会って話したいと思っています」
「キーリ……」
「母さんの意向は全て聞きます。僕は戦いません。無理もしない。身の安全は騎士へと任せ、指示にも従います」
「……」
「何があっても、必ず自分の身を守りここへと戻ると約束します。だから母さん、僕の言葉を信頼して頂けないでしょうか……」

 ヒイラギは、目を瞑り泣き出してしまった。焦っていたら抱きつかれて驚いてしまう。

「それが、貴方の意思なのですね。キーリ」
「はい」
「信頼しています。必ず、帰ってきてください」
「ありがとうございます。母さん」

 母の心配を拭う事ができるだろうかと、キリヤナギは、まだ自信はなかった。

 その後まもなくドクターが現れると聞いたキリヤナギは自室へと戻り、カレンデュラ領の情報を集める。
 ウェブの情報は、やはり国境沿いの問題で埋め尽くされているが、検索ページを送っているとチープなデザインでカレンデュラ領の紹介がされているサイトが存在した。
 北側の丘へ設けられた果樹園や、旧時代の将軍のゆかりの地などの写真が掲載されていて興味深く見てしまう。画像の表示がひどく遅いのは不安にもなるが、広大な畑や山々はやはり文字通りの『田舎』で、最近のニュースでは、『カレンデュラ騎士団。騎士大会、準優勝!』と言う見出しに、地元の飲食店でクレマチススペシャルなどの限定メニューが登場したと書かれていた。
 他にも商店街の垂れ幕が下ろされ、お祭り騒ぎなのを見るとそこに住む人々の生活が見えて面白い。
 騎士大会で出会ったクレマチス家の彼らが、地元の期待を背負っていたのだろうと思うとそれは確かに賞賛されるべきだからだ。

「妃殿下とのお話しは如何でしたか?」

 お茶を持ってきてくれたセオは、少しだけ不安そうな面持ちでキリヤナギを見て居た。ここ数ヶ月は平穏だが、去年の春頃は、意見が合わず衝突もしていたからだ。

「普通に話せたけど、少し調子が悪そうだったから心配かな……」
「そうでしたか。今診察をされている頃合いでしょう。殿下も感染症が流行ってますから、お気をつけて」
「うん……」

 セオの淹れてくれたお茶は、身も心もじんわりと温めてくれる。淡々とその日着た衣服を回収するセオへ、キリヤナギは恐る恐る口を開いた。

「父さんと母さんに、カレンデュラ領に行きたいって相談してきた」
「……! 本当ですか?」

 ヒイラギが体調を崩し、代わりに夕食を作るためキッチンに居たセオは、未だ食卓にて交わされた話を聞かされて居なかった。
 その驚いた反応は、どこから聞けば分からない動揺も垣間見える。

「条件付きだけど、二人とも許してくれたし何とかなりそう」
「それは……本当に?」
「……うん」

 目を合わせず続ける中、セオはしばらく呆然として居た。伝えにくい事の全てを、今までセオを介していた王子が、今日は自分の口から両親へと伝え説得してきたからだ。

「……よかったです」
「セオも来てくれる?」
「えぇ、身の回りに関してはお任せ下さい」

 王と王妃が決めた事へ、セオが意を返すことはない。それは使用人と言う立場から決定権も何も持たないからだ。

 日付が変わり、次の日のジンは、早朝からストレリチア隊の訓練へと参加していた。
 カナトに弱腰と言われ、あまりにも情けなく思えたことで、もう一度自分の実力を試したいとも思ったからだ。しかし、対人が苦手だと言うストレリチア隊は、皆ジンの相手にならず、それなりに実力のあるセスナ・ベルガモットが今日もジンの相手をしてくれている。

「ジンさん、カレンデュラに行かれるんですか?」
「知ってるんすか?」
「昨日騎士棟うろうろしてたら、タチバナ隊の人達からそう言う心の声が聞こえて……ジンさんも同行されるのかなって」
「それは、全く聞いてないんすけど……」
「そうでしたか。うっすらでしたけど今回は、シダレ陛下の信頼する騎士にする? みたいな感じだったので、アカツキ騎士長か、ミレット閣下なのかなぁって」
「す、ストレリチア隊は……?」
「やだなぁ、ジンさん。僕らはミレット隊の『おまけ』みたいなものなんで論外ですよ」

 笑いながら言えることなのだろうか。セスナが気にした様子は微塵もなく、むしろほっとしているようにも見えた。

「もしミレット閣下が一時的にでも護衛に戻れるならきっと本望でしょうし」
「そうなんですか?」
「閣下って厳格ですけど、やっぱり自分の隊がやらかしちゃったのをずっと気にして居られるみたいで、もし許されたなら閣下も救われるのかなぁって」
「へぇー」
「ジンさんは、閣下のことどのくらいご存知ですか?」
「俺は、特には……でも、ちょっと気まずいかも……」
「何かあったのです?」

 話すべきか迷ってしまう。ジンが戸惑うのは、クラーク・ミレットと初めて顔を合わせた時、ジンは年齢がかなり上の彼を見て舐めてかかってしまったからだ。
 騎士学生の中で頂点に立ち、アカツキにも勝って自信に溢れていたジンは、煽ってきた彼に最大限の煽りを返して負けた。
 以来ひどく反省し、余計な喧嘩も買うのをやめて、どんな相手でも油断しないと心に誓った経験がある。

「騎士学校の時に色々……?」
「へー、閣下、態々会いに行ってたんですね。やっぱりブレないなぁー」
「会いに?」
「アカツキ騎士長とは違って、ミレット閣下は武道派と言うか。現役時代はひたすら自分より強い人を探しをしてたみたいで、ジンさんもそれで見に行ったのかなって」

 そうなのだろうかとジンには実感がなかった。彼と戦ったのは卒業試験後の特別講習で、現役の騎士隊長が参加するものだったが、確かに宮廷騎士の最高位がくるのは珍しいと教官も話していたからだ。

「強いなって思った人は、大体閣下と知り合いなので納得しただけですよー」

 当時のジンを、クラーク・ミレットがどう思っていたのかは分からない。しかし目標を失いかけていたところへ現れた彼は、父の先にあった、ジンにとってのもう一つの『壁』となり得た。

「ミレット閣下って、今は相手してくれるんですか?」
「一昨年まではバリバリだったみたいですけど、去年からは流石に控えられていたようです。閣下ってもう引退しても良い年齢なのに『鍛えすぎ』とも言われてるらしくて、これ以上無理したら壊した時に反動がどうなるかわからないって」
「く、詳しいっすね……」
「騎士棟うろうろしてたらやっぱり色々聞こえてくるんですよねー」
「【読心】使いすぎじゃないっすか??」
「そんな常時読んでないですってー」

 明らかに読みすぎなのに、ジンは平然としている彼の心身が逆に心配になってしまう。【読心】とは、人と親しくなればなるほどにその読まなくて良い本音を知ってしまうからだ。

「僕は、セシル隊長がいるので大丈夫ですよ」

 読まれてしまい、恥ずかしくなる。しかし逆にどう大丈夫なのだろうと興味深くも思えた。

「僕こう見えて、言うほど人に期待してない所はあるんですよ。だから性格もジンさんに近いと言うか」
「へぇー」
「セシル隊長がいれば、他は別にどう思われててもそこまで気にしないって言うのはありますね。ただ逆はちょっと困ると言うか……」

 逆と言われてジンは少し納得してしまった。嫌われる事に無関心であっても、好かれる事には慣れていないのなら、ヒナギクに対しての反応も理解ができるからだ。

 話し込んでばかりでは居られないと、再び訓練に集中しようとした時、脇に置いていたデバイスが着信していて、ジンは相手がセシルで会ったことから迷わず通信にでる。

『ジン、突然すまない』
「お疲れ様です。どうかしました?」
『かなり急ぎの用なんだけど、ついさっきクランリリー騎士団から連絡があって、シラカシ町の宝石店に強盗が入ったらしい』
「強盗?」
『あぁ、容疑者は逃亡中だが、その動きが明らかに常識を逸脱していて【能力者】の疑いがかけられている。裏は取れていないが、確認に向かえるかな?』

 逃亡しているのなら【身体強化】だろうか。しかし使わなければわからない「異能」は、やはり素人では判別が難しく断定はできない。

「分かりました。すぐ着替えて向かいます」
『助かる。クランリリー騎士団側が自動車を手配してくれてるから、玄関でまっていればいいよ』
「はい。でも隊長、一ついいすか?」
『なんだい?』
「ちょっと嫌な予感するので……」

 ジンは、セシルへ自身の意向を伝え、即座に着替えて王宮の玄関へと向かった。そこには、ジンから連絡をうけたリュウドもいてこちらを確認して手を振ってくれる。

「ジンさんが呼んでくれるなんて珍しいじゃん」
「リュウド君、突然悪い」
「全然、今日は事務だったし、隊長に聞いたら行ってもいいってさ」
「よかった。もうすぐクランリリー騎士団の方が迎えにくるみたいで……」

 話していると専用車両が到着し、2人は、挨拶を交えて乗り込んでゆく。

136

 クランリリー領のシラカシ町は、王宮のあるオウカ町からはそれなりに距離があり、徒歩では時間がかかり過ぎると判断された。
 運転するクランリリー騎士団の男性は、自動車に備え付けられたデバイスで現場と連絡をとりつつ丁寧に運転してくれる。

「相手、強かったですか?」
「えぇ、【未来視】の騎士が先を取ろうと追っていたのですが、まるで視界から消えるように逃亡を図り、足も早く【千里眼】でようやく追えているようなものです」
「何名?」
「二名ですね。現在は屋根のある商店街へと逃げ込み潜伏していて、市民に避難を促しながら捜索しています」
「【認識阻害】かな?」
「……」

 話だけを聞くと【認識阻害】だが、本当にそうなら、【千里眼】を気にする必要はないと考える。

「【認識阻害】か、【身体強化】か。【読心】?」
「なんで【読心】?」
「騎士の考えを読んで動けるし?」

 へー、とリュウドは感心していた。環境的にも多くの騎士が『容疑者』を認識していて、少なくとも騎士の考えは筒抜けになるからだ。

「【読心】の有効範囲は、周囲数メートルなので近寄れば逃げられます」
「なるほど、確かにこちらの包囲網を驚くほど巧みに避けています。可能性はありますね」
「読ませないなら俺らの出番だね」
「二名の『タチバナ』さんに、我々も期待しております」

 出来るだろうかと、ジンは少し不安も得ていた。つい先ほどセスナにも読まれていて、ここ最近は調子の悪さが際立っている。
 少し硬い表情のジンをみてリュウドは何かを察したのか、肩を持ってくれた。

「がんばろうね。ジン兄さん!」
「じ、ジンでいいって……!」

 思わず照れてしまう。その後、ジンとリュウドは1時間程自動車に揺られ、ようやく現場に到着した。
 犯人が潜伏していると言うシラカシ町の商店街は、多くの騎士団の車両に包囲され出入り口は塞がれている。しかし、中を捜索しても未だ犯人は見つからず逃亡された可能性も示唆された。

「この商店街は、西側に首都循環の線路があるので、犯人はおそらく西側へと動いています。地上は包囲が完了していますので、もし逃亡するとすればこの駅に通じる地下通路へ逃げ込むでしょう」

 地下通路には、駅までの間に多くの店が並ぶが一直線で駅まで出口がない。ジンとリュウドは、通路を通って逃げてくるであろう『容疑者』を迎え打つよう駅側へと配置された。

「一応こちらで援護できるよう騎士を手配しました」
「いえ、俺ら2人でどうにかします」
「それは、大丈夫ですか?」
「【能力者】だった場合。相手が『タチバナ』だとわかると、まず逃げ口を作るために、それ以外の人から狙われます。突破口を作らせないよう、ここはバリケードで壁を作って欲しい」
「……なるほど、わかりました」
「ごめん。ありがとう、代わりに絶対どうにかする!」
「どうかお怪我をされぬよう、お気をつけて」

 手袋を直したジンとリュウドは、シラカシ町の駅から、地下へと入ってゆく。少しだけ寂れたそこには、未だ騎士団の誘導で避難をしている市民がいた。
 ジンとリュウドは、そんな彼らとすれ違うように、走って敵らしき影を探す。

「この地下通路って、首都の中では一番長いんだってさ」
「へぇー」
「ここの焼き鳥屋さん、父さんに一回連れて行ってもらったけど美味かったし、ジンさん帰りに行こう!」
「い、いけたら……?」

 リュウドは、何故か楽しそうだった。そして前を向きその目線が一気に鋭くなる。見えたのは覆面の二人組で、ジンとリュウドは即座に看板へと身を隠し、銃を抜いた。
 敵もまた同じく柱の裏に隠れて様子を伺っている。

「挙動が早い【当たり】かも?」
「流石、だけどそれ読まれてる? 俺かな……?」

 自分かもしれないと、ジンは反省した。そして一旦考えをリセットし、大きく深呼吸をする。
 柱に隠れた敵の姿は見えず、周辺には影も落ちてはいない。

「どうしようか?」
「俺が引こうと思うけど、武器わかんねぇ」
「それは俺にやらせてよ。剣だし」
「いける?」
「もちろん!」

 銃の敵でないなら確かに適任だろう。リュウドは、左手でケースのロックを外しつつ、両手をフリーにして姿を見せた。

「俺は宮廷騎士団、シラユキ隊所属のリュウド・T・ローズ。『タチバナ』の名を持つ騎士だ。周辺は包囲した、おとなしく投降せよ」

 はっきりとした声に敵が反応する。すると床に落ちた影のみが接近してきて、リュウドは一歩下がって剣を抜いた。
 何かが振り下ろされるような圧に応え、リュウドが剣で防御の姿勢をとったとき、金属の交わる鈍い音と共に『何か』の先端がリュウドの額を掠めて切った。
 それを見たジンは、敵を体当たりで引かせ、銃をみせつつ再び柱の向こうへと追いやる。

 敵が持っていたのは、先端が曲がった工具バールだ。剣とは違い持ち手と先端に距離がある危険なものでもある。

「ごめん、ジンさん」
「いける?」
「やる、もうミスらない」

 柱の向こうには逆方向へと逃げ出すもう1人がいて、ジンはリュウドへ敵を任せ、逃げる敵を追った。しかし、出口の方はもうバリケードが貼られていて、こちらの敵もバールを持って殴りに来る。
 振り下ろされる鈍器の角度を見て回避するが、読まれているのかギリギリを掠めて危うい。距離をとりながらジンは割り切り、ただ目の前に集中した。
 冷静な武器の振りに、相手はまるでこちらを【わかっている】ようにも見え、ジンは【読心】だと確信を持つ。そして改めて弱くなった自身を受け入れなければならないと向き合った。
 自身の強さに驕らず、弱い自分こそ本来のあり方なら、以前の自分に頼ってはならない。
 ジンは、敵の攻撃を見極めつつ回避を続けるが、その動きが読まれバールの先端がこめかみを掠める。
 血が滲んでくる最中、一旦距離を取ると、敵の動きが止まった。
 無心になったジンの次の挙動がわからず、敵はがむしゃらに突っ込んでくる。その大ぶりな動きに腕を掴んだジンは、勢いのままに振り上げるように投げ、押さえ込んだ。

「確保!」

 クランリリーの騎士達が、一気に囲ってゆく。ほっとして距離をとると、一人の騎士団員がジンの腕を引いてベンチへと座らせてくれた。

「大丈夫ですか?」

 心配の声に一瞬混乱するが、こめかみの傷が、かなりの量の血を滴らせていることに気づき驚く。
 救護班が即座に止血してくれたが、騎士服が真っ赤に染まっていてジン本人も衝撃を受けていた。

「うわ! ジンさん大丈夫?」

 止血されているとリュウドが現れ、同じ言葉を叫んでくれる。彼もまた額の傷は手当されて絆創膏が貼られていた。

「ちょっとヘマして……」
「血だらけじゃん……銃声聞こえないと思ったら……」
「掠っただけだぜ?」

 屋内であったため跳弾が怖くて打てなかった。それを話すとリュウドは呆れているようにも見える。

「ジンさん上手いんだからさ……」
「無理無理」

 そんなリュウドは、戦った跡は絆創膏ぐらいだ。年上なのに情け無いなぁと項垂れていると、地下通路の出口から白のクロークを下ろす騎士が現れる。一際目立つ金髪の彼は、クランリリー騎士団の騎士長。クレイドル・カーティスだ。

「『タチバナ』のお二方、今回は応援を感謝します」
「こちらこそ、巻き込まれる人が居なくてよかったです」
「そちらのタチバナさんは……」
「大丈夫です。そこまで深くはなくて……」
「よかった。容疑者は確保されましたが、『王の力』は持っておりましたか? 必要とあらば王宮へ護送が必要かと」
「持ってました。【読心】と【認識阻害】です」
「【読心】がわかるのは流石ですね。ではこちらから王宮へと連絡致します。これから本部へご同行頂いても構いませんか?」
「はい。でもあの、よかったらジンさんは返してもらっていいですか?」
「え?」
「ジンさん、怪我しちゃったし先に王宮で休んでてよ」
「そんな、酷くねぇんだけど……」
「そうですね。お一人で構いません。お大事にされてください」

 ジンは言われるがまま、クレイドルとリュウドと共に一旦オウカ町の管轄所へと向かい、そこから1人で王宮へと返されてしまった。仕方なく騎士棟へと向かうと頭の包帯が目立つのか、すれ違う騎士に驚かれてしまう。

「大丈夫かい? ジン」
「え、大丈夫です。そんな深く無いんで……」

 上着は血だらけで着れず、包帯は目立って恥ずかしい。報告を受けたセシルだったが、手当てされたジンに驚きを隠せないようだった。

「この後、殿下の儀式ですよね」
「そうだけど、今日は少し調子を崩されているようだから、来週にしようかと考えてたかな? それより、あまり無茶をしてはいけないよ? 【細胞促進】での治療はしなかったの?」
「浅い切り傷なんで、自然治癒がいいって……、急ぐならラグドールさんに頼もうと思って」
「それなら、構わないが……」

 少し困った仕草をみせるセシルは、何かを考えているようにも見える。

「やっぱり不調かい?」
「え、うーん……不調、かも知れないです」
「ならその怪我は、殿下にも報告した方がいいね」

 うっ、とジンは息が詰まる思いを感じる。心の奥底で、キリヤナギへどう取り繕うか必死に考えていたのは否定ができない。
 養生した方がいいといわれ、ジンは重い足取りで宮殿へと戻ってゆく。普段は遠くて煩わしいぐらいなのに、その日は一瞬でリビングにつき、ジンはしばらく事務所に逃げ込んでいた。
 グランジに言い訳を考えてもらおうと思っていたら、事務所の扉が突然開きセオが顔を出す。

「ジンいるじゃん」
「セオ……」
「怪我したって? 殿下が心配してるよ。早くリビングきたら?」
「なんで知ってんの……」
「さっき隊長から連絡きたからね」

 想定外で思わず項垂れてしまう。仕方なくリビングへと戻ったジンは、ソファで毛布を羽織るキリヤナギに迎えられた。
 セシルが少し話していたが、キリヤナギは調子を崩していると言っていたのだ。

「ジン、おかえり。怪我平気?」
「戻りました……、これは浅いんでそこまで酷くないです」
「珍しい……」
「殿下、もしかして調子悪い?」
「うん。ちょっと風邪気味、喉痛い」
「感染症が流行ってますから、おとなしくされてください」

 よく見ると少し眠そうにしている。寒気もあるのか、セオから渡されたホットミルクで暖をとっているようだった。

「ジンが怪我するって敵が強かった?」
「強くなかったです。俺が弱くなっただけで」
「ほんとに??」

 グランジもセオもきょとんとしている。キリヤナギは間に受けた様子もなく顔を顰めている。

「誤魔化してない??」
「なんで疑うんすか……」
「ジンって最初は絶対本当のこと言わないし……」
「……」
「私は単純に語彙力がないだけだと思うのですが……」
「ごい……」
「具体的に言えないか?」
「い、言いたくねぇ……」
「ジンって意外とプライド高いよね」
「変な所、騎士っぽいのやめたら?」
「……」

 ぼろぼろに言われていて何も言い返せない。諦める3人は、本当に普段通りで何故か安心もしてしまった。

「【読心】で、読まれてヘマしただけ……」
「へぇー、読まれたの?」
「語彙力あったんだ……」
「うるせぇ!」

 グランジは、少しだけ驚いているようだった。言葉は帰ってこないと思っていたのに、彼はふと笑みを溢す。

「軽症なら良かった……」
「と言うかそれでも勝てるんだ?」
「結果オーライならいいのでは?」

 帰ってきた返答にジンは何故躊躇って居たのかわからなくなった。以前のジンは、確かに隙もなく強かったのだろう。しかし、たとえ弱くなったとしても、それに関係なく仲間でいてくれる彼らがいるなら、立ち止まってはいけないと思った。

「また強くなります」
「うん。頼りにしてる」
「ジンのそういう所は、僕も嫌いじゃないよ」

 セオは確かに性格的には合わないのだろうとジンも納得していた。

137

 そんな年の初めの月が徐々に終わりつつある中で、一人カレンデュラ領へと戻ったククリールも平穏な日々を謳歌していた。首都とは違い周辺に建物はなく、窓の外は整えられた芝生と木々。人の歩く場所は石畳で整えられ、敷地の外はただの土だ。
 田舎だ。と帰ってきた直後も思い、強制送還されたにも関わらず、ただ母に「お帰りなさい」と迎えられたククリールは、しばらく誰にも会いたくないと引きこもっていた。
 その中で遅れて戻ってきたガイア・クローバーから王子の手紙が届けられ、ククリールはさらに苦い思いを感じずにはいられない。
 それは別れの手紙なのか、ただの挨拶なのか、それとももう一度会いたいという懇願なのかはわからないが、これを読んでしまえば割り切れたはずの気持ちが戻ってしまいそうで、とても開けられずにいる。
 今日も封を切れないまま机の引き出しへしまい、ククリールは4月から通う予定の大学の資料へと目を通す事にした。
 しかし、集中しようとしても続かず、ぼーっと窓の外を眺めていると、塀の向こうから敷地内を覗こうとする影がある。
 ひょこひょこと見えたり見えなくなったりする動作は、おそらく足場が不安定なのだろう。ちょうど午後休憩で周りにも衛兵は居らずどうすべきか迷っていると、身を乗り出してきた赤髪の少年に意表をつかれた。
 ククリールはポケットからデバイスを取り出し、リストの連絡先へ通信を飛ばす。直後少年の姿が塀からきえて、カミュが通信へと出た。

『ククリールお嬢様! ご機嫌よう!』
『姉さん、突然下さないでよ! お尻うったじゃん!』

 漏れてくる会話に何が起こっていたか全てが理解できて、ククリールはすぐには返事ができなかった。

「今、何してたの?」
『え?? えーっと……お嬢様に会いに行くって言うフューリに付き合ってて……』
『姉さんも行くっていったじゃん!』
『すいません、お嬢様! よかったら、お、お散歩しませんか?』

 呆れてものも言えないとはまさにこの事だろう。しかし、来客が来ても断ってほしいと話していたのは、他ならぬククリール自身でわざわざ会いに行こうとしてくれた2人になぜか笑みが溢れてしまう。

「しょうがないわね……。出掛けるのは面倒なので、お茶会にご招待しましょう」
『やったー! やっぱり私ククリールお嬢様大好きです!』
『僕はー?』
「フュリクスも構わないわよ」

 姉弟でハイタッチをしている音が聞こえ、ククリールは少しだけ心が安らぐ思いだった。

 ククリールからの言伝を受けた使用人達は、すぐさま中庭へクレマチスの姉弟を通し、お茶の準備を整えてくれる。首都の別宅とは違い庭とても広く、東屋に設けられた純白のテーブルへ騎士二人へのお茶は準備されていた。
 フュリクスは、案内されたテーブルへ目を輝かせ、カミュは気を遣ってくれる使用人達へぺこぺこと頭を下げている。

 先に座り2人へお茶を注ぐククリールは、招いたのはいいが何を話せばいいか分からなかった。呼んだわけではないし、彼らも顔を見に来ただけで話題も思いつかない。だからこそあえて二人へ聞いた。

「今日はどうしたの?」
「あの! 騎士大会みました?」
「姉さん、言わないって話だったのに……」
「いいでしょ! 私も頑張ったの!!」
「みたわよ。2人ともとてもかっこよかったわ」
「本当ですか!」
「本当に??」
「結果は残念でしたけれど」
「ちぇ……」
「でもでも、フューリが宮廷を2人も取ったんです、私も1人止めて……」
「そうね。賞賛に値します。これからも精進してくださいな」
「やったー!」
「姉さんは『王の力』持っときたかっただけだろ……」
「『王の力』がどうかしたの?」
「サフラン・バジル騎士長から、騎士大会での成績をカレンデュラ家の人に褒めてもらえたら『王の力』はそのまま持ってていいっていわれてて!」
「あら」

 そう言えばとククリールは、騎士団のルールを思い出していた。宮廷騎士団とは違い地元の騎士団は、入団して一年は無能力と言う決まりがあるからだ。カミュもフュリクスも18歳と16歳で去年入団したばかりで持っていたのは「異例」とも言える。

「毎年かなり雑な選出だったのに、今回は尖った面子だと思っていたけど……」
「カレンデュラの名門クレマチス家として、名を売ってこいって言われてたんです!」
「でも、貴方達の武道ってそもそも『王の力』そこまで使わないのではなくて?」
「う”、それは……」
「僕はなくても良かったけど、『タチバナ』に勝つには『王の力』をもってないと意味ないと思って」
「フュリクスはそう言う所、ヒュウガ副長にそっくりね」

 ヒュウガ・クレマチスは、この2人の実父で現役の騎士団の副長だ。サフラン・バジルの補佐を務める彼は、騎士団員には珍しく「無能力」にこだわる騎士でもあり、その強さは【能力者】に引けを取らないとも言われている。

「まぁいいわ。準優勝、おめでとう」
「ありがとうございますー!」
「お嬢様、ケーキおかわりしていいですか?」
「しょうがないわね……」

 カミュに咎められるフュリクスも何度も見た光景だった。彼らはいつもこうやって定期的に遊びに来ては一緒に遊んだり、話したりもしている。
 首都に赴いてからはなくなったが、彼らなりに寂しさもあったのだろうとも思ってしまった。

「私がいない間どうしてたの?」
「え、特には?」
「お嬢様いないとつまんないし、訓練してました」
「リリトがいるじゃない?」
「リリト様は、その……」
「リリト様は嫌い、感じ悪いし」
「フューリ! なんて事言うの!!」

 つんと踵返すフュリクスに、カミュが必死に謝ってくる。しかし、その気持ちもわかってしまうククリールもいて返答に困ってしまった。

「騎士の分際で、相変わらず生意気じゃないか、クレマチス」

 新しい声にカミュが凍りつき、ククリールも驚いていた。屋敷の方から現れた礼服の男性は、ククリールと同じ黒髪を持ち堂々とその場に立っている。

「リ、リリト様……ごめんなさい!」
「別にいいよ。貴族たるもの多少一般に嫌われていようが気にしない」
「リリト……」
「姉様もご機嫌よう。僕とのお茶会は断るのに騎士とのお茶会はするの? ちょっと空気読めなくない?」
「……」
「え、えっと、私達が無理にお願いしたんです……!」
「ふーん。まぁいいや、僕も混ぜてよ、クレマチスとはちょっと話したい事があってさ」

 現れたリリトは、空いた椅子へと腰掛け使用人へお茶を入れさせていた。和やかな空気が一気に凍りつき、カミュが酷く緊張している。

「騎士大会、タチバナを倒すから『異能』が欲しいって頼みに来たの忘れてないよね?」
「! どう言うこと?」
「どうもこうも、俺がバジル卿に頼んだんだよ。『名門』クレマチスだろ? 異能あれば優勝出来るって頼みにきてさ。言伝までしてやったのに、結局準優勝止まり? 舐めてんの?」
「そんなつもりは……」
「二人は頑張ってくれたでしょう?」
「でも結局、『タチバナ』には勝てなかった。別にいいし、返せとも言わないけどさ、どうするの?」
「やめなさい! リリト!」
「姉様は関係ないよ。これはクレマチスと僕の契約なんだ」
「契約?」
「『名門』クレマチスってさ。ずっとここにいるから『タチバナ』みたいに決まった主人がいないんだよ」

 ククリールは何も答えることができなかった。リリトは、長く国を収める王族とは違い、定期的に入れ替わる公爵の話をしている。『タチバナ』とは違い、公爵は王が代替わりするごとに入れ替わることから、北東領たるカレンデュラに定住しているクレマチスは、その都度新しい公爵へと仕えているからだ。

「クレマチスは、相手によって仕えるかどうかを決めるって言うけど、俺は正直姉様みたいな馴れ合いではやりたくないんだよね」
「そう、貴方にはそう見えるのね?」
「うん。騎士ならもっと『タチバナ』みたいに騎士の方から来るのが普通だと思うんだよ。ご主人様が許す限り、我らは裏切ることはないって感じでさ」
「それで? 契約って何?」
「は? まぁいいけどさ。バジル卿に言伝する代わりに、結果出せなかったらずっとカレンデュラ家に支えるって感じかな? 勝てたらほら、別に俺らじゃなくても雇ってくれそうだけど、負けたでしょ? 『名門』なのに結局勝てなかったら騎士なんて先がないし、保険になってあげようと思ってさ。名案じゃない?」
「そんなの、彼らの意思を尊重しなさいよ」
「尊重してるじゃん? その上でこの先を考えてあげてるんだよ、わかってないなー姉様は……」
「貴方、人の気持ち考えたことある?」
「考えてるよ? でもそうだな、時には感情論は抜きで、未来について話したくなるね。俺の騎士クレマチス。将来安泰じゃないか」
「お断りだ!」
「は? 約束やぶんの? これだから子供の相手は嫌なんだよ」
「子供じゃない! 同い年だろ!」
「フューリ! 落ち着いて!!」

 ククリールは、ただリリトの横暴さに呆れてしまっていた。しかし、騎士団へ入ったばかりの2人へ『王の力』を貸与することは、本来ならルール違反にもなり許される事ではない。それを権力者たる公爵家の意向で実現させたなら、納得のいく話でもあった。

「話にならねー。まぁいいや、今すぐじゃなくてもいいし」
「あら、優しいのね」
「だってこの態度だろ? 大人にならないと分からないと思ってね」
「まだ言うのか?!」
「フューリ!」
「そのうち、あの時はごめんなさいって言ってくれれば俺は許すから、いつでも来てね」
「誰がお前なんかにーー……!」

 反抗するフュリクスを、リリトはまるで父親のように笑って受け流している。これがリリト・カレンデュラだと思うと、ククリールは自身の弟として少し恥ずかしくも思っていた。

「そういえば、姉様にも聞きたいことあるんだけど」
「何かしら?」
「王子のプロポーズ断ったって本当?」
「えぇ」
「なんで!?」

 小声が大声になり、思わず身を引いてしまう。黙り込んでいた騎士の二人もみじろぎ、ククリールのみがまるで無視するよう冷静に流していた。

「王妃とかめちゃくちゃ優遇されるのに、もったいねー!」
「あまり仲良くできそうになかったから……」
「そんなんどうでも良いじゃん! なんで断ったの!?」

 なぜ何度も聞かれているのだろうと、ククリールは押し黙ってしまう。リリトはがっかりしたように項垂れてしまった。

「なんでだよ。姉様が王妃になれば俺も公爵確定なのにさ」
「リリトは、特に好きでもない人と結婚できるの?」
「父様が選んでくれたなら誰でも良くない? 貴族ってそう言うものじゃないの? そんなんだから父様も困るんだよ」

 言い返す気力も失い、ククリールは吐息していた。しかし今更理解してほしいとも思わず、沈黙でやり過ごす。

「あのさ、王子に連絡できないの? 大学で仲良くしてなら復縁とかーー」
「貴方には関係ないでしょう! 首を突っ込まないで!」

 思わず叫んでしまい、フュリクスとカミュを含めた使用人達も絶句していた。ククリールも我に帰り反省する。

「突然ごめんなさい……」
「……良いけどさ。姉様のは『できたら』って話だったし、別に俺も気持ちわかんないわけじゃないし?」
「どう言う意味?」
「だって、ちゃんと『貴族』してるかも怪しいじゃん。大学にも行けるぐらい王子って暇なんでしょ? 俺なんて春から冬まで、視察とか、夜会とか、その為の練習とかでめちゃくちゃ忙しくて土日休めればマシな方かもね」
「……」
「父様も王様は臆病ってよく言ってるしさ、聞いただけでも『合わない』ってわかるよ」
「……」
「どうかした?」
「なんでもないわ。言いたいのはそれだけ?」
「姉様は相変わらずつれないなぁ……」

 表情を変えないククリールをカミュが何か言いたげにしている。フュリクスも眉間に皺を寄せながら黙って会話をきいていたが、まるで反論するように口を開いた。

「王子はそんな悪そうじゃなかった……」
「人当たりは良いんだな。つまりうわべだけって事だろ?」

 苛立つフュリクスをカミュが必死に宥めている。そんな様子をリリトは勝ち誇ったように嘲笑っていた。

「ま、貴族らしくない姉様と公爵に仕えたがらない騎士はお似合いかな」
「余計なお世話だ!!」
「おっと、言葉に気をつけろよ。その無礼な言葉も重ねればどうなるかわからない」
「申し訳ございません。リリト様」
「リリト、よしなさい」
「はいはい……。久しぶりに姉様や名門クレマチス方々とお茶ができて楽しかった。私はこの後、ダンスのレッスンがあるので、これにて」
「お顔を拝見できて大変光栄でした。長くカレンデュラへと居住するクレマチス家として誠心誠意お仕え致します」
「そっちの姉は話がわかるな。ありがとう、弟の方も説得よろしくね」

 リリトはそう言って、席を立って去ってゆく。ストレスを抑えきれないフュリクスは、使っていたフォークをぐっと握りしめていた。

「2人ともごめんなさい。リリトは相変わらずね」
「お嬢様は悪くないです。むしろ、誰も悪くないと言うか……」
「僕は無くても良かったのに……」
「騎士大会のルールの中に、4人は能力者じゃないと出られないってあったでしょう?」

 なるほどと、ククリールは納得していた。王族へ異能の熟練度を示す騎士大会は、そもそも騎士に異能がなければ成立もしないからだ。大会へ姉弟で出場する為、リリトへ直接頼んだのなら辻褄が合う。

「リリトは、『俺の騎士』とは話したけれど、俺『だけ』の騎士とは言わなかったわね」

 目の前の二人が顔を上げる。ククリールは微笑みながら続けた。

「リリトだけの騎士じゃないのなら、クレマチス家のお二人は、私にも仕えてくださるのかしら?」

 冗談混じりで話した言葉に、フュリクスとカミュの表情が一気に明るくなる。まるでまっていたと言わんばかりのフォローに、カミュは両手を組んで喜んでいた。

「もちろんです。お嬢様! 私、やっぱりお嬢様大好きです!」
「ククリールお嬢様なら……!」
「光栄ね」

 ククリールのフォローは、他ならぬクレマチスの二人にとって最大限の幸いでもあった。しかし、カミュはそんな優しい彼女の微笑へどこか違和感を得ずにはいられない。

「あの、お嬢様」
「何かしら?」
「クローバー隊長が、王子殿下のお手紙を預かってましたけど……」

 少し驚いた表情にカミュは絶句してしまった。

「あの、別に気になったとかではなくて……」
「まだ、中身は見れてないの。そうね、貴方達の評価も入ってるかもしれないもの、近々開けてみるわ」

 そうではないと、カミュは聞き方を間違えたと後悔した。カミュが聴きたかったのは他ならぬククリールの『本音』だ。

「いえ、その、お嬢様は、本当は帰りたくなかったのかなって」
「え……」

 フュリクスが顔を上げて驚いている。ククリールもまた、態度に出ていた自分に反省していた。

「カミュ、それを私に言わせないで……」
「……! し、失礼しました」
「姉さんは聞きすぎだよ」
「フューリはもっと冷静になりなさい!」

 この姉弟は、ククリールにとってとても大切だった。だからこそ『本音』を話す事はできない。公爵と騎士としての関係性を保つため、今は心に秘めておこうとククリールは自分へと言い聞かせていた。

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