第三十四話:異国の武器

 駅前へ向かうタクシーの中で、キリヤナギはデバイスの時計を確認しながら焦っていた。もう10分も掛からず駅へと着くはずだが、駅前は信号や自動車の通りが多く、思うより早くは進まない。しかし、ここから走ってもまだ自動車の方が早くつく可能性もあり、降りるに降りられない状況が続いていた。

「殿下、これ持っておいてください」

 隣へ座るジンから差し出されたのは、交通機関を電子決済できるカードだ。王子の生誕20周年の限定デザインのもので少し照れてしまう。

「それ当てるだけで一応改札は抜れます。出る時も乗ってなければキャンセルされますから」
「ありがとう……!」
「俺は駅員に話しつけてから追います。この時間なら多分人も少ないと思うので」

 地図を見せられ、カレンデュラ行きの列車の場所を探そうとすると路線が膨大にあり、たしかに知らなければ迷いそうだ。
 首都循環は目の前だが、他領地行きはフロアに分かれており、カレンデュラ方面は一番ホームと書かれている。

「改札入って東側、突き当たりの廊下をまっすぐです。この先に1から5番まであって、カレンデュラの主要都市へ向かうのは1番、ほかの2番から5番はサフィニア方面なので気をつけて」
「結構遠いね。わかった」
「俺が走って5分ぐらいの距離です。ギリギリですね……」

 クランリリー駅は、全国でも有数の巨大な駅で、首都にあることから全ての領地へも路線が延びている。よって駅構内も迷路のようになっており、地元の市民でも迷う事が多い。

「行けますか?」
「大丈夫」
「後から追いつきます。気をつけて」

 デバイスを確認しキリヤナギは、タクシーの停車を確認して飛び出した。降りた広場は、以前彼女と待ち合わせをした場所で、寂しくも懐かしく思えてしまう。

 改札を通り東側だが、どこにも表記がなく混乱する。当てもないまま、東向きに走ると、そこにはたしかにジンの話していた廊下があった。その先も想像以上に長く、さらに突き当たりがY字に分かれていて立ち止まる。見回すと真上に右の矢印と共に「北東領行き」の文字があり右の通路へと急いだ。
 オウカでは世代交代する毎に公爵の名前が領地へ適応されること事から、統一性を持たせるため西領や東領など、方角で土地が書かれている場合がある。外国人からはひどく分かりづらいとも聞いていたが、確かにこれは困ると理解した。
 しばらく走っていると、ようやくホームへと辿り着き、さらに体育館以上の広さに多くの線路が並んでいる。手前が5番線路なのをみてキリヤナギはさらに1番奥まで駆け出した。
 ジンが走って5分と聞いていたが、個人戦一位の5分など当てにならないと後悔もする。

 時間はすでに定刻を周り、列車は発車音を鳴らして動き始めていた。
 必死に追いつきながら窓を見ていると貴族向けの客室にこちらを向いて座るククリールと目があって、更にスピードを上げる。
 彼女は絶句して窓を開けてくれた。

「どうして……」
「クク、連絡ありがとう! またカレンデュラに行くから!」
「……っ!」

 彼女は、言葉が出てこないようだった。唇を噛み締め、泣き出してしまったククリールは離れてゆく王子へと叫ぶ。

「ごめんなさい。また、出会えたら……!」

 列車はスピードを上げて駅を出てゆく。ただ呆然と駅の隅まで追いかけたキリヤナギは、気がつくと立っていられなくなっていた。酸欠で座り込んでいると、駅員が心配そうに駆け寄ってくる。

「殿下、大丈夫ですか……?」

 ジンも息を切らして追いつき、水を渡してくれた。呼吸を整えて思考が戻ってくると彼女の言葉が反響するように響いてくる。

 ククリールは、カレンデュラへ行くと言ったキリヤナギへ「待っている」とは、返してくれなかった。泣いていた彼女の本心がどこにあるのかはわからない。しかし、待ってはいなくとも、返された言葉は会えるなら会いたいと言う意思表示なのだろう。

 水を飲むと思考が更に冴えて嫌な考えも浮かんでくる。時刻は丁度、騎士大会の試合が開始された頃だ。ここから1時間以内に戻らなければ使命を果たせない。

「一旦休みますか?」
「大丈夫。すぐ帰るよ。ありがとう、ジン」
「タクシーは、一旦清算しました。でも一応待っててくれるそうです」
「うん……」

 何ができるだろうと思い、キリヤナギはジンの助けを得て立ち上がった。ククリールが一体何を抱えて去ったのかはわからないが、それはきっと自身の立場にある「言ってはいけない本音」だったのだろうと思いを馳せる。

@

 ククリールは涙が止まらなかった。走り出した列車はもう戻ることはなくクランリリーから離れ、カレンデュラを目指す。
 約束をしていたのに守れなかった自分が悔しく、何故こうなってしまったのだろうと言葉にすらならない。

「お嬢様、どうか悲しまないで下さい」
「話しかけないで……!」

 思わず言い返してしまう。護衛として現れた長髪の男は、カレンデュラ騎士団の制服を纏い、ククリールへハンカチを差し出していた。

 その日ククリールは、騎士大会へ行くつもりだったのだ。
 朝から身支度をして準備をしていたのに突然父のクリストファーから、すぐにカレンデュラへ戻れと連絡が入ったと言う。
 押し切って王宮へ向かおうとしたら、自動車の運転手は丸め込まれていて、数時間かけて説得されて列車へと乗せられた。
 時間を稼がれた事で待ち合わせの時間が過ぎ、今更いっても無駄だと諦めていたのに、まさか催事中の王子が現れると思わず感情がぐちゃぐちゃになる。

「それほどまでに、思いを寄せられていたなら何故お断りされたのです?」
「は……」

 騎士が見せてきたのは、雑誌だった。ページの一面に刷られたスキャンダル記事で、「カレンデュラ嬢、王子の婚約お断り。大失恋」と書かれている。

「この記事は出所がはっきりとしておらず、王宮もコメントを慎んでいますが、旦那様を思うに真偽を確かめたいのでしょう」
「何故今見せたの?」
「つい先ほどまで、王子へ特別な感情はないと豪語されておりましたから……?」

 ククリールは、自分の気持ちをこの騎士へと知られたくはなかった。
 彼はサフラン・ソルト。カレンデュラ騎士団を束ねる騎士団長だ。
 彼は反発の多いククリールをまるで蜘蛛の巣へかけるように誘導し、思い通りに操ろうとする。昔からそうでククリールはこの男が大嫌いだったが、父はこのサフランの有能さへ心酔しており距離を取ることもできずにいた。

 今回は騎士大会に合わせ、大会へ参加する騎士達の付き添いで来たそうだが、この雑誌の記事が出ると言う連絡にあわせ、すぐククリールをカレンデュラへ連れ帰れと命を受けたらしい。

「招待を受けたと仰せでしたが、ご婚約を断られた上で再び肩を並べられるのは、公爵家として筋が通りません。閣下に感謝されてもいいぐらいでは……」
「……っ!」

 サフランの言葉は正論でククリールは何も言えなくなってしまった。
 今までは、婚約の話が公になっていなかった大前提と学校と言う閉鎖的な場で「触れてはならない」とされていたのも大きい。
 婚約を断り「特別な関係はない」とされながら公の場へ出ることは「王子を弄んでいる」と受け取られても仕方ないからだ。
 そしてここで「家の判断」での不参加となることで、責任はククリールのみのものとなり「家は筋を通した」と言うこととなる。

 雑誌の日付は今日で、おそらくククリールが表に出ることを想定して発行されたのだろう。この大会が終わった後にメディアでも報道され、もし隣にいたとすればサフランの言う通り、ククリールもどうなっていたか分からない。

「カレンデュラの主要都市までは一日かかります。それまでにゆっくりお気持ちを落ち着かせください」
「サフラン……」
「はい」
「私は、貴方が嫌い」

 サフランは何故か嬉しそうに笑っていた。

110

 静かな林へ、リュウドは潜んでいた。
 演習場の林は視界が悪くとも明るく暖かい日差しが差し込み、住み着いた野生の鳥たちが鳴き声を響かせている。
 腰を落とし息を潜める最中、イヤホンから索敵をしていたセスナから通信がきていた。

『リュウド君、周辺に2名の声が聞こえます。不利なので撤退を視野にいれての行動を』
「はい」

 イヤホンの声へ返事をし、リュウドは剣のケースを握って深呼吸をする。
 先ほどのタイラー戦が頭から離れず、思考が混濁しているのはリュウド自身もわかっていた。
 なぜ負けたのだろうと思うと、攻撃を当てる事ができなかったからであり、自身の名へ甘んじてしまったと後悔もしている。
「タチバナ」として生きていく上でこれまでその名を重く感じたことはなかったのに、いつのまにか形成されていた自身のプライドへリュウド自身も驚いていた。

 神経を研ぎ澄ませていると、大地の枯葉を踏む音が響いてくる。
 ハイドランジア騎士団の「王の力」は、【細胞促進】、【服従】、【未来視】、【身体強化】だ。大将のクロガネ・ハイドランジアが公爵であることから、その場で貸与されている可能性もあり、注意すべきと指示がでている。
 それは【身体強化】の反動が来ても【細胞促進】で即時回復が可能であり、本来なら一度きりのものが、試合中に複数回使えるからにある。
 セスナの懸念は、接敵をしているのが2名であると言う事実を見て【身体強化】と【細胞促進】の組み合わせである可能性が高いと言うことだろう。
 確かに厄介だが、リュウドも同じく【身体強化】を持っている。
 同じ能力の敵に当たる場合、それは自ずと「どちらが上手く使えているか」と言う戦いになるが、【身体強化】は出し惜しみがちな異能でもあり、ここはタイミングが重要であると反省もしていた。

「ビネガー副隊長、どうしてあんなんなんですかねー。前の試合もほぼ私達のおかげじゃないですか」
「まぁまぁ、ルナリア。ユズさんはあれでもみんなの事を考えてるんだよ。できたら戦いたくない隊長の為に、私達とリリアで勝てるようにね」
「エストルさんが全部倒したのはそうですけど、私だって頑張ってるんですよ?」
「それは助かってるよ。君のおかげで一回戦は勝てたし、ハイドランジア領はシダレ王世代での初めて2回戦だから、ここは攻め方を変えたくないんじゃない?」
「それならそれでもっと褒めてほしいですね! わざわざガーデニアから来たんですよ、私!」
「あはは、遠くからありがとう」

 隠れることはなく堂々と歩く彼らに、リュウドは尚更警戒していた。銃が当たり前の環境で堂々と場を歩くのは、いわば奇襲を受けても対応ができると言う自信があるからだ。
 不意をつかれても問題はないと、むしろ誘っている可能性すらあり、リュウドは行動に迷った。
 ここでジンやグランジならば、不意をつく為に遠距離からの狙撃に走るだろう。しかし、リュウドは銃にそこまでの自信はなかった。止まっている敵ならば苦労はしないが、動く敵へ当てるには予測が必要だからだ。

「暇ですね、そろそろ接敵したいのですが、敵さんはどこでしょう」
「ルナリア……」

 気づかれているとリュウドは息を詰める。

『リュウド君、気づかれています。ここはグランジさんと合流して2対2へ持ち込んでください』
「一度離れれば多分追われる、背中を見せたくないよ」
『それは、そうですが……』
『俺がそちらへ向かう、撹乱できるか?』

 グランジの提案に、リュウドは救われた想いだった。マグノリア戦での敗北からリュウドの中ではもう実績を上げていなければ信頼はされないと認識していたからだ。
 この場での作戦は、リュウドが先手を打ち撹乱する事でグランジの奇襲へと期待する事だろう。悔しくはあるが、グランジに信頼してもらえてるのなら、それに答えたいと思う。

「やってみます」
『リュウド君は演習場の中央へむけて動いていました、グランジさんの位置から南側です』
『わかった』

 シズルの感心する声が聞こえ、リュウドは一旦通信を終えた。数メートル先のハイドランジアの2名は立ち止まり、こちらを探している。
 リュウドは腰から銃を抜き、弾丸の装填を確認すると、慎重にオープンサイトをのぞいた。
 女性を狙えばおそらく片方の男性が前に出てくる。リュウドが男性を引きつけ、後からくるグランジへ女性を任せればいい。

 リュウドはオープンサイトを覗きながらも狙いを定めず引き金をひいた。合図のように響いた銃声に、男性が動く。
 ここまでは想定通りだと、リュウドは銃を捨てて突っ込んできた男を前転で回避。剣を抜いて振るわれてきた武器を受けとめる。

「ハイドランジア騎士団大隊長の1人、エストル・クレビアだ!」
「宮廷騎士団、シラユキ隊、リュウド・ローズ!!」

 重いとリュウドはその圧力に唇を噛んだ。生い茂る草木で見えなかったが、エストルは珍しくしっかりとした盾を装備し、両刃の片手剣を装備している。同じ剣ならば好都合だと思った時、傍から響いた銃声にリュウドはブレードを滑らせて距離を取った。
 狙撃してきた女性は、一旦距離を取ったリュウドへ楽しそうに笑う。

「こんにちは、ハイドランジア騎士団。ルナリア・ガーネット。よろしくお願いします。分家タチバナさん」

 なるほどと、リュウドは感心した。分家タチバナの存在は、宮廷でもそこまで有名ではなく、あくまでリュウドの知り合い周りでの知名度だが、今回の対戦相手はそこまでリサーチ済みと言うことだろう。
 構えられる銃へ怯まず、リュウドは追ってきたエストルと後退しながら剣を交える。エストルもまた剣を主軸とするリュウドの立ち回りへ関心しているようにも見えた。

「宮廷に剣を使う仲間がいて光栄だ。ハイドランジアではもう私と数名しか居ないから」

 雑談は求めていないと、心で悪態をつく。ルナリアは後ろからエストルにあたらない範囲で狙撃をしてきて、リュウドはグランジを待たずターゲットを変えることにした。
 一度距離を取り、木陰へと逃げ込みながら突っ込んでくるエストルを撹乱してゆく。彼は盾を装備しているためか、木の隙間などには入り込めず、一旦足を止めた。そして、リュウドは低い木の枝を足場にして跳躍。
 ルナリアへと一気に距離を詰めにゆく。

「ルナリア!」

 エストルは駆け寄ろうとするが、リュウドの速力が早かった。不意をつけると剣を腰だめに構え、振り抜こうとしたが、その剣はルナリアへ届こうとした直後に止まった。

 何もない場所へ、まるで何かに阻まれたかのように止まったブレードはリュウドの力でギリギリと震えて動かない。
 よく見ると太陽の光に照らされる透明な「何か」が ある。

「残念でした」

 直後、ルナリアの周辺に膨大なガラスの破片のようなものが出現し、その全てがリュウドへと降り注ぐ。即座に後ろへと飛び、側転から木の影へと逃げ込んだ。

「改めましてガーデニア三級魔術師。ルナリア・ガーネットです。早くお仲間さん連れてきた方がいいのではないですか?」

 リュウドは、何が起きているのかしばらく理解ができなかった。
 わかったのは何もない場所からガラスの破片ようなものが現れたこと。刃物のように鋭利なそれは、大地に突き刺さり役目を終えたものから消えては、さらに新たに生成されてゆく。雨のように降り注ぎ、近づくことができない。

 木々を盾に後退するリュウドへ、エストルがさらに押しにくる。その立ち回りは武道において基本的ものだが、その後ろから追撃のように押し寄せる破片に、リュウドは造花を狙うどころではなかった。

「悪いね。でもこのチームでまともに戦えるのは、僕とリリアぐらいだから」
「くっ」

 たしかにルナリアは、何もしていない。未知の力でバリアを貼り、破片を飛ばしているだけだ。
 先ほど映像で映っていたのはエストルばかりだったが、おそらく運営部は貴族達にこの力を見せたくなかったのだろう。自国の大会で他国の技術が猛威を振るえば、それは自分の国が劣っていると言っているようなものだからだ。

「剣の振りが荒いな。焦っているね」
「は……」
「少し冷静になった方がいい」
「そんな事ない!」

 エストルの剣を払いのけ、リュウドは再び破片を後退して回避する。騎士服を掠めるたびに痛みが走り、それは負傷のように感じていた。

『リュウド君、状況が良くありません。無理せずに撤退をーー』
「まだ、やらせてください。せめて、1人だけでも……」

 リュウドはこのまま終わりたくはなかった。
 無理を押し通してでも参加したかったこの騎士大会は、「タチバナ」の1人たるリュウドにとっても大きなもので、諦めたくはなかったからだ。
 騎士学校時代から問題児とされていたジンとは違い、名を隠したリュウドはそれこそ平凡で無難な学生時代をすごしたが、優秀で真面目なその態度はリュウドの望んだ「誠実なタチバナ」ではなく、「リュウドはタチバナではない」と言う認識へとすり替わっていた。
 古き歴史より植え付けられた印象をここで払拭し、一騎士としてその在り方が見直されればいいと願っていたのに、その誠実さ故、分家でありながらも「らしくはない」と言われている。
 ジンが目立っていたのもあるだろう。
 しかしそれでも、名を背負う覚悟を得て隠すこともせずやってきたのに、真面目で無難な彼は「タチバナ」だと認識されなくなっていたのだ。
 意味がないとリュウドは悲観しながらも諦めきれず、春の個人戦で強さを示そうとしたが、他の宮廷騎士達には後一歩及ばず、それが成し得ることはなかった。
 リュウドはこの集団戦でもう一度その強さを示したいと意思を固めてきていたのに、一回戦で敗北したことで名を名乗ることすら躊躇いを得ているのが情け無く思う。
 「タチバナ」としての強さの証明の為に来たのに、負けたことで「タチバナではない」と認めざる得ないからだ。

 リュウドは先ほど捨てた銃を見つけ、速力を使って拾いにゆく。闇雲にルナリアへ狙撃するが、透明なバリアに阻まれ絶望しかなかった。

「弾丸は『オートガード』なので意味ないですよ?」

 ふと「極限まで発達した科学は魔法と変わらない」と言う言葉を思い出す。アークヴィーチェ外交の息子、カナトの言葉の意味を噛み締め。リュウドは踏み込んできたエストルの剣を後退しながら受けた。

「あまりルナリアへ近づくと、さらに攻めにくくなるよ」
「言わないでよ。優しすぎ!」

 酷く悔しさも得るが、ルナリアの付近で戦うとエストルにもバリアが貼られ、尚更攻撃が通らない。このままでは、撹乱すら出来ないと、リュウドはもう一度茂みへと逃げ込んだ。
 この中途半端な状況は耐えられない。
 せめて1人だけでも落としたいと、リュウドは追ってきたエストルと対峙し、覚悟を決めた。

 エストルは、リュウドの目つきが変わったことへ足を止め、【身体強化】の発動を確認。全身へ発動した異能に盾で応じようとする。しかし、リュウドは数歩からの跳躍を決めエストルの後ろへと着地。バリアを構えたルナリアへと突進する。

「ルナリア!」

 間へ入ろうとしたエストルも間に合わず、当然のように剣はバリアで止められたが、リュウドの全ての力が注がれた剣は、バリアに大きな亀裂をもたらした。このまま破壊出来ればと、さらに力を込めようとした時、リュウド背中側へ、巨大な破片が構築される。

「少し寝ていてください!!」

 銛のように鋭利に研ぎ澄まされたそれは、リュウドの背中から左胸の造花を破壊した。
 突然の強烈な衝撃にリュウドは耐えきれずそのまま崩れ落ちてゆく。
 魔力によって構築された破片は、元は無形物質と水であることから、衝撃や痛みはあっても身体を傷つけることはない。
 一滴も血を流さないまま、リュウドは床へと倒れそのまま意識を失った。

 驚いたルナリアは、息を切らして座り込むが、わられたバリアを瞬時に修復してため息をつく。

「ガーデニアに帰りたい……」
「悪いね、ありがとうルナリア」

 ほっと息を吐きかけた時だ。エストルとルナリアの後ろから新たな銃声が響き、オートガードが発動する。
 エストルが盾になるように前に出るが、さらに連続して撃たれる弾丸を防ぎ切る事ができず、数発がルナリアへのバリアへ弾かれていた。
 
 茂みから狙撃していたのは、隻眼の男。彼はエストルを牽制しつつ、真上から飛来した破片を前転で回避する。

「宮廷……!」
「宮廷騎士団、グランジ・シャープブルーム」

 グランジは、エストルを盾にするように動き、ルナリアへと狙撃を続けた。ルナリアは「オートガード」へ頼りながら応戦を続けるが、ピストルの間合い取りつつ動くグランジには当てることは難しく、離れた木に刺さったり、どこまでも飛んでは消える。
 エストルはグランジを抑えようと進行方向塞ぐように構える中、グランジはそれを受けようとはせず、再び前転ですり抜けるようにして動き続けていた。
 すると唐突に回避先へ透明な壁が生成され、彼は垂直の壁を足場にして跳躍。
 エストルを飛び越えるようにして宙返りをする。
 空中からルナリアを狙撃したグランジは、その弾丸も弾かれだことに「何か壁がある」と単純な感想を得ていた。
 着地してエストルを狙うと弾丸は盾に防がれ、「こっちには出ない」と理解する。
 しかし素手で応戦しにゆくと、突然壁が出てきたり、やはり弾かれたりとよくわからない。「なんだろう」とグランジは好奇心がくすぐられていた。
 女性から飛んでくる破片は、弾丸ではなくガラスのような物で、拾おうとすれば消えて、砂のように女性へともどり破片となって再び飛んでくる。
 鋭く、肉体にあたっても痛みだけで血が流れない。試しに腕を刺されると痛みはあるが無傷で、刺さった破片は消えてゆく。
 不思議だと、グランジは女性へ釘付けとなっていた。

 グランジは、エストルを盾にするように立ち回り、ルナリアを中央とした内側の円状へ誘導する。すると今度はエストルにも透明な盾が構築され、無表情でありながらも感心していた。

「そう簡単には通さん」
「魔法……?」
「魔術です!」

 ルナリアの叫びにも、いまいち違いがわからない。しかし目の前に起こっていることは事実だ。グランジはエストルを【未来視】で回避しながら、魔術というそれの分析へとはいる。
 盾と攻撃。それは二つの動作で作られていた。狙撃を試みれば盾を作り、隙ができれば破片をつくる。
 こちらの動作に合わせ切り替えているのはわかり、グランジはあえてルナリアが攻撃へ移る瞬間を狙って狙撃した。
 破片とすれ違う形で放たれた弾丸は、ルナリアの髪を掠める。

「くっ」

 抜けたと、グランジは嬉しくなり口元が緩む。しかし、次のタイミングから攻撃の最中を狙っても「オートガード」で弾かれるようになり、更に気持ちが昂ってきた。

「面白い……!」
「……!」

 戦いがいがあると、グランジはさらにルナリアへと攻めにゆく。横からくるエストルを銃で牽制していると、飛来する破片の数が明らかに減っていることに気付き、グランジは納得した。

「なるほど、限界があるのか。それは」

 気づかれたとルナリアは唇を噛む。首から下げるデバイスを握りしめ、エストルの援護に回ろうとするが、エストルへ盾をつくると、その隙に狙撃がきて、思わず体で回避をした。
 エストルの盾が消えれば、ルナリアの盾ができる。エストルの盾が完全に消えるまで時間を要し、ルナリアはグランジの突撃を文字通りギリギリで防いだ。
 透明な盾や破片は、完全に消失するまでは次の盾や破片は生成されない。再生成まで時間差があり、盾が出現中の破片は少ない。また、徐々にそれは「減っている」。

「ルナリアへ近づくな!!」

 エストルの突進を、グランジは飛び越えるようにして躱わす。後ろを取り、エストルを狙撃すれば、また透明な盾がエストルを守る。
 その盾は弾丸を防いだが、ヒビが入り砕けた。その破片がグランジへと飛び、直線的に飛来したそれを茂みへと逃げ込んでやり過ごす。

「宮廷の【未来視】か?」

 気づいたとグランジは少しだけ嬉しかった。当たった騎士達は皆、異能を口に出すことをしてくれなかったからだ。
 気付かれていないのか気づいているのか分からず少し不満だったが、わかってもらえたのは少しだけ新鮮で心地がいい。
 「楽しい」と、グランジは再び前に出て向かってゆく。

111

 そんなグランジの心境を拾ったセスナは思わず恐怖を感じて震えていた。普段あれほど無口なグランジは、戦闘になると高揚し、まるで新しいおもちゃをみた子供のように楽しんでいるからだ。
 ルナリアとエストルの2人が焦りを得る中、グランジは追い詰められている状況を喜び、その技術を振るえることを最大限に楽しんでいる。
 騎士大会の開始前、キリヤナギが「勝手に楽しんでくる」と言っていたのがよく分かる。このグランジと言う男は、落ち着いた雰囲気とはかなりギャップのある戦闘狂だ。

「何か読めたかい? セスナ」
「グランジさん、めちゃくちゃ怖いんですけど……」
「そんなにかい?」
「ジンさんと渡り合えるの納得しました……」

 この心境はおそらくジンも持っていない。以前少しだけ読んだジンの心境は、その態度とは真逆の繊細さがあり、複雑で思わず同情せずにはいられなかったほどだが、グランジは違う。
 彼は冷酷に残酷に戦闘を楽しむ、本当の意味での戦闘狂だ。
 その上で幼馴染のジンとグランジは、お互いに武道を高あってきたのだろう。武道を極める家に生まれたジンと、本質的な戦闘狂のグランジは、お互いの強みを取り込むことでここまできている。
 勝てるわけがないとセスナは言葉にならなかった。

「セスナ、大丈夫かい?」
「身近にいる人がやばいって分かるとどう対応したらいいか分からず……」
「読みすぎだよ」

 グランジの普段の態度は、単純に素直なだけだ。特有の読みづらさを感じていたのは思い違いで「深く考えてはいない」。しかし、周りの空気を察するのは得意なのだろうとセスナは冷静になった。

「私はジンやリュウドと違って、グランジはそこまで気にしてなかったけど」
「ギャップが大きすぎて受け入れられません……」

 セスナは、単騎で挑むグランジを引かせようとしたが、その楽しそうな心の動きに指示を出すタイミングを失ってしまった。

「ま、グランジが倒されても、まだ大丈夫だ」
「2人落とされたら流石に後がないんですが……」

 軽く笑うセシルの余裕はどこから来るのだろうと、セスナは頭を抱えていた。

 エストルの攻撃を風に乗るように回避し、グランジは汗をかいてきている彼の観察に入っていた。重い盾と剣は、たしかにリュウドのような剣を使う相手なら互角に戦えるが、グランジのように銃と体術で戦う敵には、その重さだけでかなりの体力を削られてしまうからだ。
 しかし、固い盾は弾丸を弾くために、この騎士大会のような特定の位置への狙撃が必要な場合は有利に働く。
 
「攻めに来ないのか? 宮廷!」

 聞かれてもまだグランジの中ではどう対処するかまとまって居ない。エストルよりもルナリアの方が厄介で、彼女はここで倒した方が良いと判断する。

 降り注ぐ破片の雨に合わせ、ルナリアへの狙撃を続けるグランジは、彼女が大切そうに握りしめるペンダントへ気づいた。カードなのか、薄いシルバーの菱形のデバイスで、淡い青の光が見える。
 その光の色を放つデバイスを、グランジはいくつか所持していた。
 通信デバイスだ。
 他にもイヤホンやカメラなど、ありとあらゆる物にある青い光。その共通点はガーデニアで開発された文明機器のものでもある。
 「なるほど」と、グランジはさらに納得する。またその女性もガーデニア人を象徴するような見た目をしていて、これはガーデニアの科学だと理解した。
 そして、「負けたくはない」と言う対抗心も芽生える。

 グランジが更にルナリアへ攻め込もうとすると、エストルが割り込み彼女の前へと出てきた。

「思い通りにはさせん」

 真面目だとグランジは、素直にエストルを尊敬した。この騎士大会は生死を決める戦闘でもなく、誰も死ぬことはない。貴族達が騎士の戦闘をみて楽しむ、いわば「ゲーム」だ。それをここまで愚直に騎士らしく戦いに行けるのは今時珍しいとも思う。

 狙撃させないよう、接近を試みるエストルは、機敏に動き回るグランジの動きを捉えることができない。エストルの大ぶりな動きは確かにタンクとしての役割を大いに果たせるが、【未来視】のグランジを攻め立てることは難しく、ルナリアの援護がなければ捉えることすら難しい。

 エストルとグランジが、躱し合いを繰り広げる状況をルナリアは援護を行いつつ静観していた。
 ガーデニアの技術「魔術」には、開発された当初からそれを運用する者の為の魔術師の協会。ガーデニア魔術協会があり、魔術師を志す者達の格付けが行われていた。それは魔術が使えると判定される五級(ビギナー)から始まり、一級(プロフェッサー)を目指すものだが、魔術師の人口の8割が五級(ビギナー)から三級(エキスパート)で、ルナリアもこの枠に該当する。
 格付けの基準は、一回で物質化ができる魔力の量で判定され、五級が精々バケツ一杯程度のものに対し三級はバケツ三杯ほどだが、一級(プロフェッサー)、特級(グランマスター)になると、25mプールが満杯に精製する魔術師も存在し、その名の通り「格」が変わる。
 五級から三級は、その魔力量の少なさから、盾を生成すれば攻撃が半端になり、また攻撃を行えば盾の強度も下がるどっちつかずの運用になるため、扱いが高度化し戦闘には推奨はされて居なかった。
 その上で、体外へ放出された魔力は、元は無形エネルギーであることから、物質化できても、生成と消失を繰り返すごとに空気中へと霧散し減ってゆく。魔術デバイスには、できるだけ無駄なく運用する回収ルーチンも存在するが、物質化した全ての魔力の回収には至らない為に、使えば使うほどその運用は高度化し、難しくなってゆく。
 先のリュウドとの戦いで、大容量の盾を生成していたルナリアは、連続したグランジとの戦いでかなりの魔力を削がれつつあった。魔力壁はもう弾丸を受ければヒビが入るほど脆くなっている。
 これ以上強度が下がれば盾の意味は成さないと、ルナリアはピストルの運用に切り替えた。
 魔力運用デバイスの「オートガード」は最小限の魔力で運用されるため、魔力消費も抑えることができる。
 だがグランジは、破片によって運用されていた攻撃が突然銃に変わり「限界」を悟った。
 どう飛んでくるか想定が効かない破片とは違い、銃はグランジにも読みやすく再びエストルを盾にしながら立ち回ってゆく。

「ルナリア、すまない」
「エストル……」
「ここで決着をつけにゆく!!」

 ルナリアが止める間も無く、エストルの筋肉が一気に膨張するのがわかった。グランジはそれをみて彼の本気を悟る。
 【身体強化】を発動させたエストルは、動きのキレが一気に増し、グランジはその動きを見ざる得なくなった。振られてくる剣戟はすばやく、【未来視】が無ければ追いつかない。
 ルナリアにまで意識が行かなくなり、グランジは一旦は距離を取ろうとするが【身体強化】の速力ですぐに詰められ、腕のストッパーで止めざる得なかった。
 ようやく足を止めたグランジに、ルナリアが狙撃をするが、数発打った所で弾切れる。マガジンもすぐには出ず、ルナリアは覚悟をきめた。
 残りの魔力を全て攻撃へと注ぎ込み、破片の生成を始めた時だ。

「やめろ! ルナリア!」

 エストルの声は遅かった。
 ルナリアの破片生成を確認したグランジは、開いた右腕で狙撃。
 破片の生成により、オートガード用の魔力が出力されなかったルナリアは、その弾丸を胸の造花へと受けた。
 美しく花弁が舞うように粉砕したルナリアの造花に合わせ、よそ見をしたグランジをエストルが押しこむ。
 グランジは後退して牽制するが、彼の首元を僅かに掠めただけで当たらず、突っ込んできたエストルに造花の根本から掠め取られた。
 グランジの造花は床へと落下し、こちらも破壊されてグランジも動きを止める。
  
 バラバラになった造花と、息を切らすエストル。そして座り込んだルナリアをみて、グランジは一言だけ述べた。

「楽しかった。感謝する」

 エストルもまた【身体強化】の反動を得て、その場へと座り込んだ。

「え、負けてる……?」
「メディアだと、4対3みたいですね」

 帰りのタクシーの中で、ジンはキリヤナギの隣に座り通信デバイスで騎士大会を観戦していた。王宮で流されているものとは違い一般向けのものだが、配信されているカレンデュラとウィスタリアの試合の隅に宮廷とハイドランジアの試合の状況だけが流されている。

「なんで宮廷の方は流れないんだろ?」
「カメラがないとか?」
「さっきは映ってたのに」

 確かにマグノリア戦は撮影機器が飛んでいた。
 口には出さないが、このような場合大体が「みせたくないもの」なのだろうと察する。

「倒されたの誰?」
「リュウド君とグランジさんみたいです」
「なんで??」
「リュウド君、調子悪そうだったし……」
「僕のせいかな……?」
「……俺なんて居てもいなくても同じですよ」
「……」

 ジト目で睨まれ、ジンは返す言葉に迷った。道は混んで入るが渋滞は無く、思いの外スムーズに道路を進んでいる。もう間も無く王宮に着くだろう。

「シズル、大丈夫かなぁ……」
「大丈夫です」
「……!」
「あの人は多分、自分で言った事は突き通す人なので……」
「なんで分かるの??」
「な、なんとなく……?」

 キリヤナギは今まで以上に困惑していてコメントに困ってしまった。
 ジンも何故そう思ったかはわからない、しかし以前通信で「行動で示す」と宣言されているのが心へ残っていた。王子への誤解を解くためにジンを利用するのではなく、ジンへの誤解を解くためにも動くと話したのだ。
 ジンはそもそもどちらでも良いとすら思っていたのに、そう言われれば逆に興味が湧いてしまう。

「シズルと友達になれそう?」
「友達って言うか、同僚って言うか……」
「ジンの友達の定義って何?」
「定義?? グランジさんとか、セオみたいな?」
「……なんかもういいや」
「え”っ」

 聞いたのが間違いだったとキリヤナギはため息をついた。自身の友達の定義をわかっていないのに、相手を友達と認識することなど不可能だからだ。
 グランジとセオは、幼馴染の腐れ縁で確かに友達ではあるが、この場では例外枠とも言える。

「宮廷戦なんで映んないんだろ……」
「帰って見ましょう」

 緊急事態なら連絡が来ているはずだし、2人は心配していなかった。それよりも、ククリールと別れたばかりなのにそれなりに元気なキリヤナギをジンは不思議に思う。

「ククちゃんとのこと、大丈夫です?」
「ククは……うん。なんとなくこうなるかなって思ってたから……」
「わかってた?」
「努力しなかったのは僕だし、今日は切り替えて『王子』頑張るよ」

 ジンはうまく返事ができなかった。キリヤナギの得ていた予想が、果たしてどの程度なのかはわからないが、キリヤナギの「努力ができなかった」と言う言葉は、大体が「どうしようもなかった」事だからだ。王子の立場を踏まえて努力ができなかった事なら、それは彼が義務を果たしていると言うことになる。

「決勝は出れたら勝ちに行きます」
「うん。シズルもがんばってるし応援してる」

 今のジンへ出来ることはそのぐらいだ。
 辛い事があったなら、騎士の勝利で喜んで貰えばいいと、ジンはもう一度デバイスを注視する。

112

 シズルは唯々セスナの索敵能力に感心し、特殊親衛隊の彼らの動きに驚いていた。
 規律を重んじ、個人行動など殆ど許されないミレット隊とは違い。彼らはとても自由で、反抗しても叱られる事もない。意思を尊重しやりたい事をする彼等は、何故かシズルにとって生き生きとして見えた。

「リュウドさんの行動、ストレリチア隊長は許されるのですか?」
『彼が戦いたいなら良いんじゃないかな? 死ぬ訳じゃないしね』
「少し意外でした」
『ミレット閣下って、クラーク隊長って呼ぶだけでも怒りますからねー』
『はは、同じ隊長を持った身だし、仲良くしよう』

 クラークとは真逆な態度のセシルだが、シズルは何故か彼にクラークと同じ雰囲気を感じていた。言語化は難しいがクラークから厳格さを抜いたらセシルになっていたようにも思えるからだ。

『グランジさん。倒されちゃったみたいです。劣勢ですね……』
『おや。完敗かな?』
『1人は倒したみたいです。流石というか……』
『流石タチバナ隊、成果は残すね』
『というか普通に考えて意味不明の強さなんですがそれは……』

 聞いていたシズルは、グランジの戦績に衝撃を受けていた。マグノリア戦で2人倒し、ハイドランジアでも2対1で確実に実績を残す彼は、現時点でも宮廷の中で頭ひとつ抜けているからだ。

『今回は私の出番はなさそうかな』
『予想してましたけど僕ら2人こそ最弱疑惑ありますね……』
「それは……違うような……」

 シズルが戸惑った時だ。セスナが「あ」と声をあげて何かを探るような音声になる。

『シズルさんの付近に『声』を感じます。不安ならこちらに合流されても構いませんが……』

 セスナの気遣いにシズルは救われる思いだった。
 2人倒され現状はもう後がない。
 ここでシズルが負ければ敗北も決まるため、セスナは怖いなら下がってもいいと言ってくれたのだ。
 この場合クラークならば実力に信頼がなく下がって護衛に回れと指示を出すだろう。
 しかしセスナは、命令ではなく戦いたいなら戦っていいと言った。
 その言葉の意図は、おそらくセスナがシズルの心を【読心】で拾い、ハイドランジア戦へ参加した理由を理解してくれたのだろう。

「ベルガモット副隊長、ありがとうございます。私はこの場で逃げることはしたくはない」
『そうですか。わかりました。無理せず頑張って下さい』

 残るハイドランジア騎士団の「王の力」は、グランジが確認した【身体強化】を除き、残りは【服従】と【未来視】、【細胞促進】のどれかとなる。
 【服従】はイヤホンのノイズカットでどうにかなるが、【未来視】はシズルも対策を考えなければならない。

『「タチバナ」的には、フェイントが有効って聞きますけど、普通無理ゲーですよね。理屈はわかるんですが』
『ジンの真似したらダメだよ。あの子はそっちの天才だからね』
『ですよねー』

 この2人の会話は緊張感が削がれてしまう。「王の力」の祭典ではあるが、シズルは【無能力】だ。騎士団に配属される際、数年は【無能力】として下積みを行い、適正のある異能を貸与される。
 例外は王子周りの特殊親衛隊ぐらいだろう。

 タチバナでもない。「王の力」もない自分はどこまで喰らいつけるだろうかと、シズルは腰の演習用ピストルを抜いた。
 息を顰め周辺を警戒していると、真上から木の葉が落ちてくる。動物だろうかと見上げた時、目があって絶句した。

「ハロー、宮廷!」

 真上の木に銃を構える女性がいた。
 間をおかず狙撃され、シズルは倒れる事で回避。木陰へと逃げ込んだ。

「代理さんだっけ? お疲れ様」
「宮廷騎士団、シラユキ隊、シズル・シラユキです」
「ハイドランジア騎士団。リリア・ホウヅキ。よろしく!」

 隠れているシズルへ、リリアは問答無用で突っ込んでくる。狙撃したが、彼女はまるでわかっていたかのように射線をズレ、一瞬で間合いを詰めてきた。
 思わず造花へ触れられそうになり、シズルは再び逃げるように退避する。

「今のでくれたら終われたのに」

 思わずゾッとして狙撃で牽制する。動きが早すぎると、シズルは必死に平静を保っていた。そして、ここに来て始めて「王の力」を相手取った時の感覚を理解する。
 「王の力」をもつ「能力者」は、正に持っているだけで、無能力の人間を恐怖へと陥れるのだと。未だどの能力か判別はつかないが、リリアは間違いなく能力者であり、シズルを精神的に追い込む事で動揺を誘っている。

『シズルさん。冷静に行きましょう、まずは分析です』
「ベルガモット副隊長……」
『相手をよく見てください。どんな動きをしていますか?』

 セスナの優しい言葉に、シズルは呼吸を整えながら観察を始めた。こちらの狙撃は当たる気がせず当然のように躱される。
 右にいたと思えば左におり、左にいたと思えば右にいる。まるでこちらの視線から隠れるように狙撃を繰り返され、回避すべき方向が混乱してきていた。

『大丈夫です。まずは真っ直ぐに走らず、木々を盾にするように動きましょう。後にどうついてくるか確認してください』

 なるほどとシズルは、動きながらセスナの指示に従った。ついてきているか、ではなく「どのように」ついてくるかを見ろと言う指示に、シズルは木々をすり抜けるように進んでゆく。
 リリアはそれに対し、逃げた先へ狙いを定め狙撃してきた。そしてこの挙動をみて、シズルもようやく把握する。

「【未来視】……ですか?」
『おそらく正解です。先回りするように打ってくるのなら確定でしょう。【未来視】は、現代の把握が苦手な異能なので、未来へ来る攻撃を錯覚させてください』

 簡単に言うが無茶苦茶だとシズルは心で叫んでいた。視界も悪く敵との距離もある林で、相手をフェイントに掛けることなど想像もできない。
 ここで少しでも距離を積めれば、相手の射程内へ入ることとなり、さらに命中制度を挙げられ造花が狙われる。
 相手もこちらも隠れている状況でどう狙えばいいのか検討がつかなかった。

『援軍行きましょうか?』

 セスナの言葉に、シズルはハッとした。【読心】を思い出し、情け無いと思う。心で謝りながらはっきりと口にした。

「やれます」
『わかりました。信じます』

 やってみせるとシズルは敵へと向き直った。リリアは反撃してこないシズルをみて、得意げに狙撃を続けている。どうにか狙えないかと、シズルはリリアの位置を入念に定め、真上の木の枝を狙撃、枝を打ちおとした。
 リリアが回避する隙へ狙撃するが当たらず、諦めて茂みへと逃げ込んだ。

「臆病者!」

 なんとでも言えと悪態を跳ね除け、シズルは身を隠しながら「敵」観察へ入った。
 見失ったリリアは、必死にこちらを探していて、シズルは当たり前のことへと気づく。
 【未来視】は未来が見えたとしても、それは所詮人間の見える範囲なのだと。人間の視界以上の広さを見えないなら、見られなければ良い。
 シズルは身を隠しながら接近し、後ろから押さえにかかったが、反応が早く振り払うようにいなされた。
 蹴りで距離を取られ、狙撃がくる。
 シズルは木陰に飛び込んで、再び牽制を行なった。大丈夫だと自分へと言い聞かせ、シズルは更に攻めにゆく。

113

 シズルがリリアと交戦している最中、セシルもまた林の開けた場所で接敵をしていた。対峙しているのはクロガネ・ハイドランジア。横には護衛なのか黒髪の美女が立っている。

「ご機嫌よう。お久しぶりです、ハイドランジア公爵閣下」
「ストレリチア……」

 セシルは笑っていた。セスナは流れ込んでくる心の声に首を傾げ、黒髪の彼女は腕を組んで真剣な表情を見せている。
 しばらく向き合った大将の二人だが、クロガネはそっと自分の赤の造花をとってセシルへと見せた。

「いるか?」
「いえ、おかまいなく」
「隊長! それは流石にダメ!」

 クロガネはそもそも戦う気がないのかユズに制止されて造花を胸に戻した。
 セシルはクロガネの争いを好まない性格をよく知っている。だからこそここはあえて尋ねたいと思ったのだ。

「狙いはこれじゃないのか……」
「えぇ、それは頑張っている彼等に任せましょう。私は閣下と戦いにきたわけではありません」
「そうか……」
「談合にならないんですか? ルール違反怖いんですけど……」
「心配しなくても誰もみてないよ」

 え? とセスナが辺りを見回すと確かにマグノリア戦でみたカメラ機器が姿を見せていない。飛んでいる気配もなく見せる気はさらさら無いようにも思えた。

「【千里眼】ではみているだろうけど、会話までは聞こえないからね」
「なるほど、なんで飛んでないんでしょう」
「さぁ、お二人ならご存知ではと」
「多分、ルナリアじゃない? あの子魔術師だからさ、一回戦は飛んでたけど魔術みてこなくなったもの」
「魔術?」

 ユズは、ルナリアが脱落したことから、魔術のことをセシルとセスナに話してくれた。魔術は、ガーデニアの技術でもあり、それを「王の力」の大会で勝つ事は、ガーデニアに「技術で負けた」と受け取られてもおかしくはないからだろうと推察する。

「おかげで最強の初見殺しよ、強かったでしょう?」
「なるほど、うちのエースがとられるわけです」
「その魔術師も取られたが……」
「おかげで安心して話すことができます」
「私に何か用か?」
「ハイドランジア公爵閣下。宮廷に、騎士団の瓦解を狙う者がおります。既に派閥分断が深刻化し『タチバナ』の立場が危うい」
「……なるほど」
「セシル隊長、それは初耳……」
「私達3人でしか共有されていないからね」

 3人と聞いてセスナはピンときた。タチバナ、ミレット、ストレリチア、この三人は宮廷の中でも王子周辺の砦とも言われている。

「宮廷にて『タチバナ』の威力を削ごうとしている者がいる。何かご存知ではないですか?」
「私を疑うか?」
「クロガネ閣下の話ではございません」

 セスナはセシルの心を読んで息が詰まった。その心の声が衝撃的だったからだ。

「ヒイラギか……」
「宮廷は今、王妃派の『新騎士』と、王派の『保守』に分裂が起こっている。確かに妃殿下の考えは合理的なものですが、この国の「王の力」を司る王族を守る役目において、それはあまりにも極端です。「タチバナ」と言う主柱は「王の力」を統制するために必要な抑止の盾でもある。これが無くなれば、力の暴走は避けられないでしょう」
「ヒイラギが、騎士団の分断を望んでいると言いたいのか?」
「確証はありません。しかし、これは両陛下の対立がきっかけで起こった事でもあり、妃殿下が譲歩していただけない事には解決は難しい。その上で『タチバナ』への攻撃は、王妃派の『新騎士』によるものであり、この考えに至りました」
「なるほど、そう考えるのは確かに自然ではあるが……」
「どう言う意図なのか、流石にわからないのですが……状況的にマイナスにしかならないですよね?」
「そう。わからないから、どうにかするためにクロガネ閣下へお願いに来たんだよ」
「なるほど……」

 今の状況は、王妃へ誰も進言ができないからにある。シダレ王と対立し、王妃は王妃なりに騎士を味方につけようとした結果だが、それが今になって『タチバナ』と言う王の騎士を合理的ではないとして下そうとしているのだ。
 当然、自然に起こった可能性もあるのだろう。
 しかし、セシルの勘は「これは意図されたもの」だと言っている。誰が望んだのかまではわからないが、もし王妃へ悪意がないのならば、唯一耳を傾けてくれそうな「身内」のクロガネをあたりに来たのだ。

「状況はわかったが、あいにく私は、ヒイラギから愚痴しか聞いていない」
「愚痴……」
「反論すると面倒だからな……」

 クロガネは頭を抱えていた。聞いて欲しくないと言う態度を察してセシルは続ける。

「クロガネ閣下はどう思われる?」
「私は、王子が健やかであれば何も言うことはない。ヒイラギもそう望んでいるだろうが、思えばそれを脅かした宮廷に思うところがあるのかもしれないな」

 なるほどと、セシルは返す言葉がなかった。思えば分裂が顕著になったのもここ数年の話であり、それまでは夫婦喧嘩からくる一時的なものに止まっていたからだ。それがジンを外国へ飛ばし、騎士大会からも除外を測ったのは、あまりにも「あからさま」で不信感を得た。

「ヒイラギが『タチバナ』をどう思っているかは知らないが、きっと、あまり好きではないと思う」
「それは?」
「危険なことをさせるだろう?」

 ぁー。とセシルは何か諦めた表情をしていた。その感情論ならば、セシルもそのうちお仲間となるだろう。

「クロガネ閣下より妃殿下へ働きかける事は出来ないでしょうか?」
「勘弁してほしいのだが……」
「宮廷さん。妃殿下の性格しらないの? あの人が隊長の言うこと聞くと思う??」

 うーん、とセスナは頭を抱えた。ヒイラギ王妃は今でこそ落ち着いたが、数年前までは絵に描いた貴族であり、部相応な振る舞いをする王子を酷く叱りつけることが多々あったからだ。
 使用人が庇おうとするものならそれが激化し、誰も反論ができなかったが、王子が心労で倒れた事で軟化し今に至る。
 現在でも王子が両親を酷く怖がるのも、王と王妃の圧力によるダブルバインドがあり、どちらに従っても叱られる最悪の状態が何年も続いたからだ。

「騎士の身分で無礼な言動をお許しください……」
「別にいい……よかったら造花をーー」
「それは、おかまいなく……」
「隊長、帰りたいんですか……?」
「このまま勝って、東側と当たりたくはないのだが……」

 緩いなぁとセシルは調子を崩されてしまう。しかし、オウカの東側の領地は他国へ隣接しており、騎士達は所謂「武道派」と呼ばれる者たちが多い。このトーナメントが西側と東側で分けられてたのも、ハイドランジアのような戦いを好まない騎士団が含まれているからだ。

「ローズマリー騎士団の顔が立たないのでは?」
「あっちもうちと変わんなかったですよ。異能借りたての人ばっかりで圧勝したからルナリアが調子乗ったんです」
「そもそもなんで宮廷がこっちなんだ? いつも東側だろう?」
「今季は我々も顔を立てて来いと言われておりまして……」

 クロガネが造花を見せびらかしてくる。
 トーナメント表を見たセシルは、一応「忖度」されているのだと呆れもしたが、マグノリア騎士団は張り合いがあり、それなりに楽しめたのも本音だった。

 ハイドランジアとは、利害が一致しているものの、造花の譲渡は問題になりそうだとセシルは困ってしまう。

「クロガネ隊長閣下、お待ちを」

 セシルの後ろから現れたのは、盾の騎士エストルだ。彼はセシルに道を開けられながら礼をする。

「我がハイドランジア騎士団が2回戦へ進めたのは数年ぶりの快挙でもあり、連覇している宮廷をここまで追い詰めたのも初めてでしょう。ここであっけなく勝ちを譲るのは納得いきません」
「だが、我が騎士団のモチベーションを鑑みるに、これ以上の参加は皆の負荷になると思うのだが……」

 エストルは少し黙り、セシルを見た。
 セスナが皆の心の声に耳を傾けると、セシルはフラットに現場をみていて、ハイドランジア騎士団の彼らは葛藤を抱えている。

「ストレリチア閣下。私と1対1での戦いでクロガネ閣下の造花を賭けさせて頂きたい」
「いいのかい? 君では私に勝てないと思うが?」
「やってみなければーー」

 セシルが、自分の片耳を指で叩く。気がつくとエストルの片耳からはイヤホンが外れ、断線していたからだ。
 何も言わないセシルだが、その仕草により、エストルはセシルの異能へ気づく。

「【服従】……」
「ご名答。リュウドかグランジどちらかはわからないが、繋いでくれたのだろう。やろうと思えば君を座らせることも可能だよ」
「私も【服従】もってますよ、一応エストルが掛からないように対策もしてる」
「すでに命令済みかい? 残念だが、【服従】にも階級があってね。ここ最近の検証で貸与された順番が若いほどその命令の優先順位が高いんだよ」
「はーー?」
「公爵から貸与された【服従】は、同クラスなら、先に命令された言葉から上書きされる事はないが、又貸しされた【服従】なら上書きが可能でね。貴殿はどのクラスかな?」
「適当な部隊長に、借りてきました……」
「はは、私はサフィニア閣下に直接お借りしてるから、意味がないね」
「く……」
「クレビア卿、私と戦うのは構わないが、今行われている戦闘の結果を待ってみるのも悪くはない。我が隊のシラユキ卿とホウヅキ嬢の結果を見てクレビア卿の造花を【服従】にて受け取ろうと思うが如何かな?」
「なるほど、それならば納得ができる」
「このチームで一番戦績あげてるのはエストルだし、私も文句ないわ」
「ストレリチア卿、助かる」

 話がまとまった事でセスナは1人拍手をしていた。時々空を見ても、やはりカメラ機器は飛んでこない。「大人の事情」とは厄介だと、セスナは大会を憂いた。

114

 【未来視】を持つリリアと対峙するシズルは、攻めの手を緩めない彼女へ追い込まれる一方だった。どう裏を描こうとしても、それは【見えて】いる限り先に対応されるため、死角を探しつつ攻撃へ移ろうとする、
 しかし、視界に入った瞬間それは逆転し、今ひとつ手が足りず受けられたりあっけなく躱される。どうにか方法はないかと、隠れながら狙撃するが向こうは回避ができるのにこちらはできず、攻め立てられる一方だった。
 このままではいずれ追い込まれると思い打開策を考えていると、銃を持った容疑者捕らえる基本訓練が頭によぎった。
 相手は騎士だが、それしかないと、シズルはリリアの視界から逃げるように動く。

 こちらを見失ったのを確認し、シズルは後ろから飛びかかった。
 銃を取り上げようと手首を掴むが、思わぬ肘の反撃がくる。しかし手首は離さず、銃を取り上げるとリリアは、腰の演習用短剣を引き抜き、シズルへと振るいはじめた。
 その手際に上手いと感心しながらも、シズルは両腕の仕込みストッパーで防御しつつ、再び距離をとって狙撃に移る。
 しかし彼女はそれを待っていたかのように笑い、【未来視】で弾丸を回避。シズルの銃を蹴り弾き飛ばした。

「これでおあいこ!」
「ちぃ!」

 シズルも予備の演習用短剣を抜きながら、近接の戦いが始まる。
 だが【見え方】に劣るシズルは、リリアへ当てることすらままならず、狙われてくる造花を防御するので精一杯だった。
 女性らしく早く柔軟な動きは、パワーはないものの捉えにくくやりづらい。それでも、よく見ていれば受け損じるという事はなかった。
 リリアは、的確にこちらの気づきにくい位置を狙って攻めに来るが、対応間に合わないという事はない。冷静によく見ていれば大丈夫だと言い聞かせ、シズルはリリアの動きの観察を始めた。
 キレのあるいい動きだ。無駄が少なくここへ出てきたのも充分にわかる。
 型にハマった基本的なそれは、応用のない真新しい動きで、シズルはリリアと同期の可能性を感じる。
 そして、この前提の上での【未来視】により、彼女はシズルの上をゆくが、諦めてはいけないとシズルは呼吸へ力を込めた。

 そしてあるタイミングで、回避に見せかけ腕を掴みにゆく。
 同じ動きに慣れていたリリアは、唐突なフェイントに対応ができず腕を掴まれ、そのまま倒れるように後ろへと回された。床へ押さえ込まれた彼女の造花は体に押しつぶされて破損する。

「いったぁぁあー!!」
「ごごごご、ごめんなさい!」
「変態! セクハラ! さわんないで!!」
「誤解です! 腕しか掴んでません!!」

 リリアは速攻で起き上がり、粉々になった造花にがっかりしていた。

「頑張ったのに、いいとこなしかぁ……」
「お強かったですよ……?」
「アンタも【未来視】?」
「え、【無能力】です」
「はーー?? 同情しないでよ、この変態!!」

 シズルはショックを受けていた。
 敵のように睨みつける彼女を尻目に、シズルがセシルへ連絡すると、その数分後。騎士大会・集団戦2回戦の終了告知が響き渡る。

 鬱蒼と木々が茂る演習場を高速で走る影があった。
 長い赤髪を一つにまとめる小柄な影は、無作為に立つ木々を持ち前の機動力で交わしつう駆け抜けてゆく。
 彼は、追ってくる騎士を撒けるか、撒けないかと言うギリギリの速度を維持しながら進んでいた。
 騎士大会・集団戦のトーナメントは、初戦にサフィニア騎士団とカレンデュラ騎士団。クランリリー騎士団とウィスタリア騎士団が試合を行い、ウィスタリア騎士団とカレンデュラ騎士団が駒を進めて今に至る。

 決勝への切符を賭けたこの試合は、現時点ではカレンデュラ騎士団が不利な状況に陥っていた。それは、フュリクスの姉カミュが早々に造花を破壊され、ペアで行動していたフュリクスが騎士の追跡を受けることになったからだ。
 周辺を確認すると、追ってくるのは気配にして三名。これは5対5で戦う騎士大会・集団戦において、チームの半数以上がこの少年を倒しに来ていると言う状況となる。

 たった一人の少年に対し、彼らが万全の体制で挑むのは、おそらく前のサフィニア騎士団との試合が尾を引いているからだろう。
 それは、前試合においてこのフュリクスと姉のカミュの2名が、たった二人で大将とその護衛騎士を倒してきたからにある。
 主戦力として認識され、また想定外に迎え撃たれた事で、先にカミュは脱落した。しかし、フュリクスは少しだけ感心もしていた。
 それはカレンデュラ騎士団の五名のうちフュリクスは、「自分が一番強い」と言う自負があったからだ。

『大丈夫か?』
「姉さんがやられた。あいつ等、調子に乗ってる」

 大将、ガイア・クローバーからの通信を受けて、フュリクスの言葉に一瞬怒気が加わる。
 フュリクスはこの騎士大会で、できるなら1人も脱落させないと言う目標を掲げていたのに、それが達成されず残念にも思っていたからだ。

『そいつは済まない事をしたな。直ぐに援軍に向かう』
「そう、でもちょっと遅いかも、誘導されたようだし」
『何?』
「行き止まり。上手い事追い込まれたみたいだ。これじゃあ戦うしかない」
「むぅ、やむを得んが、無理はするなよ。直ぐにわしも向かうからな」

 フュリクスは三名のウィスタリアの騎士達を向かい討つ意思を固めた。状況は1対3で不利だが、この程度ならば負ける事はない。
 周りには、いつの間にか敵が回り込んできてこちらへ狙撃を開始する。当たるわけがないと軽快に回避をしていると、後ろから速度を上げて接近してきた敵に驚いた。
 長尺刀をもち背後から来る斬撃を受けると、向かい合った敵は不適な笑みを浮かべている。
 茶髪に鋭い目つきの彼は、紫色のラインの入った肩章をもつウィスタリアの騎士だ。

「ウィスタリア騎士団。ラインハイト・ネメシア!」
「カレンデュラ騎士団、フュリクス・クレマチス」

 フュリクスはラインハイトの赤の造花を確認して挑まんとする。しかし、周りの狙撃に後退を強いられ、苛立ちを得た。
 周辺には2名の銃騎士とラインハイトは剣。どちらが先かと考えると答えはありきたりなものだ。

「”歩法の壱・瞬足……!”」

 そう呟いた直後。
 ウィスタリアの騎士は、何が起こったかが分からなかった。一瞬で小柄な影がすれ違ったと思えば、青の造花が破壊され、さらにもう一人の騎士とも目が合う。

「よけろ!」

 声が聞こえたが、遅い。
 フュリクスの持つ剣は、かつてオウカにおいて斬馬刀と呼ばれた長尺の刀だ。馬上にいる敵ごと斬る事を想定し作られたそれは、長すぎ、重すぎて、使いこなせる者はいないとされた欠陥武器である。
 それを易々と使いこなすこなせる彼にとって、その間合いは通常人の遥かに広く、踏み込みをたった数歩許しただけで致命的とも言える事態になる。
 その証左と言わんばかりに、二人目の造花も壊され、またもフュリクスは消えた。
 そして現れたのは、ラインハイトの真後ろ。このままこの戦いは終わりだと、フュリクスが長尺刀を振り抜こうとしたとき、それは 止まった。

 刃が造花へ届くギリギリを止めたラインハイトは、口角を上げてフュリクスの長尺刀を押し返す。

「へぇ、やるじゃん」
「舐めんなよ、ガキ!」

 ラインハイトが吐き捨てると、そこからは打ち合いだった。お互いが高速で刃を振り続ける読み合いを兼ねたブレード刃同士の弾き合い。
 フュリクスのこの剣が受けられたのは、本当に久しぶりだった。
 今までこの奥義を使い、ついてこられたものなどごく僅かで受けられたこと自体、叔父以来だったからだ。

「【未来視】、ウィスタリア」
「ご名答。ウィスタリア領はテメェも持ってる【未来視】の本場でもある。使い方をおしえてやるよ!」

 直後から、ラインハイトの動きが変わる。
 フュリクスの高速突撃をまるで当然のように受け流し、攻めてくる彼は、当然【未来視】で【見えている】のだろうが、見えるこちらの更に先をゆくような受け方に、フュリクスは困惑しかできなかった。

「片目か……!」
「クレマチスは勘がいいな。だが、それだけじゃねぇぞ!!」

 ラインハイトの【未来視】は、片目だけに発動させる事で現代と並行して【見て】いるのだ。しかし、それを前提にしても彼の動きは「早すぎる」。
 こちらが剣を振る前にそれは読まれ、そもそも斬撃を振り切ることすらできない。
 【未来視】で見えているにしても、それは同じ時間を行き交っているはずなのに、ラインハイトには未来への【ズレ】を感じずにはいられなかった。
 そしてここまでの考えに至った時、フュリクスははっとする。そしてフェイントに近い振り抜きから、ラインハイトがそれにすらついてくる挙動で気づいた。

「それは、【早いのか?】」

 うまく表現が出来ないままの打ち合いに、ラインハイトの頬が緩む。子供にしてはよく見ていると、お互いに一旦刃を止めて口を開いた。

「よく気づいたな。俺のこれは、【未来視・高速再生】。未来を通常より早く見ることができる」
「なるほど。化け物か!」
「テメェに言われたくねぇわ!!」

 フュリクスは、そもそも自分の速度についてくる相手が珍しかった。ラインハイトに対してはどんな速度で応じようととも受けられてしまう。
 どうする? と、フュリクスは打ち合いをしながら考えるが、できることなど限られていると雑念を払った。
 フュリクスの得意分野は「速度」なのだ、相手が【未来視】で上を取るのならば、それを上回ればいいと、さらに速度を上げてゆく。

「やんのか?! なら越えてみろ、てめぇの最大速度でなぁ!!」

 ラインハイトの煽りに、フュリクスの動きへ更にキレが増してゆく。お互いが譲らないギリギリの攻防の中で、フュリクスの長尺刀はその長さにより、周辺の木々をズタズタに切り裂きながら攻めた。

 まだ足りないと、もっと早く動けと、自分へ叱咤をいれながら攻撃を続け、とある一瞬。ラインハイトの動きが鈍り、その瞬間をフュリクスは見逃さなかった。

 一気に地面を蹴り、速度を維持したまま、クレマチスの奥義を放つ。
 
「『奥義・四季咲!!』」

高速で放たれた四回の連撃は、ラインハイトの剣を弾き飛ばすとほぼ同時に造花を破壊した。

 これにより、今期の騎士大会・集団戦は、カレンデュラ騎士団の決勝進出が決定する。

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 一回戦で最も盛り上がりをみせた、ウィスタリア騎士団対クランリリー騎士団戦に続き、2回戦のウィスタリア騎士団とカレンデュラ騎士団との戦いは、一回戦で圧倒的に勝利を収めたカレンデュラ騎士団へウィスタリア騎士団が食いついてゆく形となり、大衆はカレンデュラ騎士団の息を抜いた強さに衝撃を受けていた。
 全国メディアが、最強のカレンデュラ騎士団と持ち上げ「タチバナ」を持つ宮廷にどこまで抗えるのかと煽る中、この大会を主催していると囁かれる王子は、メディアの前に顔を出し、「どちらが勝とうともこの国へ平穏をもたらしてくれる。彼らの健闘を祈ります」と笑顔で応じていた。

 王宮へ戻ってきた王子は、広間へと戻り待っていたアレックスやミルトニアと合流する。

「会えたか?」

 結論が早いとも思うが、ミルトニアも心配そうにしている。彼女に話すべき内容ではないが、気にしてもらえるならとキリヤナギはもう一度席へ座った。

「少しだけ、かな」
「そうか。なんと?」
「また会いたいとは言われなかったよ」

 苦笑する王子へ、2人は察したようだった。アレックスは目を逸らし「そうか」とだけ返してくれる。

「ご令嬢ならば、お会いする機会はあるとも思いますが……」
「うん。今は騎士の皆をを応援する」
「大丈夫かよ……」
「ヴァル、ありがとう」

 わがままを通した分責任は取りたいと、キリヤナギは座席へ深く腰掛けた。
 決勝が始まる前にハイドランジア戦の映像をさがすが見つからず、首を傾げてしまう。

「宮廷とハイドランジア戦は、機器トラブルで録画はされていないそうだ」
「えー! 楽しみにしてたのに……」
「ふふ、【千里眼】で見ておりましたが、とても面白かったですわ」
「ミントずるいー!」
「後で騎士にも聞けばいい」

 しれっと返すアレックスは消化試合だからだろう。キリヤナギは諦め、席を立ちながら他の貴族達へ顔を見せに回っていた。

115

 キリヤナギを無事送り届けたジンは、シズルから連絡を受け一度王宮にて合流していた。
 ジンの代わりにフィールドへ上がった彼は、ハイドランジア騎士団を相手に一つの造花を勝ち取り、ジンは驚きと共に感心もする

「シズルさん。ありがとうございました」
「こちらこそ貢献できたでしょうか」
「はい。敵強かったですよね」
「えぇ、もうどうなるかと、改めて貴方がた『タチバナ』へ感心するばかりです」
「それはーー」
「『王の力』を相手取るのがここまで辛いとは思いませんでした。しかしこれを打倒する『タチバナ』は必要な力であると認識しています。どうかその志を見失わないでください。私は貴方がたの助けになります」

 ジンはしばらく呆然としていた。
 結果だけではなく自分がしてきた努力を認められたのは初めてで、思わず嬉しくなってしまう。

「ありがとうございます。俺もシズルさんにお願いできてよかった」
「光栄です。次の試合は第一演習場らしいのですが……」
「何かありました?」
「リュウドさんが、私に次の試合を変わって欲しいと話されていて、私は構わないのですが」

 ジンはしばらく言葉にならない衝撃を得た。この大会へ誰よりも意欲的に参加したいと訴えていたリュウドが、この決勝を辞退すると言っているからだ。驚きで飲み込めず詳しく聞くと、ハイドランジア戦での敗北から戦意を失い、殆ど会話もしてくれないと言う。

「リュウド君はどこに?」
「私と一緒に王宮にもどられました。手続きがあるのでおそらく事務所です」
「隊長は、何かいってました?」
「ストレリチア隊長は、私次第で構わないと話されましたが、私はそれが最善とは思えません。決勝は『タチバナ』のお二人こそ出場すべきであると考えます。もし説得されるなら同行させてください」
「……分かりました」

 ジンはシズルの案内の元、リュウドと別れたという事務所へと向かう。しかし、彼はもうそこには居らず、連絡をとると中庭で休んでいると言うことだった。
 試合の受付終了まで、残り30分を切っており、10分以内には王宮を出なければ間に合わない。
 焦る気持ちで中庭へ向かうとリュウドはベンチへ腰掛け、何かを喪失したように空を眺めていた。
 いつも機敏に反応する彼は、こちらへ気づいた気配がなくジンはゆっくりと歩み寄る。

「リュウド君、大丈夫?」
「……ジンさん」
「そろそろ試合会場いかないとーー」
「ごめん。俺はもう、これ以上戦えない」
「それは……」
「ジンさん、元々乗り気じゃなかったのに巻き込んで、ごめん……」

 堂々としていた彼には信じられない言動だった。名前の悪いイメージなどものともせずそれを誇示すらしてきた彼は、今はとても消沈している。
 ジンは、彼がどうしてそこまで悩んでいたか分からない。何も聞いていないし、ジン自身も話してもらえる人格ではないと思うからだ。
 
「『タチバナ』に関して、協力できなかったのは悪かったとは思ってるけど……」
「違うんだ。ジンさんの、せいじゃない…… 。俺は今の『タチバナ』をどうにかしたかったんだよ」
「それは……?」
「今騎士団は『保守』と『新騎士』に別れてる。俺は『新騎士』のシラユキ隊でさ、『タチバナ』を使う事をずっと否定されてきたんだ。使わない方が強いとか、弱くなる武道とか、色々言われるのが悔しくてどうにかしたかった。どうにかできれば、ジンさんにもきっと救われるって」
「……!」
「でも、今の俺にはとても出来なかった、『タチバナ』を認めさせることも、ジンさんの事も……」
「……!」
「ごめん。ジンさん……」

 項垂れてしまったリュウドに、ジンは良い言葉が出てこなかった。しかし、ジンにとってこの騎士大会は無駄ではなかったという確信がある。それは、信頼を知らなかったジンへ、一つきっかけをもたらしてくれたからだ。

「俺、リュウド君に誘って貰わなかったら、そもそも出たいとは思わなかった。でも今は、声をかけてもらえた事は実は感謝してて……」
「……え」
「騎士なんてみんな唯の同僚で、俺の事なんてどうでもいいって思ってたんだ。ただ都合いいだけみたいな。シズルさんもそうかなって思ったけど、リュウド君は『シズルさんを信じてみる』っていってただろ?」
「……」
「今は、その言葉に間違いなかったって思ってさ。信頼ってこういうのなんだって初めてわかったと言うか。リュウド君が誘ってくれなかったら、多分一生わからなかったと思う、だから、俺もリュウド君を信頼させて欲しい」
「……」
「リュウド君は多分俺より、『タチバナ』が似合ってる。誰かが否定しても、俺が証明してくからさ。決勝……一緒にでない?」

 ジンは少しだけ照れくさそうにしていた。今まで従兄弟であっても連絡すらよこさず、こちらの誘いにも消極的だった彼が、今初めてリュウドを誘ったのだ。
 分家であり、その火の粉を避けたローズ家を守る気持ちもあったのだろう。巻き込みたくないと関わりを避けて来た彼は、ここに来てようやくリュウドの気持ちを汲もうとしているのだ。
 彼はジンを見つつ、返答に迷っているようにも見えた。しばらく黙っていたリュウドだが、一度目を瞑りもう一度見えた青の瞳は確かな炎が宿っている。

「…わかった。ジンさんがそう言ってくれるなら、やれるだけやってみる」
「……なんというかあまり力になれなくてごめん。明らかに俺より頑張ってるのにさ」
「ジンさんはそういう人だっていうのは分かってたし、今回は俺がそうしたかったってだけなんだ。それに自分で言ったことを投げ出すのはカッコ悪いしね」
「俺は悪いことだとは思わないけど……」
「ううん。俺らしくなかった。でもこれだけは言えるよ」
「?」
「俺も、殿下の助けになりたかったんだ。『タチバナ』だから」

 ふと特殊親衛隊のメンバーを思い出しジンはハッとした。リュウドは特殊親衛隊の本当に最初からいる「タチバナ」だったからだ。
 王妃はおそらく「ジンの代わり」として連れて来たのにキリヤナギは、リュウドへ頼ろうとはしなかった。

「殿下、リュウド君は嫌いじゃなさそうだけど」
「それはわかってるって」
「お二方、そろそろタクシー呼ばないと間に合いませんよ!」 

 雑談の時間などなかった。
 ジンは、シズルとの交代の手続きを済ませ、大急ぎで移動手段を手配する。そして乗り込む手前、見送りに来た彼と向き直った。

「シズルさん、ありがとうございました」
「いえ、本来の形に戻ってよかったです。カレンデュラ騎士団は、おそらく2回戦までとは格が違う。健闘を祈ります」

 握手をした2人は、自動車へと乗り込み第一演習場へと向かう。
 その道中で見るカレンデュラ騎士団の実力はまさに圧倒的なもので、2人は言葉に詰まっていた。

「勝てるかな……」
「1人だと無理かもしれない、でも2人なら……」

 リュウドは驚き嬉しくなっていた。聞いていないのに異能の解説をはじめるのも「らしい」と思ってしまう。

「最悪負けても、俺がーー」
「ううん、もう大丈夫、負けない。それにジンさんが弱くないってわかったら安心したし」
「どう言う……」
「『タチバナ』をどうにかしたいって言っただろ。あれ、ジンさんの事でもあったんだ」
「ま、まじ?」
「うん、だから何かあったら言ってほしい。ジンさん意外と繊細だし」
「そんなことーー」
「はは、やっぱり当たってる」

 ジンは、返す言葉がなかった。思えばキリヤナギにも指摘されてていて情け無くも思う。しかし味方になると言う彼の意思はこの上なく頼もしく、ジンは顔に出さないよう感情を必死になって抑えていた。

 懸念していた車道の混みはなく、二人を乗せたタクシーは、開始10分前に演習場へと辿り着く。
 入り口で待っていた運営部に誘導されたジンとリュウドは、大将のセシルに笑顔で迎えられた。

「間に合ってよかった」
「セシル隊長、ジン・タチバナ。戻りました」
「リュウド・ローズもここへ!」
「リュウド君は吹っ切れたね。安心したよ」
「おふたりとも、早くグループ通信へ、もう始まってしまうので!」
「……」

 グランジも安心した様子でこちらを見ている。ジンはグランジの戦績をみて引いていた。

「みんな強いおかげで、私の仕事は殆どないね」
「僕ら情け無いと言うか、底力があるってこういう事なんですねー」
「そういうセスナさんも反則なとこあるんですけど……」

 ジンは、セスナがギフテッドと聞いて納得はしたが、その精度の高さは驚くべきもので、脅威だとも思えるからだ。
 人は、敵に気づかれないように気配を殺すことは可能だが、心の声を消すことはできないからだ。認識されている前提はあったとしてもそれはあまりにも範囲が広すぎる。

「ま、私は君たちほど強くないから、応援しておくね」
「セシル隊長の強さはそこではないと思うですが……」

 確かにジンは、決勝に来てもセシルの戦いは見たことがなかった。夏のバレーでハメ方はうまそうな印象を得ていたが、実際の戦闘でそれが生かされているのをみたことがない。

「私は、どちらかと言えば限られたカードで戦うのが好きなんだよ」
「限られた?」
「ゲームの初期のキャラクターに拘ってどこまでいけるかとかですね」
「ゲームはあまりしないけど、実力最下位の子がいたら、どうしたら勝てるようになるのか、とかね」
「それってある意味その辺の指揮官よりすごい?」
「まさか、圧倒的な実力差は埋まらないから、滅多に結果はでないよ。でも時々成功すると最高に楽しいんだよね」
「へぇー」
「そうやって騎士団の問題児ばっかり拾い上げてたら、今のストレリチア隊ができたんですよねー」
「おや、セスナの自己紹介かな?」

 セスナはショックを受けていた。しばらく消沈していた彼だが突然「あ」と顔を上げる。

「カレンデュラ騎士団の方に認識されてるみたいです。よかったー」
「そうか。とりあえず第一関門突破だね」
「一斉に認識されたので、多分チェックされてるのかもしれません。やっぱり東側は真面目だなー」

 戦闘の前に相手がどんな騎士か把握するのは、確かに真面目である程やるだろう。セスナの場合、歓迎会で顔も割れていて認識しやすいのも大きい。

「うーん。4名は結構はっきり聞こえますけど、1名は読みにくいですね。あまり僕には興味をお持ちでなさそう……」
「そこまでわかるんですね」
「聞こえにくいってだけですけどねー」

 カレンデュラ騎士団の「王の力」は、【服従】、【千里眼】、【身体強化】、【未来視】、【読心】だ。5名のチームで「タチバナ対策」の騎士がいない。強気のチームでもある。
 両チームの準備完了を確認し、皆が配置へとついてゆく。

 カレンデュラ騎士団もまた、副長イリス・カレイドが作成したチームリストを参照し相手の「王の力」の考察に入っていた。

「普通に考えたら大将が【服従】だけど、『タチバナ』が2人いるのね……」
「え、能力幾つでしたっけ?」
「重複なしの四つ? 【服従】、【読心】、【未来視】、【身体強化】ね。【未来視】は、この個人戦二位のグランジ・シャープブルームで確定。眼帯男ね。『タチバナ』は……」
「なんでも良いよ。全員僕が倒せばそれで済むんだし」
「フューリ! イリスさんがせっかく調べてくれたのに……」
「昂るのは分かるが、一応聞いておかないか? 情報もまた武器だぞ」
「決勝なら本気を出して良いって言ったのは隊長だろ。そんなの必要ないよ」

 赤髪の少年は、まるでそっぽを向くように配置へとついてゆく。カレンデュラ騎士団の隊長。ガイア・クローバーは、齢16歳のフュリクス・クレマチスの態度に溜息をついた
 戦いにおける類まれなる才能を見せる彼は、決勝までの戦績に右に出るものは居ない。まさに一騎当千の強さを持つが、その強さ故に横暴な態度をとりがちでもある。

「フュリクスはそれでいいかもしんないけど、ウチら把握しないとやってけないんで勝手にして」
「オリヴィアさん。すいません、うちの弟が」
「カミュは頑張ってるから、悪いのはアイツ」
「なら勝手に頑張ってれば? どっちにしろ僕が全員倒すんだし」
「アンタ一回灸据えられてこいや!!」
「オリヴィアさん! ごめんなさいごめんなさい」

 カミュの謝罪にオリヴィアは踵返していた。一回戦からこの調子で、隊長のガイア・クローバーは呆れてしまう。しかしこのフュリクスがこのチームでも頭ひとつ抜けた強さを持っていたのはまごうとなき事実で、自分達を優勝へ導こうとしているのは否定できない。
 トラブルが絶えないカレンデュラが育てた金の卵は、自分へ与えられた「王の力」へを抑止する存在へ興味が湧き、ここまで来た。

「『タチバナ』なんかにも、負けないし」
「もー、首都にきてからそればっかり、少しはチームの事考えなさい!」
「考えてるよ。それより変に前に出てやられないでよね」

 しれっと言い退けるフュリクスに、カミュは言い返す気もなくなっていた。
 ふと空を見ると撮影機器が飛んでくる。カミュは王子が見ていることを思いだし、手を振っていた。

「『タチバナ』のどちらかは『王の力』を持ってるから、ヤバそうなら引くのよ」
「だからなんだって言うのさ? 危ないと思ったらそっちこそ退きなよ」
「やっぱり一回まけてこいやぁ!!」
「オリヴィアさん! ごめんなさいー!!」

 フュリクスが前を向くと第一演習場へ配置完了のアナウンスが鳴り響く。
 開始の音を待つ四名へ、ガイアは大きく述べた。

「まぁいい、決勝だ、行ってこい」
「了解!」
「あー! 待ちなさい、フューリ!!」
「だめだこりゃ……」

 演習場へ響き渡る開始音と共に、フュリクスとカミュは演習場へと飛び出してゆく。

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