第三十六話:騎士たちの安息

 日が暮れゆくオウカの国にて始まった表彰式は、金のトロフィーとメダルが輝き優勝者を讃えていた。
 メンバーが変わってもなお優勝をおさめた宮廷騎士団は、今季もその圧倒的強さを見せつけ、自分達の価値が不動なものであると証明する

 拍手が起こり、王の挨拶が響く閉会式を、シズルもまた警備の休憩の合間に眺めていた。
 代理でわずかに参加したことで、シズルはセシルから表彰式への参加も打診されたが、シズルにとっての参加は自分のためのものではなかったために断り、誰もいない休憩室で映像を眺める。

「表彰式にでないのかい?」

 思わずコーヒーをむせかけ、シズルは即座に立ち上がった。聞き覚えのある声は、青の騎士服を羽織る副隊長。セドリック・マグノリアだ。
 何を口にしていいか分からず、しばらく黙ったシズルだが、気づかれないよう深呼吸をして口を開く。

「私は、彼らの味方になりたかっただけですので……」
「そうか、貴殿はどうやら私の思う以上に陛下寄りの人間なようだ」
「……! 当然です。この国においてオウカ家こそ、象徴であり国の柱でもある」
「はは、立派だね。まぁいい、貴殿の忠誠心は理解したよ。今回は私の完敗だ」
「それはどう言う意味でしょうか?」
「その志が、果たしてどの程度なのか計りかねていたが、現在の状況下において、あえて『タチバナ』の味方をするのは、なかなかできることではない、評価しよう」
「なら先日のお話は、一体どのような意図で?」
「私は『タチバナ』が嫌いでね。彼らこそ2年前の悲劇を起こしたと考えている。王子殿下へ我が隊への不満を増長させ、本来の意図とは違った印象を植え付けた主犯だ」
「そのような事実はーー」
「誰も言及はしないよ。しかし、事実だけを話すならその当時の責任の全てはクラーク・ミレット閣下が引き受けた。それだけだ」
「……!」
「何があったか、全てを知る者もいないだろう。王子殿下すらも記憶が曖昧だとも聞いている。よって今更言及は控えるが、あの時の妃殿下の判断は不当であったと私は考えている」
「しかし結果的に、殿下は……」
「はは。結果論としては良くはなられているね。でも倒れられる前、僅かに改善を見せておられたのを君は知らないだろう?」
「……それは」
「我々も努力はしたんだよ。だが『タチバナ』は、それを壊した。ストレリチアはそれを放任し今がある……。まぁ、所詮は結果論だ。私のこんな個人的な感情に貴殿を巻き込んだことは申し訳ないと思っているよ」
「……」
「悪かった。シラユキ閣下には私から話をつけておこう」

 シズルは違和感が拭えなかった。セドリック・マグノリアの謝罪は誠実なものではあるが、これによって一つの矛盾が発生するからだ。

「副隊長閣下、差し出がましく存じますが、この度の私への態度は、他の騎士にも行われているのでしょうか?」
「いや、篩にはかけることはあるが、今回は貴殿の『タチバナ』へのあからさまな態度が気に入らなかった、それだけさ」
「篩、ですか?」
「聞きたいかい?」

 シズルは、首を振って拒否した。
 その上で、シズルは自身の思う考察とは全く違う結論であったことに言葉がでなくなる。
 セドリックの言動からは、『タチバナ』を嫌いながらも、『タチバナ』を陥れようとする意図は感じられなかったからだ。
  
「何か思うところがあるかい?」
「マグノリア副隊長閣下、立て続けの質問となってしまうのですが、今回の騎士大会で『タチバナ』の禁止をご提案されたのはーー」
「それは私だよ」
「……閣下」
「だって、コンセプトに合わないじゃないか。この結果になるのも目に見えていたしね」
「……」

 笑いながら話すセドリックに、シズルは何を話せばいいかわからない。しかし、確かにメディアでは、閉会式の様子が中継されており宮廷騎士団連覇の見出しが出ている。
 もしセドリックが、この結果を見越して禁止しようとしていたと言うのなら、少なくとも彼は『タチバナ』の実力を認めて居ると言う事になる。

「白状するなら『タチバナ』を抜いたストレリチア隊の実力を殿下に見てもらいたかったんだが、……シラユキ閣下が、翻した私の意見に賛同するのは想定外だった。彼こそ『タチバナ』を否定し、アカツキ殿へ参加しないよう話をつけていたから……」
「コトブキが、ですか……」
「そうだね。でも貴殿は、実父にあのような態度をとられながらも、騎士大会へ参加し、彼らを決勝へ導いた。しかもこの異能の祭典で【無能力】だろう? 負けるならまだしも、勝つのは相当の覚悟がいったはずだ。ここまでやられたら、流石の私も申し訳なくなってしまったよ」
「……」

 シズルはセドリックの心からの謝罪に安堵を得ていた。
 過去の王妃の判断により、下された元親衛隊のセドリックは、それを不当としてこの騎士大会にて宮廷を優勝に導く「タチバナ」を外し、ストレリチア隊の実力を公にしようとしたのだろう。しかし、その計画はコトブキの誠実さによって失敗し達成される事はなかった。

「この騎士大会の結果を持って、もう一度殿下の親衛隊へ戻れるとも考えていたが、生憎殿下を折らせる理由もなくなってしまった。ここは素直に身を引こう」
「……!」
「引き続き、我が隊と殿下との信頼の再構築を頼む。シズル・シラユキ卿」
「……はい。私は現状に甘えずこれからも誠心誠意。王子殿下へ仕えることを誓います」
「期待している」

 シズルは、これ以上聞くべきか悩んでいた。セドリックはしばらくこちらをみて居たが、その目つきが変わったことで、シズルは思わず顔を上げる。

「なるほど。貴殿は思いの外、真理に近づいているようだ」
「閣下……?」

 セドリックの表情は穏やかでシズルは思わず安心するが、ふとモニターへ映ったセスナへはっとする。セドリック・マグノリアの「王の力」は【読心】だ。

「今ここでの言及は控えよう。貴殿は殿下の元でその勤めを果たせばいい。一つ警告するのなら……一般上がりには気をつけろ」
「……っ!」
「以上だ。間も無く殿下も戻られるだろう。私は失礼するね」

 セドリックは、ひらりと騎士服を靡かせ去っていった。残されたシズルは、誰もいない休憩室で再びモニターを静観する。

@

 騎士大会が終了し、王宮では騎士達を交えた夜会が開かれて居た。前回のシダレ王の誕生祭とは違い、今回は、王子が同世代を招待したことで、若い面々が広間で談笑を楽しんでいる。
 身分の違う騎士達は、己が使える令息や令嬢へ敬意を払いながら参加し、その日は無礼講として時間を共に過ごして居た。

「タイラー……」
「お、アレックス大将! どうでした? 俺強かった??」
「その前に挨拶をしろ!」
「おおぅ、王子殿下! ご機嫌麗しゅう……隣は、えーっと……」
「ミルトニア・クランリリーと申しますわ。クロウエア卿」
「しられてる?! すんません!」
「タイラー、強かったよ。僕びっくりして……」
「恐縮です!! いやー、クランリリー嬢。お美しい……!」

 扇子で口元を隠し小さく笑うミルトニアへ、タイラーは釘付けになっていた。王子へ見向きもしないタイラーへ、アレックスは苛立ちを隠せず足を踏みつける。

「んごっ!」
「貴様は座って静観しておけ!」
「せ、先輩……」
「欲望に素直なお方、嫌いではありませんよ」
「マジ??」

 タイラーは、もう一度アレックスに殴られ広間の隅へ連行されていった。とても賑やかな広間は礼装の騎士達が食事をし、ダンスを楽しんだりと皆が普段味わえない空気を最大限に楽しんでいる。
 つられて笑みをこぼす王子だが、ミルトニアと二人で輪に入りに行かずそれを眺めるだけだった。

「カレンデュラ嬢が居られなくて、とても残念ですわ」
「ミント……。ごめんね」
「ふふ、私もキリ様からあのように別れを告げられてはとても傷つきます。私はお側に置いていただけるだけで幸いですわ」

 ミルトニアの言葉は、とても暖かい言葉だが、キリヤナギは罪悪感が上回りとても受け入れる事が出来なかった。
 婚約者の最有力のミルトニアは、キリヤナギへの狂気的な好意はあるものの、その性格は感情を内側に溜めがちなキリヤナギの助けになるとも言われているからだ。
 キリヤナギがどんな感情を持とうとも彼女は全てを受け入れ、支え、その全てを愛せる女性であり、そこに迷いはない狂愛者だが、王室と言う複雑な立場の場合、これ以上支えることへ特化した女性はいないからだ。

「……ありがとう。君のその優しさに僕も答えさせてくれるかな?」
「はい、喜んで……」

 ミルトニアの手を取り、キリヤナギはダンスを踊る。騎士達も令嬢や令息へ誘われる空間は、穏やかなものだ。
 健闘を尽くした彼らへの賛美を贈る夜会で、キリヤナギはククリールの事を一旦は据え置き、彼らを賞賛したいと願う。

 ダンスを終え、キリヤナギがふと隅を見るとソファへ座り深刻な表情を見せる騎士達がいて思わず心配になってしまった。
 肩に赤い色がつくのは、サフィニア領の騎士だろう。耳を澄ませると少しずつ言葉がひろえてくる。

「腕相撲もやられ、本線でもボコボコにされて……」
「どうすんのこれ……」
「せめて一人でも倒せてれば団長にイキれたのに……」
「腕相撲はごめん……」
「カズラのせいじゃねぇよ……」

 大きなため息にキリヤナギは声をかけるのも躊躇われた。デバイスで戦績表を確認するとサフィニア騎士団は、カレンデュラ騎士団を一人も倒せずに初戦敗退しておりあの消沈ぶりも納得ができる。
 しかし、一人も倒せないと言うならローズマリー騎士団もそうで、こちらもハイドランジア騎士団にストレートに3人倒されて居たようだった。

「サフィニアさーん、そんな凹まないで下さい! 私達も同類ですよー!」
「うるせー! よってくんな西側ぁ!」
「うちの領地の料理めちゃくちゃうまいんで食べて食べてー!」
「このプリンとか、再現度高くてー!」
「いつもいつも西側はそうやってーー」
「隊長、もう諦めて開き直りましょ……」
「東側のプライドがぁ! 王者【服従】ってなんなんだよぉ!」
「まぁ、対策されやすいっすから……」

 キリヤナギは懐かしさを感じていた。
 思えば去年も、西側の最下位と東側の最下位で盛り上がっていたからだ。
 去年はたしか、クランリリーとウィスタリアで、キリヤナギはハルトと一緒に勇気づけた覚えがある。
 観察していたらローズマリー騎士団の彼らはサフィニア騎士団の彼らを宥め、ワインを注いだり煽ててもくれている。敗北を受け入れ楽しんでくれているのなら、思わず安心もしてしまった。

「はぁー……」
「まぁ、気を落とすなよ。ライト……」
「ハルト坊ちゃん……。俺、今年こそ宮廷に一泡吹かせてやりたかったのに……」

 懐かしく弱々しい声は、一年振りだ。
振り返った先にいたのはテーブルに項垂れて消沈する5人組と、先程広間にいたタクトとハルトに加え、ティア・ローズマリーも席を並べている。
 3人は、紫の色がついた肩章の5名を慰めているようにも見えた。

「ライト君だ。お疲れ様」
「殿下。ライト、挨拶」
「うっす、キリヤナギ殿下、お久しぶりです。ラインハイト・ネメシア! ここに!」
「大丈夫?」
「全然ダメだ」

 ラインハイトは両手を顔に当てて座り込んでしまう。悲壮感漂ようその様に、ティアは背中をさすっていた。

「去年に続いて二回戦敗退か、惜しかったね」
「今年は【未来視】の新しい力を開花させて自信満々でしたものね」
「殿下! 俺の【未来視】見てくれました!?」
「え”、一回戦なら……? 片目だよね?」
「う”っ」
「え?」
「それだけじゃないんだよな……」

 ラインハイトは、【未来視・高速再生】のことをキリヤナギへと話してくれた。ギフテッドとは違う新しい使い方に思わず絶句して驚いてしまう。

「すごくない??」
「【未来視】の効果拡大は、より先の未来を観測できることにあったが、未来を見る事に拘らず、より実践向きの方向で開花させたのはこいつが初めてだ」
「これがあれば宮廷の『タチバナ』にも対抗できると思ってたのに……」

 去年は準決勝で宮廷とウィスタリアが当たっていたらしいが、キリヤナギはあまり覚えておらず、あえてコメントはしなかった。
 皆の感想だけ聞いていると、去年アカツキ・タチバナは殆ど戦っておらず『タチバナ』らしきものは、殆ど確認されなかったらしい。
 だが元々『タチバナ』も武道としてはかなり地味で、他の騎士団としては使っていても判断がしにくいのも納得ができる。

「今年は使っていたのか? 『タチバナ』は」
「え、うん。多分」
「多分??」
「毎年曖昧なんだな」

 聞かれると言語化しにくい。
 『タチバナ』の決まった型は、あくまで「王の力」に対しての「基本対策」だからだ。
 それはこの大会の場合、元々ある異能の欠点を学んで運用する事になる為、当然のように皆、弱点を補う立ち回りをしてくる。よって『タチバナ』は、その「基本対策」を大前提とした、「対策の対策」を要求されている事から、一周回って『タチバナを使っている』とは断言し難い。

「使ってるというか、異能対策の【プロ】みたいな感じだから、【素人】にしか使ってるとは言い難いんだよね」
「【服従】効かないのにか?」
「それは、例外?」

 不明な点は多くあるが、冷静に考えると、去年までの大会に『タチバナ』があったのか、なかったのかという騎士達の話題は、そんな曖昧な武道を『武道』として認識できなかったのだろうと思うと納得もできる。
 各領地の騎士達とは違い、宮廷は日頃から当然のように能力者達の管理を行い、盗難があれば回収の為、戦うことも辞さない。それは「王の力」が神の末裔たるオウカ家の物であるため、宮廷は王に仕える騎士としてそれを守り、抑止力として存在しているのだ。
 しかし、宮廷そのものにその機能があるのなら、『タチバナ』である必要もなく複雑な気分にもなる。

「【服従】もうそうだが、宮廷は今年も無類の強さだったね。あのカレンデュラの猛進を抑え切るのは流石だよ」
「タクト様……」
「ライトはよくやった。また来年もあるから、訓練を頑張れ」
「はいっ、俺もっと強くなります!!」

 ラインハイトは、跪いた所をティアに撫でてもらっていた。
 先程のサフィニアと、ローズマリーの席を見るとクランリリー騎士団も参戦していて、思わず声をかけに行きたくなる。

「殿下。我騎士団はお気になさらず」
「ミント。良いの?」
「はい、殿下に心配をおかけする方が負担になる騎士達ですわ」
「そっか、わかった」
「殿下、お声掛けありがとうございます。我らローズマリー、ウィスタリア家はここにおりますので、お気になさらず」
「うん、じゃあまた後で」

 皆に見送られキリヤナギが、少し歩いてみようと広間を見渡すと、ちょうど目の前の豪華なテーブル席へ礼装の公爵が座った。
 キリヤナギが思わず速足で会いに行くのは、クロガネ・ハイドランジア。
 キリヤナギの叔父にあたる公爵だ。

「クロガネ叔父さん。久しぶり!」
「王子、息災か?」
「うん。前来てたみたいなのに、会えなくてごめんね」
「元気ならいい」
「騎士大会どうだった? 2回戦久しぶりだったよね?」
「あぁ、皆頑張ってくれた。夜会に全員連れてこれなかったがすまない……」
「大丈夫! 試合見れなかったけど、どうだったの?」
「エストルが頑張ってくれたさ、今年はガーデニアからきた騎士も参加してくれたので、助かった」
「ガーデニアから? 強そう」
「強かった。エストルと2人で圧勝だ」
「すごい! 叔父さんも戦った?」
「え”っ、いや、私は、指揮をしたぐらいだったな。2回戦の、ストレリチア卿の【服従】は強かった……」
「セシルと戦ったの? どうだった? 僕の騎士!」
「と、とても強かったな。話もできたし……」

 クロガネは、目の前に座るユズ・ビネガーにずっと睨まれて居た。また背中側には料理をよそうエストルが、訝しげにクロガネを見ている。

「た、大切に思える騎士ができたならよかった。またハイドランジアへ連れてくるといい」
「うん、行く!」
「待っている」

 クロガネは、乗り出してきた王子の肩を撫でて居た。和気藹々とまるで子供のように話す王子を、ミルトニアを含めた使用人達は久しぶりで、思わずため息が落ちてしまう。
 
「王子殿下、いつでも遊びに来てください。シルフィお嬢様も喜びます」
「ユズさん。ごめん。挨拶なくて」
「大丈夫です、大丈夫。顔見れて嬉しいです。心配してたので」

 王子は、思わず周りを確認していてユズは少し呆れてしまった。ヒイラギがいたら、おそらく注意されていたことだからだ。

「緊張してる?」
「ううん。今日は知り合いしかいなくて気楽、でもそろそろ母さんが見にくるかなって」
「隊長がきたら報告行ってそうですしね」
「ハイドランジア戦。機器トラブルで録画されてないってー、叔父さん後で聞きに行っていい?」
「いや、それは、私は指揮ばかりで、見れては居ないので、接敵した騎士に聞いた方がいい」
「叔父さんも戦ったんじゃ?」
「エストルが、前を引き受けてくれたからな……? ストレリチア卿の方がよくわかるはずだ」
「そうかな?」

 うなづいているクロガネは少し困っていた。言いたく無いのだろうかと勘繰るが、キリヤナギはクロガネが戦う所を見たことがなく尚更興味が湧いてしまう。
 ミルトニアは、追及しそうな王子と言葉に困るクロガネをみて察したのか、王子に向けて口を開いた。

「先程から【見て】いたのですが、宮廷騎士団の方々のお姿がみえませんね」
「え、いない?」
「バルコニーでしょうか?」

 広間を見渡すと確かに参加しているはずのジンやグランジ、リュウドが居ない。セシルとセスナは、優勝チームで雛壇に上がることから控え室だと推察するが、どこに行ったのだろう。

「こちらは気にせず、探してくるといい」
「叔父さん。ありがとう! また顔見せにくるね」

 王子が立ち去る様に、クロガネはホッと安堵していた。
 ミルトニアの話からバルコニーを見にゆこうとすると、柱の影になるテーブルへ座る数名の騎士がいる。

「フューリ、ケーキばっかり食べてないで、少しはおかずも……」
「うるさいな! 好きなだけ食べていいって言ったのは姉さんじゃん!」
「まぁまぁ、カミュ。今日くらい好きにさせたれ」

 フューリと呼ばれた彼は、先程決勝でジンを倒し、リュウドに負けた少年、フュリクスだった。彼は身体中に包帯をまかれ、不貞腐れた様子で甘味をかき込んでいる。
 しかし食器を持つ手がぎこちなく、痛みに耐えているようにも見えた。

 声をかけるか迷っていると、フュリクスが気づき、カミュ、そして隊長のガイアと目があった。
 キリヤナギが「こんばんは」と挨拶するとフュリクスは顔を顰めそっぽを向いてしまう。

「フューリー! 挨拶しなさい! 王子殿下ごめんなさい! うちの弟がーー」
「き、気にしないで、カミュもこんばんは。試合みてたよ。みんなとても強かった」
「お世辞は要らないし!」
「こらーー!」
「そんなつもりは無いんだけど……」
「はははっ、すいません。殿下、ちょっとばかし負けたのが久しぶりだったもんで、機嫌そこねてましてなぁ」

 フュリクスの身なりは、言葉通りぼろぼろだ。試合を見ている限りでは、そこまで怪我しているようにも見えなかったのに、相当無理したのがよく分かる。

「クローバー卿。フュリクスの怪我ってさっきの?」
「はい、無茶しすぎましてな。いやはや、まだ若いもんでーー」
「それ以上いわなくていいし!!」

 怪我に触れられたくないのは、騎士らしいとは思う。体を壊す事は、体が資本である騎士の理念からは遠のくことにほかならないからだ。
 真の強者は、戦い続けるためその体を大切に扱う。これはキリヤナギがアカツキから学んだ騎士の大前提の理念だ。

「フュリクス。君が戦ったジン・タチバナは、僕が最も評価する騎士の一人でもある。打ち倒したのは賞賛に値するよ」
「でも『タチバナ』に負けたし……」
「リュウドはそれ以上だったかもね」
「いやはや、流石は殿下の騎士。我らはこのフュリクスを筆頭にここまで勝ち上がって参りましたが、改めて格の違いを知らされました」
「二人を一人で倒した時点で、格は同等かそれ以上だよ。カレンデュラは難しい土地だけど安心して任せられる。それに、準優勝をおさめた騎士団がいるなら僕も堂々と宣伝ができるからね」
「光栄の極みです。殿下」
「余裕みせてるし……」
「誉れでしょ! 余計なこと言わないの!!」

 フュリクスはむすっと顔を顰めていた。

 ふとカーテンが開けられたバルコニーへと出ると、西側に金髪のリュウドがいる事に気づいた。奥にはグランジも居て駆け寄ろうとしたが、ジンが手すりに腕を乗せ顔を埋めており、キリヤナギは足を止める。

「殿下……?」
「後にする」
「はい。まだご挨拶が済んでおられない方々もおります」

 キリヤナギはもう一度。ミルトニアと共に広間へと戻っていった。

124

 ジンは、1人広間のバルコニーにいた。
 騎士たちの為に設けられた夜会だが、ジンは普段から警護ぐらいでしか歩いた事はなく、この雰囲気を楽しむという感覚がよくわからない。
 それは宮廷騎士の仕事上、広間で役目は警護であり、自然とスイッチが入って仕事モードになってしまうからだ。
 また見慣れない顔が多いと尚更警戒もしてしまうため、ジンは人気のない場所を探しバルコニーへと訪れた。
 夜のオウカ町の夜景が見えるバルコニーは、とても静かで落ち着き少しだけ沈んでいた気持ちも落ち着いてくる。

 広がる庭園は少しだけライトアップされていて、もう少し明るい方が騎士としては助かると無意味な感想を思っていた。
 ふと、後ろの気配へ振り返ると、カーテンの間からグランジが顔を出す。彼は両手にグラスを持ち、片方をジンの傍らへと置いてくれた。

「酒?」

 うんうんとうなづくグランジにジンは、顔を顰める。誘われるのはとても久しぶりで嬉しいがジンは酒は飲めない理由があった。

「俺、飲んだらやばいんですけど……」
「気にしなくていい……」

 彼なりの気遣いなのだろう。しかし、ジンは迷っていた。
 そもそも酒は苦手で弱く、飲むとしばらくは動けなくなるからだ。情けない所は見られたくなく、どうしても躊躇ってしまう。

「ジンさん! グランジさんもここに居たんだ」

 さらに後ろからリュウドも顔を出した。
 彼の手にもグラスがあり、ジンを囲うように手すりへ肘をかける。

「リュウド君……意外と飲むんだ?」
「この前20歳になって、少しずつかな? まだ甘いやつしかのんでないけどね」
「結構酔う?」
「実はまだよくわかんなくて……ジンさんは?」
「得意じゃ、ないかなぁ……」

 苦手だと素直に口にできない。理由はわかっている。きっとこれは「悔しさ」だ。
 自分より年下の騎士に及ばなかったことが心へと引っかかり、自分の中でどう処理をすればいいかわからない、
 らしくはないと深呼吸してもう一度庭園をぼーっとみていたら、グランジがカラカラと氷の入ったグラスを揺らす。

「飲まないの?」
「あんまり好きじゃないというか」
「グランジさん見てると、そういう雰囲気にはみえないけど?」
「……」

 その通りでジンは何も言い返せなかった。たしかに、苦手で弱いが嫌いでは無いからだ。そもそも好き嫌いを決めるほどの回数を飲んでおらず、以前試したのは20歳になった際、グランジとセオの前で初めて飲んだ時だろう。
 ジンはその時の記憶がなく、二人には人前では飲まない方がいいとアドバイスされて居た。

「変な酔い方して、迷惑かけそうだし」
「そうなんだ? 逆に気になるじゃん」
「なんで……」
「信頼してたら当たり前だよ」

 そういうものなのだろうかとジンは腑に落ちなかったが、キリヤナギならどんな酔い方をするのだろうと思うと少しだけ興味が湧いた。

「何かあっても俺らでどうにかするしさ」

 年下にフォローさせるのも申し訳ないが、グランジも頷いて居てジンはようやく諦めがついた。
 少しだけ匂いを嗅ぎ、口に含むと甘くジュースのように飲みやすい。好みのチョイスは流石だが、喉を通すと焼けるような熱が落ちてゆき懐かしさも得た。
 体が軽くなるような熱は、締め付けるような心の感覚をほぐし、痛みを抑えてくれるが、押さえて居たはずの感情が湯水のように吹き出し、ジンは思わず両腕に顔を埋めた。
 転落防止のためバルコニーの手すりは小さなテーブルぐらいの幅はある。
 リュウドは驚き、ただ背中を摩るグランジをみていた。
 後ろの広間では、音楽が流れ少しだけ賑やかになり、王子の挨拶からセシルとセスナの声も聞こえてくる。
 騒がしくなる広間の裏で、自身の実力不足と悔しさに向き合う騎士は、信頼を得た仲間に囲まれて再起するのだった。

@

 そんな騎士大会の夜を過ごした人々は、日付が変わる前に解散し各々の居場所へと戻ってゆく。
 特殊親衛隊の彼らは、少しだけ広間の片付けを手伝い、先に戻った王子の居室へと向かっていた。

 王子のリビングへノックから入ると、待ち構えて居たのかラグドールがクラッカーをかまえており、ヒナギクと一緒にそれを引いてくれる。

「優勝おめでとうございまーす! お疲れ様です!」
「セシル隊長流石でした」
「ラグにヒナギクさん! これは一体……!」
「みんな頑張ってくれたから、改めてお祝いしたくて」

 後ろにはキリヤナギも五名を拍手で迎える。テーブルには小さめのケーキと簡単な惣菜もあって雰囲気は小規模なパーティーだった。

「ささやかですが、私達からもお祝いを」
「これは嬉しいね」
「隊長とセスナさんは、夜会で食べなかったんですか?」
「実は時間できた頃にはお料理が殆どなくなってて、……ジンさん達は? 見かけませんでしたけど……」
「実は俺たちもバルコニーでお酒ぐらいしかのんでなかったかな。ジンさん回りすぎてそれどころじゃなかったと言うか」
「リュウド君……」
「おや、ジンは意外とお酒に弱いの?」
「と、得意じゃなくて……」
「隊長、ジンは人前で飲んじゃいけないタイプですよ」

 へぇー、とキリヤナギは不思議そうに見て居た。グランジは皆の後ろで小さめのトロフィーをもっていて、明日から事務所へと飾ると言う。

「そういえば、シズルは? 表彰式にも居なかったよね?」
「声はかけたのですが、断られてしまいました。しかし、一応メダルは頂いたので後日にでも渡そうかと」
「年末に休みを取られている可能性もありますし、早めにお渡ししなければなりませんね」
「シズルさん、ハイドランジア戦で勝ったってきいたけど映像で見れないのが本当残念で……」
「リュウドも? 僕も聞いた時嬉しくて、夜会楽しみにしてたんだけど、いなかったし」
「彼なりの配慮なのでしょう」

 ラグドールはセスナへ飲料を注ぎ、ヒナギクも一緒になってケーキを楽しんでいる。グランジもリュウドも惣菜を分け合い、セシルですらもノンアルコール飲料へ口をつける中、ジンは一人テーブルの片隅で、一人疲れた表情を見せて居た。
 グランジが気を使い皿へジンの好きなものばかり置いているのは、わかりやすいと思う。
 給仕をしていたセオは、そんな少しだけ調子を崩しているジンをみて一人キッチンへと戻った。

 セスナは、その様子を見てテレビを付け、セオがミキサーを使う音を掻き消す。

「結構遅めのニュースですけど、騎士大会やってますねー。僕映ってるかな?」
「カレンデュラ騎士団のフュリクス君の戦績が記録的だったから、そっちじゃないかな?」
「僕ら優勝したのに……」
「お兄様の戦績はどうだったのですか?」
「僕? 僕はえーっとぉ……」
「ラグドール、セスナの強さはそこじゃないんだよ」
「さっすが隊長、分かっていただけて嬉しいですー!」
「戦績は0ですね、セスナちゃんらしいです」

 ヒナギクにバラされ、セスナは両手で顔を覆って居た。リュウドが笑いながらフォローをいれていて、和気藹々とした雰囲気が続いている。
 賑やかなリビングで、ぼーっと積まれた惣菜を口にするジンは、ニュースへ流れるカレンデュラ騎士団とウィスタリア騎士団の戦いを見て居た。

「ジン」

 ふと、セオがサーバーにグラスを持ちそっと傍らへおいてくれる。黄色いそれは果物をすりつぶしたフルーツジュースだ。

「今回はよく頑張ったんじゃない?」
「え、そう?」
「見直した」

 フルーツジュースは、ジンの好物だった。自動車免許の時から騎士大会を通して、自分の性格の欠点を改善しようとして居たのは、セオとグランジにも分かり、シズルと言う外部の彼を理解しようと努力もしていたからだ。
 そんな彼が、今回の決勝で久しぶりの敗北を経験したのなら、周りはそれを支えない訳には行かない。

「な、何を……」
「これからも、頑張って」

 セオはジンの隣に座り、自分で飲料を注いでいた。
 困惑しているジンへ、セスナがテレビを見て口を挟む。

「ジンさん。ウィスタリアのあの騎士さん? 異能最後まで分からなかったんですけどーー」
「……あれは、多分【読心】かな?」
「僕と同じ?」
「多分? 【読心】って上手い人は、隠すために基本どんな時も表情を崩さないから顔が堅くなりがちなんでーー」
「はは、流石だね」
「こう言うのなんだっけ? 【オタク】? 異能オタクかな?」
「殿下……」
「勝手に語るのはいつも通りで安心するよ」

 しれっと言い放つセオに、ジンは何も言い返せなかった。その後もセシルやグランジから、ハイドランジア戦のことを語られ、久しぶりに揃った八名は王子と共に夜を過ごす。

125

 次の日の平日は、参加した騎士達の振り替え休日が取られ、王宮には久しぶりに静かな日常を迎えて居た。

『めちゃくちゃ疲れた』
「お疲れ様、ヴァル」
『使用人ってバイト代高くてちょっと憧れてだけどさ、やってみたらなんか相応っつーかストレスやべー』

 穏やかな朝を過ごした王子は、このに連絡をよこしたヴァルサスの通信に応えて居た。
 昨晩夜会を終えて、マグノリアの別宅へ戻ったヴァルサスは、アレックスに相応の報酬を支払われたものの、過労で帰路のバスで爆睡してしまい、終点まで降り過ごしてしまったと言う。

「時間的に終バスだよね? どうやって帰ったの?」
『父さんが車できてくれてさ……褒めてくれたけど、帰って気がついたら朝だったわ。騎士大会見れたのは確かに良かったけど、思ってたのとちがってもういいかなって』
「僕は嬉しかったけど……」
『王子よくやれてんな、尊敬するわ』

 キリヤナギからすれば恒例行事で慣れたものだが、騎士大会は公爵などキリヤナギが気を使うべき上流階級が来ないことが大きい。
 それはあくまで騎士の大会であり、キリヤナギは、言わば「友達を誘って見ているだけ」だからだ。

『公爵居なかったんだな』
「一人居たけど、僕の叔父さんだし? 昔からお小遣いとかくれてさ、優しいんだよね」
『なんかそのまんまだな……』

 ヴァルサスのイメージ通りの叔父で逆にギャップを感じてしまう。

『貴族って小遣い多いの?』
「え、うーん。おやつ買えるぐらい? シルフィと駄菓子屋さんいったりとかして」
『少なくね??』
「僕、現金そんな持った事なかったから嬉しくて、おかげでこっそり遊びにいけたからさ」
『ふ、ふーん』

 ヴァルサスが困惑していた。
 少し返事に困って居てどうしようかと思っていると、彼は話題を変えてくれる。

『そういや、姫の事、アレックスに色々聞いたけどさ、なんか悪かったな』
「え、」
『王子なりにめちゃくちゃ悩むのもわかったわ。無責任で申し訳なかった……』
「ううん、ククは、僕も努力できなかったからさ……でも、しばらくは会えないかなって」
『そっか。年末も何かあるのか?』
「うん、年越しにまた儀式あるんだよね。それ以降かな……。だけど、僕来年度からカレンデュラの広報やるから、そこで会えそうだけど……」

 来年度は4月から始まる。
 今から数えると残り5ヶ月もあり、4月以降は大学も始まるため、編入したククリールは戻ってはこれなくなる。

『長いな……』
「うん。でも僕なりに考えてみるよ」
『あんまり考え込むなよ。それじゃ、アレックスの宿題あるしまた連絡する』
「またね」

 宿題とはなんだろうと、キリヤナギは気になりながらも通信を切る。
 通信リストには、やはりどう探してもククリールの名はならく、あるのは最後のメッセージログだ。
 編入を済ませたのなら大学ではもう会えず寂しさが募ってしまうが、立場上、今すぐにカレンデュラへ行くことも難しい。
 ここ最近ようやく首都から出られるようになったばかりなのに、敵国に近いカレンデュラへは行けるとも思えないからだ。

 キリヤナギはその日も一度考えるのはやめて、自室から出てゆく。ジンとグランジが休みのその日は、リビングに誰もおらず、キリヤナギは事務所へと足を運んだ。
 セオがいるだろうかとノックしても返事がなく、鍵が空いているのは少し外しているだけなのだろう。
 一応机で寝て居ないか見にゆくと、応接テーブルの上に、珍しく雑誌が置かれている。
 ページの隅が折られていて、そこを開いた時、キリヤナギは驚いた。発行日は騎士大会の当日で、ため息すら落ちてしまう。

「……殿下」
「……」

 セオは、事務所の足りない物を補充して居たようだった。
 王子の婚約を断ったと言う記事は、写真もなく文面だけだが、書いてある事はほぼ真実でもある。

「これ、知ってた?」
「いいえ。私も今朝渡されたものです。掲載への問い合わせはきておりましたが、返答はして居ないと、陛下より」
「そっか……」

 父はキリヤナギの失恋を公にしたくないと気を遣ってくれたのだろう。王宮のコメントは差し控えられると書かれ、事実は噂のみでしか語られて居ない。

「ククリール嬢のドタキャンは、カレンデュラ公爵閣下の配慮でしょう。責める事はできません」
「うん……」

 穏便に済んだのだろうと、キリヤナギは窓の外を仰ぐ。

「僕は、見られてたのがそれなりにショック……」
「我々も迂闊でした。申し訳ございません」

 セオは悪くはないとキリヤナギは、首を振って居た。誰も悪くはない。理想とした時間が終わり、現実が顔を出したのだとキリヤナギは自分へと言い聞かせていた。

 そして午後に着替えたキリヤナギは、リビングで1人とある人物が現れるのを待つ。
 外はいい天気だが、空気は冷え夕方には雪が予想されていて、時期は本格的に冬の気候になっている。残念だが、今日は屋内でのティータイムでもあった。

「殿下。ご招待に預かり光栄です。シズル・シラユキ。ここへ参りました」
「こんにちは、きてくれてありがとう」

 キリヤナギはシズルを、午後のティータイムで招いていた。
 騎士をこうして招くのは一年程前のセシル以来で、懐かしくも思う。

「ジンのこと、ありがとう」
「恐縮です」
「酷いことも言ってしまったと思う。ごめんね」
「殿下……」
「疑う余地なんてなかったのに、申し訳なかったなって」
「いえ、ジンさんを見ておられるなら、それは仕方のない事でしょう。私はこれからも行動でこそ、忠義を示してゆきます」
「お父さんは……大丈夫?」
「コトブキとは、確かに道を違えておりますが、私は私であり、コトブキの意思は別でしょう」
「シズルって結構自分の道を走るんだ?」
「え、は、はい」
「意外と頑固?」
「は、よ、よく言われます」

 へぇーとキリヤナギは、少し感心してしまった。この頑固さは彼を思い出すからだ。

「ミレット卿っぽい」
「はい??」

 キリヤナギは、クラーク・ミレットが苦手だったが、彼はシダレ・オウカにはシズルのようにそれなりに柔軟だったからだ。
 シダレ王のなんとしても王子を守りたいと言う意思に沿うため、あらゆる努力をしてきたの知っているが、当時はどれも気に入らずひたすら反発していた。

「でもシズルなら、大丈夫な気がする」
「あ、ありがとうございます」
「僕の親衛隊にならない?」
「え……」

 シズルは、意表をつかれたような表情をして居た。
 特殊親衛隊は「隊」とされながらも、皆が別の騎士隊へ所属しており、正確には「班」の分類となるが、おおむね十名前後で組むため12人ぐらいまではキリヤナギの権限で増員が可能だからだ。
 セシルを含め8名の親衛隊へ、シズルが加われば、これからは9名での活動となる。

 シズルの見る王子の目は、不思議そうに首を傾げ返答を伺っている。今ここで返答をできるかと考えだが、シズルはふとセドリックの言葉がよぎった。

「殿下」
「どうかな?」
「そのお誘いは大変嬉しく思うのですが、生憎私は『推しは遠くから眺めるもの』と決めておりまして」
「え??」
「申し訳ございませんが、これからもどうかこのままで」
「え? え?」

 意味がわからないと言う表情に、シズルは頭を下げる。落ち着いてきたキリヤナギは、ようやく断られた事を理解して吐息した。

「そっか、分かった。じゃあ今まで通りでいいかな?」
「それは恐縮です。是非何なりと」

 その後は、シズルからハイドランジア戦のことを聞いていた。束の間のティータイムを終えてシズルと別れたキリヤナギは、セオしか居ないのを見て思わずため息をつく。

「僕の何がダメなんだろう……」
「お話を伺った限りでは、ベクトルが違いそうでしたが……」

 そもそも騎士から信頼されて居ないのは理解していたが、シズルに断られたのは少しショックだった。しかし『推しは遠くから眺める』と言う言葉の意味は、あながち悪い意味では無さそうで、複雑にもなる。

「欲とかないのかな?」
「シズルさんに求めるものではないのでは? しかし、私も確かに意外でした。お断りされる理由も無さそうでしたので」

 何があるのだろうかと、勘繰ってしまうが、彼は確かに理由を名言したのだ。真意を確かめに行っても、きっとそれしか話してくれないだろう。

「ジンなら知ってるかな?」
「ジンは本日休みで出かけてましたが……」

 徐に自室に入ろうとすると、確かに鍵がかかって居た。夜にも戻るのだろうかと、キリヤナギは一旦諦め、その日は自室へと戻る。

@

 久しぶりの休日にジンは、一人私服で街を歩いて居た。普段あまり出かけず部屋でゲームばかりしているジンだが、今日は以前よく足を運んでいた場所へと向かう。
 さまざまな筐体が並ぶそこは、首都でもかなり大きなゲームセンターだった。
 筐体の付近にはランキングがあり1位から順に200位ぐらいまでが表示されている。
 アークヴィーチェ管轄の頃は、良く訪れ格闘ゲームでは一桁代にいたのに、今見るとランク外になっていてジンは気合いをいれた。
 久しぶりに頭を切り替え、筐体に小銭をいれて全力で遊ぶ。初めは負けが続いたが遊んでいると徐々に勘が戻り、勝ちが増えて乱入にも勝ててゆく。
 ワンコインの最大回数を遊びそれを繰り返していたら、後ろへギャラリーが増えてきて居た。

 実戦とは違い、ゲームは次の行動の選択肢が限られ読みやすい。また人には癖が存在し、読み違えなければ負ける事はない。

「なんか賑やかだとおもったら、ジンさんきてんじゃん」

 ジンは、その声を無視し対戦に集中していた。少し骨のある相手でよく見えていると思い対処をしていたら、僅差でこちらが上を取って勝つ。
 話しかけてきたのは、髪を一つにまとめる男性。彼は黒いジャケットを羽織り、いかにもゲームセンターに居そうな若者だ。

「なんか用? つーか誰?」
「覚えてねぇの? タクミだよ」
「ぁー、なんか居たわ」
「騎士大会みたぜ」
「ふーん、帰る」
「おいおい」

 店を出ようとするジンをタクミは、腕を掴んで止める。近場の休憩スペースには引き摺り込まれ座らされた。
 彼は、ジンがこのゲームセンターへよく遊びにきていた頃、意味もなくつるんでいた悪友のひとりでもある。

「本場の宮廷騎士さんがこんな所きていいの?」
「来ちゃ悪い?」
「別に? 前散々相手にならねぇって言って、もう来ないのかと思ってた」

 そんなこともあったと、ジンは今年の春の出来事を思い出していた。去年から暇を持て余して居た時、休日にグランジとよくここへ足を運んでいたからだ。
 二人でランキングを塗り替えて居たら、いつの間にか話題になっていたらしくこうして時々声をかけられ、タクミとはそれからだ。

「グランジさんは?」
「今日は俺だけ」
「ふーん。ジンさん、春の公式戦にも来なかったじゃん。俺健闘したんだぜ?」
「へぇー、何位?」
「10位」
「雑魚じゃん」
「うるせぇ」

 少し懐かしかった。集まりかけた人だかりは席を離れたことで散会し、ジンは自販機で飲料を買う。

「来ないって言ってたのにきたのはどう言う風の吹き回し?」
「来ちゃ悪い?」
「またそうやって質問でかえしてさぁ」

 彼に話したくはない。
 しかし、確かに理由はあるのだ。
 フュリクスに負けて以降、自分の勘が正しいか分からなくなっている。人を信頼したいと願い、それは確かに実を成したが、思っていた結果が出て来ず為に、これでいいのだろうかと疑いをもってしまったのだ。

 これは戦闘において、どの判断が正しいのかと言う判断に迷いがでることになる。行動が遅くなるのはリスクだと考えると、それを取り戻すためまず訓練をしたいと思いここへ来た。
 格闘ゲームは、観たものからどう行動するかという選択肢が極限まで減らされていて、ちょうどいい。

「ジンさんなら優勝できたのに……」
「グランジさんに勝てねぇよ」

 しかし、ここの対人戦ではやはり相手にはならなかった。決まった強い型が流行り、そこにうまくハマらせるため、皆が同じ手を使ってくるからだ。
 打点の少ないキャラクターを使うと、必然と皆そこを狙って勝ちにくる為、読みやすい。
 逆に打点の多いキャラクターを使うと、どこを狙うか個性がでてくるが、こちらもやはり偏る。ゲームの仕様上決まった動きしかできないのはそうだが、今のジンにはこの訓練がいいと言い聞かせていた。

「みんな同じキャラばっか……」
「つよいんですもん」

 ゲームとしては、手軽に楽しめる事こそが真理だ。幅広いユーザーむけに、強く使いやすいキャラクターをデザインするのは定番で、それ以上は趣味となる。
 楽しませるために作られたものが殺伐としているのは、作った彼らも望まないだろう。

 飲料の空き缶をボックスへ投げ込み、ジンが階段を見上げると、上から降りてくる二人組がいた。
 一階のクレーンゲームブースから降りてきたのは、大きめのぬいぐるみを獲得した男性と、長身の男性2人だ。
 ジンも何かとっていけば、王子も喜ぶかと思っていると、すれ違い様に目があってフリーズする。長身の彼は眼帯をしていて、見慣れているからだ。

「ジンだ!」
「でんーー」

 見送ってくれたタクミが振り返り、ジンはキリヤナギの手を掴んで階段を駆け上がった。

「何してたの?」
「何でいるんすか!」
「え、20歳になったし、たまには夕方から出かけたいなっていったら、グランジが連れてきてくれて、この下何があるの?」

 グランジを見ると特に何も考えて無さそうで、ジンは呆れて居た。 
 返答を確認する間も無く降りてゆく王子へ2人は足早に続く。

「グランジさんじゃん」
「タクミ……」
「友達? キリです、こんばんは」
「覚えててくれた? どーも、キリさん。タクミです。王子みたいないい名前っすね」
「……」
「すごい賑やかだけど、これ何? 機械?」

 ゲーム筐体に、王子は興味深々だった。カードを使うものとかギターを持つものなどもあり、声が聞こえにくくなるほど音が響いている。

「なんか女子みたいにはしゃいでるけど、貴族さん?」
「わかる?」
「ゲーム筐体わからないとか、貴族さんぐらいだし」

 言いたくないなぁと、ジンは口を渋って居た。気がつくと王子はグランジに解説されて格闘ゲームの筐体に座っている。少しだけ楽しそうで思わず観察していたらグランジのプレイをみて若干引いていた。

「キリさん、あっちのゲーム簡単なんでよかったら解説しますよ」
「ほんと?!」
「タクミ、どう言うつもりだよ……」
「久しぶりにグランジさんとランキング塗り替えといて下さいよ、ここ最近上位の連中が弱い奴締め出し始めてて新規来なくなってるんで」
「そんなん……」
「タクミ、どのゲーム?」
「つれてきますねー」

 キリヤナギは、グランジから小銭財布を渡されて居た。少し不安にはなるが、グランジが乗り気で、ジンは呆れつつも筐体へと座る。
 敵は、上位と言うだけあって強かった。先程何度も乱入されて面倒になり切り上げたが、おそらくそれが狙いで続けて居たのだろう。久しぶりだと、ジンとグランジは、2人でどんどんランキングを塗り替えて行った。
 その間キリヤナギは、タクミに連れられコインゲームとか、音楽ゲームなども触れて様々なゲームを満喫する。そして、2時間ほど遊ぶとランキングは塗り替えられ、諦めたユーザーが席を経っていった。

「タクミ、ありがとう。楽しかった」
「キリさん上手くて俺もたのしかったです。よかったらID交換します?」
「僕でよかったら……!」

 ジンはヒヤヒヤしていたが、冷静になると王子のニックネームは「キリ」で、ほっと息をつく。

「俺、月曜日と金曜日の定時後によくここで遊んでるんで、また見かけたら声かけて下さい」
「うん、今度は友達もつれてくるね」
「光栄っすね」
「タクミ、助かったぜ」
「ジンさんが、俺に気を使うなんて珍しいじゃん、お題は音ゲー3クレ分で」
「容赦ねぇなぁ」

 3人はタクミと出口で別れ、地下の自動車駐車場へと向かった。グランジが運転なのは珍しいと、ジンも新鮮に思う。

「そういえば、ジンの免許の進捗は?」
「今度、試験ですね。でも年末と重なりそうなので、春前には?」
「そっか、ちょっと楽しみかも」
「……なんで?」
「何となく……?」

 王宮の自動車は、一般車を装ったもので3人は夜の車道に紛れるように帰ってゆく。少し疲れた王子は自動車の時点でうとうとしていて、帰宅してすぐに休んでしまった。

「吹っ切れた?」

 セオからの言葉に、ジンは少しだけ戸惑ったが、ゲームで成果を出した事で気持ちは落ち着いている。

「多少は?」
「殿下行かせるか迷ったけど、たまにはね」
「と言うか、グランジさんはなんでゲーセンに俺がいるって?」
「たまたま」

 えぇ、と困惑したがグランジが言うならそうとしか言いようがない。しかし、夜は空いている店は限られているため、遅くまで開いているゲームセンターと言うか選択肢はたしかに正しい。

「あの施設は、リュウド君といったことはあるらしいから、本当にたまたまだと思うよ。ジンこそ何してたの?」
「遊んでただけ……久しぶりで楽しかったかな」
「よかった。殿下、冬やすみだからしばらく遊んであげてね」

 言われて思い出し、ジンは少しだけ前向きになれるのを感じる。
 明日からはまた平常業務に戻り、騎士にならなければ行けないからだ。

「俺なりに、頑張るかな……」
「まずは免許だね」

 思えば筆記テストが近い。
 ジンはその日、数日ぶりに教本を開き、勉強を再開していた。

 そして、火曜日となった次の日の早朝。カレンデュラ騎士団の彼らもクランリリー駅へと集まり、始発を待つ。

「カミュ、置いてくぞー!」
「ごめんなさい。母さんへのお土産が……」
「姉さんは買いすぎだし……」

 カミュ・クレマチスは、イリスとオリヴィアに助けられ、列車へと乗り込んでゆく。騎士長のサフランが手配した車両は、準優勝したご褒美だといって貴族向けの客室が手配されていた。

「すごーい、サフラン様優しいー!」
「優しくてキモイレベルだけど……」
「オリヴィアさん、シーっ」

 フュリクスは1番に乗り込み、窓をのぞいている。駅からは首都の沢山のビルが観察でき、首都での闘いが終わったと思うと悔しさも込み上げてきた。

「『タチバナ』。今度くるときは負けないし……!」
「フューリ、お疲れ様。お弁当たべてゆっくりしましょ」

 渡された駅弁へフュリクスはそっぽを向き、手をつけなかった。
 列車が動き出し、カレンデュラへ行く最中で1人マイペースにお弁当をたべていたイリスが口を開く。

「ククリールお嬢様は、先に戻られてるんだっけ?」
「よく知らないけど、騎士長はそう言ってた。緊急事態ってなんだろうね」
「お嬢様のことだし、またお転婆をされたのかねぇ」
「それでも強制送還ってなくない?」

 カミュは少しだけ心残りだった。
 詳しくは聞いて居ないが、できれば自分たちの戦いをこの目で見て欲しかったからだ。フュリクスもそれは同じで、きと今不貞腐れているのもそれが理由にもあるだろう。

「ふん、負けた試合みられたくなかったから良かったし」
「フュリクスは若いのう、ついていけんわ」
「ガイア隊長が言うんですか……」

 ガイアは、帰る上でキリヤナギから腕相撲大会での優勝書類と手紙を渡されて居た。
 会えるならククリールに届けて欲しいと、受け取ってもらえなければ捨てて欲しいとも話された。その真意はガイアもまだわからないが、それはきっと若者同士だけのものなのだろう。

 列車は真っ直ぐにカレンデュラを目指す。首都と言うコンクリートジャングルから離れ、山を目指す列車は、速度を上げて大地を駆けていった。

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