第三十三話:マグノリアの盾

 そこは静かな演習場だった。
 足元には草地が広がり、多くの無人の建物があるそこは、空がひらけていても視界はそこまでよくはなく、騎士達は建物沿いに身を隠しながら索敵を行う。
 オウカの東側、川沿いの領地より訪れたマグノリア騎士団の2人は、大将の護衛を一名に任せ慎重に演習場を歩いていた。

「いないな……」
「そろそろ出会いそうですが」

 黒髪の男性と金髪の女性の二人組だった。マグノリア騎士団へ所属する黒髪の彼は、無能力のシュガー・プラム。金髪にセミロングの彼女は、【認識阻害】の「王の力」を持つミカン・カシスだ。

 2人は片耳のイヤホンへ飛んでくる定期連絡へ注意しつつ進むが、「王の力」の一つ【千里眼】をもった騎士がいるのに、通信へ敵の位置が流れてこない事へ不満が隠せない。

「何してるんですか? あの人」
「さぁ、でも予選でかなり強かったらしいし……」

 マグノリア騎士団の出場チームは、異能のバランスから組まれ、それぞれの力で最も優秀な騎士で組まれた。
 つまりこの5名は【千里眼】をもっていれば、【千里眼】の中でも最優秀なものが選ばれ、【読心】を持っていれば【読心】を持った騎士の中で最優秀なものがいる。
 シュガーもまた、無能力のトーナメントで勝ち上がり参加券を得たものの1人だ。

「【千里眼】の人って戦えるイメージなかったけど、意外とやれるのね」
「騎士なんだから最低限やれないとダメじゃないか??」

 5名はこの騎士大会をきっかけに初めて顔を合わせ、1ヶ月ほどの練習を介してここに来ている。【千里眼】の彼は、2人が思う以上に戦えて、その実力は信頼がおけるものだった。

「でも、もっとこう常時教えてくれるのかと思えば、聞かないと【見て】くれないし、思ってたのと違って……」
「それは、そう」

 思わず不満が溢れてしまう。訓練でも出来るだけ伝えるよう指導は受けていたはずだが、始まって数分間で接敵なしの報告しか来ない。

「クロード隊長に言った方がいいかな?」
「直接がいいと思うけど……」

 出会って一か月。5人での実戦は初めてだ。皆勝手は分からず、【千里眼】には【千里眼】なりの使い方があるのだろうかと考える。
 接敵してから教えてもらえるのだろうかと淡い期待もするが、何も言わないのは不安になる為、ミカンは念の為に回線を開いた。

「タイラーさん。敵はどこにいます?」
『ん? 俺の周りにはまだ居ないけど?』
「いえ、【千里眼】で見ていただきたいなと……」
『あぁ! まかせろ。えーと……』

 シュガーが困惑していた。これで敵の位置が分かるとミカンが安堵していた時、タイラーの息が詰まるの後聞こえる。

『そこから離れろ!!』
「え??」

 銃声。シュガーがとっさに腕を引き、彼女をずらした事で、その弾丸は床から跳弾する。ミカンは咄嗟に【認識阻害】で姿をくらませ、シュガーと共に物陰へと隠れた。

「タイラーさん!?」
『悪い、向かいの建物の上だ。今降りた」
「何人?」
『1人だな。相手はみんなバラバラ? 俺はもう2人が近いけど』

 シュガーは、弾の軌道である程度予想はついていた。しかし、相手が1人なら2人のこちらが有利だと判断する。

「クロード隊長。俺らが倒します」
『わかった。面子が変わったとはいえ、相手は宮廷だ。無理しないように』
「「はい」」

 前年度優勝の宮廷は、騎士団の中でも最強とされそこへ右へ出る騎士はいなかった。個人戦も踏まえ必ず優勝候補として上がる彼らは、今年面子が入れ替わったと聞いている。
 噂では、騎士大会を盛り上げる為の「手加減」ではないかと言われていて、シュガーは黙ってはいられなかった。

 大きく息を吐き、シュガーは建物から降りてくる敵を待つ。殺傷能力のないピストルは、当たれば痛いが怪我はしないもの。しかし、胸の造花を破壊するには十分な威力があり、ピストルなら造花にさえ当てれば勝ちにもなる。それでも当てるためにはある程度接近が必要で、どこまで近づけるかが鍵だろう。
 ゆっくりと、堂々と降りてきたのは隻眼の男だった。その特徴的な身なりにシュガーは息を呑む。

「個人戦二位……」
「【未来視】?!」

 グランジ・シャープブルーム。王宮で誉れ高い騎士大会・個人戦第二位の騎士だ。タチバナ隊と言う、去年優勝した隊へ所属しており、【未来視】を持っている。

「去年もいた人?」
「それは違う」

 もう1人、個人戦一位が居たのに運が悪いとシュガーは悩んだ。一位の方ならまだ勝機があったが、【未来視】は、無能力のシュガーにとって部が悪すぎる。

「大丈夫。任せて」
「ミカン……?」

 ミカンは、建物の裏手に回り込むように走ってゆく。隊長へ伝えてしまった手前、後には引けずシュガーは、こちらを探すグランジを観察し、ミカンの合図を持って飛び込んだ。

 そしてその反応の速さに衝撃を受ける。弾丸は掠りもせず交わされ、カウンターのように帰ってくる。
 しかし、回り込んだミカンが遠隔で打ち込みグランジは後退して建物の中へ入って行った。
 窓が外された建物へ、シュガーは外から打ち込みミカンも狙うが、建物の影からミカンが身を乗り出した時、腕に衝撃がくる。

「ミカーー」

 ミカンの腕に弾丸があたったのを確認したグランジは、窓枠から外へと飛び出しシュガーへ掴み掛かった。
 ピストルを持つ右手を左手で掴まれるが、シュガーは造花を奪おうとする右手を止め、蹴り込んで距離をとって狙撃。
 グランジは再び建物の中へ身を潜めた。
 【認識阻害】で、シュガーですら見えなかったミカンを狙撃したことに、動揺が隠せず、ただがむしゃらに引き金をひいて牽制する。
 冷静になってようやく、彼女が隠れていた場所が明るく、影が落ちていたと分かり、思わず舌打ちをした。
 2対1というこの絶望的な盤面で、撤退はせず戦いにゆき、「王の力」にも屈せずに勝ちにくる。
 本来なら一対一ですらリスクがあるなら撤退をが考慮されるのに、彼らは一体どのレベルにいるのだと衝撃を隠せなかった。
 マガジンの弾が底をつきかけ、シュガーは即座に入れ替えるが、いつのまにか目の前に居たはずのグランジが消えていて驚く。
 屋内へ居らず周辺を探した時、建物の影へと隠れたミカンを思い出した。急いで救援に行くと、座り込んだミカンを狙うグランジがおり、無慈悲にも銃声が響く。
 隠れて油断し【認識阻害】を解除していたミカンは、立ち上がったところを狙撃され、弾丸は綺麗に造花を打ち抜いた。
 シュガーは、即座にグランジを牽制し引かせる。

「ご、ごめんなさい……」
「くっそ……、隊長。ミカンがやられた」
『そうか。撤退しろシュガー。【未来視】なら、圧倒的不利だ』
「でもーー」
『君までやられては、さらに追い詰められる。『タチバナ』と当たる方がいい』

 クロードの言い分は最もでシュガーは、ミカンの背中を叩いて撤退した。

@

 残されたグランジは、彼を追わずミカンが支援部隊へ付き添われる所まで観察する。
 そして周りを警戒しながらも、通信を繋いだ。

「1人落とした」
『もう!?』
『よくやった、グランジ』

 セシルのはっきりした声に、グランジは無言で返していた。皆既に緊張は解け、索敵へ回っている。

『お相手さん、悔しそうでしたが無難な判断でしょう。狙えるならもう1人と合流する前に落としたいところですが……」
「追いますか?」
『いや、グランジは、大将を探してくれ。見つけたら私達も向かう』
「はい」
『先程の方はリュウド君の方へ向かっているように感じます。順に対応お願いします』
『はい』
『あの、俺は?』
『ジンは適当でいいよ』

 ジンが困惑しているなとグランジは感想を思う。ふと羽音のようなものが聞こえて空を仰ぐと、4本のプロペラを回すカメラ機器が飛行していて、グランジは一礼をした。
 キリヤナギが見ていればいいと願い、グランジは、敵の大将を探してその場を離れる。

@

 そんなグランジの様子を、キリヤナギは頬杖をつき得意げに眺める。ここで彼らの力を誇示できれば、宮廷内でもセシルが不備な役回りから開放されるとも思うからだ。

「流石、殿下の騎士ですわ」
「まだわからないから、最後まで見ているといいよ」
「あら」

 過小評価をしながらも、キリヤナギは皆を信頼していた。
 ジンとリュウド、グランジをキリヤナギはよく知っている。セシルも体育大会で戦った。そしてセスナもまた彼にしかない強さがある。

「【千里眼】がおられないのに、なぜ敵の位置が?」
「さぁ、みんな勘がいいからね」
「お戯れを……」

 ミルトニアは目を細めて笑う。
 セスナの【読心】は、キリヤナギですらも驚くほどに範囲が広い。本来騎士が借り受けた【読心】は、広くとも半径5m前後が限界で、お互いに存在を認識しなければならず、索敵には使えないからだ。しかし、セスナは少なくとも半径100m以上離れた敵の心を読み、語源化して皆に伝えてくれる。
 これは、ごく稀に発現する才能と「王の力」が完璧に一致した「ギフテッド」だろうとキリヤナギは憶測した。
 「ギフテッド」はその才能より「王の力」を飛躍的に拡大させ、セスナのように新しい意味をもたらす。

「宮廷の方が、また接敵されたようですね」
「クランリリーの試合はいいの?」
「普段から【見て】おりますから、今見る必要もありませんわ」

 ミルトニアは、扇子で優雅に仰いでいた。

103

 リュウドは呼吸を整えながら、建物の影に潜んでいた。未だ、周辺に敵は見当たらず接敵の知らせをセスナから待つ。
 こちらに向かっているならそろそろ出会うだろうと待機していると、建物の影から様子を伺いつつ出てくる若い男を発見する。
 サー・マントがないのは地元騎士マグノリア騎士団のものだ。
 彼はこちらを探しているのか、周辺を見回して索敵しているようにも見える。

「居るんでしょ! 出てきませんかー?」

 こちらを呼ぶ声に合わせ、弾丸の装填を確認したリュウドは前へと出てゆく。
 相手は黒髪の男性だった。
 姿を見せたこちらを見て「お」と声を上げると、狙撃を横へ飛んで回避し、屋内へと逃げ込む。
 外された窓の内側から狙撃してきて、リュウドもまた物陰に隠れて様子を伺った。
 隠れた事で銃声は止まり、リュウドはしばらく考察する。
 マグノリア騎士団の「王の力」は4種類。【読心】、【身体強化】、【認識阻害】、【千里眼】だ。そのうち二つは、事前情報であったタイラー・クロウエアの【千里眼】と、先程接敵しグランジが落とした【認識阻害】。つまり【無能力】を含めても、未だ能力者と接敵する確率は高い。

「こちらリュウド。接敵した」
『リュウド君、連絡ありがとうございます。【王の力】はわかりますか?』
「まだわからない。セスナさんもわかったら教えてほしい」
『わかりました』

「ちょっとちょっと! そんなんいちいち聞かなくても隠しませんって」

 思わずイヤホンを取って顔を上げる。相手は建物へ上り、弾丸が届かない場所から声を上げていた。

「どうも! 俺はマグノリア騎士団のタイラー・クロウエア。初めての方ですね。お名前は?」
「宮廷騎士団。特殊親衛隊所属のリュウド・T・ローズ」
「T?」
「分家タチバナです。お見知り置きを」
「『タチバナ』?! これは光栄」

 ジンの話していた【千里眼】の騎士だとわかり、リュウドは一度考えるのをやめた。飄々とする男の意思が掴めず、どのタイミングで攻め入るかと距離を模索する。

「『タチバナ』ってめっちゃくちゃ強いんでしょう? 楽しみすね」
「当たり前です。強いから『タチバナ』を名乗れる。俺はおごりません」

 リュウドはその身のこなしから、タイラーの秘めたる強さに生汗をかいていた。掴みどころの無い言動から油断を誘われているのだろうが、これは乗っては行けない相手であると直感が働く。

「なんか大変そうっすね。もっと気楽な方が生きやすいですよ……」
「俺からみれば、それは普通だったので今更です」
「うーん、ジンさんのがわかんのかな……」

 ジンの方が無理そうだと、リュウドは心で返事をしていた。タイラーは姿を見せないリュウドに少し考えて口を開く。

「ところでリュウドさん? 俺、銃使うの苦手なんで、よかったら拳でやりません?」
「何の話ですか?」
「造花の奪い合い? 銃とかお互いやること決まってて面白くないし、飾りじゃなければ、剣でもいいので!」

 『飾り』という言葉に、リュウドはピリッとしたわずかな感情の変化を覚える。
 リュウドの得意な武器は剣だ。
 本家「タチバナ」は本来、素手による武道を極め、ジンはそれに準ずるよう転換のしやすい『銃』を扱っている。それは「王の力」を持つ相手に対し、機微に動けるよう軽量な武器をえらび、動きに支障が出ないようにする為だ。
 分家タチバナたるリュウドの父も、武器の近代化に伴い『銃』が最適解だと話していたが、リュウドは幼い頃『剣』に魅入られた。
 きっかけはありきたりなものだったが、これを極め、分家として本家とは違う道を行きたいと留学までしていたのに、それを「飾り」と表現されたことへ多少の不満を得てしまう。

「俺は剣士です。その提案は願っても無い」
「お、そうなんですね。これは大変失礼!」

 リュウドが銃をしまったのを確認し、タイラーは駆け足で建物から出てくる。グローブを治し、体を動かして取られたポーズは、素手によくみかけるありきたりなものだ。

「手加減はしません」
「素手が得意なんで全然! タイラー・クロウエア! いくぜ!」

 相手の踏み込みを確認した直後。リュウドもまた前へとでてゆく。「王の力」は【千里眼】だと既に明かされていて考察の必要はない。
 リュウドは、小細工なしの真っ向勝負と睨んで突進をしかけた。
 速力はリュウドの得意分野だ。
 相手がどれ程の速度かは不明だが、先んじて取る為、その意志を漲らせて剣を薙ぎ払いにゆく。
 タイラーはぬるりとした動作で腕をゆっくり動かしているが遅い。先手を取った剣に割って入るには速度も間合いも足りない。
 
 取った。

 リュウドがそう思った瞬間だった。
 突如としてタイラーの上半身が消失し、リュウドの全身に悪寒が走る。
 目の前でタイラーが行ったのはボクシングで言うスウェーバック。一瞬で身体を極端に反り返らせ、姿勢を低くとって剣閃を回避。
 剣を振りぬいたリュウドは、そのまま身体を開ききった形で無防備を晒した。
 まずいと、リュウドは咄嗟に下半身へ【身体強化】を使用し、総身に力を入れて大地を蹴って、後ろへと飛ぶ。
 寸分の間を置かずタイラーの手掌が眼前の風を切ってゆく。
 回避はされたが、【身体強化】を使ったことでリュウドとタイラーの間合いは通常想定しているものより遥かに大きく開き、その場には静寂が訪れた。

「おっと、『タチバナ』って『王の力』も使うんですね。こいつは意外だった」
「……」
「でも、【身体強化】を回避に使っちゃうのは少し勿体ないですね。真っ向勝負なんだから、先手の剣撃に使って良かったと思いますよ」
「……」

 返す言葉もなく、リュウドは自身の短気を恥じる。まさか、相手の挑発に乗って勝負に競り負けた挙句、自分の切り札をこうもあっさり晒す羽目になるとは思わなかったからだ。

「あ、俺が余計な事言って、ムキになっちゃったせいかな。本当悪気はなかったんですよ。リュウドさんが自分の剣で勝ちたいって気持ちがあったのは、それだけ技にプライドがあったって事だろうし。そういうの嫌いじゃないです」

 タイラーのフォローを受け止めきれず、複雑な心境をえてしまう。彼の指摘は、まさに先程自身が言った驕りがあった事を証明してしまうからだ。
 リュウドは即座に転身し、【身体強化】による速度を活かしてタイラーの四方を取り囲むように接近をしかける。
 接近からの攻撃、一撃と同時に間合いを大きく取りながらのヒットアンドアウェイの要領だ。だが、タイラーの身のこなしは軽快でリュウドの攻撃を的確にいなして造花の破壊には至らない。
 タイラーの動きは一見するとゆっくりとした動作に見えるが、遅い動作から素早い動作までの切り替えが絶妙だった。
 リュウドの視覚は緩急自在を誇るタイラーの姿を的確に捉えられず、いくら攻めに行っても空を切ってうまくいかない。

「お、慎重になりましたね。でも、良いんですか? 【身体強化】で長期戦は向かないですよ」
「分かっています!」

 タイラーの指摘は最もだ。だが、現状は攻めあぐねるばかりで、最初のカウンターも警戒に拍車をかけていた。
 圧倒的な速度のアドバンテージを持ってしてもタイラーの上手を取れず、リュウドの心へ思うように戦いを運べない焦れったさが湧き上がって来る。それならば……

「んー、リュウドさんの速度にも大分慣れてきたし、俺もそろそろ攻撃しますね」
「!」

 来る。
 リュウドは、タイラーが攻撃動作に移るその瞬間を注視した。守勢に回られて、タイラーを攻め切れないのであれば、相手の攻撃の瞬間に競り勝つ。

 タイラーが攻撃に転じた同時にリュウドは大地を蹴りつけて一気に踏み込みをかける。
 守勢に回られては攻撃を当てる事が出来ない。ならば、タイラーの攻撃が最も単調化する瞬間を狙う。
 接近するタイラーの影を迎え撃つリュウド。
 速力はリュウドの方が上だ。リュウドは重心を低くして下から上へ救い上げる形でタイラーの左胸の造花を狙う。
 転瞬、タイラーの身体がするりとリュウドの身体を擦り抜ける形で交差した。

「……」

 リュウドは剣を振りぬいた形で動くことが出来ない。

「今回は俺の運が良かったかな」

 振り返るとタイラーは右手で造花を弄びながら、肩をすくめていた。造花はリュウドの右胸についていたものだ。
 自身と交差する瞬間にその手掌が、蛇の如き柔軟さで剣閃を掻い潜り造花を食らった
 タイラーが造花を丁寧に地面に置くと、花弁の一つだけ折り取られている。
 造花の破壊。即ちリュウドの負けだ。

「楽しかったですよ。また、戦いましょう」

 そう言ってタイラーは手を振り去って行く。リュウドは彼の言葉に応じる事も出来ず、ただその背を見送るしかできなかった。

「リュウド君が負けた?」
『すいません……』
『リュウド君。気にしなくていい。今は一旦休憩しておきなさい』
『はい……』

 通信からログアウトしたリュウドに、ジンは少し動揺していた。ジンと同じく「タチバナ」の姓を持ち、かつ大会へ出たいと話していた彼が倒されたことに衝撃が走る。
 相手はタイラー・クロウエア。以前オウカ町で出会い、キリヤナギと追走した【千里眼】の騎士だ。その頃から並外れた運動力に驚いてはいたが、異能の中でもシンプルに強力とされる【身体強化】を持ったリュウドがやられた事に驚きを隠せない。

『はは、終わってからダイジェストでも見ればいいさ』
「笑ってられるんるね……」
『まだ4対4だよ。焦るにも早い。これは戦略戦だからね』

 しかし、多大な戦力となり得る【身体強化】が落とされた事は、突破力が一つ削がれたとも受け取れ、油断はできないとジンは身を引き締めた。

『私はマグノリア騎士団の大将と当たりたいとは思っているけど、「タチバナ」を落とすほどの相手に背後を取られてはどうしようもない。よってクロウエア卿はジンに任せたいが、いけるかな?』
「【身体強化】の相手じゃなくてですか?」
『ジンはその役だったね。その気なら、倒してからこちらへ合流してくれ』

 なかなかの無茶振りだと、ジンは困惑していた。しかしこのままタイラーを放置すれば、少なくとも「【身体強化】を倒せる騎士」に背後を取られる可能性もある。
 とても放置はできない。
 またこの局面は、タイラーを倒せずジンが脱落した場合。3対4で不利となり、ジンが倒せれば4対3で有利に試合を進められる。

『クロウエア卿が【千里眼】なら、ここで落とせれば敵の目も潰せる。一石二鳥だ』
『でも隊長。僕の【読心】の限りだと、マグノリア騎士団の方々、言うほどこちらの位置を把握してないみたいで……』
『なら風向きはこちらかな? だがクロウエア卿は、マグノリア騎士団のエースとみていいだろう。リュウド君とどんな試合をしたかはわからないが、異能がわかっていたのに及ばなかったのは「タチバナは関係なかった」と言うことだからね』

 よく考察されていると、ジンは感心していた。
 セシルの話す通りで「タチバナ」が能力者と対面した時、その対応を取るまでの考察時間をどれほど取れるかが勝負となる。考えている間に倒されれば意味がないからだ。
 しかし今回、割れていたタイラーの「王の力」、【千里眼】は、【観る】ことへ特化した異能で、戦いで動きは無能力と変わらない。想像はできないが、想定外があったのだろうとジンは身を引き締めた。

 話している間に草を踏む音が聞こえ、ジンは物陰へと隠れた。音が漏れないようイヤホンを押し込み、周りを警戒すると風を切るような音が聞こえ、ジンは前転。
 飛来した剣が大地へと突き立ち、背筋がひえた。

「接敵。また連絡します」
『期待しているよ、ジン。終わったら【身体強化】の相手をよろしくね』
 
 やると言ってしまったなら仕方がない。ジンはセシルとの通信を切り、剣が飛んできた方向へと狙撃した。
 即座に物陰へと退避したのは、黒髪のタイラー・クロウエア。
 【千里眼】で狙われたのだろう。こちらを確認した彼の返事は明るいものだった。

「流石ジンさん! 回避上手いですね!」
「物騒すぎません? 怪我じゃ済まないっすよ」
「そこは『信頼』してたんで!」

 軽い。思わずペースを乱されかけるが、油断してはならないとジンは緊張を解かずにいた。

「リュウド君、倒したんですね?」
「お? そうそう、いやー強かったですよ。俺も結構危なかったかな」

 建物に囲われていて声が響く。
 言葉を続けようとせず警戒するジンに、タイラーは咳払いをしながら続けた。

「『タチバナ』の事、隊長から聞きました! 前は気づかなくて……」
「よくご存知だったんですね」
「え、全然」
「え……」
「リュウドさんのは、上手くハマっただけです。偶然偶然」
「……」

 ジンは困惑しかできない。
 読みにくいと不安を覚えながら、どこへ狙撃するか考える。

「リュウドさんにも提案したんですけど、せっかくなので拳でやりましょうよ。男らしく」
「嫌です」
「は??」
「俺、そう言うのは好きじゃないんで」

 かつてそれは、憧れたものだった。
 誰もが公平にスポーツマンシップにのっとり、フェアーなルールで対決をする。
 お互いがお互いを認め、決した勝敗は素晴らしいものだが、それはあくまで前提に「信頼」があるからだ。
 お互いがルールを厳守することが大前提であり、片方だけがそれを破った時点で全て無意味になる。
 意味がない試合は、観客に都合よく解釈をされ、皆の望んだ結果になる。
 ジンはその結果の湾曲が許せなかった。
 どれほどルールを守ったとしても、こちらに不利になるだけの試合に意味はない。公平になる為のルールを相手を不利にするために使う行為に飽きたり、それを語る相手を信頼することはできないと思ったからだ。

「個人戦一位ってきいて、熱い人想像してたんすけど、ドライなんすね……」
「よく言われます」

 本当によく言われると、ジンは心で繰り返していた。しかし、実戦でルールは存在しない為、訓練ならそれに近い立ち回りでやりたいとも思っている。

「期待に答えられなくてすいません。でもここは自己紹介だけでも……」
「お?」
「宮廷騎士団。ストレリチア隊嘱託、特殊親衛隊所属のジン・タチバナです。よろしくお願いします」
「なら俺も改めて、おれはマグノリア騎士団。タイラー・クロウェア! 手加減しないですよ! 本家タチバナさん!」

 足でステップを踏むタイラーは、両手にプロテクターをつけ、拳を合わせて気合いを入れる。

104
 
 ジンは銃の間合いを維持したまま、タイラーと円を描くようにして互いの位置を一周させる。
 タイラーの「王の力」は既に自明のものだ。その彼に対していかなる力を持つかの考察は必要なく、無能力の人間を想定した戦い方で良いと判断する。
 タイラーは宣言通り銃を抜く様子はない。
 武器のアドバンテージを放棄し、フェアーな戦いを望む彼の希望をジンは受ける気になれなかった。
 自分の戦いに酔いしれ、チーム戦での自分の役割を放棄する訳にはいかない。敵はタイラーだけではなく、この戦いに全ての力を費やしては、その後が続かなくなるからだ。

 ジンはタイラーの動作線上に合わせる形で銃口を向け、引き金を引く。
 ピストルから放たれた銃弾は、高速でタイラーの胸へと吸い込まれて行った。狙いはタイラーの胸に付けられた花飾り。彼の戦闘能力は不明だが、最高の攻撃力で先制して倒す。
 無論それは、ジンの目論見のとおり運べばだ。
 
 撃ち抜かれたのはタイラーの影。

 手応えのない感覚に、ジンは起きた出来事を注視する。
 銃弾はそのままタイラーを素通りして背後の建物の壁にあたり跳弾していた。
 なるほどとジンは納得する。

 起きた現象を端的に言えば「当たる筈の弾丸が当たらなかった」と言う事だ。
 タイラーがいるであろうと想定した場所から微妙にズレた位置にタイラーが立っていた。
 見誤ったのか。ミスであれば、それは些細な事だ。しかし、リュウドが敗北した事実と照らし合わせるとこれはミスではない可能性を疑ってゆく。
 「弾丸を目視で回避」と言う神業を視野にいれ考察していると、タイラーが一気に距離を詰めて、突っ込んで来る。
 彼の凄まじい踏み込みから繰り出される手刀に、ジンは冷静に回避を選択するが、タイラーは、そのまま即時身体を旋回させての足刀が見舞われた。
 身体のこなしが早い。
 ジンは即座に後ろへと飛ぶが、足先が髪を掠めわずかに切れた。
 もし直撃しようものなら骨折していただろう。素手でもこの威力は、確かに武器といっても相応しい。
 だが、タイラーの強さはこの攻撃力だけではないと直感が告げている。
 
 距離を取ったジンは、腰だめに構えたピストルから三発の射撃。やはり、その全てがタイラーから僅かにズレた位置を通過する。
 彼ははゆらりと身体を動かした程度であり、その動作は緩慢に見え、銃弾を避けるほどの速力があるようには見えない。

「随分と慎重に攻めてきますね」
「そっちは余裕っすね」

 タイラーは、ジンがどれだけ素っ気なく返そうとも気にした様子はない。
 フィジカルもだがメンタリティとしても非常にやりにくいのは、おそらく「タチバナ」に対する敵愾心をタイラーから感じられないからだ。
 宮廷騎士団において、「タチバナ」は表だってならば「王の盾」とされる名門だが、歴史を見れば反逆の家でもあり、当然その扱いは冷遇されるものだったからだ。
 今でこそ騎士団内部で派閥があるように、その遺恨は根深くタイラーのように偏見なくぶつかってくるものは珍しい。
 名に惑わされない敵は本当に久しぶりでやりにくいが、これは珍しいことであるとジンは気分が高揚してきていた。

「んー、まぁ、こうやってじっくり楽しむのも悪くないですけど。せっかくのこういう大会ですし、ジンさんがどのぐらい強いか知りたいんですよねー」
「どう言う意味すか? こっちはそこまでガチにはなりたくないんですけど……」
「次の戦いが気になってます? それはちょっとー悲しいなぁー。今は俺と戦っているんだから、目の前の俺に集中してくださいよ」

 軽口と裏腹に、サングラスの奥からタイラーの眼光が鋭くなるのを感じた。
 来る。
 大見栄を切った割には遅く、真正面から突っ込んで来る。
 いけるか? ジンは十分な間合いから迎撃が可能だと判断し、タイラーの胸へ照準をあわせるが、瞬時に脳裏に走った悪寒がその動作を拒絶した。

「……シャッ!!」

 咄嗟の回避後、空気を裂いたのは、タイラーの手掌によるもの。視認した速度で何故ここまで距離を詰められた? 自分が見誤った? 考えが巡るも、追撃を予期していたジンは、再び距離をとり、タイラーの動線を塞ぐように射撃を行っていた。
 それでも、蛇のように柔らかなタイラーの攻撃動作は、塞がれた動線を避けて、するりとジンの間合いの内側に入ろうと詰め寄って来る。
 ジンは自身の集中力を最大限まで引き上げて、タイラーの動きに対応していた。
 続く左腕の手刀を、ジンはフリーにしていた左手で捌き、弾く勢いで蹴撃を避ける。
 それでも、間合いを離せない。ぴたりと一定の距離は詰められて、ジンを防戦へと追い込んで行く。

「ねぇ、ジンさん。隊長から話聞いて、俺は結構楽しみにしていたんですよ。強いって言われる『タチバナ』がどんなものか」
「……?」

 タイラーの体術のコンビネーションを躱し、ジンは射撃で反撃を試みるが、射線を読んでいるのか掠りもしない。

「でも、今のジンさんは消極的な攻撃で、如何に体力を消費せず俺を倒そうか? そんな事ばっかり考えてますよね」

 喋りながらも、攻撃の手は全く緩まない。ジンは自分自身がひたすら後退し続けている事に気付く。

「だけど、俺はジンさんに出し惜しみされちゃう程弱くないと思うんですよねー」

 それは分かっている。もはや実力については疑いようもない。
 タイラーに一度でも攻撃の間合いを許せば、一度に三回は攻撃を許す事になる。それほどに彼の動作は早い。
 何故遅く見えるのか。それは分からないが。
 彼の実際の動きはとてつもない速さがある。ジンと同等、いやそれ以上の速力だ。
 銃撃を掻い潜って迫る手掌を左の拳で打ち合わせ、衝撃が身体に走る。力も相当強い。押し込まれそうになる。
 ジンは即座に蹴りを繰り出すが、まるで鏡合わせのようにタイラーも蹴撃を繰り出しており、蹴りの衝撃が互いの身体を吹っ飛ばした。
 ジンは受け身を取りながら、タイラーは軽業師のように宙を舞って、態勢を整えていた。

「へへっ、今のちょっとだけ本気出しました? いいですねぇ、燃えてきました。だから、せっかくだし思いっきりやりましょうよ? その方がお互いにとっても楽しいですって」

 吹っ飛んだ衝撃もどこへやら、軽い調子でタイラーは話す。

「それは、認めて欲しいって事です?」
「えぇ、名門さんでしょ? 皆に強いって言われてる人に認識してもらえたら光栄じゃないっすか」
「リュウド君倒した時点で、タイラーさんは十分強いって思ってますけど……」
「けど……?」
「俺、そこまで興味持てないと言うか……」

 タイラーが愕然とフリーズし、ジンも思わず後退して止まる。地雷を踏んだのかと罪悪感を得ていると彼は吹き出したように笑い出してしまった。

「こりゃ盛大に振られちまったなぁー!」
「す、すいません」
「いやいや、リュウドさんのがまだ熱かったなって」

 リュウドはそうだろうとジンは思いを馳せる。彼はとてもいい意味で真っ直ぐであり、ブレないからだ。

「でも、後の事考えてたら勝てないってことはわかったんで……」

 ジンの言葉を受けて、タイラーは「お?」と大袈裟に反応して見せる。
 ジンは先程の突進からタイラーの持つ速力がどれほどなのかを理解した。目に見えている動きだけでは判断を誤る。タイラーがあの一瞬でどれほどの距離を詰めたか。それだけが真実なのだ。

「タイラーさんの望む通り、俺も全力でぶつかってみようと思います。その上で勝つ」

 タイラーはジンの言葉を受けて、満足気に笑う。待っていたかのような、期待の笑みはさらに気分を高揚させた。

「そうこなくっちゃ。でも、俺も負けませんよ!」

 再び間合いを詰めようとするタイラーへ、ジンは答えるように身構える。

105

 マグノリア騎士団、クロード・マッシュは、副隊長のアメリア・カミツレと共に、単独行動をしていたシュガー・プラムと合流していた。
 長い金髪を一つにまとめるクロードは、少しだけ消沈した黒髪のシュガーへ微笑をみせる。

「このまま3人で索敵する」
「……俺は、何もできませんでした」
「プラムさん。あまり引きずっては試合に影響がでます。切り替えましょう」
「カミツレさん……すいません」
「【無能力】と【認識阻害】は、【未来視】と相性が悪すぎる。また相手は『宮廷』だ。ミカンは仕方がない」

 周辺を警戒しつつ、3人は距離をとりながら動く。マグノリア騎士団が把握している宮廷の「王の力」は、【未来視】、【読心】、【身体強化】、【服従】で、内「タチバナ」が2名いる。また【服従】を持つ騎士がいる事で全員がノイズカット式のイヤホンをつけていた。

『隊長。何故この騎士大会で『宮廷』は最強と言われているのですか?』
『率直にいうなら『経験差』だろう。『宮廷』は、我々各領地の騎士団とは違い、常日頃から『王の力』の盗難の対策に動いている。故にこの力を知り尽くしていると言っても良い』
『知ってるだけで? うちの騎士団も一応は【プロ】ですよ? 「タチバナ」じゃないですけど、ちゃんと対策もしてます。そもそも「タチバナ」も何が違うのかよくわからないし……」
『確かに、首都以外では馴染みもない。ここ数年はこの騎士大会で、「タチバナ」らしき動きを見たものもいないからな』
『いない??』
『昨年優勝したのでは?』
『宮廷騎士団長、アカツキ・タチバナは、指揮に専念し、『あえて戦ってはいなかった』。もっとも貴族達は、姓のみをみて『タチバナ』が勝ったと話していたが……」
『手加減していた……?』
『考えはしらん。だが、興味が湧かないか? この異能へ絶対有利とされる「タチバナ」が、どんなものか』

 楽しそうなクロードの声に、アメリアとシュガーは身震いをしていた。
 今、2人目の「タチバナ」と戦うタイラーは、珍しく通信を切っている。普段飄々とし二言目には女性の話ばかりしていた彼には信じられず、思わずログイン状況を確認した。

『確かに気になりますね』
『それが、この騎士大会へ参加する騎士達の本音だ。「タチバナ」がどんなものかへの興味と挑戦。そして、おそらく参加経験のある騎士だけが気付いている。今期から顔触れが変わったのは、手加減をミスリードではないかと」
『「宮廷」の……本気?」
『ただの憶測だよ。我が主君、エドワード・マグノリア閣下は、王子の騎士を試してこいと話されていた。閣下の話ならば、本質は『そこ』だ。我々が気にする事じゃない』

 アメリアとシュガーは黙り込み、クロードは鼻で笑っていた。マグノリア騎士団は前回大会で決勝で敗れ、クロードはその時も大将を務めていた。
 当たった「宮廷」は、他の騎士団とも変わらない編成だったが、そのあまりの対応の速さに手も足も出なかった。 
 『タチバナ』としてではなく『王の力』の性質を知り尽くす宮廷は、能力者を倒すための技能にも長けている。
 逆に他の騎士団は、異能を持つものは『味方』である事の大前提から、自身に貸与される「異能」の性質しか学ぶことはなく、この時点である程度の差が生まれているのだ。

 ふとクロードは、自身の【読心】から、向かいの2人以外の誰かの声を拾った。そしてその懐かしい声に、思わず笑みが溢れる。

「そうか、彼が居たか……」
「彼?」
「ちょっとした縁だよ。久しぶりで楽しみだ」

 クロードの楽しそうな声に、アメリアとシュガーは戸惑ってしまう。
 間も無く接敵だと気づいたクロードは、二人へ堂々と言い放った。

「性質を知っていたとしても、対応ができるかは別、専門性ならば我々に叶うものはいない。去年の屈辱を果たしにゆく」
「「はい!」」

 クロードの指揮を受けたアメリアとシュガーは、二手に分かれながら『宮廷』へと挑みにゆく。

@

 そんなクロードの心境を、同じ力の【読心】で拾ったセスナは、うーんと眉間に皺を寄せた。

『クロード隊長、僕のこと考えてます……』
『はは、そういえば知り合いだったね』
「それは……?」

 少し離れた場所にいるグランジの言葉にセスナは少しだけ嬉しくなっていた。ジンに続きグランジも心が読みにくく、こちらに興味がないと思っていたからだ。

『はい。僕、マグノリア領出身でクロード隊長に推薦してもらって宮廷にきたんです』

 グランジは感心していた。
 各領地にある騎士学校は、騎士団へ入る前に12歳から18歳まで基礎を学ぶ。そこからはエスカレーター式で騎士団へ入隊することとなるが、騎士隊長と公爵の推薦があれば、首都の宮廷騎士の学校へと編入し、さらに2年学ぶ事で宮廷騎士となれるからだ。
 
『マグノリア公爵閣下に【読心】のギフテッド認定してもらえて、あっさり入れたのは嬉しかったんですけど、こう地元騎士学校ってめちゃくちゃ体育会系なのに、宮廷は女子高にきた気分になって慣れるのに苦労しました……』
『へぇ、セスナも以外と女の子に興味があるのかい?』
『え、やだなぁ、隊長。僕はセシル隊長意外に興味はないですよ』

 何故女子校の雰囲気を知っているのかと、グランジは首を傾げていた。

『当時からヒナギクさんにイジメられてて大変だったんですけど、ラグドールが心配して追いかけてきてくれた時は、本当家族っていいなって……』
「……」

 グランジは、おそらくヒナギクはそのままなのだろうと思い、あえて何も言わなかった。セシルの笑い声が聞こえ、何故か安心する。

『雑談もいいけど、マッシュ卿は今どのあたりかな?』
『割と近いので、まもなく接敵です。警戒を』

 セスナは、心の声は読めても正確な位置までは把握ができない。離れれば離れるほどその声は小さく遠のき、範囲外になると聞こえなくなるのだ。
 位置が把握できるのは、味方のどの声が誰であるかを覚え、その周辺のもう一つの声を察知できれば、『敵が近くにいる』判断ができる。例えるのなら、グランジやジンの【心の声】が特定できれば、『それ以外』の声は敵として認識ができ、付近にいるかどうかがわかる。
 つまり、セシルが初めに3名をバラバラに行動させていたのは、このセスナの索敵力を最大限に利用し、大将へ有利な形で挑むためでもある。

『クロード隊長、どこまで読めるんですかね。僕教えてもらってなくて……』
『セスナぐらいあったらどうする?』
『何もかも筒抜けじゃないですか。セシル隊長の事しか考えてないのバレる……』
「……」

 グランジが突っ込むべきか悩んでいた。
 ふと、わずかな視線を感じ『見つかった』のだろうと思う。
 マグノリア騎士団の残る異能は【身体強化】と【読心】の二つ。どちらも【未来視】には、理論上は打点とはなれない為、「最初に落としにきた」のだろうと想定する。
 グランジは呼吸を整え、音を聴いた。
 歩き、地を踏み、服の布が擦れる音の方角へ、グランジが狙撃。
 銃声が合図となり、赤髪の女性騎士が突っ込んできた。造花が狙われないよう腰を落とした彼女は、銃ではなく片手剣で踏み込み、一気に横へ振り抜く。
 グランジは、右腕のプロテクターでそれをガードし、左手で造花を奪おうと手を伸ばすが、即座に距離を取られ逃げられる。

「一名と接敵」
『「王の力」はーー」

 通信の音声が途切れ、グランジはセスナも接敵したと判断。赤髪の女性騎士と向き合った。

「流石の反応の良さに惚れ惚れいたしますわ。シャープブルーム卿」
「……」

 グランジは警戒を解かない。
 マグノリア騎士団、大将のクロード・マッシュが、【読心】の『王の力』だとすると目の前の女性は【身体強化】か【無能力】の2択となる。

「私は、マグノリア騎士団のアメリア・カミツレです。以後お見知り置きを」
「宮廷騎士団。タチバナ隊。特殊親衛隊所属、グランジ・シャープブルーム」
「あら、クールな方ですね」

 グランジはアメリアの動きを【見て】いた。踏み込みからまるで魔球のように突っ込んでくる彼女に、狙撃が間に合わず回避を選択する。しかし、グランジの目の前で足をついたアメリアは、ブレーキをかけるように剣を旋回させて振り、グランジは左手でガードするしかなかった。

「よく【見えて】おりますね」

 上手いと、グランジは感想した。
 【未来視】とは、あくまで見えているだけで、対応ができるとは限らない。つまり想定外の動きには判断がおくれる可能性がある。
 このアメリアは、女性特有の身体の『軽さ』を利用して、本来の『型』とは外れた無作為な動きで撹乱し、狙撃を封じに来ている。
 打たせないよう右を狙われているのは、相手のペースだ。しかし、繰り出される打撃の重さは最初のみで、その力に持続性はなく、グランジは気づいた。

「【身体強化】」
「察しがよろしいようでーー」
 
 アメリアは足首や肘などの比較的ダメージの少ない部分へ【身体強化】を発生させ、反動ダメージを最小限に抑えながら、爆発的な瞬足とパワーを発揮させている。
 自身が耐えられる痛みの範囲なのか、それを繰り返しているのなら、この後からくる「軽さ」も納得ができた。

「無茶をする……」
「あら、心配してくださるのですか? おかまいなく。私、筋肉痛は『後から来る』タイプなので」

 思わず不安になるが、アメリアの猛攻は止まらず、照準を合わせる余裕はなかった。このまま受け続け、【身体強化】の時間切れを狙う手もあるが、おそらく彼女の狙いは「それ」だ。
 たとえ【未来視】で見える未来があったとしても、身体が動くのは【現代】あり、それが無意識の挙動となった時、グランジはアメリアへ上を取れなくなる。
 未来で見る前の行動へ体が動けば、その時点でグランジの負けとなる。

 だがこのアメリアの動きは、本来、騎士の仕事でやる事ではない。【身体強化】を小刻みに複数回使用することは、反動は少なくともダメージは蓄積され、のちに多大なリスクとして帰ってくる。よってこの使い方は、まさにグランジのために用意された【未来視】への『対策』だと判断した。

 何十回と続けられる打撃は、一定のテンポかと思えば、突然タイミングをずらされたりと不規則に繰り返される。
 グランジは、慎重に距離を取るタイミングを伺っていた。
 離れてもこの距離ではすぐに同じ手で詰められて意味がない。距離を取るのが悪手。
 ならばと、グランジは【未来】をみた。
 右からくる剣撃を腰を落として回避し、アメリアの足をかけにゆく。
 アメリアは即座に前転して、床を蹴ろうとするが、グランジの狙撃が早く。彼女は正面へは突っ込めなかった。
 建物の影に隠れた彼女を、追撃する為に追うが、そこにアメリアは居ない。
 グランジは、即座に後ろを警戒して振り向くと、そこには正に居合の構えを取るアメリアがいる。
 【身体強化】の速力強化で、猛スピードで建物を回り込んだアメリアは、グランジの後ろを取った。
 グランジは、自身の造花が破壊される未来を【観る】が、グランジもアメリアの造花を銃声と共に先に撃ち抜いた。
 破壊された造花は、アメリアの物が先に砕けちり、狙撃の威力でバランスを崩した彼女が、無防備にグランジへ突っ込む。
 グランジがクッションとなる形で倒れた事で、胸の造花も押しつぶされるように砕けた。
 まるで抱き合うように床へと倒れた2人は、そのまましばらく動かず、グランジもまたどうすべきかわからず硬直する。
 理解したのはグランジ自身も脱落した事だ。

「……い、痛い、すみません、うごけな……」

 震えるように呻くのは反動だろう。
 グランジは、慎重に起き上がりアメリアを抱き上げた。

「やられるとは思わなかった」
「……!」
「俺の負けだ」

 アメリアは、なぜか泣き出してしまった。

@

 接敵したセシルとセスナの二人は、次々に飛んでくる弾丸を防御するため、建物内へと隠れながら応戦していた。
 敵の姿は確認出来ないが、弾丸のテンポから考えると、向かい側へいることは間違いないと考える。

「まだ攻めることしか分かりませんね。作戦があるんでしょうか……」
「【読心】で、嘘をつくことはできるのかな?」
「どうでしょう……。僕クロード隊長とは初めて戦うんですよね……」

 【読心】を持つ者同士の戦いの場合。その戦闘はお互いの心がほぼ筒抜けになっているとも言える。使い手の人に対する意識にもよるが、「これからやること」を思い描いているなら読みやすいとも言える。
 対面していると思われる二人は、こちらを牽制するためなのか、屋内から出てこないよう打ちっぱなしだ。
 グランジが接敵したのを鑑みると、これは時間稼ぎの可能性がある。

「足止め?」
「我々をここで止めておいて、ジンとグランジで決着をつける算段かもしれない」

 タイラーがエースならば、邪魔をさせない為、惹きつけられているのだろうと思う。融通の効くグランジも援軍へゆかせぬよう戦いを挑んだなら、この正面攻防も筋が通るからだ。

「もしかして、ジンさんの援軍行った方が良かったです?」
「いや、ジンはね。私もまだわからないんだよ」
「わからない?」
「強いのは知ってるけど、本当に結果を出せるのか、見ておきたいかな」

 なるほどと、セスナは納得していた。
 このマグノリアの第一戦目は、セシルにとっては所謂「実験」なのだ。今回の騎士大会における面子は、特殊親衛隊として結成されて一年半しか経っておらず、セシルにとって皆が【騎士】を相手どる時にどうなるか未知数だった。
 特にジンは合流が遅く、実力を確かでありながらも目立った結果が出ていないとも言える。
 セシルから見たジンの評価は、言わば「結果が伴わない実力者」だった。
 人として有能でありながらも、その結果は誉められず、認められる事はない。また本人も認めてもらうことを諦め、自分の意思の赴くまま、正しいと思った行動する。
 軍事の考えでみるならば、重大な「問題児」だ。加えて「タチバナ」と言う家柄もあり、彼はどこの隊にも手を引かれることはなかった。
 しかしセシルは、そんなジンをあえて引き取ってみたくなった。それは自身がストレリチア隊が他の隊より孤立した者の受け皿になっているように、一つの「個性」とも認識することができるのではないかと思ったからだ。
 王子しか興味がないのなら、それを貫けばいいと認めると、彼の態度が徐々に軟化していて面白くも思う。そして本当に結果が出せないのか見てみたいと思った。

「ジンが負ければ、こちらは降伏でもいいかもしれないね」
「そんなすぐ諦めないでくださいよぉ……」

 セスナが半泣きになりながら、銃撃戦に応じていた。そして、どう攻めるべきか予備のマガジンを取り出した時、狙撃するセスナの後ろに影が見える。

「セスナ!」

 紙一重だった。
 セシルの声に驚き、身を引いたセスナの前を弾丸が突き抜けてゆく。セシルは即座にそちらへ狙撃すると、長身の男がおり壁の影へと逃げ込んだ。

「ひっ、クロード隊長」
「距離をーー」

 セシルが一度、屋外へ出ようとした時、後ろからもう一人の騎士が、剣を抜いてセシルへ飛び込んできた。
 即座に左腕のプロテクターでガードし、右手で造花を狙うが、即座に距離を取られ隠れられた。
 挟まれてしまったことに、セシルとセスナは思わず冷や汗をかく。

「な、なんでいるんですかー?!」
「……」

 セスナの【読心】が出し抜かれたことに、焦りを得る。再びとんでくる弾丸に二人はバリケードの中へ二手に分かれて逃げ込んだ。
 セスナが読み違えるのは想定外で、セシルもまた頼りすぎていた事に反省する。マグノリアの異能【読心】のプロは、ギフテッドすら上回ると証明されたからだ。

 106

「【読心】の段階理解?」
「そうだ。この力を使う際、相手の心へ理解度を段階で分けることができる」

 クロードはシュガーと共に、目の前の宮廷騎士の2名と銃撃戦を繰り広げていた。 
 続く読み合いの戦闘の中で、相手にも【読心】の騎士がいるにも関わらず、攻めに遅れを取らないクロードに、シュガーは驚きを隠せない。

「まずは【認知】、相手へ存在を認識されること、これは【読心】の使い手であれば誰でもできる。次に【理解】、存在を認識された上で、相手の心境を理解し、動きを予想する。最後は【深層】、相手の無意識レベルの心の動きを読み取り、思考や行動を把握する」
「……!」
「当然【深層】に至るまでには、ある程度のコミュニケーションは必要だが、無意識であるが故、本人もなぜそうしたか説明ができるとも限らない。ギフテッドの彼はその才能により、【読心】の距離に長けて入るが、あくまでそれは『浅く広い』もの。この程度ならば、心に思うだけで出し抜くことは可能だ」
「どうすれば?」
「言語化せず、今のこの情景を思い描いたまま突撃だ。あと5メートル近づけば、私の【読心・深層】により、セスナを仕留める」
「セスナ?」
「青い方だ。彼は戦闘が苦手だから、変わってなければ、接近された時点で剣を抜くだろう」
「詳しいですね……」
「元教え子としては、一番印象に残っているからね」

 クロードの動きに合わせ、シュガーも狙撃しながら動く。壁に隠れる二人は、クロードの言う通り、狙撃音が止まない為か、こちらの移動に気づかなかった。
 勝てると思いクロードが狙うと、敵の大将、セシルがセスナを退避させ、弾丸が空を着る。
 シュガーは動きを止めるため飛び出すが、セシルはガードからシュガーを押し除け、退避を選択した。
 接近してくるクロードに、セスナが剣を抜くが、セシルが何故か背中で体当たりをしてセスナを倒し、シュガーとクロードを狙撃で引かせる。

「ー止まれ!ー」

 まるで波動のような声の響きに、クロードとシュガーは一旦の動きは止める。だが、【服従】へ対策されたイヤホンにより命令はカットされ声のみが耳へと届いた。しかし、その動きを止めた一瞬でセシルがクロードへ踏み込み、刹那の速度で剣を抜く。
 クロードは狙撃が間に合わず、持ち手でピストルを取り上げられ、剣を抜いた。
 シュガーが後ろから、セシルの背中を狙うが、飛び込んできたセスナに止められ、こちらも剣が交差する。

「隊長のお楽しみを邪魔させません!」
「変な表現すんな!!」

 シュガーの初心な感情を、セスナは拾っていた。
 【服従】の【声】は、聞いた者が命令と認識するまでに、僅かな間をつくれると知り、クロードは思わず口角を上げる。このセシルは、【服従】を【服従】として使わないのかと感心すらしてしまった。

「宮廷、やはり一筋縄ではいかないか」
「異能はただのツールですよ。マッシュ卿」

 例えるならば工具ドライバーを、ハンマーとして使うようなものだろう。面白いと、クロードとセシルが一旦距離を取った時、その場の四人のデバイスへ通信がはいる。
 グランジとアメリアの脱落の連絡に、皆笑みをこぼす。

「お互いに後がない。マッシュ卿。ご覚悟を」
「言われるまでもない。初戦で当たれて光栄だ、ストレリチア卿」

 戦況がうごいてゆく。

@

 お互いに譲らない戦いを続けるマグノリア騎士団と宮廷に、キリヤナギはヒヤヒヤしながら映像をみていた。
 夢中になっていたら、いつのまにかアレックスが隣に座り、足を組んで眺めている。

「クロードは、セスナと当てたかったが、見事にやられたな」
「セスナと?」
「【読心】は、相手と関係性が深ければ深いほど読みやすい。セシルよりも、セスナの方が戦いやすい踏んでいたが、セシルはそれを察して避けた。上手いな」
「マッシュ卿とセスナって知り合いなんだ?」
「私は教え子だと聞いている」
「へぇー」
「【読心】の教え子として関係性があるのなら、専門性のあるこちらが優位だと踏んでいたが……」

 セシルが何処かで察したのだろう。当てるのは不味いと判断し、クロードを抑えに動いた。【服従】の使い方もまた、面白いとアレックスから笑みが溢れる。

「親衛隊長という名は飾りではないようだ」

 キリヤナギは笑みで返すが、セシルがあまり勝敗を気にしていないことをキリヤナギはあえて話さなかった。穏やかな騎士が多いストレリチア隊は、対人を主とする仕事より、人を助ける仕事の方が得意だという。それこそ、クランリリー騎士団から回されてくる応援も嫌な顔一つもしない為、他の騎士は宮廷の価値が下がるとも言われていた。
 しかしこのストレリチア隊の行動は、かつてキリヤナギがジンとやっていた事でもあり、キリヤナギはそれが嬉しかったのだ。
 民を救う騎士で有りたいと言う意思は、セシルも同じで、だからこそこの騎士大会でストレリチア隊が戦うことを望まなかった。

 ふとキリヤナギのデバイスが、振動でメッセージの着信を知らせる。何気なく画面をみると、それはククリールからの個人メッセージだった。

 [拝啓、王子殿下
 私、ククリール・カレンデュラは、既に大学の転入届を提出し、私は自領地での学校へ通うこととなりました。
 私は領主の娘として、カレンデュラの現状を変える為、本日より自領地へと戻ります。
 貴方の気持ちへ答えられずごめんなさい。
 騎士大会も行けなくてごめんなさい。
 私と貴方の関係性を、今貴族の皆様方に誇示するのは良くないと言う判断です。

 この数ヶ月、仲良くしていただきありがとう。
 とても、かつてないほどに楽しい学園生活でした。今まで過酷であった貴方の運命が平和になる事を心から願っています。
 
 ククリール・カレンデュラ。]

 読み終えた直後だった。

 ククリールが登録リストから削除されたと言うシステムメッセージが続き、キリヤナギは呆然とする。
 アレックスとヴァルサスは、突然表情を変えた王子に驚き、デバイスを覗いて絶句していた。

「あら、殿下。如何されました?」
「ミント……」
「間も無く、決着もつきそうですが……」

 アレックスも即座にグループメッセージを確認すると四人のものからも退出し、ヴァルサスのリストからも消えていることに気づく。
 何が起こっているのか理解が追いつかない王子に、アレックスは肩を掴んで述べた。

「王子、今は待て」
「先輩……?」
「カレンデュラ行きの列車は本数が少ない。急げば見送りにぐらいは行けるはずだ」
「……!」
「あら、流石のマグノリア卿は、仁義に溢れておりますね」
「当然だ」
「まてよ、アレックス。姫どうなってんだ??」
「ヴァルサス。後で話す、今は黙っていろ」

 同じく動揺しているヴァルサスに、キリヤナギはどう説明すれば良いか分からない。予兆はテスト期間の以前からずっとあったのだ。
 深く考えなくとも、これは起こり得たことでもあり、未然に防ぎたくともできなかったことでもある。

「せめて試合が終わってからだ。それまでに決めればいい」

 アレックスの言葉に顔を上げると、そこにはタイラーと対峙するジンが映っていた。試合中は邪魔は出来ない。しかし、終わってから見てほしいとキリヤナギはジンへ一言だけの個人メッセージを飛ばす。

 タイラーと向き合うジンは、全神経を集中させて戦いに備える。
 セシルによりタイラーがマグノリア騎士団の「エース」の可能性を示唆されていた事を思い出し、ジンは改めて彼へと向き直っていた。

 柔軟に身体を左右にブレさせながら振られてくる手掌、蹴撃はどれも早く。ギリギリまで引きつけ位置を確定させなければ、回避も難しい。
 ジンは反射神経に頼りながらそれを回避し、タイラーの腕を掴もうと試みるが、彼もそれを読んでいるかのように退避。
 距離をとられたのをみて狙撃すると、まるで幻覚を掴まされたかのように空を切る。闇雲に撃っても当たらない。しかし銃とは「そう言うもの」だ。
 自動式拳銃は、バレットの中にある火薬が爆発する事で、先端の弾丸を高速で発射する。その斜線は銃の筒の角度によって決まるが、手元の爆発からくる反動は人間の手首で支えるにはコツがいるからだ。
 それこそ姿勢を正し、両手で支え、オープンサイトをのぞいてこそ正確に狙えるが、実際の戦闘でそうやって悠長に狙わせてくれる「敵」は存在しない。
 だがジンは、この構えから狙いまで速度には自信があった。
 出来るだけ腰を落とし、両手で支えるそのポーズはありきたりだが、より確実に目標を狙撃できる。

 ジンは、タイラーへ狙撃を続けながら彼の挙動を考察していた。

 先程突っ込んで来た時に得た違和感は、遅いと見えた動作が想定以上に早かったからだ。
 見たことのない動き。他ではないその立ち回りは、おそらく特殊な体術によるものなのだろう。

 その動作は流水の如く、当たり前のように高速の弾丸を躱す。遅くそして早い。掛け合わせにより生み出された新しい動きは、どちらにも定まらない、どちらでもないと結論を出した時、ジンは気づいた。

「お、何か気づきました?」
「よく見てるんすね」
「当然! 基本でしょ!」

 攻撃は、そもそも予想して当てにゆくものだ。
 実力に差があった場合。その勝敗は自ずと体力か技術のある方が勝つが、拮抗していたならば、それはお互いにお互いの動きを予測する読み合いの戦いになる。
 相手の次の動きを予測し、その動きに対応した行動をとることで、相手の想定外を誘発して攻撃を当てにゆく。
 拳銃での戦いが顕著だが、このタイラーは拳銃の直線的な攻撃と、相手の予測を逆手にとり、早いと思えば遅く、遅いと思えば早く動くことで相手の狙いを的確にずらしているのだ。

 上手いとジンは素直に感心した。戦闘における予想の精度の高さは、実力が上がれば上がるほどに上がり読みが強くなるが、このタイラーと対面すれば、その予想こそが打点となり、太刀打ちができなくなる。

「タイラーさん」
「なんですか?」
「強いです」
「これはー、嬉しいですよ」

 ぐるりと位置を変え、次の動作の為に脚に力が籠る。
 ジンはタイラーの目を見据えていた。
 タイラーは軽やかな足取りで嬉しそうに返事をする。

「ちなみに俺の緩急自在の動きは『蛇柳』って言います。ちなみに名付けたのは俺です! 結構イケてる感じでしょ?」

 彼の自信の溢れる言葉を、羨ましく思う。自身の磨いてきた技術を誇る彼は、正にジンとは真逆の道を歩んできたのだろう。
 しかし、これはジンも自分で選んだ道だった。どれほど極めようとも報われることはない「タチバナ」は、王家の武器として「敵」を倒し、また王家の異能を抑制する為、ただ非情に粛清する。
 そんな裏切りの盾が、もし報われるとするのなら、それは王家が未来永劫の幸いを手に入れた時だろう。

 ジンはタイラーの動きを注視しつつ踏み込んでゆく。ゆらゆらと構えたままカウンターの姿勢が見えた時、ジンはタイラーの左足元へと狙撃した。
 足元への唐突な狙撃に、タイラーは足を止め、ジンはそのわずかな隙へ攻めに行く。
 しかしそれも、風に乗るように躱され、後ろをとられかけるが、こちらも旋回するように放った蹴りでタイラーの攻撃を阻んだ。

「おっ!?」

 蹴りから僅かに距離を取ったジンは、開いていた左腕を右の懐へ突っ込む。その動作に、タイラーは驚いていた。

 ジンの右懐から見えたのは、もう一丁の競技用ピストルで、すでに安全装置は外されている。間を取ることなく続いた銃撃音にタイラーは、慌てたように身を躱していた。

「おおおお!? あ、あっぶなー」
「……」

 躱すか、と、ジンは内心で悪態をついた。しかしタイラーが、この程度の奇襲にハマるとも思ってはおらず、納得もする。
 
「に、二丁!?」

 タイラーの驚きのコメントには答えず、ジンは二つの弾道でタイラーの動きを塞いだ。
 二丁による装填ディレイカットから3発目。ようやくタイラーが腕のストッパーで弾丸をガードする。

 当たった。
 
 ジンはそのまま立て続けに射撃を行いタイラーを追い立てにゆく。一気に攻勢に踏み込んで来たジンに驚きつつもタイラーはその顔に笑みを浮かべていた。

「良い。実に良いですねぇ! こういうの待ってましたよ!!」

 タイラーの身体は幻惑の歩法を最大限にしたのか、その姿が陽炎のように薄っすらとしたものへと変じていく。
 火力で押し切ろうとするジンの攻撃を擦り抜けて間合いを詰めようと挑んで来た。

 交わり、離れ、ジンとタイラーは互いの技術の粋を凝らして、攻防の応酬を行う。ジンの銃撃が、タイラーの体術が、造花を揺らす。
 一度間合いが離れた時、ジンはベルトにセットされていたマガジンを装填しながら、タイラーの動きを追った。
 視覚が捉えきれないとしても、おおよそまでなら掴める。
 ジンは慎重に位置取りをしつつ、再びタイラーの足元へ狙撃し追い立ててゆくと、かかとにカチンと金属が当たる音がした。

 タイラーも少しずつジンが自分の動きに対応してきていて、その額に汗らしきものを浮かべている。苦しいと感じているはずなのに、その表情はずっと楽しそうだ。
 しかし、それはジンも同じだった。
 これほどまで自身を追い立て、考察のしがいがある相手も久しぶりで、グランジとの個人戦を思い出す。
 普段の戦いとは違う、読み合いの先にある結果が楽しみで仕方がなかった。

「これは、このまま続けても決着がつかない。楽しいけど。これじゃあ状況が動かせないなぁ!」

 タイラーが吠え、総身に力が入るのをジンは見逃さなかった。
 間髪入れず右の銃による射撃。当然躱される。
 続けて左の銃による射撃。タイラーはそれすら避けて接近してくる。しかしタイラーは、最終的に間合いへ来ない限り決定打を打てない。
 ジンが作った二つの射線を避けた事でタイラーの動線は限りなく狭まっていた。
 だからこそ、

 ジンの身体がくるりと旋回し背後にあった『あるもの』を引っ掴むとそのまま投擲。銀光がタイラーに一直線と飛んでゆく。
 ジンが投機したのは、タイラーの剣だった。彼ははぎょっとした顔を浮かべ、直後に大きくブレて銀光を擦り抜ける。

 空気を裂き、突風となったタイラーが全身を伸ばしてジンの間合いへと入ってきた。そして、タイラーの指がジンの造花に触れるか触れないか、その直前。

 遅いと、ジンはタイラーの右側へと身体を擦り抜け、銃口で胸の造花を捉えた。
 
 銃声。利き腕となる右手から発射した弾丸は、正確にタイラーの造花を打ち抜き粉砕した。

107

 戦闘終了のアナウンスが響き、セシル、セスナ、クロード、シュガーの4人は一旦距離を取る。通信デバイスからタイラー脱落の連絡が流れクロードは頭を抱えていた。

『マグノリア騎士団の青の造花が3個破壊されたことにより、この試合は宮廷騎士団の勝利となりました。両者武器を納め、待機地点へと集合お願いします』

 一方的な通信は必要事項だけを伝えて途絶える。セシルは少しだけ心配そうに彼を眺めていたが、口元に笑みが見えほっとした。

「流石だな、宮廷。我が隊の隠し玉が落とされるのは想定外だ」
「こちらもタチバナ一名を取られ、後がなかった。彼らの奮闘は賞賛に値するでしょう」
「ふ、なかなか楽しかった。貴殿の武運を祈ろうストレリチア卿」
「感謝いたします。必ずこの宮廷こそ頂点であると証明して見せましょう」

 握手をする二人へセスナは拍手をしていたが、シュガーの悔しそうな心境もわずかに感じていた。

 一方でタイラーを倒したジンは、久しぶりの接戦に疲れ、思わず床へと座り込んでしまう。救護班はタンカは必要かと聞いてくれたが、少し休めば動けそうで水だけもらっていた。

「くっそぉ、ジンさん強すぎっすよ……」
「タイラーさん……」
「よりによって自分の投げた剣にやられるとか、投げなきゃよかったぁぁー!」

 ジンはへとへとなのに、タイラーは何故かピンピンしていた。長期戦になっていたら負けていたかもしれないと思うと、どんな相手にも油断してはならないと反省する。

「と言うか二丁使ってる人初めて見ました。かっこいいっすね!」
「あんまり推奨されないんですけどね、メリットないんで……」

 二丁は右手が使えなくなった際の保険として機能すれば良いと思っていたが、初戦から使わされるとは思って居なかった。

 タイラーの技術は『王の力』に頼るものではなく、これは「タチバナ」とは言えないが、相手の動きへ打点を生み出すことは「タチバナ」の得意分野とも言える。

「ジンさん、ありがとうございました! 準決勝、頑張ってください!」

 爽やかに笑い、手を差し出されたことでジンは戸惑ってしまった。こうして勝っても舌打ちをされたり、相手が動かなくなっていたぐらいしか印象にはなく、そう言うものだと認識していたからだ。だが、憧れていたことでもあり嬉しいと思ってしまう。

「ありがとう、ございました」

 これ以上、何を話せば良いかわからないが、握手をするとタイラーも強く握り返してくれた。

「おっと、じゃあちょいこれから用事あるんで失礼しまーす!」

 タイラーはそう言って軽快に走り去ってゆく。初戦を敗退した後の用事とはなんだろうと思い、ジンは考えながら待機所へと戻った。そしてその道中でキリヤナギからのメッセージを確認する。

 待機所には、先に脱落したリュウドとグランジがいた。グランジは他の試合の様子をデバイスで見ているが、リュウドは目線が下を向きかなり深刻な表情を見せている。

「グランジさんにリュウド君。お疲れ様です」
「……うん」
「……」

 グランジは何も言わず「話しかけない方がいい」と、ジンへ首を振っていた。コトブキ・シラユキは、春の個人戦の結果が尾を引いているとも言っていたが、ジンはリュウドへそんな気配を感じた事はなく疑ってしまう。
 俯く彼の隣へ座り、目の前のモニターを眺めていると、セシルとセスナも待機所へ戻ってくる。

「やぁみんな、お疲れ様」
「隊長。お疲れ様です」
「三人とも見事な成果だ。特にグランジ、2名を落としたのは流石と言わざる得ない」
「恐縮です」
「ジンも、タイラーはやはりエースだったようだ。窮地を救われたよ」
「グランジさん、脱落してたんすね、よかったです」
「リュウド、負けは誰にでもある。きにしなくていい」
「……はい」
「皆の戦績のおかげで早く終わったし、1時間半の休憩だ。相手チームを予想しながら対策を練ろう」
「個人的には、ローズマリー騎士団の方が、穏やかで読みやすそうなので応援したいですねー」

 セスナはセシルに頬をつねられていた。確かに次の試合相手は、ハイドランジア騎士団かローズマリー騎士団で、現在でも試合が続いている。
 流石のセスナも画面越しには読めないそうで、楽しそうに映像を見ていた。

「あの、隊長」
「ジン、どうかした?」
「時間あるなら、俺一度王宮に戻って良いですか?」
「王宮に? 忘れ物かい?」
「いえ、殿下にちょっと……」

 セシルが驚き、時計をみる。次の試合まで残り80分ほどだろうか。次の演習場はまだ不明だが、うまくタクシーを拾えれば30分で往復はできるだろう。

「わかった。なら戻る時は王宮から直接次の演習場に移動してね」
「はい」
「殿下。何かありましたか? 緊急事態でも?」
「セスナ、それはきっと聞いてはいけないんだよ」

 セシルの言葉を聞いた直後、セスナの中へジンの心が流れ込んできた。彼はその内容へ納得した表情をみせ、感心しているようにみえる。

「そうでしたか、失礼しました。ここからだと、アセビ駅がそれなりに大きいのでタクシーも沢山いるはずです」
「助かります」
「お気をつけて」

 四人は、王宮側が用意した直通バスで次の演習場へと移動する。同じ場所の可能性もあるため、終わるまで待機だ。
 ジンが出ていく様を、セスナのみが見送りグランジもセシルも気にもしない。リュウドもまた睨むようにモニターを凝視していた。

108

 試合が終わり、小規模な拍手が起こる大広間でキリヤナギは、複雑な表情でそれをみていた。
 喜ぶべきことなのに、ククリールの事が頭から離れず何を話せば良いかわからない。見かねたアレックスは、王子の横へ座り高らかに語り始めた。

「タイラーは、『タチバナ』潰しとして一役買えると思っていたが、そう上手くはいかなかったか。流石の個人戦一位、伊達ではないな」
「『タチバナ潰し?』」
「【千里眼】はフェイクだ。驚いただろう?」
「うん。リュウドが倒されるとは思わなかった」
「『タチバナ』が無能力に意味がないのなら、体で戦う者を当てることこそ最大の打点だと思っていた。だが本家タチバナはその上をゆく。強いな」

 嬉しくなり、少しだけ気持ちが落ち着いた。宮廷戦が終了したことで、画面はクランリリー騎士団の試合へと切り替わる。
 相手はウィスタリア騎士団で、クランリリー騎士団の【千里眼】の騎士は、騎士達の戦う【動き】から、全ての異能力を言い当て対策を立てていた。またウィスタリアの【未来視】の騎士は、片目のみに【未来視】を反映し、【現在】と同時進行で見る神業を披露している。

「私も毎年楽しみにしておりますが、とても面白いですわ。この戦いのために皆は『王の力』を学び高め、磨いているようなものでしょう。開催を感謝いたします。王子殿下」

 ミルトニアの言葉にほっとし、ようやく冷静になれてくる。
 ククリールとはもう連絡は取れずどこにいるかはわからない。しかし、先程アレックスの言う通りカレンデュラ行きの特急列車は一日に数本しかなく、朝と午後と夕方のみだ。
 午後の便が、あと1時間ほどで発車するのを鑑みると、ククリールはおそらくこの列車へ乗っている。どうしようかと考えているとセオから耳打ちがきて、キリヤナギは一度席を立って広間からでた。

「ジン?」
「はい、間も無く着くそうですが……」

 セオは少し困っている。きっとそれ以上は聞いていないのだろう。別室で待っているとジンが駆け足で現れ礼をする。

「殿下。もどりました」
「ジン、ごめん……」
「大丈夫です」
「何故ジンがここへ?」
「ククが、カレンデュラに戻る前に顔を見たいと思って……」
「は??」

 キリヤナギの申し訳なさそうな表情にセオは、困惑を隠せなかった。ククリールからの最後のメッセージらしきそれは、確かに別れを告げるものだったが、王子の言葉は、催事を途中で放棄すると言う意味にもとれるからだ。

「本気ですか? 主催されたと言う大会でそれは他の貴族の方々に失礼です。陛下の誕生祭とはちがうのですよ?」
「わかってる」
「ジンも何故わざわざ……」
「みんなそう言うから」

 セオはハッとした。そして、当たり前の言葉を口にした自分へ息が詰まってしまう。

「決勝前のメディア会見までには戻る……」
「自動車でいっても道が混んでいればどうなるかわかりません。駅前は特に交通網が複雑でーー」
「殿下。下にタクシーが配車済みです」

 セオは、項垂れるしかなかった。しかしジンがここへいるのは、セシルの「行って構わない」と言う指示なのだろう。何故赦されたのかは分からないが、思い出せばセシルの警備方針は「そう」だった。
 他の騎士ならば、王子のわがままへ付き合ったと言うレッテルが貼られ今後どうなるかはわからない。
 だが、ジンならば確かに「許される」。
 それは、何年も前から「当たり前」に行われてきたことだからだ。

「間に合わなかった場合の責任は、ご自身で取られますか?」
「うん。その時はみんなに正直に話して謝るよ」
「現情勢から見て『正直である事』が果たして国民の理解を得れるかもわかりません」
「その覚悟は持ってる。どう思われても僕の意思であったことは間違いないから後悔はしない」

 王子の言葉に、迷いはなかった。むしろこんな時、セオは迷った王子を見た事がなかった。
 子供の頃の王子は、これを大人に押さえつけられ、形だけでも「無難」な王族として印象づけられてきたが、その本質は確固たる信念を持ち、揺らいだ事はない。
 数年前までは……。

「分かりました。1時間程度ならば、休憩に入られたとお伝えしておきます」
「ありがとう、セオ」

 王子は、華やかな礼服の上にコートを羽織りジンと早足で出てゆく。列車の時間までギリギリだが、飛ばして貰えば間に合う時間だろう。
 自動車向けの通用口へ急いでいると、通路の傍に見覚えのある姿がみえる。向こうもこちらに気付き思わず立ち止まった。

「シズル!」
「殿下!? ジンさんも、何故ここへ」
「ごめん。ちょっと出かけてくる、急いでるから……」
「出かける? ジンさんは試合では?」
「護衛のが優先なんで」

 シズルは、驚いていた。彼は歩を早めようとする二人を引き留め、まるで条件反射のように続ける。

「ジンさん。私が変われないでしょうか?」
「変わる?」
「貴方の代わりに、私が試合へと」
「え、ほんとに?」
「マジ?」

 シズルの目は真剣だった。そして、味方になると言ってくれた彼の言葉を思い出す。

「同じとまでは行かないでしょう、しかし少しでも、ジンさんの助けになれればと思っています」

 集団戦はルール上、同じ騎士団ならば、人が変わる事を許されている。それは突然の怪我や急務による有利不利を発生させない為だ。

「分かりました。俺からセシル隊長へ連絡します。手続きはデバイスでできるみたいなので、車内で連絡しますね」
「はい」
「シズル、ありがとう」
「光栄です。お気をつけて」

 ジンは、乗りつけたタクシーへキリヤナギを乗せ、出来るだけ早く駅へ向かって欲しいと運転手へ相談する。
 王子が乗ってきたことへ驚いた運転手だったが、冷静になり急いで向かってくれることとなった。

『シズル君が? たしかシラユキ家の?』
「はい、一応俺から代理の手続きはしておきました」

 車内にて、通信デバイスにてセシルへと連絡をとったジンは、シズルと入れ替わる旨をセシルへと伝えていた。

『間に合わないのは確実かい?』
「すいません」
『はは、予想はしていたけどね』

 セシルの余裕のある態度に、音声を聴くキリヤナギも戸惑っている。何を言われるかわからないと一応不安にはなっていたからだ。

『君の代理なら、シズル君にはジンと同じ期待をさせてもらおうかな』
「え”」
『信頼しているんだろう?』

 ジンは深く考えては居なかった。ジンが出れなくなるチームで頭数が足りなくなる不安はあり、代理をやってくれるならありがたいと思っただけだが、セシルの意思確認から、信頼してみたいとも思える。

「はい。きっと大丈夫です」
『わかった。殿下をよろしくね』

 セシルはそう言って、演習場へ移動すると言い通信を切った。
 窓の外を見ていたキリヤナギは、まるで意表をつかれたように驚いて固まっている。

「ジンって、シズルとそんなに仲良かったの?」
「え、別に普通ですけど……?」
「普通??」

 まるで問いただすように見てくるキリヤナギに、ジンは戸惑う事しかできなかった。
 
 そんな、キリヤナギとジンが首都へ繰り出す頃、通信を切ったセシルは残った3名へと向き合う。

「やっぱりそうなっちゃいますよねー」
「ジンにしかできないことさ。今更だしね」
「……」

 このチームにジンの行動を諌める騎士はいない。リュウドでさえもジンは元々「そう言うもの」だとわかっているからだ。

「さて、シズル君が変わってくれたが、『タチバナ』はリュウド君、君しかいなくなってしまった。プレッシャーをかけるようだが期待してるよ」
「はい、今度は負けません」

 リュウドの心境へ、セスナは少しだけ心配していた。『タチバナ』である彼の心は、当然のように読みにくく言語化できないが、普段とは違う感情を彼が得ているのはわかる。このイレギュラーな不安定さはいわゆる「不調」や「スランプ」に見られる情緒だからだ。
 セシルは、まだジンのようにこのリュウドも計っている。
 ジンは褒められる事で調子を崩すタイプだが、リュウドはどうなのだろうとプレッシャーをかけ反応を見ている。これで勝てれば、リュウドはプレッシャーこそ力に変えるタイプだと証明されるだろう。

 準決勝のフィールドは木々が生い茂る林だった。
 先程と都市型の演習場より更に視界が悪く、銃で戦うにも木々が邪魔して狙いにくい。【千里眼】でも樹々の青葉が邪魔をして見づらくも感じるのは、おそらく「あえてそうされている」。ここは、【千里眼】が機能しない事を想定した演習場であり、この場でこそ、セスナの「異能」が役にたつ。

「もう着いておられるみたいですね」

 バスを降り、四人が待機所へむかうとそこにはデバイスを見て準備を整えたシズルがいた。彼は4名を前に深く礼をする。

「宮廷騎士団、ミレット隊所属。シズル・シラユキです。かのジン・タチバナさんより、代理として参りました。よろしくお願いします」
「やぁ、ストレリチア隊大隊長。特殊親衛隊隊長のセシル・ストレリチアだ」
「同じく、副隊長のセスナ・ベルガモットです」
「タチバナ隊、グランジ・シャープブルーム」

 リュウドはシズルと目を合わせ少しだけ黙っていた。その眼光は鋭く緊張感を放っている。

「シラユキ隊、リュウド・T・ローズです」
「……」

 シズルは複雑な心境を隠せなかった。あの時、ジンには連絡をいれたシズルだったが、リュウドには伝え切れてはいなかったからだ。

「ローズ卿。私は、必ずやあなた方のために全力を尽くすと誓います」
「はは、頼もしいね。期待しているよ」
「そんな緊張しなくていいですよ。力抜いていきましょー」
「え、は、はい」

 戸惑っているシズルの心境にセスナは初々しさを感じていた。

 そうして特殊親衛隊達が合流して行く中、向かい側の待機所にも対戦相手となる5名が到着する。
 ハイドランジア騎士団総隊長兼、ハイドランジア公爵家家長。クロガネ・ハイドランジアは、黒髪を長く下ろす美女と共に演習場へと足を下ろした。
 クロガネはその名を裏切るように金の前髪を無造作におろし、赤い瞳で広い演習場を高みから眺める。

「久しぶりに来たけど、意外と変わってないですねー」

 メガネをかける美女は、一言も喋ろうとしない騎士団長へ笑い、後ろから降りてくる仲間へと視線を移した。
 目を引いたのは、誰よりも身長の高い巨漢で、その隣にはまるで比較するように小柄な女性が立っている。

「あんた達並ぶと本当異世界に来たみたいだわ」
「ビネガー副隊長。揶揄わないでください!」
「隊長……」
「……」

 メガネの女性は、ハイドランジア騎士団所属のユズ・ビネガーだ。彼女はこのチームで、大将のクロガネに続く副隊長を務める。続く巨漢はエストル・クレビア、彼は前日の腕相撲大会で準優勝をおさめた筋肉質の男性だ。

「首都の空気ってこんなにマズイんですね……演習場なら少しはマシだと思ったのに……」
「でた、ルナリアの首都嫌い」
「ガーデニアの清浄な空気が懐かしくなります」
「また自国自慢……?」

 小柄な女性は、ガーデニアより帰化したルナリア・ガーネット。また彼女の言葉へ皮肉のように返したのは、短い黒髪のリリア・ホウヅキだった。
 ハイドランジア騎士団の5名は、男性より女性の多いチームであり、彼女達特有の高い声が待機所へと響き渡る。

「私は隊長と一緒にその辺ウロウロしてるので、みんな頑張って!」
「は?? 副隊長またサボるんですか? いくら隊長が優しいからってーー」
「リリアさん。副隊長は一応護衛ですからーー」
「エストルいればなんとかなるでしょ、リリアも適当に偵察しとけばいいし」
「またそういう事ばっかり! 隊長もエストルもなんか言ってくださいよ!」
「なんでもいい」
「隊長……」

 クロガネは無表情で皆を眺め、エストルとも目が合った。しかしクロガネは安心したように再び演習場を俯瞰する。

「私は初めてだが、適当に頑張れ」
「なんで隊長が投げやりなんですかーー!?」
「あはーっはは、だから、クロガネ隊長は優勝に興味ないって!」

 ハイドランジア領も毎年予選を行ってこの騎士大会の代表を決めるが、クロガネは公爵と兼任しており選出は全て事務員へと任せていた。
 平和なハイドランジア領はそもそも大会に出たがる騎士は少なく、今回は希望者のみで行うこととなったが、希望した騎士が10名もおらず、クロガネが数合わせで5対5の演習を行い、勝った方がここへ来た。

「そもそもなんで一回戦なんで勝てたんですか……私みてなかったんですけど」
「エストルが全部倒した」
「はー? やっぱ最低っすね」
「リリアさん、もっと褒めてください、ガーデニアは最強です」
「褒めてないし! というか全く正々堂々としてないし!」
「反則じゃないからいいのいいのー。隊長も許してるし」
「いいのですか?」
「怪我しないなら良い……」
「はーー! もう私護衛してよっかなああ」
「だーめ!」

 ユズは腹を抱えて笑っていた。
 リリアは不満そうに腕を組み無口なクロガネを見て踵返す。

「楽に勝てるなら、それに越したことはない」
「一応本気なんですけど! 私!」
「まぁまぁ、怪我したら隊長に泣きいついたら治してくれるし! エストルも『王の力』つかったら戻ってきなさいねー!」
「お、おう」

 穏やかなクロガネとエストルは、女性達の強さについてゆけてはいなかった。ハイドランジア騎士団長。クロガネは【細胞促進】の異能を持つ7貴族の一人でもある。

「クロガネ隊長とシルフィお嬢様は、性格までほんとそっくりなのに、ツバサ様は真逆ですよねぇ……」
「ツバサ様はヒイラギ王妃殿下にそっくりじゃない。根は優しいけど言葉キツイところとかさ……」
「王子殿下? 体調崩されたって聞きましたけど、なんか理解できると言うかぁ……」
「よその家庭なんだからそれ以上はシッ!」

 クロガネは、ルナリアとリリアの二人を見て首を傾げていた。
 そして、間も無く試合が開始される頃、セスナはマグノリア戦と同じくして、3人の心の声を接合を行う。位置としては中央にグランジ、東側へリュウド、西側へシズルを配置し、心の動きを察知する。

『ベルガモット副隊長、すごいですね』
「シラユキさん、セスナでいいですよ。恐縮です。でも、代わりにそこまで深く読めないのと、忘れられてたらわからないので、そこはご了承下さいねー」
「マグノリアはみんな真面目だったけど、ハイドランジアはどうかな?」
「うーん。それなりに意識されてる気はしますね。【読心】って割とキーポイントにされがちなので」

 理解度に応じて心を読む【読心】は下手をすれば作戦までもが読まれる可能性があり、【身体強化】に次いで警戒がされやすい異能でもある。しかし、言語化されていない声は、解読も難しく完璧に把握するのは時間がかかる為、戦闘中に行使するのは難しい。

『ストレリチア隊長はハイドランジア公爵閣下の事をご存知ですか?』
「あぁ、何度かお会いした事あるけど、あれほど緩い公爵閣下を私は知らないね。参加されているのが驚きなぐらいだよ」
「騎士団長も仕方ないから引き受けておられるみたいでお忙しそうでしたよねー。それでも、最後にお会いしたのはですけど」

 噂では、来年大学を卒業するツバサが、現在兼任している騎士団業務を引き継ぐとも言われている。気性が荒い事で有名な彼だが、リーダーとして人を率いることには長けておりその指示は的確とされていた。

「さぁ、2回戦。勝ちに行こうか」
「はい!」
『『『はい』』』

 騎士大会・集団戦。
 第二回戦が間も無く始まる。

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