第二十九話:意義の変遷

 空気が冷え込み、朝のニュースには気温の低下が放映され始めた頃。シズル・シラユキは、その日も平常通り出勤して朝礼へと望んだ。集まった騎士の同僚は同世代も多くいて、皆真剣に隊長の挨拶へ応じる。
 その日は、午前から事務作業があり午後からは学園の巡回警備だ。同期は「学生の彼らが羨ましい」ともこぼすが、シズルは何よりも彼らが安全に学べる環境を提供したいと願い、それは王子たるキリヤナギへ向けても変わらなかった。
 朝礼を終え自身の事務所へと戻る途中、シズルは告知掲示板の文書へと視線をとられる。
 目に入ったのは毎年開かれる騎士大会・集団戦の開催予告だ。「王の力」を借り受けた騎士達が、与えられた力を使いこなせているかどうかを王と王子へと見せる大会。
 春と秋に開催され、個人戦と集団戦の年に2回行われる。
 シズルの父もかつて出場したことがあり、少しだけ楽しみにしていた行事でもあった。

「お戯れも大概すね」

 突然口を開いた同僚に、シズルが思わず目線を向ける。
 ジギリタス連邦国家との終戦から約40年以上が経過し、このオウカの国は、敵国への強さの誇示のため、この「異能の祭典」を定期的に開催しているが、長く続く平和により「開催が不要」という声もあがっているからだ。
 騎士団からすれば自らの存在意義に直結し、また当時戦闘員だった世代が在籍していることから、それは重要なものとされているが、シズルの世代はそれを所謂「抑止力」として学びながらも、戦争をしらず、また少年期に戦争の悲惨さなどの教育を受けた事で「戦争は起こしてはならないもの」と言う認識が強いからだ。
 また戦争は起こさない為には、武器を持たず「戦わない意思」を示す事が大切であるとされ「戦う力の誇示」そのものが否定されつつある。
 しかし、それでもこの大会が開催されているのは、戦争参加者の騎士が在籍中であることもそうだが、数ある王宮での祭事の中で唯一「王子が楽しみにしている」行事でもあり、騎士団がそれを言い訳に開催を推し進めている実情もある。
 キリヤナギは隠してはいないが、騎士団が言い始めた事で誤解を生み始めている側面もあり、シズルはキリヤナギの不憫さへ同情せずにはいられなかった。

「ご本人も知らないままそう仰るのはよくないですよ……」
「殿下のお気に入りって、そんなに気を使わないといけないんですか?」

 思わず顔を顰めてしまう。
 シズルは紛れもなく本心だが、不要と囁かれる祭事が「王子の遊び」にすり替えられてしまった事で、他の騎士達がそれを王子の意思だと誤解するのは自然な事だとも思うからだ。
 また去年、誕生祭が中止されていたにも関わらず大会だけが「御前試合」として開催された事で、より一層その意識が強まったとも言える。
 
「一度お話されてみては? 印象が変わりますよ」
「絡んだら報告いくって聞いてるのに、俺にそんな勇気ないですよ」

 その純粋な目は、皮肉ではないのだろうと、シズルはため息を抑えながら立ち去ろうとする。
 シズルの同期生だけにとどまらず、ここ数年間でミレット隊へ入隊した騎士達は、隊と王子の関係性を話されたことで「触れてはならないもの」と言う意識が強いからだ。
 見かけても見守るのみで関わらない。話しかければ報告が行き、それは大隊長のクラーク・ミレットへと伝わる。
 軽口をきけばどうなるかわからない隊で、シズルは唯一王子へと近づいたある意味「勇者」でもあった。

 そんなシズルは、騎士の愚行により忠臣とされながらも「王子へ信頼されていない」と言う矛盾へ納得ができていなかった。
 騎士の行いは許されざるものだったが王宮で見かける王子は、活力に溢れ時々訓練を見にきたり、使用人や飼われる動物達と和気藹々と過ごしている。
 「冷え切った関係」など嘘のようで、思わず興味が湧いてしまった。
 同僚からみれば、奇特な行動だったのだろう。
 シズルは今、このミレット隊で唯一王子へ許されたとして同僚からも「殿下のお気に入り」として茶化される。

「実は俺もこの大会楽しみにしてて、学生時代に観戦にも行ったことあるんですよ」
「そうなのですか?」
「はい。去年は騎士長の『タチバナ隊』が出場してたんですけど、今年はメンバーが変わるみたいで」

 騎士大会・集団戦は、全国より各領地の騎士団から代表の1チームが参加する。精鋭5名で組み、そのチームワークを競うものだ。

「個人戦も『タチバナ』がとってるので、入れ替えなのかな。ちょっと残念なんですけど」
「……」

 「王の力」を魅せる大会で絶対有利とされる「タチバナ」の参加は、本来の目的が果たされていないとも言われている。
 その実力に間違いはないが、「タチバナ」の在り方は「王の力」の抑制であり、優勝する事で「それを証明するもの」になり下がっているからだ。
 「王の力」を的確に使いこなし、いわゆる【プロ】とされる騎士を相手取って優勝する事は、当然並々ならぬ努力では出来ない事だが、勝って当然と言う「タチバナ」の優勝は、賞賛する者もいれば非難する者もいる。

「【服従】の為でもあるんですっけ? 持ち上げられてるんですかね……」
「タチバナさんの実力を疑っておられるのですか?」
「だって今年個人戦は、殿下も決勝しか見てなかったじゃないすか」

 個人戦のギャラリーにキリヤナギが出てきたのは確かに終盤だった。
 シズルは体調に不安でもあった上での参加と聞いており、顔が見られて安心していたものだが、この事実は一般に周知されておらず、そう見えても仕方のないのだろうと思う。

「王子の仕事って俺らほど厳しくないんだなって、ちょっと羨ましくなりましたね」

 騎士家系である自分と一般からの同僚の温度差なのだろうと思う。
 一族で支えるシラユキ家は、長く王宮へ仕えてきた事で多少の「非公開」の事実が流れてくる事はあるが、彼は一般から騎士を専攻し入隊してきた本当の意味での『新人』だからだ。
 また近代化において王政が意味が問われる時代。人が皆、権利を獲得した現代では、王族も神聖なものから人間であると国民が理解し、人としてあるべき形が求められている。
 王なら王として、また王子ならば王子として、こなすべき仕事をやってこその特権であり立場であると。
 しかし、王子の誕生祭を「仕事」と捉える事は、正しくもあるが本来の祝いの儀式からは遠く離れており、複雑な気持ちも得てしまう。

「今季は、どこの隊から出場されるのでしょうか?」
「先輩が言うには『特殊親衛隊』らしいですよ」
「はい?」
「確かストレリチア隊? タチバナ隊の人もいるんでしたっけ? よく知らないんですけど、春にやらかした公開処刑ですよねこれ、俺怖くて震えちゃって……」

 名誉挽回のチャンスなのか、それとも恥の上塗りのなのか。その本意はシズルにもわからない。しかしこの大会で敗北し、彼らの立場が危うくなるのは、シズルも望まなかった。

「シラユキさんはどう思います? そう言うの」
「私は、殿下が愛されている方々の実力が、疑われている事へ残念でなりません」

 驚いた表情をみせる同僚に、シズルは言葉を続けることはなかった。彼はまずいことを言ったのではと、困ったような顔を見せる。

「俺からしたら、なんでそこまで気を遣えるのか分からないんすけど、疲れないんですか? それ」
「? 何がですか?」
「騎士貴族っそう言うもん? 自分の事とか考えないのかなって」

 目を逸らした彼に、シズルは少し迷った。
 しかし自分を客観視した時、シズルの考えの全ては王宮、王家に寄り添うものであり、そこへ自分の価値観は踏まえていない事にも気付く。
 王族を雑念なく支えるシズルへ、本音を話せるよう、あえて本音を話してくれたのなら、シズルは認識を改めなければならない。

「確か一般平民からの方でしたよね……」
「え、はい。今期、コネ無しで入ったの、俺しかいなかったので、話せる人いなくて、地雷ふみました??」
「はい」
「え”、すみません」

 優秀なのだろうとシズルは感心しかできなかった。
 宮廷騎士は、要人の警護を主とする為、その出自から家柄までも徹底的に調べ上げられてから選抜され配属される。
 よって大半が騎士貴族や貴族でもあり、政治的な思想を持つ者やシズルのように、王族を心から敬う騎士達が大半を締める。
 そんな場所で、今まで一国民として生きてきた彼が、浮いてしまうのは当然だからだ。

「何故、私へ声をかけてくださったのですか?」
「シラユキさん。いつも1人じゃないですか、俺も1人だし……」

 シズルは、他の同僚の「他の隊の騎士を見下す言動」へ呆れ、距離を置いていたのはそうだった。しかし、シズルの場合は家柄もあり、放っておかれることもなく「王子のお気に入り」として茶化され、無難な日常を送っていたが、彼はそうではないのだろう。
 思わず笑いが込み上げ、彼を困惑させてしまった。

「な、なんですか」
「いえ、すみません。つい新鮮だったもので……」
「新鮮……?」
「はい、でもそうですね。えーと……」

 一般平民の彼へ、王族を敬う言葉を話しても恐らく理解はされない。どういえば伝わるかと考えた時、シズルは妹がとあるゲームのキャラクターを熱く語っているのを思い出した。

「我がシラユキ家において、王族の一員たるキリヤナギ殿下は『推し』のようなものなので、あまり悪く言わないで頂けると嬉しいですね」
「『推し』??」
「はい、好きなアイドルグループのお気に入りの人が同僚に皮肉られたらイライラしません?」
「た、確かに……」
「今後気をつけて頂ければ、今回は気にしません」
「本当すか! よかった……」
「改めまして、シズル・シラユキです。貴方は?」
「カルム・リップです」
「可愛らしいですね。チューリップからですか?」
「は、はい。よく言われます……」

 カルムはげっそりしていた。

85

 そうやって、シズル達が今日の平常業務へ向かう頃、久しぶりに朝礼へと参加したジンは、自分を呼び出したセシルの執務室へと足を伸ばしていた。

「自動車の運転免許ですか?」
「うん、ジンも乗れたら殿下の送り迎えに使えるからね」
「……」
「どうかした?」
「殿下、乗ってくれるかわからなくて……」
「……」

 セシルはしばらく勘ぐり「寄り道」を察した。徒歩で帰っている今なら、好きに喫茶店や公園にも寄れるが、自動車なら止める場所を選ばなければならならず、すぐに王宮へ着いてしまうからだ。

「ははは、まぁ無いよりあったほうがいいし考えてみてよ。費用は経費で落ちるから」
「グランジさんは……」
「彼はもう持ってるからね」
「え”っ……なんで使ってないんすか……」
「さぁ?」

 絶句しているジンへセシルは、笑いを堪えていた。セオも持っている為、改めてジンの興味の狭さに呆れてしまう。

「取るなら殿下に相談してね。数ヶ月は教習所へ通う事になるから」
「わ、分かりました……」

 ジンはその日、ストレリチア隊の訓練に参加し、午後には王宮へ戻ってキリヤナギの帰宅を待つ事にした。
 そんな騎士棟から王宮への帰り道で、ジンは掲示板に貼られている騎士大会の通知を見て事務所へと戻る。

「ジン、自動車なんて興味あったんだ?」
「ないっす」
「無いのに取るの??」

 自動車教習のパンフレットを見せられ、キリヤナギが訝しげにジンを眺める。セシルに進められたと聞いたキリヤナギは、「ふーん」と一度ジンをみて、グランジも見た。

「決めてないんですけど、とりあえず報告だけ?」
「取らない理由ないのに??」

 セオも思わず手を止めて突っ込んでくる。自動車免許は、取得にもそれなりに資金が必要で、それが経費で落ちるのは庶民にとっても待遇が良いと言えるからだ。

「セオとグランジさんがもう持ってるなら良いかなって」
「そう言う人に運転させる思考。ほんと自己中!」
「そう言うつもりじゃなくて……つーかなんで普段使ってねぇの?」
「僕が歩きたいだけ? でも雨の日はグランジが自動車で来てくれるよ?」

 思い返せば雨の日は率先してグランジが迎えにでていてはっとする。本人は気にしてもいなさそうだが、セオがじっと睨んでいて肩身が狭い。

「グランジもジンに何か言ってください!」
「……ジンだからな」

 何故か酷くショックで、キリヤナギにすら笑われている。恥ずかしくもなり、思わずパンフレットを見直した。

「自動車免許とるの?」

 楽しそうに聞いてくるキリヤナギに困惑もしてしまう。グランジとセオは、もう目すら合わせてくれないが、この2人の力になると思うと迷いは消えた。

「取ります……」
「え、意外」
「え??」
「……明日雹が降るんじゃ無い?」
「大人になったな……」

 グランジには、何故か褒められた。
 そんなリビングで談笑を楽しむ中で、ジンはキリヤナギの手元にある書類へと目がゆく。お茶を飲みながら見ているそれは、後ろから覗くと名簿のように見えた。

「名簿?」
「気になる?」
「今度の騎士大会・集団戦の参加者のリスト。今月初めから各領地で予選があって、勝ち抜いたチームが先週決まったんだ。殿下、楽しみにされてるから、簡単にまとめたやつ」
「予選からやってんだ?」
「一応ちゃんとした大会だし?」
「セオ、宮廷のチームないよこれ」
「宮廷騎士団は、毎年タチバナ隊から出場することになっているので無いのです」
「なんで?」
「他領地の騎士よりも、人数が少なくて多忙だから予選をやれるほど余裕がないの!」

 セオの張り上げた声にキリヤナギは首を傾げているが、ジンは察せてしまって何もいえなくなった。

「でも今年はなんか、俺も出るみたいだし……」
「え、ジンがでるの?」
「僕も聞いてないんだけどそれ……」

 セオに聞き返され思わず記憶を辿るが、アカツキは確かにそう話していた。

「父ちゃんが、特殊親衛隊を出せって言われてるって」
「なんで??」
「……さ、さぁ」
「なんで出るってわかってるのに理由しらないの??」
「そんなだから殿下にウソがバレるんだよ」

 誕生祭が尾を引いているなど、言えるわけがない。グランジはジンを右目でみて、小さく吐息した。

「アカツキ・タチバナ大隊長より、多少は聞いている。だが、特殊親衛隊の総括はあくまでセシル・ストレリチア隊長なので、選抜は任せると」
「そっか五人だから」

 キリヤナギの言葉にグランジはうなづいていた。確かに特殊親衛隊は8名おり、チームは5名で組む、残りの三人は参加ができない。

「私は論外ですから、実質7名からの5名ですね」
「ジンは確定なの?」
「わかんないです」
「どっち??」
「殿下、ジンはこういう人ですよ」

 ジト目で睨まれ、言葉に詰まってしまう。酒の勢いで口にした父の言葉を間に受けてしまった事に後悔もした。

「と言うか、また僕の知らないとこでなんかやろうとしてるし……」
「セシル隊長から話が来ていませんから、まだ未定なのでは?」
「父ちゃん、酔ってたんで……」
「えぇ……」
「抵抗しているのだと思う」

 グランジの言葉に、三人が一斉に彼を見る。本人は目線を逸らし、それ以上言葉を話すことはなかった。
 しかし、参加の打診を受けたセシルが、キリヤナギの騎士として役目を果たす為、参加を断ろうとしているなら、キリヤナギへ報告がいかないのも納得ができる。

「俺は結構楽しみだけど……」
「……本当自己中」
「え”っ」
「ジンのそう言うとこ、僕は安心するんだけど、やっぱり友達できないのも納得だよね」
「……」

 キリヤナギにも言われるとは思わず、ジンは再びショックを受けた。うなだれているとグランジが背中をさすってくれて、何故か虚しい気持ちになる。

「殿下、騎士大会を楽しみにされるのは良いですが、そろそろテスト期間では?」
「う”っ、こ、今季は欠席少ないから大丈夫」

 ジンが心配そうにしているのは、春に赤点を見られているからだろう。しかし、文化祭前の『タチバナ』の研究がきっかけで、歴史に対しての苦手意識が薄れてきている。世界歴史はさておき、自国の歴史は知っておかなくてはならないと思っていたからだ。

「歴史学は、お辛くないですか?」

 セオの気遣いに、どう返せば良いか分からなくなる。
 セオのこの言葉は子どもの頃、オウカ歴史の教科書に綴られる悲惨な王族の末路を読み、いつか自分がそうなるのではと怖くなって目を背けてしまったことから来ていた。
 学ぶのが怖くなり歴史の授業だけ逃げ、ほかの科目は人一倍努力をしていたら大人は理解を示し目を瞑ってくれていた。
 結果的に殆ど知らないまま大人なって、当たり前の歴史も知らず恥ずかしいとも思っている。

「僕のご先祖様が殺されたみたいな言葉がでると、やっぱり悲しくなるけど、『タチバナ』の経緯を勉強したらちょっと面白いかなって思えたから、今は大丈夫かな」
「そうでしたか、良かったです」
「前期にはみんな教えてくれたから、落とせないなって思うと頑張れたし」

 外的な影響で前に進めたなら、それは十分な成果だろう。
 セオはそんな王子の成長に、何故か目を潤ませて視線を逸らした。

「立派になられましたね……」
「セオ??」
「ここ泣くとこ??」

 グランジは何も言わず、セオへハンカチを渡していた。
 その日は週末でキリヤナギは、王宮にて休日を謳歌する。外出も考えたが、久しぶりに敷地内を歩きたくなり、朝から動物達を見に行き、乗馬を楽しんでいた。
 午後からももう少し外の空気を吸いたいと思い、1人敷地内の庭園へと足を運ぶ。
 整えられた木々や花が咲き誇る庭園には、中央へ噴水があり鳥が止まって水を飲んでは、蝶もひらひらと舞っていた。
 空も開けて心地よく、噴水の縁へ座って休憩中していると、水を飲んでいた鳥が逃げず肩へ止まり、膝には鮮やかな蝶が羽を休めた。足元にはリスやウサギもいて、ウサギは思わず抱き上げて飼われている印を確認する。何も着いていないのは野生で裏手の林からきたのだと分かり、大地へ優しく降ろしたが、再び膝に乗ってきてしまい、キリヤナギはしばらくウサギを撫でて過ごした。
 庭園を巡回する警備兵はいるが、人の目を気にせずに置けるのは気楽だと青い穏やかな空を眺めて思った。

 しばらくリラックスしていると人の気配を感じたのか動物達が散会してゆく、すると脇には、いつのまにか副隊長クラスの青の騎士服を羽織る男性がおり、驚いた。
 記憶へ焼きつく彼は、セドリック・マグノリア。元キリヤナギ親衛隊副隊長。またクラーク・ミレット隊副隊長だ。

「ご機嫌麗しゅう。キリヤナギ殿下」
「……セドリック? こんにちは」

 それは久しぶりの会話だった。彼は「王の力」の一つ【読心】を預けられる能力者でもあり、緊張が走る。

「驚かせてしまいましたね。無礼をお許しください」
「えーっと……」

 元親衛隊といえど、キリヤナギはセドリックがあまり好きではなかった。
 それもかつて彼が親衛隊であった頃、キリヤナギの抜け出しがジン・タチバナと共謀していると知った彼は、ジンへ圧力をかけ、それをやめさせようとしたからだ。
 結果的には、キリヤナギの性格をよく知る騎士長アカツキ・タチバナが間に入り、キリヤナギの意思であることが示されたことで穏便に済んだが、セドリックはジンがキリヤナギを唆したと信じて疑わず、今もキリヤナギの周りに居ることには否定的な人物でもある。
 
「お身体の方は如何ですか?」
「最近は調子がいいかな?」
「何よりです。桜花大学院でのご活躍も伺っておりますが大変素晴らしいものでした」
「ありがとう」

 微笑で返すキリヤナギの肩へ、再び小鳥が羽を休める。セドリック・マグノリアは、落ち着いた表現でさらに言葉を紡いだ。

「ここ数年の周辺警護の方は如何ですか?」
「? セシルの事?」
「えぇ、任命されたとは言え私としては、彼は若すぎるとも認識しております」
「セシルは、よくやってくれてるよ。それがどうかした?」
「ストレリチア卿はかつて特殊親衛隊へ任命されるにあたり、自分では役不足であると一度断っていたのはご存知ですか?」
「……」

 これは、キリヤナギも少しだけ聞いていた。いつ来るか分からない有事へ対応するため、王族の周辺警護はかなり厳重に組まれてはいたが、キリヤナギが体調を崩したことでそれは一度見直されたのだと。
 王子の療養と警護の両立を目指すとした時、それは誰にも不可能だとも言われ、ひとまずは体調を優先とし、温和で王族に敬意を持つセシルへ白羽の矢がたった。
 しかしセシルは、当時自身が幹部の最年少であり、かつ隊の護衛任務の経験の乏しさから自分では務まらないことを話したが、間に入った王妃の切実な言葉に折れ、配属されることになった。
 つまりセシルによるこの警備の「緩さ」が許されてきたのも、全ては「体調の改善」の為であり、それが達成されたなら「役目を終えた」と言っても過言ではない。

「少しだけ? でも僕の意思を聞いてくれた騎士だから今はセシルなら良いかなって思えてるかな」
「そうですか。しかし、殿下の御身を最優先とした時、かのストレリチア隊は経験にも乏しいのも事実です。殿下の体調が改善された今、必要なのは強固な守りでもある。どうか敵へ隙をみせぬよう。もう一度我が隊を親衛隊として抜粋して頂けませんか?」

 少し予想していた言葉に、キリヤナギは返事に迷ってしまう。
 当時の親衛隊はクラーク・ミレットと、このセドリック・マグノリアの二人を柱とし、残り数十名の騎士達で成り立ってはいたが、この2人以外の騎士は、無鉄砲なキリヤナギへ付き合い切れないとコロコロ顔が変わっていたからだ。
 出かけようとすれば皮肉を言うほどに、王子周辺の仕事を嫌っていた彼らが、今更戻りたいといってもとても納得できない。

「セドリックは良くても、僕はあの時の騎士とはうまく付き合えなかったから、難しいと思う」
「しかし、キリヤナギ殿下。恐縮ですが私は、今の特殊親衛隊に貴方様を守り切る力があるとは思えません」
「……セドリック」
「我々騎士は、『結果』こそが全てであり『信頼』とはその上で勝ち取るもの。護衛としておきながら殿下へ触れさせた事自体、騎士としてはあってはならない。ご理解頂けませんか?」
「……」

 キリヤナギは言葉に迷っていた。
 このオウカの国を支える異能の性質により、敵国は王族さえ手に入れればその力を掌握でき、かつオウカの全てを手に入れる事もできる。よって当然のように、その血を引く親族は誘拐や暗殺ばかりで、中には赤ん坊の頃や10代で亡くなった者もおり、キリヤナギは20歳まで生きられているのが幸いにすら思えていた。
 キリヤナギもまたある程度は仕方がないと受け入れた事もあったが、それを続けていくには、自分の心を閉ざす以外道はなかった。

「近日の騎士大会に、特殊親衛隊を出場させると言う話はご存知ですか?」

 突然の話題の変更に驚くが、続く言葉が察せて思わず目を逸らしてしまう。

「彼らの実力が、果たしてどのレベルにあるのか確認するいい機会でしょう」
「戦いたくない人を無理に出しても面白くないよ……」
「騎士には騎士の必要な実力があるのです。適材適所と言う言葉もあります。彼らに殿下の護衛が務まるのならば、相応の結果が返ってくる。是非、楽しみにされて下さい」

 懐かしい皮肉にキリヤナギは悔しさを必死に堪えていた。守ってくれる彼らをキリヤナギも守りたいと願ってきたのに、結局何もできていないのがもどかしくも感じてしまう。
 目を合わせなくなった王子へセドリックは、一礼して立ち去ろうとするが彼は思い出したように足を止めた。

「もう一つだけ、お伝えしたい事が」
「……?」
「我が隊の、シズル・シラユキへの寵愛。大変光栄です」
「寵愛ってほどじゃ……」
「我が隊にとっては大変幸いな事です。その上で、お伝えしておこうかと」
「シズルの事?」
「はい。シズル・シラユキの父。コトブキ・シラユキ卿は、『タチバナ』の否定派であると」
「……否定派?」

 これは、キリヤナギにはあえて伏せられている騎士団の派閥の話だと理解した。
 話された事がなく、よくは知らない事実だが騎士団の中に、『タチバナ』をよくは思わない者がいると言う意味だろう。
 それがどの程度いて、どのくらいの規模なのかも分からないが、ジンが騎士団で一個人でありながら不当な扱いを受け続けている以上「それ」の存在は少なくとも「ある」と察していた。

「詳しくお話ししましょうか?」
「……」

 話してどうするのだろうかと、少しだけストレスも感じる。
 ジンは、そんな事を一切口にせず何の重みも話してくれた事がなかった。それはジンがキリヤナギへ知るべきではないと、ずっと自分の中へ閉じ込めているのだろう。

「ううん。僕は知らなくて良さそう」
「そうですか。大変ご無礼をお許しください。長くお時間をとらせました。私はこれにて失礼します」

 セドリックはそう言って庭園を出てゆく。
 聞いていた巡回騎士と目が合い、笑って返すと彼は一礼して仕事へと戻っていった。
 いつのまにか隣には小鳥がとまり、キリヤナギは撫でようと手を伸ばすが鳥は驚き、空へと去っていった。

86

 朝、登校したキリヤナギは、同行してくれたグランジと別れた後、告知掲示板の前でため息をついてしまった。
 テスト期間が迫り、生徒会はしばらく休みだが、先日のセドリックとの会話でシズルがジンをよく思って居ない可能性を示唆され、それが頭から離れない。
 二人が対面した時、その雰囲気に違和感はなく、またシズルにもジンを貶めるような言葉もない事から、真に受ける必要はないと分かっているのに、シズルがジンと関わる事で、家から圧力がかかる可能性を考え複雑な気分にもなってしまう。

「王子、元気ねぇじゃん」

 教室でぼーっと授業の開始をまっていたら、同じく登校してきたヴァルサスが横へと座ってくる。
 王宮とは違い学校では、日々の王子の些細な違いを気にする使用人達もおらず、つい気が抜けて素が出てしまう事が増えた。それでこそ入学したばかりや去年復帰した頃は、ずっと視線を感じてしゃんとしていたのに、今はもう皆が「王子のいる環境」に慣れたのか誰も気にしなくなっている。
 気にしないでいてくれる環境が新鮮で安心し、憂鬱な気分も表情へ出てしまうようになっていた。

「土日なんかあった?」
「うーん……。上手く説明できない」
「王子そればっかりだな……」

 騎士の愚痴を、騎士の息子のヴァルサスへ話すのは違うし、ヴァルサスへセドリックの悪い印象を植え付けたくはないと思ってしまったからだ。
 それはセドリック・マグノリアは、名前からアレックスの血縁で、アレックスは現在首都にあるセドリックの自宅から学校へ通っているからだ。おそらく毎日会っているであろうと言う二人は、身近すぎてとても話すことなどできない。

「一人で悩むから病むんだぜ?」
「うーん……」
「どうしょうもねぇな」

 ヴァルサスは言及を諦め、それ以上は聞いてこなかった。話せば確かに楽にはなるだろうが、それで誰かの関係性に亀裂が入るのは避けたいからだ。

 午後になり相変わらず人の少ない屋内テラスへ集まった四人は、ノートを広げその日からテスト対策のために勉強する。
 アレックスのノートや過去問から分析すると暗記が必要なものは少なく、思想を綴るものや問題に対する具体的な対策を論ずるものが多く、授業内容を深く理解しなければ回答ができないものばかりだった。

「うぇーわかんねぇ」
「そう?」
「大学で学ぶのははそう事だ。王子は得意そうだな」
「アゼリアさんって意外と真面目に聞いてないのね」
「うるせぇ、庶民は政治なんていちいち考えねぇよ」
「それは自分がバカだと言っているようなものだぞ??」

 ヴァルサスは怒っていた。
 アレックスもククリールもノートが綺麗でキリヤナギは丁寧に読みながら書き写してゆく。
 授業内容の殆どはヒントのようなもので、結論を自分で導くテストは少しだけ面白いとも思っていた。

「貴方、勉強嫌いだと思っていたのに、ちゃんとやるのね」

 ククリールの言葉にしばらくポカンとするが、歴史の赤点だけを見られていたなら確かにそう思われても仕方ない。

「嫌いではないかも、考えるのは好きだし?」
「どの科目が好きなんだ?」
「王政の在り方と政治?」
「ここのじゃなくって科目。数学とか国語とか?」
「数学は好きだったかな? 国語は読むのは好きだけど、文章にするのは苦手かも、上手く言葉出てこなくって」
「それはこのテストでは致命的じゃないか?」

 アレックスに言われはっとした。確かにちゃんとした考えはあるが、言語化できるほどまとまっていない。

「今期の課題がきまったな……」
「うぅ、頑張る」
「早く写してくださる? 私の勉強ができませんの」

 ククリールに急かされたことでその日は、写真だけ撮らせてもらい続きは王宮でまとめることにした。

「他に苦手なやつあんの?」
「語学? ジギリタス語難しい」
「なんで敵国の授業とってんだよ」
「抜かるなよ。戦争をしないためにも対話は手段だ。学んでおくことに越したことはない」

 ヴァルサスは取っていないと言う語学は、授業と言う形で学ぶと変な記号の並びにしか見えずまず理解ができない。
 一回生の時はわずかに覚えた単語で挑みスレスレの単位取得だったが、卒業に必要な語学単位は足りず二回生でも受講していた。

「ガーデニア語じゃねぇの?」
「そっちは普通に使うし」
「マジ?」
「アークヴィーチェだな」

 うんうんとうなづいている王子に、ヴァルサスは感心を通り越してポカンとしていた。騎士学校とほぼ同じコースで進学してきたキリヤナギだが、それとは別枠でガーデニアの基礎言語を学んでいる。
 また近年の和平から、王宮にはガーデニア人も多く出入りし、渡される書類も物によって言語が違う事が多々あって、そちらは自然と読み書きができようになっていた。

「何でそっちとらねぇの?」
「もう知ってるのにとるの??」
「性格の違いがよく出るな……」
「アゼリアさん。見損ないました」
「はーー??」

 オウカの言葉は、ガーデニア語を基礎としているために理解しやすいが、ジギリタス語は全く次元が違っていて難しい。
 ククリールに踵返され、困惑しているヴァルサスにキリヤナギは少し考えて口を開いた。

「この『騎士の精神と歴史』って授業、沢山休んでるから着いていけなくなってて……」
「これか? そうだよ。王子履修してんのに全然いねぇし」
「この授業はレポートだっけ?」
「私は取ってない授業ね」
「私もとらなかったな。騎士専攻ではないので必要はないと判断した」
「騎士の考え方とか理念? そう言うのの変遷を分析してく授業なんだよ、超面白いぜ?」
「興味ありません」
「悪いが政治家志願でな」
「はー??」

 酷い言われようのヴァルサスへ、キリヤナギは思わず同情してしまう。
 この授業を履修したのは、キリヤナギにとって騎士は苦手意識はあっても友人でもあり、自身を守ってくれる彼らの立場を学びたいと思ったからだ。
 しかし、この授業は週の後半の午後にあり、欠席や早退を繰り返していて思うように学べていない。

「僕は興味あって取ってたんだけど、全然参加できなくて……」
「しょうがねぇなぁ、付き合ってやるよ。レポート」
「ヴァル! ありがとう!」
「王子、気を遣ってないか??」

 ヴァルサスは、早速配られたレジェメを大量に取り出し、書き写したノートも広げて解説もしてくれていた。

 そんな学生の彼らが勉学へ励む頃。王宮の敷地内にある騎士棟でシズル・シラユキは、午後からの巡回警備へ向かっていた。
 遅れないようにと歩を早めていると、通りかかった事務室から『タチバナ』と言う単語が聞こえ、思わず足を止める。

「今期の騎士大会は、特殊親衛隊が出場とのことですが、『タチバナ』はーー」
「あぁ、今年は禁止にしようとおもってね。これでようやく本来の意味が成せるだろう」

 禁止という言葉に、シズルはしばらく呆然とする。声の主は、書類をみる副隊長、セドリック・マグノリアだ。彼は騎士大会の役員の一人であり、レギュレーションを管理しているという。

「人を禁止ですか?」
「解釈にもよるが、その方がわかりやすい。騎士団に『あれ』を扱えると評価されているのは、本当にかぎられているから」
「あのーー」

 何故声をかけてしまったのだろうと、シズルは少し後悔した。特殊親衛隊には『タチバナ』の名を持つ騎士もいて、彼が出場できないのは少し違うとも思ってしまったからだ。

「横から申し訳ございません。マグノリア副隊長閣下」
「おや、シラユキの。どうかしたかい?」
「公平であるはずの大会で、名指しで出場を禁止するのはどうかと……、確かに『タチバナ』は、コンセプトに反してはおりますが、不利な相手にこそ、逃げず立ち向かうのが騎士なのではないでしょうか?」

 セドリックと話していた騎士は、シズルの言葉に絶句していた。セドリックは一瞬、氷のような目をシズルへと向け、一転して微笑を溢す。

「なるほど、確かに『タチバナ』も万能ではない。コンセプトばかりを見ていたのは反省するよ」
「出過ぎた事を、反省しております。申し訳ございません」
「構わないさ。よほど覚悟が必要だったろう。前向きに検討するよ」
「はい! ありがとうございます!」

 セドリックは、笑顔で出てゆくシズルを見送った。

「本当に勇気がある。そう思わないかい?」

 傍の騎士は何も言えず、表情が凍りついていた。

87

 放課後。王立桜花学院にてキリヤナギは、ヴァルサスに逃げないようクロークを掴まれながら入り口で悶々としていた。
 今日は騎士に見つからないよう、こっそり帰りたいとヴァルサスへ話したのに、彼は勝手にジンヘ連絡し、彼と合流するのを待っている。

「ヴァルー、早く行こうよ」
「今日の担当ジンさんなんだろ? 来るまで待ってろよ」
「後で叱られる……」
「なんでだよ」
「うーん……」

 上手い言葉が見当たらない。
 レポート作成の為、ヴァルサスが自宅にある資料を見せたいと言いだし、キリヤナギは了承したが、こっそり向かうつもりが、ヴァルサスにジンを待った方がいいと提案されてしまい。立ち往生している。

「寄り道だめなのか?」
「そう言うのじゃなくて……気を遣わせるから……」
「別に気にしねぇよ」

 ヴァルサスは、いつのまにかジンとデバイスのIDを交換していて当然のように彼と連絡をとる。メッセージでゲームの話などもしているらしく、仲が良く見えて不思議な気分だった。

「ヴァルって、なんでジンと仲いいの……?」
「なんでってなんだよ」
「僕、ジンに友達がいるのがなんかピンとこなくて……」
「めちゃくちゃ酷い事言ってる自覚あるか??」

 キリヤナギは純粋な疑問だった。
 ジンはキリヤナギの知る限りだと、セオとグランジ、リュウド、カナト意外で話している所を殆ど見た事が無い。
 セオに聞いても騎士棟では孤立し、大体仲間外れで馴染めず、外国に左遷されたとも聞いていた。
 さらに聞くと、ジンはキリヤナギにしか興味がなく、それ以外は全て自分の事しか考えない典型的な自己中心的な性格だが、関わろうとする相手へ一応は気を使える、いわば「気遣いのできる自己中」らしい。
 しかし、いくら気を使っても本質的な性格は変わらず、深く関係をもつと相手にその無関心さへ愛想を尽かされ、友達として長く関係性を持つことは無理だとセオに評価されていた。
 セオやグランジは、ジンともう10年以上の付き合いがあるのに、未だに出自や誕生日、好きなものすら聞かれた事も、話しても覚えられた事がなく諦め、ただキリヤナギを守ることだけに生きるジンの姿勢のみを理解して付き合っている。

「王子も友達だろ?」
「え? うーん……」
「なんで迷ってんだよ……」

 付き合いは長く仲はいいが、対等な関係を示す『友達』かと言われれば悩んでしまう。名門騎士貴族のジンは、その立場がなければキリヤナギと出会う事もなかったし、セオもグランジも、ジンがキリヤナギへ興味を持てなければ友達をしていないとよく言っていたからだ。
 そう思うようになったのは、こちらが『タチバナ』のことを真面目に調べているのに、当本人は最後まで無関心なまま結論だけ聞いてきて「らしい」とは思いながらも、確かに「友達は無理」だと思ったのは大きい。
 
「友達じゃないとは思う」
「王子最低じゃね?」

 ヴァルサスもそのうちわかってもらえるだろうと、キリヤナギは楽観的に考えていた。
 しかしそれでも、ジンは察しがよく、相手の表情をよくみていて、辛そうな人をみると放っては置かない正義感も持っている。助ける相手に興味はないが、困っているなら、何かしたいと思える騎士、それがジンだった。

「一応優しいから、そこは認めてるよ? ヴァルって言う友達ができたなら、嬉しいことだし」
「何様なんだよ。って、王子様だったわ……」

 少しだけ恥ずかしくなってしまった。噂をしているとジンが現れて、ヴァルサスと握手をしている。

「ヴァルサスさん。お疲れ様です」
「ジンさん。どうも」
「殿下。まだ時間早いのに珍しいすね」

 キリヤナギが顔を顰めていて、ジンは首を傾げていた。目も逸らされてしまい、何があるのだろうと察する。

「ジンさん、王子、うちに呼んでいい?」
「うち? ヴァルサスさんの家?」
「そそ、レポートの資料が俺の家にあってテスト対策に」
「いいんじゃないです?」
「いいの??」
「セオにバレたら何か言われそうですけど……」
「セオさん?」
「ツバキ家は格式を重んじるらしくて、釘刺されてるんですよね」

 王室の価値や品格を損なわない為、周りは敬意を示し、それに応じた対応をするのが義務となる。
 キリヤナギが友人の自宅へ向かう場合、王子に相応しい環境が用意されていなければ「王子はその程度」と認識される可能性があるからだ。

「でもそんなん今更なんで俺は別にって思うんですけど」
「ジンさん、話わかんじゃん」
「……」

 キリヤナギはうーんと悩んでしまう。
 今更なのはそうだが、ジンの言葉は王家の価値を否定しているようなもので複雑にもなる。

「王子、良かったな!」
「ジンってなんでそんななの……」
「行きたいんじゃないんすか……?」

 キリヤナギもまた自業自得で割り切れないのは、まだまだ未熟なのだろうと思う。
 しかしそれでも、確かに本音は「行きたい」に変わりはなく、ジンの言葉はその気持ちを汲み取ってくれたものだろう。ジンはそんなキリヤナギの心境を察するように続けた。

「ずっと王子やってても疲れるなら、たまには息抜きしていいと思うんですけど」
「ジンってそう言う言い訳だけはうまいよね……」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、早く行こうぜ!」

 キリヤナギは、ヴァルサスに手を引かれ三人で街へと出てゆく。学院からの帰り道は、これまでもグランジやジンと共に、喫茶店や小売店などに立ち寄ったことはあったが、家に向かうのは春以来で進むたびに楽しみにもなってきていた。

 王宮の付近の貴族街にある屋敷に、ジンは驚きながらも納得し、中へと招かれる。
 ヴァルサスの部屋へ通された2人は、数冊にもわたる資料を広げられて感心もした。

「ヴァルって騎士が好きなんだ?」
「おう、最初は騎士学校行きたかったんだけど、そっちは選択肢が騎士だけになるから、将来に幅を持たせる為にに大学にしたんだ」
「そっか、確かに騎士学校はエスカレーターだから」
「騎士学校行かなくても騎士になれるんです?」
「宮廷は無理だけど、各領地の騎士団なら中途でも入れるって、免許は騎士団に入ってからでもとれるし」
「へぇー」
「クランリリー騎士団なら、よく王宮にも出入りしてるから会う機会も結構ありそう」
「そうなのか? 別だと思ってたぜ」
「うちの隊長がよく連携してるって聞いてますね。前もちょっとだけ顔合わせたし」
「俺、親父に憧れてるのもそうなんだけど、人の為に生きる仕事ってやっぱかっこいいじゃん。誰かを助けるヒーローみたいな、そんなのになりたいんだよ。子供みたいだけど」
「僕もそう言うの好きだよ。誰かの為に何かするって、気にしててもなかなかできないことだし、それをやりたいと思えるってすごいと思う」
「そ、そうか? 俺もジンさんみたいなーー」
「ジンは参考にしちゃダメ!」
「で、殿下……」
「なんでだよ……」

 久しぶりの王子の否定の言葉にヴァルサスはしばらく固まっていた。チーム行動が基礎にある騎士団でジンのように孤立してしまえば、対人関係の渦に飲まれるのも目に見えているからだ。

「王子ってジンさんには辛辣じゃね? 一応守ってもらってんだろ?」
「別にフツー」
「ヴァルサスさん、いつも通りなんで俺は空気でいいっすよ」

 友達では無いと言ったり、真似しては行けないと言う王子は、本人の反応など気にもせず、ヴァルサスの資料を読み始める。
 ジンは時間を確認しながら、デバイスでどこかへ連絡しているようだった。
 その日はヴァルサスの解説を踏まえ、ノートを見ながらレポートの課題をどこに絞るか決めてゆく。

「騎士って言葉、当たり前に使ってたけど、国によって名前が違うんだね」
「そうだな。外国なら軍人とか武士とか?」
「どう違うのか気になる」
「騎士は、王政から王に与えられた栄誉称号からだけど、外国はそもそも王政じゃなくなってるところもあるし、こう言うのはただの職業だな」

 職業ときいて、キリヤナギは感心する想いだった。
 王政を基本とするオウカにおいて、騎士は「騎士」という称号を与えられる事で位を得る。よって高い地位より市民を庇護する権利を得て自治権を行使するが、外国では王政が存在しない為、ひとつの公務権を用いて行使されるらしい。

「面白いかも」
「だろー! つまり王政って現代だとちょっと古いんだよ。オウカだと政治と自治はその土地の領主貴族が管理してるけど、外国は自治権を持つ組織がひとつに独立してるから領主によって自治管理の差も起こらないって言う」
「えー、そっか。でも広い土地をひとつの組織って大変そう」
「そんな小さい規模じゃ無いんだよ。騎士団だけをまとめてるって感じだな。でも、自治権を独立させることは、権力の暴走の可能性もあるから、今のオウカも古いけど悪いわけじゃ無いんだぜ」

 自治を司る騎士団を一つの組織に独立させれは当然権力の一本化がおこり、その頂点にいるものをルールで捌けなくなる可能性がある。また、自治権と言う明確な武力は、形だけでも力を持ち暴走すれば王族すら力を失いかねないからだ。

「今は王子いるからいいけどさ、もし自治組織独立した後に王族がいなくなったら、武力のある組織を管理する人がいなくなるし、誰も反抗できなくなるだろ? だから今のオウカはこれでいいのさ」
「へぇーよくできてる」

 自治組織の構造の違いをメリットとデメリットでみてゆくと国によってどれがあっているのかおのずと見えてくる。
 オウカの場合。王族の重要性が高く、権力を分散させることで狙われるリスクを下げているのだろうと、ヴァルサスは結論づけていた。
 その後もヴァルサスに騎士道の話とか、サカキ・アゼリアの書斎にも忍び込んで資料をよみ、レポートの題材になりそうなものをさがしていた。
 サカキの部屋は話に聞いていた通り、外国の政治的な資料が多くあって興味をそそられる。

「殿下、そろそろ帰らないと……」
「もうちょっと」
「それ授業に関係ないぜ?」
「でもこれ、東国のやつでーー」

 話していたら屋敷の一階が騒がしくなりヴァルサスがぎょっとする。玄関へ現れたシュトラールは、2階にいるであろうヴァルサスにむけて叫んだ。

「ヴァルサス! 帰ったぞ、夕食の準備を手伝え」
「兄貴! ちょっとまっーー」
「またゲームしてたのか?? カエデばかりに頼らず、自分のことぐらい自分でしろ」
「シュトラール様、ヴァルサス様は……」
「あー!! いまいくいまいく!」

 メイドのカエデの言葉を聞こえないよう叫んだ彼は、困惑しているキリヤナギを置いて大急ぎで出て行ってしまった。
 しばらく呆然としていると、デバイスにメッセージがきてカエデに話をつけたのでバレないように帰って欲しいと懇願されていた。
 2人は言われた通り、カエデが呼びに来たところでエントランスへ降りる。

「王子殿下、騎士様、ご無礼をお許しください」
「むしろ突然ごめんなさい。ありがとうございました」

 カエデに見送られヴァルサスの自宅をでた2人は、日が傾くオウカ町を歩く。
 普段歩かない道もいいなと思っていたら、突然傍に自動車が止まって、ジンがキリヤナギを道の内側へ押し込んだ。運転席降りてきたのは、ちょうど帰宅してきたサカキ・アゼリアで、王宮へ送迎すると言われ、キリヤナギとジンはそのまま、アゼリアの自動車で王宮へ帰宅する。

「自動車嫌い……」
「ジンと2人だけでしたら無視はできませんって……」

 王宮にもどり、自室で寛いでいたら思わず本音がこぼれた。昼ならまだしも夕方から夜は、最低2人の護衛はいてほしいとセシルには話されている。
 前に1人で帰ろうとした時もクランリリー騎士団に無理矢理乗せられたし、警備においては周知の事実なのだろう。

「今日はアゼリア卿の自宅へ?」
「え”っ」
「違うのですか?」
「ヴァル、と出かけてて、送ってかえってたら、サカキさんと鉢合わせして」
「なるほど」
「テスト勉強……」

 セオがしばらくジト目で睨み、ため息だけついていた。

「そう言うことにしておきましょう」
「う、うん」

 ツバキは格式を重んじる。
 長くつかえるツバキ家において、それは過去の王族たちとの示し合わせでもあり、ツバキと言う一つの目を基準にすることで、その価値を一定に保つと言う約束事だった。どんな時もツバキの目を通せば基準がわかり、価値は継続する。
 セオもその教育をうけてきたが、近代においてセオもまた「それに価値はあるのか?」と疑問を持っていた。
 王はツバキの目を信じ、王子へあるべき形を望むが、今の王妃は、あるがまま自然体の王子を望んでいる。しかしセオはツバキでありながらも王妃の考えに賛同し、それを話しても過度に押し付ける事はしていなかった。

「悪い遊びは程々に」
「な、何もしてないよ!」

 セオは目を合わせないまま、それ以上言及はしなかった。

@

 王子が帰宅し、間も無く定時が近い王宮で、ジンはキリヤナギの警護を交代し、事務室で頬杖をついていた。
 ヴァルサスの自宅へ向かったのはいいが、日誌へ本当の事を書くのは王子に悪いと思いつつ、いい言い訳が思いつかない。口裏合わせもしたいが、デバイスでメッセージを送ればログが残るし、適当にかいてもバレてしまいそうでペンを回しながら考える。
 アークヴィーチェだと、この手のことはカナトが上手く、こじ付けをすぐに思いつくので苦労しなかったが、ジンは言い訳は得意でも内容を考えるのは得意では無かった。
 うーんと考えていると、廊下から騒がしい足音が響いてくる。騎士の誰かだろうが足音に馴染みがあり思わず扉を見て待ち構えた。そして唐突に金髪に騎士服のリュウドが、事務室へ飛び込んでくる。

「ジンさん! 大変なんだ!」
「リュウド君……」
「今度の騎士大会。『タチバナ』は出場禁止だって!」

 ジンはそれを聞いてしばらく首を傾げていた。

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