第三十二話:前夜の歓迎会

「ご機嫌よう、王子。応じて頂き感謝します」
「先輩。こんにちは、こちらこそ来てくれてありがとう」

 王宮の一室でフォーマルな私服で現れたアレックス・マグノリアは、キリヤナギの着席を確認して自分も座る。
 開会式の練習を終えた王子は、同じく来客用の装いで彼を迎えていた。

「騎士大会が近く、練習をされていると伺っている」
「うん。今日からなんだけど、明日から本格的に開始かな」
「そうか、叔父から歓迎会の話をきいた。騎士達を王子が迎えると」
「そのつもり、遠くからきてくれるから歓迎したいとおもってね」
「貴族達の間では、王子が騎士大会を推進しているとも言われているが……」
「そんなつもりないけど、楽しみにしてるし、無くなるのも嫌だから逆に都合いいかなって」
「ははは、開き直りも確かに悪くない」
「どう思われても結果は同じだよ」

 堂々と話す王子にアレックスは学院とのギャップを感じる。そして納得もしていた。
 学院では、先輩と後輩の王子だがこの対話は明確に対等だからだ。

「ヴァルサスにチケットを回す話はどうなった?」
「うーん、僕からはダメっていわれてさ。来賓枠かなっていっても断られて」
「無難な判断だ。王子の来賓は騎士貴族でも敷居は高い。私も庇うには限界があるしな」
「先輩って、前から思ってたけど意外と平民に優しい?」
「『管理する』とはそう言う事だ。誰しも理不尽な命令には従わない。庇護されていると分かれば、信頼を得て支持を獲得ができる。政治の基本だろう」
「え、うん。なんか、ごめん」
「何故謝る」

 色々と思い出され思わず目を逸らしてしまう。アレックスにとってヴァルサスが庇護対象だとわかると、今までの『優遇』も理解ができるからだ。

「気になってだけど、マグノリア領ってそう言う感じ?」
「そうだ。我が父の【読心】により、住民達への安全保証が手厚い。当然思想に関しての議論はあるが……極端にならないよう細心の注意を払っている。【読心】の長所を生かし、住民達の問題を根本的に解決していけば、自然と治安は保たれるからだ」
「参考になる」
「これはあくまでマグノリア領のみの政策だから成り立っている。安全に重きを置く者はこちらへくるが、領主の管理を嫌う国民は、ローズマリーやウィスタリアにゆくだろう。管理する、されないを国民が選択できるのは、この現在のオウカの分割統治でしか行えない事だ」

 思わず拍手をしてしまう。
 国の方向性を決める王宮とは別に、7人の公爵達は、それぞれの土地柄に合った政治を行っている。
 マグノリア領が異能を使い、住民達を管理しながら安全保障を行っているなら、首都は【千里眼】で監視をしながら治安を保っているとも言える。

「そういえば、クロウエア卿に会ったよ」
「なんだと??」
「え??」
「無礼はなかったか? 何があった?」
「な、何もなかったけど……」

 アレックスの【読心】が戻っていない事へ、感謝しキリヤナギは続けた。

「すごく動ける人でジンが感心してた。強い人?」
「あ、あぁ、叩き上げだが女にしか興味がない問題児だ。首都の事情にも疎く、王子の顔を覚えているか怪しかったが、無礼でなかったのならいい」
「し、知り合い?」
「家が近いだけの腐れ縁だ。子どもの頃から塀をよじ登り、うちの庭に侵入してくる悪ガキで、追ってきた警備兵を撒く運動能力を買われ騎士学校に行ったと聞いていたが、悪ガキそのままの女好きの男になっていて呆れている」
「仲良いんだ?」
「よくはない! 友達だとも思った事もないが、私も子どもの頃は奴の口車に乗せられ、街へ出掛けて遊んだこともあった。思えばその経験が、庶民の暮らしを知るきっかけになったな」
「へぇー……、警備してくれたし、いい人だったよ」
「そうか、無礼でなかったなら褒めておく。野蛮だが実力は本物だ。最強と呼ばれる宮廷とどこまでやれるか楽しみでもある」
「今年は、僕の騎士だからどうなるか分からないけど……」
「王子の騎士ならば尚のこと、その実力は確かなのでは?」
「そうなのかな? 最弱説あるって聞いてて……」
「……いつも思うが、なぜ身内をこき下ろすんだ??」
「え、そんなつもりはないんだけど……」

 言われた事を話しているだけだが、キリヤナギは反省していた。アレックスの言う通りで、自分の騎士の実力を疑うべきではない。

「関係ないけど、マグノリアの人ってどう言う食べ物が好きかな? 歓迎会に出す料理考えてて」
「料理か? 騎士の好みは知らないが、どうせなら我が領地の郷土料理を他の騎士に食べてもらいたいものだが……」

 何気なく話したアレックスだったが、王子の目が輝いていて驚く。

「それ、すごいいいかも」
「そ、そうか。参考になったならよかった」

 王子はワゴンから筆記用具をとりだし、ノートに何かを書いていた。
 そんな王子へアレックスは、学校での思い出して笑う。

「はは、雑談もいいが、今日はそんな話をしに来たわけではない」

 確かにこの話は学校でも出来る事で、2人だけでする対話でもない。通信を介した個人メッセージではなく、あえて王宮へ彼がきてくれたのは、きっと貴族として話したいことがあるからだ。

「じゃあ、今日はどうかした?」
「あぁ、わかっていると思うが敢えて話そう」

 姿勢を正し、まっすぐに王子をみたアレックスは、きょとんとする彼へ告げた。

「ククリール嬢へ、私の想いを告げた」
「……!」

 一気に身が固くなり、返事に詰まってしまう。アレックスの目は本気で目を合わせられなくなってしまった。

「反論できないのは、やはり『そう』か」
「……僕はもうククと一緒にいる資格はないのかもしれない」
「とんだ優柔不断だ。とも言いたいが、同情している私もいる」
「それは?」
「もし私が王子なら、同じだと思うからだ……」

 キリヤナギは何も言う事ができなかった。
 アレックスは貴族だからこそ、キリヤナギの気持ちを汲んでくれている。

「更に言うなら、私ならもうこれ以上は追うことはしない。2回も振られ、周りも認めない関係など誰も幸せにならないからな」
「……」
「我がマグノリアは、カレンデュラと深い交友がある。よって私なら許されるだろう」
「……ククのために?」
「それは傲慢だな。決めるのは彼女であり、私は関係がない、その上での告白だ」
「先輩はかっこいいね」
「王子から皮肉がきけるとはな」
「ううん。素直にそう思ってる。僕の気持ちとククの幸せは違うから、本当の意味で彼女を幸せにできる先輩が羨ましい……。僕がここで無理にククを説得しても、それは火中へ飛び込むような物だから……」

 婚約を押し切ったとしてもそこには批判しか残らず、王宮で彼女の居場所があるかも分からない。当然、守る努力も必要だが、その努力が必要な時点でククリールの話していた「対等な関係」には程遠くなってしまうからだ。

「僕はまだ、この王宮に仕える臣下達へ十分な信頼を得られていない。自分の従者をコントロールできないのに、守れるなんて傲慢な気持ちは持ちたくはないかな」
「なるほど、やはりよく見ているな」
「後悔はしてない。だけどこれをどうにかするには、学生の間のあと2年間じゃ短すぎて……」
「2年もないと思うぞ……」
「……」

 カレンデュラの公爵としての立場が、後2年続くのかどうかも分からない。
 既に王へ除名の決断を迫られ、侯爵への降格を視野へ入れられていると、今アレックスは話した。

「前例は?」
「ない。しかし公爵は王の推薦と地元の選挙によって決まるもので、安易に移動すれば反発がおこる。よって権限の移動は据え置き、他の信頼できるものへ『王の力』を移動させると言う処置になるだろうと」

 公爵はオウカだと『王の力』を持ってこそと言う意味合いが大きく、それが没収となれば「王からの信頼を失った」と受け取られてしまう事は避けられない。
 また当然のように婚約者の候補からも外れ、本当の意味で彼女との関係はなくなってしまうだろう。

「ふ、ここで王子が掬い上げるなら、ラブロマンスになるな」
「漫画ならハッピーエンドかな? でも誰も幸せにならないよ」
「そうだな。一時のハッピーエンドのその先は地獄。そんなもの誰も見たくはない。思えば春の時点で、ククリール嬢が王子の婚約に乗っていれば違ったのだろう」
「僕も自分とククの利害しか考えてなかったから……」
「はは、そこまでわかっていたか」
「僕はいい王子でもなんでもないよ。学校の事は本当にわからないから助かってる」

 目を合わせない王子は、少し言葉に困りながらアレックスと向き合っている。穏やかな言葉を話し、誰に対しても暖かい言葉を話す彼は、他の貴族達から気弱で優柔不断などと評価もされていたが、それは相手を安心させるための優しさだったのだろうと再認識する。

「まぁいい、ククリール嬢に関しては、私は彼女の決断を尊重するつもりだ」
「僕も、そうなるかな……。前に遊びに行って話はしたけど、やっぱりダメだったし、これ以上、僕が何かするのは迷惑だろうなって」
「賢明だ。だが最終的な彼女の決断を聞けるまで、私は妥協しない」
「先輩のそう言う所、心から敬意を持つよ」
「光栄だ」

 アレックスの堂々とした態度にキリヤナギはもどかしさを堪えていた。マグノリア公爵家と言う立場だからこそ守れるものがあり、彼は正しき立ち回りでククリールを救おうとしている。
 王子であるキリヤナギにはできない。やれば信頼を失い、のちの執政に影響が出てしまうだろう。それは、同じ政治を行う公爵家ククリールも望まないことだからだ。

 その後も軽い談笑を行い、一時間程でアレックスは帰ってゆく。
 見送ったキリヤナギは、午後から始まる親衛隊の訓練へ向かい集まっている5人とその日も一緒に訓練を始めていた。

「殿下、元気ないっすね」
「ジンはほっといて」
「えぇ……」
「マグノリア卿と何かありました?」
「セスナ、普通、話してただけだよ」

 その日、騎士大会へ出場するジンとグランジは、王子の警備をストレリチア隊へ任せ、先に練習へと参加していた。
 送り届けてくれたヒナギクは、隊長のセシルへと挨拶をした後、自身の業務へ戻ってゆく。
 練習は、簡単なもので騎士はまず1人に対して2人以上で対処することが大前提とされている。有事の際に確実に倒せるよう、また1人倒されてももう1人が応援を呼べるよう余裕を持たせる為だ。
 ゆえに想定される2対1の対面を再現して練習をしてゆく。

「2対1で不利なら、素直に退却を選択してもいいけど、逆に2人も足止めが出来ることになるからね」
「三人来る場合は?」
「それは相手も効率が悪いから避けると考えている。私なら3人と対面したと聞いた時点で、大将をたたきに行くかな」

 大将を倒されれば敗北が決まるため、まず大将には必ず一名以上の護衛がつき、自由に動ける者が3名に絞られる。
 その3名をどう動かしてゆくかだが、1人落とす為に3人でゆくのは、大将が狙われリスクが上げてしまう為に良策とはいいがたい。

「2人までなら戦ってく感じ?」
「そこは相手によって判断します。大将の私1人と敵が2人では、流石にリスクが大きすぎますからね」
「こちらのチームには【千里眼】の人がいないので、誰と当たるかは運任せなんですよね」
「片方が【身体強化】なら、逃げるが勝ちかな」
「でもそれ、使わせたら勝ちじゃないです?」
「ジンさんは怖いもの知らずですね……」
「ジンってなんでそんななの……」
「……」

 2対1で追い込まれた場合、敵が【身体強化】を使ってダウンしても、もう1人にフォローをされてしまう。ジンの言葉は、後続が取れればいいと言う意味だろうが、倒し切れるかは不確実で現実味がないとも言える。

「それなら【身体強化】の対処はジンに任せようかな」
「え”っ」
「頑張って!」
「愛されてますねー」

 ジンが困惑している中、後ろではリュウドが剣を振りながらグランジと練習を行っている。
 【身体強化】の彼は、【未来視】のグランジに易々といなされており、その状況はとても良いとは言えなかった。
 それは「タチバナ」をよく知るグランジに対して、あえて「タチバナ」を意識して戦いに行っているため、その隙を利用されそもそも攻撃が当たっていないようにも見えたからだ。しびれを切らしたリュウドは、【身体強化】を使うことで不意を狙うものの「異能」が見えた時点で【未来】を見たグランジは、その不意の剣戟すらも鮮やかによけ、リュウドの足を引っかけて倒す。
 リュウドも負けず、すぐに起き上がって戦いに行くが【未来視】を持ちながらも音で現代を認識するグランジは【未来視】特有の【ラグ】もないに等しく。時間切れまで粘られ倒れこんでしまった。

「……いってぇ」
「リュウド君……」
「大丈夫だから!」

 まるで跳ねのけるような返答に、演習場の空気へ緊張感が走る。
 キリヤナギは躊躇わずリュウドに肩を貸してベンチへと座らせていた。

「リュウド。無理しないで」
「そんなつもりはなくて……でも本番が近いから」

 体中に来る痛みに、リュウドはベンチへ倒れこんでしまう。
 ギリヤナギは、ラグドールに連絡し【細胞促進】での治療を要請するが、現れた彼女は救急箱と間違えて工具箱をもってきて、全員を更に困惑させていた。

99

 その後キリヤナギは、セシルに連れられ騎士棟の中庭を見にゆく。
 歓迎会の準備が行われる場所は、テーブルを設置する位置へ印がつけられテントの部品が運び込まれていた。
 使用人達は、ネクタイの色でどのチームか見分けることができ、赤のネクタイはツバキ組のもので、キリヤナギも親近感を得る。

「声をかけられますか?」
「ううん、忙しそうだし遠慮する」

 話していると使用人達と目があってしまい、キリヤナギは手だけ振ってその場を後にする。

@

 そんな夜が更けて行くオウカでククリールは、首都のカレンデュラの別宅にて本を読みながら寛いでいた。
 使用人を追い出した1人の時間は、ククリールにとっての癒しの時間でもある。 
 元々人と合わせるのは好きではなく、きっかけがあれば実家を離れてみたいと思っていた。好きな事をして自由に生きてみたいと密かに憧れながら、それは許されない事だと言い聞かせ、大学に通う4年間だけでもと思っていたが、様々な場所で名が足を引っ張り、今一つ自由を感じる事ができずにいる。
 歴史を学び、気楽に出かけ、確かに好きにできている筈なのに、その自由の中で本来なら望むべきではなかったものを望んでしまったからだろう。
 どうすればいいのかククリールは結論が出せずにいた。
 ぼーっとお茶の湯気を眺めていると、ノックから使用人が入ってくる。

「お嬢様。騎士大会に参加されるカレンデュラ騎士団の方がお見えになられました」
「こんな時間に失礼よ。明日にして」
「しかし、せっかくお見えになりましたので……」

 不満そうなククリールの表情に、バトラーはしどろもどろしている。彼女は仕方なく上着を羽織り、騎士が待っていると言う応接室へと向かった。
 使用人へ扉を開けられると、騎士服の三名がいて立ち上がってくれる。

「ククリールお嬢様。ご無沙汰しております」
「ガイア。ご機嫌よう。よくきてくれました」
「お嬢様、こんな時間にごめんなさい」
「気を使うなら明日にしてもよかったのよ。カミュ」
「相変わらずですな」

 ガタイのいい男と長い髪をアップにした女性。もう1人は少年だった。彼はククリールが目を合わせると瞬きで礼をするような仕草をみせる。

「フューリもちゃんと挨拶して」
「……お久しぶり、です」
「いいわ。いつものことだし。ガイア、騎士大会は後2人いるんじゃないの?」
「それが、慣れない列車に酔ってダウンしてしまいまして、ホテルに置いてきました」
「どうやったら酔うのよ……」
「はは、申し訳ない」

 ガイア・クローバーは、カレンデュラ騎士団の幹部であり、今季の騎士大会の大将を務める言わばリーダーだとも聞いている。そして、長い髪のカミュ・クレマチスと赤髪の少年フュリクス・クレマチスは、名を同じくする姉弟であり、カレンデュラ騎士団最年少の騎士でもあった。

「野暮かと思うけど、勝てそうなの?」
「対戦ボードしかみてないのでどうともいえませんなぁ!」
「ほんっとうに相変わらずね」
「お嬢様、クローバー隊長は本番には強いタイプなのでお許しください」
「……」

 豪快に笑うガイアに、思わずため息が出てしまう。フュリクスは先程の挨拶から一切口を開かず、テーブルの上の洋菓子を眺めていた。

「それで? 挨拶だけじゃないんでしょう?」
「はい。一応はーー」
「あの! お嬢様、前日にある騎士の歓迎会。参加してもいいですか?」
「あらカミュ、そんなものがあるの? 興味なかったわ」
「去年は宮廷が主催で行かなかったんですけど、今年は王子殿下が主催してくださるみたいで……」
「ふーん……何故私に聞くの?」
「え、だってほら、クリストファー様って王家の方々に思うところあるじゃないですか。お嬢様なら、許して頂けるかなって……」
「参加したいなら勝手に行けばいいじゃない。いちいち聞かないで」
「やったー! 流石お嬢様。私やっぱりお嬢様大好きです!」
「安い好意ね」

 フュリクスは相変わらずじっと洋菓子を眺めている。ククリールはそれをみてイラだち思わず口を開いた。

「食べたいなら、勝手に食べなさいよ」
「いいの!?」
「申し訳ない。我ら夕食がまだでして」
「ほんっとう、しょうがないわね。用意してもらうから残り2人も連れてきなさい」
「いいんですか!?」
「気を使うならしゃんとしなさいよ! ここは首都なの、カレンデュラじゃないんだから!!」
「やっぱり私、お嬢様大好きです!」
「五月蝿い!」

 フュリクスがようやく洋菓子に手をつけ、ククリールも呆れていた。ふと王子の親衛隊の事を思い出し、どこも変わらないと思ってしまう。

「ところでお嬢様。クリストファー様から言伝をあずかっとりまして」
「? お父様から?」
「お伝えたい事があるとだけ伺い、連絡が取れるタイミングで通信を繋げて欲しいと」
「直接かければ良いじゃない。回りくどいのね」
「大切な話なので、お嬢様とゆっくりお話がしたいそうです」
「……珍しい。リリトは?」
「リリト様は、お側におられますからなぁ……」

 リリト・カレンデュラは、ククリールの弟だった。ククリールの父、クリストファーに溺愛され、公爵としての教育を受けているが、どうするつもりなのだろうとククリールは立場を憂う。

「まぁいいわ、あとで掛けておく」
「クリストファー様も、お嬢様の息災を知れるならお喜びになられるでしょう」

 ガイアの前では『そう』なのだろう。しかし、クリストファーは、リリトが生まれてからククリールへの興味をもっているかも怪しかった。
 母は居場所を無くし掛けているククリールを大学へ行かせてはくれたが、今思えば「厄介払い」だったのではと勘繰ってしまう。
 後から現れた二名の騎士を迎え、ククリールは5名が夕食の席に着いたのを確認し、自室へと戻る。
 そして少しだけ緊張しながら、デバイスで父へ連絡を飛ばした。ガーデニアの通信技術により、都市ごとにケーブルで繋がれていて、距離があっても時間が経てば音声で会話ができる。
 数分の通信音から、コール音に変わった後、ものの数秒で久しぶりの声が響いた。

『やぁ、ククリール。元気かい?』
「ご機嫌よう、お父様。息災です」

 優しい声だ。
 懐かしい声に思わず嬉しくなる自分がいる。実家にいた頃は殆ど聞けなかったその声色をククリールはずっと求めていた。

『ガイアはついたか?』
「えぇ、先程。挨拶にきてくれました。相変わらずですね」
『よかった。賑やかなところに悪いが早急に確認したい』
「……? なんでしょう」

 続いた言葉にククリールは背筋が冷えた。そして、しばらく言葉を紡げないままに通信を切られ、ゆっくりとデバイスを下ろす。

@

「これは妙案ですね。喜ばれると思います」
「やった!」

 ジンは拍手をしていた。
 その日も練習を終えてリビングへ戻ったキリヤナギとグランジ、ジンは、歓迎会のコンテンツと食事を考え終え、セオへと提出していた。

「早急で助かりました。ではこの形で段取りを致します。ご挨拶などはされますか?」
「いるかな?」
「あった方がいいような」
「じゃあちょっとだけ」
「皆様光栄でしょう。お召し物はどうされますか?」
「それは考えてなかった、うーん……」
「普段着でいいんじゃないっすか?」
「ほんと?」
「騎士殿なので問題ありませんが、一応人前ですので、決まらないのなら選ばせていただきますね」
「え、うん。わかった……」
「大変すね……」
「……」

 グランジは、黙って聞いていた。
 届いているのは歓迎会の書類で、束で景品のリストもあるが、こちらはキリヤナギの提案からナシとなった。
 他にもテーブルの配置、雛壇の形状が写真で掲載されていて感動する。

「これ、セオが作ったの?」
「はい」
「ありがとう」
「当然です。開始は宮廷の定時より回る19時、終わりは22時ごろを予定しています。コンテンツは殿下の提案された物でしたらおそらく一時間もかからないでしょう」
「みんな次の日が本番だし、ちょうど良さそう」
「一応宮廷の方々にも声をかけ、食事が余らないよう配慮しますね」
「何がでるんです?」
「いわない。当日まで楽しみにしてて」

 機嫌がよくジンは安心していた。そして話題は、本大会の話へと移ってゆく。

「殿下、騎士大会ですが、今季はほぼ全ての領地の令嬢やご令息が来られることになりました」
「本当に! よかった」
「全領地?」
「サフィニア公爵閣下は独身で子息がおられないので、正確には6領地かな」
「へぇー、何人いるんです?」
「えーと、公爵家だけなら……8人? 9人かな?」
「ミルトニア嬢は……」
「だ、大丈夫。普通で……」

 少しだけ胃が痛くなる。しばらくあっていないが、距離を置くと自然と恐怖も薄れているため、王子としてのスイッチが入れば、きっと乗り切れる筈だからだ。

「ジンとグランジは当日どんな感じ?」
「確か、第二演習場?」

 グランジがうんうんとうなづいている。キリヤナギが書類をみると、都市部を想定した演習場で、道路を模した道や街路樹があり、公園を模した僅かな林もある。
 建物のような場所は出入りもできて、屋内でも戦えるのだろう。

「殿下は早朝からですが頑張ってください」
「が、頑張る」

 午前の早い時間から王宮で開会式があり、キリヤナギが一人一人に造花をつける。午前全ての時間を使い、正午から試合が始まる。

「一時間制限の四試合同時開始なんで、夕方には終わるのかな」
「休憩短いけど、平気?」
「条件は同じだし、怪我とかしたら代役も呼んで良いみたいなので」

 初戦は8チームで4試合。四つの演習場で同時に開始される。1時間の休憩を挟み、勝ったチームのみが対戦してゆく形式だ。怪我や体調不良などを考慮され、試合開始前のみ代役が認められている。

「代役って補欠みたいな?」
「らしいですけど……」
「ヒナギクかラグドールになるのかな?」
「2人とも当日は別の仕事があるらしい」
「いない?」
「聞いてないっすね……」

 思わずセオを見たが、彼も首を振っていた。少し不安になるが、セシルならどうにかするだろうと楽観視する。

「楽しみになってきた。2人とも頑張ってね」
「はい」
「……」

 そうして各領地の騎士達が徐々に首都へと集まってくる。王宮へ挨拶に来てくれる騎士もおり、キリヤナギは遠方からきた彼らの握手で迎えていた。

『王子わりぃー、チケットダメだわ』
「えー……」

 昼休憩にてヴァルサスの騎士大会の観戦チケットの抽選が外れた報告を受け、キリヤナギはガッカリしていた。今回は誕生祭や他の催事とは違い、ククリールにアレックスも来るため、4人で楽しめると思ったのに残念に思う。

『しゃあねぇ、メディアで適当にみるよ』
「わかった……」
『そうか、なら前日の朝から私の屋敷へ泊まりに来い』
「は? アレックス?」
『来ないならいいが?』

 キリヤナギはログを見て驚いていた。どう言う意味だろうとも思うが、ヴァルサスは軽返事で了承する。
 ククリールからは反応がなく、キリヤナギはこちらも残念に思っていた。

 そして前日の午後、キリヤナギは練習を終えて準備が整いつつある中庭を見にゆく。そこにはシンプルなテーブルや雛壇が設置されて、騎士棟なのにまるで王宮のような空気が広がっていた。
 平常業務の騎士達もその雰囲気にもの珍しさを感じ、足を止めて観察する者もいる。

「すっげー! めちゃくちゃオシャレすね!」
「カルムさん。あまりはしゃぐのは……」

 聞こえてきた声の方へキリヤナギが目線を向けると、そこには知らない騎士とシズルがいてこちらは気づいて居ないようだった。

「俺こう言うの初めてなんですよ。シズルさんも来ますよね?」
「私は、遠慮しようかと……」
「なんですか。『推し』と仲直りしたんでしょ、なら気にされてませんって!」

 『推し』と言う言葉に、キリヤナギは首を傾げてしまう。思わずデバイスで検索していると、2人がこちらに気づき手を振ってその場を立ち去った。
 どんな形でも楽しんでほしいと願い、前日の日は暮れて行く。

100

 続々と集まってくる騎士達の中で、サーマントを下ろさず、肩章へ特殊な色のつけた彼らは、各領地のカラーをつけた地元の騎士達で、その色からどこの騎士団へ所属しているか見分ける事ができる。
 クランリリーは白、ハイドランジアは青。マグノリアは黄、ローズマリーは桃、ウィスタリアは紫。サフィニアは赤。そして、カレンデュラは橙だ。
 キリヤナギは、登壇用の衣装に着替える前にジンの上着を借り、紛れ込むようにして皆来ているか探してみる。
 まず、一番目立つ赤を見つけ、白がいる。黄をみつけるとそれはタイラーだった。彼は置かれている料理や飲み物へ早速手をつけていて嬉しくなった。
 青も数人いて、桃の彼らは固まって興味深く皆を眺めていた。紫は見つけづらいなと思い探していると、こちらも固まって飲み物を楽しんでくれている。
 最後の橙はなかなか見つからない。
 まだ来ていないのだろうかと探していると、突然肩を叩かれて驚いた。

「あの、宮廷さん。ちょっといいです?」
「え、こ、こんばんは……」
「トイレ、どこにあります? 初めて来て分からなくて……」
「え、えっと……」

 赤色はサフィニアの騎士だ。
 中庭を見回して探すと傍に誘導矢印を見つける。

「あ、あっちに……」
「お、ありがとうございます」

 騎士は立ち去っていき、ほっとした。
 橙の騎士カレンデュラは来ていないのだろうかと、諦めかけていると一番隅のガーデンチェアに座る、橙の肩章の少年がいた。もう一人の若そうな女性に料理を運んでもらい、食べるのかと思えばじっとしている。
 周りと比べるとおそらく最年少だろう。視線に気づいたのか、女性は手を振ってくれて、少年も振り向いてくれた。
 キリヤナギも手を振って立ち去る。

「全く、何処へ行かれたのかと思えば……」
「ごめん。ちょっとだけ」
「バレないもんなんすね……」
「……」

 セオはキリヤナギを着替えさせながら、一人悪態をついていた。
 ジンは先日、タイラーがキリヤナギに気づかなかったのを不思議に思い、様子をみたいと言うキリヤナギへ協力したが、驚くほど自然に紛れ込み、誰も意識すらしていなかった。

「王宮の敷地内で、王子が騎士服着てるなんて誰も思わないよ……暗くて顔も見えにくいからね」
「た、たしかに」
「皆、来てくれてた」
「よかったです。各領地の郷土料理も減りがいいので無駄は出ないでしょう」
「そんなに?」
「ウィスタリアが独特の味付けで不安だけど……」

 逆に好奇心が湧いてしまう。
 着替えたキリヤナギは、落ち着いた王子らしい装束になり冬用のケープを羽織っていた。

「では参りましょうか」
「うん、行こう」

 堂々とキリヤナギは表舞台へと出て行く。セシルとセスナとも合流し、騎士達を迎えた王子は、挨拶の後の司会をセスナへと譲った。

【ご機嫌よう。宮廷騎士団ストレリチア隊副隊長、また特殊親衛隊所属の副隊長。セスナ・ベルガモットです。はじめまして、そして去年お会いした方はお久しぶりです。ようこそ、首都クランリリーへ。我々は殿下とともに、貴方がたを心より歓迎致します】

 騎士達の歓迎会へ拍手が起こる。キリヤナギは脇のテーブルへ腰かけ、同じくステージを眺めていた。

【本日は王子殿下が歓迎の意を込め、各領地の郷土料理をご用意してくださいました。自領地の物もありちょっと味が違ったりとかあるかもしれませんけど、お隣の騎士さんに、うちの料理はすごいんだぞって是非自慢してくださいね】

 堂々と司会をするセスナに、ジンは唖然としていた。去年もやったとは聞いていたが、ジンはここまで開き直れない。

「セスナさんすげー……」
「ははは、彼、実は結構色々できるタイプなんだよね」
「助かります」

 キリヤナギは、楽しそうに拍手をしていた。

【ではでは、さっそくですが当歓迎会のメインイベント。名付けて騎士大会前日、腕相撲大会の開催をここに宣言致します!!】

 会場がわずかに盛り上がり、拍手が起こる。無関心だった騎士達の目線がステージへと向き、セスナは楽しそうに続けた。

【レギュレーションは、『王の力』原則禁止! 各騎士団の代表を選んでいただき腕相撲をする簡単なもの。もちろん。優勝者には殿下より特別な誉れのもう一つ……】

 会場が一瞬静まり返り、皆が続く言葉をまつ。

【来年度より殿下が観光大使となってその領地を一年間『推し』て頂ける事になりましたー!! 是非是非奮ってご参加下さい】

 騎士達の目の色が変わり、ジンは驚いていた。セシルも拍手をして知らなかったようにも見える。

「そ、そんなにいいんすか?」
「当然だよ。普段王族は各領地に不公平が発生しないために、何処かを優遇するなんてことはしないからね。出身地なんかで広告をだしたりはするけど、そのぐらいだから」
「へぇー」
「お若い殿下は、メディアでも取り上げられるぐらいに人気はあるし、広告塔になれば地元にとってはメリットしかないよ」

 ざわざわと相談をして連絡をとる騎士もおり、彼らはきっと応援を呼んでいるのだろう。キリヤナギは飲み物を楽しみながら、デバイスで賑やかな風景を写真に収めていた。

【参加は任意ですが、トーナメント戦ですので数合わせが必要になれば宮廷も参加させていただきます! あ、宮廷が勝ったら、もちろん推して頂けますよね?】
「構わないよ」
【言質頂きました! では15分程休憩には入り、その間に参加者の募集を行います! 希望者の方は、あちらのツバキさんへ参加エントリーをよろしくお願いしまーす!】

 そこそこ盛り上がっていて、雰囲気はパーティーだった。歓迎会の参加人数はわずかに増え、先程見かけなかった騎士達も現れる。
 セスナはその間、グランジとともに雛壇の上へテーブルを運び込み、腕相撲のための座席を整えていた。
 そんな賑やかな雰囲気に、キリヤナギは頬杖をついて皆を眺めている。
 
【皆様、長らくお待たせいたしました。今季の大会は全領地から参加して頂ける事になり、ありがとうございます! では早速、対戦ボードの作成を殿下、お願い致します!】

 渡されたクジをキリヤナギが引くと、そこにはサフィニアと書かれていた。
 一番左のトーナメント表が埋まり、カレンデュラ、クランリリー、宮廷、ハイドランジア、ローズマリー、ウィスタリア、マグノリアと続く。

【記念すべき第一戦目は、サフィニア対カレンデュラとなりました。対戦するのは、サフィニア騎士団、アオイ・カズラ卿! 迎え打つのは、カレンデュラ騎士団。ガイア・クローバー卿! 体格ではクローバー卿が有利ですが果たしてどうなるのでしょうかー!】

「ガイア隊長ー! ファイトー!」
「おう、カミュ。まかせろぉー!」
「……姉さんはしゃぎすぎだし」

「オイ、なんでカズラなんだ?」
「みんなやりたがらなくて……じゃんけんで決めたんですけど……」

 ジンは聞こえないふりをしていた。
 壇上のカズラ卿は、臆病なのかガイアを前にして震えている。

【ではおふたり共、お手を拝借……】

 セスナは二人に腕を組ませ、腕相撲の場を整える。手を置きカズラの緊張が解けるのを待った。

【レディー……】

 カズラの手の震えがとまり【読心】で彼の覚悟を読んだセスナは、全力で開始を叫ぶ。

【ファイト!!】

 しかし、カズラは手に力を入れるタイミングを間違え、ガイアに一気に押し込まれてしまう。音を立てて手の甲がテーブルへつき、サフィニアから悲鳴があがった。

【クローバー卿! 勝利ーー!】
「やったーー! 隊長ー! このまま優勝しちゃってー!」

「なんでよりによってカズラなんだよー!」
「決まらなかったんですよ……」

 少し不穏なサフィニアだったが、雛壇から降りてきたカズラに何故か数人が土下座していた。彼は半泣きでじゃんけんを提案した騎士が叱られており、色々あるのだろうとジンは思う。

【続きまして、クランリリー騎士団、クレイドル・カーティス卿! 対するのは、我ら宮廷騎士団。セシル・ストレリチア隊長!! まさかの首都対決の因縁か! どちらが取るのか】

「はは、因縁と言うか。とても良くしていただいて、ストレリチア卿には頭があがりませんよ」
「カーティス卿。このような形で当たるのはとても光栄です」
「私も、宮廷だからといって忖度は結構です。ここは正々堂々と参りましょう」

 穏やかな二人の騎士は腕を組んでから、目つきは変わり、賑やかだった空気がまるで時間が止まるように緊張する。かけられたセスナの声に、二人は腕に力を入れ、場はまるで時が止まったように動かなくなった。

「セシル! ファイト!」
「殿下、自由すね……」
「セシルは僕の騎士だよ」

 止まっていた腕は徐々に動き、セシルはゆっくりとクレイドルを押して行く。
 クレイドルも力を込め、汗すら流しているが、スタミナが持たずそのままセシルが押し切った。

【セシル隊長ーー!! 勝利ーー! お疲れ様ですー!】

「いやはや、流石の粘り強さです。ストレリチア卿」
「私はこれしか取り柄がないもので、光栄でした」

 握手をする二人に、大衆はみな拍手をしていた。その後のハイドランジアとローズマリーは、ハイドランジアが勝利し、ウィスタリアとマグノリアでは、タイラーがでたが敗北。ウィスタリアが駒を進めていた。
 そして準決勝は、カレンデュラと宮廷が当たる。セシルは、ガタイのいいガイアにかなり粘ったが、体力が持たず敗北しガイアが決勝へと進む。
 続く準決勝ではハイドランジアとウィスタリアが対戦し、同じく筋力のあるハイドランジアが勝利した。
 誰もが見守る決勝は、カレンデュラ騎士団のガイア・クローバーとハイドランジア騎士団のエストル・クレビアが対面し、お互いが顔を真っ赤にして膠着する。

「やるな、クレビア卿」
「クローバー卿。貴殿もなかなかだ」

 気がつくと観客はエールを送っていた。
 2人を応援する声援が響き、隣接する騎士棟の窓からも観戦する影がみえる。
 キリヤナギも釣られて手を叩き、会場は最大限の盛り上がりを見せていた。

「ガイア隊長ーー! 優勝ーー!!」

 女性、カミュの声に、ガイアが一気に追い込みをかける。震えていた腕が徐々に動き、ゆっくりと確実に倒されエストルと手の甲がテーブルへとついた。

【ゲームセットーー!! カレンデュラ騎士団の皆様! 優勝おめでとうございまーーす!】

「うぉー、やったぞカミュー!」
「きゃー! 隊長、さっすがーー!」

 拍手が起こり、エストルもそれを讃えていた。キリヤナギはその様子を見届け、再び雛壇へと上がり、用意された小さなトロフィーを授与する。

「ガイア・クローバー卿。貴殿の大義を私は王子として讃える。そして来年度より、貴殿の愛するカレンデュラの土地をキリヤナギの名を持って広めてゆこう。参加を心から感謝する」
「光栄です。カレンデュラでお会いできるのを楽しみにしております」

 セシルとセスナ、ジンとグランジは、用意されたクラッカーを鳴らし、大会の終了を告げた。
 熱気が冷め切らず人が増えた会場は、料理が追加されてもどんどん減ってゆく。
 キリヤナギもジンがよそってくれた郷土料理を楽しんでいると、騎士の皆が声をかけに来てくれて、握手をしたり写真撮影に応じていた。

「本物の殿下。う、動いてる」

 遠くから聞こえた声に目線を映すと、ガイアを応援していたカレンデュラの女性騎士だった。彼女は少年の後ろに隠れ、遠くからキリヤナギを撮影している。

「……さっき、いたよね?」
「? フューリ、何の話?」

 キリヤナギの方を見て話された言葉に、驚いてしまった。思わず目を逸らし返事に迷っていると少年の方から近づいてくる。

「何してたの?」
「フューリ! 無礼よ、あやまりなさい!」
「大丈夫だよ。こんばんは」
「ご機嫌ようじゃないんだ……」

 少年の無垢な目に、キリヤナギは穏やかに対応していた。女性は王子に近づきがたいのか、相変わらず少年の後ろへ隠れている。

「で、殿下の微笑みが眩しい……」
「何してたんですか?」

 繰り返され、思わず周囲を確認する。横のジンしか聞いていないことがわかり小声で述べた。

「皆来てくれてるか不安で、内緒で見に来てたんだ。普通に歩くと気を遣わせると思って」

 少年はポカンとしていた。
 そして後ろで緊張している姉を見て「ふーん」と納得した声をだす。

「よかったら、名前教えてくれないかな? 
 僕もするから」
「ひっ、申し遅れました! カレンデュラ騎士団。カミュ・クレマチスでふ!」

 噛んでいる。
 キリヤナギは思わず笑ってしまった。

「フュリクス・クレマチス。カレンデュラ騎士団」
「カミュ、フュリクス。改めてこんばんは。オウカ国第一王子。キリヤナギ・オウカです」
「しってる。姉さんがファンだから」
「フューリ、余計なこと言わないの!!」
「ありがとう。握手する?」

 カミュは、両手で握手してくれていた。ジンは警備兵として微動だにせず、キリヤナギの後ろへ控えている。
 フュリクスはそんなジンを見上げて観察していた。

「宮廷騎士」
「うん、僕の騎士なんだ」
「強い?」
「多分?」
「多分なのになんで選んだんですか?」
「僕が好きだからかな」

 思いもよらぬ即答に、ジンは反応しそうになる。

「僕を守ってくれる、大切な人達だよ」
「……」
「フューリ、いい加減にしなさい!」
「……ごめんなさい」
「……あの後ろの騎士さんのお名前は?」
「ジン。名乗って」

 キリヤナギに言われジンは、少し迷ったが、彼の命なら応えなければならないと、ジンは2人へと向き直った。

「宮廷騎士団。ストレリチア隊嘱託。特殊親衛隊所属のジン・タチバナです」
「こ、個人戦一位……」
「しってる」

 この少年は、見た目に削ぐわずよく見ているとジンは感心しかできなかった。

「『タチバナ』……」
「フューリ?」
「そんなのに、負けないし」

 戦線布告とも受け取れるが、少年であるが故の純粋な言葉だと受け取った。
 この少年はおそらく「王の力」を持っているのだ。異能をもち「タチバナ」を在り方を教えられた前提があり「負けない」と率直な感想を述べた。

「当日は、是非よろしくお願いします」
「ジンも出場するから、当たれたらよろしくね」
「あ、あの、サインください」

 カバンからだされた色紙へキリヤナギは
、照れながら名前を描いていた。そして熱気が落ち着き、気温も下がっていることから、キリヤナギも退場して王宮へと戻ってゆく。
 残った騎士は僅かながらに片付けも手伝ってくれて、会場は一旦食器だけが片付けられお開きとなった。

「楽しかった」
「盛り上がってましたね」
「騎士の皆様も喜ばれていました」

 リビングへ戻り、一息をつくキリヤナギは未だ興奮が冷め切らず余韻に浸る。

「クレマチスの方が参加されているのは少し驚きました」
「セオの知り合い?」
「いいえ。クレマチス家は、代々でカレンデュラの領主へと仕えられている名門。武家とも言えるでしょう」
「『タチバナ』みたいな?」
「『王の力』には関係は薄いですが、そうですね。古武道ではありながら現在でも通用すると言われています」

 思わずジンをみると、彼も検索していたようだった。剣ではなく刀を使う武道を極め、何代にもわたり北東領の領主へ仕えているらしい。
 今季は、長男と長女の二人が一緒に騎士学校を卒業したとも書かれていた。

「男の子が16歳、女の子が18歳……」
「わっか……騎士って18歳からじゃないっけ?」
「各領地の騎士学校は飛び級ができますからね。宮廷に進むと2年固定なのですが」

 言われればリュウドも飛び級をしたと聞いていた。しかしそれすら超えた2年とは、珍しいとすら思ってしまう。

「土地柄もありますから基準が違う可能性もありますよ」
「そうなのかな?」
「首都しか知らないっすね」

 グランジは、聞いている気配はなかった。今日はジンの方が珍しく検索していて不思議に思ってしまう。

「ジンは気になるんだ?」
「え、はい。同族っぽいし?」
「『タチバナ』が特殊だから違う気もするけど……」

 確かに『王の力』を抑制する『タチバナ』と、順当な名門クレマチスは、存在意義も別物で同じとは言いがたい、しかし同じ名門で挑発までされていれば、確かに興味も湧くだろう。

「明日は早いですから、休まれた方が……」
「でもちょっと心配事があって」
「心配ですか?」
「カレンデュラ、ちゃんと約束まもれるかなとか」
「……」

 セオ、ジン、グランジの3人は返答に困っていた。確かに現状で騎士団は、王子をカレンデュラへ向かわせる事には消極的だからだ。そもそもカレンデュラ家が王族から距離をとっていることもあり、話に行っても断られる可能性がある。

「シダレ陛下ももう制限される気はあまりなさそうですが……」
「じゃあ来年までに行けるよう努力する」
「それで良いかと、一応本日の事も陛下へお話しておきますね」

 明日はいよいよ騎士大会だ。
 早々に休んだ面々は、早朝より準備を整え開会式へと臨む。

101

 早朝。冷え切った空気がオウカを包むその日は晴天だった。全国から多くの人々が集い、見慣れない顔の彼らも続々と王宮へと集まってくる。
 王宮周辺には開催記念のグッズ露店などが並び、市民も応援したい騎士団の色を掲げていた。
 そして開会式が行われる数時間前、キリヤナギは王宮の入り口で、来訪してくれた貴族達を握手でむかえる。
 顔を見せたカナトは、ベレー帽にさくらの飾りをつけ、ガーデニアの装いで現れた。

「ご機嫌麗しゅう、キリヤナギ殿下。ご招待を賜り、光栄です」
「ようこそ、アークヴィーチェ卿。今日は是非楽しんで欲しい」
「光栄だ」

 開会式の様子は全国メディアで配信され、前回の優勝旗の返還から、各騎士団の紹介、王の開催宣言が行われ、年に2度ある騎士大会が開催されていった。
 そして王子キリヤナギより造花を受け取った騎士達は、開会式をおえて試合が行われる演習場へと移動する。

 キリヤナギはカナトと共に王宮へ残り、貴族達が集まる広間へと戻ってきていた。

「王子」
「ハルト、久しぶり」

 広間へ来て初めに声をかけてくれた礼服の彼は、ピンクの髪をゆらす彼女と共に現れる。
 ローズマリーより来訪してくれた、ハルト・ウィスタリア・ローズマリーと、ティアローズマリーの二人は、もう一人短い髪をまとめた男性と迎えてくれた。

「タクトさんに、ティアも来てくれてありがとう」
「兄さんより先に出てしまったな」
「構わないよ、ハルト。殿下、ご息災で何よりです」
「夏以来ですね。お会いできて嬉しいです」

 もう一人はタクト・ウィスタリア。ハルトの兄で、東国と隣接するウィスタリア公爵家の嫡男だ。ウィスタリア公爵家のタクトとハルトの兄弟は、キリヤナギと同じく剣の扱いに長けており、同じくこの騎士大会を楽しみにする仲間でもある。

「アークヴィーチェ卿も、誕生祭以来だ」
「お久しぶりです。タクト・ウィスタリア卿。同ローズマリーご夫妻とも御息災で何よりです」
「カナト。席用意してあるから、ちょっとだけ待っていてくれる」
「わかった。ではお三方また後ほど」

 カナトは深く頭を下げ、使用人と共に案内された席へと向かっていた。

「今季は殿下の親衛隊が出場すると伺っていてとても楽しみだ」
「うん。僕の自慢の騎士、ここで紹介できないのが残念なぐらい」
「我がウィスタリア騎士団も、今季こそ優勝を目指し訓練をしてまいりました、当たれるなら光栄ですね」

 トーナメント表によれば、ウィスタリアの騎士と戦うのは決勝だ。宮廷は、初戦でマグノリアとあたり、次はハイドランジアかローズマリーと当たる。

「ローズマリー騎士団とも当たれそうだね」
「ふふ、騎士の皆様はとてもやる気でしたから、きっと映えある功績を残してくれるでしょう」

 広間には数台大型のモニターが置かれ、皆が寛いで観戦ができる。キリヤナギも使用人に案内され席へ移動すると、マグノリアの席へバトラーの衣服をきた若い男がいた。
 普段見ているバトラーとは背丈が違い、どこか見慣れた雰囲気のある彼に、キリヤナギは思わずそちらへ歩を伸ばす。

「ど、どうしてこうなったんだ……」
「喉が渇いた。水を注いでくれ」
「め、命令すんなよ……」
「無礼だぞ?」

 それは聞き覚えのある声だった。渋々サーバーから水を注ぐ彼は、後ろから歩いてきた王子と目があう。

「ヴァル! なんでいるの?!」
「おや、ご機嫌麗しゅう。王子殿下」
「お、王子殿下。ごきげんよぅ……」

 全体をみてキリヤナギは、ハッとする。先日メッセージで、アレックスが前日にヴァルサスを呼び出していたのは「これ」か。

「どうだ? 新しいバトラーを雇ったんだ。いいだろう?」
「よくねぇよ!」
「へぇー、すごい」

 一般ならここには来れないが、確かに使用人ならば違和感が無い。現にキリヤナギにもセオがつき、他の貴族達にも数名の使用人がいるからだ。

「昨日の朝から礼儀叩き込まれて寝不足……」
「言葉がなってないぞ?」
「も、申し訳ございません。アレックスさ、ま……」
「ヴァル、意外と似合ってるね」
「そ、そう?」
「違う」
「きょうしゅく、です」

 声に出さず腹を抱えてしまう。ヴァルサスは恥ずかしい気持ちを必死に抑えていて顔を真っ赤にしていた。

「一般風情が何故ここにいる……」

 後ろから、新しい影が歩いてきてキリヤナギが思わず固まった。眉間に皺を寄せいらだった表情を見せているのは、クロークを下ろすツバサ・ハイドランジアと楽しそうに笑うドレスのシルフィだ。

「あらあら、アゼリアさん。こんにちは」
「せ、生徒会長」
「無礼だぞ?」
「シ、シルフィさま……」
「ツバサ兄さん、シルフィ。来てくれてありがとう」
「お呼び頂いて光栄ですわ、王子殿下。我らハイドランジア兄妹もこの騎士大会楽しませて頂きますね」
「マグノリアの庇護でなければ追い出している所だが、まぁいい」
「ごめんね。兄さん。ありがとう」
「人のバトラーに文句を言われても困るが?」

 ツバサは舌打ちをし、自分の席へと戻ってゆく。そんな様子をヴァルサスは戦々恐々と見送り冷や汗をかいていた。

「怖え……」
「ツバサ兄さん、珍しく機嫌よかった」
「どこが??」
「え? 許してくれたし……」
「たしかに普段なら許すイメージはないな……」

 ツバサは普段から厳格で、身分差にもかなり敏感だが、今日はきっと何か良いことがあったのだろうと感想を思う。

「初戦は、宮廷とマグノリア騎士団だ。どうなるか楽しみだな」
「僕も、みんな強い?」
「当然だ。前回より選出方法を変え、より実力のあるものを選ばれている。簡単にはやられん」
「宮廷は『タチバナ』がいるけど、どこまでやれるかなぁ……」
「対策をしていないと言う事はない。私はそちらの手札は全てしっているからな」

 言われればその通りで、キリヤナギは不安にもなってしまう。実力は疑ってはいないが、試合はその日のコンディションも多く左右するからだ。

「うーん、頑張ってくれると思うし、僕は信じる」
「自分の騎士ぐらい持ち上げればいいものを……」

 ヴァルサスは何かを話したそうに堪えている。使用人は基本的に給仕に控え、私語は慎まなければならないからだ。

「ヴァル、辛くなったら相談してね?」
「うるせぇ、バイトぐらいちゃんとやるよ」
「違う」
「……し、しごとですので」

 口籠る彼は、苦に思っているようには見えず、キリヤナギは安心する。

「ところで王子殿下。ククリール嬢が見えないが……」

 アレックスに言われ、キリヤナギは目を逸らしてしまう。彼の言う通りククリールはまだきていなかった。
 彼女は今日、特別招待でキリヤナギの隣へ席が用意され、二人で広間に現れる段取りをとっていたのに約束の時間になっても、彼女は王宮へ現れなかった。
 よって急遽外交の要であるカナトが代わりに同行することとなった。

「流石に無礼だな。これは私も擁護ができん……」
「……」

 キリヤナギは何も言えずにいた。何かあったのだろうと心配にもなるが、連絡をとっても返事はなく。別宅からはもう家を出ており、向かう予定はないと断言されている。
 どこへ行ったのだろうと胸が締め付けられる思いだった。安否だけは確認したいとキリヤナギがデバイスから個人メッセージを送ろうとした時、入り口から豪華なドレスの女性が現れる。
 一斉に皆の視線を集めた彼女は、ミルトニア・クランリリー。
 この首都のダニエル・クランリリー公爵の一人娘だ。彼女は、何も言わず王子の元へ歩み寄りドレスをあげて深く礼をする。

「ご機嫌麗しゅう。キリヤナギ殿下。ミルトニア・クランリリー。ここへ参りましたわ」
「……ミント、こんにちは。来てくれてありがとう。今日はよろしく」

 キリヤナギの席の隣。ククリールが座る席は、急遽婚約者候補のなかで最有力とされるミルトニアが座る事となった。
 キリヤナギは、彼女の手を取り隣の席へ座らせて自分も座る。

「私とて、このような茶葉は不本意ではございますが」
「ミント……」
「少しだけ、嬉しく思ってしまう私もおりますわ」

 キリヤナギは、笑みで返すしかなかった。隣に座る彼女は美しく着飾り、まさに添えられる一輪の花とも言える。

 試合の開始の時間が迫り、モニターには4箇所の演習場の様子が映し出されていた。それぞれのカメラは、飛行機器に搭載され、数台で一つの演習場を監視する。

 ミルトニアは目を瞑り【千里眼】で何かを見ているようだった。

「間も無く開始ですが、第三演習場でトラブルがあったようです」
「トラブル?」
「サフィニアの騎士様が体調を崩されたのかしら? でももう大丈夫、定刻に開始できるでしょう」
「よかった」

 ミルトニアは目を瞑ったまま、演習場を【観て】いた。

 そして、場は第二演習場。配置についた特殊親衛隊は、向かい側のマグノリア騎士団を把握するためにセスナの【読心】へ頼る。

『大将と護衛のペア。他は遊撃のようです、こちらと同じですね』

 セスナの【読心】にジンは感心をする。七つの「王の力」の一つ【読心】は、本来相手の考えを先読みする異能で、索敵には適していない。
 それはあくまで対面戦闘を想定されているだけで、範囲が狭く相手に「認識」されなければそもそも読めないからだ。

「なんでわかるんですか?」
『歓迎会だよ』

 はっとする。
 歓迎会でセスナが司会をやった事で、多くの騎士がセスナの存在を知ったのだ。知られた事で「いる」と認識されたセスナは、彼らの心を読み取り索敵ができる。

「隊長、ずるい……」
『はは、戦いは首都に来た時点から始まってるのさ。存在を知るだけなら開会式でもいいけど、あれは聞かれているか怪しいからね』
『隊長のためなら、僕はなんでもやり遂げてみせますよー!』

 賑やかな通信に緊張がほぐれてゆく。使う銃は貫通しないもので安全だが、目に当たらないよう全員が透明なゴーグルをつけ、腕には簡単なシールドストッパーを装備している。

『頼りにしているよ。グランジ、リュウド。そして、ジン』
「「「はい」」」
『僕は? 僕も頼りにしてください!』
『セスナは索敵頑張って』

 対応が塩だなぁとジンは何故か安心していた。そして、空へと鮮やかな狼煙が打ち上げられ、騎士大会の本戦が開始されてゆく。

コメントする