第三十一話:ガーデニアの魔術師

 次の日、朝の通学路でキリヤナギは小さく欠伸を落とす。
 テスト期間が終盤にはいったが、これが終わっても騎士大会の開会式と閉会式の練習が控えていて、ジンは王子が体調を崩さぬよう細心の注意を払えとセオへ五月蝿くいわれていた。

「寒くないです?」
「平気。でも眠い」

 ジンはシズルの件を無視すべきか悩んでいた。問い詰めてきたのはキリヤナギだが、悩み種を蒔いてしまった蟠りが消えずにいる。

「あれから、シズルさんと会いました?」
「……」

 顔色が変わり、睨まれてしまう。
 少しの間を置いて、キリヤナギは目を逸らした。

「会ったけど、話してない」
「俺は気にしてないんですけど……」
「……」

 キリヤナギはため息をついていた。
 ジンとシズルの問題なのに、間のキリヤナギが悩むのもよく分からず、ジンからすれば何故そこまで考えこんでいるのか理解ができない。

 ジンはキリヤナギ以外に興味はない。
 それは、キリヤナギを守りたいと願った時、誰であっても引き金をひける人間でありたいと考えていたからだ。

「ジンってなんでそんななの……」
「そんなってなんすか……」

 余計に悩んでしまいキリヤナギは、話しすらしてくれなくなってしまった。
 シズルの決意を聞いた後で、ジンはそこまで悩むことでもないと思ってはいたのに、そう思うほどキリヤナギは単純ではないのだろうと思う。

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「ぁー、終わった」
「疲れた……」

 二人で屋内テラスのテーブルへ座り大きくのけぞるヴァルサスと突っ伏すキリヤナギは、その日のテストを全て終えて開放感に浸っていた。
 一週間続いた筆記テストが終わり、のこりはレポートの提出でほぼ終わったに等しい。

「眠い……」
「寝るか? 見張っとくぜ」
「うーん」

 ヴァルサスもキリヤナギも、もうその日の授業はなく、彼に残ってもらうのも申し訳ないと思ってしまう。

「家落ち着かないなら、俺の家くるか?」
「うーん、テスト期間ってみんな知ってるから、遅くなってバレたら何いわれるかわかんないしやめとく……」
「相変わらず厳しいよなぁ……」

 ツバキの格式の話を聞き、ヴァルサスは独自にそれを調べてくれたようだった。
 ツバキ家は、王宮へ仕える使用人としては有名で専用のウェブサイトにもその歴史がのっている。  
 宗家は王族に仕えその使命を全うし、分家はツバキの目を基準とした独自ブランドを市民へ提供している。商品は衣服やカバンなどが多岐に渡り、化粧品などもあるらしい。

「ツバキブランド? 母さんがバックもってたわ」
「それは確かセオの親戚? お洋服のデザイナーさんが、王宮によくきてくれるんだけど僕の好みにはあわなくって……」
「めちゃくちゃ贅沢な好みだな……」

 王宮へ来るデザイナーはツバキの者だけではないが、ツバキブランドの物は素人のキリヤナギからみても高品質で丈夫でもあり重宝していた。

「ま、ジンさん許してくれたし、またこいよ」
「またバレなさそうな日に遊びに行くね」

 ヴァルサスと2人で笑っていたら、後ろに気配を感じ、キリヤナギが振り返った。
 そこには巡回警備をしていたのかシズルがいて、ヴァルサスが手を振るが彼は一礼だけして立ち去ってゆく。
 またすぐに目を逸らしたキリヤナギに、ヴァルサスは呆れていた。

「喧嘩してんの?」
「ううん、してない」
「何があったんだよ」
「……言いたくない」

 この会話は2回目だった。
 以前見かけた時も同じように反応もせず、巡回する騎士と同じ態度をとる。
 ヴァルサスの中でシズルは、キリヤナギにとっても距離が近いと認識していたのに、突然態度が変わり戸惑っていた。

「嫌いになったのか?」
「そうじゃなくて、どう言う態度とったらいいか分からない……」
「なんだそれ、嫌いじゃないなら普通でいいじゃん。それともいつもの『言葉できない』か?」
「今回の件は、僕は関係なくて……」
「関係ないのになんであんな態度になるんだよ、さっさと話せ」

 少し悩んだが、ヴァルサスはジンと仲が良かった。
 王宮で話せば「ジンは仕方ない」とか、「やられても文句をいえない」など、心無い言葉が返ってくるが、ヴァルサスはそれを知らず客観視ができると判断する。

「僕も聞いた話だけどいいかな?」
「お、いいぜ。聞かせろ」

 渋々話すと、ヴァルサスは言葉を失っていた。またそれを「気にしていない」というジンにも、まるで引いたような表情をみせる。

「どこから突っ込めばいいかわかんねぇ……」
「僕もわかんない」
「とりあえず、ジンさんってどういうメンタルしてんの」
「やっぱり変だよね……」

 同じ感想がでてきて、キリヤナギは少しだけ嬉しかった。自分の考えていた事が、「普通に考えること」だと知れたのはとても安心する。

「でも『タチバナ』とシズルの話で、僕が悩むのも違う気がして……」
「確かにそれはわかんねぇわ……けど、俺らサークル『タチバナ軍』だし、大本がそんな扱いされてんのはなんだかなー」
「うーん、でもジンから聞いたし本当の事かも怪しくて……」
「そっから??」

 自分で驚くほどにジンを信頼できておらず、なおさら悩んでしまう。

「シズルさんの態度みたら、本当なんじゃね?」
「うんまぁ、それはなんとなく……でも、本当に僕に気に入ってもらう為に利用したなら、開き直ってもいいはずなのになって」
「それは、確かに」

 ジンによるとシズルは、「協力する」と言ってジンとリュウドを委員会のコトブキの元へ案内した。そこで禁止される予定だった「タチバナ」の参加を打診するが、同席していたセドリック・マグノリアから、そもそも「タチバナの禁止」を提案したのは、シズルだと暴露されたのだ。
 その動機は、キリヤナギへの好感度を稼ぎ、かつ「タチバナ」へ恩を売る為だったと聞いたが、シズルは元々キリヤナギがかなり信頼していて、好感度を稼ぐ事に意味がない。また冷遇されている「タチバナ」の2人へ恩を売る理由も見つからず、何かの間違いではないかと思うキリヤナギもいた。

「悩んでるってことは、シズルさんのこと信じてんの?」
「そうなるのかな? ショックだったから、そうかも……受け入れたくないと言うか……」
「なら、今は信じとけばいいんじゃね? 言い訳しにこないなら行動で示すって事だろ? それで判断しようぜ」
「そうかなぁ……」
「そうそう。そう言うのは下手に触る方がこじらせるからな。ジンさんが気にしてないって言うのも違和感ありまくりだし」

 一理あるとキリヤナギは感心していた。キリヤナギがどんなに悩んでも意味はなく、結局は当事者間の問題となる。ジンはシズルへ無関心ではあるが、キリヤナギの周りの人間関係に支障をきたす事は避けたいようにも見えたからだ。

「ヴァル、ありがとう。ちょっとスッキリしたかも」
「おう、自分でどうにもならないときは様子見とけ、外野があーだこーだ言っても仕方ねぇしな」

 外野といわれて表現の上手さにも感心してしまった。やはりヴァルサスはキリヤナギよりも人間関係に慣れているのだろうと思う。

「そういや、騎士大会のチケットってどうなった? 回してもらえたりとか」
「うーん、セオに聞いてみたんだけど、抽選で売られてるのを故意に回すのは後々問題になりそうだしダメだって……」
「まじかー……」
「来賓なら一応僕の権限で招待出来るんだけど、そうなったら服とか物とか色々準備してもらわなきゃだめみたいで、サカキさんが大変かなって……」
「た、確かに……なんも準備してねぇ」
「来賓だと、他の貴族の皆に何故呼ばれたとか聞かれるだろうし、自己紹介とか挨拶周りもいるけど、それでもいいなら……」
「めちゃくちゃめんどくせぇじゃん、やめるわ」
「ご、ごめん……」
「つーか、貴族ってよくそんな面倒なことやってられるよな……」
「悪い意味はなくて、みんな仲良くなりたいだけなんだ。ヴァルも僕が全く知らない人と話してるのをみたら相手がどんな人物かきにならない? できたら仲良くなって3人で話せればいいなとか」
「え? まぁ、相手によるけどさ」
「そう言う感じ。自分のやりたい事のために、社交界で出来るだけ色んな人と仲良くなって協力者を増やしてる」
「利権じゃん、そんなんまともな政治できんの?」
「政治もそもそも1人じゃ無理だし? 作った制度をみんなに知ってもらう広告とか、実際の運用の仕方とか、手続きとか、市民向けならお役所で対応するための職員とか、人が動くノウハウを備えてる人って限られてるからさ、その人達と仲がいい方が、より円滑に進められてやりやすいし、そのための努力かなって」
「ふぅん、大変なんだな……」
「でも優秀な人とかだと、高圧的な態度をとったりするから、やっぱり慣れてないと大変かも」
「そうそう、それだよ。仲良くなりたい癖に皮肉がっつりのやな奴。あいつらはなんなんだ?」
「それは多分、メリットがないからじゃないかな?」
「メリット?」
「優秀な人は忙しいから、これ以上友達はいらないって思ってることあるし、周りから『仲がいい』って思われるのが嫌な人もいるから、多分防衛本能に近いのかなって僕は思ってるけど」
「全く理解できねぇわ。とりあえず、俺が行ったらハブられそうなのは分かった」
「どうにかしたいけど、僕じゃどうしようもなくて……」
「王子は悪くねぇけどさ……」

 ヴァルサスは、デバイスでチケットの抽選サイトを開いていた。結果は週明けにでるらしくキリヤナギも一緒になって祈る。

「と言うか、今日はアレックスも姫もこねぇなぁ……」
「残る理由ないから、帰ったんじゃないかな? 授業ももう殆どないし」

 じっとヴァルサスに見つめられ、反応に困ってしまう。

「王子って本当に姫のこと好きなのか?」
「え、す、好きだけど……」

 目を逸らす王子に、ヴァルサスが肩を掴む。その少しだけ怒った形相に驚いてしまった。

「好きならもっと突っ込んでけよ。男だろ?」
「……」

 しばらく呆然としていたキリヤナギは、何かを言おうとして踏み止まってしまう。

「……努力する」

 覇気のない、自信のない声だった。
 普段和気藹々と話す彼には信じられないような声色に、ヴァルサスは思わず強く握っていた手を離す。

「厳しいのか?」
「ううん。僕の努力次第、応援してもらってるし頑張るよ」

 ヴァルサスは、それ以上詳しくは聞いてこなかった。 
 でも彼にそう聞かれた事は、きっと違和感に気づいたからだろうとキリヤナギは憂う。
 体育大会から文化祭にかけて、ククリールの態度は軟化し、今はもう「友達」として割り切りった関係を続けてはいるが、その態度が徐々に「公爵令嬢」になっているからだ。
 学生同士ではなく令嬢と王子。王子の横へ添えられる花として過ごしている。
 罵倒されていた頃が懐かしくなる程に、今の彼女はキリヤナギを1人の王子としてみており、言葉もかなり選んでいるからだ。
 キリヤナギは、それに複雑な感情を抱かずにはいられなかった。デートの時に聞いた言葉は、本心だったのだろう。しかしそれは、あくまで本心であり本来なら「言ってはいけない」事なのだ。
 つまり最初で最後の本音で、彼女はキリヤナギへ「惹かれている」と話した。聞いたその時は嬉しかったが、今を思うとその言葉は「言ってはいけない事」であり、「許されない事」だったのではと思ってしまう。

「表情が沈んでおられますね」

 ヴァルサスと別れ、迎えを待っていて現れたのは、騎士服の羽織を下ろしたセシルだった。

93

 その日から帰宅は自動車となるため、護衛が1人増えた帰路となる。

「そうかな?」
「お悩みですか?」
「ちょっとだけ……」
「愚痴程度でしたら、伺うこともできますよ」
「セシルに?」
「はい」

 思わず笑ってしまった。メイドやバトラーならまだしも、相手が騎士など聞いたことがないからだ。

「大丈夫。ありがとう」
「なんなりと」

 今日の助手席にはグランジが座っていた。ジンは今日、自動車の教習があると聞いている。

「本日はこのあと騎士大会の訓練を予定しているのですが、よろしければ見学にこられますか?」
「そうなんだ。行きたい」
「かしこまりました。ジンももう戻っている頃合いでしょう。このまま王宮へ戻らせて頂きます」
 
 グランジはどこかに寄り道をする可能性を視野にいれていたが、セシルの誘導に感心をしていた。
 普段より早く王宮へもどったキリヤナギは、軽装着替え、騎士棟の隣にあるの屋内の演習場へ向かう。本部の建物から独立したここは、大学の体育館ほどの広さしか無いが五人で練習するには十分だった。
 
「ご機嫌よう、殿下」
「こんにちは、セスナ」
「殿下もきたんだ。テストお疲れ様」
「リュウド、今日はよろしく」
「参加する気満々すね……」
「……」

 運動用のジャージを着てきたキリヤナギは、先に来ていたジンの言葉に笑みで答えていた。
 セシルも入り口から現れ、セスナから書類をみせられている。

「聞いたけど、セスナが作戦考えるんだよね」
「はい……。つい昨日、初戦の相手が決まって、てんやわんやですよ」
「どこと当たるの?」
「アレックスさんのマグノリア騎士団です。能力者はそれぞれ【読心】、【認識阻害】、【千里眼】、【身体強化】を持っていて、1人は例年通り「タチバナ」対策の無能力の方ですね」
「みんな持ってる……」
「一応『王の力』を魅せる大会なのですが……」
「殿下ってどっちかっていうと無能力の試合の方が好きだよね」
「リュウドの言う通りかも、能力もってると優劣が顕著で当たり前と言うか」
「確かに」

 どの能力がどの能力に強いかは、目安にもなる。【服従】は声さえ聞かせれば問答無用な所はあるが、慣れた騎士なら【認識阻害】の敵を【千里眼】で発見できたり、【身体強化】は、【未来視】の相手には読まれやすい。
 七つの異能の中で【服従】、【読心】、【細胞促進】は、異能を持つ相手に対して不利になる事がない為、強力とされていた。

「大まかなレギュレーションは、大将、副長と残り3人の合計5名のチームで出場。当日に殿下から授与される青の造花を奪われれば脱落し、先に3つ集めるか、大将の赤の造花を一つ獲得できればその時点で勝ちだね」
「つまり大将のを取れれば、あえて3つとらなくていい?」
「ジンの理解で正しいよ」
「セスナの作戦は?」
「とりあえず、【千里眼】の騎士さんからどうにかしないといけないんですが、ルール上、大将の護衛に回っておられると思うので難しそうなんですよね。でも宮廷は「タチバナ」のジンさんとリュウド君がいるので、突っ込んできた能力者の方から叩いてもらえれば良い気もするのですが……」
「無能力の人が来たら不利?」
「むしろ歓迎すよ、俺」
「ジンさんって、そう言うとこは頼りになりますよねー」
「セスナさん、それなんか含みありません……?」

 「タチバナ」の技能を身につける事で、その動きは「異能を持っていることが前提」の動きとなり、そこへ大きな隙が発生してしまう。声に警戒し、影を見、また現代を掌握するタチバナは、無能力の騎士の相手取る場合、考察の段階で一つのハンデを背負っているに等しいからだ。

「持っているか、持っていないか、それを判断するまで『タチバナ』は本気が出せない。隠し持ち、突然使われたら流石に対処は難しいからね」
「それは、そうっすね……」
「この集団戦は、訓練もかねてるから、出場する能力は公開されても誰がどの力をもってるかは伏せられている。戦略戦だよ」
「対面したら、相手がどれを持っていたか知らせて下さいね」
「セスナの【読心】でもわからない?」
「うーん、やってみる予定ですが、今回は同じ場所へ10名の騎士がいるので、誰がどの声を発している把握できればですね。心の声ってほぼ言語化されてないので、どこまで読めるか……知恵熱が出そうです」
「頼りにしてるよ、参謀君」
「うぅ……」
「……」

 項垂れるセスナに、セシルは楽しそうに笑っていた。その日は各々の役割と対戦相手の情報整理を行いつつ、練習へとはいってゆく。
 セスナがジンへ各異能の対策案を相談している中で、リュウドはグランジと共に2人で本格的な訓練を行なっていて、キリヤナギは誘われるようにそちらへと向かった。

「訓練?」
「うん。ちょっとグランジさんでしかお願いできなくて」
「グランジでしか?」
「隊長も副隊長も戦うのは得意じゃないみたいでさ。俺、【身体強化】と『タチバナ』を両立できないか考えてて」
「へぇー、難しい?」
「か、かなり……?」

 振り返ってジンを見ると、彼は少しだけ困った表情をしていた。

「ジン。両立って難しいの?」
「難しいと言うか、そもそも意味がないんですよ。『タチバナ』自体が、本来やらなくて良い動きなので、異能と一緒に使う意味はないというか……騎士大会みたいなとこなら、アリかもしれないんですけど……」

 意味がないと言われて思わず首を傾げてしまうが、やらなくていい動きと言うのは確かにそうだからだ。本来必要のないことをあえてやるのは、逆に隙を与えることにもなってしまう。

「【プロ】に対して真似事でやるぐらいなら『王の力』押し切った方が強いし? 対策なら知ってるだけでも良いし、下手に使って隙になる方が怖いんで」
「身も蓋もなくない?」
「そういうもんなんですよ……」
「ジンさんー! 協力してよー!」
「す、するけど何をすれば……」

 困っているジンをみて、キリヤナギも呆れてしまうが、確かにどう使うのかイメージが浮かばない。
 【未来視】には致命的なラグがあり、【千里眼】も意味がない。しかしそれでも、【読心】や【認識阻害】、【服従】、【細胞促進】は相性が良さそうにも思える。

「【身体強化】って、力でゴリ押しする異能だし? 『タチバナ』要らない気もして」
「もういいや……」
「え”っ」
「リュウド、ごめんね……」

 グランジにも訝しげに睨まれジンは何故か焦ってしまった。
 そんな彼にセシルは笑みを見せつつ口を開く。

「まぁまぁ、早くて明日かな? この騎士大会へ出場する騎士達が首都へ集まってくるよ。見かけても無礼のないようにね」
「無礼?」
「宮廷だと、あからさまに見下してる人いますからね……。そのせいで毛嫌いもされてるので、酷いこと言われてもお互い様って感じです」
「宮廷そんな酷いんだ……」
「市民には誠実なのですが、同族のカルマと言えばいいでしょうか? これは殿下のせいではなくて、実力主義の弊害ですね」
「普通だと思ってた……」
「ジンさんのそう言う意識はよくないのですが、『優秀な人』が『いい人』とも限らないので難しい問題です。僕らストレリチア隊は元ミレットの最下層で、そう言うのよくないなって思って分離したようなものなんですけど、逆に僕らみたいな人達ばかりでも仕事は回らないので……」
「セスナ、喋りすぎだよ」
「おっとすみません。でも、本来貴族として政治の中枢に立つかも知れなかった人達が、その椅子取りゲームに負けて宮廷騎士に落ち着いてるところもあるので、彼らも悪気はないのですよ。元々はそうなる教育を受けた方々なので」
「騎士は騎士なんだから、立場ぐらいわきまえてほしいけどね」
「リュウド君の指摘は確かに真っ当ですね」

 セスナはセシルに頬をつねられていた。
 キリヤナギは王子で、貴族の立場だからこそ理解できる。貴族として生まれ育まれた人格は、騎士となり元一般平民と位を同じくした事で、大きな温度差がうまれているのだ。
 しかし今の特殊親衛隊を見ていると、そんな環境を苦に感じているようにも見えず安心する。

「せっかく首都に来てくれるし、僕はみんな歓迎したいな」
「それでしたら、騎士大会の前日に騎士達の歓迎会が行われます。宜しければお忍びでお越しください」
「見下してるのに歓迎はするんすね……」
「宮廷の意地かな? どの騎士団も自分の騎士団が最強だと思ってるから、宮廷はその品格の高さを誇示するために歓迎するのさ」

 騎士による騎士の歓迎会。本来なら必要のないその会は、参加に意味がなく欠席も多い。
 しかしそれはきっと騎士が開催しているからだ。

「ねぇそれ、僕が主催にできないかな?」
「殿下がですか?」
「うん。僕が主催なら純粋なパーティになりそうかなって」
「確かにそうですが……」
「歓迎したいのは本当だし? 意地とか見栄になるぐらいならその方がいいかなって、僕が楽しみにしてるってみんな知ってるからね」

 セシルは少し戸惑い。話すべきか悩んでいるようだった。
 王子の趣向だと言い訳し開催し続ける騎士大会で、歓迎会までも王子が主催すれば騎士大会を推進しているのは王子だと肯定しているようなものだからだ。
 批判的な意見もある中であらぬ誤解を招くことになるのではと、セシルは言葉に迷ってしまう。
 突然目を逸らしたセシルにキリヤナギは少し考えて口にする。

「セシル、僕はセシルと僕を守る皆を守りたいだけだから大丈夫」

 何を心配していたのだろうと、セシルは考えるのをやめた。
 そして、成人した王子を未だ子供としてみていた自分へ反省する。

「わかりました。では殿下の主催する会を楽しみにしていますね」
「うん、僕から運営委員会? 連絡すればいいかな?」
「私からも言伝は可能ですが、そちらが早いでしょう」
「殿下主催ならみんな来ると思う。去年は、宮廷しか居なかったし」
「リュウド、それ本当? 歓迎会なのに……?」

 セスナは、歓迎会が押し付け合いになっている事を黙っていた。
 レギュレーションの取り決めという輝かしい役職の反面、歓迎会は準備に手間がかかるだけでなんの功績にもならず誰もやりたがらない。
 去年委員会だったセシルは、案の定のこの役を押し付けられストレリチア隊で必死に料理を作ったり、ビンゴ大会を企画したりと準備をしたが、他領地からの参加者が10名に満たず、作った料理が余った為、急遽定時終わりの宮廷騎士を集めてどうにか処理した。
 また後片付けも全てやらされ、休日返上で作業したのは記憶に新しい。
 ストレリチア隊は、今年はもうやりたくないと皆がセシルへ要望を送りそれを受けてセシルも委員会へ参加しなかったが、委員会へ居ないのいいことに本大会への参加を押し付けられるのは想定外でもあった。

「セスナ、何か考えごとしてる?」
「いえ、去年で開催するのは大変だったので、殿下にやって頂けるなら皆喜びそうだなとーー」

 セシルが再びセスナの頬をつねっていた。キリヤナギは思わず笑いながら続ける。

「そうなんだ。僕、学校で体育大会と文化祭をやったからまかせて」
「それは頼りになります」

 その後はキリヤナギも一緒になって練習をしていた。
 大まかな立ち回りとか、動きの考察を丁寧に共有していると、あっという間に時間が過ぎてゆく。

「殿下、そろそろ夕食ですよね」
「帰りたくないなぁ……」
「隊長、我々も定時なので解散しましょうか?」
「そうだね」
「セシル、次はいつやるの?」
「本日から開催まで毎日やる予定です。有事があれば中止もあり得ますが、その時はご連絡します」
「わかった」
「参加する気満々っすね……」

 キリヤナギは聞こえない振りをしていた。
 ジンは隅に置いていた騎士服の上着を羽織り、キリヤナギと王宮へ戻る準備をする。するとリュウドが駆け寄って声をかけてくれた。

「ジンさん、もうちょっといい?」
「? リュウド君どうかした?」
「……俺、あの時『協力したい』って言ってくれたシズルさんの言葉が、どうしてもわすれられなくてさ。あの目は嘘じゃないなって俺の直感が言ってる。だから俺は、シズルさんのこともう少し信じて見ようかなって」
「へぇー……」
「ジンさんは?」
「俺は正直、どっちでもいいかなって思ってたけど、リュウド君がそういうなら俺も同じようには、なりたいかな……?」
「はは、ジンさんって意外と努力してくれるんだ」
「……」

 グランジは、感心した目でジンを見ていた。
 その後王宮へもどり、夕食に行くキリヤナギを見送ったジンは、同じくセオと夕食を済ませる。

94

「へぇ、騎士の歓迎会を殿下が?」
「なんか大変ってセスナさんが言ってたけど、セオがやる事になるって」
「何か勘違いしてるみたいだけど、僕らその為にいるから寧ろ歓迎だよ?」
「え、そうなの??」
「だって普通の王室って、定期的に王子が貴族招いたり茶会とか夜会をやるものなのに殆どやってないじゃん」

 確かにその通りで、ジンは返す言葉がなかった。
 アークヴィーチェに仕えていた頃、カナトは定期的にオウカの貴族達を招いては、簡単な茶会もよく開いていたからだ。
 またバイオリンのコンサートなどにも参加し、同参加者や師範を集めた演奏会なども開かれ、集まりは小規模なものを含めると一週間に一度は行われていた気がする。

「貴族達との親交を深めるのに、本来ならもっと開催しないとなんだよ。いい女性をみつけるためにもね」
「ならなんでやってねぇの……?」
「殿下が『やりたがらない』から? これでも18歳ぐらいまでは、それなりにやってたんだよ。でも学生になってご病気もされたから、殿下がやるって言うまで様子見になったってだけ」
「へぇー」
「僕らは格式を誇示する為にいるのに、無欲な殿下に持て余されてるんだよ。仕える事にも確かに意味はあるんだけど、見せる機会がないのはやっぱりもどかしいからね」

 なるほどと、ジンは感心しかできなかった。キリヤナギの周りに必要な事柄を揃え、彼が王子としての品格を維持できるようツバキ家は仕えている。王子が一言「茶会をやる」と言えば、それを相応しい環境を整え、招かれた客へ王子のしての格式を誇示する。
 対等ではなく、位が上である事の証明は、周りの環境を整えてこそ完成するものだからだ。

「だから本当なら自分で準備とかやっちゃダメなの。多少手伝うなら問題無いけど、全部やったら使用人と同じだからね。王子が平民並みのパーティとか、馬鹿にされても文句言えないし」
「な、なるほど」
「ジンも気をつけて!」
「は、はい」

 ありとあらゆることが思い出され、ジンは心の中で何度も懺悔していた。
 思い出せない程あるその思い出は、確かに今の王子は作ったが、騎士へ不敬な態度を取られるのも「それ」が原因であることは明らかだからだ。

「でもジンの情報って、本当かわかんないから殿下から聞くまで保留にしておくね」
「こ、今回はマジだから……」

 セオのジト目が痛い。 話していたらキリヤナギが戻ってくる。
 明日はレポートの提出へ学院に向かい、その足でアークヴィーチェ邸へ行くらしい。

「午前だけ?」
「うん、提出だけだからすぐ終わりそうだけど」

 筆記テストは終わり、授業の殆どは自習となっている。
 出席も取られず登校は自由だが、明日の授業だけはレポートの提出があり、教室へ向かわなければならない。

「殿下」

 話しているとセオが事務所からリビングへと戻ってくる。
 歓迎会の話をきいたセオは、開催まであまり時間がないことを鑑み、早急に動けるよう運営委員会へ連絡をとってくれた。

「歓迎会を担当するバイオレット大隊長より、返事が返ってきました」
「え、定時とっくに回ってるのに……」

 今季の会はバイオレット隊が担当し、ちょうど準備の為に残業をしていだと言う。 
 何も決まっておらず頭を抱えていた中での連絡で、まさに渡りに船だったのだろう。

「バイオレット大隊長が作られた資料をこちらへ印刷してきました」

 キリヤナギが確認すると、本当に作業を始めたばかりのようで、場所とコンテンツの候補が箇条書きにされているだけで中身が無い。
 ほぼゼロからのスタートだと分かり、安心する反面周りが生汗をかいていた。

「グランジ、去年はどうだった? 参加した?」
「ビンゴ大会をやっていたが、他領地の騎士達は殆ど見かけなかった」
「ただの忘年会じゃないっすか……」

 グランジも興味はなかったが、食事が余っていると言う放送をきいて、それ目当てに顔を出しただけだと言う。
 ビンゴ大会も微妙な空気で、大当たりが何故かセシル・ストレリチアの秘蔵写真だった事から、セスナがその場で締められていたらしい。

「セスナ、ブレなくて嫌いじゃないよ」
「2位は?」
「クランリリーりんごパイ」
「ただのお土産じゃないっすか……」

 他にもトイレペーパー一週間分とか、女装セット、シュールなぬいぐるみなどが羅列されてコメントに困ってしまう。これでは参加者がほぼいない理由も理解ができてしまった。

「僕は何をしようかな」
「殿下もビンゴ?」
「それはセスナがやったみたいだから、違う方がいいかなって」
「しかし、大勢が楽しめる一つコンテンツはなかなか……」

 確かにその通りだとキリヤナギは悩んでしまう。
 ビンゴゲームは限りなく『妥当』で、ルールを知らずとも言われた数字が手元にあれば「あたり」となりわかりやすい。

「いつまでに決めたらいいかな?」
「決めて頂ける内容にもよりますが、大規模でなければ、五日で会場の準備も全て完了できるかと」

 騎士大会が来週の末なのをみると、残り5日程だろうか。悠長にはしていられないとキリヤナギは身を引き締める。

「つーか、今日の時点で何も決まって無いとか……」
「ルール変更あったからでしょ、ジンの所為」

 正確にはリュウドの所為だが、ジンはあえて本音を堪えた。
 キリヤナギは切り詰めたスケジュールにも関わらず、何故か機嫌がよく鼻歌を歌いながらデバイスで何かをしらべている。

「楽しそうっすね」
「考えるのは楽しくて、みんなが喜んでくれる景品って何かなとか、僕にしかできない事がいいよね」
「……なんでも言う事を聞くとか?」
「やめてください。それはシャレでもシャレになりませんよ!!」

 王様ゲームの話で、キリヤナギは少し面白いと思ってしまった。
 やりたいがここは王宮で、それはセオが許してくれないだろう。
 ここで許されるのは、王子としての品格を損なわず、かつ皆が喜ぶ物だと理解する。

「とりあえず考えてみる。決まらなかったらビンゴにするね」
「畏まりました、それでしたら騎士の方々へ喜んで頂ける景品を調べておきますね」
「ありがとう。会場に置く物どうしようか、テーブルとか雛壇とか?」
「指定していただけるならその通りには致しますが、殿下の一声こそ全てなのでお任せ頂けるなら全て我々が準備致しますよ」
「うーん、それは何が違う気はするけど……」

 しかしおそらく、彼らにもやりやすい方法がある。
 使用人達のチームの一つ「ツバキ組」は、セオがリーダーであり、彼らはキリヤナギが仕切るよりセオが仕切る方が慣れているからだ。
 また品格を示すとなると、キリヤナギが提案しても許されない可能性がある。

「じゃあ会場の準備はセオに任せて、僕はコンテンツと食事のメニュー考えるよ」
「分かりました。お料理も材料の手配がありますので、同じく五日前に提出をお願いします」
「わかった」

 決断が早いと、ジンとグランジは感心して見ていた。
 秋が終わり冬となったオウカの夜は、気温もぐっと下がりキリヤナギもその日は暖房をつけてベットへと潜るのだった。

95

 次の日、朝の騎士棟へ出勤したシズル・シラユキは、年末の警備スケジュールが調整されたシフト表を確認していた。
 今日よりシフトが微妙にかわり、午前と午後が入り混じる複雑なスケジュールとなっている。
 ミスがないようデバイスへ正確に記録していると後ろから人の気配を感じ、顔を上げた。

「バラバラですまないね」

 聞き覚えのある声に、シズルは背筋が凍りつく。一気に緊張して恐る恐る振り返ると、そこには金髪に騎士服を纏うセドリック・マグノリアがいた。

「この時期から、帰省する騎士達がでてきて人手不足なんだ。寮の君にはギリギリまで来てもらうことになるかもしれない」
「……ご機嫌よう。マグノリア副隊長閣下」
「ご機嫌よう、シラユキの、いつも助かっているよ」

 何故優しく笑えるのだろうと、シズルは混乱していた。あの時、意見を翻したセドリックをシズルはいまだに忘れられずにいる。
 「タチバナ」へ協力するはずだったのに真逆の結論を押し付けられたシズルは、父に見放され「タチバナ」の裏切り者になってしまったからだ。
 しかし、それは結果だ。
 相手は、1000人を超える騎士隊の副隊長であり経験や信頼など、新人のシズルが勝てる事はないに等しい。
 つまりここでセドリックに異論を伝えても、シズルは何もできず、何も変わらない。
 だが、何もできないからこそ、あえて伝える意義はあると言い聞かせる。

「マグノリア副隊長閣下」
「なんだい?」
「私は、閣下へ何を言われようとも忠臣たる『タチバナ』を裏切る事は致しません。誤解はされようとも私はその意思を貫きます」
「ははは、なるほど、なら『そう言う意見』もあると受け取って起こう。頑張るがいいさ」

 セドリックは動じた様子もなく、立ち去って行った。
 シズルはしばらく動けないまま、午前の巡回警備へと向かう。

「眠いー……」
「テスト期間終わったのに夜更かしです?」
「いいコンテンツおもいつかなくて……」

 テスト期間よりも大きくあくびをしたキリヤナギは、その日も朝から学院へ通学の準備をする。ぼーっとしたままジンへついて行くと自動車の通用口へ連れてこられ、そのまま載せられて発進されてしまった。

「着くまで寝てます?」
「あったかい……起きる自信ない……」
「殿下、本日は必要でしたら、敷地内で待機致しますが如何ですか?」
「授業あるかもだからすぐには戻って来れないけど……」
「お気になさらず、この後のアークヴィーチェ邸までお供できればと」
「そっか、ありがとう、セシル」
「仰せのままに」
「グランジさんがいるのに、なんでいつも隊長が運転なんですか?」
「格式の維持だよ。大隊長である私が送り届けることに意味があるんだ。でも常時対応できるわけじゃないから、私がいない時はグランジへお願いしているね」
「なる、ほど……」
「ジンは、まだまだ学ぶ事が多くありそうだ」
「ジンは覚えなくていいよ」
「なんですか……」

 最近のジンは、以前と少し違いキリヤナギは複雑な心境を得ていた。
 徒歩で30分の距離は、自動車だとあっという間でキリヤナギはついて来ようとするジンを置いて本館の裏から登校する。
 朝からの生徒は殆どおらず、すれ違うのは巡回の騎士達で、キリヤナギは一度掲示板を確認してから教室へと向かった。
 その日、他の授業が自習ばかりのためか指定の教室には、教台に提出用の箱だけ置かれていて、登校した生徒達が机について必死にキーボードを叩いている。
 キリヤナギは、提出だけなのに授業とカウントされているのか不思議だったが、レポートを書く為の猶予時間だと気づいて感心していた。
 殺伐とした教室で提出だけを終えたキリヤナギは、待たせているセシルを思い、足早に廊下を進む。
 久しぶりに会ったカナトと何を話そうかと想像を膨らませていると、突き当たりの廊下から騎士が回り込み、思わず立ち止まった。
 いつも午後に会っていたシズルは、今日は午前にいてしばらく呆然と眺めてしまう。
 しかし、彼は一瞬驚きながらも一礼し身を翻すように立ち去ろうとした。

「シズル……」

 小さく呼んだ名に、彼が反応する。
 立ち止まり目を合わせてくれないのは、事実だからだろうか。

「ジンとリュウドに酷いことしたって本当?」

 確認をするように疑問を述べた。
 分からない事を考えても仕方なく、本人の話を聞いてみたいと思ったからだ。
 シズルは少し悩みながらも、弱々しい声で口を開く。

「『タチバナさん』が、お話されたなら、それは事実です」
「ほんとに??」

 思わず繰り返してしまう。
 何かの間違いであって欲しいと願った事柄は、事実だと肯定された。
 しかし、シズルは聞き返したキリヤナギから目を背け、絞り出すように述べる。

「しかし私は、この言葉の意味が殿下にどうに伝わろうとも、彼らに協力をしたいと言う意識は変わりません。でも今の私は、それを証明する手段を持たない」
「それは……どう言う……」
「どうか今は何も聞かれず、私の行動を持ってご判断を殿下の忠臣を裏切ったとされる私が、今後どのように彼らと接するか、それを見届けていただきたく思います」

 シズルの目は真剣だった。
 またその上で、見届けて欲しいと言ってくれた彼に「らしさ」すらも感じてしまい、安心もする。

「……わかった」
「光栄です」
「……今度全部聞かせてね」

 キリヤナギはそう言って、シズルを通り過ぎて立ち去った。
 シズルも納得していないなら、これ以上関わるのは野暮だと判断する。みていて欲しいといってくれたなら、キリヤナギはそうするだけだからだ。

@

「久しぶりだ。よく来てくれた」
「カナト。こんにちは」

 邸宅の庭で迎えてくれたのは、使用人をつれたカナト本人だった。
 広い芝生に噴水のあるそこは、以前カナトが歴史を解説もしてくれた場所でもあり懐かしく思える。

「それでは殿下。私はこれより一度王宮へ戻ります」
「うん、ありがとう。セシル」
「またご帰宅の際にでも」

 セシルを見送った2人は、カナトに屋内へ案内され応接室へと通された。

「騎士隊長殿も、ゆっくりして行って構わなかったが」
「悪いし、セシルも忙しいからね」
「そうか、ジンとグランジ以外の騎士を見たのが久しぶりだったからな」

 カナトと言う通りでキリヤナギは意表をつかれた。セシルは言われると始めて訪れたのだと思う。

「ドレッドヘアーは珍しいな。ガーデニアでもなかなかいない」
「僕も初めてあった時はびっくりしたけど、すごい優しいんだよね」
「それはギャップがあるな」

 談笑をする傍ら、ジンは入り口で警備兵をやっていた。
 すまし顔の彼へカナトは、視線を移しながら続ける。

「今日はどうかしたか?」
「うん、今年も騎士大会やるからカナトもウォレスさんと観にこないかなって、去年誘えなくて申し訳なかったし」
「騎士大会か。私も去年はメディアでみていたが、今年もアカツキ殿がでるのか?」
「今年はジンがでるんだよね」
「ジンが?」
「僕の親衛隊が名指しされたって……ひどいよね」
「なるほど、しかし、毎年同じチームが出ていて飽きられた可能性もあるのでは?」
「僕の騎士は見せ物じゃないし」
「『僕の騎士』か、なるほど」
「え?」
「大切にしているんだな」

 カナトは笑っていた。
 ジンも改めて話された事でようやく気づいた。キリヤナギが、騎士を自分のものだと受け入れた事は今まで無かったから。

「騎士大会は是非観戦に行きたいが、我が父ウォーレスハイムはこのような催事に興味がない。よって私だけの観戦となるが、かまわないか?」
「それはいつもの事だし大丈夫。代理になるのかな?」
「そうなるだろう。王子直属の騎士の戦いが見れるのは楽しみだな」

 紅茶をすするカナトの後ろで、ジンは微動だにしない。アークヴィーチェ邸に支えていた頃とはまるで違い、感心すら覚えた。

「ところでキリヤナギは、昼はどうするんだ? 我が家で同席するのなら用意させるが」
「今日は招待状もってきただけだし、悪いから早めに帰ろうかなって、ジンも騎士大会の練習があるし」
「ふむ。それならば、久しぶりに三人で外食へ行くのはどうだ?」
「外食?」
「つい先日、ガーデニアの人気店がオウカでもオープンしたんだ。解説ができるぞ」
「楽しそう!」
「ジンもくるか?」
「わ、私は、護衛なので……」
「なんだつまらん」
「ごめん、騎士大会が近いからあんまり自由にできなくて、他の領地の騎士がくるし、見られたら不味いから」
「なるほど、では個室をとるか」
「え、なんで?」
「三人で寛げばいい」

 カナトの微笑に、キリヤナギは肩の力が抜けるのを感じる。
 ガーデニアの外交大使は誰よりもキリヤナギの立場を理解し、歩幅をあわせてくれる。

「見られたく無いのなら、配車するか」
「ううん、外はせめて徒歩がいいな。ジンが気を抜けないのが申し訳なかっただけだし」
「俺は空気でいいんですけど……」
「王子の意向に、文句を言うのは野暮だぞ」

 言い返せない。
 カナトは、デバイスで店の予約をとり、久しぶりに三人でオウカ町へと繰り出した。
 オウカの王子とガーデニア外交大使の嫡男のならびは、本来なら4名は護衛が必要だと言われてていて、何故か背中へピリピリと緊張が走っている。

「なんで騎士つれていかないんすか?」
「? 問題あるか?」
「ジンが言うんだ?」
「王宮勤務になって釘を刺されたんだな。アークヴィーチェは緩いので当然か」
「うっ……」
「貴様ほどマイペースな騎士へ釘を打てる人間は限られていると見るが……」
「誰に言われたの??」
「そ、そう言うのじゃなくて……」

 セオに自己中心的だと言われたことが、ショックだったなど言えない。
 それだけでなく、異動になって自分がどれほど周りが見えていなかったか反省もしていた。ずっと自分を信じ、キリヤナギのために生きてきたのに、その皺寄せの全てを彼が受け自分だけ守られてきたのが情け無く思う。
 敵だと思っていた彼らは味方であり、受け入れられたことでようやく自分の過ちへ向き合えたからだ。
 当然、後悔はしていないが、それを続けたことで「好きだったキリヤナギが変わった」と言う事実が、他の誰かの所為ではなく自分の所為だったと思えてきて、自業自得なのたと反省した。
 キリヤナギに詰め寄られても、とても話せることではできない。
 「前が良かった」など言えるわけがないし、今のジンにできるのは、自身が変えてしまった彼が戻る事を願い、ただ平穏に暮らすのを見守る事であると思っていた。
 
「心配しなくても、私もそれなりに戦えるぞ」
「えぇ……」
「ほんとに??」

 流石に冗談だろうと思うが、カナトは自信満々で2人は反応に困ってしまった。
 キリヤナギの興味がカナトへ向き、ジンがほっとしていると目の前の施設の壁へ寄りかかる騎士服の男へ目がゆく。
 キリヤナギもその目線を追って男を見つけていた。

 サーマントが無いその男は、地元の騎士のようだが、頬を緩ませ嬉しそうな表情をしていて三人はしばらく眺めてしまう。

「クランリリー騎士団の人かな?」
「さぁ……?」

 施設の壁には「さくらの湯」と書かれていて、お風呂を兼ねたレジャー施設だろう。屋上は吹き抜けなのか雨除けの鉄筋しかなく、ちょうど露天風呂がある場所なのだろうと憶測した。
 立ち去ろうと言うカナトに、ジンが微動だにしない事でキリヤナギも気づいた。
 目を瞑り、意識を集中させる挙動は、7つの『王の力』の一つ、【千里眼】のものだ。
 騎士であることで異能を持っている可能性は十分にあり得え、もし上から【観て】居るとすれば、それは異能を悪用した「除き」になる。

「ほぅ、流石の『タチバナ』だな」
「間違いない?」
「多分? こんな車道付近で立って寝る人いないと思うんで」

 施設の裏手だが、歩道に面していて手前には自動車が行き交っている。待ち合わせ場所にしてもそぐわず、ジンはキリヤナギをみた。

「どうします?」
「うーん、よくないよね……。返してもらった方がいいかな」
「騎士ならば問題になりそうだが……」

 一度声をかける為、近場の横断歩道で待っていると一瞬目を開けたその男は、ジンに気づいて駆け出した。
 キリヤナギとジンの2人は、自動車の停止を確認し、大急ぎで後を追う。

96

「待ってください!」
「宮廷に絡まれてたまるかよ!」
「なんで逃げるのー!」

 足が速い。
 すでにカナトは視界へ居らず、置いてきてしまった事が申し訳ないが、今は目の前の騎士へ集中する。
 しかし路地へと入りこまれ、彼は止めてある自動車すら乗り越えながら軽やかに距離をつけてゆく。

「はっや!」
「マジな人じゃないっすか!」

 ジンとキリヤナギも負けてられないと、ビルの隙間の柵の上を進んだり、金網を乗り越えて後を追う。
 逃走する騎士は、それを見て感心した声を漏らしながら、再び道路へでて速度を上げた。

「キリないっすね」
「僕が回り込む」
「それはーー」

 ジンがキリヤナギを止めようとした時、先の十字路を塞ぐように自動車が停止し、後部座席からカナトが降りてくる。
 その凛とした表情を気に留めず、騎士が再び飛び越えようとしたとき、男は何かに気づき、ブーツの側面を「見えない壁」へ叩きつけた。
 そしてそり返るように体を浮かせて着地する。

「なかなか勘のいい御仁だ」
「なんだ? アンタ」

 ようやくジンとキリヤナギも追いついた。
 カナトが乗りつけた自動車は、一般用の旅客用乗用車。タクシーで状況に驚いて走り去ってゆく。

「せっかくだ、我ガーデニアの最新技術をお見せしよう」

 青く輝くガラスのような破片が、何もない場所から現れ、それが鋭利に研ぎ澄まされてゆく。

「数年前、我が国は人体に存在するエネルギー『体力』のほかに、運用できるもう一つのエネルギーを発見した。血液など、体の循環から生成される『それ』は生命活動には運用されず、ただ生まれては消えてゆくものではあったが、我々はこれを『魔力』と名づけ、運用する新技術の開発した」
「まりょく……?」
「『魔力』は凝縮し、水と結合することで質量を持つ、よってこんな事も可能だ」

 騎士が気付いた時には遅かった。
 既に透明な壁に囲われ、小さなケースに入れられたように閉じ込められている。

「改めて自己紹介をしよう。私はカナト・アークヴィーチェ。ガーデニアの一級魔術師であり、この先の未来で、このオウカとガーデニアの友好を司る者。以後お見知り置きを」
「これは、やられたねぇ……」

 騎士は、諦めたようにあぐらを描き道路の中央へと座った。
 腰から水筒を出したかと思えば中のものを一気に飲む。

「鬼ごっこはおわりか、まぁ楽しかったわ」
「どこ所属すか……?」
「おれはタイラー。マグノリア騎士団所属のタイラー・クロウエア。よろしく、そっちは?」
「宮廷騎士団所属のジン・タチバナです」
「ふーん、なんか聞いた事ある気が……」
「……『タチバナ』しらないんだ?」
「なんだっけ? そいや隊長になんか言われてたような……」

 ジンが不思議そうに眺めているのは新鮮だからだろう。
 首都では『王の力』の対となる『タチバナ』はそれなりに有名だが、逆に首都にしか存在しないため、人によっては印象に残っていないのだろうと思う。

「もしかして騎士大会に出場する人?」
「そそ、さっき首都について、夕飯まで待機だったから観光してたんだよ」
「観光と言うか、銭湯を除いてましたよね? 【千里眼】ですか?」
「は?? 見破られたの初めてだ。首都にはすげー人がいるんだなぁ!」

 ジンが困惑している。
 カナトは興味深く観察していて、口を挟む気はなさそうだった。

「バレたら首になるかもしれないっすよ」
「ふふ、リスクを恐れれば覗きは成立せず! この背徳感こそ至高! 【千里眼】ならば、誰にも迷惑もかからないんだ。素晴らしいじゃないか」
「迷惑かけてるし……常習なら本部に報告しますよ」
「まてまてまて、女湯はいい。それこそ男のロマン。クランリリーは流石の美人揃いで最高だ。おれは、公爵から直に借り受けてるから、多少なら貸してもいいんだぞ?」
「……やっぱり返してもらった方がいい気がしてきた」
「うーん」
「騎士大会に影響がありそうだが」

 冷静すぎるカナトにジンは救われた気分になる。タイラーと名乗った男は、キリヤナギをみてもピンと来ないようでジンもどう言葉にすればいいか分からない。

「そちらの方は貴族さんだろう?」
「僕は、そうだけど……」
「高貴な雰囲気で分かる。おれもマグノリア公爵家にはご縁がありまして、貴族さんも一回は憧れたことあるんじゃないか? 女湯」
「えっ、それは……」
「殿下、ここは否定しないと……」
「ふむ、やっぱり男のロマンに立場は関係なし、よろしければ【千里眼】をお貸しするが……」
「覗いたのか?」
「やってない。未遂!!」
「言わなくて良いっすよ……」

 マグノリアでの浴場の経験が思い出され、キリヤナギはとても否定ができなかった。
 いつの間にか壁は消えて、タイラーは上機嫌に立ち上がると、キリヤナギの元へ歩み寄り手を差し出してきた。

「ロマンは男だけのものだ。立場のためにも、絶対口外にしないと誓おう」

 キリヤナギは、その真っ直ぐな目を見て思わず手を取りそうになるが、冷静になって思わずジンの後ろへ逃げる。

「そ、それはダメな気がする!」
「なんでだ? 言わないって言ってるのに」
「タイラーさん……。俺が言うのもどうかと思うんですが、大概無礼すよ」
「おれも、一応は礼儀は弁えているつもりですけど……?」
「私が名乗ったのに分からないとは、ガーデニア外交大使はそこまで有名ではないんだな……」
「カナト、もしかして凹んでる……?」
「おっとそっちも? すんません。アークヴィーチェ? 外国人って言うのはなんとなく」

 情勢に興味はないのだろうかと、ジンは頭を抱えた。
 確かにキリヤナギは今年の誕生祭まで殆どメディアに出ておらず、他領地の騎士にとっては他所の土地の話なのだろう。
 
「殿下、久しぶりに名乗ったらどうです? 俺もちゃんとやるんで……」
「うーん、申し訳ない……」
「名乗っておけ、後に響くぞ」

 タイラーは首を傾げていた。
 キリヤナギは少し複雑な表情を浮かべながらも、その目線が変わったことへジンが応じる。
 唐突に膝をついて頭を伏せたジンへ、周りの空気が変わった。

「私は、オウカ国、第一王子。キリヤナギ・オウカ。騎士タイラー・クロウエア、貴殿の無礼は、この対話を口外へとしない事で許す」

 人気のなかったその場へ、周りの住民たちが窓から顔を出す、跪く騎士と堂々と立つ王子をみて驚き、自宅から出てくるものもいた。
 敬意を示し礼をするカナトの傍ら、タイラーのな表情は凍りついて言葉が出ない。

「おうじ、殿下」
「うん、お風呂覗いたらだめだよ?」
「はい」
「なんでわかんないんすか……」
「メディア、みないんで……」

 各領地の騎士はそう言うものなのだろうか。人が集まり始めたため、4人は人混みをすり抜けるようにしその場を後にする。

「タイラーさん。護衛足りてなかったんで、お願いしていいっすか?」
「うっす、お任せください!」
「やっぱり名乗りたくなかった」
「もっと堂々としろ、国民に顔を覚えられていないなど、王子としてどうなんだ?」

 気がつけば店予約の時間が迫りタイラーとジンは、カナトとキリヤナギが店から出てくるまで警備兵をやってくれる事になった。
 久しぶり三人で出かけられると少し楽しみだったのに、ジンがいないことが残念にも思えてしまう。
 
「珍しくジンが悩んでいたな」
「え、ジンが?」
「違和感はそれだろう。想像ができなかったが奴が悩むこともあるんだな」
「何かあったのかな……」
「直接聞いてみればいい」

 当たり前のことを聞いてしまったと、キリヤナギは反省した。個室の入り口の前にはジンとタイラーが待機しており、カナトのみが目の前にいるのは公式訪問を連想する。

「さっきの魔力? 魔法? すごかった」
「あれか? 正確には魔術と言う。科学だな」
「科学? 魔術?」
「科学と魔術は、同じ意味を持つ。言わば明確な原理が存在するんだ」

 カナトは、ポケットからカード型のデバイスを取り出した。ガーデニアの国章に並ぶように魔術を模した紋章も刻印され、カナトの名前も綴られている。

「これが、魔力運用デバイス。通称、魔力デバイスだ。ユーザーはこの端末を介して人体から魔力を取り出し、物質化を行う事ができる」
「物質化……?」
「魔力は、体内ではただのエネルギーに過ぎないが、空気中の水分と1対1で結合することで物質化し凝固させることができるんだ」

 カナトは、テーブルの上の魔力デバイスの起動を確認し、人差し指の先へ小さな破片を生成して見せた。
 またそれは角が取られるように削られてゆき、桜紋へと形を変える。

「凝固したこれは魔力結晶と呼ばれ、このようにありとあらゆる形へ変化できる。加えて魔力は空気より軽いために、こうして水分と結合すると重さと重力のバランスが均等になり、空中へ浮くんだ」
「破片なのに、風船みたい」
「そうだな。これを薄く空気抵抗の少ない形で飛ばす事で『武器』としての運用が可能だ。またこれは元が無形物質と水であることから、その密度次第で人体を傷つける事がなく安全とも言える」
「えっと?」
「魔力結晶で人が怪我をする事はない。やろうと思えばできるが、より高密度の魔力結晶を生成必要がある」

 カナトは、生成した透明な桜紋をキリヤナギの元へ弾いてよこした。
 手に取ってみるとガラスのように硬く、手を離すと浮遊する。

「す、すごい」
「我が国はこの技術を独自の『装備』として特許をとり、いずれオウカにも売り出す予定だ。ぜひキリヤナギにも使って欲しい」
「興味深いけど、僕に扱えるかな? 難しそう」
「『使う』必要はないさ。この魔力結晶はシステムでの完全制御が大前提にある。つまり、ユーザーの意思に関係なく自動で出現する『盾』だ。我が国の言葉で言えば『オートガード』。弾丸程度なら余裕で弾く事ができる」

 キリヤナギは呆然としていた。
 話へ付いてゆけていないキリヤナギにカナトはしばらく応答を待っている。

「強くない?」
「強いぞ。点の力にはまず壊されない。代わりに面の力には弱く。大質量を支えるのには向かないが、『装備』として運用するなら、これ以上の防具はないだろう」
「騎士のみんなが手も足もでなくなりそう……」
「自動制御と言うだけで、無敵ではないぞ? また後日見に来るといい。詳しく話そう」

 キリヤナギが魔力結晶から手を離すと、それはまるで空気へ溶けるように霧散した。何も無い場所から出てくるそれは、原理を説明されても全くピンとこないが、ガーデニアと言う高度文明の国のものと見るなら、何故か納得してしまうからだ。
 
「騎士大会の準備は進んでいるか?」
「うん。前日にね。来てくれた騎士達の歓迎会するんだけど、僕が主催することになってさ」
「それは騎士の皆も光栄だな」
「コンテンツを考える事になってて、どんな内容にするか迷ってて……」
「騎士ならば主君の激励こそ至高だと思うが、ここ最近はリーマン騎士とも言われているからな……」
「リーマン騎士?」
「騎士称号を栄誉として見るのではなく一つの職業として例えた言葉だ。一般の労働者をサラリーマンと呼ぶ為、それを騎士に当てはめて生まれた言葉だな」
「へぇー」
「リーマン騎士は、栄誉や誉より給与と待遇を重視する。もっともこれはガーデニアの話だが、オウカはどうなんだ?」

 キリヤナギはあまり考えたことはなかったが、確かに王宮を歩いていると若い騎士達から、休みの話や隊ごとの待遇の話が聞こえることがあり、納得もする。
 彼らは言葉には敬意があり、キリヤナギを王子として扱ってくれるが、仕事として割り切っていると言うのも伝わってくるからだ。

「それなら、やっぱり賞品とかある方が嬉しいのかな……」
「リーマン騎士ならそうだろうが、騎士大会に参加する騎士は、自分達の強さを見せにくるのだろう? 仕事だけならわざわざ参加もしないと思うぞ」

 確かに騎士大会は全国規模で優勝チームは、王よりトロフィーや勲章なども授与される。 
 昔は他領地の騎士ならば宮廷騎士へ推薦されることもあったそうだが、最近はそんな話もなくなり、賞金や武器などの実用的な物へ置き換わっていた。

「うーん」
「本大会が控えているのなら、気にする事も野暮では?」

 カナトの言う通りで余計に悩んでしまう。しかし、騎士大会へ参加する騎士は皆、自身の「王の力」を見せるために首都へときてくれているのだ。自身の力に自信があり、それを見せにきてくれていると思うと騎士達がやりたい事は自ずとわかってくる。

「思いついたかも」
「相変わらず、早いな」
「楽しんでくれるか分からないけどやってみるよ、ありがとう」
「いい事だ、来年は是非我がガーデニアの騎士も混ぜてくれ」
「えっ、いいのかな?」
「期待している」

 カナトの期待には応えたいと、キリヤナギは意気込んでいた。

97

 昼食を終えて、個室を出てきた2人は店の店舗で2人分の土産を買い、ジンとタイラーへと渡す。

「え、いいんですか!」
「うん、護衛ありがとう」
「俺はいいのに……」
「昼がまだだろう? 王宮で済ますといい」

 タイラーは子供のように喜び、何故か安心してしまう。店の応接室で待っていると、初老のバトラーが現れカナトへ礼をしていた。

「ではキリヤナギ。私はこれで失礼する」
「うん、カナト。今日はありがとう」
「騎士大会は楽しみにしている。ご機嫌よう」

 カナトを見送った後もキリヤナギはジンと共に、セシルの迎えを待っていた。
 タイラーもいてくれていたが、時計をみてハッとする。

「やっべ、そろそろもどんねぇと……」
「マグノリア騎士団って何処で泊まってるの?」
「公爵閣下が手配してくれてたホテルです。めちゃくちゃ豪華で感動して……」
「時間大丈夫すか?」
「うお、タチバナさん。ありがとう。それじゃ殿下! うちの隊超強いんでご贔屓によろしくお願いします!」
「うん、タイラー、楽しみにしてるね」
「もう覗かないでくださいよ」

 タイラーは苦笑しながら、店を出て行った。残されたジンは、少し気を抜きながらもキリヤナギの横に立って護衛をする。

「ジン、何かあったの?」
「な、何がすか?」
「……」

 睨んでも困っているだけで彼は何も話さない。彼は昔からそうだった。
 ジンはキリヤナギが悩んでいれば心配はしてくれるが、自分の問題は一切表に出さない。
 キリヤナギを巻き込まない為なのか、本当に気にしていないのか分からないが、セオはその無関心さから後者とも判断していた。しかしキリヤナギは前者の可能性を考えている。それは「ジンに興味を持たれた」からこそ分かる彼の繊細な態度だろう。

「ジンって意外と細かいところ気にするよね」
「えっ」

 ジンは騎士としては完璧なのだ。
 キリヤナギに対し口調は雑だが、その強さに踏まえ絵に書いた騎士であり、王子の隣にいてもその品格を損なわせない雰囲気がある。それは、生まれながらの高潔さや身だしなみにもあり、繊細でなければできない事だと思うからだ。
 
「なんすか突然」
「最近変だから、何か気にしてるんだろうなって」
「……」

 キリヤナギからみればジンの態度はとても分かりやすい。しかし、これは「興味をもたれたから」であり、他者にはわからないのだろう。

「何もないっす」
「ふーん」

 ジンの悩みをキリヤナギは聞かされた事がない。だから今回もきっと最後まで話してくれないのだろう。だが、ジンの興味の対象が本当に「キリヤナギ」だけに絞られているのだとすれば、その悩みはきっと「キリヤナギ」が関係しているのだ。

「わかった」
「昼、ご一緒できなくてすいません」
「僕の許可なく人を誘わないで」
「……ご、ごめんなさい」

 ジンはげんなりして反省していた。その後セシルも現れ、キリヤナギは自動車で王宮へと戻る。
 遅めの昼休憩を済ませたジンは、午後から練習へと参加していた。

「マグノリア騎士団のタイラー・クロウェアさんですか。確かに名簿にありますね」
「【千里眼】持ってて、めちゃくちゃ動ける人でした」
「なるほど、運が良かったのでしょうか。先に知ってしまうのは、ちょっとずるい気はしますが」

 ジンからタイラーの話を聞いたセスナは、彼の特徴と2人が見た動きを細かくメモしてゆく。
 騎士大会は戦略戦で、先に手の内を知るのはこちらにとって利があると見ていいからだ。
 不安そうなセスナの目線に、セシルは笑いながら答える。
 
「盗み聞きとかではないし、わかってしまった事は仕方ないさ。『タチバナ』もジンが名乗ったなら、手の内を明かしたのと同じだしね」
「確かに、ジンさんは個人戦をとってるんで顔は割れてそうです」

 個人戦の上位3名は入賞としてウェブに掲載される為、ジンとグランジは顔が割れている。異能も公開されており、情報収集をされているなら知られていると見て良いだろう。
 しかし、ここまで公開されているのに何も知らなかったタイラーの疎さへ呆れていた。
 
「殿下、コンテンツ決まりましたか?」
「うん。カナトに相談したらヒントくれたんだよね」
「はやいですね。流石です」
「やっぱり王様ゲーム?」
「ジンさん、それは無礼ですからやめましょうね」

 違うタイミングで出来ればいいと笑っていると、武器が床へ落下する音が聞こえ、全員がそちらへ目線を向ける。
 その先には、ぐったりと座り込むリュウドをグランジが無表情で見下ろしていた。

「リュウド、大丈夫?」
「殿下……ちょっと、反動が来ただけ……」

 リュウドの持つ異能【身体強化】は、使用する人間の筋力を飛躍的に上昇させるが、時間制限があると共に筋肉の繊維をズタズタにする。
 よって筋肉痛がおこり、使用者が動けなくなることも珍しくはない。

「ラグドール呼んでこようか?」
「大丈夫。ちょっとうまくいかなかっただけだから」

 リュウドの表情には僅かに焦りが見える。
 ジンは持ち込んだ保冷剤を運び痛みがひどそうな場所へ当てていた。

「あんまり無茶はーー」
「ありがとう、ジンさん」

 リュウドはその時、目を合わせてはくれなかった。

 セオと共に歓迎会の打ち合わせを続ける中で、大学の授業はほぼ終わりキリヤナギは、騎士大会の開会式と閉会式の練習へと参加する。
 王宮で行われる催事の中でそれなりの規模にもなる騎士大会は、誕生祭と共に開催される個人戦とは違い、集団戦は開会式と閉会式、表彰式のみでキリヤナギは騎士達へ試合用の造花をつけたり、優勝チームへトロフィーを渡すぐらいしか仕事がない。
 表に出ている時間も少なく、試合中は屋内で観戦し、決まった時間にくるメディアへ応じるだけで、とても気楽に望んでいた。
 手元に置かれた造花はとてもよくできていて、騎士が怪我をしないようあえて脆く作られおり少しだけ慎重になる。
 軽くクリップ式で襟へ挟むだけでいいのはありがたいと、自然と表情も緩んでいた。

「殿下、午後からアレックス・マグノリア様より、お会いしたいと連絡を頂きました」
「先輩?」

 午前の練習を終えて休憩に入っていると、セオがスケジュールを持って徐に口にした。
 この後はトロフィーを進呈のレクチャーが控えているが、そこまで時間は掛からず夕方には終わるだろうと言われている。

「今日はレクチャーだけだよね」
「はい。贈呈品が届くのが明日以降の予定なので、大丈夫かと」
「じゃあ、会いたいかな」
「かしこまりました。応接室をご用意しますね」

 セオは必要最低限の連絡事項だけ告げ、誰かに呼ばれたように走ってゆく。キリヤナギもボーっとしてはいられないと、定番のおにぎりを頬張っていると練習要員として駆り出されていたグランジが戻ってくる。
 騎士達が映えるよう、どの位置に造花をつけるとか、どう誘導するかなどが使用人達で吟味され、ジンもまた使用人達の相談へ応じていた。

「グランジ、お疲れ様」
「……」

 相変わらずの無口でグランジは頷いて応じる。用意されたお茶とおにぎりを渡そうとしても、彼は無言で断ってキリヤナギの傍で護衛してくれた。

「皆、大変そうだった」
「グランジは初めてだっけ? 皆みてるとちゃんとしないとなって」

 去年、この練習へ参加していた騎士は居なかったと言う。それもキリヤナギが復帰したばかりであり、表彰式などは全て王がこなし、非番の騎士がいなかったからだ。
 今季は常駐するジンとグランジがおり、護衛と兼任する形で参加している。

「グランジも大変だった?」

 グランジは首を振っていた。じっと忙しなく動く使用人達を眺めて僅かな言葉を口にする。

「今年の催事は、後年末の物だけか」
「え、うん。年越しのかな」

 王と王子の誕生祭に続き、騎士大会も大きな行事だが年末の年越しの催事も王宮を上げた重要なものでもあった。
 年末、新しい年を迎えるその日、王とキリヤナギは王宮の屋上にある祭壇で新しい年を迎える。
 王族でしか立ち入れない神殿へ向かい、祈りながら年を越す。
 キリヤナギも何故それが必要なのか、よくはわかって居なかった。
 先祖を思い、ここに生まれた事へ感謝を祈ると言われているが、決して口外にしてはいけないと言う内部も特に何もなく、時計のようなものがあるだけで、それがなんなのかも分からない。
 何故話していけないのかも分からず、子供ながらにセオへ口走った事がなんどもあるが、そう言うものは心構えが重要であると言い聞かされていた。
 今になって、それを続けることにこそ意味があるとも分かったが、続ける事に意味はあっても何の為なのかは分からない。

「今年は冷えるな」
「う、やだなぁ……」

 神殿には暖房が無く、寒い。
 中には火を焚べる場所もあるが、扉を閉められると密閉される為、危険であることから、出来るだけ厚着をしカイロを持ち込みながら年を越していた。
 本来は、王族は終日祈らなければならない儀式らしいが、窒息の危険を鑑み近年では年越しの数時間だけに留められている。
 儀式の中では最も過酷であり、臣下達はみな1番先に撤廃すべきとも言われているが、キリヤナギはこの儀式は嫌いではなかった。
 環境は悪く、寒くて風邪もひいたこともあるが、王と2人きりとなり親子でそれなりに話ができていたからだ。
 子供の頃は、数時間でも退屈で仕方がなく寒くて泣いていたら、父がこっそり絵本を持ち込んでくれたり、おやつとか祖父の話などその時にしか見せない父の顔が見れた。
 大人に近づくにつれてそれもなくなり、ここ数年は、毅然とそれをこなすようにもなったが王族としての儀式を嫌いにならずにここまで続けられたのは、父のおかげなのだろうと思っている。

「でも嫌いじゃないし、ちゃんとやる」

 グランジは何も言わず、肩を持ってくれた。今は目の前の騎士大会で、キリヤナギはその日の練習をこなす為に立ち上がる。

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