外伝:古き再会

「この辺かな……」
「マジでいくのか??」
「執行部とは言うが、やはり危険だと思うぞ……」

 暖かい日差しが差し込む王立桜花学院にて、今この国の第一王子たるキリヤナギ・オウカは、2人の友人と共に敷地内を歩いていた。
 片手に通信デバイスで地図を参照し、主に建物の裏手に入り込む形で見回る様子は、警備をする騎士達の目に留まり首すら傾げられてしまう。

「でも、みんな困ってるし……」
「怪我をしたらどうすんだよ……」
「ヴィンセントの件もある、騎士と同行した方がいいのでは?」

 キリヤナギは苦い表情をみせ、同期の一般平民、ヴァルサス・アゼリアと3回生の貴族、アレックス・マグノリアは生徒会の執行部としてのキリヤナギの役割に疑問を持たずにはいられない。
 それも、生徒会で寄せられる困り事、言わば執行部の「やることリスト」に、学内で、タバコや酒を飲む生徒がいて彼らの暴言や非行が、日々生徒の恐怖になっていると言う相談がきていたからだ。
 その問題を執行部としてどうにかする為、彼らの「溜まり場」へと足を運んでいる。

「話せばわかってもらえないかな? お酒もタバコも体にわるいし……」
「なんでそう言うところだけお花畑なんだよ……」
「王子相手に態度を変える相手とは思えないが……」

 アレックスは彼らに僅かな面識があった。それは生徒会長候補としていた頃に、自身が会長になれば、最悪酒やタバコは目を瞑るが、派閥内の生徒への危害を加えるのはやめるよう話をつけていたからだ。
 溜まり場も許し、自由にしていればいいとしていたが、会長になり得なかったことで、彼らは弱い生徒へ窃盗や暴言は終わらずに続いている。

「お前以外とすげぇのか? アレックス」
「私に聞くな」
「先輩の話を聞いてくれたなら、僕のも聞いてくれないかな?」
「分からないが……」

 アレックスは、当時貸与されていた「王の力」の一つ、【読心】により、家にも学院にも居場所がない彼らへ同情していた。
 半端な貴族は、その在り方は高貴であれど決して資産があると言うわけではない。また、先に生まれたか、後に生まれたかの違いから、その扱いに格差がうまれ、家に居場所がないことも珍しくはないからだ。
 そんな彼らの「居場所」をアレックスは奪いたいとは思わず、マグノリアの傘下へ入る事で、せめて他の生徒へ窃盗は行わなくよう話をつけていた。

 学院の裏、本来なら人が寄りつかないその場所に数名の生徒達は四角のタンクをテーブルにして、タバコを吸いながらカードゲームをしている。
 現金があるのは賭け事だろうか。額は多くなさそうだが、学院でやることではないとキリヤナギは直感する。

「何見てんだ?」

 向かいの生徒が近づいてきたキリヤナギに気付き、手を止めてこちらへと歩いてくる。着崩した彼は一般生徒にも見えた。

「生徒会のキリヤナギ・オウカです。そこでタバコを吸うのは、みんなの迷惑になるから、やめてほしい」
「は??」
「吸い殻で芝生に引火したら火事になるかもしれないから、あと賭け事は決まった場所じゃないと……」
「うるせぇ! そんな事言いにきたのかてめぇは!!」
「おい! 無礼だぞ!」
「それがどうしたマグノリア! てめぇも約束破ってこんな奴連れてきやがって、ふざけんな!」
「く……」
「ここにきたなら分かってんだろ? 三万で見逃してやる」
「さんまん?」
「金か」
「僕、電子通貨カードしか……」
「はぁ??」
「間にうけんなよ……」

 ヴァルサスに叱られて困惑してしまった。通貨価値で言えば、据え置きのゲーム機が一台買えるほどでもあり、外でもそれなりに遊べる金額でもある。
 それ以前にキリヤナギは話ができそうで逆に安心していた。

「みんな生徒の怖がってるから、酷い事を言うのはやめてほしい。タバコも喫煙所があるからそっちの方がいいと思う」
「綺麗事ばっかり抜かしやがって……、行けたらすでに行ってんだよ。バカが!」
「そうなの?」
「何が身体に悪いだ?? 相手の為とか言いながら結局は排除したいだけじゃねぇか!! どこに行っても何しててもやめろやめろやめろ! 聞き飽きてんだよ! 俺らの好きにさせやがれ!!」

 キリヤナギは黙って聞いていた。今にも殴りかかってきそうな相手に怯まず、少しだけ考えた仕草をみせる。

「僕は、居なくなってほしいとは思ってない。でも、このままだとダメだと思う」
「はぁ?」
「このまま何かが起きれば、君はもっと辛い目に遭う。そうはなって欲しくない」
「……!」
「僕は執行部だから、生徒のみんなの困り事どうにかするのが仕事だし、喫煙所使えるように掛け合ってみるよ。何か言われても、『生徒会が良いって言った』って話せばなんとかなるかな?」
「そんなんで言う事を聞くと思ってんのか!!」
「え、だめ? 他にもあるなら……」
「うるせぇ、うぜぇんだよ! 帰れ!」

 突然の感情論に、相手が困っているのがわかる。アレックスの時もそうだったが、彼らは今までまとも話を聞いてもらえた事がなかっただけなのだ。

「どうしたら、やめてくれる?」
「は、そうだな。俺の家来になるなら考えてやるよ」

 アレックスとヴァルサスが、息を飲むがキリヤナギは涼しい顔をしていた。

「家来って、騎士とか使用人みたいな?」
「そうだな。絶対服従、文句ないだろ」
「へぇー」
「王子、何言われてるかわかってんのか?」
「だって、家来って雇用されるって事だし……」

 ……。

「は??」
「この場合だと傭兵になるのかな?」
「何訳わかんねぇこと……」
「個人契約ならバイトみたいになる? ちょっとやってみたいかも」

 冷え切った空気に、キリヤナギは首を傾げている。しかし貴族であるアレックスは、その発言は全て正論であると笑みすら溢れた。
 通常家来と呼ばれる人々は「君主へ仕えるもの」であるとされているが、その関係性は極論的に言うならば雇用主と労働者の関係にも近く、雇用主は労働者が役目を果たす為、その環境を整えれるだけの給与を最低限支払わなければならない。
 つまり生きるため、身なりを整え、人としての生活を保証して初めて、雇用主は人を家来とできる。

「家来じゃねえ! 奴隷だ!」
「ど、奴隷!?」
「奴隷の方が面倒だぞ、雇用なら人として勝手に生きるが、奴隷は人ではない。つまり所有物となり、常時世話をする必要がある。面倒をみず食事を与えないままでは餓死するぞ?」
「ぐっ……」

 王子は感心していた。
 奴隷も家来も結局は生きていてこそのものであり、主人はそんな彼らの生活の保証するのは義務とされる。

「僕、王宮帰んないと流石に連れ戻されそうだから家来がいいかも」
「なんで真面目に考えてるんだよ」
「そもそもバイトできるのか??」

 相手はもう何も言えず固まっていた。後ろで聞いていた生徒達は腹を抱えて笑っていて恥ずかしくなってしまう。

「ユウト、もういいじゃん。確かにここ雨の日使えないし、喫煙所使えるなら助かるし」
「はー?! なんだよてめぇら!」
「王子サマ面白ろすぎ! 初めて生で見たし、握手して!」
「え、いいけど……」
「遊ぶんじゃねぇ! 俺らを追い出しに来たんだぞ!!」
「そんなつもりはないんだけど……」

 気がつけば写真まで撮られていて恥ずかしくなる。ユウトと呼ばれた彼は、収支がつかなくなったのか、酷く悔しそうにこちらを睨んできた。

「くっそ、今日は勘弁してやる!」
「喫煙所いる?」
「いる!! お前ら、行くぞ!」
「はーい!」
「王子サマ、またねー!」

 ユウトは皆を連れてその場を離れていった。残された3人はユウト達が散らかしていた吸い殻やテーブルらしきものを片付け、その日の活動を終える。
 そんな事の成り行きを聞いたククリールは、度し難い表情で王子を睨んでいた。

「貴方本当、バカなのか頭いいのかわかんないわね」
「え??」
「王子、私の時はどう受け取ったんだ?」
「実はよくわかってなくて……、先輩の思う  通りでいいかなって」
「なるほど、これはやられたな」
「わかってたのか?」
「何が?」
「ヴァルサス、一応王子だぞ?」

 アレックスの言葉にヴァルサスは納得した。一般平民とは違い、キリヤナギは生まれた頃から騎士や使用人に囲われ、周りの人々が当たり前に雇用されていた空間で生活してきたのだ。
 家来と言う言葉の意味を、誰よりも正確に理解していたのなら、当然の返答だとも言える。

「僕、バイトしていいのかな。聞いてみよ」
「ダメということは無さそうだが……」

 生徒会の「やることリスト」は毎月数件あり、この他にもゴミの投棄が後を経たないとされていた場所へ、看板を立てる事で近くのゴミ箱へ誘導したり、学内で捨てられた子猫を病院につれてゆき、新しい飼い主をさがしたりと、小さな案件をこなしていた。
 天然に見える王子は、今回のことも然り持ち前の機転で次々と解決していて、ヴァルサスもアレックスも感心せずにはいられない。

「今期の案件はあと一つだが」
「え、うん……」
「やらないのか?」

 今日の出来事をレポートに書いていたキリヤナギは、アレックスの素朴な疑問にあからさまに嫌そうな表情をみせる。
 今までそんな顔など見たことなかったのに、意外性すら感じていた。

「ぜ、全部やる必要ないっていうし……」
「それはそうだが……」
「どんな奴なんだよ」

 ヴァルサスがリストを覗き込むと学院に流れている「噂」の信憑性を確かめるもので、目が動く肖像画とか、段数が増える階段とか、夕方に叫び声が聞こえる天井、存在しない部屋の有無など、オカルトじみたものが箇条書きにされていた。
 この内容に目を合わせない王子の苦手なものがわかってくる。

「王子、オカルトダメなのか?」
「お、オカルト?」
「この手の人智に及ばない不思議な出来事を総じてオカルトという」
「そう言うのじゃ……」
「怖がりなのね」
「ちが、よくわからないだけ!」
「怖がってんじゃん」

 ククリールに言われ、少し恥ずかしく思ってしまう。

「ほら、夏ってご先祖様帰ってくるっていうから、邪魔したらだめだし……」
「マジ信じてんのかよ。ウケる」
「ヴァルサス。これは王族にとってはデリケートな分野だ。不敬だぞ」

 アレックスに嗜められ、ヴァルサスが不貞腐れる。「王の力」を臣下へ貸与するこの国の王族は、先祖が天に昇ることによりその力を下ろしたとされているからだ。
 「天に登る」と言う言葉の詳細は、もはや誰にもわからないが「寿命を終えた王族の死」とするなら、天へ向かった段階で「意識」があるとも取れ、「死んだ後」の存在が肯定されることになる。

「王宮にも時々、怪奇現象で困ってる人が来て相談にのってたし……」
「気持ちは分かるがお門違いでは?」
「ぶぁははは! 祓ってやれよ、アレックスの時みたいに」
「『王の力』を悪霊みたいに言うな! 不敬だぞ!」
「あれは返してもらうだけだから!」
「大変ね。霊媒師にでもなればいいのに」
「えっ、無理……」

 しかし、行動を起こさなければ執行部としての役割が果たせない。いつかやらなければならない事実に項垂れキリヤナギへ、ようやく大笑いしていたヴァルサスが息をついた。

「しょうがねぇな。付き合ってやるし、やろうぜ」
「え、やだ……」
「そうだな。今やらなくともいつかやらなければならないのだろう? 来季は催事も多いのでやる暇がないのでは」
「そ、そんなに忙しいのかな?」
「毎年、夜までは帰れないとは聞く」

 真っ青になるキリヤナギに、ヴァルサスは終始にやにやしていて悔しさすら感じてしまう。

「アゼリアさんは楽しそうね」
「こいつどんな反応するか楽しみすぎね?」
「怖くないし!!」
「私からすれば無礼すぎて言葉もないが……」

 この王子に敬意を払うのも違う気がするアレックスもいた。
 しかしその日は、もう日が暮れており、4人は明日の放課後から活動を始めることを約束し、キリヤナギも王宮へ帰宅する。
 帰り道から何かに悩む様子を見せるキリヤナギに、迎えに来たグランジは無言でどうした?と聞くように見てきた。

「な、何もないよ」

 尚更じっと見られるも圧を感じる。何も言わないのに、片目だからこそ感じる眼力があるからだ。

「学院の怪談を、どうにか、する事になって……」
「……!」

 恥ずかしいとうなだれてしまう。情け無いと思われるだろうかと目を合わせずにいると、グランジは肩の力を抜いたように口を開いた。

「悪いものとは限らない」
「え」
「悪意のない存在は、悪意から守ってくれることもあると、俺は思う」

 うんうんと頷く彼は、ポカンとしているキリヤナギに笑ってくれていた。確かに何が悪いことをするならそれは「怖いもの」だが、何もしてこないならそれは怖くはない。ただそこに不可視な存在として在るだけなら、害になることもないからだ。

@

「そいや殿下、幽霊苦手だっけ?」
「うん。数年前まで心霊現象で困ってる市民の相談をちょくちょく受けられてたから、怖いものって言うのが染み付いちゃったぽい」

 キリヤナギが帰宅し、ことのあらましをグランジから聞いたセオとジンは、自分達も夕食を済ませながら、思い出を辿る。
 ジンは当時から相談を受けていると言う話は聞いていたが、怖くないとも言いながらも、明らかに怖がっている彼にずっと疑問を持っていたからだ。

「殿下、霊感何もないし、本当に聞くだけなんだけど相談者からすれば普通にうれしいし、気持ちが楽になった人も少なからず居たんだよね」
「そうだろうなぁ」
「でも、時々本当ガチな人がきて話したいだけ話して帰ってくから、目も当てられなくなって……」
「今もやってんの?」
「16歳ぐらいまでを最後にやめてるかな……」

 多感な時期に恐怖体験の話を散々されれば、確かにトラウマにもなるだろう。しかし、自身の感情を二の次に国民の手助けをしたいと思うところは、やはり「王子」だとも感心する。

「殿下なりに、出来ることを探してらした時期だね。警備厳しくてあんまり出れなかったから」
「ふーん」

 反対に、よく抜け出していた時期でもあったなぁとジンも学生時代を振り返る。キリヤナギの幽霊嫌いは薄々気づいてはいたが、情け無いと言う自覚はあるらしくジンには何を言われても否定されていた。
 他の騎士にもちゃんと話さず適当に言い訳をつけられていたようだが、その態度から周知の事実でもある。

「ま、殿下は心霊現象には屈しない勇敢なお方だよ。理論的に補完して差し上げれば大丈夫」
「流石我らの殿下」
「敬意を払わないとね」

 2人で笑っていると、キリヤナギがリビングへと戻ってくる。ぐったりしているのはいつものことだが、今日は2人がいることに少しだけ嬉しそうな顔をしていた。

「お疲れ様です、殿下」
「ただいま! あのさ、僕ってバイトってできる?」
「ダメです」

 ……。

「なんで!」
「むしろ何故できると思ったのですか?」
「殿下、誕生祭で狙われてるってわかったんで、一年は無理じゃないっすか?」
「えーー!!」
「それ以前に、何故アルバイトを?」

 その日の出来事を簡単に話すと、3人は、困惑して目を逸らしてしまう。

「王族が家来……」
「傭兵ならやってみたくて……」
「また危険な事を、陛下に言いつけますよ!」
「それは勘弁して!」
「本気ではなさそうだが……」
「電子通貨カードへ特に制限をつけていませんから、数年は我慢してください。これでも隊長がかなり配慮してくださっているのですよ」

 キリヤナギはしばらく黙り、「わかった」とだけ言って自室へと戻ってしまった。
 セオは譲らない構えにジンは少し驚いてしまう。

「そんなダメなの?」
「動機が不順すぎる!」

 最もすぎてジンは何も言えなかった。
 キリヤナギの自室へついてきたグランジは、ベッドで消沈するキリヤナギの着替えを準備してくれる。

「予想していたのでは?」

 グランジの言葉は当たりだった。
 誕生祭が終わりまだ数ヶ月も経っていない。王宮では警備が厳重になり、このフロアの周辺の衛兵も増やされていて、使用人もセオとしか顔を合わせては居ないからだ。
 しかし、去年よりもかなりマシだという感想を思い、学院へ行ける事自体、本来ならあり得なかったのだと思う。

「隊長は、努力してくれると思うが……」
「うーん……」

 セシルはとても柔軟だ。
 キリヤナギのやりたい事を否定せず、ただ護衛をそばに置いて欲しいとだけ願い、今を実現してくれている。彼はきっとその為にとても努力をしているのだろうと思うと、これ以上は贅沢は言えないと思った。

「我慢する」

 グランジの一礼を見て、キリヤナギは彼を部屋から追い出し、しばらくの間ひとりぼーっとしていた。

 次の日の朝には吹っ切れていて、キリヤナギは普段通り今日はジンと登校する。

「バイトだめだった……」
「マジ? なんでだよ」
「誕生祭のせい」
「なるほど、確かに普通に考えれば数年は無理だな」
「ご愁傷様」
「ユウト君にあやまらないと……」
「気にしすぎだろ……」
「雇う金もなさそうだが、見かけたタイミングでいいと思うぞ」

 昨日の帰り道、キリヤナギはシルフィへ連絡をとり、一応喫煙所の話はつけていた。
 教員を含めた運営部へ連絡が入ったかは分からないが、少なくともシルフィは了承してくれた為、安心している。

「とりあえず、早速いくか階段」
「本当に行くの……」
「王子が持ってきたんだろうが……」

 渋々噂を調べ、4人は学院の本館にある地下の非常階段へと足を運んだ。段数が時間によって増えると言う階段は、まずキリヤナギが数えると20段あることがわかる。

「俺が数えてみるぜ」

 ヴァルサスが声を出して数えると何故か21段になり、キリヤナギが言葉を失う。驚いたように見えるヴァルサスを、ククリールとアレックスが睨んでいた。

「貴様、床も1段として数えていたな」
「くだんなーい」
「えっ」
「ちぇ、ばれたか」
「幼稚だぞ?」

 怪談は数える人によってどこから数えるのか違ってくる。キリヤナギのように1段目から一段と数える人もいれば、ヴァルサスのように設置面を一段と数える人もいる。人の数え方の違いで段数が増えたと噂されていたのなら、怖くなくなって安心した。

「よかった……」
「王子は少し怒ったらどうだ??」

 ヴァルサスは少し悔しそうにしていた。
 その後も美術室に赴き、瞬きをすると言う絵画を探しにゆく。
 部屋の隅にあったそれは、文化祭で過去に使われた可動式のびっくり絵画で、人がいなくても動くように設計されており、スイッチを入れるといかにもらしく動いてゾッとしてしまった。

「スイッチが入れっぱなしになっていたんだろうな」
「すげぇ、凝すぎじゃねこれ」
「動きだけは気持ち悪くて確かにホラーね」
「なんで美術室にあるんだろう……」

 アレックスは、間違えて置かれていたのだろうと推理していた。確かに言われなければただの絵画で、裏面のギミックを見なければ分からないからだ。
 4人はその後も、叫び声が響くと会うクラブ棟の最上階を見にゆく。何度か来たことあるそこで時々響く叫び声は生徒達にとっての周知の事実だった。
 話を聞いて居て「今日はまだ聞こえない」言われた時、屋上の方から甲高い音が響き渡り、思わずヴァルサスの後ろに隠れてしまった。

「めちゃくちゃ怖がってんじゃん」
「無理、怖い、ごめん……」
「叫び声というか、金属のような雰囲気だが」
「情け無いわね、早く見に行きましょう?」
「クク……」

 怖い気持ちを必死に堪え、4人は屋上を目指す、立ち入り禁止になっている屋上は厳重に施錠されていたが、生徒会の権限で鍵を渡されていて、震えるキリヤナギの代わりにヴァルサスが鍵を開けて外へと出た。
 空調の設備が並ぶ屋上で音の元を探すと、設備の側面の金属がはがれ、風でしなり、叫び声のような強烈な音を発していた。
 想像以上に危険で、キリヤナギはすぐに事務所へ連絡をとり業者が呼ばれることとなる。

「よかったぁー!」
「つまんねー」
「オカルトなど、そういうものだ」
「私はなかなか楽しかったわ」

 ククリールが楽しそうにしているのも珍しく、キリヤナギはそちらの方が嬉しかった。
 確かに学院を一周して普段意識していなかった場所までみにいけたからだ。

「おばけいなくて良かった。みんな付き合ってくれてありがとう」
「無理させるべきではないとは思っていたが、この学院へ貢献できたなら何よりだ」
「怖くないなら、今度から一人で大丈夫だな」
「え、無理、ごめん。怖いからまた手伝って!!」
「しゃあねぇなぁ!」
「認めるのね……」
「付き合ってくれたし、嘘つくの嫌だなって……」
「なら良いんじゃない?」
「残りは後一つだが……これは時間が入りそうだな」

 最後の一つは、存在しない扉だった。それは時々現れ、気が付けば消えていて誰も中に入ったことはないと言う。入れば帰って来れないからだとも追記され、やはり少し背筋が冷えた。

「消えてるってどうやってさがすんだよ。広いのに」
「王子、これは保留でいいか?」
「うん、今日確認できた分を報告できれば、生徒会としても十分だと思う。事故も防げたし」
「影になっていて業者も気づかなかったのだろう、よかったな」
「満足しましたし、私は今日は帰ります。皆さん、ご機嫌よう」
「姫、よかったら送るぜ?」
「明るいので結構ですわ。失礼します」

 ククリールはドレスを挙げて一礼し、その日は帰っていった。ヴァルサスもアレックスと共に帰宅してゆき、キリヤナギは生徒会室で一人で執行部の活動日誌もレポートを書く。思いの外書くことが多くて時間がかかり、夜が間近になる黄昏時にようやくそれは終わった。
 軽く添削をする前にリフレッシュをしたいと廊下へ出ると、隣の教室前に珍しい服を着る初老の男性が何かを探すように歩いている。
 教員だろうかとぼーっとみていたら、彼はキリヤナギに気づき優しく笑ってくれた。

「やぁ、こんにちは、ここの生徒さんかな?」
「はい。キリヤナギ・オウカです。こんにちは」
「時々くるんだが、また道に迷ってしまってね。資料室をさがしているんだ。知らないかい?」
「資料室ですか?」
「このフロアだったはずなんだが……」

 資料室などあっただろうかと、キリヤナギはポケットのデバイスを取り出す。しかし、それは真っ暗で電源が落ちていて、バッテリーが切れたのだろうかと思う。

「素敵な機械をもっているんだね」
「僕の友達がつくったんです。でも今は動かなくて……」

 ボタンを押しても何も起こらず、キリヤナギは仕方なくデバイスを諦め、生徒会室から去年の催事で使ったらしい学内マップを確認する。
 しかしそこにも資料室は見つからず、男性にみせてもそれはわからないとの一点張りだった。

「いつも来ているから、この階で間違いないんだよ」
「……わかりました。探してみますね」
「ありがとう」

 キリヤナギは男性の案内を頼りに教室の全ての扉あけて部屋を確認してゆく。使われていない部屋は施錠されているのではと思ったが、今日は誰もいないのに全て解放されていて、全部屋を確認ができて幸いに思う。
 男性は一部屋ずつ丁寧にキリヤナギへ終始お礼を言い続け、全ての教室を見終わった後も優しく笑っていた。

「ここまでちゃんと探してくれたのは、君が初めてだ。ありがとう」
「僕にできることなら……でも他に教室は……」

 キリヤナギがふと男性の向こうを見た時、そこには廊下へ曲がり角があることに気づいた。その奥には両開きの扉があり、男性は「おぉ」と感心した表情で駆け寄ってゆく。

「ここだここだ、ありがとう」
「ここですか! よかった……」

 壁には確かに資料室と書かれていて、キリヤナギも安心する。鍵は当然のように空いていて、男性は開ける前にもう一度キリヤナギをみた。

「少しだけ見ていくかい?」
「え、いいんですか?」
「僕のお気に入りの部屋なんだ。普段人は入れないんだが、せめてものお礼だよ」

 ゆっくりと開けられたそこは、膨大な資料がある、まさに言葉通りの資料室だった。紙の地図や古い武器の図があり、思わず見入ってしまう。

「軍師の仕事が得意でね。ここでよく学んだんだ」
「すごい……初めて見ました」
「はは。嬉しいな」

 楽しそうに資料を広げるキリヤナギに、男性は笑みを崩さないまま、座り込んだ彼の肩を撫でてくれる。
 安心できるその大きな手は初めてとは思えずキリヤナギは思わず彼の顔を凝視した。

「そろそろ皆が心配する時間だろう。戻った方がいい……」
「僕、あんまりかえりたくなくて、もう少しここで見たいなって」

 男性は首を振り、キリヤナギ手から資料を預かってしまう。手を引くように資料室の出口へ誘導した。

「また、来ればいい。私は時々くる。その時は声をかけよう」
「……分かりました。またお邪魔させて下さい」
「あぁ、今日はありがとう」

 キリヤナギは資料室を出て、ゆっくりと頭を下げた。
 そして扉がしまった音が聞こえた直後、まるで意識が引き戻されるように、景色が変わる。
 目の前には、完成したレポートファイルを開く端末があり、キリヤナギは思わず周りを見渡した。窓の外は日が落ち暗く、灯がついた生徒会室はキリヤナギのみで他は誰もいない。

「殿下、ここでしたか」
「……ジン」

 入り口から現れた彼に、キリヤナギが時間を確認するとちょうど帰宅時間にもなっていて尚更混乱する。
 思わず立ち上がり、廊下を見渡すが先程あったはずの場所は壁で、扉もなくなっていた。

「殿下?」
「資料室があった筈なんだけど……」
「資料室?」

 思わず端末を取り出したジンに、キリヤナギもみると今度は画面がつき、時間も表示されている。ますます訳がわからず困惑していたら、ジンもそんな様子に焦っていた。

「何かあったんすか?」
「男の人を資料室に案内したけど、資料室がなくて」
「調べたけど、なかったですよ」
「あれぇ……」
「疲れてたんじゃ……」

 確かに夢のように目覚めて、なんだったのだろうと思う。キリヤナギはその日文章の添削は諦めもどかしい気持ちのまま王宮へと帰宅した。
 脳裏には優しい笑みの男性が鮮明にのこり、今更名前を聞き忘れてしまったと後悔する。
 見覚えがあったはずなのに、教員リストにも同じ顔はなく、誰だったのだろうと気になって仕方がなかった。

「学院の資料室ですか?」
「うん、あったはずなのに無くて……」

 もんもんと悩むキリヤナギに、セオは飲み物を置きながら記憶を辿る。そして、まさかとは思いながらも、彼はデバイスから過去の資料を参照してくれた。

「今の学院は、30年ほど前に建て替えられていますが、以前の校舎には一応資料室は存在しましたね」
「本当?!」
「何階ですか?」
「四階?」
「はい。今の校舎にはないですが、30年前の校舎にならあったようです」

 ますます分からなくなり、キリヤナギが混乱している。

「私の父の話ですが、桜花学院は軍師も輩出していて、その資料が置かれていたと」
「本当に30年前?」
「えぇ、この部屋はかつての王。ヤエ様が大変気に入られていたと」

 キリヤナギが絶句し、セオはしばらく言葉を話せなかった。口元に手を当てる仕草に、深刻なことかと思えばそうでもなく見える。

「僕のおじいちゃん……」

 ヤエ・オウカ。彼は現王シダレ・オウカの父にあたり、キリヤナギの実祖父だ。
 祖父はキリヤナギが生まれた後、数年後に天へ登ったと言われていて、顔は写真でしか知らず、どんな人物であったかも知らない。
 キリヤナギがデバイスでかつての王の写真を検索したとき、ずっと押し留めて居たそれが込み上げてきた。
 暖かく大きく感じた手は、きっとまだ生まれたばかりの時に抱かれたもので、会いに来てくれたのだろうと思う。
 夏、先祖が現世へ帰る時期に、彼もまた孫の顔を見に来たのだ。
 誰も入ったことのない資料室へ、唯一招待してくれた祖父は、案内したキリヤナギをこれ以上なく褒め、自由に見る事を許してくれた。
 何故気づかなかったのか分からない。
 だが、彼があえて名前を名乗らなかったのも、幽霊を怖がるキリヤナギへの優しさだったと思うと堪えられず膝を抱えてしまった。

「殿下……」
「ごめん、1人にして……」

 セオは、何も言わず一礼して部屋を出ていった。キリヤナギは感情が言葉にできず、以前枯れたはずの涙をその日は気が済むまで、こぼし続けて居た。

@

「王子」

 テスト期間が迫る中で、キリヤナギは今日も登校し、1限からヴァルサスと合流して席を並べてくれる。

「存在しない扉だっけ? あれ、俺も調べたんだよ。そしたら生徒会室の近くらしくてさ」
「うん。見つけた」
「え?」
「資料室はもうみつけたから、大丈夫。ありがとう。ヴァル」
「資料室??」

 キリヤナギはヴァルサスの疑問にそれ以上は答えなかった。入ったら帰って来れないと言うのはおそらくデマであり、誰も入ったことがない為に、そう言われるようになったのだろう。
 キリヤナギは生徒会へ時々現れる男性だと報告し、見かければ資料室へ案内してあげて欲しいと記録へと残した。

「今日は良いことがありましたか? 王子」
「シルフィ……そう見える?」
「はい。吹っ切れたような、清々しい顔になってますよ」
「怖いなって思ってたものが、怖くないってわかって安心したんだ。また会いたいなって思うぐらい」
「それはそれはよかったです。今季はこれで執行部のお仕事も終わりですから,テスト頑張りましょうね」
「が、頑張る……」

 欠席が多く単位を取れるかは分からない。しかしそれでも、顔を見に来てくれた祖父に情け無い所は見られたくないと思っていた。
 また会えた時、堂々と在れるようキリヤナギは身を引き締めてテスト期間へと挑む。
 

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