第四話:神への反抗

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 キリヤナギは緊張していた。学生選挙の立候補者の募集がおわり、学院は新たな生徒会長を選びに活気で溢れている。

 ハイドランジア公爵令嬢、シルフィの派閥へ参加する事を決めたキリヤナギだが、役職を彼女へ相談したところ、同じ派閥で生徒会長への立候補者が2人いた場合、一応選挙は行って票数の多い方が会長へ、少ない方が副会長になるらしく、結局選挙戦に参加する事になってしまったのだ。

 横で自身の思想を高らかに謳うシルフィは、学生と握手をしたり拍手へ笑顔で応じでいる。

 キリヤナギは、登校する学生達をみていて自分が想像していた何倍もの人数が通っていた事に驚いていた。

 彼らは時々キリヤナギをみて、何かを話したり、目が合うと逸らしてしまう。

 

「王子も何かお話されますか?」

「え、うーん」

 

 立候補したその日から突然朝から来るように言われただけで何を話せばいいか分からず緊張する。メガホンを渡されて困っていたら、メモを持った女性が声をかけてくれた。「どんな学校にしたいのか」を聞かれて恥ずかしいと思いながらも、素直に気持ちを言葉にする。

 

「貴族も一般も関係なく、みんなが充実した学生生活を送れればいいと思ってます」

 

 シルフィはそれを聞いて、1人拍手をしてくれていた。握手を求めてきた生徒に応じていたら、いつの間にか一限目の時間になり、解散して教室へと急ぐ。

 二限まで授業が終わるとヴァルサスは既にテラスにいて、ベンチへ横になりデバイスの画面を見ていた。

 

「見てみろよ、早速ニュースになってるぜ」

「ニュース?」

 

 見せられたウェブの画面は、検索サイトのニュース記事で「王子、立候補」から始まっている。

 

「これ学校の?」

「いや、全国? 世界?」

「せか……」

「語弊はあるけど、ウェブは世界だぜ?」

「えっえっ……」

 

 理解できていない様子をヴァルサスは楽しんでいる。書かれていた内容は、今朝の質問そのままで、知らない間に写真までとられていた。いつのまにかオウカの規模を超えていて言葉が出ない。

 

「国民からしたら、こう言うのは安心するんだけどな」

「安心?」

「王子って滅多にニュースでないじゃん? 生きてるか心配なんだよ」

 

 意表をつかれ返事に迷った。たしかに大学へ入学するまでは王宮にいて、あまり外にも出ずに暮らしていた。抜け出しを覚えて出かけるようにはなったが、見つからないようにしていたし、姿を見せなかったのは間違いはない。

 

「オウカって昔から突然王族が殺されたり居なくなったりしてたのが結構あったから、あんまり長い間姿がみえないと、本当に生きてるか心配でさ。だから暗殺疑ってたやつ結構いたぜ?」

 

 デバイスの夫婦喧嘩に巻き込まれた去年は、入学式にはでたものの結局に登校したのは確か秋からだった。

 それまでは酷く体調が悪く、つらくて点滴をして寝るだけの日々を送っていて、復帰してからも体力がもたず休みがちだったからだ。

 そんな去年を思うと、今ほど安定して通学できていなくて、元気になったものだと思う。

 

「心配されてたのかな……」

「誕生祭中止に、学校にも来ないしメディアも音沙汰なしと来れば心配するさ。でも秋頃からちょくちょく見てたから、安心はしてたぜ?」

「みんな気にしてくれてるんだ……」

「当たり前じゃん。お前王子だぜ? 居なきゃ国が無くなるし、こう言うのは本当ほっとするんだよ、だから堂々としてろ」

 

 考えたことなかった話で罪悪感すら込み上げてくる、メディアを通して元気なのを見てもらえたならいい事なのだろう。

 

「そういや王子って、放課後いつも残ってるけど何してんの?」

「寝てる」

「は?」

「暇だし?」

「帰らねぇの?」

 

 一瞬、口籠る王子にヴァルサスが戸惑っている。

 

「お、王宮でも退屈だから……」

「ふーん、ならこの後さ、どっか遊びにいかね?」

「遊び?」

「ゲーセン? カラオケとか、王子何歌うのか気になるし」

「カラオケ?? げーせん??」

 

 キョトンとしていて、ヴァルサスがさらに困惑している。その反応はまるで初めて聞いたような態度だからだ。

 

「もしかして知らねぇの?」

「歌なら分かるけど……」

 

 カラオケボックスという店を説明され、王子は感心するしかなかった。王宮にも音楽室があり、聖歌隊や音楽隊が来ることはあるが、歌を歌うための小規模な施設があることは知らなかったからだ。

 

「そんな場所あるんだ!」

「マジでしらねぇのかよ。確かに庶民向けだけどさ」

「僕、歌えるの童謡とか国歌ぐらいしかないけどいいかな?」

「は??」

「え??」

 

 反応に困られ、キリヤナギも困ってしまう。王宮での音楽はクラシックや民謡ばかりで、それ以外は殆ど知らないからだ。

 

「テレビとか見ないのか……?」

「朝しか付けなくて……、あ、でも、ドラマの最初にながれるのは知ってる」

 

 レパートリーが乏しすぎて、ヴァルサスはそれ以上言及はしなかった。

 

「王子って外に出かけねぇの?」

「普通に出かけるけど、僕、電子通貨カードしか持ってなくて」

「マジ?」

「うん。買い物は大体騎士のみんなとかと一緒だから……」

 

 電子通貨は未だ近年に導入されたばかりの政策であり、未だ浸透しているとは言い難かった。しかし国で大々的に推進もしていて、その最先端のものを王子が使うのは確かに理にかなっている。

 

「無くしても安心安全だってカナトも言ってたし」

「誰だよカナトって……」

 

 ガーデニア外交大使と聞いてヴァルサスは呆れるしかなかった。電子通貨機器は確かにガーデニア産の機器で、宣伝して「あたりまえ」にも見えるからだ。

 

「騙されてないか不安になるぜ」

「カナトは騙したりしないし!」

 

 少し怒った王子にヴァルサスはそれ以上の言及はやめた。軽く調べてみると電子通貨を使える店は未だ殆どなく、ゲームセンターもカラオケボックスも当然のように使えない。

 逆引きしても、王宮周辺のチェーン店や高級店しかなく、王子の「行った事がない」と言う言動に裏づけが取れてしまう。

 

「逆にこんなんでどこに出かけてたんだ? 殆ど無理じゃん」

「大体の公園だけど……」

「小学生かよ……」

「カナトとはよく喫茶店にいくよ?」

 

 よく行くと言う店もやはりガーデニアの系列店だった。ここまで来ると政治的な何かすら感じてヴァルサスは怖くなってしまう。

 

「ガーデニアだと電子通貨が当たり前なだけだし!」

「本当なのか? 騙されてねぇ??」

「カナトはそんな事しないもん」

 

 感情的で不安にもなるが、喫茶店に行く程の仲であるのはヴァルサスも理解した。

 行ける店が少なくひたすら検索しているヴァルサスに、キリヤナギも徐々に怒りが冷めてくる。

 カナトが疑われて不本意ではあったが、悪気はないと理解すると、彼も善意であったことも分かってきた。

 

「……ヴァル、ありがとう。カラオケは行けないけど、また現金持って来れるよう聞いてみるよ」

「バイト始めっかなぁ……」

 

 その気持ちだけで、キリヤナギは救われる想いだった。

 キリヤナギがヴァルサスと2人だけの昼休みを過ごす中で、ククリールは1人三限からの授業の為にその日は遅めに登校していた。

 普段通りの登校のはずなのに、何故か酷く緊張していて不安で体が小刻みに震えてしまう。

 以前の誘拐未遂事件は、公にならずその内容はニュースにもならなかったが、あれ以来、後ろへ酷く恐怖を感じるようになり、落ち着くことができなくなってしまったのだ。

 後ろに響く足音が、自分を追っているような感覚に襲われ僅かながらにも恐怖を感じてしまう。1人が怖く、またプライドの所為でとても言い出せないまま、アレックスのいるあの場所に向かうしかなかったのだ。

 後ろから聞こえてくる足音は、学生のもので敵ではないと言いきかせて気づかない降りをする。

 

「ククリール嬢!!」

「きゃ……」

 

 思わず声を上げかけ、息をとめて声を殺した。背後にはメガネの学生らしき男性がいて見覚えがある。

 彼は想像以上に驚いた彼女に、申し訳なさそうな表情をみせながらメガネを直して続けた。

 

「ご機嫌よう。驚かせて申し訳ない。私はルーカスと申します」

「……」

 

 一旦はほっとして、ククリールは力が抜けた。しかし驚きの余波で彼の言葉が相手の言葉が全く頭に入ってこない。

 

「……と言うわけで、どうか許可を頂きたく!」

「怖いわ。もう話しかけないで」

「ふぁ?!」

 

 ククリールは回れ右をして、早足でその場を去る。何の話だったのかも全く理解は出来てないが、これ以上面倒ごとは嫌だと逃げ込むように登校した。

 しかしそれでも、後ろに人が歩くだけで不安になり、思わず逃げるように屋外へと出てしまう。一度落ち着きたいと校舎裏へ身を隠すように逃げ込んだ。

 授業の開始まではもう少し時間があり、ギリギリまでここで落ち着ければ、人が減った廊下を歩くことができるだろう。

 ゆっくり座り込み膝を抱えた。

 

 元は注意されていたのに、あえて煩わしいからと護衛を拒否していたのは自分だ。 

 狙うことにデメリットしかないと信じ込み鷹をくくっていた自分が悪いと、カレンデュラへ戻る打診も断って今に至る。

 

 しかし自分で思うほどククリールは強くなかった。悔しくて仕方がないが、誰かのせいにもしたくなく、今は静かに気持ちを落ち着ける。

 

 大きく深呼吸をしたとき、自分を覆う影に気づいた。見上げると見たことがない長身の男がいて、後ろにはさらに2人つれている。

 

「ご機嫌ようだっけ? カレンデュラ姫」

 

 無礼だなとストレスを感じる。『姫』と呼ばれるのはククリールにとっては、これ以上なく不本意だった。

 公爵家でも『姫』として扱われた事は一度もない。この学園にきて連んでくる面倒な生徒をあしらっていたら、いつの間にかそう呼ばれるようになっていただけだ。

 何も話さず、無視して立ち去ろうとしたら腕を掴まれて驚く。振り払おうとしても力が強く痛みすら感じた。

 

「無礼よ、放しなさい」

「おー、こわ。でもこの学校じゃ平等なんですよ、知ってました??」

「……っ!」

「もうマグノリアの盾はないんすよ」

 

 アレックスは、彼らのような不良の抑止力となっていた。学外で権力を振るう貴族は、学生となり平民と同じとなることで、その権力の盾を行使できなくなる。

 よってこのように「学生間での問題」を建前とした「報復」が度々起こることがあり、ククリールは支持はしないまでも、彼と関わりを持つことで身を守っていたのだ。

 貴族と平民の分離を図るアレックスは、彼らのような「報復」を目論む生徒には天敵であり、生徒に「貴族だから手を出すべきではない」と言う暗黙の了解を浸透させることで、学園の治安を維持していた。

 しかし【読心】を奪われ、その威力が失われたことで、今まで抑えられてきたものが動き出した。

 暴れても手は緩まず、男はじりじりと詰め寄ってくる。

 

「顔はめちゃくちゃ可愛いんだからもっと媚びりゃいいのに」

「早速剥いちゃう?」

「下品すぎるでしょ、しとやかに行こうぜ、ロイヤルだし」

 

 ぞっとして、声すらも出なくなった。お気に入りのカーディガンに手を伸ばされ、引きちぎられると思った時だ。

 それを止める手があった。

 少し小柄で白のクロークを羽織る彼は、ククリールの衣服を掴む男の腕を強く握っている。

 

「嫌がってる。やめて」

「王子……」

 

 キリヤナギの目は真剣だった。

 授業へ向かう途中、教室とは逆方向へ走るククリールを見つけてヴァルサスと共に探すことにしたのだ。

 一度見失ったが、ようやく見つけた彼女は見知らぬ男性に囲われていた。

 

「ちっ、覚えたぜ」

 

 しばらく睨み合った後、男達はククリールの腕を放してさってゆく。残されたククリールは息が荒いまま、言葉に迷っているようだった。

 

「クク、大丈夫?」

 

 顔を見られたくないのか、彼女は背を向けてしまった。ヴァルサスも何も言えない中、小さな声でそれは発される。

 

「……ありがとう。またテラスに行きます」

 

 ククリールはそれだけ言って、立ち去ってしまった。直後に始業チャイムが聞こえ、ヴァルサスとキリヤナギは大急ぎで教室へと向かう。

 

14

 

 セシル・ストレリチアは、その日「自動車の河川落下事故」の現場へと赴いていた。

 今朝。王宮で管理する自動車が一台盗まれ、そのまま首都の河川へと突っ込んだのだ。

 首都を流れる川は大きく深いことから、周辺には人が落下しないよう柵が存在するものの、今回それは無惨にも突き破られ、金網がひしゃげた現場となっている。

 潜水の得意な騎士が、特殊な器具を用いて潜るものの、繁華街の周辺で濁りがひどく、中は確認することができなかった。

 

「ストレリチア卿。どうだ?」

「ご機嫌よう、閣下」

「今はもう同格だ。ミレットでいい」

 

 クラーク・ミレット。

 宮廷騎士団大隊長の1人である彼は、かつてセシルが下ついており、王族からの信頼の厚い騎士の1人だ。

 

「恐縮です。ミレット卿。今はまだ中の確認はできず……」

 

 本来この手の落下事故は、首都のクランリリー騎士団の管轄だが、今回は王宮の自動車が盗まれたことで、宮廷騎士団のセシルも調査が必要として駆り出されることになる。

 ミレットは、王子の誕生祭が近いために何かしらの思惑を感じて様子を見にきたようだった。

 

「運転していたのは?」

「一応王宮の者を洗っておりますが、未だ該当者が見当たりません。外部の可能性を踏まえて調査中です」

「そうか。厄介だな……」

 

 宮廷騎士団の自動車は、ルーフと側面へ桜花紋がペイントされており、走っていればすぐわかるものだが、水没した自動車は濁った水に覆われて殆ど姿を確認ができない。

 中に人がいたなら服だけでも浮いて来るはずで、2人は違和感を得ていた。しかし、自動車を引きあげるためには重機を手配する必要があり、すくなくとも数日は時間を要する。

 

「揺動か……?」

「可能性は否定できません。こちらはクランリリー騎士団の協力を得ながら調査を続けます」

「若い殿下の警護との両立は骨が折れるな」

「任された身である以上は、光栄として尽くす限りですよ」

 

 苦笑まじりのストレリチアに、ミレット笑いながら去ってゆく。

 王宮では先日のボヤ騒ぎなど小規模な問題も起こっており、セシルは関連性を疑わずにはいられなかった。

 

 そんな様子を、ジンはセシルに見つからない様に遠目でみていた。

 昼休憩でカナトに買い物を頼まれ首都を歩いていたら遭遇し、何が起こっているのか興味が湧いてしまったのだ。

 宮廷騎士の制服でウロウロしていると、こちらを歩いてきたセスナに発見されてしまう。

 

「ジンさん、ご機嫌よう!」

「ふ、副隊長……」

「セスナでいいですよ」

 

 ニコニコする彼に、ジンは戸惑ってしまう。野次馬に紛れるつもりで見にきてみると、クランリリー騎士団の管轄かと思えば宮廷騎士がそれなりにいて驚いた。

 近くに張られた臨時テントへ引き込まれたジンは、セスナに座らせられてお茶をだされる。

 

「い、いいっすよ。すぐ帰るんで……」

「そう言って気になるから来られたんじゃないんですかー?」

「え、まぁ、でも俺の仕事じゃないんで……」

「おっしゃる通りですけど、隊長。ジンさんに知らせるべきかなと迷っておられたので、知りたいならちょっとだけお話しますよ」

「い、いいんすか?」

「ジンさん、殿下周辺の最後の砦なのでこの辺共有しときたいんですよね」

 

 最後の砦と言う言葉に、逆に不安を得てしまう。確かに的を得ているとも思うからだ。

 

「先日のボヤ騒ぎ覚えてます?」

「はい。火元がタバコだとはグランジさんから聞きましたけど……」

「実はそれ、あり得ないんですよ」

「え……」

 

 セスナが、後ろから来た騎士に聞こえないよう。ジンを奥へと誘導する。この事実は、宮廷騎士団にも伏せられているのか。

 

「僕らの調査で、一応出火地点から問題のタバコが見つかったんですけど、あそこにいる使用人の皆さん。タバコ吸われると思います?」

 

 数秒考えて、ジンはハッとした。

 動物の餌は、穀物や専用のミールフードで燃えやすいことは当たり前なのだ。何年も勤める使用人が、そんな場所でタバコを吸うなどあり得ず、ましてや小屋の中は動物への健康被害がでる可能性もあり、たしかに「あり得ない」。

 

「自然出火の可能性ももちろんありますが、それだと吸い殻が出てくる訳ないですからね」

「誰かが、あえて燃やした?」

「その可能性をみて考えていたのですが、この自動車事故もあって後回しになってしまって困ってます。動物担当の皆さん、みんな喫煙者じゃなかったのと、みんな無事だったのに犯人探しもよくないみたいにいわれてしまって……」

 

 項垂れているセスナにジンは同情しかできなかった。確かに動物も人も無事に住んだ事件よりも、自動車が水没した事件の方が人命がかかる問題で後回しにされてしまうのもわかるからだ。

 

「そんな感じなので、ジンさん。また殿下がそちらへ向かわれたら頼みます」

「い、いいんすか?」

「隊長曰く、今の殿下は外でうろうろしてる方が一周回って安全な可能性もありますから」

 

 排他的だとジンは言葉が出なかった。しかし、王宮の敷地内でボヤが起こる時点で、それはすでに王宮へ侵入されていると言うことになる。

 宮殿におしこめられるより、広い外に居る方が、探す必要もあって事件も起こりにくいと言う意味だろう。

 

「すいません。じゃあ俺、そろそろ休憩おわるので」

「はい。ジンさん、殿下をよろしくお願いしますね」

 

 そもそも管轄が違うのをセスナは理解しているのだろうか。そうしてジンは足早にテントをでて、アークヴィーチェ邸へと戻ってゆく。

 

@

 

 午後の授業を終えたキリヤナギとヴァルサスは、その日も2人で屋内テラスへ戻ってきていた。

 その日の3、4限は、頭をフルで使う数学と軍事戦略の授業で、ヴァルサスと2人でぐったりしてしまう。

 

「時間割、間違ってるだろ」

「つかれた……」

 

 4限の授業にククリールの姿は見えなかった。

 昼休み、距離を詰められていたククリールへ何を言われていたのかわからなかった。しかし彼女の顔が恐怖で引き攣っているのが分かり、手を出さすにはいられなかった。

 

「クク、大丈夫かなぁ」

「一応かわいいし、モテるんだろ?」

「怖がってたよ?」

「そこまでみてなかったわ」

 

 テラスに来てくれると聞いて、放課後に話せると思っていたのに残念にも思う。

 

「帰るかな……」

「お疲れ様?」

「王子は?」

「寝る」

「……」

 

 テーブルにカバンを置いて枕にするのも悪くはない。見送るべきかと目を開けると、帰ろうとしていたヴァルサスが足を止めていた。

 

「こ、こんにちは」

「誰?」

「マリー……」

 

 数日ぶりの再会だった。彼女はヴァルサスに自己紹介したため、彼は帰路を諦めて再び座る。

 

「へぇ、王宮メイド……」

「はい。飼育員をさせていただいてます。土曜日に初めて王宮でお会いして、大変ご活躍を……」

「マリー、その話はちょっと……」

 

 ヴァルサスに睨まれキリヤナギは口篭ってしまう。

 

「それはそうと、殿下。午前の事故はご存知ですか?」

「事故?」

「王宮の自動車が河川に突っ込んだって報道がーー」

 

 キリヤナギが絶句し、思わずデバイスで検索すると確かにウェブではトップニュースとして報道されていた。映像や写真には、セシルやセスナの姿もみえ、クランリリー騎士団が交通整理を行なっている。

 

「これ、今日?」

「はい。殿下の親衛隊の方だったので、私気になって……」

「なんだよ、親衛隊って」

「この赤い服の、僕の護衛騎士なんだ。

「ドレッド?? 濃すぎね……?」

 

 ヴァルサスの突っ込みは最もだが、先日のボヤ騒ぎもセシルが調査に絡んでいると聞いていて、キリヤナギは申し訳なさを感じていた。

 

「セシル、大丈夫かな……」

「騎士なら普通じゃねぇの?」

「本当ならクランリリー騎士団の管轄なのになって」

「王宮の車だったからだと思いますが……」

 

 マリーの指摘は最もで複雑な気持ちにもなってしまう。情報を検索してもニュース以上の情報はなく、騎士の誰かが巻き込まれたと思うと心配も込み上げてきた。

 

「王子きになんの?」

「え、うん」

「なら見に行ってみるか」

「えっ、でも邪魔になりそうだし」

「見つからなければ良いんじゃね? どうせ他にも人いるだろうしさ」

 

 少し楽しそうなヴァルサスに、キリヤナギは少し迷った。マリーも困っていて悩んでしまうが、昼間遊ぼうと言ってくれた彼の気持ちに答えられなかったのを思い出す。

 

「じゃあ騎士の友達、呼んでもいいかな?」

「護衛? 別にいいけど……」

 

 キリヤナギはジンに連絡をとり、彼をアークヴィーチェ邸から呼び出すことにした。学園から近い公園で待っていると、赤いサー・マントを下ろす騎士が駆け足で姿をみせる。

 

「マジな騎士さんじゃん」

「どうも……」

「ジン、この2人は僕の学校での友達」

 

 ジンは2人をみて納得すると、堂々と自己紹介をする。

 

「宮廷騎士団所属。アークヴィーチェ邸管轄のジン・タチバナです。お見知り置きを」

「タチバナさん……」

「マリーは知ってる?」

「はい。少しだけなら……」

「何だっけでてこねぇ……」

「お二人は……?」

「ヴァルサスです」

「マリー・ゴールドです。王宮でメイドを……」

 

 ジンはへぇーと感心していた。宮廷騎士に固いイメージがあったヴァルサスだが、ジンの飄々とした雰囲気にギャップを感じている様にも見える。

 

「殿下、一応これ持ってきましたけど……」

 

 ジンは自身の腰に刺していたサーベルを鞘ごと抜き、跪いてキリヤナギへと渡した。彼は一旦鞘から抜いてブレードを確認する。

 

「武器じゃんヤバくね?」

「護身用? ジンいるから良いかなとは思ったけど念の為」

「事故があったので」

 

 マリーが一歩引いて見ていて、キリヤナギは申し訳なくなってしまう。

 

「ごめんね。マリー。僕、街歩く時は一応持っといた方がいいっていわれてて……」

「え、いえ、大丈夫です」

「物騒すぎね?」

「牽制になるんです」

 

 なるほどとヴァルサスは困惑しながら納得していた。

 

「今日はどこ行くんです?」

「今日の事故現場?」

「マジ??」

「なんかすんません……」

 

 ジンは、昼間様子を見に行ったことを黙っていた。マリーは以前、王宮で見たことがあったがなぜか目を合わせてくれず首を傾げてしまう。

 ジンから受け取ったサーベルを腰に刺したキリヤナギは、早速4人で首都へと繰り出した。

 

 平日で人が行き交う街は、自動車も多く走り買い物をする親子連れともすれ違う。サー・マントを下ろすジンは、道中で当然目立ち、歩道で道を開けられたり市民に礼をされたりしていた。

 

「流石の騎士さんですね」

「殿下のが、すごいんですけど……」

「と言うか、仕事大丈夫なんですか?」

「俺は『これ』が仕事みたいなものなんで」

「これ……?」

「アークヴィーチェにはガーデニアの騎士がいるし、ジンは居なくてもいいみたい?」

「じゃあアークヴィーチェ管轄って?」

「わかんないっす」

 

 しれっと話すジンに、ヴァルサスもマリーも困惑していた。

 辿り着いた事故現場は、立ち入り禁止のテープが巻かれ、クランリリー騎士団の警備兵がそこを囲っている。

 4人は見つからないよう大通りを回り込み、裏手から河川を覗くことにした。しかし、河が深いためか、落下した自動車の姿は見えず船の上から潜水を始める騎士しか見えない。

 

「大変そうだな……」

「まだ、遺体も上がってないみたいなので、犠牲者はいないかもしれないですね」

「そうなんだ?」

「まだ聞き取り中で詳しい事わかんない見たいですけど……」

 

 車だけ河に突っ込んだと言うことだろうか。しかし、誰も運転せず河へ落ちた自動車も謎だと思う。

 

「誰かが故意に河に落としたのかな?」

「何の為に?」

「うーん……」

 

 分からない。自動車を盗みたかったなら、落とす意味がないからだ。

 

「証拠隠滅?」

「違う事件のってことです?」

「何の推理ゲーム……?」

 

 ヴァルサスは冷静に突っ込んでいた。キリヤナギは王宮の事で興味深く事件を見てしまう。

 

「なんで王宮の自動車なんだろって思って、管理厳重なのに」

「そうなのか?」

「たしかに使用記録とられますね。盗まれたなら第三者の可能性もありますけど……」

 

 犠牲者がいない可能性があるなら、推理は楽しくなってくる。聞いてもらっていたら、気がつくと後ろにいたはずのマリーの姿がないことにきづいた。

 

「あれ、マリーは?」

「え、さっきまで隣にいたぜ?」

 

 ジンも見つけられず個人メッセージを送っても既読がつかない。辺りを見回すと路地へチラつく赤髪がみえ、キリヤナギは駆け出した。

 住宅街の裏手にあたる路地は、建物の通用口が多く並ぶ道で、ゴミ箱や資材が置かれて歩きにくい。ヴァルサスは、そんなものだらけの道をまるでステップを踏むようにすり抜けるキリヤナギに絶句するしかなかった。

 

「ヴァルサスさん、無理せず待ってても……」

「追いつくんで先に……」

 

 キリヤナギは振り返らず、突き当たりの路地を曲がりさらに奥へと進んだ。そして、何者かに手を引かれるマリーを見つけて飛び出す。

 

「マリー!」

「殿下……?!」

 

 途端、マリーが抱え込まれ、周辺から顔を隠した人間が3名でてきた。全員がサングラスにネックウォーマーで顔を隠している様は異様で、キリヤナギは直感で敵だと把握。

 一気に飛びかかってきた敵と対峙する。

 

 こちらの動きを封じる為か、抱え込むように突っ込んできた敵を後退して避け、横からきた敵も前転で回避。3人と距離をとったところで、左手で鞘をもってサーベルを抜いた。

 

 ブレードがあらわになり尻込みした三人にむけて、キリヤナギは突っ込むように持ち手で殴りにゆく。

 手前の敵から、腹部を殴っておしこみ。更にブレードの背面で敵を凪はらい、切れないまま押し付け、最後の敵は鞘で殴った。

 その無駄のない動作に、マリーを抱え込む敵は呆然と目の前の王子へと向き合う。

 

「マリーを離して」

 

 誰だろうとキリヤナギは考察するが、彼女は解放されることはなく、後ろの建物からさらに同じ格好の人間が7名姿をみせ、間をおかず突っ込んできた。

 多勢に無勢と覚悟を決めた時、後ろから銃声が聞こえ、向かってくる敵が次々に撃ち落とされる。

 

「せめて先行させてくださいよ……」

「ジン……」

「前!」

 

 はっとすると敵は再びつかみかかってくる。キリヤナギはやむ終えず、ブレードで敵の足をわずかに切り、動きを封じながら応戦した。

 刃物を持った王子を諦め、ジンへ突っ込んできた敵は、その騎士のわずかに見せた笑みに背筋が冷える。

 まるで死闘を楽しむようなその笑みが見えた瞬間、世界が反転し銃声ともに床へ転がる。

 そして全ての敵が伸されかけた時、マリーを抑えていた敵が、彼女を解放して逃げ出した。

 キリヤナギは震える彼女を抱える中で、ジンは狙撃て相手の退路を塞ぎ、足を止めた敵の腿を狙撃する。

 全員が動かなくなった事を確認し、ジンはセシルへと繋がる緊急用の回線を開いた。

 

「こちらジン。襲撃犯を抑えました。応援よろしくお願いします」

『ジンか? 唐突だね。すぐ向かうよ』

 

 話が早いと、ジンは感心すらしていた。以前は連絡をいれれば悪態が飛んできて、以後はグランジ経由でしか応援を要請しなくなったが、この隊長は確かに話がわかると思う。

 

「殿下。面倒なら先に戻ります?」

「ううん。セシルならいいや。多分平気、今日は学校帰りだし」

 

 聞いていなかったが抜け出しではなかったのかと、ジンはなぜかほっとしていた。

 

「ヴァルサスさんは、そこの突き当たりで待っててもらってます」

「ならちょっとそっちに行くね」

 

 キリヤナギは、腰が抜けたマリーを抱き上げ息を切らすヴァルサスの元へと戻った。

 彼の隣にマリーを座らせて、キリヤナギもほっと息をつく。

 

「めっちゃ銃声きこえてたんだけどーー」

「うん、ちょっと事件っぽくて……」

「は……」

「もうすぐ応援くるから、それまで待ってて」

 

 震えているマリーへ、キリヤナギは自身のクロークをかけていた。

 しばらくしてセシルが到着し、襲いかかってきた敵はみな王子を襲撃したとして連行されてゆく。

 

 ヴァルサスもマリーも状況を飲み込めないまま、現場から離れていたヴァルサスは返され、マリーのみに聴取が入ることとなった。

 

「ま、た?! お怪我はーー」

「大丈夫だってば……」

 

 色々起こってセシルの聞き取りへ応じていたら、気がつくと門限をとっくに過ぎて、食卓の時間にも間に合わなかった。

 リビングへもどると案の定、セオが変な声をあげて動揺している。

 

「なぜですか? 誕生祭の為にも危険なことは控えてくださいとあれほど……」

「ジンもいたし、でも今回は僕も想定してなかったよ?」

「そう言う問題ではーー」

 

 咳払いをしてセオがようやく落ち着きを取り戻す。

 

「逃げるとか、助けを呼ぶと言う選択肢はないのですか……」

「敵が早くて、そんな暇なかったし……」

 

 セオが頭を抱えている。

 間に合わなかった夕食は自室で出され、キリヤナギは落ち着いて夕食を楽しんでいる中で、リビングにいるグランジは、顔を見せたジンと合流していた。

 

「お疲れ様です」

「ジン、今回の敵は?」

 

 グランジの端的なこの問いは、自分が戦闘へ参加できなかった際に、敵がどのレベルの強さにあったかを確認するものだ。

 ジンの評価でいうならば、以前の誘拐事件のものは、下の上。今回はどうだろうと考え合致した基準をはなす。

 

「中の下ぐらい? 前よりは人数いてそこそこかな、殿下が伸してたので」

「そうか。狙いは?」

「女の子に見せかけた殿下です、間違いなく」

 

 グランジの目が鋭くなる。この事案は今に始まった事ではなく、定期的にあるものだ。

 

「銃使って来なかったんで、多分殺すつもりは無かったのかなって感じですね」

「……また来そうか?」

「どうも言えないですけどーー」

 

 話していると、新たに人が入ってくる。現れたのは赤の騎士服のセシル・ストレリチアとセスナ・ベルガモットだ。

 

「隊長……」

「やぁ、さっきぶりだね、ジン」

「謁見です?」

「あぁ、今回はアポなしだけど、応じてくれるかな?」

 

 セシルはそう言って、キリヤナギ部屋へと向かおうとするが、ジンは興味本位で口を開く。

 

「隊長はどこまで掴んでおられます?」

「まだ、勘でしか把握出来ないさ。でも、敵は想像以上にこちらに食い込んでいる。ジン、さっき私に話した事は、この王宮の誰にも話してはいけないよ」

 

 目を合わさず真剣なセシルの言葉に、ジンは背筋が冷えるのを感じた。彼の言葉は王宮に味方はいないとも取れてしまうからだ。

 

15

 

「はぁー……」

 

 朝の登校時間。キリヤナギは、横へいるグランジを思わず睨んでしまう。

 昨日の襲撃事件から、キリヤナギを狙う敵がいるとされたことで、朝と放課後の2回騎士と共に登下校しなければならなくなったからだ。

 幸い期限付きで誕生祭までと言う約束だが、時々でよかったものが毎日に確約されてしまい、少しだけ窮屈にも感じてしまう。

 

「ジンがよかったか?」

「別にー」

 

 グランジが少し困っていた。

 キリヤナギは、何故か撫でられて恥ずかしくなり手を払っておく。

 

 昨日の事件は報道はされず、学園は普段通りの空気が立ち込めている。

 キリヤナギはその日もシルフィと合流し、皆の投票を促す呼びかけを行ってから教室へと向かった。

 その日ヴァルサスが登校してきたのは授業の開始ギリギリで、彼はキリヤナギが占領していた隣の席に座ってくれる。

 

「あんな事あったのに、なんでそんなケロッとしてんの……」

「え……」

 

 突然のヴァルサスの言葉に思わず首を傾げてしまう。深く考えていなかった王子は、彼の少し引いた表情に自分が少しずれていることを理解した。

 拉致未遂事件のように、あのような襲撃は初めてではなく、「時々あるもの」であると自然と理解していたからだ。

 

「始めてじゃ、なくて……」

「はぁ!? ありえねぇよ。護衛つけろよ護衛」

「一応、ジンが居たし」

「そうだけど、1人じゃ全然足りなくね??」

 

 平均目線でみると確かにその通りだ。本来、人間相手に戦う場合、1人に対して2人以上で相手をするのが普通で、1人で4人以上の敵と遭遇した場合、撤退すべきであると言われている。

 つまり昨日同時に10人近い敵を同時に相手にしたジンは、まさに対人における天才だとも言える。

 

「今日から、登下校で送り迎えされるようになったから……」

「そうだよな、つーかよく無事だったよ」

「でも、今回襲われたのは僕じゃなくて、マリーだったし」

「メイドって言ってたけど、お姫様か何かなのか、あの子」

「マリーは、普通のメイドさんだと思うけど……」

 

 キリヤナギのせいで巻き込まれたのだろうと、少しだけ罪悪感があった。昔からだが、キリヤナギに長く関わると少なくとも一回は必ず事件に巻き込まれ、被害を被ってしまう。

 騎士達はそれをみて、より警護を強化はしてくれたが、キリヤナギはうまく受け入れることができなかった。

 

 話を終える前に授業が始まり、そして終わってゆく。今日は昼休みにはククリールとアレックスもきていて何故かほっとしてしまった。

 

「王子、選挙運動は進んでいるか?」

「え、そこまで、かな?」

「やれとは言わないが、何かしら活動を示さなければ誰も票を入れないぞ?」

「今朝も一応活動はしたけど、確かに説得力は薄いかも、何すればいいんだろ」

「会長なら、昨年度の実績をアピールするものだが王子は始めてだからな……」

「姫を黙らせた事でもアピールするか?」

 

 ククリールがじっとヴァルサスを睨みつけてくる。

 

「一般の支持を得るにはアリだが、ククリール嬢を槍玉にあげることは、影響力のある貴族側の敵が回る可能性がある。これは一般の票を集める事はできても、後々影響力の低下は避けられない戦略だな」

「それはどう言う意味?」

「私とククリール嬢は公爵家だが、この学園に通うの貴族は、侯爵や伯爵など階級にはばらつきがある。それぞれの貴族達は自分達で派閥を作り一般の生徒共に活動しているが、いざ生徒会が始動し、この一般グループの小貴族が敵に回れば、本来なら得られる協力も得られないと言う意味だ」

「へぇー」

「め、めんどくせぇ……」

「それを踏まえるなら、両方の味方であるとアピールできれば最善ではあるが」

 

 キリヤナギは少しだけ考えた。両方の味方でありたいのはそうだが、それがうまくいかないからこそ生徒会としての政治力が必要なのだろうと思うからだ。

 

「ツバサ兄さんのやり方で上手く行ってたなら、僕があえて違うやり方を主張するのも違う気はするんだよね」

「それこそどう言う意味だ?」

「別に困ってないなら、あえて何かする必要もないかなって」

「えらくやる気のない返答だな……」

「でも、困ってるなら助けたいかな」

「なるほど、ならそれで良いと思う」

「いいのか?」

「少なくとも前回の生徒会への不満は、風紀委員である私のやり方への批判ぐらいだった。今その体制がなくなったことで、大方の不満は解消されたとみていい。起こった問題を、その都度解決してゆけば、おとずと形はできてゆくだろう」

「逆に言えば、それで覆い隠されてたものが出てくるってことでしょう?」

 

 唐突なククリールの言動にヴァルサスが顔を上げる。キリヤナギはある程度理解していたことだ。

 

「去年の生徒会は、貴方へ不満を集中させる事で成り立っていたとも言える。その矛先がなくなれば、自ずと弱い人達へ向くでしょうね」

「は……」

「もういい、終わった事だ。ククリール嬢の擁護はありがたいが、以前の立場へ執着するほど、私は落ちぶれては居ない」

「アレックスお前……」

「先輩としてアドバイスするのなら、生徒会として活動をする上で貴族達の支持は重要だ。新しいルールを作るためにも賛同が必要であり、それを円滑にするため私は貴族が有利になるように動いていた。しかし、それはどこの派閥にも属さないヴァルサスなどの一般生徒にはメリットもなく、デメリットにすらなり得る。よって凶弾されたと思っている」

「僕は何も考えてなかったから、そうとも言えないけど……」

「それが『今』であっただけの話だ、王子ではなくとも同じことが起こっていただろう」

「……」

 

 黙ってしまったヴァルサスに、キリヤナギも言葉に悩んでしまう。しかし、アレックスの派閥を解体したのはキリヤナギだ。彼が維持しようとしていた学園の平和をキリヤナギが更地にしたなら、それを立て直す責任はあるだろう。

 

「先輩の派閥を解体した責任はとるよ。とりあえず、今日の放課後から困ってたら声をかけて欲しいって呼びかけてみる」

「それが良い。続ける事で王子と言う抑止力の存在が知れれば、生徒の非行も減るだろうしな」

 

 昼を終えたククリールは、授業時間が迫ると手早く荷物を片付けテラスを出ていってしまった。せっかくいてくれるのに話せる事が思い浮かばず、申し訳ない気持ちにもなっている。

 

「ククリール嬢は、もう少しそっとしておいた方がいい」

「先輩はククのことをよく知ってる?」

「知っていると言えば傲慢になるので言わないが、彼女ほど自由を好む女性もなかなかいない」

 

 少しでも縛ろうとすると、まるですり抜けるようにどこかへ行ってしまう。アレックスは、ククリールにずっとそんな印象を持っていた。

 その日の4限終えて、キリヤナギは再びシルフィと共に選挙運動へと参加する。彼女の隣へ立ち、選挙前であっても困っている事があれば相談して欲しいと呼びかけを行っていた。

 帰宅してゆく生徒が途切れ、シルフィとその日も解散となった後、キリヤナギは1人また屋内テラスへと戻って休憩する事にした。

 春の暖かい気候と心地よい夕方の日差しに自然と眠くなって意識が落ちてゆく。眠りかけた時、突然目の前が翳るのがわかって目を開けた。

 

「……マリー」

「ひゃ、すみません。起こしてしまいました」

「ううん。あの後大丈夫だった?」

「は、はい。騎士さん、みんな優しい人ばかりで……! 安心もできました」

「また狙われるかもしれないし、しばらくは誰かと一緒に帰った方が良いと思う」

「お気遣いありがとうございます。一応今日は母がきてくれるみたいで……」

「よかった」

 

 嬉しそうに笑う彼女に、思わずキリヤナギも気が抜けてしまう。こうして何気なく過ごす時間こそが、しあわせなのだと噛み締める想いだった。

 

「そう言えばあの時のミニブタ? 最近観に行けてないけど、元気?」

「はい。今はもうあの時の怖さを乗り越えたみたいに元気いっぱいです」

「そっか、また観に行くね」

「お待ちしております」

 

 その後も軽い雑談をしていると、廊下側に足音がきこえてくる。

 こちらに向かってくる2人は、王子をみて足を早めで現れた。

 

「王子、だよな。マグノリアをなんとかしたって言う」

「こんにちは……、何とかしたっていうのかな? マグノリア先輩は友達になったけど……」

 

 2人は顔を見合わせて、改めてこちらを見た。その顔は期待が込められているようにも見える。

 

「俺たちも、助けてほしくて……」

 

 少しだけ返事に困ったキリヤナギだが、話だけでも聞くためにキリヤナギは向かいのテーブルへと座ってもらった。

 

「俺ら、この学校の新聞部でさ。よくわかんねぇ連中に部室占拠されて困ってんだよ」

「占拠? どうして?」

「分からない。今日からここが俺らの部屋だって言ってさ。突然きてもう3日入れてないんだよ。王子を上げた記事書くからどうにかしてくんね?」

 

 キリヤナギは言葉を失っていた。生徒間の問題にしては悪質で、見過ごせない問題だとも思ってしまう。

 

「占領してきた人は貴族?」

「貴族っぽくなかったな。あんな奴学校にいたのか? って感じでさ」

「何人?」

「2人かな、1人は普通に学生みたいだったけど」

 

 状況がいまいち読みにくいが、ついさっきアレックスと話したばかりで何ができるだろうかと考える。

 キリヤナギの言葉で聞いてくれるかはわからないが、助けを求めてくれたならそれに応えたいと思った。

 

「僕でよかったら話だけでもきいてみるよ」

「本当か!? 恩にきるぜ!」」

 

 頼ってもらえるのは素直にうれしかった。マリーとは間も無く迎えが来るのいって別れ3人で新聞部の部室があるクラブ棟へと向かう。

 巨大な学園の隅にあるマンションのような建物は、キリヤナギも初めて立ち寄った場所だった。

 

「それにしてもマグノリアの派閥を解体してくれたおかげで、俺たちも大分やりやすくなったよな」

「そうなんだ? でも僕も悪いことしたと思ってて……」

「なんで王子が謝るんだよ。こっちはすげー助かったんだぜ?」

「部室占拠もマグノリアのアレに比べたらかわいいものだし? 王子忙しそうで、ダメ元だったから来てくれただけでもうれしいわ」

「マグノリア先輩は、先輩なりに頑張ってたみたいだけど、学院でやる事じゃないなって僕は思ったから……」

「そうだなー。せめて選挙に勝ってからやれよ。本当迷惑だった」

「なー」

 

 後悔はしていないが、キリヤナギの心は複雑だった。解体されて良かったと2人は、おそらくそれが考えられたものであることを意識をしておらず、与えられていた束の間の平和であったことを知らない。

 もしこの部室の事案が、派閥が解体された事により起こった事ならば、それはきっとキリヤナギの責任となる。

 

「うまくいったらめっちゃアゲアゲの記事書くし、生徒会長間違いなしだ!」

「あ、ありがとう。でも強要はしないから、記事にするなら公平で……」

「王子様って謙虚なんだなー」

 

 本音はメディアが苦手なだけだった。全国メディアは王宮によく来るが、いつもひどく緊張し、あらかじめコメントを考え、暗記して臨んでいる。

 数年前までは堂々といれたのに、去年から緊張で体調を崩すようになってしまい情け無いとすら思っていた。

 

 部室の前は何ら変わりなく、入り口にだけ新聞部の表札が上から読めない字で塗りつぶされている。

 新聞部の2人は、後ろへ下がってノックをするこちらを遠目で観察していた。すると間を置いて、平凡な1人の生徒がでてくる。

 

「なんだよ……って、げ、何しにきた……」

「こんにちは」

 

 顔を見た彼は、扉を閉めて中へ逃げてしまった。話し声が聞こえながらもしばらく待っていると再び扉が開く。

 今度は、サングラスの男がでてきた。

 

「何しにきた?」

「ここ、新聞部ってきいてて、部員じゃないなら占拠するのはやめてくれないかな?」

「あ”? そんな事言うためにきたのか」

「うん、困ってるから返してあげて」

 

 しばらく向かい合っていたら突然胸ぐらを掴まれ、キリヤナギは中へ引き摺り込まれた。そのまま壁に叩きつけられ、体が動かなくなる。

 

「ヴィンセント! それ王子だ!」

「知るか。俺はこう言う正義気取りは大っ嫌いなんだ」

「っ……」

 

 言葉が出てこないが、襟を掴まれて息が苦しい。ついてきた2人は真っ青になって悲鳴をあげて逃げ出した。

 

「正義正義とかいいながら保身に走り、手を出せないやつを盾に持ってくる奴らなんぞ、守る価値なんてねぇだろう? なぁ! 王子!!」

 

 言葉の後に、ようやく手が緩んで空気が入ってくる。キリヤナギは一旦呼吸をして、目の前の相手を冷静にみた。

 

「……言いたいのは、それだけ?」

「は?」

「君がこの学校で、何をしようと自由だ。だけど、それはあくまでルールに則ってこその自由でもある」

「……」

「ここは新聞部の部屋だ。それともここを占領する正当な理由があるの?」

 

 最初に出てきた生徒は、息絶え絶えに話す王子にあたふたとあわてていた。

 

「は、あると思うか? あればとっくに違う場所にいってるだろ」

「ならなんでーー」

「おれはこいつに『護衛してほしい』っいわれてついてきただけさ。休憩できる部屋が欲しいつったら、ここに連れて来られただけだぜ」

「ヴィンセント、やめろ! どうなるかわかってんのか!?」

「うるせぇなぁ、寄ってくる貴族潰せって言ったのはてめぇだろ」

「ひ……」

 

 苦しくて意識が朦朧としてくる。このままではいけないと、キリヤナギは覚悟を決めた。

 

「僕は、彼に何かをする気はない……」

「は?」

「僕が貴族で、彼の敵になるなら、君は護衛として僕を殴る権利はある……!」

「んな……」

「でも、その権利を行使するのなら、今すぐ彼の護衛を降りて、この学園の生徒には手を出さないと誓って。約束してくれるなら、君の僕に対する無礼は全て不問にする」

「は、流石の王子様だな!」

 

 この男が、学生ならたとえ殴り合いになったとしても「学生間」として大事になることはない。しかしキリヤナギは、その身なりに違和感を得ずにはいられなかった。

 Tシャツに派手な柄のジャケットの男は、どう観ても授業を受ける「学生」の身なりではない。もし「部外者」なら、「学生間」は成立せず騎士団が動くことは避けられないからだ。

 そしてこの言葉は、王族と言う立場から発されたことで一つの取引になる。

 ここでキリヤナギを殴れば、この男はおそらく騎士団の敵になる事は避けられない。しかし、キリヤナギは全生徒の安全を天秤にかけることで殴られてもそうはならない事を保証したのだ。

 殴る代わりに生徒には手を出すなと言う王子に、1人残った生徒は絶句して驚いている。

 

「君にデメリットはない。僕は僕の立場をもって彼を守る! 出て行って!」

「うるせぇ、クソ王子がぁ!!」

 

 また息ができなくなり、持ち上げられた王子は床へ勢いよく投げ出された。そのまま机の角で後頭部を強打し意識が落ちてゆく。

 男は唾を吐き捨てて、部室を出てゆくのをキリヤナギは落ちる意識の中それを見届けた。残されたもう1人の生徒は悲鳴をあげて、こちらへと呼びかけにきてくれた所で、意識が途切てゆく。

 守れてよかったと、安堵を込めキリヤナギはその日一度意識を落とした。

 

16

 

 目が覚めたそこは見慣れない場所だった。視界に入る殆どのものが白で統一され、ベットを囲むようにカーテンが下ろされている。

 消毒液の匂いは医務室だろうと安心していたら、視界へ1人の騎士が顔を出した。

 

「起きたか?」

「殿下……!」

 

 視界には覗き込んできたグランジとセオがいて、理解が追いつかなくなる。

 医務室だと思ったそこは病院だった。

 意識がもどると、抑えられていた後頭部へ、一気に痛みがきて思わずうめいてしまう。

 

「痛い……」

「お元気そうですね」

「僕、どうなった……?」

「頭から出血していて運ばれた」

 

 自分でも困惑してしまった。起き上がってみると、セオはまるで現実から逃避するように項垂れている。

 

「ご、ごめん」

「もう、何もいいません。本当ご無事でよかった……」

 

 鏡をみれば頭には包帯が巻かれ、側から見るとどう観ても大怪我だ。

 セオは、もはや何も言わないが、誕生祭と繰り返されていたのを思い出して何から話せばいいか分からない。

 

「何があった?」

 

 グランジの唐突な問いに、キリヤナギは顔を上げた。記憶がぼやけていて上手く表現できないが、部外者らしき男に胸ぐらを掴まれ、言い合いになったのは覚えている。

 

「生徒っぽくない人に捕まって、殴られた? 投げられた?」

「何故?」

「部室を取り返したくて……」

 

 セオが理解不能という表情でこちらを見ている。どう説明すべきが迷っていると、挨拶からセスナが顔を見せた。

 

「殿下、起きられましたか、お加減は如何です?」

「セスナ……」

「こちら通報してくださった生徒さんとの聞き取りが終わったので、お迎えに上がりましたが、王宮へ戻られますか?」

「帰っていいの?」

「そこまで深くなかったので、手当てだけで十分だそうです。意識次第で帰宅でいいと」

「じゃあ帰る。迷惑かかるだろうし……」

「迷惑と言うよりかは、大所帯は避けられませんからね……」

 

 セスナは優しい笑みを見せ、キリヤナギを自動車まで誘導してくれた。グランジが運転する帰路の最中、少しずつ記憶が整理されてきて思わずセスナに問いただしてしまう。

 

「ヴィンセント? どうなった?」

「加害者の男性ですね、現在総力をあげて捜索中です」

「約束してて……」

「約束とは?」

「伺っていますよ。しかし、それ以前の問題です。殿下」

 

 普段から物腰の柔らかいセスナのはっきりした言葉にキリヤナギは少し驚いてしまう。

 

「まず、加害者は『生徒』ではなく。外部の人間であったこと、そして『生徒』へと理不尽な危害を加えたこと、殿下が殿下であると理解しながら、致死レベルの危害を加えた事は、国家への反逆にも等しい」

「だけど、あくまで学校で起こった事でーー」

「もう一度言います。敵は『学生』ではない。これは学生間の問題ではなく、殿下と言う『生徒』の被害者と、危害を加えた『侵入者』の事件です。また加害者は殿下を殴らなかった」

「……!」

「かの生徒さんのお話で、殿下と結ばれた契約は、あくまで「殿下へ直接暴力を加える」こと、しかし加害者は殴ることはせず、殿下を跳ね除けました。我々騎士はこれは契約不成立とし現在捜索中です」

「これは……?」

「そのお怪我は、床へ倒された時にぶつかったものだそうです。つまり事故と解釈もできますが、我々は騎士として殿下を傷つけられたことは見過ごす事はできません」

「……セスナ」

「はい」

「君は僕を言いくるめていないと、誓える?」

 

 聞いていたグランジとセオが息を詰める。自動車が信号でとまり静寂が訪れる車内で、セスナははっきりと述べた。

 

「はい。騎士・セスナ・ベルガモットは、殿下の親衛隊として真実のみをお伝えしております。必要とあらば、目撃生徒たるオリバー殿へ確認をして頂いても構いません」

「オリバー……?」

「殿下と加害者の出来事を目撃され、我々騎士へ通報してくださった生徒です。陛下より借り受けたこの【読心】を使いつつの聞き取りでしたが、真摯に応じてくださいました」

「そっか。わかった、セスナ。変なこと聞いてごめん、ありがとう」

「光栄です」

 

 その後キリヤナギは無事王宮へ送り届けられ、待っていた王妃ヒイラギに迎えられていた。彼女は怪我をした王子を酷く心配しており、無事に帰宅した事へ心から安堵を得ていた。

 

 王子が無事に王宮へと戻り、仕える人々も一日を終えてゆく中で、同じく王宮へと戻ったセオ・ツバキは、1人宮殿の屋上へ上がっていた。

 首都に立つどの建物よりも高い宮殿の頂上には、巨大な鐘が据えられ首都へ住む人々へ正午を知らせる場所でもある。

 

 そんな街全体が見下ろせる場所へ、セオ・ツバキは業務用の階段を登り桜花紋がついたメイスを掲げていた。

 宮廷特殊親衛隊の1人、セオ・ツバキは、昨年度より騎士の称号を持たずとも親衛隊へ抜擢された、バトラークラスの使用人でもある。

 

「たかが1人に、ここまでの戦力が出るのは、大人気なく思うのですが……」

『悪いね。人手が足りないんだ』

「独り言です、お気になさらず、セシル隊長」

『みんな、こんばんは! 殿下殴られたってマジ?』

「リュウド君、遅いですよ。今更ですか?」

『はは、妹の宿題に付き合ってたんだよ。許せって』

 

 王宮の屋上から、セオは夜の城下を見渡してため息をついた。今ここ親衛隊が動くことをキリヤナギは望んで居ないのだろうと思う。だが、彼らは近衛騎士なのだ。

 国家存続の為に支障が出ることがあれば王命に従い動かなければならない。

 

 セオはしばらく心身を落ち着かせ、自身が借り受けている「王の力」を解放する。

 開かれた目【千里眼】は、この広大な首都を見回してそれを探した。

 特徴はサングラスに派手なジャケット、粗悪なシャツ、しっかりした体つき、逃げるならば鉄道を使うだろうと、そちらへ視野を広げた時、駅前に特徴と一致する男が路上で酒を飲んでいるのを発見した。

 伝えようとしたら、すでにヒナギクが駅の周辺で探していて、セシルの推察力に感心する。

 

「首都の駅前にそれらしき男がいる。もうヒナギクさんが近くに」

『へぇー、セシル隊長。流石!』

『我々の隊長ですよ。当然です!』

『セスナちゃん、仕事中だからあとにしてくれませんか??』

『ヒナギクさんこそ「ちゃん」はやめて下さい! 僕は男ですよ!』

『みんな真面目に仕事しようか』

『隊長! 殿下の送り迎え終えましたので、僕、今からそっちに向かいますね』

『もう間に合ってるから、セスナは来なくていいよ』

『そん……』

 

 グループ通信が喧しくてイライラするが、普段通りだとも思い、ため息しか出ない。先程別れたグランジもすでにヒナギクと合流して、ターゲットを探していた。

 遅れてきたリュウドが、敵が鉄道へ逃げ切るのを防ぐため、駅前で待機する。

 

 そんな夜も更けて、首都が騒がしくなる中、キリヤナギは、宮殿で使用人と共に自室へと戻ってきていた。

 リビングには、普段常駐していない銀髪の女性がおり、敬意を示すように礼をしてくれる。

 

「ラグドール……」

「ごきげんよう、殿下。少しだけ久しぶりですね」

 

 宮廷騎士団、ストレリチア隊。特殊親衛隊のラグドール・ベルガモットだ。美しい銀髪を二つに束ねて下ろす彼女は、副隊長たるセスナ・ベルガモットの妹であり、おっとりとした印象をうける。

 

「他のみんなは?」

「皆さん。本日は任務へ出ているようです。私は殿下の治癒も兼ねてここへ」

「そっか、ありがとう」

「お茶をお持ちしますから、先にお部屋でおやすみください」

 

 ラグドールは、7つの『王の力』の一つ、【細胞促進】を預けられた騎士の1人だ。この異能は、人体を構成する細胞の分裂を促す事で、体に受けた怪我の治癒を高速化できる。

 

「お加減は如何ですか?」

「……まだ、ちょっと痛い」

「傷は浅いですが、出血もありましたし、あまり無茶はしないでください」

「うん……」

「本当は自然治癒がいいのですが、お誕生祭が迫っているのと、跡が残っては行けないので、ある程度治癒させて頂きますね」

 

 触られるとまだビリビリと痛む。手を添えられるとじんわりを浸透するような熱を感じて、痛みがおさまるように消えていった。

 まるで何事もなかったかのように違和感も無くなって新鮮にも思う。

 

「後ろは髪があるので目立ちませんが、完治したわけではないので、シャワーを浴びる時は擦らないように気をつけてください」

「……ありがとう」

「ご無事でよかったです」

 

 ラグドールの入れてくれたお茶は何故かひどくしょっぱくて飲めなかった。

 彼女が気遣いで入れてくれた砂糖が塩だったらしく、キリヤナギは何故か自分で入れ直しラグドールへとだしていた。

 

 そして日付が変わりかけ、ようやく男が動き出す。身を隠しやすい路地裏から駅前の広場へと出てきた男は、目の前の銀髪の若い美女へにため息を落とした。

 

「ご機嫌よう。最後の晩酌は如何でしたか?」

「出国してやろうと考えていた時に、こんな美人に話しかけてもらえるとは、人生捨てたものではないな」

「大変光栄ですね。ですがお会いできるのこれが最初で最後でしょう」

「たかが王子1人の為に、騎士団はえらくご立腹だな」

「あら、誤解されないで、今回の貴方の元に我々が現れた理由は二つ。一つは我が王立の学園への無断侵入。学生でない貴方の中に入れた事は、我々騎士団の落ち度です。そしてもう一つ。無抵抗な『学生』への理不尽な暴力。侵入だけなら厳重注意で済んだでしょう。でも貴方は手を出した。『学生』へ」

「なるほど、『王子でなくても動いた』と言い訳するんだな」

「いいえ。これは我々の『プライド』です。このオウカの国の首都に属する宮廷騎士団が、たかがチンピラ相手に舐められているなど、あってはならない。どうか我々の有能さを示す『見せしめ』になって下さいな」

「侵入されてる時点で、間抜けだと気づいた方がいいぜお嬢さん」

 

 途端、ヴィンセントの筋肉が膨張しヒナギクがはっとする。床を殴りつけ、駅前のタイルが砕け散ったことでヒナギクもまた動いた。

 そして、視界から見えなくなるその力にヴィンセントの口角がわずかに上がる。

 

「ねぇちゃんも異能使いか」

「その力を、どこで……!」

「実は昨日『買った』ばかりなんだ。試させてもらうぜ!!」

 

 ヴィンセントの見せた力は、一時的に体の筋力を一気に高める、七つの「王の力」の一つ【身体強化】の物だ。「王の力」は、この国では本来騎士にしか与えられず、それは厳重に管理されている筈なのにヴィンセントが持っているのは想定外でもある。

 しかし、ヒナギクは冷静だった。

 またヴィンセントは、見えそうで見えないヒナギクへ狙いが定まらず、こちらも驚く。

 

「なるほど、こりゃ厄介だな」

「無知な貴方へ、特別に解説しましょうか。私が借り受ける『王の力』、【認識阻害】。どうか楽しんでくださいな」

 

 敵の意識から姿を隠す異能、【認識阻害】。まるで透明になるように見えなくなり攻撃が当てにくくなる力だ。

 どんなに早く、どんなに強い攻撃でも、当てられなければ意味がない。

 ヒナギクは、ヴィンセントの攻撃を異能を小刻みに使う事で回避しつつ、銃を抜いて狙撃する。足元の威嚇狙撃に後退し、距離を取らせるヴィンセントにヒナギクは【認識阻害】を継続しながら狙った。

 

 【身体強化】は、その筋力を強化できる時間に制限がある。それは異能による急激な強化に体力が追いつかないこと、また筋力の強化によって繊維が一気に破壊されるからだ。

 これは人々が普段よく経験する「筋肉痛」を呼び、それは異能を使った後の反動として術者へと帰ってくる。

 反動の出方は個人差だが、持続時間は体力のある騎士で約5分、平均は3分前後が長い方で、【素人】ならばそれ以下と見ていい。

 【素人】のヴィンセントは、未だヒナギクへ攻撃を当てる為に突っ込んでくるが、その場所へ既に彼女はおらず、当てることはできなかった。

 

「そろそろ限界でしょう? お体に触りますよ」

 

 このまま時間切れを待つべきかと、考察した時、再びヴィンセントの口角があがり動いた。見えていない筈のヒナギクの足元を狙われ、驚いてしまう。

 

「なるほど、そっちは万能じゃねぇんだなぁ……」

 

 気づかれたと、ヒナギクは認識を改めた。この男は馬鹿ではないと再評価もする。

 ヒナギクの持つ【認識阻害】は、一つ致命的な欠陥が存在する。それは、姿が見えなくろうとも影を消すことは出来ないのだ。

 人の目は騙せても、光は欺くことはできない。

 狙撃のため、無意識に街頭のある場所へ移動していた自分へ反省し、ヒナギクは闇夜へ逃げ込んだ。この力は、夜こそ、その致命的な欠陥を補える絶好の機会だからだ。

 影が消え再びヒナギクを見失うヴィンセントは、徐々に【身体強化】の時間が削がれ、動きも鈍くなる。

 

「意外と頭のキレる方で嬉しい限りですわ。でもーー」

 

 街頭の下へ走り込むのは確かに正しい対応であると、ヒナギクはヴィンセントを静観し、彼女は両腰のサーベルを抜いて駆け出した。

 ヒナギクの姿がみえ、即座に突っ込んできた敵に彼女は、まるで踊るように背後を取る。

 

「影を見られることぐらい、我々にとっては当たり前なのです」

 

 騎士は『王の力』の【プロ】だ。

 王より借り受けたその力を極限まで高め、応用して勝ちにゆく。それは【素人】の追従を許さず圧倒的な結果を出してゆく。

 後ろをとったヒナギクは、二刀のサーベルでヴィンセントを殴りつけ意識を奪った。

 途端周りへ待機していた応援の騎士も姿を見せ、全員がヴィンセントを抑える。

 

 ヴィンセントが【身体強化】を使用したことで、無関係な人々が巻き込まれないよう。騎士団は周辺に包囲網をつくり住民が巻き込まれないよう制限をかけていたのだ。

 その後集結したその場の親衛隊達は、連行されるヴィンセントを見送り、王宮へと戻ってゆく。

 深夜に行われた戦闘は、朝のニュースとして数秒だけメディアに報道されるのだった。

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