第三話:囚われの王子

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「迂闊だったね……」

 

 セオの言葉にグランジは脱力した思いだった。彼は差し入れを持ち込み、反省室の中にいるグランジへ壁越しに会話をする。

 報告書を偽造する形で提出した事で、それは重大過失として認められたことから、グランジはキリヤナギと同じく、1週間の隔離謹慎処分とされた。

 セオは話を聞いた際、怒りすら覚えたものだが、ここ数日のキリヤナギを見ていて、今は悔しい気持ちが込み上げてくる。

 

「誕生祭は……?」

「まだ日はあるから変更は無しだって……でも、20歳の区切りだから、最悪強行しそうで……」

「意味がないな……」

 

 主役が不在のまま開催するのではと、騎士や使用人達は困惑していた。19歳になる時も、デバイスの件でひどく叱られ、王子のメンタルが祭どころではなくなってしまい中止となったからだ。

 20歳は成人の区切りでもあり、ガーデニアを含めた周辺各国にも王子の存在を誇示しなければならず、なんとしても開催したいのが国の本心だが、酷く落ち込みやつれつつある王子を見せたところで、それは期待通りの結果にはならない。

 だから周囲の使用人や騎士は、普段以上に王子へ気遣っていたのに、このタイミングで同じ事が起こるとは誰も予想できなかった。

 

「数日前まで、あんなにも、生き生きしていた殿下が……もう2日も部屋からでてこなくて……」

「……」

「僕は殿下を守るために、おそばにいるのにどうしてこんなことしか……」

「セオ……」

「……!」

「しばらくは任せる」

 

 グランジの言葉に、セオは言葉を噤む。これ以上は意味のない言葉だからだ。

 セオは管理者に一礼だけして、その場を後にする。

 

@

 

「バレたぞ」

 

 それは前日の夜だった。

 オウカ国、ガーデニア大使館、アークヴィーチェ邸にて、オウカ国宮廷騎士団所属のジン・タチバナは、夕方に今日の日誌を描いて業務を終えようとしていた。

 しかし、使用人に呼ばれ戻ってきたカナトが第一声でそれを述べる。

 

「な、何が?」

「以前のククリール嬢の連れ去り事件に、キリヤナギが関与した事が王にバレたそうだ」

「マジ??」

「マジだぞ」

 

 真っ青になるジンだが、更に数秒経ってハッとする。

 

「俺どうなる?」

「どうもならん。貴様の名前は聞いていないが、異能使いを畳める人材が限られているのなら、言及されないまでも察されているのでは?」

 

 流石のジンも項垂れていて、カナトも何も言えなかった。最悪、反省室だが奇跡でも起これば、異能への対処に必要だったとして恩赦が得れるか。

 どちらにせよ処分を受ける覚悟を決めなければならない。

 必死に言い訳を考えていると、廊下からバタバタと騒々しい足音が聞こえて来る。

 ジンもカナトも誰だか察し、足跡の主を待った。そしてノックされず音を立てて開かれた扉から、ガタイのいい長身の男性が入って来る。

 

「カナトいるか? いたな」

「ご機嫌よう。父上」

 

 カナトが父と読んだ彼は、アークヴィーチェ家長。ガーデニア外交大使たるウォーレスハイム・アークヴィーチェだ。

 彼はカナトとジンが揃っているのを確認し、手に持っていた書類をみる。

 

「お前ら、前の令嬢拉致事件に絡んだのか?」

「はい。事件を知ったキリヤナギに協力しました」

「(正直!?)」

「なら、ジンがやったんだな」

「はい」

「ご、ごめんなさい」

「何故だ?」

「敵がキリヤナギへ個人的な連絡を寄越し、騎士団に待っていては間に合わないと判断しました。よってジン、キリヤナギ、グランジの3名にて対処を」

「状況は?」

「結果的に敵は五名。全員【未来視】の異能をもっておりました。ジンがいて幸いであったと」

「なるほど。カナト、そう言う事なら最初からそう言え!」

「申し訳ございません。グランジとの口裏合わせにおいて、父上にも黙っていた方が良いと判断しました」

 

 頭を掻くウォーレスハイムは、再び書面を見ながらジンを見る。彼は、何を言われるのかと不安そうな表情をしていた。

 

「キリヤナギは『タチバナ』使いだったか?」

「え、はい。真似事ですけど、それなりに上手かったような……」

「ならグランジとうちの騎士の一人だったって言えばどうにかなるか?」

「問題はないかと」

「じゃあそれでいくか……」

「いいんすか?」

「誕生祭が控えてんだ。ここで主役不在とか、周辺国家に現状を晒しちまう、そっちのが問題だ」

「父上は誕生祭を重視されておられるんですね」

「あ”? 当たり前だろ。連中が散々狙ってきた王子は『立派に大人になりました』って見せつけれるんだぜ。最高だろ?」

「確かに」

 

 ジンはもはや口を挟めず固まっている。確かにこのオウカの国は、歴史的にも軍事力が『王の力』に集中し、その力の根源たる「王子」を手に入れることさえ出来れば、その全てを掌握する事が可能になる。

 よって、このオウカの国で「王子」が無事であることは、諸外国への牽制にもつながるからだ。

 

「こっちはいいが、ジン。お前は一回王宮に帰れ」

「へ?」

「王子はペナルティで王宮に1週間閉じ込めだとさ」

「なかなか重いですね」

「今回ばっかりは王妃も庇えなかったんだろうな……、ジンも共犯ならその責任はとってこい。お前なら王子のメンタルもマシになりそうだしな」

「……はい」

「今回だけだぜ? 次はないと思えよ」

 

 そう言ってウォーレスハイムは颯爽と部屋を出ていってしまった。二人ともしばらく固まって、ようやくジンが口を開く。

 

「親父さんのあのセリフ。何回目?」

「最初からならもう数えてないが、今月なら3回目だな」

「いいのかそれ……」

「ガーデニア側から『厳重注意した』という建前は重要だ。オウカ人ではなく、ガーデニア人がやったなら、オウカの処分は与えられない。貴様ほど逃げやすい立場は他にないぞ」

 

 確かにキリヤナギ関連なら毎回許されている。オウカの国とは違い、ガーデニアから見れば、王子は生きてさえいればそれで良く、深く関与しても意味がないと考えているからだ。

 

「こちらは気にしなくとも良い、貴様は自分の主君の心配だけしておけ」

「……助かる」

「ここでジンまで処分をうければ、もうここにすら来なくなりそうだからな……」

 

 しかし、ジンは複雑だった。

 グランジ、キリヤナギまでもがペナルティを受けているのに、自分だけ逃れても良いのだろうかと、だがキリヤナギはジンが責任から逃れられるのを知っている。

 グランジは避けられないが、ジンは回避できる。だから助けを求めてここへくる。

 ジンはその責任に応える為、その日のうちに荷物を纏め、次の日の朝には王宮へ戻った。

 久しぶりで守衛にも忘れ去られていたが、戻ったその場所はとても静かだった。

 廊下は定期的に見回りをする衛兵と、要人の世話をする使用人が行き交う。

 また広い場所ゆえに音が響かず、外とはまるで別世界に感じた。

 キリヤナギの部屋は、扉を介した西側のフロアにあり、さらに親衛隊の個室がならぶ廊下の最奥にある。廊下内にはリビングとしてキッチンが備えられ、扉内で生活の全てが自己完結できるようになっていた。

 厳重だとジンは来るたびに思う。

 

 入り口には常に二人の衛兵がいて、ジンが声をかけにゆくと、キリヤナギもセオも今はおらず下の階の遊戯室へ言ったと話された。

 不安になりながらそちらへ向かうと、置かれているトレーニング機器を使って全力で遊ぶキリヤナギがいる。

 

「あ、ジンさん」

「リュウド君」

 

 入り口のベンチには、リュウドが座りキリヤナギは、現れたジンへ気を止めることなく、トランポリンで跳ねたり宙返りをしたりと、隅々まで走り回っている。

 

「めちゃくちゃ元気すね……」

「これでも、昨日まで寝込んでたんだ。自分で決めたから反省するって」

「へぇー」

 

 リュウドはおそらく抜け出さないようにする見張りだ。外出禁止と言っても王宮の敷地は広大で庭を歩き回れるなら退屈もしない。

 しかし、王子からすれば20年間生まれ育った場所でもあり、毎日見ていれば窮屈にも感じてしまうのだろう。

 

「ジン、おかえり」

「セオ……ただいま」

 

 リュウドの横に座っていたらワゴンを押すセオが現れる。ティーセットではなく、タオルやスポーツ飲料水が並ぶそれを運び込み、セオもため息混じりにベンチに座った。

 

「グランジさんは?」

「殿下と一緒に謹慎で反省室。今朝会ってきたけど気にもしてなかった」

 

 グランジのこの態度は「いつもどおり」だ。キリヤナギはこれを恐れ、いつも彼には頼らず、まずジンへ声をかけにくる。

 

「殿下、元気そうじゃん」

「昨日まで寝込んでて、今日の午後なってどうにかかな……もう本当起きて来なかったらどうしようかと思った……」

 

 項垂れているのは、去年の出来事があったからだ。

 誰でも経験する不安定な時期を、王や王妃の圧力で抑え込まれ、誕生祭のことをきっかけに全てがはち切れたのだと皆は話す。

 酷く傷つき誰とも会おうとしなくなった王子は、食事から拒否して衰弱していき、セオが気づいた頃には、自分で動けない程に弱っていた。点滴をする事で辛うじて命を繋いだが、あの時の彼は、心身が疲れ切っていたと聞いている。

 そこから、それまでの王子の行動全てに調査が入ることとなり、彼の行動には一切の悪意がないと証明されたが、その時に受けた心の傷により、彼は護衛騎士を一切信用しなくなってしまった。

 

 キリヤナギは疲れたのか床に座り込み、リュウドはそれを見て飲料を渡しにいってくれた。

 

「シダレ陛下も心配なのは分かるんだけどさ、もう少し違う方法ないのかなぁ……って」

「不服?」

「騎士や使用人に示しがつかないのは分かるんだけどね……」

 

 ずっとそばに居るセオだからこその意見だろうと、ジンは察していた。騎士や使用人は、無礼を働いたり命令違反やルール違反があると、減給や謹慎などのペナルティがあるが、キリヤナギもまた同じペナルティを与えられてきたからだ。

 子どもとして許される時期を終えたにしても、家族としてどうなのだろうとセオはずっとその狭間で悩んでいる。

 

「まぁ、殿下が悪いんだけど……」

「答えでてんじゃん」

 

 キリヤナギに悪意はないのだ。

 その行動の全ては、誰かの為でありそこに例外は存在しない。誰かに頼むのではなく、自分でやろうとする姿勢は賞賛されるべきなのに、周りはそれを危険だとして当たり前に否定してきた。

 正しくとも許されないまま正義を貫いた王子は、結果的に19歳の悲劇を呼び生死を彷徨う事となる。

 

 リュウドに付き添われるキリヤナギは、立ち上がる気配はなく、ジンも彼の元へ歩を進めた。

 遠目で見ていたキリヤナギは元気そうだったが、顔をよく見ると少しだけ疲れているのが分かる。

 

「ジン……」

「殿下、大丈夫ですか?」

「うん……」

 

 何か言いたげに目線を逸らす王子にジンは反応に困ってしまう。しばらく黙った彼は、ジンを前にして恐る恐る口を開いた。

 

「バレた時、いつも通りセシルが来て……」

「隊長が?」

「攻めないから全部聞かせてって言われて、ジンのことも話しちゃった。ごめん」

「別に庇わなくていいっすよ……。気にしてないし」

「……」

 

 唖然としたキリヤナギにリュウドが吹き出した、彼はまるでわかっていたように指を指す。

 

「ほら殿下、セオさんの言った通りじゃん」

「むしろ話せてよかったぐらいなんじゃ……?」

「……ジンってなんでそんななの?」

 

 何故かそっぽをむかれて困ってしまう。

 

「アークヴィーチェから追い出された?」

「いえ、様子見に来ただけです」

「ふーん」

「なんすか?」

「ならいいや」

 

 唐突な不機嫌な態度に、ジンは反応困ってしまう。リュウドは目に溜まった涙を拭いて、息も切れ切れに述べた。

 

「殿下、この後セシル隊長が謁見? 調子悪いなら明日でもいいみたいで、どうする?」

「今日でいいや。そろそろもどる」

「潔いっすね」

「僕が悪いし……」

 

 反省しているのか、ジンにはよくわからず困ってしまう。特殊親衛隊長のセシル・ストレリチアは、以前の隊長と比べかなり柔軟で優しいとは聞いているが、ジンはまだ彼と詳しく話をした事がなく、どう言う人物かわからない不安があった。

 

「ジンさん。戻ったなら事務所に報告してきなよ。殿下はこっちでどうにかするし」

「別に逃げないのに」

「違う違う。護衛だよ。殿下が捕まえた奴ら仲間いるみたいで、王宮にも侵入してるかもしれないとか」

「へぇー」

「リュウド君、地味にやばくねそれ」

「もう今年の誕生祭に備えたバイト? 大量採用しちゃって今更解雇できないみたいだから、ジンさんももしかしたらそのうち戻されるんじゃないかな」

「俺はムリじゃねえかなぁ……」

「なんで??」

 

 話せば長くなるなぁとジンは答える事ができなかった。

 ジンは、キリヤナギをセオとリュウドへ任せ一人事務所へ手続きにゆく。

 すると今日からグランジが復帰するまでの数日間と今月の半ばから誕生祭までの短期間、キリヤナギ周りの警護へ着く辞令がでていてリュウドの言うこともあながち間違っては居なかったのだと反省する。しかしそれでも、アークヴィーチェ邸管轄なのは変わらず、本部から「戻したくない」と言う確固たる意志を感じずにはいられなかった。

 

10

 

 売店で差し入れを購入したジンは、足早にキリヤナギの居室フロアへと戻る。

 衛兵のいる入り口を抜けると、キッチンにセオはおらず、代わりに一人お茶を楽しむ騎士がいた。

 騎士服をクロークのように羽織るのは、大隊長と副隊長クラスのみの様式で、彼は副隊長を示す青の騎士服を纏っている。

 

「おや、こんにちは」

「セスナ副隊長……」

「……相変わらず読めませんね。流石です」

 

 唐突な褒め言葉にジンは返答に迷ってしまう。

 青の騎士服のセスナ・ベルガモットは、【読心】の異能を貸し与えられる親衛隊の副隊長だった。

 

「隊長きてます?」

「えぇ、殿下に謁見中です。僕は気を遣わせるので、ここでお留守番ですね」

 

 【読心】の異能は、本人の意思で切り替えが可能ではあるものの、人の心をダイレクトに読んでしまい、持っているだけで気を使わせてしまうことから、彼はいつもキリヤナギとは一定の距離を保っていた。

 

「僕が言うのもどうかと思うんですが、疲れないんですか? それ」

「え、俺は昔からだし今更?」

「貴方のその辺りは尊敬しますけど、信頼できる人います?」

「え? えーっと?」

 

 「タチバナ」において、【読心】の対策は、相手の意識を入り込ませないよう、心を閉ざす事。つまり、無意識下で「相手への無関心」で対峙する事で入り込めなくなり読めなくなる。

 ジンは性格的にも適性があり、苦労はしなかったが、キリヤナギはこれがどうしても出来ず、もう一つの「無心になる」と言う方法に切り替え訓練を行なっていた。

 セスナが、ジンへ「人との信頼関係」について尋ねるのもこの「無関心」さが人々に受け入れられづらいからでもある。

 

「殿下には、まぁ?」

「……アークヴィーチェ邸管轄の時点である程度は察してますが」

 

 話が早いと安心もしてしまう。

 集団生活が大前提のこの騎士業で、少なからず「タチバナ」は同僚達と一定の距離をとらなければならず、まず信頼関係の構築が難しい。ジンは気にもしなかったが、周りはやはり畏怖されているようにも見えたからだ。 

 

「そういえば、ペナルティ緩くなるみたいですよ」

「本当ですか?」

 

 親衛隊長がセシル・ストレリチアになってからと言うもの抜け出しが露呈した際は、毎度王子が何をしたかと言う調査が入ることになった。

 ただ散歩していたならそれでいいと言うセシルは、大事にはしないこと心がけ、その行動が果たして正しいか見てくれる。そしてそれが正当なものだと判断された場合、彼は王へと掛け合って理不尽なペナルティから恩赦をもとめてくれるようになったらしい。

 彼が先日、セシルに対して「申し訳ない」と話していたのは、おそらくこの調査の話だと察する。

 

「隊長の見解的に『殿下の判断は正しい』と言わざる得ないと、「王の力」の海外流出は、我々でも深刻に捉えていたので、それに迅速に対処できたのは賞賛に値します。その上で、『タチバナ』の貴方を同行させたのは、たまたまだったとしても的確だった」

「……」

「結果的に流出は抑えられ『王の力』の回収に至り、かつ敵を逃さず捉えることに成功したのは、標的だった殿下がいたからこそなし得た事でもある。よってそれを咎めるのは少し筋が違うと……」

「へぇ……」

「家族の約束事に関しては関与しかねるとしても、国家的に見るのであれば、不法入国を許した騎士の尻拭いをさせたような物であり、我々こそ責任を負うべきである、としました」

「え、それは……」

「責任はもう捕らえてますから今更ですし、結果的に土日を挟んだ月曜日から外出して構わないと、デバイスは土曜日で返却するみたいです」

「よかったです」

「僕は全消しいけるかなって思ってはいたのですが、このご時世で未成年が夜に出かけるのは流石によくないですし、殿下もわかってやっておられるので、そこは反省しましょうって感じですね」

 

 妥当な結論でジンは感心せざる得なかった。その行動の全てを否定とするのではなく、部分的に正当性をみとめ、不当な事だけにペナルティがかかるのは、未だ未成年のキリヤナギにのっても納得がしやすい結論だからだ。

 

「殿下、もう来月には成人ですよね」

「ですね。でもまだ19歳ですから区切りを迎えるまでは、ルールは守りましょうと言う結論です」

 

 なるほどと、ジンはとても安心してしまった。

 セスナは深くは読めないがジンの穏やかな心の動きを感じとる。しかし、これほどまでにキリヤナギを心配するジンが、アークヴィーチェへ送られていることへセスナはずっと疑問におもっていた。

 

「……ジンさんって、アークヴィーチェ邸管轄といいながら8人目の親衛隊なんですよね……?」

「まぁ、一応……?」

「なんでです? 希望とかですか?」

「わかんないです」

 

 セスナは首を傾げていた。

 セシル、セスナ、ヒナギクに加えた他のメンバーとは違い。ジンは普段から王宮には居らず、そのメンバーの一員だと知っているのは王宮でもわずかしかいない。

 キリヤナギの親衛隊、別名、宮廷特殊親衛隊は名前の並ぶ7名は、全員「王の力」を所持している。

 ジンは「タチバナ」であり、「王の力」は渡されておらず、その存在は他の騎士からみればかなり影が薄いらしい。

 

「隊長いるけど、謁見して大丈夫です?」

「貴方のそう言う物怖じしないところは、ちょっとどうかと思いますけど……」

 

 怒られてしまった。

 仕方なく待っていると奥の扉が開く音が聞こえ、中へ一礼する赤髪の男性と銀髪の女性が、セオと共に出てくる。

 赤髪のドレッドヘアーを揺らすセシル・ストレリチアは、凛とした表情をみせ、大隊長の証となる赤の騎士服を堂々と纏っていた。

 宮廷騎士団における大隊長は、延べ千人ごとに区切られる、騎士団の最高位の役職にもあたり、セシルはその中でも王子の護衛任務を担う親衛隊の隊長でもある。

 親衛隊における副隊長は一人はセスナ・ベルガモットのみだが、大隊における副隊長は二人おり、一人は同じセスナ・ベルガモット。もう一人はこの銀髪の女性、ヒナギク・スノーフレークだ。

 

「ご機嫌よう。お久しぶりですね。『タチバナ』さん」

「ヒナギクさん……よかったら、ジンで」

「今更では」

「またせたね。セスナ」

「お気になさらず」

「ジンも久しぶりだ。呼び戻して悪いね」

「いえ、平気です」

「そうか、あえて今回は助かったと言っておく」

「あんまりいい事したとは思ってないんですけど……」

「なら何故協力したんだい?」

「王子が1人で行くリスクのが危険だと……」

「……なるほど、それは何もいえないな」

「無鉄砲さんですからね」

「一応一通り伝えましたよ」

「そうか。なら私から話す事もないかな……」

「殿下はなんて?」

「私からは『反省』と『遠慮』ぐらいしか読み取れなかったよ。セスナがいたらまた違うのだろうけど、それは卑怯だからね」

「そんな常時読まないですよ……」

 

 そんなセスナは、対面でジンの心を読もうとしていたが、ジンはあえて突っ込まず黙っていた。

 セシルの隣に立つヒナギク・スノーフレークは、まるでモデルのような長い足と長く美しい銀髪を揺らし、ジンをまるで敵のように睨んでいる。

 ジンは気にしないようにしながら、目の前のセシルへと向き合った。

 

「……隊長、今回もありがとうございます」

「私は評価しているよ。君は『タチバナ』としての役目を十分果たしている。今回は我々の方が後手だったと言わざる得ない。その上で、殿下からの信頼は、我々騎士が自分で勝ち取らねばならない事だと思っている」

「……」

「お互い殿下の御身を大切に思う立場だ。必要であれば協力させてくれ」

「……わかりました」

「君はそう言って、連絡をくれた事がないな」

「……俺も今回は反省しました。だから改めようとは思っています」

「そうか。なら信頼しているよ」

 

 セシルはそう言って、2人をつれて廊下へ出ていった。セオは扉の外まで見送り、ジンは一人でキリヤナギの自室へと向かう。

 ノックから返事を聞いて中へ入ったそこは、とても広い豪華な部屋だった。

 分厚い絨毯に大きな勉強机と天井付きのベッド、クローゼットや鏡台まであるのに、そこにはテレビなどの娯楽はなく、本も殆どが教本で漫画や小説は数冊に留まっている。

 開けられた窓からは光が差し込み、春の穏やかな風が吹き込んでいた。

 入って右奥には大きなベランダがあり、そこから抜け出しているのだろうとジンはセオからきいている。

 王子は、ぐったりしていたのか入れ違いでジンが現れたのを見て体をおこした。

 

「ジン、おかえり」

 

 セオにも言われた言葉に戸惑ってしまう。ジンは、セオとグランジのように王宮へ長く勤めた覚えはない。

 12歳までは幼馴染として出入りしていたが、そこから8年は騎士学校へゆき卒業後の2年はアークヴィーチェにいたからだ。

 しかしそれでもジンは、何故か「ここが正しい」と言う確固たる認識があった。

 それは「場所」に関係はなく、そこにキリヤナギがいるからこそだとわかっている。

 

「戻りました。今日から三日ほどですが、よろしくお願いします」

「短い……」

「グランジさんの変わりっぽくて」

「……」

 

 キリヤナギは一瞬、セシルからの足枷かとも思ったが、彼の誠実な態度を見て考えないようにした。

 キリヤナギの外出先の殆どは、ジンのいるアークヴィーチェ邸であるためにジンを呼び寄せることは、そもそも外出する意味がなくなるからだ。

 

「ずっと寝てたって、ほんとです?」

「え、うん。なんか身体が鉛みたいにうごかなくて……」

「鉛……?」

「今朝は起き上がれたから、運動したら吹っ切れるかなって思っだけど、まだちょっと怠い」

「大丈夫なんです?」

「わかんない」

 

 王子はそのまま再びベッドへ倒れてしまった。

 

「ペナルティ緩くなるって、セスナさんが言ってましたけど」

「うん。でも夜の話は知ってるし、普通なら補導されてる事だからしょうがないかなって、付き合わせてごめんね」

「俺はむしろ当然と言うか、光栄なんで」

 

 キリヤナギはまだ眠そうにしている。

 元気にみえても、改善しきっていないのだとジンは認識を改めた。

 

「隊長、何が言ってました?」

「特には……? でも自分を頼って欲しかったとは言ってたかな」

「まぁ、そうですよね……」

 

 護衛騎士としての当然の言葉だとすら思う。セシルは、徐々にキリヤナギからの信頼を取り戻しつつあるが、取り戻したことでその関係に『遠慮』をもちつつあるからだ。

 ジンからすれば、王子「らしい」とも思うが、セシルからすればこれ以上複雑な気持ちはないだろうと思う。

 

「でも今回は一応認められたんで良かったんじゃないです?」

「グランジが謹慎なの納得いかない」

「そこなんすね……」

 

 キリヤナギよりも、ある意味グランジの方が重い。それは護衛騎士としての危機管理能力を問われる事からこそだが、これが原因でキリヤナギは騎士を頼らなくなり現在へ至る。

 

「来週には出られるみたいだし」

「本当は僕が入んないとなのに……」

 

 それはそれで大問題だと、ジンは心の中で突っ込んでいた。しかしそれでも、2人の一週間と言う謹慎期間を半分にしてくれたのはありがたいと思う。

 

「セシル隊長、優しいっすね」

「うん……。前とギャップあって申し訳ないから今回は大人しくする」

 

 ジンはほっとしていた。

 キリヤナギの残り謹慎期間は三日で、ジンは早速、グランジの向かいの部屋を貰って準備を整えることにする。

 キリヤナギが生活するリビングフロアには、ロック付きの居室があり、常勤の親衛隊は希望次第でここで生活することができる。

 ジンは初めてここへ来たが、バスとトイレキッチンも揃っていて、その広さに驚いてしまった。アークヴィーチェ邸は、外国仕様で使いにくかったが、こちらはオウカ人向けの仕様でどれも最新の設備となっており感動してしまう。思わず絶句しているジンに、セオは思わず吹き出していた。

 

「親衛隊ってこんな待遇いいの?」

「うん。多分王宮内だと一番じゃないかな? ただ殿下と常時一緒だから半年以上いてくれた人はグランジぐらい?」

「なんで?」

「当時は抜け出し見逃すと責任取らされたりしてたからね。僕は使用人だからそんな事はなかったけど、とても休めないって言われてたよ。セシル隊長になってからはそれもなくなって、気楽にはなったかな」

 

 ジンは何故か罪悪感で胸がいっぱいになってまった。たしかにその当時自分がここで働いていたら、とても気が休まるどころではない。

 

「一応ベランダもあるけど、巡回騎士から丸見えだからプライベートには気をつけてね」

「お、おう」

 

 部屋は広く、洗濯機から電子レンジ、小型の冷蔵庫まで専用スペースに収まっている。アークヴィーチェ邸では、使用人用の部屋を使い、洗濯機も共用のものが数台置かれているだけで、定期的にコインランドリーにも通うほどだったのに、待遇の差を思い知って唇を噛んだ。

 

「宮廷騎士でその待遇はヤバイし、アカツキさんに相談して」

「え、そうなの?」

 

 ジンは一応、騎士貴族なのだ。

 一般平民より位が上であり、加えて王族に長く仕える名門で、雇うならその位に見合った環境を用意しなければならない。

 

「俺、どんな環境が適性?」

「この部屋が一番妥当だけど、まぁ無理があるから最低バストイレ別で、半分ぐらいの広さが妥協案かなぁ。それぐらい宮廷騎士は価値があるし、ジンは名門だから、いるだけでその雇用主の位の高さを証明できるんだよ。だから、その本人を雑に扱うのは本末転倒って言う」

「へぇー」

「ジン、アカツキさんから何を学んだの??」

「俺ん家、もう看板畳んでるし……、名門っていってももう形式だけだって父ちゃんは……」

 

 セオはため息をついてしまった。たしかに名門タチバナは、もうその意味すら求められる事がなくなり、優遇姿勢もなくなりつつあるからだ。

 思えばリュウドの父もあえて「タチバナ」の名を捨てて独立の道を選んだなら、もうそれは「必要がない」と言う判断なのだろうと思う。

 

「時代なのかなぁ」

「あんまり考えたことなかったし、ちょっとは嬉しいかな?」

 

 セオからすれば、自分の家のことなのに微塵も興味がないジンへ呆れてしまう程だ。名門騎士は本来、その名に誇りを持って使命を全うする筈なのにジンにそんなものは一切感じられず埃がかぶっているとすら思う。

 セオから部屋の構造のレクチャーを受けていると、いつのまにか部屋から出てきたキリヤナギが入り口を覗いていて驚いた。

 

「ジンはここに住んでくれるんだ?」

「短期間ですけど、空いてたんで……」

「よかったら王宮案内しようか?」

「別に知ってますけど……」

「ジン、何年振り? きてもこことの往復ぐらいじゃないの?」

 

 セオに言われ冷静になると、たしかに王宮をちゃんと歩いたのは12歳ぐらいが最後だ。それ以降は騎士学校へゆき、寮と往復ばかりしていて、中へ立ち寄ったのは、去年数回様子見に来たのが最後だろう。

 

「まぁ、なんとなく分かるし……」

「ジンってなんでそんななの……」

「そう言う所、昔から本当変わらないよね」

 

 王宮の構造にそこまで興味はない。先程、総括事務所で王宮の地図も渡されたし、歩いていればそのうち覚えるとも思うからだ。

 

「殿下、お昼どうされますか?」

「まだ欲しくなくて……」

「簡単なものをお作りしますから、お待ちください」

「要らないのに……」

 

 キリヤナギは、セオに引きずられるように自室へ戻ってゆく。調子の悪さを見抜くセオも過保護だと思うが、彼が無理しがちなのはジンもよく知っていた。

 

11

 

 部屋の消耗品が足りず、再び売店へ足を伸ばしたジンは、休憩から戻ってきたリュウドと鉢合わせしていた。彼は、少しだけ付き合いたいと言って売店までついてきてくれる。

 

「グランジさんが反省室いったの相当ショックだったみたいでさ、起こしても虚ろで去年思い出したよ」

「俺、去年っていっても週一ぐらいしかきてなくて……」

「そうだっけ? 何というか一日のほとんどを寝て過ごしてた感じかな?」

「それどんな生活?」

「そのまんま? 起こされたら起きるけど、自由時間は全部寝てる感じ?」

「食卓は……?」

「もう殆ど食べれなくて、大変だったとはきいてるよ。昨日はそれに近くてセオさんが気が気じゃなかったみたいだね。昨日は妃殿下もみにきてたけど変わらなかったし、だからジンさんに連絡いったのかも」

 

 ふと昨日のウォーレスハイムの言動を思い出すと、去年の事実は当時配属されていた親衛隊にしか知らされていない筈なのに、彼はそれを当たり前のように知っていたのだ。

 辞令はセシルからだったが、地位の高い人物から圧力があったのだろうかと勘繰ってしまう。

 

「ま、数日間よろしく」

 

 リュウドは、明日からは自身の隊の仕事へ戻るらしい。僅か2日ではあったが、起き上がれない王子へ何も出来なかったのは歯がゆいとも話してくれた。

 休憩時間が終わり、ジンとリュウドがリビングへと戻るとセオが慌てた様子でお湯を沸かし、何かを準備している。

 

「どうかした?」

「殿下、案の定熱出されて」

「えぇ……」

「やっぱり……?」

 

 リュウドの呆れた表情に、ジンは言葉もない。2日殆ど何もたべず、突然過度な運動をして体が持たなかったのだろうと話された。

 

「さっきの元気は……?」

「ジンがきてテンションあがっただけ、今日はもう動かしたらダメだね」

 

 セオはそう言って、掛け足で王子の自室へと駆け込んで行った。

 王子のフロアでの仕事は、王子がいる時間にリビングで待機し、必要な時は同行する事だが、待機場所に制約はなく仕事があれば事務所でも構わないらしい。

 

「入り口には衛兵がいるしね。殿下出てきたら知らせてくれるし、用事あれば事務所にきてくれるさ」

「ふーん」

 

 少し心配になりつつも、ジンはリュウドから居室フロアの脇にある事務所へも案内され、その日は一通り説明を受けていた。

 事務所の設備もどれも最新で驚いたが、スペースはあっても机が7つしかなく微妙にショックを受けてしまう。

 

「ごめん、隊長から明日運び込むことになってるから、空いてるとこ使って」

「……と言うか、みんな常時いるわけじゃないんだ?」

「うん。隊長は普段騎士棟にいて、俺もだけど、ここの常勤はグランジさんとセオさんだけかな。みんな普段は自分の持ち場にいるよ」

「それで回る?」

「余裕余裕。殿下、大学にいって昼間いない事が増えたからね」

 

 平和だとジンは安堵していた。

 一通り仕事の仕方を教わっていると、気がつくと夕方にもなり、王宮で騎士としての初めての一日が終わってゆく。

 

 次の日。ジンは朝礼へと出席しリビングへと戻るとセオが朝食をつくり、足早にキリヤナギの自室へと消えてゆく。30分ほど出てきた彼は、会議にゆくと言って出て行ってしまった。

 

 隔離された空間だとは思っていたが、思っていたよりも開放感があり、居心地も悪くはない。

 歩き回ると書棚には小説ばかりが並び、本の入れ替えのリクエストボードは、グランジばかりが希望を書いていた。

 ジンはふざけた気持ちで読んでほしい漫画を書き、そっと戻しておく。

 

「ジン、本読むの?」

 

 思わず体が震えた。気がつくとキリヤナギが自室からこちらを除いていて、軽装の彼が出てくる。

 

「殿下、体調大丈夫です?」

「ちょっと疲れただけ、セオは大袈裟だし」

「でも熱出たって……」

「微熱? もう治った」

「えぇ……」

 

 困惑しているジンを、キリヤナギは得意気に笑っている。しかし、昨日よりも元気そうでほっとしていた。

 

「良い天気だし、外行こうよ」

「謹慎中じゃないすか」

「敷地内なら別に良いし? 着替えてくるね」

 

 返事を聞く事なくキリヤナギは早足で自室へ戻ってしまった。そして10分ほどで出てきて、手を引かれるまま居室フロアから出てゆく。

 久しぶりの王宮は、たしかに全てのものの見え方が変わっていて、懐かしさと新鮮な気持ちになる。キリヤナギは、すれ違う使用人や巡回騎士へ挨拶をされながら、ジンを中庭へと連れていった。

 よく見ると肩にケースをかけており、そこから出てきたのは模造刀だ。

 

「あそぼ!」

「昨日寝込んでたじゃないっすか!!」

 

 キリヤナギは問答無用だった。

 踏み込み当てにくる王子に、ジンは後退しながら距離を取って回避を続ける。あまり動かすのは良くないと、足を引っ掛けにゆくが、うまく足を浮かせてきて感心した。

 上手いとジンは感想を得ながら、彼の攻撃を全回避してゆく。そして、ある程度疲れが見えたところで、服の中につけるストッパーでガードし、キリヤナギの腕掴んで投げた。

 芝生が柔らかく音もなく仰向けに倒れた王子は、汗だくでジンを見あげて笑う。

 

「休憩しません?」

「する」

 

 使用人に頼み、水を用意してもらった2人はしばらく休憩することにした。春の穏やかな気候は、自然と気持ちも前向きになる。

 

「大分強いですね」

「え、そう?」

「これ無かったら止めれませんでした」

 

 騎士服の袖を捲ると、ジンの両腕には刃物を通さないストッパーが装備されている。これは騎士全員がつけているもので、近代化した盾にも近い。

 

「これ軽いけどすごい硬いやつ?」

「はい。弾丸でもある程度弾けるぽい?」

「へぇー、これもガーデニア製?」

「これはオウカ製? みたいで、加工技術はまだまだオウカのが強いってカナトが」

「そうなんだ?!」

 

 文明機器の殆どがガーデニア製に取って代わられているが、貴金属や布などの加工技術は強く、それらの産業はガーデニアへと輸出されているという。

 

「デバイスとかアンテナとかケーブル? 外注してるって言ってたの覚えてます?」

「うん。デバイスの?」

「あの辺の製品はオウカ製なんです。カナトは自分の国の宣伝したいから言わないんですけど……」

「へぇー」

 

 ジンはカナトがそれらの外注契約を行う場へ同行したことがあり、思っていたものと違って驚いたのを覚えている。

 必要な貴金属をオウカ国で仕入れそのまま加工業者へ下ろし、全ての部品をガーデニアへ持ち帰ったあと組み立て、オウカへ輸出する。

 カナトはガーデニアの技術だと話すが、それを作るために必要なもの全ては、オウカで生産されていたのだ。

 

「僕のデバイスも?」

「部品はそうですね。この小さな画面はガーデニアじゃないと無理みたいですけど」

「嬉しい……」

「ガーデニア製、たしかにめちゃくちゃ多いですけど、オウカと仲良くなったから出来た事だって言ってました、なんで全然強いです。この国」

 

 キリヤナギは嬉しそうに聞いていた。取り出したジンのデバイスを覗き込み、その画面の国章に思わず笑いが込み上げてくる。

 

「ジンもそのまんまじゃん」

「な、何が!?」

「なんで国章なの?」

「良い画像ないんですよ……」

 

 個人的な趣味の銃にしていたらカナトに物騒すぎると文句を言われ、苦し紛れ選んだのがこれだった。

 誰にも文句は言われないだろうと思っていたのに、キリヤナギに突っ込まれるのは想定外だ。

 

「ジンって意外と愛国心あるよね」

「まぁ、市民感覚ですけど……」

 

 ジンは、カナトからオウカの技術力に関して自分から話すものではないと聞かされていた。カナトはオウカの産業には詳しいが、ガーデニア人である自分はそれをキリヤナギへ伝える役目ではないと、伝えたいのならジンから話せば良いと様々な産業の見学に同行を許した。

 加工業だけでなく林業、農業、畜産など物の基礎となる第一産業は、ガーデニアもオウカへ頼り、持ちつ持たれつの関係であると学んだ。

 ジンからすれば回りくどいとも思ったが、おそらくカナトはキリヤナギとそれ以上の関係になることができないからなのだろうとジンは2人の間を憂う。

 

 ふとジンのデバイスを覗き込んでいたキリヤナギが、中庭の空を見上げた。

 中庭といっても宮殿も巨大で、ひらけた空の開放感へ浸る。

 

「なんか焦げ臭くない?」

「え……」

 

 キリヤナギに言われ注意するとたしかに焦げた匂いが漂っている。さらに耳を澄ますと、犬の吠える声などの騒がしい動物の鳴き声が聞こえ、キリヤナギは何かに気づいたように駆け出した。

 そして中庭から外庭へでると、敷地内の動物の宿舎から煙が上がっているのに気付く。

 

「火事?」

「殿下、俺、消火器持ってきます」

「わかった」

 

 現場では、使用人が近くの蛇口から水を運んでいるが、動物の餌となる穀物や牧草などへ引火したのか間に合っていない。

 キリヤナギは、脇の園芸施設から水やりホースを持ち出して、それを蛇口へ繋いで消火をはじめる。

 

「皆避難して!」

「殿下、まだ中に動物がーー」

 

 話を聞くと逃げ遅れた動物がいるらしく、キリヤナギは入り口から火を抑えようと水を拡散する。

 水をかけた場所は、わずかに火がおさまり、よく見ると奥に路頭に迷う小さなブタがいた。このままでは火傷してしまうと、キリヤナギはホースを使用人へ預ける。

 

「これ、持っておける?」

「はい。殿下は何を?」

 

 キリヤナギは息を止め、宿舎の中へ滑り込んでゆく。使用人から悲鳴が上がる中で、子ブタを抱え込み。床を蹴って飛び出した。

 それと入れ違いに、応援を読んだジンが数名がかりで消火器をもって火を消してゆく。

 

「殿下、何やって……」

「ジン! ありがとう!」

 

 子ブタは、キリヤナギを蹴って広い敷地へ走り抜けて行った。

 

「何かあったらどうするんすか!」

「水かけて貰えば良いかなって」

「そう言う問題じゃ……」

「殿下」

 

 はっきりとした声に、キリヤナギはそちらを向く。声の主は学校で良くあっていたマリーだった。

 彼女は、子ブタを抱きあげぼろぼろと涙をこぼしている。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。私、気をつけてたのに、この子、置き去りに」

「ま、マリー」

「ありがとうございました」

 

 ジンはそれ以上何も言えなくなってしまった。それから宿舎は立ち入り禁止となり、騎士団で火元の調査が始まることになる。

 

「はぁーー?? ジンがついていながらなんてことーー」

「ご、ごめん……」

「誕生祭前ですよ?? 火傷でもしたらどうするんですか!」

「なんとかなったんだけど……」

「そう言う問題でもないでしょう!! 今日は一日療養すると約束したではないですか!」

「セオが押し付けてきただけじゃん!」

「謹慎中! 反省されてるなら、ちゃんと態度で示してください!」

「おとなしくしてたし……」

「どこがーー」

「せ、セオ……」

 

 セオが机に突っ伏してしまい、ジンは何も言えず固まっている。王子はどこ吹く風で夕食の時間を気にしているようだった。

 

「今回のボヤは我々の不手際の可能性が高く、殿下がおられた事は両陛下に伏せさせていただいておりますが……」

「?」

「本日は大変ご活躍でしたので、お伝えさせていただきますね」

「え”っ」

 

 キリヤナギの顔色が変わり、ジンは何も言えなくなった。

 本来ならバレないわけは無いが、使用人からみてキリヤナギのこの手の事案はもはや「日常」で、それが王と王妃に伝わるたびに喧嘩が激化するのは目に見えている。

 よって使用人達はその衝突を防ぐ為に、伝えるかどうかを一度幹部へ相談することが定例となっているらしい。

 

「だ、だめ、やめ……ご、ごめん」

「どうされますか?」

「も、もう無茶しないから……、ごめんなさい」

「明日は?」

「宮殿からでないから……」

「ダメです」

「リビングから出ないから……」

「それで手を打ちましょう」

「重くね?」

「ジン、大前提を忘れてるよ。殿下、風邪引いてる」

 

 あ、とジンはさらに何も言えなくなった。元気に見えて忘れていたが、昨日熱を出したと言っていたからだ。

 

「微熱で、もう下がったのに……」

「ダメです。反省中なのですから態度を見せてください」

「ご、ごめんなさい……」

 

 擁護できないと、ジンは遠目で見るしか無かった。キリヤナギは、消沈した様子で自室へと戻る。

 夕食も1人で取りたいとセオも入れてもらえず篭ってしまった。

 

「いつもこんなん?」

「大体、苦労理解してくれた?」

「ある程度は……」

 

 王子は馬鹿ではないのだ。

 ジンが押しに弱いことを知り、周りの使用人も強く出れないことを知り、王と王妃の喧嘩が使用人にとってもデメリットで、あえて伝えないことを知っている。

 その全てを知った上でのこの行動は、たしかに王子としては、域を抜いてタチが悪い。

 

「グランジなら抑え込めるんだけど」

「殿下が俺に頼るってそう言う?」

「そう言う事」

 

 知らなかったと、ジンは項垂れるしかなかった。しかし「正しい」とも思ってしまう。

 あの時、子ブタはキリヤナギの行動がなければおそらく助けることはできなかった。宿舎が崩壊していた可能性もあり、消火剤を撒いた後に生死を確かめればいいと言う結論にもなっていただろう。

 王子もおそらくそれもわかっていた。

 幸いにも火はそこまで大きくはなく、崩壊も起こらずに済んだが、動物を守りたかったと言う気持ちは、これ以上の正解はないとすらも思う。

 

「殿下、あーみえて自己肯定感が低いんだよ」

「自己肯定?」

「自分の価値を理解できてないんだよね。僕らはそれをわかって欲しくて再三伝えてるんだけどさ……」

「……」

「殿下が一番認めてほしいのは、やっぱり両親なんだろうなって」

 

 ジンには、うまく理解ができなかった。が、言いたい事はわかる。

 両親の仲が悪く対立を続ける2人の間で育ち、キリヤナギはどちらを信じればいいかわからなくなっているのだ。

 父の言葉を母は否定し、母の言葉は父を否定する。片方に褒められてもそれが正しいのか分からないまま、自分の正義を貫いてきたのだろう。

 思い描く正しいことは、自己犠牲が伴うものばかりでジンはある意味納得もしてしまった。

 

「認めてほしい?」

「それはもう諦めてるんじゃないかな」

「それって?」

「自分にしか出来ない事をさがしてるように見えるよ」

 

 なるほどとジンは返す言葉が見当たらなかった。

 王の「王子として恥じないように」と言う言葉と、王妃の「あるがままに生きてほしい」と言う二つの言葉を両立するなら、たしかにそうならざる得ない。

 キリヤナギの思う、王子のあるべき形は自己犠牲を持っても人を救い続ける、本当の意味でのヒーローだったのだ。

 

「なんか、よく謹慎になる理由わかった気がする」

「わかったら今度から止めてね」

 

 しかし、ジンはセオの言うことは少し違うとも思っていた。

 正しい行いは止められるべきではない。

 むしろ執行されるべきで、キリヤナギはその裁量を本当の意味で正しく理解している。

 今回の件の問題は、キリヤナギだったからこそでジンが飛び込めば問題はなかったのだ。

 

「と、め、て、ね??」

「お、おう……」

 

 セオの目が怖いなと、ジンは夕食を済ませ、その日も休む。

 

12

 

 次の日はキリヤナギは寝巻きのままリビングに現れ、そのままずっとリビングのソファでくつろぎ本を読んだり、自室に戻って勉強をしていた。

 ジンは、午後からの誕生祭の会議に行くと言うセオを見送った後キリヤナギの見張りをしていたが、ソファで寛いでいた彼はいつのまにか眠っていることに気づく。

 元気に見えても体調は改善していないと言い聞かせ、ジンはタオルケットだけをかけて見張り続けていた。

 

 そして夕方に差し掛かった頃、リビングの入り口へノックされ、扉が開く。

 現れた相手にジンはしばらく釘付けになった。

 

「グランジさん」

 

 グランジは、ジンを見て笑ってくれた。

 ソファで眠っているキリヤナギも見て、目の前のテーブルに小さな袋だけを置くと彼は彼の自室へ戻っていく。

 

 そんな気配を察知したのか。午後から熟睡していたキリヤナギがようやく体をおこした。

 そして目の前の袋に首を傾げ、中を除いた時、彼の虚な目が一気に冴える。

 

「僕のデバイス!!」

「へぇー」

 

 グランジが持ってきたのは、それだったのか。夢中でみていたキリヤナギだが、頬杖をつくジンへようやく気づく。

 

「グランジもいる?」

「はい、さっき戻ってて……」

 

 話していると彼が自室から出てきた。

 キリヤナギは少し泣きそうになっていて言葉も出ない。

 

「グランジ、おかえり」

「グランジ・シャープブルーム。ここへ戻りました。明日より常勤に戻ります」

「一日早まった?」

「セオから、ジンでは弱すぎるとの懇願が通ったらしい」

「そう言う……」

 

 しかしこの謹慎も結論としてはほぼ必要なかったと言っても過言ではない。問題視されたのは行動ではなく、報告書の虚偽申告だからだ。

 

「報告書は隊長が全てやり直してくれた。頭が上がらない」

「普通なら口頭注意ぐらいなのに」

「隊長に、建前は必要だからと反省室が減給か選べと」

「な、なるほど……」

「セシル、グランジも守ってくれたんだ……」

 

 うんうんとグランジはうなづいていた。たしかにジンもその2択なら反省室を選ぶと思う。

 虚偽報告はおそらく常習で、口頭注意では守りきれなくなったと言うことだろう。あえて重くする事でグランジへの風当たりが悪くならないようにしたのだ。

 

「でも、巻き込んでごめん」

「抜け出す前に相談してくれると助かるが……」

「ど、努力する」

 

 2人とも半信半疑だ。

 しかし、今日一日、キリヤナギは自分の言った通りおとなしくしていて感心もする。

 セオも特に気にも止めず出て行き、おそらくその「信頼」はあったのだ。言った事は守るならおそらくこの努力は期待できるのだろうと思う。

 

@

 

「はー、疲れた……」

「セオ、お疲れ」

 

 夜21時を回った頃だろうか。セオが会議から戻り、リビングのテーブルでぐったりしてしまう。

 王子はすでに入浴も終えて休んでいた。

 

「やっと一週間が終わった……」

「会議そんなやばい?」

「やばいってもんじゃないよ。誕生祭でやる事が山積みでもう戦争、大通りの交通整備とか大会の企画とか、式典の準備とか今日やっとやることが決まって、役割決まったから進んだ感じ」

「セオは何すんの?」

「主に殿下周りかなぁ、あと会食のメニュー決め? 食材手配もかな、この辺は役割分担はするけど」

 

 話を聞いていると言葉にも困ってしまう。セオはそんなジンの心情を察したのか、楽しそうに笑っていた。

 

「ま、お祝い事だし、殿下に楽しんでもらえるよう。頑張るよ」

「お、おう」

 

 国として政略的な意味はもちろんあるが、純粋な祝いの祭典でもある。

 望まれて生まれた王子が居ることは、国の未来が保障されている事へ同義するからだ。

 

 デバイスが手元に戻った王子は、早速部屋へ戻り、数日ぶりに電源をいれた。

 表示されたアークヴィーチェの家紋に、ワクワクしながら待機画面を表示させると、突然膨大な通知が一気に押し寄せパニックになる。

 その殆どは、入ったばかりのグループ通信のものだった。

 ヴァルサスとアレックス、ククリールが居るというテキストの画面は、かなり沢山の文章ながれていて、キリヤナギが登校してこない事にも言及されている。

 

「みんなごめん。今外出禁止になってて」

『外出禁止?? 今時?』

『何をしたんだ??』

 

 アレックスのテキストに返事へ迷ってしまう。正直には話せないなと思い恐る恐る続けた。

 

「色々あって……。月曜日から学校にいくね」

『王子の家庭って厳しいんだな』

『あまりよその家庭に口を出すものでもないぞ』

 

 ヴァルサスはそう言うが、よその家庭でも同じぐらいは叱られそうな事をやっている自覚はあって何も言えなかった。

 

「僕が悪いから明日まで大人しくしてる」

『明日までなのか、まぁ頑張れ』

『デバイスは壊れていたのか?』

 

 そこからキリヤナギは、誘拐事件の事を伏せつつ経緯を話していると、いつの間にか眠くなって、返事を返せないまま朝になってしまう。

 目が覚めて画面を見るとテキスト画面は、夜間外出とボヤ騒ぎについて話した所で、2人からも『それはどう見ても王子が悪い』と満場一致で叱られていた。

 

 熱が下がりほぼ体調が改善したキリヤナギだが、一応謹慎中でその日も大人しく部屋で過ごす。

 途中、セスナが差し入れを持ってきてくれたり、リュウドも様子を見にきてくれて、退屈しない一日を終えた。

 

「ジン、もうアークヴィーチェもどるんだっけ?」

「はい。今日で最終日で……」

 

 荷物をまとめているジンの居室を、キリヤナギは覗いていた。元々そこまで多くはなく、カバン一つに全て収まっている。

 18時の定時を過ぎた時点で、その日の王宮の勤務は終わり、明日からはまたアークヴィーチェだ。

 慌ただしくも見えるが、明日は勤務地が変わりながらも一応は振替え休日扱いらしい。

 

「再来週にまた来ます」

「なんで?」

「誕生祭の警護?」

「ふーん」

 

 反応が薄いのは今更なのだろうか。

 戻った時は嬉しそうにしていた手前、微妙な気持ちにもなってしまう。

 

「では、殿下。数日間ありがとうございました」

「うん。またね、ジン、ありがとう」

 

 キリヤナギはまだ謹慎中で、リビングまでだ。王宮の入り口まで付き添ってくれるセオも、どこか表情が柔らかく見える。

 

「殿下、元気になったし、助かった。ありがとう」

「そんな変わった?」

「僕が強く叱っても大丈夫なぐらいには?」

「へぇー」

「まだ、復帰して一年経ってないからね」

 

 キリヤナギが復帰したのは、去年の秋だと言う。数年かかる可能性も聞かされていたが、まわりの後押しでここまでこれたのだ。

 

「どこで無理してるのがわからないから過保護みたいになっちゃうんだけど、それも良くないし、匙加減が難しいよ」

「嫌って言ってたし、大丈夫じゃね?」

「それもそうかな」

 

 小さく笑うセオに、ジンは懐かしい気持ちになりつつ、王宮を後にした。

 

 迎えた月曜日は晴天で心地よい春の気候が、オウカ国のオウカ町を包んでいる。キリヤナギもまた数日ぶりの街に気持ちも晴れやかになり、登校していた。

 一限と二限でヴァルサスと合流し、昼に屋内テラスへと向かったキリヤナギは、そこにいるアレックスとククリールへ驚きを隠せない。

 

「なんでいるの?」

「ここが定位置なのでは?」

「え、人があんまりこないから気楽だなって……、ククは?」

「私も騒がしいのは好きではないので、使わせてもらう事にしました」

「ご、強引……」

 

 少しだけ嬉しそうなキリヤナギに、ヴァルサスは困惑していた。

 皆がお昼を広げ憩いの時間を楽しんでいる中で、アレックスが改めて口を開く。

 

「王子は、選挙戦はどうするつもりなんだ」

「選挙戦?」

「生徒会の選挙だよ。役員を選ぶやつ」

「投票するんだっけ? よくわかってなくて」

「投票じゃない」

「え?」

「立候補しないのか?」

 

 何を言われたかわからなかった。アレックスに会誌のようなものを渡されて確認すると、そこには各役職の立候補者の名前と共に、生徒からの推薦枠としてキリヤナギの名前が乗っている。

 

「え……、僕、何もしてないよ?」

「人の派閥を解体した奴が何を言っている」

「えっえっ」

「流れたのよ。アレックスは嫌だけど王子ならいいいって事でしょう」

「その通りだ。私の思想に賛成するものは少なからずともいたが、一般層の大半は、シルフィ・ハイドランジア公爵令嬢の保守派支持層で、ほぼ選択肢がなかった。でも貴様が我々を解体したことで、また別の考えをもっているのと言う期待によりここに名前が上がっている」

「ま、全くわかんない……」

「どんな学院にしたいかっていうのないのか?」

「え、うーん、今が好きかなぁ。ヴァルも話しかけてくれたし」

「こいつは一般ではあるが……」

「とりあえず、立候補しないならそういわねぇと、また目をつけられるぜ?」

 

 うーんと考えながら会誌を読むと、シルフィの一人勝ちがほぼ確定であると言う記事と隅にその思想が書かれていた。「平等である学院の伝統を守り抜く」と書かれていて安心もする。

 

「こんな所におられたのですね、王子」

 

 テラスの入り口へ数名の生徒と共に現れた彼女へに、キリヤナギは言葉に詰まる。そしてヴァルサスに声をかけられた時の言葉を思い出して全てが繋がる。

 ヴァルサスは彼女の事を、生徒会長候補と話していたのだ。

 

「シルフィ……」

「ご機嫌よう。復帰されてよかったです」

 

 数人の生徒達と現れたシルフィ・ハイドランジアは、4人の話を聞いていたように楽しそうに笑っている。

 

「選挙のお話をされていたようですが、王子は立候補されるのですか?」

「え、そんなつもりは……」

「それにしては、とても素敵なお友達を作られていますね」

 

 気がつくとこの学園に通う公爵家の全てがそろっていることに、ヴァルサスは思わず尻込みする。

 西の領地を収める、『王の力』、【読心】を与えられしマグノリア。

 北西の領地を納める、『王の力』、【細胞促進】を与えられる、ハイドランジア。

 そして、北東の緩衝地帯を収める。『王の力』、【身体強化】を預けられた、カレンデュラだ。

 

 全員キリヤナギにとっては顔見知りだが、ヴァルサスからすれば全員がほぼ対立している為に、壮観だとすら思う。

 

「私は自分の言った事を果たしているだけだ」

「あら、アレックス。貴方が辞退してとても残念です。てっきり王子派として再編成するものと」

「こいつにそんな気ねぇって……」

「興味もってるかも怪しいですね」

「そ、そんな事ないし!」

 

 否定したらシルフィが詰め寄ってくる。何も考えておらず、期待されても困ってしまう。

 

「まって、ぼ、僕、立候補しないよ。シルフィの考えいいなって思ってるし……」

「そうでしたか。ならせめて私の派閥へ参加しませんか?」

「え”っ!」

「支持してくださるのなら、同じ事だと思うのですが……」

 

 アレックスと同じことを言われキリヤナギは困惑しかできない。シルフィはそんな様子にニコニコと表情を崩さずこちらに応じている。

 

「アレックスが辞退したなら、アンタの一人勝ちじゃない。なんでわざわざ王子を誘うのかしら?」

 

 後ろからのククリールの言葉に皆が顔を上げる。会誌をみれば、確かに一人勝ちは間違いないし、争われるのは他の書紀や広報などの役員達だとされている。

 

「これは過去の選挙のお話ですが、少なからず学生達の間で自身の意見に合う立候補者が居ない場合。この推薦枠の彼らに票が行くことがしばしばあるそうです」

「そんなことあるの?」

「推薦枠はデバイスの学生用のアプリから、立候補してほしい候補者を全生徒から募るものだ。名前がある時点でほぼ支持を得ているに等しい」

「一人勝ちであるのはそうですが、この平等である学院において、立候補者よりも無効票が多くなってしまった場合。やり直しは避けられない」

「……」

「支持してくださるなら、私が生徒会長になるために王子のお力添えをいただけませんか?」

 

 断る理由がなくてキリヤナギは何も返せなくなってしまった。どうにもならない空気感の中、1人雑誌を読んでいたククリールがぼやく。

 

「ふーん、ハイドランジア公爵令嬢様は王子を大変お慕いしておられるのね」 

「我がハイドランジアは、現国王の王妃たるヒイラギを排出し、代々で王子の婚約者候補となる名家です。よってこの学生生活を通して王子と更に親交を深める事ができればとお声をかけさせて頂いた次第ですわ」

「えっえっ??」

「あら、立派なお家ですこと」

「王子の将来が、貴方だけと言うわけではありませんのよ、カレンデュラ公爵令嬢」

 

 振り返ればククリールはシルフィと火花を散らしていて入り込めない空気となっていた。シルフィの婚約者候補であると言う宣言に、とても事実を飲み込めない。

 

「し、シルフィは僕の従姉弟だよ……?」

「ええ、私は王妃ヒイラギの兄、クロガネの娘です。御心配なくもたとえ従姉弟でも将来を約束した実績はございますから安心して下さい」

「ぼ、僕はまだそこまで考えてなくて……」

 

 首を振るキリヤナギを3人はじっと睨んでいる。シルフィはずっと笑顔で、キリヤナギはすぐ結論を出すことができなかった。

 彼女が帰って、残された3人はテーブルへ項垂れるキリヤナギの言葉を待っている。

 

「どうするんだよ……」

「わかんない……」

「シルフィが話した事は本当だ。本来なら二つ以上の派閥で争う選挙で、私の派閥が解体されたからな。本来私に入るはずのものが、王子にながれても不思議ではない」

「なんで解体したの……」

「誰のせいだ!!」

「でも確かに、何も知らなかったらそりゃ王子にいれるわ俺も」

「えぇなんで……」

「こいつの悪業なかなか酷かったし、俺だけじゃなくてみんな迷惑してた上、『王の力』のせいで、誰も逆らえなかったからな」

「じゃあヴァルの言ってた後ろ盾っていうのも?」

「おう、こいつから距離とりたかったんだ。でもまさか力を取り上げるとこまでは想像してなかったし、やっぱり王子なんだな」

「うん。あんまり見せちゃダメだけど、ヴァルが困ってそうだったから……」

「王子が味方につけば『王の力』で迷惑を被ることはないと判断した層がいるということか……」

「そう言うことだろ、ハイドランジアが本気出すわけだぜ」

 

 うーんと悩むキリヤナギは、ふとククリールをみた。彼女は「話しかけるな」と言う雰囲気を出し再び雑誌を見ている。

 シルフィが入れてくれた学院選挙アプリを開くと確かに会誌と同じく、生徒会長の推薦枠にキリヤナギの名前があった。簡単なコメント欄もあって、「王子だから」とか「一般の英雄だから」などが書かれている。

 

「なんで悩むんだよ。立候補しないんだろ?」

「うーん、まだ勇気が出ないけど、みんなの『理想』が一人歩きするのもやだなって」

「理想?」

「これみたら、みんな僕のこと『王子』とか『英雄』って書いてるけど、そんなんじゃないし……」

「俺からしたら、よくやってると思うけど」

「ヴァル……」

「姫もアレックスも、俺ら一般じゃどうしようもなかったし? 会長やってくれるなら、余裕で推せるわ」

「ほんと?」

「俺ら一般の味方してくれるんだろ?」

 

 味方と言えるのか、キリヤナギは断言はできなかった。ククリールに注意したのも貴族であるからで、ヴァルサスを助けたのも感情論でしかないからだ。

 

「行動に伴ってでた結果が、一般の味方であったことは確かに間違いはない。しかしそれは、ハイドランジア嬢の派閥とほぼ同じ考えでもある。立候補する意味はない」

「でもそれだと、やり直しの可能性あるってことだよね?」

「そうだな」

「別にそれはどうでもよくね?」

「一般生徒からみればそうだが、生徒会からみればスケジュールがずれ込んで地獄になることは避けられない。王子の勧誘はそう言う生徒会結成後の都合もあるのだろうな」

「僕、去年半分休学してて、秋もあんまり登校できてなかったから、どんな運営だったか知らないんだよね」

「見かけなかったのはそのせいか……」

「どんな感じだった?」

 

 アレックスは去年、生徒会の役員として参加し、学園の風紀委員として学園の治安維持に努めていたらしい。シルフィもまた書記委員であったことを聞かされた。

 

「現体勢は、シルフィ・ハイドランジアの兄、ツバサ・ハイドランジアが作り上げたに等しい」

「ツバサ兄さん……」

「あのめちゃくちゃ怖い生徒会長だろ。あいつのせいで、コイツが好き勝手やってたんだよ」

「貴方、本当に何も考えておられないのね」

「あ”?」

 

 ククリールが話してくれたとキリヤナギは、少し嬉しかった。

 ツバサ・ハイドランジアは、シルフィの兄にあたり同じくキリヤナギの従兄弟だ。

 年齢的にはおそらく4回生だろう。

 

「ツバサ兄さんってそんなに怖い?」

「従兄弟なのにしらねぇの……?」

「あの会長は、貴様のような一般が大嫌いだからな」

「僕は尊敬してるかな? 頭良くて僕じゃ何も相手にならなくて」

「確かに、かつてないほど有能な会長だと私も評価している、だが甘すぎるとも思っていた」

「はー??」

 

 ヴァルサスの反応にククリールはため息をついていた。

 一通り話をきいたキリヤナギは、徐々にこの学園の秩序の話が見えてきているらしく、頷きながらか聞いている。

 

「僕、生徒会に必要かな?」

「それはどう言う意味だ?」

「シルフィのこと、それなりに知ってるんだよね」

 

 アレックスは少し考えた。

 王子の言葉は、単純に自分の意思を他者に投げているものではない。

 この学園のことを知らず、以前の体制から鑑みてサポートは必要かと聞いているものだ。

 ツバサとシルフィ、2人の兄弟で維持された体制からシルフィが1人になる事で、皆に不安があるか?と聞いている。

 

「いらねぇんじゃね……取り巻きめっちゃ居たじゃん」

「必要だと思う。私は不安しかない」

「ククは?」

「不安ですね。あの方、思想がブレブレですから」

「姫……」

 

 なるほどと王子はしばらく考えていた。誰もが王子の言葉を注視する中で、彼はぼやくように述べる。

 

「ツバサ兄さんの代わりになれるかわかんないけど……」

「あいつの後継?? 完璧してくれよ……」

「その考えは良くないとは思うが……」

「あら、王子殿下はそんな半端な意志で立候補されるのかしら?」

「ううん。そうじゃなくて……シルフィの思想は、多分一般のヴァルと貴族の先輩がうまく仲良くできるようにって体制じゃないかなって思ってて、僕も生徒会でその努力ができれば、多分悪い方向には行かないかなって」

「なるほど、それは悪くはない。逆もしかりだろう。お互いに努力ができるのなら立候補する価値はある」

「結局でんの……」

「うん。ヴァルが困ってたみたいに、そう言う生徒多いなら助けたいかな」

「私はそちらに偏りすぎるのもどうかとは思うが……」

「いい提案ができるかはわからないけど、その時は先輩に意見もらうよ」

「勘弁してくれよ……」

 

 ククリールはまるで何も聞こえないように雑誌を読んでいた。彼女はそもそも選挙などに興味は無さそうにも見える。

 

「なら立候補だな、この支持率なら会長が妥当だが….」

「えーっと……、先輩、立候補ってどうやるの?」

 

 3人はしばらく固まっていた。

 アレックスに、丁寧に流れを聞いたキリヤナギは、少し緊張しながらもその日の放課後に立候補書類を選挙本部へ提出する。

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