第二十七話:変わらぬ心

 

 『マジか? 王子これんの?』
「うん、でもちょっと道が混んでて、時間稼ぎできないかな?」
『できるかわかんねーけど……』

 後部座席からヴァルサスへと音声通信を繋いだキリヤナギは、学院へ向かっていると言う旨と、所定の時間には恐らく間に合わ無いと言うことを伝えた。
 出来るだけ最短で向かおうと自動車を走らせているが、祭典を楽しんだ後、桜花学院の文化祭へ足を運ぼうとする一般客の移動と重なった事で、スムーズに進めない状況に陥っている。

『おそらく順番を後に回してもらえれば間に合うだろう。私が打診する』
「先輩。ありがとう」
『安全に来い。急いで何があっては元も事ないからな』

 通信を切り、ヴァルサスはグループ通信でアステガとジーマンへと連絡をいれた。 
 2人の了承を得て、大急ぎでステージへ向かうと、そこは既に出し物が始まっていて2人は裏方へと駆け込む。  

「ハイドランジア嬢」
「あら、アレックスにアゼリアさん。ご機嫌よう」

 シルフィは、裏方でステージを利用する学生の誘導を担っていた。彼女はキリヤナギ事情を聞いて納得してくれるが、少しだけ難色を示す。

「バンドサークルの順番は毎年期待度の高いサークルから後ろへ配置されるのですが……」
「それがどうした?」
「文化祭の締めとして、ステージを最大限に盛り上げる事はできますか?」
「それは……」
「盛り上がらなければ、参加はするなと言いたいのか?」
「いえ、最後ではなく後ろから二番目が妥協して頂けないかと、ステージイベントは文化祭の最後のコンテンツでもありますから……」
「そんなん、やってみねぇとわかんねぇじゃん!」
「ですから、二番目でどうか……」

「盛り上げる」

 後ろから新しく響いた声に、三人は一気に視線を取られた。ギターを肩から下げるアステガは、赤髪の男ジーマン・スターチスに頭を抱えられながら続ける。

「無謀だろうとそれであいつが間に合うなら通す道理が俺にはある。やってやる」
「できるできないではなく、『やってやる』ですか……」

 シルフィは返答に困っていた。譲る気配の無いアステガと睨みあっていた時、後ろから小さく笑う声が聞こえる。

「なるほど、すごい自信だね」
「シロツキ教授……」

 騒がしくなった裏方へ様子を見にきたタカオミ・シロツキは、困り顔のシルフィと『bouquet』の彼らを見て続けた。

「僕は構わないけど、ここは生徒会じゃなく、バンドサークルへ直接交渉した方がいい。その方が後腐れないんじゃないか?」
「確かに……」
「その最後のバンドサークルは?」
「バンド名『wolf』。リーダーはたしか、ルーカス・ダリア君だったかな」

 アレックスとヴァルサスが絶句して、アステガとジーマンが呆然としている。

「俺ちょっとぶんどってくるわ」
「強引な方法はお控え下さい。アゼリアさん!」
「落ち着け、ヴァルサス!」

 しかし皆は、ルーカスがどこに居るか誰も知らなかった。
 そんなルーカス・ダリアはずっと学院の入り口に待機していて、現れた彼女に笑みをこぼす。

「ルーカス……」
「ご機嫌よう。ククリール姫」

 ククリールは、そもそも文化祭には興味がなく欠席するつもりだったが、今年は王子とヴァルサスが熱心に練習をしていて興味が湧いてしまった。
 ルーカスからは、夕方からの社交ダンスにしつこく誘われていて、つい先日メッセージアプリはブロックしたのに、しぶといとすら思ってしまう。

「いつから待ってたの?」
「貴方がいつ来るかわからなかったので、朝から……!」
「もの好きね」

 無視しても良いぐらいだが、ここまでしつこいと一周回って興味が湧いてしまう。

「どうして、私にこだわるの?」
「大好きだからです!」
「怖いわ。近寄らないで」

 蔑むようにみても、ルーカスはとても嬉しそうで何故か身の危険も感じる。彼はククリールに言われた通り一定の距離を保ったまま続けた。

「このあと、私のバンドサークル『wolf』が、この華々しい文化祭でエンディングを飾るのです。是非見ていただきたい」
「ふーん」

 そもそもバンドをしていたのをククリールは知らなかった。調べようと通信デバイスをみると、メッセージがそれなりにきていて、先に目を通してゆく。
 ルーカスはそんなククリールは気にもせず続けた。

「私のバンドサークルは、私の高等部時代より発足し、動画サイトからコツコツ再生数を稼いで今に至ります。マイナーではありますが、知る人ぞ知ると言うところまではなんとか……」
「見てあげてもいいわよ」
「なっ!」

 突然のククリールの言葉に、ルーカスはフリーズしていた。彼女は少し頬を染めながら続ける。

「代わりに、『bouquet』へエンディングを譲ってくれないかしら?」

 不敵に笑う彼女の表情に、ルーカスの眼鏡は割れた。

@

「え、最後なの? 本当??」
『おう、だからゆっくり来い』

 ようやく渋滞を抜けたキリヤナギは、車内で私服に着替えながら学院へと急いでいた。ジンも間も無く学院へつき、無事合流ができそうな手筈になっている。

「まって、エンディングは毎年かなり人気あるルーカス先輩のバンドで……」
『そのルーカスがいいって言ったんだよ』
「ほんとに??」
『マジだって』
「プレッシャーすごい……」
『それはどうにかしろ、衣装はどうする? 俺の着るか?』
「着替える時間あるかな? 一応ジンが動いてくれてて……あと15分ぐらいで着くとは思う」
『それならなんとかなるか、更衣室並んどくし、ついたら走れよ』
「わかった」

 通信を着ると、セシルが軽く笑ってくれていた。彼もまた信号に引っかからないよう。中道へ入りながら急いでくれる。

「様々な方が協力してくれています。殿下も是非楽しんで下さい」
「うん、頑張ってくる!」

 その後自動車はスムーズに進み大学の前へとたどり着く。必要な荷物を確認していたら、セスナの運転でジンも現れ、キリヤナギは衣装を受け取って会場へと急いだ。
 そんな王子の背中を見送る騎士達は、自動車をパーキングまで移動させ、彼らも文化祭へと参加してゆく。

「王子、まだか?」
「ごめん、ちょっと難しい服で……」

 5分ほどかけて出てきたキリヤナギは、普段とは真逆の雰囲気でヴァルサスは別人に見えてしまった。
 
「ヴァル?」
「ぼ、ぼーっとすんな。急げよ、そろそろルーカスの演奏始まるぜ」
「わ、わかった! ありがとう!」

 ベースを受け取り、キリヤナギは更衣室を走って出てゆく。ようやく辿り着いたステージの裏だが、走ってきて酷く息切れしていた。

「ごめん、お待たせ……」
「大丈夫か?」
「王子、間に合ったのか、すげぇ」
「ありがとうございます」

 水を渡されて飲むとまるで生き返るようだった。ステージはまるで歌うようにギターが弾かれ、ものすごい勢いで会場が盛り上がっている。

「ぼ、ぼくあんな風に弾けない……」
「俺も」(アステガ君
「ベースの演奏じゃないぜ?」(ジーマン君
「ルーカスはなかなかにやり手だな……」

 ルーカスは、観客のアンコールにも応えオリジナル曲まで披露していた。そしてその全てをククリールに捧げることと、これからも静かにファンを続けるとも語られていて、何処が静かなのか理解できず言葉がない。

「『bouquet』のみなさん。『wolf』の退場が確認できましたら、上がって下さい」

 いよいよだと、キリヤナギは身を引き締めた。そして空いたステージへと4人は慎重に上がってゆく。

 そこは開けた場所だった。
 生徒達が座る観客席の周りには、数台のカメラが周り、制服の騎士達も拍手をして4人を迎える。
 キリヤナギはその空間に、誕生祭の演説を思い出して一気に体が緊張した。硬直してゆく体に息が出来なくなるが、アステガが弾いたギター音に我へと帰る。
 そして響き始めた1人の笑い声に、何故かその緊張が解けうれしくなった。

 直後。ジーマンのドラムスティックの音へに合わせ、大音量で演奏が始まる。ずっと何度も練習を重ね、音は体で覚えていた。リズムをとる拍手と、全体に響くボーカルにつられるように、どんどん楽しくなって体も動く。
 そんな嬉しそうな王子を、セオが自身のデバイスのカメラで録画し、ジンも写真を撮ってカナトへと送信する。グランジもステージ上を見上げ、セシルとセスナも警護をしながら見守っていた。

「王子やるじゃん」

 観客席の隅で隠れるように見ていたククリールは、後ろから簡易椅子を持ってきてくれたヴァルサスと合流する。彼女は礼も言わずそこへ座り、スポットライトが輝くステージをずっと凝視していた。

「振り回されて大変ね、アゼリアさんは」
「別にやる気はなかったし、俺の本命は『タチバナ』さ」
「ふーん?」
「姫は王子とのデート、どうだったんだよ?」
「なんで話さないといけないんですか?」
「あんな嫌いだった王子と付き合うなんて、びっくりしただけだよ」
「……嫌い、そうね。嫌いだったけど、それは私の感情じゃなかったの」
「? どういう?」
「アゼリアさんには、多分一生分からないんでしょうけどね」
「なら、わかるように話せよ。納得いかないぜ?」
「私も結局、『親』の言いなりだったってだけ……」
「ぁーそう言う。ならしょうがないんじゃね、貴族だし」
「……そんなんだから言いたくなかったの! でも……無意識に言いなりだった私と、正直に反抗した王子は違うから……」
「難しく考えんなって、姫の悪いとこだぜ」
「は? 何がわかるの!」
「わかんねぇよ。でも、自分の気持ちに嘘ついてないなら、それでいいんじゃね」
「……!」
「あいつはその全部を受け入れてくれるんだろ」

 その通りだ。王子は今までククリールを拒否したことはない。言葉の全てを受け入れ許してくれていたからだ。
 ステージ上の曲はクライマックスで、みな手を叩いて沸いている。王子もマイクはないが一緒に歌い、アレックスは必死に弾いていてとても楽しそうだった。
 そして曲が終わり観客が湧いて拍手が起こる。
 たった一曲を全力で引き切った4名に、ククリールも思わず釣られて笑みをこぼしていた。

 そんな文化祭のステージイベントが終了してゆき、日もくれ、学院は赤い電灯で淡く彩られてゆく。
 広場に音楽が流されカップル達はダンスしたり、雑談したりと生徒や来訪者の皆は思い思いの時間を過ごしていた。
 キリヤナギは、アステガとジーマンと別れ、アレックスと共にステージの上から見かけたククリールとヴァルサスを探す。

「クク帰っちゃったかな……」
「ダンスの約束はしてないのか?」
「その日の気分で決めるって言われて……」
「相変わらずだな」

 メッセージにも返事がなく、既読のみがついていて不安になる。

「探しに行っていい?」
「構わないが……」

 アレックスと話していると、広場の脇からヴァルサスが入ってくる。彼は片手を振って出店の食べ物を買ってきてくれていた。

「王子、アレックス。お疲れ! ライブ良かったぜ」
「ヴァル! ありがとう!」
「ククリール嬢はどうした? 一緒にいたのは見えたが」
「姫なら、ちょっと1人で落ち着きたいって行って正門の方にいるぜ。ライブが煩くて疲れたんだと」
「そっか、そっとしといた方がいいかな?」
「むしろ、待ってんじゃね?」
「迎えに来いと言う意味だな」

 思わず言葉に迷ってしまう。いいのだろうかと悩んだが、帰る前に顔を見ておきたいとも思っていたからだ。

「僕、いってくる」
「おう行ってこい」

 2人に送り出され、キリヤナギは一度正門へと向かう。後夜祭会場とは違い、明かりが必要最低限にされた正門側は、帰宅する生徒や来場客はまばらに歩き、静かな空気で満たされていた。
 そんな入り口のモニュメントのベンチで、1人星を見上げながら寛ぐ彼女がいる。
 見つけた男子生徒に声をかけられ、帰るなら送るとか、ダンスに誘われる彼女は、「まだ帰る気はない」、「そんな気分ではない」と断っていた。
 キリヤナギは脇の自販機で暖かい飲み物を買い、彼女が再び1人になったタイミングで歩を進める。

「クク……」

 声をかけると彼女は少し驚いて見上げていた。いつも先に声をかけられた為、新鮮に思う。

「雰囲気が違って分からなかった……。お疲れ様」
「ククも、来てくれてありがとう」

 飲み物を渡すと、彼女は何故か顔を顰めてしまう。

「ココアは太るんだけど……」
「え”っ」
「でもありがとう。好きだから……」

 受け取ってくれたが、申し訳なさも感じてしまった。ククリールはそんな反省した様子のキリヤナギに何故か笑ってくれる。 
 キリヤナギはそんな彼女の前に跪いて、手を差し出した。

「よかったら、僕と、踊って頂けませんか……?」
「貴方、沢山お誘い来てるはずなのに私なんかでいいの?」
「え?? きてないよ?」

 ククリールはデバイスの画面をちらつかせてくる。言われて確認すると学院用アプリのコミュニティ欄に、膨大なメッセージが来ている事に気づいた。いつの間にか文化祭の項目が新設されていて、ダンスの招待も大量にきていて驚く。

「デフォルトで募集中になるのだけど、貴方の項目いつまでも変わらないし……」
「こ、これ、いつから?」
「1週間前?」

 催事で頭がいっぱいで見ることすらしていなかった。止めようと床へ正座してしまった王子に、ククリールはデバイスを取り上げて代わりに設定してくれる。

「ありがとう」
「本当機械音痴ね……」
「僕、まだまだ操作わかってなくて……」
「……誰にするかは、決めてるの?」
「え、クク……」
「私は、そんな資格ないって思ってるんだけど……」

 また目を合わせてくれず、思わず立ち上がって横へと座った。この会話は対等でなければできないと思ったからだ。

「貴方の好意に応える事は、私の全てを貴方に甘える事になってしまう。そんなのフェアじゃないもの……」
「僕は、いつもククに甘えてたけどね……」
「……」
「どうしたらいいかわからないときに、自分で考えろって教えてくれたのはククだよ」
「貴方に嫌われて、家の言いなりになりたくなかっただけ……、アゼリアさんに言われて、自分が言った矛盾に気づいて反省したの……『友達』を知らない貴方に『友達』と言う言葉を使って傷つけた私は、貴方に歪んだ『友達』を教えてしまったから……」
「今は?」

 ククリールはようやく顔を上げてくれた。キリヤナギは笑っていて、思わず呆然と見てしまう。

「今はもう友達だよね」
「……えぇ」
「僕といるの、辛い?」
「いいえ。貴方と一緒にいる事は、私の攻めてもの罪滅ぼしだと思ってた。だけど、貴方は優しくて……居心地が良くて……、アゼリアさんもアレックスも、こんな自分の事ばかりだった私をまるで当たり前みたいに受け入れてくれて、こんなの罪滅ぼしでもなんでもないって……でもこれ以上、何をすればいいか……」
「よかった」
「……!」

 キリヤナギは先に立ち上がり、手を差し出してくれた。まだこちらは何も納得していないのにずるいとすら思ってしまう。

「ヴァルも先輩も待ってる。行こう」

 彼女は何と言わず手を取ってくれた。
 2人で会場へ戻ると、ヴァルサスとアレックスが出店の料理を食べていて安心する。彼らの元へ行く前に、キリヤナギはもう一度彼女へと口を開いた。

「ククリール嬢。どうか私と共に一曲……」

 まるで走馬灯のように誕生日が呼び起こされてククリールは、また目を合わせられなくなってしまった。
 後悔と優越感、両方を得たあの夜会はククリールにとって忘れられず、またキリヤナギにとっても鮮明に記憶へ焼き付いている。
 穏やかに返答を待つ彼は、たとえ断っても動じない。本来なら傷ついても良いはずなのに、彼はもうそれがククリールにとっての『自然体』だと知っているからだ。
 あの時の後悔を上書きできるだろうかとククリールは小さく深呼吸して口を開く。

「私で……、よろしければ……」

 頬を染めた彼女は、人が減りつつある場所でキリヤナギの誘いに応じてくれた。
 バンドの衣装のままのキリヤナギと私服でカジュアルなククリールは、周りの生徒に溶け込んでいて、目を離すと見失ってしまいそうになる。
 アレックスとヴァルサスは、いつの間にが戻ってきた2人へ安心して、無言でそれを眺めていた。

「姫も素直になりゃいいのになぁ……」
「なれないのが我々貴族だ。政治に関わる者として一度言葉にしたことの責任は取らなければならない。それは権力という一つの特権を与えられた私達の制約でもある」
「制約?」
「発言の不明瞭さが罷り通れば、私達は民より信頼を得られず倒されるだけだからだ」
「そう言うもんなのか?」
「なら武器を振り翳して脅し、言う事を聞かせていた人間が、ある日突然武器を無くしたとしたらお前はどうする?」
「そりゃボコすだろ。鬱憤たまってるだろし」
「そう言う事だ」

 アレックスもまた、王子に守られている。貴族としてその在り方を示すため、この大学の治安維持の為にと思い起こした行動は、派閥外の人々には圧政にも映り、味方が消えた時点でどうなってもおかしくはないと思っていた。
 最悪、卒業まで嫌がらせを受ける覚悟だたが、王子はこちらの意思確認をした後、察したように受け入れてくれた。
 王子の傘下へはいることで彼の残す功績の手助けをしていると、向けられる目は真逆のものへなっている。

「私もまた自身の責任を取らなければならない。マグノリアを継いだ後もきっとそれは同じだ」
「気が遠くなるぜ」
「は、貴様といると時々羨ましいと思ってしまう。私も堕ちたものだ」
「は? なんで」
「独り言だ。私はもう割り切ってはいるが、ククリール嬢は……」

 ヴァルサスの話をきいたアレックスは、彼女の境遇は誰よりも複雑であるとククリールを思う。
 家が王族へ偏見があり、その偏った意見を刷り込まれた彼女は、おそらく『復讐』の道具として送り込まれた可能性もあるからだ。他ならぬ彼女自身は、言いなりになっていた自分に反省しているようだが、そこから起こしてしまった行動に対して王子へどう償うか模索しているのだろうと思う。

「さっさと付き合えば解決じゃね?」
「そんな関係を誰が祝福するんだ?」
「……!」
「そう言うことだ」

 王子と言う言葉が、ヴァルサスの中によぎり彼は再び楽しそう踊る2人を見た。学生なら、おそらくそれは許されるのだ。ここで付き合っていても、将来が約束されたとは誰も思わない。
 若い頃のお遊びであると言うなら誰にでもある事だからだ。しかし、それが将来になればどうだろう。王族を嫌う公爵家。心のない言葉をかける人間を、果たして周りは受け入れるのかと言われれば、思わず言葉に迷ってしまう。

「なんも言えねぇや」
「私もできる事は見守るぐらいだ」

 話している間に曲が終わって行く。キリヤナギとククリール2人は足を止め、文化祭の閉会の放送へ耳を傾けていた。
 徐々に片付けが始まって行く場所で、キリヤナギはククリールの手を離さず、もう一度跪く。

「カレンデュラ嬢。どうかこの僕とお付き合いして頂けませんか?」

 ククリールの心を最大限に汲み取った言葉だと、彼女は少し驚いていた。
 罪悪感を得ているままでは、婚約は無理と判断したのだろうと思う。
 その通りだと、ククリールは寂しくも納得してしまった。婚約はできない、が、確かに彼女にはなれるからだ。
 将来を約束せず、今は寄り添いたいと願うその言葉は『今』には確かに正しい。

「今日も、とても嬉しかった。でもその言葉にも私は応える事はできません」
「……そっか」
「貴方は、私の為に計り知れない努力をしてくれたのに、私はいつのまにか取り残されてしまった。だから、私にも貴方に相応しくなる努力をさせて欲しい。その時にもう一度」
「……わかった。ありがとう」

 脇には、ガーデンチェアで寛ぐヴァルサスとアレックスがいる。ククリールは、ヴァルサスに送ってもらうこととなり、夜も更けて行く町へ消えていった。
 アレックスもまたセスナの運転で執事と帰ってゆき、キリヤナギもその日は生徒会の片付けを少し手伝った後、セシルの運転で帰宅する。

 2度目の告白で振られ、後から込み上げてきたショックでベットへ突っ込んでしまったキリヤナギを、セオは夕食の配膳をしながら心配そうに見つめる。

「僕の何がダメなんだろう……」
「もうそれは殿下の問題ではないのでは……」

 「相応しくない」と言われたと聞いたセオは、キリヤナギに同情しながらも、改めてカレンデュラの令嬢であることも納得する。
 冷え切っているカレンデュラ家と王族の関係性は、シダレ王とククリールの父、クリストファー・カレンデュラとの間にあると聞いている。
 「王の力」の貸与の後より深まった溝は、貴族達の間でも有名であり、七つの公爵家の間でも唯一距離を置かれている家でもあったからだ。
 しかし、家の問題が出てきた時点でそれは既に『当人の問題は解決した』と言う意味にもなり、ここからは2人の努力だろうと思う。

「あとは、カレンデュラ嬢の行動次第であると私は思います。これからも大切にして差し上げればいいでしょう」
「うん……」

 今晩の夕食は、昼間に味がしなかった料理の数々で自室で食べると驚くほど味が良くて感動した。今なら感想を沢山言えそうで、作ってくれた彼らに手紙を出そうと言葉をメモをする。

「今夜会やってるんだっけ? 顔出さなくて良いかな?」
「むしろ今日は控えられた方がよろしいかと、本日はシダレ陛下のご友人の方々が勢揃いです。ヒイラギ王妃殿下もクロガネ閣下へ積もる話もございますから……」
「そっか、じゃあのんびりしてよ」

 1人になっても余韻が冷めず、もう一度ベースを弾きたいなぁと考えていると、食器の片付けに入ったセオが何かに気づいたように顔を上げる。

「よろしければ、事務所にこられますか?」
「事務所?」
「先程夜勤の騎士との交代したので、恐らく皆様が戻っておられるかと」

 親衛隊が全員揃っていると聞いてキリヤナギは嬉しそうにしていた。待機してくれているグランジと共に3人で事務所へと向かうと扉に入る前から既に騒ぎ声が聞こえてきて、入り口の衛兵も困惑している。
 セオがノックしようしたのを静止して、キリヤナギがこっそりの覗くと、まるで体育大会のように、皆がモニターに釘付けになっていた。

「話題のバンド『wolf』じゃないか! ここの大学だったんだなぁ!」
「リュウド君しってんの?」
「実はカバーしてた時代からちょくちょくみてて、年齢近いから興味あったんだよ」
「流石リュウド君、今時の世代の流行に詳しいですね」
「と言うか、殿下はまだですか? プログラムだと五番目ぐらいだったのに……」
「ヒナギクさん。殿下遅れたので……」
「後に回してもらったと聞きました。トリなので次ですよー!」
「はは、映像でみるとやはり全然違うね」

 皆、入り口に背を向けていてこちらに気づかず思わず照れてしまう。セオは入場シーンで拍手をする皆に紛れ、キリヤナギを隠しながら中へ入った。

「うおー! すげー! この曲しってる!」
「リュウド君もですか? 私もしってます!」
「ラグは意外とビジュアル系聞くんですね」
「よく弾けてますよね」
「うん、沢山練習されていたからね」
「かっこいいです殿下ー!!」
「ヒナギクさん、そろそろ消灯時間ですから落ち着いて!!」

 皆が曲に合わせ乗って行く事務所で、後ろで見ていたセオが吹き出した。その笑い声に数名が振り向いて声をかけてくれる。

「セオさん、お疲れ様です。殿下は休まれましたか?」
「ちょっと待ってくださいね。今サビでかっこいいとこなので……」

 ヒナギクの感想に堪えていると、こちられ歩いてきたジンと目があってはっとした。

「殿下、お疲れ様です」
「ジン……」
「殿下??」

 バレてしまった。
 以前よりも驚かれずほっとして、キリヤナギもセオの撮影した映像を鑑賞する。
 弾いていた時は気づかなかったが、まだまだ荒削りで『wolf』の演奏には敵わない。しかし、ステージで全力で弾いた楽しさは忘れられず、映像によりその時の気持ちが呼び起こされた。

「初バンドどうでした?」
「すごく楽しかった!」
「『bouquet』ってすごくいいバンド名ですよねー。夢はメジャーデビューですか?」
「そ、それはしない……と思う」

 少しだけ想像しているキリヤナギを、セスナは微笑ましく思っていた。
 そんな、夜も老けて行く王宮は、未だ夜会が開かれシダレ王は数名の公爵達と盃を交わす。

「懐かしいな……エドワード」
「数ヶ月前に会ったばかりですが、陛下」
「はは、王子がベースに興味を持って演奏していてな。つい当時を思い出してしまった」
「キリヤナギ殿下がベースを? それは確かに懐かしいですね」

 エドワード・マグノリア公爵は、王の向かいのソファへ深く腰掛け、同じく酒を煽る。
 またその隣で礼儀正しく座るダニエル・クランリリーも楽しそうに笑っていた。
 この三名は、数十年前に王立桜花大学へ通った同級生でもあったからだ。

「ダニエル。あの時は本当に助けられた……クリストファーにも……」
「クリスは、やはり来ていないのですね……」
「あぁ、王子の誕生祭にも令嬢1人しか寄越してくれてなかった」
「それは流石に無礼ではと……、カレンデュラは難しい土地ではありますが、あくまで預けられている身としてはとても……」
「ローレンス。すまない、私はどうしても割り切れんのだ。あの時の私が意志を取り戻せたのは、クリスの手助けがあってこそのもの、だからこそあの地を任せたが……」
「お気持ちはお察しします。しかしここ数年は……」
「ジギリタスの問題はよく理解している。未だうまく結論が出せずにいるのは悪いな」
「カレンデュラと言えば、キリヤナギ殿下はカレンデュラ令嬢に強く思い入れておられるようですが」
「あぁ、でも私はもうこれ以上の干渉はしたくはない。心配がつきないが、これがクリスとの対話のきっかけにできるだろうかと期待もしている。私は親としては失格だ……」
「クリスは、確かに残念ではありますが、もう数年がリミットかと……、ある程度はやむおえないとは言え、もう何人もの工作員の進入を許し、殿下にまで触れられたのは由々しき自体です」
「手厳しいのは変わらないな、エドワード」
「ご冗談を、これは真面目な話です」

 エドワード・マグノリア。
 ダニエル・クランリリー。
 ローレンス・ローズマリー。
 そして、クリストファー・カレンデュラ。
 談話室にいる5名は、王が王子であった頃の話題に花を咲かせ、時に哀愁が漂い、時に笑顔がこぼれる。

「ウィスタリア閣下も遠慮せずこちらへ来られたら如何か?」
「わ、私どもは、騎士上がりであるために、とても……、サフィニア閣下もご遠慮されていると言うのに」
「む、ロバートが恋しいか? 呼んでこよう」
「へ、陛下! そんなつもりでは……」
「はは、確かに今期の公爵は、騎士上がりがサフィニア閣下とウィスタリア閣下しかおりませんから、心細くなりますね」
「クランリリー閣下……」
「畏まらなくていい、公爵といえど、かつて騎士がこの国の領土を納めていた。また東側は、外国と隣接する土地でも有る。戦慣れしていない我々よりも貴殿らのが頼りになるだろう、ただ……」
「きょ、恐縮です」
「ロバートを連れてきたぞ」
「ご、ごごこぎけよう、皆様がた」
「シダレ陛下は、多少迂闊な面が目立つので、発言に気をつけた方がいい」
「申し訳ない。サフィニア閣下」

 ロバート・サフィニアは、恐縮して呂律が回らず会話に苦労していた。
 そんな王を囲う貴族達の同窓会で、1人別室にいる男がいる。王妃と共に寛ぐ彼は、兄で同じ髪色と目をもっていた。

「クロガネ兄さん。私はあの子を守りきれるかしら……」
「……ヒイラギ?」

 うなづいたヒイラギに、兄のクロガネは返す言葉が浮かばなかった。こうして王宮に足を運ぶ度に、クロガネは彼女の悲痛な感情をきいているからだ。

「シダレ陛下と大切にしたい気持ちは同じなのに、もう何度も何度も傷つけて、危険な目にもあって、あの子の平穏がどこに有るのかわからない」
「……そうか。だがもう王子は大人だ。母親は心配だけしていればいい」
「……でも誰よりも失いたくないと思ってしまうの。受け入れられなくて……」
「理不尽に失われる事はあってはならない。何かあればすぐハイドランジアへもどるといい」
「国が、どうなるか……」
「我が家族はお前だ。ヒイラギ、そして、それは王子も……」
「あの子は、若きシダレ王にそっくりよ。私を許してくれるかしら……」
「親の心は子知らず。いまは許されずとも、いつかは理解はされるものだ」
「そうね……ありがとう。兄さん……」

 そうして王宮の夜は更けてゆく。キリヤナギも休み、次の日は休校日だが片付けのために王子は大学へと足を運んだ。屋台の解体や、飾りの撤去を手伝ってるとステージの周辺にシロツキがいて、彼もまた業者と打ち合わせをしている。

「ごきげんよう。殿下」
「教授。演目の調整ありがとうございました。お陰で間に合って……」
「それはルーカス君かな。彼が譲ってくれたんだ」
「だけど教授も、僕らが後で揉めないように提案して頂いたって聞いたのでとても助かりました」
「学生同士で、お互いに譲り合うことは大切だ。私はルーカス君と君達の間で何があったのかは知らないが、穏便に済んだなら幸いだよ」

 彼はキリヤナギにとっての教員に過ぎないが、そんな彼は自分だけでなく学生同士の関係の関わり方を示してくれるなら、それは人との繋がりにおいても尊敬ができると思っていた。

「そういえば、『タチバナ』の意味は見つかったかい?」
「はい! でも、今度ヴァルとまた書類の提出に行くのでその時に」
「わかった。楽しみにしてるよ」

 シロツキは笑顔で現場へと戻っていった。キリヤナギは片付け作業の休憩時間に、ルーカスの連絡先を調べて、通信をとばす。
 派閥のチラシに書かれていた番号へ数回コール鳴らすと、彼ははっきりした声ででてくれた。

『ごきげんよう! 打倒、王子軍総括のルーカス・ダリアだ!! 新規参入希望者だろうか?』
「あの、キリヤナギ・オウカです」
『切る』
「まってまってまって! ルーカス先輩!! 順番ありがとうございました!! 助かりました!!」
『ふん、別に王子の為ではない。我が愛しきククリール姫の意向へそっただけだ』
「え、クク?」
『我々『wolf』は、ククリール姫に思いを伝えるためにバンドを組んでいるに過ぎない。よって順番にこだわりなどなかったからな。聞いてもらえるとした時点で、目的は達成された』
「そうでしたか。僕、バンド初めてで最後なんて良いのかなって思ったけど、おかげでステージに立てました」
『遅れているとは聞いていたが、理由だけは聞いてやろう』
「シダレ陛下の催事と重なっていて、本来なら参加できなかったんです。でも皆が協力してくれて間に合いました』
『……そうか、バンドは楽しいだろう』
「はい! ルーカス先輩の演奏、かっこよかったです。騎士のみんなも知ってて、改めて聞いたらすごく良いなって」
『ん”なっ……。そ、そうか、まぁ年数が違うからな。王子の演奏は、まだまだ初心者じみていたが、初めてにしては悪くなかった、ぞ?』
「本当ですか。ありがとうございます」
『ともかく、私はククリール姫に言われただけだ。私は過剰に嫌われているが』
「先輩?」
『王子があの方を幸せにできるなら、それに賭けてもいい。任せた』
「……はい」

 ルーカスは通信を切り、キリヤナギは救われた想いだった。キリヤナギは立て続けにククリールへも通信を飛ばすと、彼女もまた少しだけ照れたような声色で出てくれて、ほっとする。

『別に、知らなくてもよかったのに……』
「いろんな人に助けて貰って参加できたステージだったから、ククにも言わせてほしくて」
『……』
「ありがとう」

 彼女は「また学校で」といって切ってしまった。少し寂しかったが、彼女らしいとも思い、何故か納得もしていた。

「よ、来たか。王子」

 休日が明けて正門で待ち伏せしていたヴァルサスは、現れたキリヤナギに立ち塞がり、横へと並んでくる。

「『タチバナ』は?」
「一応まとまった……よ?」
「お? マジか」
「うん。だから、シロツキ教授のとこいくの付き合って」
「いいぜ!」

 納得してもらえるだろうかと、キリヤナギは不安が隠せなかった。しかし王宮に残されている様々な歴史的遺産と「タチバナ」の書物をみていると、そこで一つの結論へ辿り着いたのだ。
 2限終わり、お昼を終えた後。キリヤナギはククリールとアレックスとも合流し、再び研究棟へと足を運ぶ。
 シロツキもまた昼休憩をしていて、彼は机から離れて応じてくれた。

「では、聞かせてくれるかな」

 皆がキリヤナギをみて少し緊張する。しかし言葉はもうあるために後は話すだけだ。

「『王の力』を生み出した。王族の『責任』だと、思います」
「責任?」

 キリヤナギは鞄から纏めた資料を取り出し、確認しながら続けた。

「かねてより『王の力』は、外国からも畏怖される強力なもので、貸与された貴族達はまず占領した不安定な土地を納める為、力による支配を行い、それに反発して生まれたのが『タチバナ』だと……」
「続けて」
「本来なら戦うしかないところで、当時の偉い人? 王子と『タチバナ』のリーダーは、多分戦いたくはなかった。2人は、犠牲を払わない為に2人だけで戦って、王子が勝った。でも、王子は、『タチバナ』と友達である事と、このままで彼らが苦しむのをよしとはしなかった。そこで、裏切った彼らを従属させる事でその罪を償わせ、かつ自身の「王の力」の「抑止力」としてそばに置いた」
「抑止力?」
「王族は「王の力」を使う事がそもそも出来ないので、貸与はできても制御はできない。でも『タチバナ』にはそれを行うことができる」
「なるほど」
「強すぎる力を自分で制御するため、また自分の目の届かないところでの暴走を防ぐため、当時の王子は彼らに従属を望んだ。これをまとめるなら、『タチバナ』は「王の力」を生み出した王族の罪そのもので、『責任』となる」
「それはすでに、『タチバナ』が王族の一部であるとも取れますね。政治的な意味ならそれは癒着ともとれますが……」
「癒着?」
「『タチバナ』が貴族になれば、『王族』、7公爵、「タチバナ」で癒着が起こり、それでこそ民が苦しむのではと言う意味だ」

 アレックスの言動にキリヤナギは表情を変えず考えている。その姿勢をシロツキを楽しそうに観察し、返答を待った。

「起こらないと思う」
「何故だ?」
「そうなったら多分また誰かが『タチバナ』を作る」
「根拠は?」
「『タチバナ』の根源は、東国の武道で、もし癒着があっても同じことが起こる。元は東国人の人達を、今の東国人達が見捨てるとは思えないし、無駄に血が流れることは今更しないと思う」

 少し自信が無さそうな言葉は、事実からなる確かな根拠だった。過去に起こった内乱の反省が『タチバナ』としてあり、彼らがそこにありつづける事で、権力の暴走を防いでいるなら、それは確かな「抑止力」として意味を成す。

「てっきり新しい意味を考えるのだと思っていたら、歴史的根拠をもってこられるとは、流石に脱帽だよ」
「へ?」
「うちの研究室に来ない?」
「え”っ、ぼ、僕、歴史は苦手で……」
「それは冗談かい??」

 半ば混乱しかけているとヴァルサスに背中を叩かれ落ち着いた。
 キリヤナギの纏めたリング式ノートのページはそれなりに長く、シロツキは興味深くノートを読み、渡されたデータ資料までも凝視する。
 ククリールも巻き込み、辞書を取り出して解読すら始めた彼に、キリヤナギとヴァルサスとアレックスは立ち尽くしていた。

「あ、あの、シロツキ教授。こ、顧問は?」

 ハッと我に帰った彼は、一度辞書を閉じて咳払いをした。

「す、すまない。是非、という以前に大変光栄だ。これほどまで貴重な資料に出会えるとは、僕も学ばせてもらう立場になるかもしれない」
「歴史サークルじゃないっすよ??」
「そうだった! 悪いね。武道の方だったか」
「はい! ありがとうございます! 教授」
「大丈夫なのか??」

 シロツキはその場で顧問の書類をかいてくれて、皆一応は安堵する。
 書類さえあれば、あとは教員と運営部とのやりとりで済むことから、この場で受理されたことになり『タチバナ軍』のサークルが発足した。

「シロツキ教授! 早速なんすけど、定期的に体育館借りてもいいっすか?」
「そうだね。第二体育館の半分が空いているみたいだから、ここの部室と一緒に申請しておくよ」
「? 運動部がこんなにあるのに空いているのですか?」
「僕も去年この大学にきたばかりで、何故かは知らないんだけどね。今週中には申請しておくので、来週には使えると思う」

 シロツキは隙があればデータ資料を必死に書き写している。キリヤナギは仕方なくそのデータ資料をシロツキのデバイスへ転送した。

「ところで、この資料はどこにあったんだい?」
「タチバナの本家です」
「よかったら、ご紹介して頂けませんか……?」
「え”」
「姫と同じこと言ってんぞ、この教授」
「本当に大丈夫か??」
「わ、私を巻き込まないでよ!!」

 気がつけば再び資料を読み込んでいたククリールがいて、キリヤナギは安心していた。なかなか端末を返してくれないシロツキにヴァルサスは痺れを切らし、また来るという条件をつけて4人はテラスへと戻る。
 早速、人を集めるためのチラシを考えるヴァルサスにキリヤナギも心が躍る気持ちになる。

「体育館、空いてたのよかった」
「私は不思議でならないんだが……」
「なんでだよ」

 アレックスは再びサークル一覧の資料を取り出して、それを三人で見せてくれた。
運動部らしき名前があるサークルは、細かいものを合わせれば20近くあるのに、実際に体育館を使っているサークルは、5つのみだからだ。

 第一体育館が一番広く、第二、第三体育館が隣接して存在する。一つの体育館で二つのサークルが使えるなら、全て埋まっているのが当たり前だからだ。

「あのさぁ……」
「ヴァルサス、気づいたか……」
「え、何?」
「まだわからないの? 鈍いわね」

 ククリールに突っ込まれさらに首を傾げてしまう。アレックスが見に行くことを提案し、4人は放課後。第二体育館へと足を伸ばした。
 そこは見覚えがあり、キリヤナギもなるほどと感心する。

「訓練で使った体育館!」
「そうだ、でもそれだけじゃないぞ?」
「え??」

 促されるように中へと入り、そこを除いた時に気づいた。体育館の半分。そこではスポーツではなく模造刀をもって訓練している学生達がいる。
 また動きが特殊で、姿が見えなくなったりしている者もおり、キリヤナギはようやく気づいた。

「見学の連絡は来ていないぞ? 王子」

 凛とした声に、キリヤナギが思わず身を震わせた。首にタオルを下ろす金髪の彼は、青のジャージを羽織っている。

「ここは僕が立ち上げた武道サークル。「王の力」の練習場だ。お前がいたら皆の気が散る。帰れ」
「ツバサ兄さん……」

 ツバサ・ハイドランジアは、手に大量の飲料をもち皆に配るつもりだったのだろう。汗だくの彼はつい先ほどまで、動いていたのがわかる。

「ハイドランジア卿は、「王の力」を返却したのでは?」
「そうだ。だが「王の力」など結局は飾り、『タチバナ』は無能力に弱いんだろう? ならいっそ、ない方が都合がいいと思ったんだが、どうだ? 王子」

 挑発的なツバサの言動に、ヴァルサスもククリールも苦い顔をみせている。しかし、キリヤナギは何故か呆然としていて何故か嬉しそうにしていた。

「ツバサ兄さん。それ本当??」
「な、なんだ、王子」
「だってそれ、僕のこと意識してるって事だよね?」
「は???」

 みじろいだツバサに、キリヤナギはさらに嬉しそうに目を輝かせていた。

「僕、今まで兄さんにそんな風にみてもらったことなくて、すごい嬉しい!!」
「なん……馬鹿が! そう言う意味では……」
「だって、ライバルだよね! 負けたから、今度は勝つみたいな」
「大会で負けたのはまぐれだと証明したいだけだ!!」

 どこかで見たことある光景で、アレックスとヴァルサスはもはや何もいえず見ていた。ククリールも問い詰められるツバサを同情しながらみている。

「兄さん。僕、『タチバナ軍』のサークルを立ち上げたんだ」
「ほう、それは朗報だな」
「ここの体育館の半分を使う事にしてて、これで、いつでも遊べるね」
「なるほど、まぁ王子ならいいか」
「何か根回しをしてたんじゃないだろうな……」
「僕はしらないな。唯、ここに来た生徒どもに「王の力」で巻き添えが来る可能性があるので『他でやれ』と相談しただけだが?」

 3人が言葉を失ってフリーズしてしまう。おそらく【服従】によって命令され、彼らは逆らえなかったのだ。

「それでわかってもらえたんだ?」
「【身体強化】などは、扱いに慣れていなければ、周辺に危害が及ぶ可能性がある。皆話がわかるので助かっていた。王子ならば、そのような事案がおきても後がやりやすい」
「そうかも、むしろそれをなんとかするのが『タチバナ』だし」
「僕はそんな武道に『王の力』が負けるわけがないと思っている。試せるのなら好都合だ」
「負けないね」
「こちらのセリフだ」

 完全に言いくるめられている王子に、三人は本当に何も言えなかった。その日も皆が学院から帰ってゆき、キリヤナギは今日も1人、テラスで過ごす。
 練習が必要なくなった為、今日はベースを王宮へ置いてきてしまい、『タチバナ』の意味も見つかったことから手持ち無沙汰になってしまった。
 一回生の頃は、授業が終われば本当に退屈でカナトの自宅ばかり通っていたのに、今はもう数週間に一度ぐらいしか顔を見せなくなっている。
 寂しいなと思いながらも、彼はメッセージを送れば当然のように返してくれていくらでも話を聞いてくれていた。

「久しぶりに、何もされていませんね」

 顔を上げるとシズルがいる。この数週間も何度か一緒に帰って、時々会うのが当たり前になった彼は、もう隠れる事もしなくなっていた。

「生徒会の方は?」
「反省会? それは明日になんだ」
「そうでしたか」
「今回は僕、殆どお仕事なかったし、当日もほぼいなかったから何を話せばいいかわからないけど……」
「ご謙遜されず、飾り付けや備品の整備など、見えない部分で頑張っておられましたよ」
「ありがとう。そう言われたら嬉しいかな……」

 あまり意識して居なかったことで、評価されるのはとても新鮮だった。シズルは何も言わず、自販機で飲み物を買いキリヤナギにも必要か聞いてくれる。

「なんかシズル。ジンに似てきた」
「え”っ、そうですか? 無礼なら……」
「ううん。僕は、そっちがいい」

 シズルは横に座ってくれた。本来なら王子が横にいて休憩などありえない。護衛対象のそばにいてこそ騎士は仕事をすべきだからだ。

「タチバナ卿は、貴方の前で仕事をされないのですね」
「ジン? ジンは中間じゃないかな……。でも、僕が居ない時の方が仕事してそう」
「はは、流石ご存じで……」

 ジンならそうだろうと言う確信があった。彼はキリヤナギの前では飄々とつかみどころのない言動が多いが、同僚の騎士を前にした時、それは「騎士」として、確固たるものを持っている。

「こんな事を殿下に言うべきではないのだと思うのですが……」
「シズル?」
「私は、ここが、とても嫌です」

 何のことだろうと首を傾げた時、キリヤナギは少しだけ察した。
 ジンの事を話し、騎士であることを述べた後の「ここ」。それは多分彼の「隊」の話だ。

「皆、殿下に忠義を誓い。貴方へ何かできればと考えるのは同じです。でも『貴方の周り』には真逆の感情をもっている」
「……」
「殿下の愛するストレリチア隊だけでなく『タチバナ』。実力など関係がないのに、ただ殿下が気に入っただけの人たちを、自分達の方が優秀としながら信じて疑わずこき下ろす『ここ』が私は……」
「シズル……」
「……」
「いつもありがとう。皆、仲間だよ」

 キリヤナギは笑っていた。辛そうな表情を一切見せないのは、きっとわかっているのだ。
 シズルはここ数ヶ月で、キリヤナギとの親交を深めた事で、失った信頼を取り戻すきっかけであると過度に期待されるようになってしまった。
 これを続け、いずれは隊そのものの罪が許され、当たり前に護衛を任せられる日々こそ理想だとされているが、他ならぬシズル自身は、キリヤナギに寄り添えば寄り添うほどに「タチバナ」との信頼の差を思い知らされていた。
 王子がそう在りたいと言う理想を目指し、意図に添いながら寄り添う彼らは、外から見れば油断の塊でしかなく、ことが起きればどうなるかわからないと皆は口を揃える。
 しかし自分達は、かつてそうあったことで失敗したのだ。意図などしらず、ただ目標の為に遂行した仕事は、確かに讃えられはしたが、はかりしれない遺恨をのこした。

「僕はシズルは嫌いじゃないよ」
「……ありがとうございます」

 王子はきっともう全てを許しているのだ。だからシズルとも話し、当たり前に関わりそこに壁はない。
 だが、許す事と信頼は別物なのだと彼は理解をしてしまった。たとえ許していても、それ以上になることはおそらくあり得ず、「騎士」である限りそれは揺るがない。

「恥ずかしいお話をしてしまいました。どうかお許しを」
「騎士は『そう言うもの』かなって思ってるから……シズルも抱え込まないで」

 何も弁解もできず、ため息すらも落ちてしまう。この感想が王子の騎士に対する全てだと脳裏に焼き付け、飲み物を一気に飲み干した。だが、思いの外量が多くむせこんでしまう。

「だ、大丈夫?!」
「お”ぎつかい、なく……」

 気を遣われるなど情け無い。
 結局、ポイント稼ぎの道具にされているのが恥ずかしく、目を合わせることもできなくなった。

「すみません。では今日は、持ち場に戻ります。間も無く、タチバナ卿か、シャープブルーム卿が……」
「え、一緒に帰らないの?」
「え……」
「忙しい?」
「え、いえ、そうでは……」
「なんで?」
「少し恥ずかしくなってしまいました。自分自身に……」
「ぇ……」

 言葉を失って驚いているキリヤナギにシズルは意表をつかれた。まるでショックを受けたような表情に、考えていたことが吹っ飛んでしまう。

「な、何か無礼なことを」
「ううん、ごめん。僕、シズルが褒めてもらえるならって思ってずっと付き合ってた……」
「へ……」
「騎士で新人ってきいたから、僕と仲良くなれば、きっとみんなから信頼されてやりやすいのかなって、本当に純粋な気持ちだったとは思ってなかった。ごめんなさい……」

 唐突な謝罪に、シズルは何もいえなくなってしまった。あまりにも先をゆく王子の言葉に、意表をつかれどれ程まで繊細なのだろうとすら思う。
 そしてまた王子の言う通りに事が運んでいた事実が悔しくて堪らなくなる。

「ごめん。ずっと一線を弾いてたのは僕だった。僕の大切な人達を嫌いにならないでくれて、ありがとう」
「謝らないでください。殿下」
「……!」
「そんな野心、私も持った事がないなんていえません。だから……」
「そっか、ならお互い様だね……」

 許されたのだろうかとシズルは泣きそうな気持ちを必死に堪えていた。王子は取り乱したシズルの背中を摩り、彼が落ち着くまで側にいた。
 何時ごろ帰ろうかと、ふとデバイスを見た時、ヴァルサスから「忘れてた」と言うメッセージと共に、メイドカフェの写真が大量に送られてきて驚いた。
 かなり際どいものもあり、シズルが明後日の方向へ目を逸らす。

「し、シズル。こ、これは違って……」
「殿下、大丈夫です! 私は何も見てません!」
「誤解ー!!」

 ヴァルサスからは、「部屋は暑いぐらいだったらしい」と追記されていた。結局誤解も解けないまま、ジンと共に自動車で帰路へとつく。
 シズルと別れた後も、キリヤナギは目を離さずずっと外を見ていた。
 運転をするセシルはそんなキリヤナギを気にも留めず、助手席のジンもまた時計で時間を確認している。

「殿下、今日聞いてもらうって言ってましたけど、どうでした?」
「え……」

 ジンからの唐突な疑問にキリヤナギは、一瞬、なんのことか分からなかった。少し考えて「タチバナ」の話だと気づき思わず答えそうになるが、

「ジンには教えない」
「え”っ」
「どっちでもいいんでしょ??」
「それは……」
「はは、無関心の災いだね」
「隊長……」

 彼が一体どんな日々を送ってきたのか、キリヤナギは知らない。しかし、彼はどんな時もキリヤナギの味方で在り、それが揺らいだことはなかった。
 意味などあってもなくてもそれは同じだと思うと、キリヤナギもまた必要ないと思ったからだ。

「どうしたら教えてくれます?」
「教えなーい」

 態度を崩さないキリヤナギに、ジンは1人、助手席で肩をおとしていた。
 

 

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