第二十八話:忠義と裏切りの騎士

 春の終わり、人々が夏の装いをしてゆく中で桜花の騎士達も皆、軽装となった騎士服へ身を包み、暖かくなる季節の変わり目を実感していた。
 誰もがネクタイを緩め、常時水分補給が推奨され始めた騎士棟では、王宮に仕える騎士達が生活し、出勤しては訓練や仕事へ向かってゆく。
 その日もまた出勤してきたセシル・ストレリチアも午後から事務作業へと向かうところではあったが、彼はその日。エントランスで都市を眺めるクラーク・ミレットと顔を合わせる。

「ご機嫌よう。ストレリチア卿」
「ご機嫌よう、閣下」

 横にいるセスナ・ベルガモットと共に頭を下げたセシル・ストレリチアに、クラーク・ミレットは満足そうな笑みを見せた。

「対策案は見たぞ。まぁ、妥協案だが思い切ったな……」
「? ……それは」
「アカツキは、何も言わんだろうが、『アレ』は、忌み子だぞ」

 嘲笑うように話すクラークに、セシルは何も答えられなかった。
 そんなかつての上官との会話の後、セシルは、執務室へ現れた彼へ辞令の書類を手渡す。

「え、このまま王宮にですか?」
「うん。引き続き殿下の護衛をお願いしたくてね」

 セシルから突然口にされた言葉にジン・タチバナは、どう答えを返せばいいか分からなかった。
 騎士学校を出て約2年。成績は上の中ぐらいで、それなりに優秀だとされていたのに、まるで左遷のように外国へ回されたジンは、このタイミングで初めて王宮での勤務を命じられたからだ。

「どこかの隊になるんですか?」
「一応、私の隊の嘱託として扱わせてもらうよ。訓練もこちらでやろう、事務系は殿下のところでツバキ殿とやるといい」

 「遠い」と、ジンがはじめに浮かんだ感想はこれだった。
 宮廷騎士の駐屯地となる騎士棟は、王宮の敷地内にあるが、広い演習場を挟んで建てられているため、隅から隅まで移動しなければならない。
 しかも王宮も広く、騎士棟と王子の居室はもっとも離れた位置にあり、王宮内に入ってからも距離がある。

「嫌だった?」
「い、いえ、そんなことは、ないんですけど……」
「騎士学校で苦労したとは聞いたよ。強いるようで悪いね」
「……」

 セシルの言葉に意表をつかれ、ジンはしばらく呆然としてしまう。顔に出ていた事はそうなのだろうが「それ」がわかってくれているなら、返答は合わせた方がいいと判断した。

「騎士学校での事、俺は『苦労』とも思ってないです。俺がやりたかった事なので」
「はは、そうか。でも、私が言いたいのはそっちじゃない」
「そっち?」
「私は、君こそが誰よりも殿下の忠臣であったと思っているよ」
「……」

 セシルは、久しぶりに顔を合わせた時のジンの返答が忘れられずにいた。
 春に起こったカレンデュラ嬢の誘拐事件にて、王子の抜け出しがあらわになった時、彼は「王子が1人で行く方がリスクが高い」と返答したのだ。
 抜け出しが報告されないことで落ち着いたと判断し、周りの騎士はどうしていたとも言及はされたが、ジンだけは王子がそんな警告に従わないと理解し、グランジと共に動いた。
 「騎士としての仕事のやりやすさ」よりも、「キリヤナギの在り方」を優先する姿勢は、まごうとなき忠臣として相応しく本来の護衛騎士にあるべき形ともいえる。だがそれを「国の未来」と天秤にかけた時、彼は周りから否定され続けることになってしまった。

「俺一応、『タチバナ』なんで、こっちかなって」
「なるほど、それが君の在り方か。見習うよ」

 ジンがポカンとしていて、セシルは新鮮さを得ていた。普段、感情を顔に出さない彼が、こちらの想定外の言葉に戸惑っていて首すらも傾げている。
 この反応は、ある日突然シダレ王に褒められた王子にも似ていて、セシルは思わず笑いが込み上げた。

「よくわかったよ。一応王宮での特殊親衛隊は、朝の訓練も任意だから殿下が登校した後とかの空き時間に来るといい。グランジもそうだしね」

 ジンの表情が何故か安堵に変わり、セシルは訓練が嫌いなのだろうかと思ったが、彼の悩み事は、案外根深くは無さそうだと安心もしていた。
 その後セシルは近々考えられている作戦についてジンへ伝え、ローズマリーでの『王の力』回収作戦について話す。
 
「話していいんですか?」
「ある程度はね、話しすぎると不安になられるだろうからそこの采配は任せるよ」

 ジンは少し考えながら了承し、その日はセシルの執務室を後にした。

@

 セシルに見送られ執務室をでると、廊下で見覚えのある彼と鉢合わせする。ばったりと鉢合わせた青の騎士服を羽織るセスナ・ベルガモットは、ジンを見ると楽しそうに駆け寄ってくれた。

「ジンさーん。こんにちはー」
「セスナさん。どうも」
「ストレリチア隊に来てくれるんですよね! よろしくお願いします」
「嘱託ですけど……よろしくお願いします」
「隊長に用事ですか? 僕、隊長をお昼に呼びに来たんですけど、ご一緒されます?」
「え”っ、いや、いいです。俺、ここよく知らないんで……」
「そういえばそうでしたね。緊張されるなら、無理なさらずに、ではまた後日にでも」
「は、はい。また」

 彼はそう言って、セシルの執務室へ消えてゆく。以前心を読まれてしまった事に不甲斐なさを得るが、【読心】の所持者に自分の心が好意的に受け取られたのは初めてだった。
 ありとあらゆる事柄においてキリヤナギを優先するその姿勢は、納得はされながらも「国」の裏切り、また王子の非行へ協力しているとも取られ、ジンは諦めを通り越して呆れすらも抱いていた。
 ジンは「国」が大切なら、それでいいと思っている。守りたいなら守ればいいと、そう思うなら実行すればいいと思うが、彼らはそんなジンに対し譲歩する事は決してなかった。
 「騎士」ならば、「国」を守るべきであり、「王子の護衛」はその上に成り立つものであると説く彼らは、「国」を意識するあまり、「王子」を蔑ろにしている事に気づかない。
 これを理解した時、ジンは「裏切りタチバナ」の本質を理解し、全てを受け入れ強くなると言う覚悟を得た。
 忠臣たる「タチバナ」は「国」に仕えず、他ならぬ「オウカ家」へ仕える為、強さを得て立場を得ているのだと、他が右に出れば仕える事すら許されぬ立場だと思えば、確かにこれは一つの修羅の道だと理解した。
 父はその道に何度も挫折し、悩み。立場を得た現在もその葛藤を抱えて生きている。
 騎士長でありながら親衛隊を下された時の父は、かつてないほどに挫折し、ジンにもう「タチバナ」はやるべきでないとすら話した。
 本来ならそこで終わりだったのだろう。呪縛は消え、解放される筈だった未来は「キリヤナギを守りたい」と願ったジンにより閉ざされ、引き継がれる事になった。
 そんなジンは「王子」よりも「キリヤナギ」が好きだったのだ。
 活発で、見えるもの全てに興味を持つ彼は、誰よりも正義感に溢れ人を救う事に躊躇いがない。
 誰も見捨てず、敵になった人々すらも救おうとするキリヤナギは、1人にすればどうなるか分からないと思い、自分が守るべきであるという意思を得た。
 そうあって欲しいと願う自分自身が、そう在る主君を守って何が悪いとすら思うと、【読心】を持つ彼らは、皆、ジンの元を離れ、また王子の元からも離れた。
 セスナにもまたそれを思い、同じ結果であろうと警戒すらしていたのに、彼の態度は今まで出会った騎士達とは真逆の対応で戸惑ってしまう。

 うーんと悩みながら、売店へと向かっていると突然後ろから肩を抱かれた。

「ジンじゃねーか! 久しぶりじゃん!」

 褐色な肌が印象的な彼に、ジンは驚いた。騎士学校以来の彼は、肩を組んできてがたいのいい体をを押し付けてくる。

「カロンさん……」
「来るなら連絡ぐらいいれろよ。相変わらずつれねぇなぁ」

 カロン・ユズリハ。
 彼は、ジンの騎士学校時代の数少ない理解者だった。他の騎士候補生の中で「タチバナ」とされ、距離を置かれていたジンへ興味本意で関わり一方的に友達と認識されている男でもある。

「なんでこのタイミングで……」
「たまたまみかけちゃ悪いか? 食堂いこうぜ食堂」
「いいっすよ。人多いし……」
「いいっていったな。行くぜ」
「違っ……」

 カロンは力が強く、ジンは一方的に引きずられてしまう。サー・マントを引っ張られる状況では悪目立ちする為に、ジンは仕方なく横へと並んだ。

「誕生祭でやらかしたってマジ?」
「何で知ってんすか……」
「『タチバナ』君がやらかすなんて珍しいじゃん。理由聞いて欲しいだろ?」
「別に気にしてないんですけど……」
「相変わらず硬派だねぇ、友達少ねえわけだわ」
「友達……」
「欲しいならなるぜ?」
「……いいっす」
「そう言うとこがほっとけねぇんだよなぁ」

 ジンはこのカロンと、未だにどう付き合えば良いか分かってはいない。そもそも自然体でいなければ友達になっても苦しいものだし「友達が欲しいならなる」と言う言葉に気遣いを感じてしまうからだ。
 カロンは、ジンのそんな考えを聞いた時、何故か感心をして尚更しつこく絡むようになった。

「リアスには会ったかい?」
「会ってないです。すぐ帰るつもりだったし」
「あいつ、構う相手いなくて寂しがってたぜ。相手してやれよ」
「嫌ですよ。カロンさんよりあいつの方が面倒……」
「遠回しに俺まで貶すなよ!」

 ジンはカロンと絡む時、自分はどんな時も自然体で居ると話した。気を使わないと、関わるなら好きにしていいとも話し、今もそのままに絡んでいる。
 彼は時々辛辣なことを言うジンへ文句を言うが絡む事を止めようとはしなかった。

「そんな事いいながら、俺の事嫌いじゃないんだろ?」
「俺、嫌いって思う人そんな居ないし……」
「そんな居ないって、一応はいるのか?」
「一応?」
「誰だよ」
「ジギリタス人?」
「何だお前、戦争にでも行ったのか??」
「嫌いな奴言えって言ったじゃないすか……」

 嫌いと言う感情がわからない訳ではない。しかしキリヤナギを見ていたジンは、彼に国民は宝だと過去に何度も聞いていたからだ。
 同じ国に暮らす人々は、日々オウカを作り生きている。彼らがいなければ自分達は成り立たず生かされていると言う。だから、ジンもそれに倣い、国民はどんな人々であっても受け入れたいと思っていた。
 そんな気持ちをどう言語化するか考えていると、目の前に立つ銀髪の男がいる。彼はメガネをかけてじっとこちらを凝視し、訝しげに眺めていた。
 ジンはそんな彼を見て、息が詰まり思わず足を止める。
 食券売り場に並んでいたリアスはわざわざ列を抜けて、まじまじとジンを眺めた。

「ジンさん。本物??」
「おう、本物だぜ、リアス」
「お久しぶりです!」

 挨拶を返す事すら面倒で、思わず頭を抱えてしまう。思わず身分証明まで求めてくる彼は、どうしてこうなんだろうとも思うほどしつこくて鬱陶しい。
 リアス・ボタンと言う彼は、カロンと同じくジンへ興味本位で絡みにくる奇人だった。

「アークヴィーチェに左遷って聞いてたのに、本部に復帰ですか?」
「左遷じゃねぇ! 配属! こっちにきたのは異動!」
「違ったのかよ。みんなそう言ってるからてっきり」
「なんでですか?」
「しらねぇ!」

 アークヴィーチェ行きになった理由も言えず、王宮に戻された理由も言うことができない。友達になったとしても、何も話す事のできないジンは、本当に友達の意味すらないのに、この2人は物好きだとは思う。
 奇人と合流したジンは、ため息をつきながらも食券を買い、久しぶりに騎士棟の食堂を利用する。ここの食堂は王宮で引退した料理人が時々来ることもあって味がいいと評判だが、常に人が多く、ジンは常時視線を感じて酷く居心地が悪い。

「特殊親衛隊? 王子の親衛隊だっけ? どんなとこなんだよ?」
「別に普通」
「使用人と兼任してるって、殿下のお戯れが多くて大変だと伺っていますが」
「俺の感想聞いてんじゃねぇの??」
「そうだな。ジンは普通なんだろ。殿下の方はどうなんだ?」
「殿下周りのことは言わないっす」
「なんで?」
「なんで赤の他人に人の生活バラされないといけないんすか?」
「そうだけどさ、去年病気してたんだろ。学生になったみたいだけどさ、本当に元気にしてんの?」

 病気ときいてジンは思わず手を止めた。リアスは情報を引き出すのを諦め、聞くことに専念している。病気の事実は非公開であり、騎士や使用人でも一部にしか知らされていない事実だが、秘匿義務にも限界があり、何ヶ月も部屋からでなければ誰でも気づいてしまう。
 特に王宮の場合。王子の自室は隔離されていることから、出入りしていれば必ず衛兵の目に入り、医師が出入りしていれば必ず気づく。

「誕生祭でてたし、元気なんじゃないっすか?」
「ドライだねぇ……」
「ジンさん。相変わらずですね。逆に安心します」

 どんな安心だと苛立ちすら覚えるが、口頭ではそう話しても、ジンはとても『治っている』とは言いがたいとも思っていた。
 特殊親衛隊として結成された8名は、騎士の業務と共にキリヤナギを早期に回復させる為、患ってしまったその病気がどのようなものか細かく指導をうけている。
 理解はされずらく、本人にしか辛さは分からない病気は、重度の鬱と適応障害だと診断されていた。
 全員はまず説明を聞き、自殺の可能性を視野に入れながら丁重に扱う事とされ、顔を見せたばかりの4名はまず距離を置き、顔見知りの4名から少しずつ関わってゆく対処がなされた。ジンはそんな状況でも月に数回しか顔を見せれなかったが、会うたびに改善してゆき、現在では大学にも復帰している。
 しかしジンからみれば、復帰した彼は「キリヤナギ」と言うよりも「王子」で、違うという認識を得ていた。周りから見れば、それは「正解」なのだろう。
 皆の望んだそうあるべき「王子」が復帰したなら「治癒した」と取られても当然だとすら思う。だが、かつてジンがそうあって欲しいと願った「キリヤナギ」はまだ居ない。戻って欲しいの願うのはジンの勝手な願いで、それだけが心残りだった。

「俺は親衛隊なのに、左遷されてたんで」
「自分で言ってんじゃん」
「でも確かに矛盾してますよね」

 騎士学校時代。キリヤナギの抜け出しにジンが加担していた事実は、宮廷騎士団の上層部にも周知の事実だった。騎士長のアカツキは、ジンが付いているのならと放任の構えではあったが、自身の責任を問われる当時の親衛隊は、かなり手を焼かされたのだろうと思う。ジンもまた時々訓練を休み、見つかっては反省部屋に入りもしたが、命令権のあるキリヤナギが主導であるとされる事で、退学や謹慎など重い処分はされることもなかった。
 そんな経緯から、ジンとキリヤナギを引き合わせることはおそらく危険だと判断され、アークヴィーチェになったのだろうと憶測する。

「ま、殿下元気ならいいわ。もう数年顔見てねぇし」
「そんな見てませんか?」
「ちょくちょく訓練にきてたのに、最近はからっきしだな。最後に来たのいつだ?」
「騎士免許?」
「あぁ、試験か。いやでもあの後もちょくちょくきてたから……」

 カロンの考察も、もはやどうでも良いとすら、ジンは思う。ジンは卒業と同時に王宮から飛ばされ、キリヤナギと距離をつけられたのは事実であって結果だからだ。その間に何がおこったかなど知らず、知らされる訳がない。しかし、そんな距離があってもわざわざ顔を見せ、助けを求めてきたのは、本当の意味で王宮に味方が居なかったのだと、今になって思ってしまう。

「じゃ、俺帰ります」
「早、もう食ったのか? もうちょい聞かせてくれよ。この話」
「この後、殿下迎えに行かないとなんで」
「使用人じゃん」
「お疲れ様です」

 温度差に呆れ、席を立とうとした時、ふと自分の横へ銀髪の長身の男が立ちはだかった。数名の仲間を連れているのは、ジンもよく覚えている貴族だ。

「よぉ、タチバナじゃねぇか、どの面さげて戻ってきた??」
「なんすか?」
「リカルド、お前こそ何しに来たんだよ」
「ユズリハ。今日はお前に用はないが、あえて言うなら、コイツを引き止めてくれて助かった」
「は??」

 リアスは、カロンの後ろに隠れて震えている。
 リカルド・シオンと言う彼は、宮廷騎士団。ツルバキア隊に所属する騎士の1人だ。

「名門騎士たる『タチバナ』を名乗っておきながら、あんな不祥事おこしてよくここに戻ってこれたな??」
「言いたい事あるなら聞きますよ。後5分ぐらい」
「五分か、なら一発殴らせてくれよ。ここにきた『新人』はそう言うルールなんでね」
「野蛮なルールっすね」

 直後。右腕の筋肉の膨張を確認し、ジンが体を翻す。腕のみに使用された【身体強化】は高速パンチを叩き込み。ジンの座っていた長椅子が砕け散った。
 ジンは即座に身体へ余裕を持たせ力を抜く。まだ目で追えると確信を得て、リカルドの次の攻撃に備えた。
 周りの騎士は、突然始まった乱闘に口笛が響き、「タチバナ」がいることにも驚きの声があがる。

「リカルド、お仕置きしてー!」
「タチバナに目にものみせてやれ!」

 カロンは舌打ちをしていた。騎士団のジンの扱いなどこんなもので味方などいない。
 そう思ったとき、リカルドの【身体強化】が足へかかり、ものすごい勢いで突っ込んでくる。
 直撃すれば、おそらく骨折は免れない。
 だが貴族階級たるリカルドが怪我をすれば、ジンはおそらく謹慎になる。貴族へ「王の力」を使わせる程、酷いことをした事になるからだ。しかし、ジンが怪我をしてもしばらく入院となり、キリヤナギの護衛の人数が減ってしまう。それはよくはないと思った。
 キリヤナギはもう騎士は誰も受け入れないと思えば、やはりジンが守るしかない。謹慎も入院もできないなら、「誰も怪我をしない方法で戦えば良い」。

 リカルドの突撃は、誰もが回避は間に合わないと歓声が響くが、ジンはまるで風に乗るように身体をずらし、避けた。
 そして真横へきたリカルドの手首を掴み、勢いを殺さないまま、床へと叩きつける。
 筋肉質の重い身体が床へと落とされた事でフロア全体へ振動が響く。ガラスの食器は揺れ、悲鳴すら上がった空間に静寂が訪れ、空気が凍りついた。
 カロンのみが口笛を吹き、リアスは未だに震えていた。しかしジンの振り返りざま、その一瞬で目の前に拳が迫っている事に気付く。間一髪で交わしたが、爪がこめかみを掠め、ジンは足を引っ掛けて倒した。
 「タチバナ」へ触れたことに、拍手が起こり、周りの皆がリカルドともう1人の救護へゆく。その間ジンは追い出されるように食堂から出された。
 リカルドについていたもう1人は、ジンの胸ぐらを掴んで吐き捨てる。

「せっかく来たんだろ?? 負けたなら武器庫の整理でもしていけ、新人らしくな??」

 ジンは、食堂に戻ってゆく騎士を見送った。カロンとリアスは遅れて出てきて、襟を直すジンを気遣ってくれる。

「アレの何処か負けなんだよ……」
「そう言うもんっすよ。ちょっと武器庫いってきます」
「はぁ? なんで?」
「負けたからやれって」
「王子の迎えは?」
「今日はグランジさんもいるんで、大丈夫です」
「俺もリアスも、この後仕事で手伝えねぇぞ!」
「俺の問題なんで」

 ジンはそう言って、デバイスを取り出し立ち去ってしまった。カロンはため息をつきながら見送り、リアスも何も言えなかった。

@

 グランジへ連絡をいれたジンは、一人武器庫へと向かい、乱雑にしまわれているそれを一人で整理していた。午後からは皆、任務や警備へ赴くが、ジンはキリヤナギの送り迎えとフロア警備が主であるために、作ろうと思えば時間はあるからだ。
 埃がまう薄暗い武器庫には、実際に任務で使う武器ではなく、訓練用の木製の武器達が大量に床へ放置されていて、呆れもする。
 一つ一つ丁寧に分類し、入り口のボードで個数を確認しながら整頓していると、終わる頃には陽が翳ってきていた。
 今日は持ち出しがなかったのか。数が揃っていると思ったとき、短剣を模した模造刀が一本足らず、首を傾げる。床にはもう何もなく、探しても見つからないことから、元々なかったのだろうとも思った。
 ジンは入り口の確認表へ正確に数を記載し、再びセシルの執務室へと足を運ぶ。

「武器庫?」
「はい、短剣の模造刀が一つ足りませんでした」
「それ以前に、何故ジンが整理をしてるんだい?」
「新人なのでやっておこうかと、今日はグランジさんが殿下の所に居たので」

 セシルがじっと睨んでくる。思わず尻込みをするジンへ、彼は続けた。

「昼間の食堂の騒ぎと関係あるのかな?」
「シオン卿に握手してもらっただけです。俺が敬意払って雑用を……」
「……そうか。握手にしては派手だったね」
「あの人がたいいいっすからね」
「……わかった。武器庫の件は確認してみよう。殺傷はできないが、鋭利な物でもある。報告ありがとう」

 ジンは一礼をして、その日はようやく王宮へと戻った。王子のフロアでは、セオが清掃を行い、ダイニングには数日分のお弁当の材料がおかれている。

「ジン、お疲れ様。呼び出されただけなのに、遅かったね」
「ただいま。散々だった……」
「何が作ろうか? 殿下もいま夕食だし」
「いいの?」
「グランジも僕もまだだからね」

 セオは背後の冷蔵庫から食材を取り出し、あらゆる調理器具を使って作業を始める。興味深くて思わず眺めていたら、フロアの入り口から、グランジとキリヤナギ戻ってきた。
 キリヤナギはひどく眠そうにしていて、ふらふらになっている。

「殿下、おかえりなさい」
「ただいまぁ。ジンももどってたんだ、おかえり」
「どうも」
「浴室の準備も終えていますので、お好きな時間に」
「ありがとう。疲れたし入ってくる……」

 キリヤナギはそう言って、グランジと自室へ消えていった。ふとリアスから「使用人」とされていると言われたが、なるほどと納得する。

「セオは一人でここの家事してる?」
「一人じゃないよ。僕のチーム、ツバキ組が、平日に殿下の部屋とこのフロアの管理をしてて、殿下のいる時間帯だけ騎士と僕で回すことになってるかな」
「ふーん。やっぱり大変?」
「僕はこれが当たり前だったから今更わからないけど……、騎士はよく顔が変わって、その面での苦労があったかな……殿下、誤解されやすいから」
「顔が変わる?」
「僕らになる前は、お一人で出かけられることが多かったしね……」

 思わず納得してしまった。数年前、週に2.3回は顔を合わせていた記憶が蘇ってくる。ジンは気にも留めていなかったが、護衛騎士からすれば、相当な労力を使っただろうとも思うからだ。
 盛り付けをする彼の手つきをみていたら、キリヤナギの自室からグランジが一人で出てくる。世話が終わったにしては早い時間に少し疑問をもった。

「手伝おうとしたら、追い出された」
「あるある」
「グランジさん。今日の交代、ありがとうございました」
「構わないが、本部で何かあったか?」

 ジンは少し渋ったが、この2人は付き合いが長く、誰よりも信頼ができると思い、自然と話すことができた。ツルバキア隊の名前が出たことに、グランジは右目でジンを見る。

「それってジンがやる必要あるの?」
「さぁ、でも俺がやらなくても誰かがやらないとだし? グランジさんいるならって甘えました」
「殿下はジンの方が良さそうだった」
「なんで?」
「あんまりいないからじゃない?」

 物珍しさなのだろうか。グランジはデバイスに手をつけスケジュールをみている。

「ジン。俺は明日休みをもらっているんだが、ここを任せられるか?」
「はい。やります。来週からなんですけど、正式にこっちに異動になって……」
「やっと?」
「やっとって?」
「居ない方が矛盾している」

 首を傾げていると、セオが笑いながら配膳してくれた。確かに、親衛隊の1人なのに外へ居たのもおかしな話だと思う。

「騎士のなんだろうね、あの『タチバナ』嫌い。理解できないと言うか」
「『タチバナ』というか、俺が嫌われる気もするけど……?」
「なんで?」
「数年前に、殿下の非行の手伝うなとは言われたかな……」
「非行……」
「なんかもうその時点で話にならなくて泣きそう……」

 項垂れる彼の背中を、グランジがさすってくれる。非行だの、遊び呆けているだのと、噂ばかりが一人歩きをしているが、実際は迷子の犬さがしとか、お年寄りの荷物持ちなど、住民の困り事へ手を貸しているだけだった。
 最近は出かけていないが、ジンが公園へ足を運ぶと「今日はいないのか」とも未だに声をかけられ、それなりに有名になっている。

「最近は学校もあって足を運んでないみたいだけど、ジンがいるなら行きたい時に声をかけてくれるよ」
「だと良いけど……」
「……」

 3人で夕食を済ませていたら、寝巻きのキリヤナギがリビングへ顔を出し、その日は彼が眠くなるまで談笑をしていた。
 その後、皆はそれぞれの部屋で休み、朝を迎える。

「ジンもうしばらくここにいるんだ?」
「はい。管轄もアークヴィーチェからこっちに」
「なんで?」
「人手足りない? 理由は言われてないんですけど……」

 起きてきた夏服のキリヤナギは、すぐに帰ると思っていたジンが、こちらに残る事へ複雑な表情をみせていた。
 騎士棟とは違い、居たら王子が喜ぶだろうと話されていたジンは、じっとジト目で睨まれ、思っていたとは違う反応に焦ってしまう。
 嘘は全く通らず、セシルの対策案であると察した彼は、すこしやさぐれた表情をみせるものの、ジンから聞いた作戦の提案に感心もしていた。
 キリヤナギを送り届け、王宮へ戻ったジンは、朝から訓練に参加する為に、騎士棟へと向かう。
 外回りから戻ったあとならば、距離もそこまで感じないが、認証を介して屋内へ入った直後、周りがざわつく気配を感じ、嫌なものを感じる。
 昨日と今日で気分が悪いと呆れていると、廊下でカロンと鉢合わせし物陰へと引っ張りこまれた。

「お前大丈夫かよ」
「え、なんすか……。朝から」
「訓練武器持ち出したのか?」
「は? なんの話?」
「個数一個足りなかっただろ。戻ってないって、話題になってんぞ?」
「元々なかったんですよ」
「そう言う? ちゃんと名前書いたせいで、王宮に持ち出したって言われてんぜ?」
「はぁ……?」

 うなだれるジンへ、カロンが呆れていた。訓練武器の持ち出しは訓練時のみに限られ、その日の返却が必須だからだ。
 ジンはそもそも参加しておらず、持ち出す理由もないのに理不尽だとも思う。

「本当、不憫だな」
「持ち出して何すると思われてんです?」
「リカルドにやり返すんじゃないかってのはきいたぜ」
「仲間狙って誰が得するんすか……」
「アイツを仲間って言えるのは尊敬するわ」

 ジンは仕方なく、その足で早朝の訓練へと参加する。道中でも明らかに白い目でみられ、懐かしい気持ちが込み上げてきていた。
 騎士学校の頃もこのような毎日を過ごし訓練も憂鬱で、何が起こるか警戒しなければならなかったからだ。
 盗難には気をつけねばならないと、ジンはストレリチア隊が訓練していると言うホールへと向かう。しかし、ストレリチア隊の彼らは、現れたジンをみて、目をキラキラさせて迎えてくれた。

「ジンさん、ようこそ我が隊へ! 仲良くしましょう」
「せ、セスナさんどうも」
「ごきげんよう。お互いに頑張りましょう」
「ヒナギクさんもよろしくお願いします」

 副隊長の2人は、朝礼へと参加できないジンへ、まず何の訓練を行なっているかとか、スケジュールなどを説明した後、何故かジンをじっと見ていた数十名を呼び寄せてくれる。自己紹介するよう言われ、照れながらも口を開いた。

「ジン・タチバナです。本日より嘱託として配属されました。よろしくお願いします」
「本物のタチバナさんだー!」
「すごく強いって本当ですか?」
「【服従】が効かないっていう?」
「素手で10人倒したって噂の??」
「昨日、シオン卿なげてましたよね! あめちゃくちゃ爽快でしたー!」
「俺にも『タチバナ』? 教えて下さい!」
「はいはいはい、ジンさん困ってますから!」

 答える暇がなく飛び交う質問に、何を話せば良いか分からなくなる。強いのかはわからないが耳に入ってきた彼らの疑問は大方真実だった。
 畏怖により【服従】は効かず、去年キリヤナギに戦わせない為、1人で10人倒した。そして確かにリカルドも投げた。

「タチバナは半端に学ぶと弱くなるので……」
「そうなんですか?! それは困る……」

 男性の彼は本気で悩んでくれていた。一つ一つ丁寧に答え、誤解を解きながら話していたら、入れ替わり立ち替わりでなかなか訓練が始められない。セスナとヒナギクもいつの間にか居なくなり、始められる頃には半分の時間が過ぎていた。
 ようやく皆が解散し、セスナの元へと向かうと彼はニコニコと笑い迎えてくれる。

「ジンさん大人気ですねー」
「俺、そんなんじゃ」
「あんまり顔を見せられないので、みんな気になっているのです」

 聞かれれば答えるが、話せる内容が少なく、何も言う事ができない。しかし、騎士棟での活動に支障がないのならそれはありがたい事だと思っていた。

「みんな偏見はそこまでないので、是非ゆっくりして行って下さい」
「助かります。でも、俺と絡んで後で苦労しないっすか?」
「そんなのどうでもいいですよ。と言うか何で嫌われるんですか?」
「騎士学校時代に、よく殿下と遊んでたんで」
「遊んでたとかじゃなくて護衛じゃ無いんです?」
「それは、そうですね」
「なら、むしろ賞賛されるべきですよ。みんな頭硬いなー」

 思わずポカンとしてしまい、セスナはそんなジンをみて笑っている。今までにない理解のされ方で、反応にも困るからだ。

「セシル隊長が、元ミレット隊なのご存知です?」
「はい。ある程度は……」
「僕とヒナギクさんも、当時からセシル隊長の下について下っ端やってたんですけど、何回かこっそり監視させてもらってたんですよねー。ジンさん気づいてたかな?」
「それなら、時々……、もしかして殿下捕まえにこなかった時の?」
「ですです。僕らはあくまで見守る構えだったんですけど、セドリック・マグノリア副隊長の時は問答無用で、見てて哀れだったと言うか。相性良くなかったんですよねー」
「だから分割?」
「近いですけど、単純にセシル隊長が出世して、隊の人数も溢れてたので別れた感じです。真面目な人は残って、僕らみたいな緩い人はセシル隊長についてきてくれました」
「へぇー、普段は何してる隊なんですか?」
「隊長の若さもあって、大半はクランリリー騎士団のバックアップでしょうか。そんな経緯もあって、みんな他の宮廷騎士より土地勘はあるので、外回りにはよく行かされますね」

 柔軟だとジンは感心しかできなかった。宮廷騎士団はその殆どが、財産や地位のある貴族や御曹司である為に、地元で起こる些細な事柄はやりたがらないのが普通だからだ。

「珍しいですね」
「変人の集まりだとは言われます。でも僕もミレット隊はきつかったし、こっちがいいなー」
「そんな大変?」
「大変と言うか、プライド高い人多いんですよね。実力主義? 強かったら何してもいいみたいな。弱いと意見すら言えないと言うか、息苦しかったけど、今は気楽です」

 ジンは、黙って聞いていた。ミレット隊が厳しいと言う話は、ジンもある程度は聞いていて、それ故に仕事の達成率も高く評価も高い。皆に一目置かれるほどにその権威は素晴らしいものだが、それ故に他の隊を蔑んでみているとも言われ、ジンは触らぬ神に祟りなしと距離を置いていた。

 ストレッチを終えた後、2人は模造刀を持って打ち合いをする。
 ジンは素手が主だが、今日はセスナに合わせ久しぶりに武器を握った。
 セスナは、その中性的な見た目に反し早く想像以上にいい動きを見せてくれて、ジンもそれなりに楽しめていた。訓練を終えたジンは、再びセシルから呼び出され執務室へと赴く、彼は少し困った笑みを見せ言葉に迷っているようだった。

「訓練武器の件ですか?」
「耳が早いね」
「俺が、探した方がいいです?」
「……すまない。私も出来る限り調べたんだけど、いつからか酷く大雑把な記録で追えなかった」
「わかりました。殿下の方が優先で大丈夫ですか?」
「うん。期限は無いけど、見つかるまでお願いすることになる」
「旅行は……」
「……君だけ残していく事になるかもしれない」
「……わかりました」

 淡々としたジンの返答にセシルは、同情しているのが情け無くなってくる。彼は他ならぬセシルよりも現実を受け入れていたからだ。
 執務室を出たジンは、早速武器の詳細な使用記録を得る為、武器庫へと向かった。しかし、残されていたのは記録用のノート一冊のみで、日々の記録は残されておらず、長ければ1週間以上の開きがあり、ため息が落ちる。
 訓練場を一つ一つ回る必要があるなと、地図を参照していると、向かいから唐突に新しい声が聞こえてきた。

「あ、ジンさん!」

 売店の脇にあるスペースで、1人昼を済ませていたジンは、飲料を買いに来たらしいリアスと鉢合わせする。
 思わず目を逸らして無視をしようとするも、彼は無理矢理視界へと入ってきて返す言葉もなかった。

「みんな、噂してます。大丈夫ですか?」
「お前に心配されることでもねぇよ」
「今日はなんでここに?」
「殿下が登校されたから訓練。あと武器探し」
「お一人ですか?」
「そうだよ」
「僕にも協力させてください」
「は? なんで?」
「ジンさんの仕事は武器探しじゃないと思うので……」

 目を合わせずに話された言葉に、ジンは少し困ってしまった。雑用を押し付けられる事は初めてではない。騎士学校の時もそうだったし、何かが起これば意味もなく自分のせいにもなっていたりもした。
 態度の問題なのか、個人的な偏見なのかは分からないが、リアスはそんな「普通」の印象を持ち合わせてはいないらしい。

「ならリアスは、俺がどこで仕事してればいいと思う?」
「『タチバナ』なんですから、そりゃ殿下の近衛騎士でしょう! 名門騎士『タチバナ』はそうあるべきだと思います」
「へぇー……」

 思わず「何故?」と繰り返したくなるが、おそらくリアスにとって「タチバナ」はそう言うものなのだ。
 ジンはただ「キリヤナギを守りたい」と思ったからそうしてきたが、リアスは王族と「タチバナ」はセットであると考えている。面白いと思い、感心もした。

「自分で仕えた方が地位も名誉もあるのに、変な奴」
「僕は別にそう言うのどうでもいいんです。でもあるべき人があるべき場所にいないのは、もやもやするので」
「ふーん」

 つまりリアスにとって、ジンがキリヤナギの側にいることは自然なことで、今はこうして雑用をしているのは可笑しいと言うことなのだろう。
 自分のことでもないのに、物好きだと思ってしまう。

「手伝った所で何のメリットもないぜ? 巻き込まれるかもしんねぇのに、いいのか?」
「別にどうでもいいです。あ、でも強いて言うなら連絡先教えて下さい。それだけでいいです」
「そんな返事できねぇけど……」
「全然いいです」

 メッセージアプリのIDを見せると、リアスは目を輝かせて喜んでいた。しばらく舞い上がっている彼を観察していると、ふとこちらを見てくる。

「ジンさん。ドライですけど、やっぱりいい人ですね」
「なんでそうなる?」

 優しいとか、話すといい奴とは、本当によく言われる慣用句だった。ジンは自然体で思った事を口にしているだけなのに、言動の節々に相手を思う言葉あふれているとよく笑われる。
 
「僕、今日は非番なんです。早速行きましょう!」
「アテあんの?」

 手を引かれ立ち上がった時、たまたま通りかかったカロンとも合流して、3人は資料室へと向かった。資料室には武器の使用記録ではなく各隊がいつどこの訓練を行ったかと言う記録が残されていて、どの武器の訓練を行ったかと言う記録があると言う。

「ほぉ、リアスなかなかに名探偵じゃん」
「倉庫の記録は、正直あってないようなものなのですが、こっちは教官が全て記録しているので全てあるはずです。ただ記録がどの訓練所で何の訓練をしたかみたいな記録なので、一つ一つ見なければならず手間ですが……」
「よし、探すか」
「カロンさんもすか?」
「嫌かい?」
「いえ、仕事いいのかなって」
「俺とリアスは同じ隊で非番なんだよ」
「ふーん。どこの隊でしたっけ?」
「バイオレット隊だよ。ま、無難なとこさ」
「よかったら来ますか? バイオレット隊長、面白いですよ」
「いかねー」

 名前しか知らないが、カロンとリアスが許されているのをみるとおそらく同類なのだろうと思う。偏見は持ちたくはないが、この2人をみると、「普通」ではないのだろうと思うからだ。
 早速数冊あるノートの束を探す2人に混じり、ジンも作業をはじめる。記録には確かに訓練場での訓練内容が記されており、どの模倣武器をつかったか想像がしやすかった。

「2ヶ月前に、それっぽい訓練があるな」
「古過ぎます。もっと新しいのを」
「一ヶ月まえの避難訓練で、護身術のレクチャー」
「レクチャーなら、一本なので無くしにくそうですが……」

 黙々とみていると、第三演習場で1週間前、クロックス隊とツルバキア隊での合同演習が開始されていた。短剣だけではなくありとあらゆる武器が持ち出されていたのが想像できる。

「使った模造武器は書いてるけど、どっちが使ったかは書いてねぇな……」
「聞いてみるしか無いですね」

 三人は早速、ツルバキア隊の事務所へと足を運ぶ。彼らはジンの顔を見た直後、まるで蔑んだように睨みつけていた。

「何で仲間を投げた奴に協力しないといけないんだ??」
「押し付けたのはてめぇらだろ?」
「は?? 『タチバナ』が自分でやるって言ったんだろうが! 帰れ!」

 話にならず、3人は事務所にいれてすらもらえなかった。仕方なくクロックス隊の元へも向かう。

「つまり我々の所為であると疑っているのですね?」
「使ったかどうかだけを伺いたいんですが……」
「使ったとすればどうすると? 自分やりたくないから押し付けるのですか?」
「そうは言ってないだろ??」
「俺が探すので……」
「はは、そうやってまた王子に庇って貰うんでしょう? 今更ですね」
「言い掛かりばっかだな、てめぇらは」
「誰と一緒にされてるかは知りませんが『タチバナ』、貴方とは正直、関わりたくはないのです。何がおこるかわからないのは、わかっているでしょう」
「はい」
「なら、おかえり下さい」

 扉を閉められかけた時だ。突然脇から高い声が響き、クロックス隊の彼もそちらを向く、現れたのはセスナだった。

「ご機嫌よう。ストレリチア隊、副隊長のセスナ・ベルガモットです」
「おや、クロックス隊へ何かご用ですか?」
「武器の紛失は、ジンさんを嘱託としている僕らのストレリチア隊でどうにかする事になったので、教えてくれませんか?」
「……!」
「……タチバナが嘱託? 物好きな隊長いたものだ」
「そんなわけで、どうなんですか?」

 彼はセスナの「王の力」、【読心】を理解しているのか。ため息混じりに「資料を確認する」といっても事務所へと引っ込む。
 10分ほど待ち、渡されたその記録には確かに同じタイプの武器が使われた記録があった。

「使ってんじゃねぇか」
「まだ、紛失したものかは分からないので、ありがとうございます」
「もう来ないで下さい」

 壁を作るように勢いよく閉められ、4人は、仕方なくその場を後にする。

「隊長から聞いてましたが、大変そうですね」
「そうっすか?」
「そうっすかじゃねぇよ!」
「でも聞けるとは思ってなかったので、助かりました」
「いえいえ、もう少しお手伝いしたいですが、僕はこの後外回りがあるので、あとはお2人にお任せします」
「はい、ベルガモット卿。ありがとうございました」
「いえ、ご友人がいたようで安心しました。また、後日にでも」

 友人なのだろうかと思い、ジンはあえて何も言わなかった。セスナと別れ、三人がコピーされた資料を確認すると、武器が使われたのは、第三演習場だとわかりホッとする。

「早速探しに行くかい?」

 騎士棟を歩き回っていたら、いつのまにか日も暮かけていて、キリヤナギの帰宅時間も近い。今日はグランジが休みである為、遅れるわけにはいかなかった。

「今日は殿下の迎え休めないので、この辺りにしておきます」
「俺ら明日は仕事だけど、探すときは連絡寄越せよ」
「気が向いたら?」
「よこせっつってんだろうが! 俺も仕事あったら行けねぇんだから、そのぐらい察せ!」
「カロンさん落ち着いて……」
「……ありがとう、ございます」

 ジンが目を合わせずにぼやくと、彼は肩を乱暴に組んでくる。野蛮だとは思ったが今は少しだけありがたかった。
 キリヤナギの迎えの為に、ジンが大学へと向かう準備をしていると、小雨だった雨がどんどん強くなりやがてそれは土砂降りに変わった。
 ジンはセシルから連絡を受け、大学で立ち往生しているキリヤナギを自動車で迎えにゆくことになる。久しぶりの大雨はフロントガラスすらも見えずらくなるほどで、ジンは平然と運転するセシルに驚いていた。

「隊長すごいっすね……」
「さすがの私も細心の注意を払ってるよ」

 注意だけで出来ることなのだろうかとジンは疑問だった。

「殿下を自動車へお連れできるかな?」
「はい。勉強してるなら多分二号館に居られると思うので、外から回ろうと思います」
「わかった。なら入り口付近につけておくよ」

 自動車で入れる場所まで乗り上げ、ジンは傘を刺しながら、外から屋内テラスへと向かう。足元は一瞬でずぶ濡れになり、キリヤナギが濡れるのは避けられないなぁと思った時、本館の中が妙に騒がしくなりジンは嫌な予感がした。足を早めて向かった屋内テラスの窓は割れていて、ジンは傘を投げ出して現場へと向かう。
 そして座り込んでいるキリヤナギの前の影に向け、迷わず狙撃した。命中した弾丸だが、血が流れず吹っ飛ばされた「敵」に、ジンは防弾する何かを着ていると理解する。
 目を離してはいけないと、ジンは迷わずセシルへ通信を飛ばした。

「ジンです。襲撃犯に遭遇。掃討します」
『本当かい? 援軍は必要かな?」
「一人居そうなので大丈夫です」

 驚く程冷静なセシルに驚きつつ、ジンは動いた敵に合わせて反応する。相手は見えない事に驕り、一撃に全てを賭ける攻撃を仕掛けてきた。
 【認識阻害】の敵は、遅く回避もしやすいが、不意打ちで現れれば対応は難しい。救護を求める声はおそらく誰かやられたのか。逃してはいけないとジンはブラフをかける。

「遅いっすね」
「……!」

 一瞬動きが鈍ったのを見逃さず。的確に攻撃を当てにゆく。問われた事に反応を示した相手は、その隙に一撃を喰らって倒れた。

 押さえ込まれてゆく様を見届けて、ジンはもう一度セシルと通信する。

「終わりました。殿下はーー」
『保護完了したよ。リーシュ君も一緒だ』
「リーシュ?」
『知り合いじゃないのかい?』

 キリヤナギを後退させた騎士だと気づき、ジンは納得していた。初めて見た顔だったが、セシルと合流させてもらえたなら信頼はできると判断する。

 その後、ジンがミレット隊の彼らの救護へと向かうと、殴られて倒された兵は、皆が体の痺れを訴えており以前セオがもらった毒と同じ反応を見せていた。解毒が必要だと王宮へと連絡し、搬送する病院へ解毒剤の情報を渡すように連絡した。

「タチバナさん。ずぶ濡れですが、大丈夫ですか?」
「え、大丈夫ですけど……」
「我々はもう問題ありません。間も無くセドリック・マグノリア閣下が来られる様なのでお戻り下さい」
「セドリック? マグノリア閣下……?」
「クラーク・ミレット隊の副隊長閣下です。あの方は、貴方がたをひどく嫌っています。鉢合わせしないようお戻りください」
「……! なんで……?」
「たった一人すらも倒せなかった我々に、貴方を批判する権利なんてありません。しかし、マグノリア閣下の前では我々もそうはいかない。どうか、我々の為にも……」

 ジンは、少し考えながら先に王宮へ戻る事にした。大雨を一人徒歩で帰るのは一苦労でもあったが、キリヤナギの顔を見ると無事であった事に安堵しどうでもよくもなっていた。

 そんなジンは、次の日から演習場へと向かい、1人で武器の捜索をはじめる。
 第3演習場は他の演習場ほど広くはないが、それでも林や砂地があって走り回れる程の広さは在る。まずは倉庫に直されていないか確認し、徒歩で作業を開始した。
 岩陰や木陰、どう使うだろうかとイメージしながら歩き回っていると、あっという間に夕方になり、ジンは日が暮れる前に王宮へと戻る。
 
「あれ、セシル隊長」

 キリヤナギの帰宅時間が迫り、ジンが訓練場から王宮へ戻る道中、ジンはセシルとセスナと顔を合わせた。
 彼はその日キリヤナギに呼ばれたらしく、謁見へ向かう道中だったらしい。

「泥だらけじゃないか、探して居たのかい」
「はい。今日は時間があったので……」

 演習場は昨日の雨でひどくぬかるみ、歩く場所のほとんどが泥となっていた。キリヤナギが戻る前に自室で着替えようと思っていたが、セシルに見つかるとは思わなかった。
 話しているとグランジの姿が見え、ジンは傍の廊下に隠れる。セシルは部屋へ戻ってきたキリヤナギへ挨拶を交わし、事務室へ寄ってから顔を見せると一旦その場で別れた。

「ジンさん、忙しいですね」
「見せられないんで……」
「そうか。本当、会うたびに意識を変えさせられるな」
「別に普通じゃ」
「はは、そうだね」

 ジンは一度セシルと事務室へ足を運び、上着を脱いでから、キリヤナギに気づかれぬよう自室へ戻る。即座に新しいものへ着替え、何ごともなかったかのようにリビングへと戻った。
 謁見にきたセシルは、セオと共に王子の自室へ入り、リビングにはセスナのみが残されていて優雅にお茶をのんでいる。

「僕、ジンさんと殿下は仲のいいご友人だと思っていたのですが、少し想像とは違っていました」
「一応『騎士』なんで……」
「はは、そうですね。僕、明日非番なので武器探し手伝いますよ」
「え、でも、悪いような」
「気にされず、かの件は一応我々の隊で引き受ける事になりましたから、頑張りましょう」
「俺、何も返せないのに……」
「殿下お守りできたのは、他ならぬ貴方のおかげです。今度は我々がそれに報いる番ですから」
「それは……」
「全て背負われないで下さい。貴方は1人ではありません」

 返す言葉に迷ってしまう。確かにずっと1人で考えていた。
 キリヤナギがジンしか頼らなくなり、周りもそれを良しとしない空気は、取り巻く世界を敵に回しているにも等しく、誰にも頼れなければ、相談もできなかった。
 しかし、一度だけその行為が糾弾されて悩み父へと相談した時、彼は口にした。
 「自分で決めればいい」と、本来のあり方は『裏切り』であると話された時、ジンの迷いは消えた。以来、行動から発生する数々の理不尽も贖罪であるとして受け入れて生きている。

「俺を受け入れてもいいことないっすよ」
「誰もメリットなんて求めてませんよ。あ、でも僕、一応心理カウンセラーの資格持ってるので何でも相談してください」
「カウンセラー?」
「心の相談みたいな感じです。殿下も時々見させてもらっているのですが、とても難しい方なので本当に時々なんですけど」
「へぇー」

 思わず感心してしまった。ジンは気にしても居なかったが、セオも昔からキリヤナギのことを繊細で複雑な性格をしているとよく話していたからだ。

「殿下の性格を一言で表すと『鏡』ですが、その向こう側にいるご自身をなかなか見せてくださいませんからね」
「【読心】でもわからないんですか?」
「はい。【読心】も結局受け入れて頂かないと読めないので、言うほど万能でもないのですよ」

 苦笑するセスナも珍しいとは思ってしまう。確かに【読心】もあくまで対面戦闘を想定されたものであり、深層心理まで読むことは想定がされていない。より深く読む為には相手がどれほど心を許しているかにもよるため、信頼が必要という意味では、口で話すのと変わらないと言うことだろう。
 そんな話をしているうちに、セシルがセオと共に王子の自室からでてくる。

「待たせたね」
「隊長ー! お疲れ様です!」
「あの、今日はなんの件だったんですか?」
「旅行に関しての打ち合わせかな? マグノリア領にいるアゼリア卿との合流を許してもらおうと思ってね」
「アゼリア?」
「大学でのご友人、ヴァルサスさんのお父さんだそうです」
「へー」
「ご友人ともすでに旅行のことは大学で話されているそうだ。駅で合流するってね」

 ジンは何故か心が踊る気分になって笑みが溢れた。ここにきて初めて、この隊長なら大丈夫であると安心をもてたからだ。

「ジンさんって笑えるんですね」
「ぇ……」
「最近表情固かったしね」

 セオにまで突っ込まれ、情け無いとすら思う。その後セシルとセスナも戻り、ジンはその日も平常業務をこなした後に休んだ。
 テスト期間に入ったキリヤナギの送り迎えと必要事務、そして大半の時間を武器の捜索作業に追われる日々は続き、あっという間に週末が来てしまう。

「テスト、どうにかなったみたいで良かったです」
「まだ結果がわからなくて不安だけど……」

 テストが終わったその日、キリヤナギは大学の最上階にあるカフェテラスにて四人と打ち合わせをしていた。
 夏季休講での旅行は、キリヤナギが普段付き合っている友人3名と行くことになり、約束も取り付けてきたと言う。

「今度、ヴァルと買い物に行きたいなって思ってて……」
「買い物ですか? わかりました。ストレリチア隊から一人声かけさせてもらっても大丈夫です?」
「グランジじゃないの?」
「セシル隊長に相談してほしいって言われてて……都合がいいと言うか」
「ふーん」

 キリヤナギは、今の親衛隊で特に苦手な人物は居なかった。その上で、ジンが少しだけセシルへ気遣いを行おうとしているのを感じ、何故か強く共感する。

「良いけど、ジンもセシルの事が気になってる?」
「気に……まぁ、頼りにしてる様に振舞う方が安心してもらえるかなって」
「ジンってそう言うとこあるよね……」
「な、何がすか……?」

 よく言えば「心配をさせない」。悪く言えば「その場しのぎ」だろう。キリヤナギは数年前から薄々感じていた事だが、このジンと言う男は相手に「信頼している様にみせる」所がある。

「誰が良いか希望あります?」
「誰でもいかな。嫌いな人いないし」
「なら、ラグドールさんにでも声かけてみますね」

 あまりにも無難で感心してしまった。マイペースな人々が集う今季の親衛隊の中で、一際穏やかなラグドールは、キリヤナギが逆に守った方が良い気もしてくる騎士だからだ。

「買い物、日曜日だけどジンは平気?」
「それは、もちろん」
「そっか、じゃあ楽しみにしてる」

 機嫌が戻り、キリヤナギは普段通りに帰宅していった。リビングへと着くと着替えをすると言って部屋へ入れてもらえず、仕方なく頬杖をついて待つことにする。

「お疲れ様。大丈夫?」

 ぼーっとしていたら、セオがお茶を出してくれた。
 騎士棟での出来事は、使用人達の噂でセオの耳にも入っていた。誕生祭の一件以降、ここのフロアは使用人でもかなり出入りが絞られ、キリヤナギの耳へ入ることはよほどのことでない限りないが、捜索が難航していることで事実が膨張され、取り調べまで行くのではとも話されている。
 ジンが答えずにいると、セオは苦笑して続けた。

「王宮に呼び戻して、ごめんね」

 取り調べになれば、おそらく自由に動けなくなり、最悪騎士免許の剥奪すらあり得る。またキリヤナギの耳に入り、ここで守られたとしてもおそらく名門の汚点として、引き継がれる事にもなるだろう。
 よくはないとおもいながら、居心地を悪くしたのは自分であると事実を受けいれ無ければいけないのだと思った。

「え、クロックス隊とですか?」
「あぁ、私からもう連絡をいれているので、この書類を持って事務所へ向かって欲しい」

 次の日の早朝。セシルの事務室へ呼び出されたジンは、唐突な任務への参加に困惑を隠せなかった。
 誕生祭以降、ストレリチア隊は記録を頼りに「王の力」の貸与状況を整理する為、所持している全員への確認作業が行ったと言う。

「貸与された使用人や騎士は、殆ど返却されはしたが、1人だけ貸与に応じない一般人がいてね」
「一般人?」
「クロックス隊の中隊長が酒に酔わされて貸与し、以降連絡先が分からなくなったことから処分を恐れて隠していたそうだ」
「えぇ……」
「問題の『王の力』は【服従】。ミスが起きればどうなるかわからない。出れるかな」
「俺でいいなら……騎士じゃないなら、怖がってくれるかわからないですけど……」

 セシルは苦笑していた。まるで当たり前のように話すジンに、呆れているようにも見える。

「ありがとう」

 ジンは一礼して、その足でクロックス隊の事務所へと向かう。
 書面で苦い顔をした彼らだが、彼らは中へジンを招き、お茶まで出してくれた。

「なんで武器を盗んだ奴と……」
「……」
「なんとか言えよ」
「模造武器で、俺はやってないんですけど……」
「ちっ、俺らに押し付けようとしたんだろ?」
「探す為に、最後に使われた場所を特定したかったんです」
「あはは、探してる時点で認めてるのわかってる?」
「俺じゃなくても、誰かやらないとなんで、俺でいいかなって」
「そういう偽善いいから、素直に押し付けたいっていいなさいよ!」

 仕事の話はいつだろうかとジンは不毛さを感じていた。現れたチームリーダーは、表情一つ変えないジンをみてため息をつくと回されている資料を読み上げる。
 連絡が取れなかったと言う住民は、調査により所在も確認されてるが、「王の力」の返却通知にも数週間応じていないと言う。

「最終通知からちょうど1週間後、つまり来週の月曜日に行動を起こす。【服従】の対策にシールド式イヤホンを用意するように」
「はい」
「もし聞いてしまった場合の対処は……」
「はぁ??」
「念の為?」
「イヤホンが外れると言う状況がわからないが、何が言いたいんだ?」
「もし聞いてしまった場合は、頭で解釈を変える機転が必要です。『とまれ』なら数秒止まる、『死ね』などの単語には死んだふりをするとか、言葉から連想される違う動作を行えば、脳が命令に従ったと解釈し一時的には無力化される。【服従】は、聞いた命令に抵抗する事で身体が硬直するので、身を任せるのが得策です」
「味方を殺したらどうすんだ!」
「『殺す』の解釈を、気絶や倒れる事に解釈できればどうにかなります」

 度し難い表情を浮かべる彼らに、ジンも思わずフリーズする。元々イヤホンをしている状況で聞かされる状況もなかなかないことから理解を得づらいとは思っていた。

「まぁいい、保険の『タチバナ』なら、どうにかしてくれるのだろう?」
「出番はなさそうだけどな」

 ジンは少し考えてしまったが、確かに滞りなくゆけば必要ないことでもある。【服従】はまず相手に「声」を聴かせなければならず、音の対策で全て無力化されるからだ。

「では月曜日の夕方に再びブリーフィングを行う」
「……どこに集合すれば」

 ジンはため息を吐かれながらも、再び事務所でいいと言われ、安堵するのだった。
 梅雨も間も無く終わるオウカだが、今日も徐々に陽が翳り夕方からの雨予報でもある。 ジンはレインコートを纏い、ぬかるんだ足元に気をつけながら今日も夜まで捜索していた。
 視界も悪い訓練場では、大地も見え辛く、ジンはその日の捜索は早くに切り上げ、騎士棟へと戻る。

「よ、俺の部屋で休憩してくかい?」

 レインコートを返却する為、一度騎士棟へと戻ったジンは、まるで待ち構えていたように立っているカロンに驚いた。
 気がつくと騎士服はずぶ濡れでこのまま王宮に戻るのは相応しくないと思ってしまう。

「ちょっとだけ、いいっすか?」
「お、珍しい。こいこい」

 友人の家など何年ぶりだろうとジンは何も言わないまま、カロンの住む寮部屋へと案内されと。そこで騎士服を軽く手洗いし、カロンの部屋で乾燥を行うジンは、粗暴な彼が綺麗に整頓された部屋に住んでいることに意表をつかれる。

「なんか作ります? 夕飯」
「お、いいのかい? 2人分頼むぜ」

 今日の迎えの担当はグランジである為に、遅れても問題はない。カロンも既に着替え、テレビをつけてタバコを吹かせている。ジンは冷蔵庫から適当な食材を取り出してカロンの背中を見ながら軽く夕食を作り、配膳もした。

「やるじゃん、やっぱ使用人なんだな」
「一人暮らしはアークヴィーチェでやったんで」
「へぇー」

 2人でテレビをみていたら乾燥機が止まり、ずぶ濡れだった騎士服も綺麗に汚れが落ちて、乾いていた。最近の家電の優秀さに思わず感動もしてしまう。

「俺、クリーニング出すの面倒でさぁ、いいの買ったんだよ」
「俺も買おうかな……」
「便利だぜ。スペースはとるがな」

 時刻は間も無くキリヤナギが食卓を終えて自室に戻る時間だ。その日は夜の担当でもあり、リビングへ戻らなければならない。

「ありがとうございました。またお礼します」
「おう、王子を頼んだぜ」

 今回も何も話せてはいない。親睦を深めると言うのは違うのだろうが、今日は少しだけ気持ちが楽になっていた。

 そんな前向きな気持ちで迎えた日曜日は、久しぶりに私服で外出し、オウカの街並みに解放された気分にもなる。
 キリヤナギの友人。ヴァルサスは私服の三人を意気揚々とモール街へと連れて行ってくれた。ずっと訓練場と王宮を行き来し、賑やかな空間も久しぶりで気分も上向きになってゆく。
 スポーツショップやモール街、再会したリーシュは不器用で呆れたが言動から
最初から後をつけていたのだろうと察し、彼女が的確に見えなくなることへ驚きと感心を得ていた。

 演習場に足を運ばずに終えた日は、開放感にあふれ心のどこかで逃げ出したいと言う気持ちにもなる。大きい深呼吸をして雑念を払うと、ここに在りたいと言う気持ちが戻り、やらなくてはならないと思えていた。

@

「まだ出てこないのか……」
「はい。少々のお時間をーー」
「真面目に探しているのかすらも疑問に思うが、どうなんだ。ストレリチア卿」

 セシルは返す言動に困っていた。週が明け、久しぶりに早朝から呼び出されたセシルは、元上官のクラーク・ミレットの言葉に眉を顰める。
 武器の紛失は焦る必要もないとは思っていたが、既に数週間進捗の報告がなされず痺れを切らされたのだろう。

「隊の責務として、非番の隊員を回しながら作業を続けておりますが、広い訓練場においてなかなか難しく」
「相変わらず、言い訳ばかりだな」

 人を回せていないのはセシルも一つの課題点だった。ストレリチア隊はここ数ヶ月、ずっとクランリリー騎士団のバックアップだけでなく、「王の力」の貸与状況の確認や貸し出されたままになっている「王の力」の返却を求める為に、丁寧に活動している。
 他の隊員も、様々な細かい業務をこなし、なかなか捜索へ人を回せない状況が続いていた。

「来月がリミットだ。『タチバナ』へ潰されないようにな」

 ジンは決して業務を怠っているわけでも、自身の名へ奢っているわけでもない。
 自分の行動へ筋を通す為、毎日訓練場にきては歩き、他の騎士へ罵倒されながらも地道にそれを続けている。しかし、セシルは、それを守れもしないばかりか彼を生贄に責任を逃れる選択肢を迫られている。
 どうしたものかと、セシルはため息しか出なかった。

@

「ちゃんと来たんだな。『タチバナ』」
「よろしくお願いします」

 クロックス隊の事務所前にて、ジンは数日ぶりに彼らの前へ顔を見せていた。
 月曜日の午後、返却通知限界時間の午後7時に確保へ向かう為、クロックス隊の騎士達は顔を揃える。

「日曜日に遊んでたって本当?」
「盗ってないといっときながら、お気楽なことだな」
「殿下の護衛でした。俺も久しぶりで気が抜けてたので間違いではないかな」

 淡々と話すと彼らは度し難い表情で睨んできて、踵返された。有利な言葉で回したのに罵倒して来ないのは不思議に思う。

「現場はアセビ町の南区画だ。裏手に森林があるため、逃げ込まれる可能性がある」
「厄介ですね」
「しかし、この先には立ち入り禁止のフェンスもあり、開けた場所もあることから、追いこんでもいいと思うのですが」
「そうだな。しかし逃亡されたらどこへ逃げるか分からない。一応数名配置したいが」

 ジンへ目線が向き、彼は確認をしながらもうなづく。

「開けた場所で待ち構えればいいですか?」
「そうしてくれ。あとは我々がどうにかする」

 保険だと思うと確かに仕事はない。滞りなく進むことが幸いだと言い聞かせ、ジンは騎士棟の武器庫で自身の銃の最終調整を行っていた。
 騎士個人大会において初優勝し、その記念に渡された銀の装飾銃は、桜花紋の入った特注品でジンはこれをとても気に入っている。重さも丁度よく、もう一丁欲しいと思うと、自然と優勝したいと思え、今は二丁もっている。
 二連覇をした事で記念品は二つもいいだろうと配慮はされたのに、あえて同じものを望んだ事で驚かれたが、国家における最高技術を集約された武器が手元にあるのは、ジンにとって最大の僥倖だった。

「それだけは尊敬してやるよ」
「え、」
「よくやるよな」

 吐き捨てるように、彼は出て行ってしまった。一応認めてくれているのだろうと思うと、気を引き締めなければならないと思うからだ。
 現場へ向かう道中、ジンは懐のデバイスへメッセージを受信する。キリヤナギから送られてきたそれは、「どこにいるの?」とだけ来ていて、ジンは既読をつけないよう、懐へともどした。

@

「やっぱり、ジン何かしてるよね」

 キリヤナギの突然のカミングアウトに、セオは戸惑いながらも表情に出さないよう堪える。彼はテストの答案を見直しながら、飲み物をもってきたセオをジト目で睨んでいた。

「今日は、『タチバナ』として任務に参加していると」
「ほんとに??」
「私は存じ上げませんが……」
「……」

 セオが知るのは噂のみだが、今日は仕事があると言う話は聞いていて、担当はグランジとなっている。キリヤナギは、グランジかセオが常勤でそばにいる事からちょくちょく居ないジンを不審に思わずにはいられないようだった。

「何してるの?」
「伺っておりません……」
「と言うか、なんで僕の騎士なのに勝手に違うことしてるの?」
「殿下が、セシル隊長を許されているからでは?」
「セシルは大隊長で隊の管理も必要。ジンとは違う」
「ジンにいて欲しいのですか?」
「別に、僕に隠れて色々してるのが気に入らない」

 珍しく怒っていると、セオは感心していた。今まで、自分を囲う騎士の行動になど一切関心も示さなかったキリヤナギが、ジンが絡むこうも抗議するのに驚きすらも思う。
 しかし確かにキリヤナギの近衛兵が、非番だからといって他の任務に参加させられるのも本来ならあり得ず、それを体現するようにグランジが常時控えているからだ。

「グランジが出る時は、毎回教える癖になんでジンの時は言わないの?」
「……」

 これは、セオの落ち度だ。グランジが任務に出る時はリュウドやセスナ、ヒナギクが代わりで来ていた為に毎度確認していたが、ジンがでてもグランジが常勤である為に無意識に必要ないと判断していた。

「それは私の責任です、申し訳ございません」
「なんで隠すの?」
「隠していたわけでは……」

 しどろもどろする態度に、キリヤナギは嘘がないと察したのか。諦めたようにため息をついた。
 キリヤナギの騎士であると話したセシルの言葉がぼやけ、結局彼も「そちら側」なのだろうかと思ってしまう。

「ご不満ですか?」
「もういい。ジンなりに頑張ってるなら僕も何も言わない。あえて聞くけどなんで誰も助けないの?」
「……」
「僕が守らないのが悪い?」
「そう言う事ではなく……」
「僕のそばに置く為に送られてきたのに、なんで僕の傍にいないの? 自分でよこした癖に」
「殿下……」

 セオに言っても無意味だと、キリヤナギは雑念を払った。何も知らされていないが故、結局想像でしか話せないが、こちらに常勤になったと聞いていたのに、ほぼ送り迎えでしか顔を見せられないことに不満は限界まできていた。
 少しだけ、彼がそばにいる日常が楽しみでもあったからだ。

「もういい。騎士はそう言うものだってわかってるし言いすぎた。ごめん……」

 セオは何も言えず、キリヤナギの言葉は全て正論である事に自身の不甲斐なさを嘆いていた。何一つ間違いはなく、ジンはその状況から本来の仕事を出来ずにいる。
 誰かの策略かもわからないが、そうさせているのは周りで在り、本末転倒であるのに誰もそれに意を唱えないばかりか当然のように振る舞って取り繕う。
 怒るのも当たり前あると、セオは肩をなで下ろした。

「申し訳ございません。しかし、使用人として私はこれ以上は何もできなかった。お許しください」
「セオは関係ないんだよね。なら僕の方が理不尽な事を言ったから、悪いのは僕だよ。もういい」

 キリヤナギは、新しい答案を広げセオを背中で見送った。リビングへと戻るとグランジが本を読んでおり、消沈したセオを気遣ってくれる。

「本当、何をしてるんだろうね。僕達」
「……セオ」
「大切な人がこんなにも苦労して、辛い環境にいるのに、守れもしなければ手伝えもしない」
「……ジンか」
「うん。久しぶりに、殿下に叱られたよ」
「……一応、タチバナ騎士長へ相談はしている」
「グランジ……」
「今週いっぱいは様子を見ると、元々ない可能性も視野にいれて、話をつけるそうだ」
「よかった」
「俺も行動が遅すぎた。反省する」
「うん……」

 結局だれも味方にはなれていなかった。ジンもまた、巻き込むことを恐れ頼らないのはそうだが、お互いを大切に思うが故に皆がすれ違い交わっていなかったのだろうと思う。

 そんなジンは、迫る19時に備え時計を見ながら林へと待機していた。
 間も無く開始される突入作戦において役目がないことを祈りながら、それを静かに待つ。夏が近い夜は少しだけ蒸し暑く、夏服となった騎士服でも汗が滲んでくる。
 早急に終えたいと思った時、懐中時計の秒針が19時丁度を指し、皆は動いた。
 突入は成功したが、電子端末を操作していた敵は、窓から逃亡。街へ逃げ出したと話し、ジンは回り込めるよう森林にそって走った。

『重そうな端末もって、よく走れんな……』
『最近のは軽いんだってね』
『そんな情報いらねぇ』

 クロックス隊の通信も、親衛隊のものとかわらないのだなと何故か安心もしてしまう。この先の路地へ追い込むとも話され、ジンは迂回しながら進行方向を塞ぐ形で動いた。
 路地に入り、隊員の後を追うと既に追い詰められた一名の男性がいる。黒のノートタイプの端末を開き、キーボードをひたすら撃ち続ける彼は、集まった騎士達に、目もくれていなかった。

「【服従】の返却の為、ご同行をーー」
『通った!!』

 突然、イヤホンに響いてきた敵の声に、全員が衝撃を受ける。追い詰められた敵はニヤリと笑い、内蔵されたマイクへと叫ぶ。

『ジャック完了!!ーみんな、俺の味方になれ!!ー』

 声の波動が響き、ジンは即座にイヤホンを外して耳を塞いだ。しかし何も起こらず敵の畏怖を幸いに思い顔を上げる。
 するとそこには体を硬直させる味方が居た。
 やられたと絶望すると共に、即座に敵へ接近し威嚇射撃を行った。
 動きを止めないジンへ、相手は絶句して腰を抜かせる。

「『タチバナ』か!?」

 武器を向けられ震える敵を抑える為に動くが、逃げ出しながらさらに叫ぶ。

「くっそ、ータチバナを倒せ!!ー」

 全員が、こちらへと武器を向けてくる。ジンははじめに引かれそうな引き金の下へ滑り込み。武器を取り上げてもう1人へと投げた。射線が味方にいかぬよう、体当たりを行い、気を失わせてゆく形で動きを止める。
 その圧倒的な強さに、敵は足をもつれさせ、転倒し端末の画面が破損、そのまま背中から押さえつけた。

「午後7時20分。確保」

 後手の手錠で押さえつけていたら、起き上がった味方が殴ってくる。しょうがないと、敵ごと転がって回避してさらに腕を掴んで投げた。
 味方は全員倒れ、後ろには震える敵がいて、ようやく静寂が訪れる。

「ー座れ!!ー」

 声の波動をきいても、五月蝿いだけで何も起こらない。騎士でない敵に畏怖されていることが、ジンは不思議でならなかった。
 確かに「タチバナ」は「王の力」へ絶対有利とされ、その強さを示してゆくことで畏怖の対象ともなるが、その畏怖が強さを知らない筈の一般人にも及んでいる事実に驚きを隠せない。
 彼らはそもそも「タチバナ」を知らないはずであり、当然ジンも初対面だからだ。

 しばらく待っているとクロックス隊の応援が現れ周辺は自動車で囲われる。【服従】により、制御が効かない彼らを解放する為、敵へ解除を申し入れるが、頑なに拒否し、さらに行使して逃れようとしたため、騎士達は急遽、王宮へと連絡をいれることとなる。

@

「-オウカの王子。キリヤナギの名の下に……」

 夜、その日も休もうと入浴を終えた時、セオより突然、キリヤナギへ召集がかかったと連絡された。
 犯人は確保されたが、その最中に騎士を【服従】で隷属させ『タチバナ』を倒せと命じ、解除に応じないことから、早急な解除が必要だと判断されたからだ。
 口を塞がれ、声を出せない状況下の敵へキリヤナギは心を痛めながらも唱える。

「-貴殿の異能【服従】を返却せよ-」

 「王の力」は奪取され、キリヤナギは再び車へと乗せられる。その乱暴な動作に、元々機嫌を損ねていた彼は、間をおかず発車する自動車に頬杖をついていた。

「我が隊の不始末をお許しください」
「ジャックされるなんて思わなかっただろうし、しょうがないんじゃないかな」

 運転はセシルだが、今日は助手席に大隊長トキワ・クロックス卿がのっている。キリヤナギの横は相変わらずグランジで、ジンではないことにまた不満も得るが、敵が【服従】を持ちながらも、制圧されたことで彼が参加した事は察していた。

「通信に割り込まれたのに、よく制圧できたね。かからなかったのは誰だろ?」
「『タチバナ』です。畏怖がここで作用するのは驚きました」
「なら、僕じゃなくてジンの功績だね」
「……はい。元々この為の『タチバナ』ではあったのですがーー」
「ジンは僕の騎士として、正当に働いただけだよ」
「仰るとおりですね」

 セシルは何も言わず、キリヤナギの言葉の回し方に驚いていた。彼は遠回しに、クロックスへジンを肯定させ、かつ自分の騎士であると伝えることで「勝手に使った」ことを強調したのだ。
 自身の騎士が功績を上げるのは当然であり、邪険に扱うことは許さないと釘を刺したともとれる。

「自身の慢心へ反省致しました。以後このような事のないよう努めます」
「アカツキは知らないけど、今度ジンを使う時は言ってね。セシルも」
「はい。ご無礼を」

 キリヤナギは満足そうにしていた。一方でジンは、キリヤナギと顔を合わせずに済んだ事へ安堵しながら、殴ってしまったクロックス隊彼らを医務室へと運び、謝罪のメモだけを置いてその日は終えた。
 
 そして朝を迎えた翌日、夏の長期休講が始まったキリヤナギは、ジンが朝からいることに少しだけ満足気な表情をしていてグランジと共に出かけてゆく。
 非番を察したジンは、今日も模造武器の捜索へゆくか悩むが、訓練場へ行く前にクロックス隊の事務所へと足を運んだ。

「我が隊の事務を?」
「はい。みんな俺のせいで今日は休養ってきいたので代わりをできればと」

 平然と足を運んだジンへクロックスは少し悩んだ表情をみせたが、こちらへと向き直り堂々と述べた。

「いや、いい」
「え?」
「貴殿の働く場所はここじゃない。さっさと王子の所へ戻れ」
「今日は、他の騎士がいるので俺は多分非番で……」
「五月蝿い。関わりたくないといっただろう! さっさと帰れ!」

 まるで追いやられるように事務所から追い出され、ジンはしばらく動けなくなってしまった。必要だと思ってきたのに以前対面した時よりも扱いがひどく、思わず何をしたか考えてしまう。
 しかし他にやることもないことからジンはその足で訓練場へと向かった。今日は使われているのか、人がそれなりにいて珍しさを感じていると、よく見ると訓練ではない事が伺える。

「お、ジンさんきたきた」
「リュウド君。訓練?」
「まさか、武器探しだよ。みんな頑張ってるからジンさんも早く」
「え、なんで? リュウド君、シラユキ隊じゃ……」
「親衛隊だし、大変ってきいたから助っ人だよ。ストレリチア隊のみんなもいるし頑張ろう」

 頼んだ覚えもなく思わずポカンとしてしまう。確かにメンバーにはセスナやラグドールもいて、みな草むらをかき分けて探してくれていた。

「今日も暑いですねー」
「ラグドールさんも、すみません」
「いえいえ、むしろ今まで手伝えなくてごめんなさい。今、スギノさんが飲み物を買ってきてくれてるので」
「スギノさん?」
「コノハ・スギノさんです。お兄様の同期さんで、仲良しなのですよ」
「へぇー」

 話している間に、銀髪の女性が大量の飲料をもってきてくれて皆は水分補給をしながら、捜索へと励む。
 カロンもリアスも顔を見せてくれて心強いなと思っていたが、その日も結局見つからず、旅行へゆく日はどんどん迫っていた。
 見つからなければキリヤナギにどう言い訳しようかと考え始めたある日。以前の任務で同行したクロックス隊の彼らが復帰し、訓練場へ顔を見せてくれる。

「今回は悪かったな、タチバナ」
「え、」
「対策案でてたのに、敵に奢ったのは俺らだったよ」
「このまま何もしないままじゃ騎士の名が廃る。手伝わせてほしい」
「他に仕事あるんじゃ」
「それは俺らの問題だ。お前には関係ない」

 彼らはそう言って、ジンの肩を叩いて捜索へと参加してくれる。どの辺りでどう使ったかも解説されるようになり、探す場所を絞りながら見て回った。
 そして、クロックス隊を交え、三日間徹底した捜索が行われた結果。訓練場の隅の岩陰に、ぼろぼろになった模造短剣が見つかり、全員が歓喜に沸く。

@

「ストレリチア卿」

 外の訓練を眺めていたセシル・ストレリチアは、後ろから響いた低い声に身を翻した。
 少し重い表情をみせるアカツキ・タチバナは、どこか深刻な表情を浮かべ立ち尽くしている。

「騎士長……、この度はご子息をお預かりさせて頂くことになり感謝を」
「ジンは構わない。よく見つけたな……」

 いつ紛失したのか分からないそれは、本当にあったものなのか疑うほどに朽ちていて、捜索に当たった全員は、使われていたものかすらも怪しいとも溢す。
 しかし見つかった事で、ジンの潔白は晴れ、彼はあるべき場所へと戻ろうとしていた。

「私達は、彼を受け入れたとばかり思っておりましたが、それはただの思い上がりだったようです」
「……」
「殿下のみがそれを理解し、本来の形を求めていた。反省致します」
「あまり攻められるな。我が息子にも落ち度が無いわけではない」
「それは……」
「極論的に、ジンは殿下にしか興味はない。苦労をかける」

 少し驚いた表情を見せたセシルは、思わず吹き出してしまった。そしてまた全てに納得してしまう。模造武器を探したのも、ジンが誰に対しても冷ややかであることも、確かにキリヤナギの為であるのなら、筋が通るからだ。

「なるほど、一途なのですね。しかしそれでも我々はジンの優しさに甘え続け、彼が苦しんでいることに気づけなかった。隊長として情け無く思います」
「殿下の元へある為に、我が息子は努力を惜しまない。よってトラブルが尽きなかったが、貴殿なら任せられるだろう」
「……」
「我が息子を、頼む」
「光栄です、閣下」

 アカツキ・タチバナは、騎士服を揺らしその場を去っていった。
 その同時刻にジンは、1人食堂で旅行にゆくための騎士の必要物質リストを確認する。
 自分の持ち物はいいが、護衛として赴く為に武器の持ち出し申請や、制服の有無、挨拶をする公爵への礼儀なども確認する。しかし、徐々に人が増えてゆく食堂に視線を感じ、移動もしたくなっていた。

「ジンじゃん、ここにいるなんて珍しいなぁ」
「ジンさんお疲れ様です!」

 思わず書類で顔を隠したがうまくいかない。広い机に勝手に座ってきた2人は、大急ぎで片付けるジンの書類を見て感心していた。

「マグノリアとローズマリーですか? 大変ですね」
「大変かどうかは俺が決めるんだけど……」
「大変じゃねえなら、旅行か何かか?」
「言わないっす」
「いつも通りだな」
「いいなー。ローズマリーのお土産お願いします」
「覚えてたらな」
「わぁい!」
「俺もよろしく!」
「タカってませんよね……?」

 2人は何故かマグノリアとローズマリーのお土産を検索し、ジンへメッセージを転送してくる。
 反応に困っていると、突然自分に影が落ち思わず見上げた。そこにはリカルドが立っていてジンをじっと見下ろしている。

「よぅ、訓練場は広かっただろう? 『タチバナ』」
「すげーいい場所で訓練してるなって思いましたよ。シオン先輩」
「は、いい下見の機会だったな。後輩」
「はい。でも今度から武器は無くさないでくださいね」

 リカルドは踵返し立ち去っいった。クロックス隊とツルバキア隊。どちらが紛失したのかは、犯人探しになる為に言及はされなかったが、模造武器が落ちていた場所は、ツルバキア隊の拠点として利用されていた場所から近く、道に迷った誰かが落としたのではと憶測されていた。

「ツルバキア隊のだったのか?」
「わかんないっす。別にどうでもいいし」
「はぁ? 押し付けられといて……」

 メッセージ受信の音が鳴り、ジンがデバイスをみるとキリヤナギからで、彼は早急に全てを片付けて立ち上がった。
 
「じゃ、俺この後仕事なんで」
「は? まだ休憩時間40分以上あるぜ?」
「忙しいんで」
「ジンさん、明日も来ますか?」
「しばらく来ない」
「えーーー!」
「来ないのは確定してんだなぁ」

 ジンはリアスの返答は待たず、食堂を出てゆく。旅行はもう数日前に迫り、急いで準備をせねばならないと、ジンは前向きな気持ちで王宮へと戻っていった。

コメントする