第三十五話:新世代の才能

 グランジは、静かな公園のような場所を1人ゆっくりと歩いていた。第一演習場。またの名を旧狩猟場は、かつての王家の狩猟場として開拓され、そのままの自然が残されている場所でもある。
 そこには管理用の建物もあれば、舗装された道や川、丘などもあり、戦う場としては今一つそぐわないが、決勝としては確かに相応しいとも思える場所だった。

『ここ綺麗ですよねー、僕初めてきたんですけど、ゆっくり散歩したいです』

 グランジは、心の声に応えないで欲しいと、少しだけ不満を得る。

『あら? すみません、つい共感してしまったもので……』
『セスナは1人で喋るのが好きだよね』
『ご、誤解です!』

 なるほどと、グランジはセシルとセスナの関係を少しだけ理解した気分になった。楽しくなると少しだけふざけてしまうセスナは、たまに制御が効かなくなるために
、それをセシルが止めているのだと、

『僕、ふざけてるつもりあんまりないのですが……』
『やっぱり好きだよね』

 セスナが焦っていて、グランジは少しだけ面白いとも思っていた。一昨年ぐらいまではゲームと戦闘ぐらいしか楽しみがなく、淡々として退屈な日々だったが特殊親衛隊として配属され、見ているだけで面白い人々が居ると知った。
 話を聞いているだけで飽きず観察しているだけで面白いのは彼らぐらいだろう。

『なんかちょっと嬉しいですねー』
『セスナさん。誰と話してるんですか??』
『流石に俺もちょっと怖くなって来た』
『はは、読みすぎてはいけないよ』

 セシルはちゃんと分かっている。平和だと思った時、グランジの感覚にピリッとした緊張が走った。

『そんな常時読んでないんですけど……』
『めちゃくちゃ読んでますよね??』
『やべー、気をつけよ……』

 セスナは気づいて居ない。
 しかしこれは敵意だとグランジは確信があった。息を潜め耳を澄ますと聞こえてくる足音はすでにこちらを捉えている。
 音で位置を探ろうとした時だ。何かが飛来する風の音が聞こえ、体をずらした直後。
 突風と化して飛び込んできた赤髪の少年とグランジは身を躱して向かい合っていた。

「まずは……一人目発見」
「……」

 身の丈を優に超える長刀を携えた少年は、グランジと目線を合わせるとゆっくりと歩を進めてくる。

「先に名乗ろうか? 僕はカレンデュラ騎士団、クローバー隊所属フュリクス・クレマチス」
「……宮廷騎士団、グランジ・シャープブルーム」

 グランジは相対した相手、フュリクスが少年とは思えない実力であると認識していた。
 それはキリヤナギが、この騎士団との戦いを楽しみにしていたからにあり、昨年度の初戦で宮廷を追い詰めたことに由来する。
 アカツキ・タチバナの采配により逆転したことで宮廷は駒を進めたが、おそらく彼らは今年のリベンジを目論んでいるだろう。
 負けられないとグランジは口元が緩んでいた。

 相手の体格はそれほど大きくない。まだ子供いえる身長と中性的な顔立ちと相まって女性のようにも見え、背中にはかなり大きな剣を携えている。
 反りが見えるのはおそらく刀だろう。刀は軽く作られるが、この長さでは相当の重量があると考察する。
 そんなもの持ちながら疾駆してきたのは、子供のポテンシャルでは考えられない。
 見たことがない敵であると、グランジは最速の挙動でピストルを抜き、発砲。
 フュリクスはカっと目を見開くと俊敏な動作でその場を飛び退って、即座に反転し、グランジへ踏み込んで来た。
 挙動がとてつもなく早い。
 宮廷騎士団の中でもフィジカルの高いものは居るが、それらと比べて尚更に早い。
 グランジは【未来視】を使用して、その軌道を読んでフュリクスの攻撃を躱す。
 風と一体化したかのような高速移動だ。

 フュリクスは突進から距離を詰めると、斬撃を嵐のように見舞う。
 その数は一瞬で四撃。回避しきれず、銃撃と更に左手のストッパーで斬撃を捌くが、受けた途端凄まじい重さが身体に掛かり、後方へと弾き飛ばされ、樹木へと叩きつけられた。
 想定はしていたが、これ程早く重いか……。

「なるほど。あんたも【未来視】だったっけ? 良い反応してるよ。準決勝まで今の攻撃に反応出来た人いないし。流石、個人戦二位」
「……【未来視】」
「あぁ、そうだよ。僕も【未来視】だ」

 フュリクスはそう言うと、再び【未来視】を発動させた。グランジが気づいたのはこれまで見ていた映像から動きが消えたからだ。
 フュリクスの言葉に偽りはない。
 即座にグランジは視界内の情報ではなく、先程行ったフュリクスの動作を元に戦闘動作を組み立てようと試みる。

 わずか一回の攻防。
 そこから得たフュリクスの情報は、速度、攻撃の重さ。そしてリーチだ。
 小柄なフュリクスではあるが手に持つ長尺刀は、その攻撃範囲の広さが良く分かる。またフュリクスの携行武器には銃がなく、剣の扱いに余程の自信があるようにも見えた。
 つまり距離ならばグランジの方が優位であり、そこを軸に戦略を組み立てて行く。

 フュリクスの速力とリーチから想定される適切な間合いを維持しつつ、周囲の遮蔽物を再確認。
 そこは演習場の中のでも開けた場所で、舗装された通路の端に等間隔で木が立ち並んでいた。
 身を隠しながら戦うのは難しい。
 遮蔽物に合わせ、動きを封じるような射線が脳内に描かれてゆく。

 グランジの脳裏には、フュリクスの動作に対応する幾つもの想定が作り出されて行った。
 フュリクスもそれを察しているのか、常に新しい動作想定を行って、グランジの想定を超えようとしてくる。
 描きだされる動線は、幾つもぶつかり合って、二人は互いの造花を打ち砕かれまいと攻防を繰り広げる。

 グランジは口元へ笑みが浮かぶのを感じた。ハイドランジア戦の時と同じく、このフュリクスもまた一筋縄ではいかない相手だ。だからこそ攻略法を考える甲斐があると言うもの。
 対するフュリクスはまるで仮面のように無表情で「楽しくないのだろうか」と単純な感想を思う。

 ざっと音を立てて、フュリクスの足が動いた。力が入れられ身体はギリギリと引き絞られた弓矢の如く力を貯めている。
 来ると、グランジが認識した時、その顔には静かながら絶対の自信が浮かんでいるのがわかった。
 楽しいと、グランジは愉悦を思う。
 この少年が果たしてどの位置にあるのか、ぜひこの目でこの体で感じたいと、これ以上なく感情が昂る。
 お互いに身を粉にしてボロボロになるまでやろうと期待が隠せないグランジは、フュリクスが通って来る動線を撃ち抜くため銃口を掲げた。

 呼吸音さえ響く中で、砂が擦れる音と共にそれは始まった。
 ダンっと音が響き、フュリクスが大地を蹴って突撃を仕掛ける。
 グランジは、即時動線の予測をフル回転させて、当たりをつけようとした。

 二人の描く予測動線。
 それらがぶつかり合う中心に決着がある。 互いの軸足が地を蹴って、現実における戦闘の口火を切った時、グランジは横合いから風切り音を聞いた。

 見えたのは小型のキーホルダーのような物。チェーンがついたそれは、可愛らしく子供向けにデザインされた形だろう。
 武器ではないと意識した直後、響いたのは凄まじい爆音だった。

 強烈なボリュームのサイレンが、グランジの耳元へ響き渡り、全ての思考が吹き飛ぶ。左耳を押さえたが、音の波長にやられてふらつき、周りを認識することができない。
 グランジは瞬間に何が起こったか分からないまま、直後に剣閃が走り抜けた。
 フュリクスは、グランジが怯んだ直後に間合いを詰めるとそのまま造花を破壊したのだ。
 
 片目の視力がないことで人一倍聴力が繊細なグランジは、音で敵の動きを判断していたが、逆に爆音や高音を浴びることで、耳が壊れ機能しなくなってしまう。
 誕生祭の花火でも、爆音で敵の対応が遅れ、結果的にリュウドから手を借りたのは記憶に新しい。
 彼との戦いに集中しすぎて、横合いが見えていなかったのを悔しく思う。
 耳鳴りで自分の声すら聞こえず、話せすらしなくなったグランジは、耳を押さえたまま膝をついた。

 フュリクスはそんなグランジをみて敬意を示すように礼をする。

「良い勝負だった。最後は横やりでの決着だったけど。あんたの実力は本物だったと思うよ」

 グランジから返事が来ない。耳を抑えているのは聞こえないのだろうかと、フュリクスは思わず顔を顰めてしまった。
 そしてくるりと踵を返して、先程戦いに乱入して来た赤髪の女性と目を合わせる。

「……姉さん。何で追いかけて来たんだよ」
「何でって? 二人でペアを組むようにってガイア隊長から言われてたでしょ。どうしてそんな事言うの?」
「ガイア隊長が本気を出して良いって言ったんだ。僕一人だけで全員倒せるのに、姉さんが前線に出てきたら気が散る。邪魔しないで」
 
 それだけ言うと、フュリクスはその場を走り去って行く。

「待ちなさい! フューリ!」

 一瞬で消えてゆくフュリクスに、カミュは急いで後に続こうとするが、後ろで手をついて座り込むグランジに思わず立ち止まってしまった。
 個人戦二位の彼が、音へ弱い事は噂として囁かれていたが、まさかここまで顕著に刺さるのは想定外だったからだ。
 左耳を押さえて動かず、動揺しているように見える彼にカミュはどうしていいかわからない。
 このまま立ち去るか迷っていたら、外れたグランジの右耳のイヤホンから声が漏れてきた。

『グランジさん! 大丈夫ですか? お返事お願いします!』
『ジンさん、さっきの音、まずいんじゃ……』
『俺が助けに行きます。多分グランジさん、耳がやられて聞こえてないので』
『一大事だね。ならジン、一旦グランジを頼もう。一応救援も呼んでおくよ』
『助かります』

 カミュは、罪悪感が増してゆくのを感じていた。元々左目が見えないグランジが、見えないはずの左側を音で意識していることは推察しやすく。カミュはそれを潰そうとこの作戦をとったからだ。
 しかし、彼にとっての「目」の役割があった左耳は、潰された事で感覚を失いパニックになったのだろう。
 カミュはしばらく慌てながらも茂みに隠れ、しばらくグランジを観察することにした。
 すると数分後に宮廷騎士が現れる。その騎士にカミュは見覚えがあった。
 昨日の歓迎会で王子の後ろにいた個人戦一位、ジン・タチバナ。王子に促されるように自己紹介をしていたのを覚えている。

 彼はグランジを移動させると、ポケットから使い捨てのチリ紙を取り出し、グランジの両耳へ簡易な耳栓をしていた。

「グランジさんと合流できました。一応は大丈夫です」

 僅かな音漏れがあるが、何を話しているかはわからない。しかし、耳栓をされてからグランジの顔色は徐々に良くなり、落ち着いているのがわかる。
 もう大丈夫だとカミュがほっとして立ち去ろうとした時、銃声が響いた。

 カミュの足元に撃ち込まれたそれに、思わず後退して姿を晒す。

「こ、こんにちは、い、いつから?」
「最初から」

 ジンの目に迷いはなかった。その鋭い眼光に思わずゾッとしてしまう。

「たしかカミュさん、ですよね? 自己紹介、いります?」
「だ、大丈夫です。その、二位の人、やりすぎて、ごめんなさい」
「俺は、むしろ感心してるぐらいです」
「え、」
「グランジさんを倒すには、多分これしかないので」

 カミュは息が詰まる思いだった。そして、これ以外に倒せないというジンに言葉が出ない。

「その実力を、俺にも見せてくれません? 退屈させないんで」

 カミュは、覚悟を決めた。
 この言葉の建前の奥にある真意は「怒り」だと、盲目の彼の唯一弱点をついたこちらへ、思い知らせると言う覚悟だ。
 逃げられないと、カミュは武器を抜き大きく深呼吸をする。

「よろしく、お願いします」

 先手必勝であると、カミュはジンへと向かってゆく。

117

 先手必勝。
 だが長期戦は自身に不利になるとカミュの直感は警鐘を鳴らしていた。

 前試合のマグノリア戦を見る限りでは、奇抜な手段も対応される可能性が高く、更に仲間が倒された事で戦闘モチベーションが上がっている。
 勝てるだろうかと、カミュは不安だった。
 頼みの綱のフュリクスは、相変わらず猪突猛進でこちらの都合など興味すら持たない。 
 が、カミュはそんな彼をサポートするためにここまで来たのだ。制御の効かないフュリクスは、その強さ故に敗北を知らず、躓いた際にどうなるか分からないとガイアは話す。
 強敵と戦いたいと言う弟を、姉は心配せずにはいられなかったのだ。そこで何ができるだろうかと考えた時、一つの結論へと至る。

 負けなければ良いのだと、
 元々強いのならば、負けなければ絶望を受けることも、傷つくこともない。姉が手を入れ有耶無耶にしてでも勝てば、良いと思ったときカミュは強くなりたいと思えた。
 そして今、カレンデュラの「王の力」、【身体強化】を誇れるまでに極め、この騎士大会へ来ている。

 繰り出される銃撃は正確で素早く、更にこちらに対して接近しながらの戦いとなっていた。
 二刀の小太刀を握るカミュへ接近してくると言うのは、カミュの間合いでもって接近戦で倒すという意思が感じられる。
 カミュは木々に身を隠しながらもジンの強烈な殺気を受けて、個人戦一位の実力を認識していた。
 動き回るこちらに対し、姿を見せれば確実に狙撃され、それは的確に足元を狙われる。後退しようものなら距離を詰められ、徐々に逃げ道を塞がれるような気分にもなっていた。
 その中で、カミュはジンの姓について、思いを馳せる。
 騎士大会へ参加する際、共有された「タチバナ」の情報は、【王の力】に対抗するための武術だということだった。
 聞いた話だけでの「タチバナ」は、きっと「王の力」へ対抗した言わば新しい「不思議な技術」を期待していたが、マグノリア戦をみても、それを使ったと認識できる動きはなくそれが何であるかという結論が出せずにいる。しかし、ジンは見紛うことなき武人だった。
 その動きに無駄はなく、シンプルに的確に相手の隙を見つけ撃ち抜く。
 カミュは映像を見た時に直感したのだ。この強さは「王の力」など関係はない。あろうがなかろうが、同じと言える強さが、ジンにはある。
 対抗できるわけがないと尻込みすらするが、そんな自分がこの男と渡り合おうとするのなら「王の力」へ頼るしかないと結論をだす。

「来ないんすか?」

 ジンの言葉に思わずゾっとしたが、飲まれるな。と、カミュは自身の心を平静に保つ。
 ここは戦場であると、カミュが勝てなくとも、前試合のウィスタリア戦のように「繋ぐ」ことができれば後は弟が取ると意思を固め、飛び出してゆく。

 カミュは小柄な体格を活かして、姿勢を低くとり、左右ある木々に身を隠しながらの接近。ジンとの相対距離はどんどん詰めてゆく。
 ジンはカミュの接近に気付き、間合いを維持しようと一旦は後退。樹木の裏へと逃げ込んだ。
 カミュはスピードを落とさず、そのまま一直線に突撃を行う最中。指先から肩までの右腕全てに【身体強化】を発動させる。

 樹木の向こうにはジンがいる。

 その確信のもと、カミュはカミュの総身に力が籠り、一気に解き放った。

「はぁ!!」

 爆音。
 小太刀を握る腕は樹木を右手で粉砕し、倒壊させる。
 樹木の破砕音が響き渡る最中、互いの盾となった遮蔽物が瞬時に失せて、ジンが絶句して動きを止めた。
 カミュはそのまま、刀で左腕に握る小太刀を突きこむようにしてジンの造花へと滑り込ませる。

 取った!

 だが、カミュの攻撃を読んでいたのか、ジンの身体が横へとズレて剣閃を回避。カミュは内心の舌打ちを堪えて、更に勝負へと踏み込む覚悟を決める。
 
 もはや間合いは極めて詰まり、ジンが一旦退避しようと下がった時、カミュは幹へ足をかけ、足にも【身体強化】を発動。
 まるでロケットのようにジンへと飛び込んでゆく。
 退避を選択した事で、避けきれないと判断したジンは、跳躍で身体を僅かに浮かせ、カミュを土台にするように一気に飛び越えた。
 その運動力にカミュは衝撃を受け、直線上にあったもう一本の樹木を粉砕する。

 ジンは生汗をかきながら受け身をとり、カミュと対峙するために即座に立ち上がった。
 そのドン引きするような表情に、カミュはすこしだけ傷ついたが、「タチバナ」の判断力の強さにカミュは改めて感心する。

「タチバナさん、強すぎます」
「か、カミュさんも……」

 少し嬉しいがまだ終わってはいないと、カミュはさらに空気を吸い込み、気合いをいれた。
 こちらの破壊力を見せた事で、ジンが動揺している今しかない。
 カミュは彼が狙撃する前に、自身の全ての力を拳へと込め、大地へと解き放った。
 大地が割れる。
 それが錯覚ではなく現実に起きたものだと誰が理解できよう。
 彼女は全身に行き渡った【身体強化】を純粋な破壊力へと変換した、正に【身体強化】の【プロ】とも言える。

 足場を破壊し、態勢を崩したジンへ、カミュは小太刀をもって滑り込んでゆく。
 思惑通りにいけば、これでジンに勝利できると、カミュの内心に競り上がったのは安堵だった。
 ここで個人戦一位を倒す事が出来れば、宮廷が残す戦力が激減する。

「!?」

 だが、それは甘い考えであった。
 ジンを倒す必勝の機を狙った小太刀の一撃は虚空を裂き。手ごたえはない。
 弾かれるように反応したが、それでは遅かった。
 視線で追いかけた先、宙を舞うのはジンの姿。
 地面の破壊と同時、カミュの破壊した幹を足場に飛び上がったジンは、その態勢のまま、銃口をカミュの胸元へと照準を向けていた。 
 銃撃音と共にカミュの身体へと衝撃が突き刺さる。
 後方へと吹き飛ばされたカミュの造花は花弁を美しく粉砕し、欠片なって降り注いだ。

 穏やかな日差しが注ぐ第一演習場は、久しぶりの人の侵入に動物達が警戒心を走らせ、駆け抜けてゆく。
 その真上を飛び越えるように、カレンデュラ騎士団の一人フュリクスは、持ち前の速力で林を駆け抜けて居た。
 グランジと接敵して以来、未だ騎士の遭遇はない。【千里眼】をもつガイアからは、中央に一名がいると連絡を受けたが、いくら走っても騎士の影は見えなかった。

『フュリクス! きこえるか?』
「隊長、一人倒した。次の宮廷騎士はどこ?」
『一人。それは良くやった。だが、一つ良くない話がある。カミュがやられた』
「は??」
『お前はそのまま大将を狙ってくれ。私たちは、散らばる騎士を相手にしてーー』

 フュリクスはガイアとの通信を切り、回れ右をしてきた道を戻る。

@

 破壊された大地へジンは動揺を必死に抑えていた。周辺は木が両断され、床にはヒビだらけの大地がひろがっている。
 これを目の前にいる女性がやったことが信じられず、カレンデュラと言う【身体強化】の本領を思い知らされて居た。

 造花が撃ち抜かれたカミュは、向かい側の木にもたれ、へなへなと座り込んでしまう。
 身体中から湯気のようなものが出ているのは、おそらく【身体強化】の反動がきたのだろう。
 痛みに悶えているようにも見えて、心配にもなり、思わず駆け寄って肩を貸した。

「あはは、すみません……」
「笑える余裕あるんすね……」
「これだけが、取り柄で、でも、動けないです……」

 ジンはカミュを地面の安定した場所へ運ぶため、グランジを座らせた場所まで戻る事にする。耳栓をしたことで、落ち着きを取り戻したグランジは、聞こえにくい救護班の声に首を傾げ、困っている。
 耳栓をとっても応答が鈍いのはおそらく耳鳴りのせいで聞こえにくいのだろう。
 ジンは救護班へカミュを任せ、グランジとデバイスのテキストで会話をしていた。

「あの、お仲間さん、ごめんなさい」
「……強かったです。カミュさん」

 カミュは、少しだけ嬉しそうにしていた。担架を持ってくると言う運営部を待っていると、グランジからテキストメッセージを見せられる。
 フュリクス・クレマチスの「王の力」は【未来視】、その速度はリュウドを凌駕して居たと言う。
 ジンはグランジに頷き、彼は左側を気遣われながら救護班と退場していった。

「隊長、1人落としました。【身体強化】です」
『流石、有言実行だね。じゃあ一旦ーー』

 話している最中、突然鳥たちが騒ぐ声が聞こえ、茂みをかき分ける音が響いてきた。動物にしては異常な速度で一瞬で飛び出してきたのは、軽やかに目の前に着地した。赤髪の少年。

「フューリ……」

 ジンは、造花を胸につける彼へ警戒する。【身体強化】を相手にし、体は少し疲れているが動けないわけではない。

『ジン?』
「接敵。また連絡します」

 返事を聞かず、ジンは通信を切った。目の前の少年は、救護される姉をしばらく観察しジンを睨む。

「タチバナ、姉さんを倒したの?」
「はい」
「……そうか」

 少しだけ、目線が鋭くなるフュリクスに、ジンも身構えた。傍らでは、カミュが名残惜しそうにその場を離れてゆく。

「改めて、宮廷騎士団、ストレリチア隊嘱託。特殊親衛隊所属のジン・タチバナです」
「カレンデュラ騎士団。クローバー隊のフュリクス・クレマチス!」

 フュリクスは踏み込み、そのままジンへと突撃をしかけた。
 
118

 ジンの脳内に描かれたのはフュリクスの攻撃軌道だ。
 彼はグランジの言ったように【未来視】特有の動作をしている。こちらの未来の動作を把握するその異能は、その目で見てからの動きではなく、未来の動きへ対策された動きになっているからだ。

 ジンの銃撃を掻い潜り直線で間合いを詰めてくる少年は、銃弾に微塵の恐怖も見せず接近してくる。その動きは俊敏で確かにリュウドを凌駕していると、思わず息を呑んだ。
 先程のカミュとの戦いでもそうだったが、カレンデュラの騎士の地力の高さを改めて認識する。
 それでも、フュリクスの戦い方はかなり素直なものだ。タイラーのように【千里眼】を持ちながら、その役割を持たず挑んできた彼は、まさに実力者ほどドツボにハマる強敵でもあったが、
 フュリクスには、それがない。
 こちらが【タチバナ】だと理解して尚、正面から【王の力】を使って来るのは、よほどその腕に自信があるのだろう。しかし、【王の力】を使うならば、リュウドよりも素早いと言えども対応が出来る。

 フュリクスの攻撃は、高速で剣の軌跡を空間へ残したまま振るう四連続の斬撃だった。
 空き時間でみた映像によると、サフィニア、ウィスタリアの騎士は、皆が振るわれる斬撃に対応が追いつかず造花が破壊されていた。
 誰も見たことのない程の長尺刀から四連撃がくるなど、確かに誰も想像できないだろう。また【未来視】の先読みする視野は、相手の回避先を潰しにゆくために、相性もいい。
 ジンは、フュリクスの体制からそれが来ると把握して凝視する。
 来るのは四回。振り方は上から、右下から、真横、そして左上からおろす、同じ動作なら避けられると、ジンはフュリクスの腕の動作を注視し小刻みにずらしてそれを回避してゆく。
 二秒先のジンがいた場所へ振りぬかれた四閃の斬撃は、空気を裂きジンは一度距離を取った。

 ジンの経験則からなる【未来視】を有するものへの予測力は、グランジから得た一つのスキルだった。
 未来が見える故へのその独特な動きは、当然こちらの先をゆく動作になるが、その「先の動き」は、当たり前のように「こちらの動き」へ準拠したものになる。
 回避を選べば、回避先へ、攻撃を選べば、回避できる場所へ敵は移動する。日頃から訓練する騎士なら、それは当たり前に行われる事だが、【未来視】の騎士の場合、【見える】ことで、それはこちらが動いた時点で早期に動きが確定する。
 先の先をゆく考察は、おそらく勘を備えた「想像力」にも近いが、ジンはグランジとの訓練においてこの勘が洗練されていると言う自信があった。

「ふーん……なるほど。それが、『タチバナ』ってやつか」
 
 長刀を振り下ろし、背中を見せたままの姿勢でフュリクスは呟く。
 
 まるで自分自身で確認するかのような口ぶりにジンは返答するか迷ったが、【未来視】ならばそうだろうと口を開く。

「はい。決まった型はありません」
「……分かった。これなら、さっき出せず終わった僕の本気を出しても良さそうだ」

 本気ときいて、ジンは身震いをする。
 まるで自身が上位から見下ろし試すような言葉にジンは懐かしさすら感じ騎士学校時代へ思いを馳せた。
 入学したばかりの頃、「タチバナ」がどれほどだと言う見習いの彼らに挑まれた事が懐かしい。当時の彼らもこのフュリクスのように自信に満ち溢れていた。

 身の丈を軽々と超える長尺刀を片手で弄びながら赤髪の少年はこちらへと振り返る。ジンの眼がフュリクスを捉え、その実力の程を考察していた。

 重要なのは体格からくる見た目ではない。速度だ。
 映像でも確認はしたが体感する速度はそれを上回り、普通の反応では追いつかない。そして長大な刀を自在に扱う力と技術。これにより接近戦では自分自身より大きな人間と戦っているように錯覚する。

 フュリクスはトントンと足先で地面を蹴りつけ身構える。ならばと、ジンもまた実力を見せようと覚悟を決めた。
 ジンが身構えるとフュリクスが真正面から突っ込んで来る。風の音すら置き去りにしたその速度は先程とは全く違う。
 ジンはフュリクスの見る未来を想像し、攻めてくる剣撃をいなした。一瞬のぶつかり合いと同時に銃撃と斬撃が激しく応酬し、木の幹へ傷を入れたり大地へ切り傷ができる。その中で、ジンもフュリクスのバランスを潰そうと狙撃で牽制するが、恐るべき俊敏さで掻い潜るフュリクスは、そんなものものともせずに攻めにくる。
 広範囲を左右に切り返しながら、ジンの射撃動線に揺さぶりを仕掛け、ジンもまたフュリクスの動作線上に銃撃を先に置いて対抗していた。
 それでも、塞いだ動線は確実に機能しており、ジンはタイラーの時と同じく左脇の隠し銃へと手を伸ばす。すると【未来視】によって察知したのか、フュリクスの鼻先がピクっと反応した。
 フュリクスが見る世界が現在と未来を行き来する瞬間を狙った攻撃に対して、少年はカっと眼を見開いて右へとステップを踏んで回避してゆく。
 しかし、ジンが行ったのはフェイントだった。
 回避に誘導した、先の先の未来へ置きに行った銃弾は、フュリクスの身体へと綺麗に吸い込まれて行く。

 取ったか。
 だが、ジンは背筋の凄まじい悪寒を覚えて飛び退っていた。言語化されない警告はあらゆる情報よりも優先されて、回避を選択させる。直後にジンが回避した場所を剣先が掠め、髪が僅かに散った。
 
「今のを回避するか。どんな直感をしている」

 ジンは少年と睨み合いながら、これまでにない感情を覚える。
 これまでの戦い、タイラー、カミュとの戦いは、2人ともジンに対して「自分の実力はどうか?」と問いかけられるような感覚を得ていたからだ。
 「タチバナ」に対して、どの程度なのか、強いのかそれとも弱いのかと聞かれ、ジンは素直に「強い」と口に出して返答をしていた。
 しかし、このフュリクスは、そんなものは望んでいないのだろう。自分が強いか弱いかなど、そんなものは関係なく、ただ「タチバナ」を倒すために向かってきている。
 奢れば負けると察し、倒さなければならないと、ジンは意思を固めた。
 勝つためには、自分の持つ力の全てを出し切るしかない。

 ジンは、感情をフラットに落ち着けもう一度フュリクスを見た。
 演習用ピストルの装填を確認し、ジンは最大限の集中でフュリクスに挑みにゆく。

 【未来視】を使ったフュリクスがどのように動き、どのような攻撃を行うか、それだけをただひたすらに考察する。
 踏み込み、初速、トップスピードに入るまでの距離、身体のこなし、抜刀の速度、斬閃の軌道。次々と繰り出されるその動きを把握し、タイミングを覚えてゆく。
 間に合わせる必要があると。ジンの肉体に脳が算定した必要な力が漲って行く。
 ふと、ジンは頭の片隅にフュリクスが【未来視】を使わずに戦いを挑んで来る可能性を考えるが、こうして回避しあう最中にも彼は一切の妥協を見せず、ジンはその選択肢を除外した。
 目の前の少年は【タチバナ】に勝つことを考えていると……。

 直後、フュリクスが先手を取って動く。
 真っ向からの真剣勝負だ。
 ジンはフュリクスが動き出した瞬間に、彼が【見て】いるであろう場所に向かって走る。フュリクスが【タチバナ】の弱点へと逃げずに挑んで来る事実が、ジンにもまた真っ向から勝ちたいと考えさせた。
 フュリクスの突進に応えるように、ジンは振るわれた拳を避けつつ、カウンターを取りにゆくも、床を蹴って飛び越えたフュリクスに感心した。
 武術を使う者同士の感情。
 自身の使う武術が強いと言うプライドのぶつけ合いだ。
 ぶつけ合った白打から、互いの身体に強い衝撃が響き、ジンもフュリクスも歯を食いしばる。少年の身体でありながら徒手空拳も強い。だが、ここは譲ることはできないと、ジンも勝つために体を動かした。
 互いの身体が交差したその瞬間を眼で追えていた者はいない。
 ジンは左胸の銃を抜き、フュリクスへ更なる攻撃を行っていた。ジンの銃撃とフュリクスの斬撃が、空で激しくぶつかり合い。
 速度が上がりすぎたその動きは、もはや感覚そのものに近かった。
  
 そんな拮抗する戦いの最中、ジンはフュリクスを倒す一手をひたすら考察する。
 互いに力を振り絞る中で、勝敗を決する事が出来ず互いの体力がジリジリと削られる中、ジンは一筋の動線を見た。
 【未来視】を使う者の致命的な【ラグ】。フュリクスですら逃れられない、現在と未来の間の空白。
 ジンが勝負を賭ける瞬間をそこだと、斬撃の嵐の中で最速挙動の銃撃で応じて返す。フュリクスの動作の癖から【未来視】の狭間を見抜いた時、ジンが動いた。
 【未来視】をもつ多くの者が瞬きをするその瞬間を、フュリクスが行うことはなかった。
 たった数秒のその隙を狙い、ジンは狙撃する。
 戦闘を冷静に組み立てていたフュリクスに初めて虚を突かれた驚きが浮かんだ。
 より先に。
 より素早く。
 ジンの内側に勝ちたいという強烈な感情が浮かぶのを感じた。対するフュリクスも同じようで、その表情に凄まじい執念のようなものが浮かんでいる。

 ジンの放った必勝銃撃の弾道。
 これまでのフュリクスの動作速度から推察し割り出した限界でも尚反応できぬはずの攻撃。
 当たると確信を得た時、それは遅かった。
 本来の銃より威力が抑えめに作られた演習用ピストルは、弾丸の速度が若干落ち、僅差でフュリクスが回避へ転じる。
 そして更に速度を上げ、こちらへと突撃をしかけてきた。
 斬撃が来ると、ジンは再び極限まで集中力を高め、四回来るとされるそれを全て交わす、が、それは四回では終わらなかった。
 五回目にきた斬撃を、ストッパーで滑らすようにいなす。六回目も同じく防ぐも、更に七回目でストッパーガードが跳ね上げられて後退を余儀なくされて体をずらした直後、ジンは斬撃を見失った。
 フュリクスとジンの身体が交差し、少年が地面へと着地する。
 一瞬で後ろへ行ったフュリクスに、ジンはどこか遠い感覚を覚えた。決定的な何かを失ったかと思えば、そこには真っ二つになった造花がある。

 ウィスタリアの騎士達にフュリクスが放った斬撃の数は一瞬にして四。
 それは例えばマグノリアのタイラーが組み合った瞬間に三連撃を繰り出す事と比較して群を抜いている。
 それだけでもとんでもない事だ。
 ジンはそれを踏まえてもフュリクスが更に残す力はまだあると推察して挑んではいた。
 しかし、今の斬撃はーー。

「八回目……」
「……」
 
 ジンの言葉にフュリクスの返答はない。
 彼もまた呼吸を整えるために、肩が大きく上下していた。
 ジンの目の前で割れた花弁。
 それが意味するところが自身の敗北であると、認識するのに数瞬の時を要した。

119

「すごい……」

 思わず口を開く王子に、横へ座るアレックスとミルトニアは少しだけ困惑した様子で彼を見る。
 騎士大会・集団戦。決勝、宮廷騎士団とカレンデュラ騎士団の戦いは、カレンデュラ騎士団が本家タチバナたるジンを落とし、優勢の4対3で進んでいた。
 「王の力」へ絶対優位とされる「タチバナ」が落とされたことで、ミルトニア、アレックス、ヴァルサスの3人は王子がショックを受けるのではと心配もしたが、彼は驚きながら拍手すらこぼしている。

「平気そうだな……?」
「え、なんで?」
「ジンさん倒されたんだぜ??」
「そうだけど……」
「あら、あまり気にされておられないのですね」
「ジンも人間だし、普通に負けるよ?」
「そうだけどさ……」
「戦績は確かに悪くはないが、相手は化け物だ。頼みの綱の『タチバナ』で倒せなければ後がないのでは……」
「もう一人、リュウドいるから大丈夫じゃないかな? どっちかというと僕はグランジの方が心配……」

 王子はデバイスをみて、グランジと連絡を取ろうとしているようだった。
 特に気にしていないキリヤナギの態度に、ミルトニアは扇子を広げて笑う。

「ふふ、殿下は『タチバナ』の強さには、こだわりがないのですね」
「珍しいと思ったけど、多分ジンも2連戦で疲れてただろうし?」
「グランジさんのが心配っていうのは?」
「グランジって、大きな音を聞くとびっくりしてパニックになることあって……」
「音?」
「うん、たまにだけど。耳鳴りが止まらなくて聞こえなくなるみたい?」
「そんなやばいのか……」
「落ち着くまで耳栓してそっとしておけば良いけど、鼓膜やぶれてたりしたらしばらくは動けないかも」
「致命的ではあるが、言われなければ確かにわからないな……」
「宮廷のみんな優しいから、道徳的にこういう攻め方されたことなかったし、びっくりしたと思う。でもたぶんグランジはこのぐらいでしか怯まないし、僕は的確かなって」
「なるほど、冷静だな……」
「付き合い長いし……? 死ぬわけじゃ無いから?」
「なんか王子がすげー冷酷に見えたわ……」
「な、なんで……」

 誤解されているのではと、王子は不安になっていた。
 広間の映像は戦場を駆け回るフュリクスを追っている。歓迎会で「タチバナ」に負けないと豪語していた彼は、その言葉を有言実行しているのだ。

「王子、観戦楽しそうじゃん」
「楽しい、けど、やっぱり僕も出たかったなぁ……」
「で、出るのは違うんじゃね……?」
「王子が出れば、大会どころではなくりそうだが……」
「あらあら、相変わらずですね」
 
 試合はまだ開始して20分ほどだろうか。キリヤナギはセオから、今季の大会の戦績表を渡され、3人でそれを楽しんでいた。

@

 造花が破壊されたジンは、救護班に案内され待機所へと戻ってきていた。
 簡単なテントが組まれるそこは、グランジが耳栓をした状態でデバイスを見ていてほっとする。彼はこちらの気配に気づき、席を1つずれてくれた。
 右耳の耳栓を外し、グランジはジンをみている。

「珍しい……」
「めちゃくちゃ久しぶりでした、負けるの……」
「油断?」
「そんなつもりもなくて……はぁ……」

 項垂れるジンの背をグランジは摩ってくれる。溜め息はショックよりも過労の方が大きかった。
 顔を上げたグランジにつられ、ジンも目の前のモニターを見ると、そこは先ほどジンを倒したフュリクスとリュウドが接敵している。

「勝てるか?」
「勝てます。多分リュウド君の方が対応しやすい」
「……!」
「俺よりずっと真っ当な『タチバナ』なんで」

 即答したジンへ、グランジは驚いていた。今までこの手の質問には曖昧な返答しか返してこなかったジンが、リュウドなら確実に勝てると断言したからだ。

「それに【身体強化】は、【未来視】の打点になれると俺は思っててーー」

 語り出した。
 グランジは、ぼーっとモニターを見ながらジンの「語り」を聞き流し安心する。

「ーーだから、大丈夫です」

 うんうんと、グランジは頷いていた。

@

 ジンが脱落し、宮廷が再び追い込まれる中でセスナは、突然目の前へと現れた3人組へフリーズしていた。
 夕方にも近い午後の森は、動物達も落ち着いているのか、静かで爽やかな風が吹き抜けてゆく。

「ご機嫌よう。あんたらの隊長はどこ?」
「ご、ご機嫌よう」

 震えながら返事をするセスナに、相手の女性はまるで怒りを抑え込むように睨んでくる。

 セスナは、セシルとはぐれていた。
 開始時点では、護衛として一緒に歩いていたのに、獣道を歩いていたらいつのまにか視界から消えて1人になっていることに気づく。
 セシルの心の声は僅かに聞こえてきており、見つけやすい場所にいればそのうち合流できるだろうと踏んでいたが、まさかその前に、敵軍の3名と合流することになるとは思わなかった。

「こいつ迷子だ」
「ひっ、【読心】……!」

 オリヴィアのカミングアウトに、セスナは肩をすくめる。何も話していないのに指摘された事へ驚き、反省しながら恐る恐る口を開く。

「は、はじめまして、宮廷騎士団。ストレリチア隊所属、特殊親衛隊のセスナ・ベルガモットです……」
「貴方も【読心】でしょう? 自己紹介はいるかしら?」

 バレていると歯を食いしばりながら、セスナは目の前の3名の心の中の自己紹介を読んだ。奥のガタイのいい 男はガイア・クローバー大隊長。銀髪長髪の女性はイリス・カレイド。黒髪短髪の女性は、オリヴィア・ペッパーだ。
 赤の造花をつけるガイアは、尻込むこちらを静観している。

「おまえさん、大将と一緒にいたんじゃないんかい?」
「あはは、ちょ、っと、逸れてしまって、ぼ、僕も探してるんですけど……しりませんか?」
「しるかっ!」

 オリヴィアはノリがいい女性だとセスナは安堵したが、横のイリスが突然狙撃してきて思わず後退した。

「まぁいいや。フュリクスに取られっぱなしでイライラしてたし、その花もらいましょうか」
「い、い、いやですー!!」

 セスナは回れ右をし、3人へ背中を向けて駆け出した。
 セスナは元々対人戦が苦手なのだ。
 騎士になったのも家が医師の家系で、そのプレッシャーから逃れたいと言う本音から来たもので、ここで戦いたいと思ってきたわけではない。

「あいつ非戦闘員だ!」
「読まないでくださいー!」
「なんで出場してるのかしら……?」
「色々あるんじゃろ」

 ガイアの言う通りで、本当に色々あるのだ。セシルは実力を信頼してくれているが、どちらかといえば心を読んでカウンセリングをする方が得意で、チームが固くならず自然体で挑めることを目標に空気を作っていた。
 ジンやグランジは未だ出会ってから一年ほどだが、それがうまく機能したのか相応の実力を発揮し、シズルもまた勝ちを一つとってくれた。リュウドは真面目で騎士の体裁を守りたかったのか、セスナは会話で彼の調子を戻せず課題だったとも反省する。

「あいつ倒せばチームこわせるぞ!」
「あら、そんなに重要なの?」
「やめてくださいよぉぉー!」

 3人とも騎士で足が速い。少しずつ追いついてくるオリヴィアは、笑いながら並走を始め、セスナは道から脇の茂みへと逃げ込んだ。
 一気に足場が悪くなる中でも、速度を落とさずついてくる彼らに、セスナは振り返らず走り続ける。

「とまれやぁ!!」

 オリヴィアの背後からの狙撃音に、セスナは木を盾にして逃げ続ける。幹を飛び越えたり、段差を軽く乗り上げたりと「非戦闘員」らしくない動きを見せるセスナに、3人はセスナが「一応は騎士」と認識を改める。そして、ついてゆけばゆくほどに林は徐々に深くなり、足場は獣道から木の葉のクッションへと変わって走りにくくなっていった。

「くっそ、どこいったボーナスキャラ!」
「ボーナスじゃないです!」
「あっちだ!」
「そこはちゃんと否定するのね」
「ははっ、面白い宮廷だのう!」

 笑い事ではないと、泣きながら追走戦を続けていたセスナと3名は、突然響いた運営部の通信に一度足を止めた。

「『タチバナ』に勝った? やるじゃねーか」
「流石ね……」
「なら、あと一つか……」

 ひぇ、と遠くの彼がフリーズする。
 三人は余裕の笑みをみせ、再び走り出したセスナを追った。

@

 ジン・タチバナを落としたフュリクスは、彼のその後を見届けず、再び戦場の次の敵を探していた。
 しかし先程の戦闘で得た高揚が未だ冷めきらず、気持ちが昂り半分は無心となっている自分に戸惑う。

 残っている感情は「なんだったのだろう」と言う疑問だった。
 自分が勝ったのは間違いないが、それは圧勝ではなく使う予定のなかった八連斬を使わされた初めての辛勝だったからだ。
 一瞬四斬は、元々クレマチス家に伝わる剣術流派の奥義の一つで名を「四季咲」という。それは斬撃を相手の視認速度を超えた域で放つ、いわゆる高速斬りでもある。
 フュリクスはこれを長尺刀で放つことにより、小柄な体の不利を相殺すると同時に斬撃による盾を作るが、この技を長尺刀で振るうことは、多大な負荷を肉体へもたらすために一試合での使用回数に制限をつけられていた。
 一試合で五回だけ、サフィニア戦は二回で良かった。ウィスタリア戦も四回で済んだが、この決勝戦では既に上限の五回使っている。また八連斬は、「四季咲」を二回使うフュリクスのオリジナルで、叔父の師範からはそれをやれば身体が持たないと警告を受けていた技でもある。

『フュリクス! そっちはどうなっている?』

 ガイアの口調は少しだけ焦っていた。
 2人倒し、残りはあと1人と言う戦況は、隊長として喜ぶべきだとも思うのに彼はいつも心配ばかりで喜んだ様子も見せない。

「見てなかった? 『タチバナ』は倒したよ」
『流石だが、体は大丈夫か? もう「それ」は使うべきじゃない』
「なんともないよ。それより敵の大将どこにいるの?」
『副長はみつけたが、大将は未だ見当たらん、それよりもこちらに一旦合流しろ。体の方が心配だ』
「無用な心配だよ。そんな事より隊長とみんなが倒される方が面倒だからかくれてて!」
『お前はーー』

 フュリクスが通信を切り、前を向く。【千里眼】も万能ではないと悪態をつきかけた時、傍から唐突な狙撃音が響き、フュリクスが反応する。
 連続してくる音へ、切り返すように木の枝を握ると腕に感じた事のない痛みが走った。それは着地時の足にもきて、困惑する。
 なんだ? と足を止めると茂みから剣を持った騎士が突っ込んできて、フュリクスは更に跳躍。
 現れた金髪の騎士に再び気持ちが高揚した。

「宮廷騎士団。シラユキ隊所属。特殊親衛隊、リュウド・タチバナ・ローズ!!」
「カレンデュラ騎士団、フュリクス・クレマチス! また『タチバナ』か。負けない!!」

 体の痛みをものともせず、フュリクスはリュウドに向けて再び突撃をかけてゆく。

120

 旧狩猟場の林にて、今、かつてないほどの激戦が繰り広げらていた。
 普段、風の音や小鳥の声が聞こえる穏やかな場所へ、耳へ響くような激しい剣撃音が響き渡り、周辺で休憩していた動物達が逃げてゆく。

 戦いは熾烈を極めていた。
 ジンが連戦となっていると連絡をうけたセシルは、援護としてリュウドを送る指示をだした。
 カレンデュラの異能、【身体強化】を倒したジンは、練習時に話していた言葉を有言実行したが、新たな敵との連続接敵をしたらしく、応答がなくなったのだ。
 状況がわからないと言うセシルの為にリュウドが赴くと、ジンの脱落のアナウンスがながれ、合流する前に彼と対面した。

 カレンデュラ騎士団、フュリクス・クレマチス。
 クレマチス家はカレンデュラ領、別名北東領で代々騎士を輩出する名家だ。その武道は、反りのある片刃の剣を使うもので、オウカ式のサーベルとは微妙に形が違っている。
 どの程度のものだろうと興味をそそられたが、それが始まった時。リュウドは衝撃を受けた。
 武器の大きさに比例しない高速。
 その動きに無駄がなく、重さと長さを利用した連続攻撃がきて、受け切れないと判断したリュウドは、即座に【身体強化】を発動した。
 強化された全身の筋肉により、本来なら難しい動作が可能となった事で突然放たれた攻撃は防ぎ切る。

 対面序盤での発動は、初戦のタイラーを思い出すが今のリュウドの思考は冴え、冷静にカレンデュラの騎士を見据えることができていた。

 クレマチス家の少年は、俊足で間合いを詰め縦横無尽に乱舞しにくる。
 この動作は、休憩時間にも動画で確認していた動作と同じものだ。
 その速度にサフィニア、ウィスタリアを蹴散らしたのも納得がゆき、早すぎて常人には判断が追いつかないだろうと評価する。

 リュウドは、フュリクスの攻撃タイミングに合わせて背後を取るように動くが、彼は縦に振るった斬撃を見た瞬間、内側に擦り抜けるようにして、背後側に回ってきた。
 とんでもない早さだ。
 長い刀身が動きを阻むように戻ってきて、防ぎきれずそのまま弾き飛ばされてしまう。

「これは、とんでもないヤツがいたもんだ……」

 床へ叩きつけられたリュウドの心に浮かんだのは、これまでの経験則では見た事がないと言う感想だった。
 【身体強化】を正面から打ち破って来るのは、シンプルな力が自身を上回っている事に他ならず、リュウドは心で強い衝撃を受ける。

「……お前、本当に『タチバナ』の使い手なのか?」

 対するフュリクスは憤慨していて訝るような表情をみせる。
 先程、『タチバナ』であるジンに勝利をしてきたフュリクスにとって、今戦っているリュウドと言う男に納得ができないとそんな表情だ。

「確かに、鍛えられた技術はある。【身体強化】だってかなり無駄がないと思う。でも、何故『タチバナ』を使わない? ふざけているのか?」

 フュリクスはそう言いながら突進し、横薙ぎに長尺刀を払う。
 広範囲に届く斬閃に対して、リュウドは長剣を縦に構えて受け止めるが、徐々に徐々に後退を余儀なくされる。
 誰がどう見てもリュウドが劣勢。
 それは戦っている当人同士達でさえ誤りない認識だった。

 ここからどう巻き返せるかと言う中で、リュウドの中には「負けたくはない」と言う確固たる意思もあった。
 それは、ジンの脱落報告があってから時間が十分に経過しておらず、このフュリクスは休息を取ってはいないと憶測する。

 ジンと言う一つの砦を突破したフュリクスは、今現在その「疲れている」と言う事実を態度には出さないが、必ずが何か残していると言う確信を持ち、その刃を振るった。

「『タチバナ』なしで、僕に勝てると思うな!!」

 憤慨するフュリクスにリュウドは思わず押し負けそうにもなる。
 だが、ここで折れてはいけない。折れる訳がないと、リュウドは弾くように剣を押し返した。

@

 そんな宮廷が押し込まれる決勝をハイドランジアの騎士達の彼らは唖然とした様子で観戦する。
 この大会において無類の強さを見せるフュリクス・クレマチスは、初戦から準決勝、決勝まで、他の騎士団を全て倒してきたまさにカレンデュラ騎士団のエースだ。
 この騎士団の強さは、この少年がたった一人で担っているといっても過言ではなく、それは宮廷騎士団、個人戦一位のジン・タチバナを破ったことで証明されたとも言える。
 そして、そんな新鋭の騎士フュリクスと戦っている相手は、同じ宮廷騎士団の「タチバナ」。リュウドだ。

 リュウド・ローズと名乗る彼は、一見すると平凡な騎士にも見えるが、本家より名を捨て分かれたもう1人の「タチバナ家」であり、正式名はリュウド・T(タチバナ)・ローズだと、囁かれている。
 
「宮廷の主力がやられたか。これは今年は厳しいかな」

 ハイドランジア騎士団の大将、クロガネ・ハイドランジアは、仲間と共に王宮へと戻り、選手向けに用意された広間で優雅に観戦する。
 公爵である為、一際豪華なソファへ座るクロガネは、ディスプレイに映る戦いを見届けながら頬杖をついていた。
 周りに座るハイドランジア騎士団の彼らは、選手だったとは思えないクロガネの態度に呆れながらも、モニターで繰り広げられる高速戦闘に青ざめ、エストルのみが真剣にそれを眺めている。

 宮廷のリュウドは良く戦っているが、それでも劣勢に変わりはない。
 【身体強化】を使って尚この状況下では、時間に制限のないフュリクスとどうなるか素人でも分かる。

「我がハイドランジア騎士団が、決勝まで行かなかったのは幸いだったかもしれんな」

 クロガネが啜っているのは、ワイングラスに入ったオレンジジュースだった。テーブルには当然ワインも用意されているが、彼曰く、運動後はこれが良いらしい。

 選手として有るまじき言動を放つクロガネだが、周りの四名はこの試合をみて何も言うことができなかった。
 エストルとルナリアの二人が、万全の状態で挑んだとして、恐らくあの超速度から繰り出される攻撃を防ぐ事が出来ない。
 それは速度差だけでなく、魔術における「盾」は、現代の「銃」には強いが、近代技術であるが故「剣」には対応していないからだ。
 それは、剣は弾丸と力の掛かり方が違うため最小限の魔力では、生成される魔力結晶の厚みが足りないからにある。
 デバイスの詳細設定から厚み操作することは可能だが、最小限が売りである「オートガード」でそれを行う事は、本末転倒ともいえる。

「悔しいですけど、確かに相手にならなくて良かったです。オウカって本当に野蛮な人ばかりですね」
「『王の力』見たいって言ってきたのはルナリアでしょ。エストルに感謝しなさい」
「リリアさん。私、エストルは大好きですよ。酷いこと言ってごめんなさい」
「ル、ルナリア……今は止めよう」
「と言うか、私もう何が起こってるかわかんないんですけど、隊長わかります?」

 お菓子を頬張るユズに、クロガネはモニターを目を細めて凝視する。しばらくそうしていたが、彼は目を閉じて同じ体制にもどった。

「さっぱり分からんな」
「ですよねー」
「私はある程度見えますので解説でも?」
「気にしないで、エストル。どうせルナリアが文句言うだけだし」
「エストルにはいいませんよ?? でも、あの人、私の魔術に手も足も出なかったのに、なんで戦えてるのか不思議です」

 ルナリアの言葉は、エストルにとっても何か燻るような感覚の疑問だった。
 それはルナリアとエストルの2人は、今フュリクスと交戦しているリュウドをねじ伏せ、造花を勝ち取ったからにある。
 戦っている時は、こんな速度が出ているようにも見えなかったのに不思議で仕方がない。

「アレを倒したの? 貴方達すごいわね」
「うふふ、もっと褒めていいんですよ」
「……」

 エストルは何も言わず、モニターを凝視していた。
 風のように動き回る2名の騎士。それは閃光の如く刃をぶつけては、お互いに譲らない激戦を繰り広げている。
 リュウドと対面した時、エストルは彼からここまでの気迫を感じてはいなかった。
 あの時の印象から考えれば、フュリクス相手にここまで食いつけるとは到底思えず、心境の変化があったのだろうと憶測する。
 リュウドの剣を受けた時、エストルは彼の中へと蠢く「迷い」を感じていた。何としても勝ってやると言う「焦り」と、こうあらねばならないと言う「プライド」を持った剣は、力の入り方が中途半端で動きも典型的なものだ。
 しかしそれは、彼の実力はこれではないと言う証明で、エストルは何ができるだろうかと考えて戦っていたが、リュウドは痺れを切らし【身体強化】を使ってルナリアへ倒されてしまった。

 敵であるエストルは、壁になることしかできなかったが、今こうして全力で戦う様に安心し笑みが溢れる。

「……よかったな」

 クロガネの言葉に、エストルは驚いた。

「隊長。エストルと何かあったんです?」
「笑っていたので、きっと良いことがあったのだろうと……」
「普通、それだけで同情します??」

 エストルは何も知らない。
 ただ敵であっただけだが、最後の決戦へ挑む彼へ、心からのエールを送っていた。

121

 フュリクスは、金髪の騎士リュウドとの戦いにおいて、自分が攻め切れない現実にイラ立ちを感じていた。
 相手は防戦一方で攻め手に転じる事さえせず、その態度は初めから勝負を投げたとしか思えないからだ。
 フュリクスは長尺刀で後退したリュウドへ追い込みをかける。
 【身体強化】を使って尚、守勢に甘んじ続けるリュウドはこれ以上の進展は期待ができない。なら時間切れを待たなくとも勝利ができるとフュリクスは動いた。
 しかし、振るった横薙ぎの斬撃は後退したリュウドの剣によって阻まれ、造花を破壊するには至らない。
 おかしい。
 何故だ? 相手に何が起きている?
 フュリクスは、眼前のリュウドを見据えた。その青の眼は透き通り、全てを射貫くが如き眼光を備えている。

「お前に何が起きているのか確かめるのは、これしかないようだな」

 フュリクスは自身の最大の力で持って挑むと決めた。
 大地を蹴り、初速から一瞬で速力を最大まで引き上げる歩法「瞬足」。これは身体を風と一体化するが如く超速度となるクレマチスの技の一つだ。
 フュリクスはリュウドへと突撃をしかけるそのままに【未来視】を発動させ、リュウドがこれから動作するであろう未来の動線を映し出す。
 フュリクスが繰り出したのはクレマチスの奥義「四季咲き」。上段からの唐竹に斬り下ろし、右薙ぎ、左薙ぎ、そして最後には逆風に斬り上げる。
 四か所にわたるそれは、リュウドにとって致命的とも言える攻撃のはずで、最後の斬撃の先にはリュウドの造花がある。

 これで決着。
 フュリクスは、視界に移る未来により勝利の確信を得たその時だった。

 転瞬。
 自身が見えていた未来が、一瞬で搔き消えるや、これまでに見た事がない速さで斬撃が撃ち返されていた。
 唐竹に対して逆風。
 左右に薙いだ剣閃がぶつかり、逆風の斬撃を唐竹でもって返される。剣と刀がぶつかり合って、全身に衝撃が走った。
 発生した現象を理解するまで時間がかかり、フュリクスの胸中へはじめての感情が生まれる。

「『タチバナ』は【王の力】に対抗する技術だ」
「……?」

 突如語り始めたリュウドに、フュリクスは自然と耳を傾けていた。

「【王の力】への対抗手段は、【王の力】を持たない者に不利な武術となった。これは「タチバナ」が、通常の武道に対して、無駄な動作が増えるからにある」
「何が言いたい?」
「俺は今まで【身体強化】を使っている間、『タチバナ』を上手く使えなかった。時間制限のある【身体強化】に対して、無駄な動きを要求する『タチバナ』は、冷静になろうとする心を阻害していたのかもしれない」
「……」

 フュリクスは『タチバナ』使いではない。 よって彼が言うような「【王の力】の使用中に上手く使えない」という状況が理解が出来ないが、この男が何を言わんとしているかは分かる。

「なるほどね。その両立が出来るようになったって? だから、どうしたんだよ」
「感謝してるのさ。お前との戦いが俺には必要だったのかもしれない。二つの力の両立は、俺にとって壁になっていた。その壁を超えられたのは、間違いない。お前のおかげだ」

 言うやいなや、リュウドが攻勢に転じて来た。
 【身体強化】と『タチバナ』。
 その二つを同時に使いこなしたリュウドの斬撃は、フュリクスの長尺刀を的確にいなして、フュリクスを追い込んでくる。
 ぶつかり合う剣と刀の競り合いが、眼前で軋みをあげギリギリと音を立てる。
 ならばと組み合いを嫌ってフュリクスが後ろへ飛び退るも、リュウドはぴったりとつくように跳んでいた。
 縦へ、横とへと斬撃がぶつかり合い。中空で斬り合う。
 だが、リュウドはフュリクスの見る未来から常に上回った動きをしてくる。
 これはあの時、ジン・タチバナと戦った時に感じた『タチバナ』の動き方だ。あたかも自身が見た未来を想定したかのようなその動きに、フュリクスは舌打ちする。
 
 まさか、自分が押されている?
 それはフュリクスにとって、これまでにない経験となっていた。
 戦いの流れは、リュウドへと傾いてきていると、フュリクスは認識していた。だが、その事実はフュリクスにとって最も受け入れがたい。

 奮起して行った反撃に長尺刀を握る腕に力が入った。
 またも一瞬にして四斬の「四季咲」。既にガイアから定められた回数制限はとうに超えているが、そんなもの関係ない。
 奥義を放とうとしたその瞬間の事だ。フュリクスの全身に感じた事のない痛みが走る。

「な、んだ…これ」
「!?」

 フュリクスと剣を撃ち合わせていたリュウドも瞠目していた。自分が戦っている者が予期せぬ動きをしたためだろうか。
 痛い。
 痛い。
 なんだこれ。
 身体に正体不明の痛みが走り回る。
 自身の身体の内側で、運動エネルギーがうねるように暴れ狂う。
 フュリクスの頭に、叔父の言葉がよぎった。

 一瞬八斬を使用すれば、自身の身体を壊すと。
 フュリクスの内側から湧き上がる力は、自身の身体に収まりきらない。
 自分の力が自分自身の身体を壊そうとしている。
 
『おい、フュリクス。お前、様子がおかしいぞ?』
「……何が? ……いつも通りだけど」

 突如耳朶を打ったのはガイアの言葉だ。戦いの最中に面倒な。フュリクスは、舌打ちしつつも応答していた。

『強がりで返すな! 今のお前の身体は変だ。今すぐ退避しろ!』
「大丈夫だよ。心配性だなぁ」
『お前に何かあったら、副団長閣下になんと言えーーー……』

 フュリクスは、ガイアからの通信を切ってリュウドと向き直った。

「そこで僕がコイツに勝つとこ。見届けてよ」

 フュリクスは一人そう呟く。
 だが、見るとリュウドも剣を下ろして、こちらを見据えている。
 なんだその眼は、そう思って睨み返すと。溜息をついてこちらを見つめ返してきた。

「試合はここまでだ。君の状態はおかしい。これ以上は……」
「これ以上はなんだ? 勝手に決めるなよ」
「勝手に? 馬鹿な事を言うな。君は明らかに変だ。これ以上戦ったら身体を壊すだけだ」
「だったら何だ? 戦っている相手にその提案は、降参でもしてくれるのか? お前が僕と同じ立場ならどうする?」

 フュリクスは拳を握りしめて、自身の身体で暴れ狂う痛みを身体の奥底へと追いやった。
 今邪魔をするな。
 終わったら存分に向き合ってやる。と。心の中で呟き、額の汗を拭って笑みを浮かべた。
 対するリュウドは静かに剣を構え直す。

「そうだな……今の言葉は、戦士に対しては非礼だった。君を倒して、この戦いを終わらせる。それが俺に出来ることだ」
「良い答えだよ。不可能だと思うけどね」

 二人はもう一度構え、更に全力でぶつかりにゆく。

@

「ふむ、この後に及んでも劣らない戦意。なかなか熱いな。やはりあの少年が取るか?」
「や、どうでしょうね」

 マグノリア騎士団の代表で大将を務めたクロードは、試合の運びを見て感想を口にした。
 王宮の選手向けの広間には、数台のモニターに決勝の映像が流れていて、他の騎士達はここのスペースで寛ぎながら観戦する。
 一回戦で破れたマグノリア騎士団の五名は、アメリアが【身体強化】の反動でソファを占領して横になっているのに加え、シュガーとミカンもうとうとと船を漕いでいた。

「そうか? あの『タチバナ』は、もう【身体強化】を切っている。不利なのは彼だと思うがね」
「多分、残り時間はあんまり関係ないと思いますよ。リュウドさんのあの集中力は半端じゃない」
「ふむ。一度戦った相手だから思い入れもあるのかな?」
「えぇ、もしかしたら、俺との戦いでスイッチ入ったのかなと思ったんですよね」
「スイッチ?」

 楽しそうに試合を見るタイラーに、クロードも笑みをこぼす。他の3人が過労でダウンしているのに、この男はどれほど体力馬鹿なのだろうと、

「なら。どちらの予想が当たるか賭けるか?」
「お、面白そう! 良いですよ。隊長が夕飯奢ってくれるとかですか?」
「えらく自信があるんだな。なら、私が勝ったらしばらく首都に残ってアレックス様の護衛をしてくれ」
「いいですよ! ってそんなん、別に賭けなくてもやりますって、うぉー、リュウドさん頑張れー!」

 タイラーはモニターの前で、シャドウボクシングを披露していた。

122
 
 リュウドとフュリクスは、超速度でその場を入れ替えながらも互いの剣と刀で斬り結ぶ。
 技と力、予測力。全てが拮抗する戦いだ。
 フュリクスの左と見せかけた剣閃が瞬時に翻って逆袈裟に走る。
 リュウドがフェイントを入れるも、フュリクスは動揺することなく対応し、対するフュリクスも応酬する一撃一撃に対してリーチが長すぎるという不利もどこへか凄まじい迅速さで受けて反撃へと移る。
 しかし、フュリクスの高速の剣撃はリュウドの長剣によって全て捌ききられていた。
 
 初戦と準決勝で不信があったリュウドだが、そんな事実があったのか疑わしい程にその動きは鋭い。
 また、身体に変調を抱えたフュリクスは、その動きに精彩を欠くこともなく、持ち前の俊敏さで視覚を揺さぶりながら瞬速の剣撃を見舞う。
 共に一歩も譲らない。
 互いの剣と刀が火花を散らし、何度も何度も交わる。

 二人の間に交わす言葉はもはやない。
 それ以前にこの高速の世界では、もはや言葉を成した時に既に全てが過ぎ去っているだろう。
 圧縮された時間の中で二人は凄絶な笑みを浮かべていた。
 剣を使う者同士。
 もはや廃れつつある武器で交わす一合一合が、一種のコミュニケーションとなり、その一瞬が、言葉以上の多くの意味を持つ。

 共に武の道を行き。技を鍛えた者同士。
 自身が学び、培ってきたものが優れていると、心をとしてぶつけ合う。

 大きく開いた間合いから二人は、互いに必殺の動作へと移っていた。
 弾丸さながらの速度で突進し合う二人は、間も無くこの戦いが終わることを本能で感じ取り、動いた。

 フュリクスは、身体を大きく旋回させながら跳躍してリュウドへと突撃。
 一瞬で展開した斬撃の数は八だ。

 リュウドもまた、天から急襲をしかけるフュリクスに対して、自分の剣技の最奥でもって迎え撃つ。全ての速度が加速し色彩を失った世界の中で、高速に達した剣がぶつかり、一合、響いた金属が擦れ合う。

 そのまま交差した剣は、二合、三合と叩き合わせられて音を置き去りにしていく。
 更に加速した世界では、四、五、六と斬撃が拮抗し、火花を散らして互いの身体に衝撃を見舞った。
 七度目の剣を捌いた後、リュウドとフュリクスの腕に力が籠る。
 正面からぶつかった一際強い衝撃。
 斬り合った八閃の刃が、互いの空間から空気を断ち割った。

 もはや全ての力を出し切ったはずの二人は、それでもまだ前へ進む。
 互いの選択は刺突。もはや次の一撃などない身体ごとぶつかるが如く。その速度は雷撃そのものと化していた。
 
 そして、輝く刃が交差した後。
 リュウドとフュリクスは位置を変えて、大地へと着地する。
 はらりと美しく舞うのは花弁だ。
 この大会のために作られた造花は本当に見事で、砕けてゆくその様は正に散ってゆく花そのものにも見える。
 そんな青く美しく砕けたのは、フュリクスの胸にあったものだった。
 それを見届けてか、ゆらりと地面へと倒れ込むフュリクスを、リュウドは支えるように滑り込む。
 
 会場はシンと静まり返って、皆息を呑んでいた。
 誰もが激戦を終え静かに眠る若き騎士を見守る最中、誰も見ていないモニターへもう一つの試合が流れていた。
 その場面は青の騎士が、3人の騎士に追い詰められ、四面楚歌となっているダイジェスト映像だ。
 銃を向けられた彼は、必死に造花を守ろうと動く中、直後、突然の狙撃によりもう一つの造花が破壊されていた。

 ガイアは、目の前の青の騎士を追っていた。
 「王の力」の一つ、【服従】を持つイリスと【読心】をもつオリヴィアと共に、最後の造花を狙って宮廷騎士を追う。
 内陸側で平地が多くを占めるカレンデュラ領では、騎士団は皆、森林地帯を歩き慣れておらずフィールドでは若干こちらが不利だが、対面は3対1であり圧倒的に有利な局面でもあった。
 ここで落とせれば優勝だが、ガイアはずっと心境へ不安を抱えていた。
 一つは奥をひたすら走り続け、逃走する騎士がいる。宮廷騎士団の5名は、すでにフュリクスが2名落とし、残りは3名。またフュリクスとの通信が繋がらないことから接敵し戦っているのだろうと考察する。その上で、大将は護衛をつれているはずだが、こちらには視界には一名しかおらず造花も青だ。
 フュリクス側にいるのだろうかと推察しつつ、【千里眼】にて確認をしたいが、【千里眼】は、その特性上使用すると通常の視界が見えなくなる為に、冷静に索敵する為には立ち止まる必要がある。

「上手いな、ストレリチア……」
「隊長?」

 【身体強化】と【未来視】が割れ、すでにカレンデュラ騎士団の異能は全て把握されているに等しい。
 2対1と言う終了目前のスコアを持つこちらは、たしかに目の前に1人の騎士が現れれば全力で狙うからだ。
 だがそれは、目の前が見えなくなる【千里眼】を潰す一つの時間稼ぎとも言える。

「なんでもない。フュリクスは……」
「あいつなんてほっといたらいいじゃないすか」
「ほっといていいものなら、そうしてるがなぁ」

 二つ目の不安はフュリクスだった。
 ここまで順調に進んで来れたのも全て彼の功績だが、その幼い体があれほどの高速戦闘を行い続ける反動に耐えられるとは思えない。
 先程まで【視て】いた試合は、ガイアですら初めて見る動きを見せており、その体へ相当無理させていることは明らかだったからだ。

「一回負けて反省すればいいんだよ!」
「オリヴィアさん。ガイア隊長は一応上官ですから……」
「そこは気にせんでええ」

 どうするかと、ガイアは思考を巡らせる。敵の大将がどこにいるか分からないのがネックだが、合流されても厄介だからだ。
 それもマグノリア戦でみた【服従】は、効果はなくとも確実に隙をつくられてしまう。またハイドランジア戦のテキスト記録から、狙撃によってイヤホンを外されており【服従】は防御されなかったと報告されてもいる。
 その銃の名手がだれかわからないが、セシル本人の可能性もあるならば、合流されることも大きなリスクだ。

「あー! くっそ、待ちやがれ宮廷!!」
「オリヴィアさん、さっきから何をイライラされているのです?」
「アイツ騎士の癖に心で弱音しか吐いてねぇんだよ! ムカつくー!」
「読まないでくださいーー!!」
「臆病なのね……」

 ガイアはどう動く事が理想であるかを考える。オリヴィアが【読心】で読めていない時点で、青の騎士本人には、おそらく作戦は告げられていないのだろう。
 何も知らないのなら、敵も大将を探しているか。

「合流前に捕まえる。イリス、オリヴィア。回り込め」
「「はい!」」

 2人は一度散会し、セスナを囲い込みにゆく。最も速いオリヴィアが、並走する形でセスナへと並び、走りながら狙撃する。
 当たりたくはないと、木陰に隠れた彼へイリスがさらに追いつき、叫んだ。

「”とまれ!!”」

 【服従】による命令が発される。一瞬停止したかに見えたセスナだが、接近するイリスへ気づいたように退避して再び駆け出した。
 復帰が早いとイリスは感心もする。【服従】は、脳が命令と認識するまで数秒の時間差があり、その時間は個人差がでる。
 本来なら2.3秒の差が、セスナは1秒ほどだろうか。「慣れている」と理解し、再びオリヴィアが攻めにゆくと狙撃音に合わせて前転したセスナは、腰を落とし身を隠して狙撃し返してきた。
 これをみて、イリスもさらに援護に入りさらに接近を試みる。
 3対1の銃撃戦がはじまると、皆が身を隠すとセスナは再び羽織を翻して逃走した。

「わぁぁあん! セシル隊長ー! どこですかーー!」
「逃げるなーー!!」

 少し落ち着けと言いたくなったが、優勝がかかっていると、ガイアは更にセスナを追う。そして開けた場所へでた時、セスナの靴へ弾丸が当たり、つまづいて前転、仰向けでひっくり返った。
 必死に走ってきたためか、目の前に演習場を仕切るフェンスがあり逃げ道がない。
 撃たれないよう、腕で造花を隠すセスナは震えていた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「別に何もされてないのだけど……」
「オラ! しばかれたくなかったら造花よこせや!!」
「いやですーー!!」
「オリヴィアさん、そんなチンピラみたいな……」

 オリヴィアは仕方なく銃を抜き構えた。イリスも弾丸を確認して牽制する中で、後ろのガイアは、ふとフュリクスの同行が気になり【千里眼】を開く。
 彼は、相変わらず全力で戦っていた。その閃光のような速さに追うことも難しいが、彼と付き合いのあるガイアは、その動きに感じた違和感へ即座に通信をとばす。

「おい、フュリクス。お前、様子がおかしいぞ!」

 返事をしろと祈るように通信を飛ばす、すると彼は普段とは違うわずかに掠れた声でかえってきた。

『……何が? ……いつも通りだけど』
「強がりで返すな! 今のお前の身体は変だ。今すぐ退避しろ!」
『大丈夫だよ。心配性だなぁ』
「お前に何かあったら、副団長閣下になんと言えばーー」

 直後。銃声が響く。
 付近の茂みから放たれた弾丸は、真横からガイアの赤の造花を打ち抜き、3名は何が起こったか理解ができなかった。
 弾丸により吹き飛ばされた赤い花は、真っ二つになりながら数メートル先へ落下し砕け散る。

「悪いね。クローバー卿」
 
 現れたのは赤の騎士服を羽織る、汗だくのセシル・ストレリチアだった。そんな彼の姿を見たセスナは、腰が抜けていたのこ、床を這うようにセシルの足へ抱きつく。

「隊長ぉぉぁぁぁー!」
「いつから……?」
「はじめから」

 呆然とする3名に、セシルは羽織りを下ろし、ハンカチで汗を拭いていた。
 セシルは、セスナとあえてはぐれることで、彼が三人と合流するのをずっと伺っていたのだ。
 【読心】のセスナへ「広い場所で歩いておけば、そのうち合流する」と心の声で伝え、彼が読めそうで読めない距離を取りながら後を追った。
 不審に思ったガイアがペアになるか、それとも【千里眼】を使うタイミングで狙撃できる位置をとっていたが、そのタイミングは思わぬタイミングで訪れる。
 フュリクスに気を取られ、ガイアに背を向けるイリスとオリヴィア。同じく立ち止まったガイアを、セシルは気付かれる事なく狙撃した。
 思わぬ距離から狙撃されたことに、ガイアは大きく笑う。

「はっはっはっ、やられたわ! ストレリチア! 流石とも言おう」
「光栄です」
「そんな、今【千里眼】で見てたんじゃ……ー」
「レディ、イリス。【千里眼】は言わば目を上空へ送るようなものです。その視界には限界がある」
「どう言う……」
「人を認識できるまで拡大すれば、当然視界は狭まり、自分の周辺が完全に見えなくなる。クローバー卿は、仲間の怪我すら把握する程よく【見て】おられましたからね」
「は……」
「なるほど、宮廷はよく分かっていて助かるな」
「ち、あんた、こいつが近くにいたなら何かアクション取りなさいよ!!」
「知らないですー! 隊長はいつも心の表面ぐらいしか読ませてくれないんですもんーー!」

 セスナは声は聞こえても、位置を正確に捉えることはできない。捉えるためには、声がはっきりと聞こえる味方が必要である為に、ガイアと一定の距離を取っていたセシルは、全く別の場所にいると錯覚したのだ。

「我々があなた方に勝てる手段など、このぐらいしかないですよ」
「その割に我が隊の主力、クレマチスといい戦いをしておるが」
「はは、それはそれです。私は未だ彼らを分かって居ない」
「捨て駒か?? 噂通りだなストレリチア!」
「このゲームは、そう言うものですよ。クローバー卿」

 このセシルにとって、フュリクスへ当にいった騎士達はみな囮だったのだ。初めからこのタイミングを狙い、青の造花を取る気はなかったと彼は話している。
 そんな囮にされたセスナは、まるで聞いてもいないようにセシルの足を頬擦りしていた。

「まんまと嵌められたわけですか……」
「納得いかねぇー!」
「すまんのぉ、ワイの力不足だ。許してくれや、オリヴィア」

 ガイアは、踵替えしたオリヴィアへ謝り、セシルへと向き直る。
 その中でセスナは、セシルの後ろへ隠れながらもその場の全員の心が穏やかになってゆくのを感じていた。

「我々は嵌められたが、フュリクスが心配だ。ストレリチア卿、悪いが一旦失礼する」
「おや、どうかお気になさらず。貴殿と戦えた事を光栄に思います」

 ガイアとセシルが握手をした時、通信からガイア・クローバーの脱落と宮廷騎士団の勝利が知らされ、彼らはフュリクスを探して走り抜けていった。

 皆が全力を出し切った騎士大会、集団戦の決勝は、今季も宮廷騎士団が優勝を収め、観客席からも大きな拍手が上がっていた。

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