第二十五話:変遷

 

 シルフィから話された文化祭の開催日に、キリヤナギはどうにもならない気持ちをかかえていた。
 暫定とはされているが、予定されているその日はシダレ王の誕生祭の日であり、もしこのまま決定となれば、キリヤナギは参加することができなくなってしまうからだ。
 思えば自室にはすでに衣装だけでなく、暫定で渡された予定表も届いていて、分刻みのスケジュールと共に、午後からは美食の祭典への参加と書かれている。
 まだわからないが、重なればライブにも参加できずアステガやジーマンには申し訳が立たない。
 少しだけ生徒会の作業を手伝ったキリヤナギは、スタジオの予約時間に間に合うよう学院をでると、待ち合わせをしていたアレックスと合流した。
 彼は目線が下を向いているキリヤナギへ心配そうに声をかけてくれる。

「どうした?」
「……ちょっと心配ごとができちゃって、2人と合流したら話すね」

 苦笑する彼も珍しく、内容の深刻さを察する。グランジも何も言わずに付き添い、アレックスのギターを預かって4人で先日の店へと向かった。
 
 初めてきたスタジオは、ドラムが常備されていて、雰囲気は王宮にあった王の趣味部屋に似ている。しかし壁際には大きなアンプがおかれていて正に音を鳴らすための部屋と言うのが正しい。

「そうか。そんな催事あったな」
「無礼だぞ」

 チューニングをするアステガが、キリヤナギの話をきいてそう口にする。文化祭の日程はまだ未定だが、参加できないとすればこの練習ですら意味がなくなる為に、続けるべきかどうかも悩んでしまうからだ。

「先輩、僕は大丈夫。でも、皆に申し訳なくて……」
「過去に例がないな、あえてずらしていたのだろうが……」
「まあ重なるようならしょうがねえわな。王様の誕生祭に王子が欠席とかシャレで口にするにしても悪趣味だ」

 ジーマンの言う通りで返す言葉に困ってしまう。そんなキリヤナギを見ていたアレックスはまるで確認するように続けた。

「王子はいいのか?」
「楽器、楽しかったけどまた来年できればなって……」

 王子の辛そうな顔をみても、もはや誰もフォローができなかった。スタジオの入り口にはサー・マントを下ろすグランジが控え、彼の地位を証明している。
 国としての祭事は王族の存在意義でもあり、蔑ろには出来ないからだ。

「始めるか、練習?」
「え……」
「暫定だろ。やめる理由にはならねぇ」
「アステガ君は、いいの?」
「これだけ助けられといて、今更他を当たる気はねぇよ。王子に賭ける」
「マジか」
「第一、他にアテが思い当たるか?」
「確かにおもいつかねーわ」
「お前達、案外義理堅たいんだな」
「ありがとう……」
「別に。やりたいならやるべきだろ」

 アステガは表情も変えず、ギターのチューニングを続けていた。キリヤナギも救われた気持ちになり、楽譜を見ながら練習を始める。

「しかしこんなに難しいとは思わなかった。間に合えばいいが……」
「……楽譜の読み方からだな」
「頑張ってみるね……!」
「もう存在がお笑いだな、このバンド」

 そんなジーマンもドラムは初めてだった。ちぐはぐではあるが、原曲を何度も聴いて覚えると、ある程度「らしく」はなり沈んでいた気持ちが前向きになってゆく。
 全員で弾いてみるだけでも楽しくてスタジオのレンタル時間はあっと言う間に終わってしまった。
 店の脇にある自販機で飲み物を買い、休憩するアステガをみてキリヤナギも買おうと思ったが、電子通貨カードが使えない古いタイプの自販機でショックを受ける。

「不便そうだな……」
「まだ、使えない場所結構あるみたいで……」

 グランジが小銭入れから現金を入れてくれて情け無くなる。恥ずかしいと思いながらアステガの隣に座ると、彼は少し考えた様子で口を開いた。

「アゼリアだったか。黒髪の」
「ヴァル? うん」
「『タチバナ』がどうとか言ってたが?」
「あれは、僕が体育大会の延長で『タチバナ』のサークルを立ち上げようとおもってて」
「それでか」
「うん、教授にお願いしようとしたら『タチバナ』の存在意義がわからないって言われてさ。僕、考えたことなくて……」
「存在意義……」
「『タチバナ』は国民の物だったら意味はあるけど、王宮に仕えた時点でただの騎士だって……。確かにその通りだし、ただの騎士なら『タチバナ』である必要もない。流派本体も平和で必要がなくなってて、王宮でも『タチバナの隊』はもう解体されてるし、何のためにあるんだろうって思ってさ。意味を考えたいと思って」

 アステガは気がつくと黙っていた。俯き、飲み物からも口を離した彼は少し深刻な表情を浮かべてぼやく。

「俺は、『王の力』を持っている人間を知っている」
「え?」
「それ以上は聞くな。問題なのはそこにあるってことだ。あいつのような、騎士でもねぇ得体の知れない人間が「王の力」を持ってるかもしれない自覚があるなら、その対策になる手段が『不要』なんて言葉はでねぇよ」
「それは……」
「正直、俺からすれば不要か必要かなんてどうでもいい。そもそもサークルの集まりの全てが結果を出すわけじゃねぇ、所属するチームがあるってことは重要な事でもあるし、その間口が多いことに越したことはない。これは俺の考えだ、要らん世話なら聞かなかった事にしろ」
「アステガ・ルドベキア殿」

 グランジが口を開き、キリヤナギが静止する。何も聞くなと言われたなら、これ以上聞くべきではないからだ。

「見つけるのは、騎士の仕事だよね」
「……」

 グランジは何も言わずに下がった。そして少しだけ複雑な気分にもなる。

「気分悪くしたか?」
「ううん。ちょっとわかってきたかも」
「そうか」
「ありがとう」
「練習、また頼む」
「うん」

 混んでいたトイレから戻ったアレックスとジーマンと合流し、皆はその日は解散した。
 そしてその日のキリヤナギは王宮に戻った後セオへ掛け合い、王宮の歴史が残されているという資料室へと向かった。桜花国の歴史の中で、王族に関連する出来事が記録された書物はレガリアと同じく厳重に管理され大切に保管されている。

「殆どは資料館へ複製されて寄贈されましたが、ここには原本が保管されていますね」
「触っていいのかな?」
「丁度今年の春に、アナログ資料のデジタル化が完了したので、こちらの端末から見る事ができますよ」
「すごい!」
「あくまで記録のみなので、そこであった詳しいやり取りなどは残っていないのですが」

 セオは通信デバイスから認証を介してキリヤナギへと端末の操作を変わった。
 カテゴリの一覧の上に検索ボックスもあり、「タチバナ」と入力して該当の資料を一覧する。
 沢山出てくるだろうと思えば、3件しか出て来ずキリヤナギは思わず意表をつかれた。

「え、これだけ??」
「そうみたいですね……」

 部屋には膨大な資料があるのに、驚くほど少なく不安にも駆られる。慎重に見てゆくと、初代王が7名の貴族を選出し、領地を統治させてから数十年。それは現在のウェスタリア領に住んでいた元東国民の家系であったと書かれていた。
 ヘブンリーガーデンによって植民地となったその場所は、内乱を防ぐ為ヘブンリーガーデン領としながらも、東国人の領主が据えられることとなり、一時は安定していたが、国が分割され、領主が「王の力」をもった桜花人へと取って代わられた事で、彼らは反旗を翻したと書かれている。
 領地奪還へと動いた彼らの筆頭は「タチバナ」。「王の力」を持つ桜花人へ怯まず立ち向かい、内乱は長期に及ぶともされたが、桜花国の二代目となる王子と「タチバナ」の筆頭がかねてより深い親交があり、戦いを介して、従属する契約が為されたと言う。

「これどういう意味だろ?」
「言葉通りではあると思いますが、この交戦に戦死者などの記録はないので、おそらく一騎打ちでしょうか……」
「王子が勝った?」
「おそらく?」

 この資料からわかるのは、領地を奪還しようとした「タチバナ」と「桜花の王子」が、「友人」だったと言う事実だ。これは先日、シダレ王がキリヤナギへ話した事と同じになる。

「友達だったら戦争止めれるんだ」
「はい。殿下が今、カナトさんと幼い頃から親交があるのもガーデニアと争わない為でもあります」

 なるほどと、キリヤナギはもう一度視線を資料へと写してゆく。その後の「タチバナ」の成り行きは、キリヤナギの知る通りでかつての東国の領地は、代替わりの際に「タチバナ」が収める事となり、彼らは名門として名を残す事となった。
 一つ目の資料はここで終わり、もう一つは「タチバナ領」の記録。最後の一つは「タチバナ家」の家系図だった。その意味に関するものが存在しないことに、思わず脱力してしまう。

「思ってたのと違う……」
「歴史資料はそういうものです。この記録から細かい当時の資材をもとに考察して事実を導くのが、カレンデュラ嬢のような『考古学者』でしょう」

 一応「タチバナ領」の記録もみると、年代が間を置いて書かれていて彼らは、世代を介しながら数回領地を収めていることがわかる。
 年数が経つごとに民も代替わりが起こり、近代では現ローズマリー領に並ぶ安定した土地であると締められていた。

「公爵家って王の世代交代で入れ替わるけど、その度に新しい名門が増える?」
「増えますが殆どが地元貴族、地元騎士となるので、王宮へ仕えることもないのが多数です。いまだ制度が確立されていない時代に宮廷騎士として迎えられた「タチバナ」はまさに唯一無二の名門といえます」

 思わず誇らしいと思うが、ジンの態度を思い出すと何故か微妙な気持ちになってしまった。
 こんな輝かしい功績を持つタチバナ家は、平和な時代となったことを喜び、自らの流派の滅びを受け入れようとしている。
 王族の「友人」として、敗北による支配を受け入れた彼らは、忠義を果たしているのはそうだが、きっと今はそれに区切りをつける時代なのだろうと、キリヤナギは思いを馳せた。

「タチバナの家にもあるかな? こう言うの」
「どうでしょう。確かに大きな家なので、もしかしたら残っているかもしれませんね」

 道場の掃除をした時、掃除用具が仕舞われていた蔵に、沢山の書物が雑に置かれていた気がする。
 キリヤナギは早速、リビングに戻っていたジンへ聞いてみることにした。

「うちに遊びにきたいんすか?」
「うん、『タチバナ』の資料あるかなって、意味探し?」
「確かに、じぃちゃんが大切にしてるの結構あったような」
「今週末に行っていい?」
「俺はいいですけど、殿下連れてっていいの? セオ」
「騎士がいるなら、行動制限はもうないしいいんじゃない?」
「やった!」
「んじゃ、一応連絡しときますね。泊まります?」
「え、いいの?」
「一日なら? 学院あるだろうし」
「泊まる!」
「では王妃殿下にもお伝えしておきますね」

 夏から顔を出して居らず、キリヤナギは心が踊る気分だった。
 生徒会の文化祭の業務とバンドの練習を両立する平日は、忙しくはあれど充実し目まぐるしく1週間がすぎてゆく。
 「タチバナ家」へ向かう日、キリヤナギはベースを聴きたいと言ってくれるジンの母、ツキハの為に、楽器を持って久しぶりにツツジ町にあるジンの実家を訪問した。

「キリ君、いらっしゃいー」
「こんにちは!」
「ただいま……」
「お昼できてるから、おじいちゃんと居間でたべてね。私はもうもらったから」
「ありがとうございます!」

 今回はカツラ・タチバナも笑顔で迎えてくれた。ジンの祖母にあたるハズキは、土日は同世代のサークル活動で居らず、今日は3人で食卓を囲む。

「『タチバナ』の意味を知りたいとは、興味を持っていただけて光栄です」
「僕、『タチバナ』を本気でやりたいと思ってて、おじいちゃんは許してくれますか?」
「許すも何も、もはや廃れた流派でもありますが故に、続けて頂けるだけで本望です」
「よかった」
「入門とかの手続きやらねぇの?」
「本格的に弟子入りならそうなるが、弟子として迎え衣食住を与えたとしても、教えるための師範が居らん。ワシも歳だからな」
「確かに」

 入門しても教える人間が常駐して居ない。師範ができるのは、ジンの父となるアカツキとジンだけで、2人とも宮廷騎士として王宮で働いているからだ。しかしキリヤナギなら、ジンが横いる為にそちらで学べばいい。

「ジンが先生?」
「そうなりますね」
「不敬は許さんぞ」

 釘を刺されジンが困っていた。
 あらかじめ連絡をもらった事で、カツラは蔵の奥から「タチバナ家」へと残された資料を持ち出してくれていて、縁側のある広間に広げてくれていた。

「すごい昔の本……」
「はい。しかし、ここに残っているのはあくまで国が安定してからのもので、それ以降は度重なる戦火により焼けてしまいましてなぁ」
「そんなに……?」
「ヘブンリーガーデンと東国の仲は決していいとは言えず、桜花となってから実現されたものだと伝えられております」

 積まれた資料は、どれも東国の古い言葉で読めない。カツラはキリヤナギの凝視するページを、指でなぞりながら口を開いた。

「”我、東国の武人なりて、桜花の王より、西都を任せれり”」
「西都?」
「当時のウェスタリア領の街を呼んでいたのでしょう」

 カツラは笑いながら、まるで日記のようなその古書を読み上げてくれた。
 奪還戦を敗北した事での悔しさや反逆した民への心配が並ぶ言葉の数々に、キリヤナギは不安を覚えたが、騎士として従属を誓うならばこの反逆を許し、オウカの国と領地としてそこ守れと言われたと言う。
 武人は、完全併合する為の「民が世代交代されるまで飼い殺し」だとまで分かってはいたが、仲間の命が保障されたことでそれに従ったと書かれていた。
 日記が進む度、冷ややかだった彼の徐々日記は王への信頼へと変わり、ある日より、貴族達を見張る「第三者機関」となって欲しいと王より打診されたという。
 その後、弟へ領地を任せ、首都へと招かれ日記の持ち主は、首都にて自身の武道を「タチバナ流」とし門を構えた。
 そこからは何冊も日記が続き、桜花人と結婚したとか、子供が生まれたなど人としての人生がつづく、数冊に渡っての記録は、「タチバナ」というありきたりな名が誇り高いものになったと言う実感とこの力が不要なる国家こそ、完成された国であるとも語られていた。

「い、意味は……?」
「やっは不要なんすね」
「はは、平和になった証じゃな」

 やはり思っていたのと違い、キリヤナギは項垂れた。しかし日記はまだ沢山あり、続けて開いてゆくと「タチバナ」を継いだ子孫たちの日々も浮かび上がってくる。
 それは世代を介すごとに続けることへ疑問をもち、過去の存在意義に甘える一族であると他の騎士に罵倒された日記とか、意味を得るために試行錯誤している日々も記録されている。
 普通の人でありたかったなど悲痛な言葉の数々を訴えるページもあり、キリヤナギは何も言えなくなってしまった。

「名門としてある為に、我タチバナは門下生や家族へ過酷な使命を背負わせてきました。今はその皺寄せを受けているにすぎません」
「それは、僕らの王族のせいで……」
「いいえ、方法は他にもあったのです。しかしそれは間違っていた。だからこそ廃れたのです」

 「タチバナ」はもはや関係はなく、強くあることこそ正義だとした。また長く平和が続いたことでその強さも不要と成り果て、意味も無くなってしまったのだろうと思う。

「昔の公爵家は、強い力に甘えて悪いことしたって聞いてたけど、なんか違った」
「それは解釈の問題ですな。少なくとも西都の民は、オウカに支配されど争う気はなかったとこれを読む限りでは分かります」
「じゃあなんで?」
「領主が気に入らなかったんじゃないすか?」

 王宮の資料を思い返して、キリヤナギは少しだけ繋がった。ヘブンリーガーデン時代に東国人の領主が、桜花人へと変えられたと記載されていたからだ。

「『王の力』の支配が嫌だった?」
「多分? 『タチバナ』ってそう言う流派だし?」

 細かい部分はわからない。
 しかし、ジンの言う通り「領主が気に入らない」なら、形はどうあれその時の領主が民にとって不利益な存在だったのだろう。
 「敵」として認識され、『王の力』を妥当する為の立ち回りが生み出されたなら、それはきっと「たおさねばならなかった」のだ。
 激化するに見られた内乱は、無能力の王子によって収められ今に至る。

「亡くなった人が少なくてよかった」
「はは、殿下らしいですな」
「俺らが世代介して仕えてるのって、もしかしてこの時のやつ?」
「察しがいいな。その通りじゃ、過去に裏切った罪を一族が続く限り償っている。故に我々は貴方がたが不要としない限り裏切ることはありえん。どうかご安心を」
「なんか申し訳ない……」
「シダレ陛下も同じこといってましたよ」
「殿下も陛下に似てきましたな」

 反逆の「タチバナ」として、過去の罪を償っているのなら彼らの在り方は理解できる。でもそれはあくまで「タチバナ」側の仕える意味であり、他者が認める意味にはならず、ましてや流派の意味にもならない。
 考えていると混乱してきて、キリヤナギは一度考えるのはやめた。

「殿下、歴史苦手だったのに意外」
「考えたことなかったから、調べてみようとおもって」
「一つのきっかけで、世界は広がります。探求することを諦めなければ、必ず新しい答えが見つかりますよ」

 大量の資料の中には、古ぼけた写真とか古銭。東国の本などもあり思わず興味深く見てしまう。桜花に隣接するかの国は、現在では強固な和平条約があり、桜花人、または東国人ならウィスタリア領へ自由に行き来もできると言う。
 そのうち行ってみたいと、早速デバイスで検索すると、玄関から引き戸が開く音が聞こえた。

「こんにちはー! ツキハさんー! ジンさんー、殿下ー! いるー?」

 澄んだ声の主は、金髪のリュウドだった。キリヤナギは一旦は資料探しに区切りをつけ、現れたリュウドとプリムと一緒に4人で遊ぶ。
 今日は2人も泊まることになり、広いタチバナの実家は賑やかになっていた。

「ストレリチア卿は、相変わらず甘いな」
「父ちゃんはなんか文句あんの?」

 リュウドとテレビゲームをするキリヤナギの後ろで、ジンがコタツで酒を飲むアカツキへと率直な感想をこぼす。
 久しぶりに顔をみた父は、相変わらず眉ひとつ動かさず1人遅い夕食を済ませて居た。

「褒め言葉だ」
「嘘っぽい」
「私ならとても許せん」
「なんで?」
「責任だな」

 短い単語ばかりだなと、ジンはため息をついた。王宮での特殊親衛隊の立ち位置はかなり特殊で、その在り方に同情する騎士もいれば、蔑む騎士達もいる。
 それも「騎士」として雇われているにもかかわらず、その働きに「使用人」に近い働きも求められるからだ。

「ストレリチア卿は、ツバキ殿を特殊親衛隊へ招き、「使用人」としても役割を果たすとしていたが実際どうなんだ?」
「え、別に? だれも嫌がらないし?」
「本当か??」
「むしろ、なんで?」
「騎士は「使用人」と同等に扱われるのは不本意だからな」
「ただの見栄っ張りじゃん」
「だから、誰もやりたがらん」

 「騎士」は、栄誉称号ではあり基本的に「平民」とされる一般市民より位が一つ上となる。しかし「使用人」はあくまで「一般市民」の枠を出ないことから、「騎士」からすれば混合されたくないのが本音なのだろう。
 また地元騎士とは違い宮廷騎士は、土地を持つ地主の家系や、代々で仕えている「貴族」や「騎士貴族」が大半であり、尚の事、仕事への意識に敏感な所がある。

「父ちゃんの時はどうだったの?」
「使用人と分けて居たが、それが当たり前だった」
「ふーん……楽そう」
「だからこそ、ストレリチア卿に同情もしている。ミレット卿もある程度は仕方なかった」
「俺は別にミレット卿嫌いじやないぜ?」
「愚痴だ!」

 父は酒を煽る。アカツキはこれでも性格はかなり穏やかで普段は文句一つも言わないのにジンは珍しく思う。

「なんかあった?」
「今季の騎士大会の通達がきている」

 そういえばとジンは記憶を辿る。
 王宮では年に2回。騎士達の実力を王家に見せる大会が開かれる。
 1回目は春。王子誕生祭にて、各領地の代表を集め一対一で実力を競う個人戦。
 2回目は秋。王の誕生月で、各領地の地元騎士が5名でチームを組む、チーム戦だが、今季は時期がずれ込み冬に開催される。
 どちらも『王の力』の使い方を王へ見せるものだが、ジンは個人戦しかでておらず、去年はアークヴィーチェ邸にいて呼ばれもしなかった。

「集団戦は、毎年私のタチバナ隊が出場していたが、今年は特殊親衛隊を出せばいいと周りが煩い」
「はぁ? なんで??」
「やらかしただろう?」

 「あ」とジンから思わず声が漏れる。目を逸らした態度にアカツキはため息をついた。

「各領地の公爵が、特殊親衛隊の実力を疑っている。出てどうにかして来いと言う建前だ」
「意味わかんねぇ、他にやりたいやついねぇのに」
「最もだ!」

 珍しくイライラしていると、ジンはアカツキに同情する。ふーんというジンの態度に、アカツキはグラスを置くと腕を組んで座椅子へもたれた。

「楽しみか?」
「ちょっと? 個人戦はグランジさん意外張り合いなかったし……ミレット卿くる?」
「奴はでないな。気になるか?」
「前負けたから?」
「なるほど」

 騎士学校を卒業時、ジンは一度、クラーク・ミレットと戦った。騎士学校の同期が誰も相手にならず、つまらないと思っていたジンへ彼は目標を与えたのだ。
 弱い騎士には興味はないが、強い騎士がジンは好きだった。彼がいるからもっと磨きたいと思い、上に行きたいとして妥協しない。

「我息子ながら、化け物だな」
「みんな訓練しかしてねぇもん。動きがパターン化してて面白くない」

 クラーク・ミレットは、確かに今は数が少ない戦場に立った騎士の1人だ。彼は新人の頃、ジギリタス軍との交戦に参加し生きて帰ってきた。
 その経験から、毅然とした態度を崩さず妥協しない立ち回りを行う。
 ジンは恐らくその動きが未知数だったのだ。アカツキと言う父の壁の向こうにあったもう一つの壁。口調が嬉しそうなのは、恐らく「楽しかった」のだろう。

「ミレット卿こないならなんでもいいや」
「油断したら足元を掬われるぞ?」
「油断できるほど器用じゃねぇもん」

 アカツキは思わず頬杖をついた。
 確かにジンは、手加減を知らない。怪我をさせない配慮はするが、その驕らない立ち回りで怖がられ、誰も騎士団へ招こうとしなかった。またアカツキが引き抜いても「タチバナを扱う隊はもうなく、せめて役割が持てればとアークヴィーチェに送られた。

「えー! この敵つよい!」
「殿下。ゲームはまず相手の動きを覚えるんだ。どんな敵にもパターンがあるから、それに合わせて避けて隙をつく!」
「お兄様。もう2時間もあそんでますわ、そろそろこちらのゲームも私に解説させてくださいまし!」

 ローズ組は賑やかだと、アカツキは再びグラスを煽る。夜は全員でトランプをしたり、キリヤナギも持参したベースを弾いて遊んでいると、あっという間に日付けが変わりかけ、4人はその日は休んだ。
 次の日は、朝から道場の掃除をしてアカツキを交えながら体を動かす。

「父ちゃん休みなんだ。意外」
「休日がないとでもおもっていたか?」
「アカツキって毎日絶対いるイメージだった」
「アカツキ叔父さん!! 是非相手してくれ!」
「リュウド君、私よりジンの方ざ張り合いがあると思うが……」

 プリムは道場へ水を持ってきてくれて、キリヤナギは本気で打ち合いを始めたジンとリュウドを見て居た。
 アカツキも腕を組んで凝視する様に、思わず見入ってしまう。

「プリム、ちょっとだけ相談していい?」
「あら、如何されましたか? 殿下」
「女の子の友達にお礼をしようと思ってるんだけど、3倍返しを考えてて、プリムは何が嬉しい?」
「3倍ですか? 難しいですね……何をして頂いたのですか?」
「パン? お昼に分けてもらってさ。ダイエットしてるから、食べ物はダメで」
「ふん……流行りならアロマや香水などが嬉しいですが、3倍でしたら些か心ともなくはありますね」
「うーん、良さそうだけど……」
「ここは一つ、形に残らないもの如何ですか?」
「形に残らないもの?」
「映画館や遊園地などのレジャー施設です、形にはなりませんが沢山の思い出をつくれますわ」

 つまりデートだと分かりキリヤナギは、一気に恥ずかしくなった。しかしとても良い案だと思う。

「ありがとう、プリム。考えてみる」
「是非感想を聞かせて下さいね」

 気がつくとジンとリュウドは床にへばり、次はキリヤナギがアカツキに相手をしてもらった。
 年齢を感じさせないその動きに、キリヤナギは手加減をされているのがわかる。しかしいくら速度を上げても追いつけず、ガードされ、結局先に倒れてしまった。

「無駄な動きがおおいですよ、殿下」
「うぅ、最近動けてなかったから……」
「次俺!」
「お兄様、汗だくですわ。無理されないでくださいね!」

 リュウドとジンの順にアカツキは素手で相手をしてくれる。パワーと速度で推すリュウドに対し、ジンは反応力と分析で的確に相手の動きを読む。
 どちらも宮廷騎士団ではなかなかいない逸材だとアカツキは1人感心していた。全員で午後まで汗を流し、お昼を済ませた4人は蔵から持ち出された資料の片付けを始める。それなりの量がある本の山を手分けする中で、リュウドが中身をみながら感心していた。

「タチバナの意味。確かに考えたことなかったよ」
「リュウドも?」
「うん。俺も初めて父さんから聞いた時の感想は「面白い」だったし、確かに俺らの先祖が意味に飢えて苦しんできたなら、続けるのは大変なんだろうなって」
「だよね……」
「でもさ、そんなん関係ないと思うんだよ」
「関係ない?」
「好きなら、周りがどう思おうとやかく言われる権利もないだろ? 俺もジンさんも好きでやってるし、それでいいかなって思うかな」

 ヴァルサスの言葉を思い出し、キリヤナギは感心した。たしかに好きと言う感情は他ならぬ自分だけのものだからだ。

「だけど、意味がある事で誰かに否定されなくなるのは大きいと思うんだ」
「うーん、確かにそうだけど、今更?」

 ジンと反応が似ていて、思わず後ろで掃除している彼を見る。窓を全開にして書棚の煤を払う彼はくしゃみをしていた。

「でもま「王の力」がなかったら、「タチバナ」も生まれてなかっただろうし、今は意味はなくても生まれるのは必然だったのかもね」

 リュウドの言葉にキリヤナギは感心した。確かに「王の力」が無ければ「タチバナ」は生まれる事もなく、彼らは繁栄することもなかったからだ。
 午後に掃除をおえた皆は、休憩を介しながら帰宅の準備を始める。一泊ではある為荷物は少ないが、資料を撮影したデータが大量にあり、またじっくり読もうと思いを馳せる。

「忘れ物はありませんか? 殿下」
「大丈夫。ありがとう」

 アカツキは自身の自動車を配車してくれて、キリヤナギは今日は彼の車で帰宅することになった。
 後部座席をシートに切り替え、キリヤナギは、カツラ、ハヅキ、ツキハに見送られながらタチバナ家を後にする。

「じゃ、アカツキ叔父さん。泊めてくれてありがとう!」
「アーヴィングによろしく頼む」
「うん。殿下もまた王宮で」
「リュウド、ありがとう。またね!」

 オウカ町の自宅へリュウドを下ろし、キリヤナギも帰宅する。持ち帰った資料をみて考えると当時の騎士達の気持ちが少しずつ見えてくる気がして、考察もとても楽しいと思ってしまった。

「良い資料はありましたか?」

 撮影した資料を熱心に見るキリヤナギに、セオは穏やかな表情で迎えてくれた。「タチバナ家」ではカツラが読んでくれたが、冷静に考えると殆ど読めない為、記憶を頼りに内容を書き出してみている。

「まだ整理中だけど、「王の力」がなかったら「タチバナ」は生まれなかったんだろうなって」
「そうですね。元は反逆を目的として編み出された武道ですから」
「うーん。なんで昔の人は仲間にしたいって思ったんだろ」
「友達だったからでは?」
「それはそうなんだけど……」

 うまく言葉にできないが、もう少しで辿り着きそうで行きつかない結論にもやもやする。

「明日カナトに聞いてみよ……」
「カレンデュラ嬢ではないのですね」
「ククは洋服の方が好きそうだったしね」

 キリヤナギは次の日の放課後。ジンと共に久しぶりにアークヴィーチェ邸へと足を運んだ。久しぶりに訪れたカナトの部屋は変わらず本だらけで懐かしい印象にもなる。

「2回生になってから、めまぐるしい活躍だな」
「そ、そうかな?」
「体育大会は見ていた。なかなか楽しめたぞ」
「ありがとう」
「ジンも出ていたな」
「え、うん。楽しかったぜ?」
「学生相手に大人気がないとは思ったが、年はそこまで離れていないのだとわかって感心もした」
「ルーカス・ダリア先輩は3回生だったからジンと一つ違い?」
「へぇー」

 優雅にお茶を飲むカナトに、キリヤナギも安心して頬杖をついてしまう。本を広げた彼はページをめくりながら口を開いた。
 
「今日はどうかしたのか?」
「僕、本格的に『タチバナ』をやろうと思ってて、カナトは何の為に『タチバナ』があると思う?」
「反逆ではないのか?」
「それはそうなんだけど、今、王族に仕えてる意味が欲しくて」
「王族との関係が深い名門騎士だからこそだと思っていたが……」
「それは、『タチバナ』が関係ないし?」

 流派の話であると理解し、カナトは何かを考え始めた。キリヤナギよりも桜花の歴史に詳しい彼は、お零れのシュークリームを頬張っているジンを見る。

「どうかした?」
「当人は興味がなさそうだが……」
「そうなんだよね……」

 キリヤナギは脱力しながら、タチバナ家で撮影した日記とカツラが話してくれた内容の全てをカナトへ渡した。
 それに驚きしばらく無言で読み込む彼にキリヤナギも呆然としてしまう。

「これはすごい資料だな」
「え、そうなの?」
「やってる事は歴史学者にも近い。……なるほど」

 王国と反逆軍。両方の見解から彼らの友好関係は明白であり、当時の王子はおそらく「タチバナ」に対して必要な何かがあったとも取れるからだ。

「友達以上に?」
「そうだ。でなければ残す意味がない。ここに書かれているのだろうが……」

 写真資料をみてもカナトでは解読できないばかりか、消えかけてる文字もあり直接は読めなかった。
 しかし、カナト立場において分かったことは、ただの友好関係のみでは「領土」を任せる程の国との絶対的な関係性を結ぶには不十分だからだ。
 「友好関係」から築いた「信頼関係」により、長く時間をかけて成り立っていたとされていた関係が、当時より明確な意味を持って結ばれていたのならそれは新しい見解となる。

「発見だな。論文でも書いてみたらどうだ?」
「ろんぶん??」
「殿下苦手そう」

 しかし、意味がないとされていた結論がある可能性を見て思わずうれしくなった。自分で考えようと思っていたそれが、そもそもあるものだと分かったからだ。
 カナトは書棚より辞書を取り出し、データ資料を見ながら解読をはじめる。彼は数分でそれを閉じてもう一度キリヤナギをみた。

「なるほど、意味はそう難しいものではなかったのかもしれないな」
「え、分かったの?」
「推測でしかない。でもこれは、『タチバナ』を残したいと思うキリヤナギが見つけるのが私はいいと思う。「王の力」を持つ自身の家族が、なぜ真逆の力「タチバナ」求めたのか。動乱の時代。神より「王の力」が下されたばかりの頃は、おそらく相当猛威を振るい『畏怖』もされていただろう」
「……」
「人が人を支配する為、その力の強さを見せつけてゆく。人々が恐怖し、従うしかない世界は長続きしないからな」
「『タチバナ』でバランスを取ろうとした?」
「まさか。普通の考えならば排除するのが当然だ」
「……ちょっとわかった気がする」
「そうだな。これはキリヤナギにしか分からないことだろう。根源を持つ王族だからこそ、それを持つ意味を得たのだろうと思う」
「へぇーなんで?」
「やっと興味が湧いたか?」

 無関心だったジンが食いついてきて、驚いた。ただの存在意義ならどちらでも良かったが、それが王族に必要とされたこそであるとすれば、聞いてみたいと思ったからだ。

「言わない。ジン全然協力してくれなかったし」
「え”っ」
「自分のことなのに、雑にするからだぞ?」

 キリヤナギはそっぽをむいてしまった。
 悪気はなかったが、後悔もしてしまい思わず項垂れてしまう。

「まとまったなら何よりだ」
「ありがとう。カナト」

 キリヤナギはその後も、ククリールをデートに誘いたい事とどこに行けば良いかなどをカナトへ相談していた。
 一連の内容を聞いた彼は、困惑しながらも彼女の「照れ」を読み取り、積極的に誘えば良いことをアドバイスしてくれて、キリヤナギは早速、その日から首都にあるレジャー施設をしらべてゆく。
 
 モール街も楽しかったが、博物館に美術館。水族館や動物園など、様々場所があって悩んでしまう。
 ウェブではデートなら水族館とは書かれていたが歴史が好きなら博物館の方がいいだろうかと胸を膨らませていた。
 一緒に過ごした学院生活で彼女の言動を振り返っていると一つ引っかかる出来事を思い出す。

「護衛をなしにですか……?」
「うん、だめかなぁ……」

 セオは当然のように難しい表情を見せ、返す言葉に迷っているようだった。以前ククリールと一緒に帰ろうと誘った時、護衛がいるから嫌だと、何度も断られているからだ。そんな理由を聞いたセオは、更にうーんと悩みながら渋々口にする。

「一応隊長に伺いますが、要望に添えなければお許しください。しかしカレンデュラ嬢なら、殿下の立場をご理解頂けるとは思うのですが……」
「最近気づいたんだけど、マグノリア先輩には執事さん居たのに、ククはいつも1人みたいで、僕と同じなのかなって」
「それは確かに珍しいですね」
「だから、気を使わせるなら申し訳なくて……」

 勘繰ってはしまうが、おそらく何かあるのだろうとセオは深く考えるのはやめた。キリヤナギがそうしたいのなら、それに努力するのが騎士の勤めだからだ。
 そうして迎えた次の日は、ククリールと2人だけになれる時間がありキリヤナギは少しだけ緊張しながらテラスへと向かう。
 ヴァルサスもアレックスもこの時間は授業で居らず、キリヤナギは大きく息を吸って彼女の元へと向かった。

「クク、おはよう」
「もう昼なんだけど?」

 初っ端から間違えて焦ってしまう。ベースを下ろそうとすると、思わず椅子にもぶつけてしまった。

「今日は挙動不審ね。何かあったの?」
「え、特には無いけど……ショックなことは、あって……」
「ショック?」
「文化祭と父さんの催事が、重なるかもって」
「なるほどね、ご愁傷様。また来年やればいいんじゃない?」
「被ったらそうなるかも、でもアステガ君は決まるまで練習してくれるって言ってくれたし」
「あら、不良さんかと思ったのに意外」
「優しいよ。ギャップあるよね」

 楽しくて普通に話していることに気づき、ハッとした。伝えたいことはそうではなくもっと根本的なことだ。

「どうかされましたか?」

 楽しそうに嘲笑う彼女は久しぶりだ。最近は目も合わせてくれなかったのに、今はちゃんと見てくれていて安心する。

「パンのお礼に、今度、二人で、出かけたいなって」
「あら、お誘いくださるの? 光栄ね」
「い、いい?」
「場所によるわ。王宮は嫌です」
「それは、ないから、ククなら博物館とか好きかなって考えてて」
「確かに好きだけど、カレンデュラから来たばかりの頃に首都のものは全部行ったのよね」
「そっか、じゃあ美術館とか?」
「それももう大体行ったわ。好きだもの」

 どうしようと、言葉に詰まってしまう。デバイスで検索していると遊園地とか動物園がでてきた。

「この遊園地とかどうかな?」
「人が多いのは好きじゃないの、遊具も楽しいとは思えないし」

 全く刺さらず思わず項垂れてしまった。しかしククリールは何故か楽しそうにしていて、逆に安心してしまう。

「私は好きな事は一人で楽しみたいタイプなの、王子が連れて行ってくださるのなら、その手腕で私を楽しませてくださいな」
「いいの?」
「代わりにつまらなかったら帰りますね」
「うん、ありがとう!」

 心なしか彼女も嬉しそうにしてくれていた。数日に一度、スタジオを借りながら練習をする日々に少しずつ指も慣れて動くようになってゆく。
 買い物から戻ってきたセオも一緒に聞いてくれて、その日はもっと上手くなりたいとキリヤナギはその日も早くに休んだ。


 

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