そんな穏やかな日々はすぎ、週末にキリヤナギは久しぶりに洋装へ着替える。
一般に紛れ込めるよう服を選んでもらったが、ククリールと2人だけというデートへそれなりに緊張していた。
「殿下似合ってる!」
「リュウド、ありがとう!」
「かっこいいっすね」
フード付きのコートにニットを合わせ、暖をとった秋のスタイルだった。カジュアルなパンツも殆ど履いたことがなく、新鮮な気持ちになる。
「銃もってます?」
「い、一応……」
「ジンさん……」
護身用に用意された小型拳銃は、目立たないよう長めのニットセーターで隠している。今日は護衛も横にはおらず、現金の入った財布も用意されていて感動した。
「ここに小銭と紙幣がはいってて、このポケットに殿下の身分証明カードが入ってます。困ったら騎士に見せると対応してくれると思うんで使って下さい」
「わかった。ありがとう!」
「ジンさん、そんなものどうやって……」
一般だと思っていた相手が王子だったなど、地元騎士が一体どんな反応をするか想像すらできない。
マフラーを巻いたキリヤナギは、街を歩く少しだけオシャレな大学生でリュウドは紛れ込めるように知恵を凝らしたからだ。
「位置情報は見てますけど、トラブルがあればククちゃんだけ守って逃げて下さい」
「うん、頑張る」
「頑張らなくていいんじゃ……」
ジンの心配ぶりにリュウドは少し呆れるが、リュウド自身もどうしても不安な気持ちが拭えなかった。
王宮はもう敵と思われる者の芽は摘んだが外はまだ何があるかまだわからないからだ。
「じゃあいってくるね」
「楽しんで来てください」
ジンとリュウドに見送られ、キリヤナギは意気揚々とが王宮の通用口から出かけてゆく。
そんな様子を観察するように、2人の後ろから長髪の彼女が現れた。
「そろそろいいですか?」
「ヒナギクさん。あとお願いします」
「もちろんです。このヒナギク、殿下に見つからないままに、完璧に護衛しきって見せますよ!」
彼女もまたカジュアルな洋装をまとい、一般に溶け込める装いをしていた。普段は降ろしている髪を横へ束ねて肩から降ろし、雰囲気も違う。
「では、ストレリチア隊。ヒナギク・スノーフレーク。行ってきます!」
「気をつけて」
「じゃあジンさん。俺、ラグドールさんが壊した端末みてくる」
「リュウド君直せんの? すげ……」
ジンは、機械が苦手だった。
そんな王宮の騎士達が、各々の仕事へ戻る中でキリヤナギは、バスを乗り継ぎ駅の入り口にある噴水広場で待ち合わせをする。
途中で飲み物を買って向かったが、待ち合わせまで30分以上あり、早く来すぎてしまったと後悔もした。
ベンチに座って人通りを眺めると、他にも待ち合わせをしている若者とか、出勤する男性、自転車にのる親子連れが通り過ぎてゆく。
皆が平和に暮らしているのを見ると安心して、思わず頬が緩んでしまった。
足元には野鳥が集まってきていて、気がつくとベンチの横にも止まっている。触らないようにしていたら、肩に乗ってきて頭にも止まられた。
子供が走ってきて散会した鳥たちは、一度木にもどり、子供が去ってから再び戻ってくる。そんな珍しい光景に少しずつ視線を感じてきて、時間までその場を離れるべきか悩んでいると、目の前に洋装の可憐な彼女が現れた。
「ご機嫌よう。相変わらず動物に好かれておりますね」
「……」
学院で普段シンプルなドレスを着ている彼女は、今日は長めのコートとセーターにスカートだった。
思わず呆然と見てしまい、はっとする。
「クク、おはよう!」
「もう昼なんだけど……」
また間違えたと、大後悔する。
情け無いと項垂れていたら、彼女は小さく笑っていた。
「時間ギリギリにこられると思ってたのに、意外」
「ククを待たせたく無くて、早めにきたんだ」
「あら、光栄です。護衛はおられないの?」
「苦手そうだったから、今日はいいってお願いした。本当かわからないけど、横には居ないから安心して」
「苦手ではないのだけど、1人が気楽だから自由にさせてもらってるだけよ」
「そっか、僕といると不安なら呼べるけど……」
「いいえ、王子が弱くないのなら、そもそも必要ないのではなくって?」
キリヤナギはうれしくなった。今日はサーベルは持ち出して居ないが、信頼されているなら答えたいとすら思うからだ。
「じゃあ行こう!」
ククリールは、頷き手を取ってくれた。首都の循環列車へ乗り、15分ほど揺られて向かったのは、首都の観光地の一つとされる植物園だった。
ここは植物を愛した王の為、かつての貴族が国中のありとあらゆる植物を集め展示している場所で、現在でもクランリリー公爵が引き継ぎ管理を行っている。
温室には年中多くの花が咲き誇り、果実や野菜も栽培されていて、訪れた人々は喫茶店にはいったり、展示物を観察して楽しんでいる。
キリヤナギもまた、水が通された庭園へ向かい橋や東屋を潜って木々を観察していた。
「素敵」
「初めて?」
「えぇ」
「よかった。クク、花が好きかなって思って」
「そこまで興味ないんだけど」
「えぇ?!」
「見るのは嫌いじゃないの」
意表をつかれて返す言葉に迷った。花壇を眺め花の香りを楽しむ彼女も新鮮で、思わず見入ってしまう。すると、キリヤナギの肩へ再び鳥が止まった。
駅前でみた鳥と似ていて、ついてきたのだろうかも思う。
「あら、追ってきたのかしら?」
「結構離れたのに、帰れなくなるよ?」
「海旅行の時みたいね」
そういえば犬をみつけて連れ添っていた。あの時の二匹エリィとメリィは、キリヤナギの意向で王宮で飼われ元気に過ごしている。見にゆくたびに二匹はとても嬉しそうにしてくれるが、時々辛そうに吠える声が聞こえていた。
キリヤナギは鳥を空へと放し、見えなくなるまでそれを見送る。
「辛い事を思い出した?」
「少し、でも受け入れてるから平気」
「……つよいのね」
「……そうかな? でも流石にいつもよりは時間はかかったよ」
「辛い事を話せる人はいるの?」
「そういうのは、あんまりよくないとおもってて、一度去年に気持ちは全部話したからもういいかなって、ククはそう言うのあったりする?」
「……そうね。私もあまり話さないかも。本音って言っちゃいけないことの方が多いし」
「大変だけど、周りのみんなはもっと大変だしね……」
頷いてくれる彼女はとても新鮮だった。ローズマリーの薔薇園程ではないが、小規模な花畑もあり2人でのんびりと観光する。
丘の上には不思議な形のモニュメントがあって、カップル向けの錠が無人で売られていた。
「なんだろうこれ」
「ここで鍵を繋ぐと、2人は永遠に結ばれるジンクスがあるみたい」
「お、重い……」
「貴方、時々予想外の感想言うわよね……」
つい正直な感想が漏れてキリヤナギは我に帰った。誤解されていないだろうかと彼女をみるとモニュメントを見上げている。
「私ね、弟がいるの」
「え、そうなの?」
唐突なククリールの言葉に、キリヤナギは思わず耳を疑った。それも毎年決まった時期に社交界が開かれ、公爵家の世継ぎたちと顔を合わせる機会があるからだ。キリヤナギはククリールの事も存在はしっていたが、弟は顔を合わせた覚えがなく驚きを隠せない。
「私が姉で弟なんだけど、父様も母様も弟が本当に大切で、カレンデュラを継がせるためにずっとべったりで……私は、もう要らないのかなって……」
「ククは……」
「2人は表面的には普通よ。だけど、どんな時も私は二番なの。先に生まれたのに、誕生日も弟の方が豪華。私のものは弟のもの、弟なら何をしてもゆるされる。このままじゃ、嫌いになりそうで首都にきたの」
「……」
「弟には世界一素晴らしい花嫁を探すって父様は毎日のように話すのに、私はずっと因縁を聞かされた王族へ嫁げばいいって、勝手にお見合いにだされた。うまく行けばカレンデュラの土地の問題もゆるされて、もう一度ちゃんとした公爵として返り咲けるって……」
キリヤナギは何も言うことができなかった。
ここ最近、カレンデュラ公爵家は他の貴族達より批判を受け、キリヤナギも強く釘を刺されている。
役目を果たせない公爵家であるとされたカレンデュラは、社交界での批判を避ける為、誕生祭にも令嬢しか顔をみせず、挨拶のみで帰ってゆく。
唯一マグノリア公爵家のみが、擁護派として後ろ盾となり立場を維持しているが、それも限界であるとも聞かされていた。
「私はその時、初めて言う事を聞きたくないって思ったの。長女なのに、貴族なのに、父様の言う事は聞かないと行けないのに、思い通りになるのが嫌って思っちゃったの……だから、いっそ貴方に嫌われてやろうって……」
「僕を振った時、叱られなかった?」
「家には報告はしてないの……。だから、あの時、関係性が終わるのは、私にも都合が悪かった……ごめんなさい」
キリヤナギは黙って聞いていた。世襲制が未だ色濃く残るこのオウカの国では、未だ家長は男性がやるものであると言う風潮が色濃く残る。ククリールのカレンデュラ家もまた長男を大切にするがあまり、日常へ不平等に不満を感じてしまったなら、それは確かに「誰にも言えない」本音だからだ。
「ごめんなさい。私、父様と母様が語った貴方しか知らなかった。王宮に篭って遊んでばかりいると聞かされていた貴方は、誰よりも誠実で真面目に公務をこなしていた。貴方はカレンデュラの過去の罪の全てを背負って、ずっと我慢して生きてたのに、私は自分の為にそれ踏み躙って、さらに貴方を追い詰めてしまった」
「僕は……」
「何も知らないのに、私の都合で何度も酷い事を言ったのに、私はここに来て貴方のこと「良いな」って思ってしまった。誰よりも強くて、優しい貴方は、きっとこんな私でも許してくれるけど、それは私が私を許せなくて、どうすればいいかわからなくて……」
「クク、僕は平気」
「……!」
泣きそうになっている彼女の手は、とても冷たかった。キリヤナギは、彼女の両手を温めるように握る。
「僕は、一緒にいてくれるだけでとても幸いで、それは全部、僕のわがままだ」
「……」
「居てくれて、ありがとう……」
そこには確かにククリールの意思があった。「友達」のやり直しも「旅行」も、反省と好奇心でそれはククリールの都合だったのに、キリヤナギはそれを自分の意思としてなかったことにした。
ククリールが他ならぬ自分の意思へ罪悪感を得てしまうなら、その行動の全てをキリヤナギの意思へすり替える事でそれは全てキリヤナギのわがままとなる。
王子なら公爵令嬢たる彼女を立場の違いによって従属させることは十分に可能だからだ。
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「とても納得できない……」
「そっか……、僕の事が嫌になったらはっきり言ってね。追いかけちゃいそうだし……」
「ストーカーはやめて下さい」
「そ、そんな事しないよ……」
取り繕う言葉を考えているうちに、彼女は落ち着いていた。植物園のカフェでしばらく休憩をして、2人は動物園と水族館の併合施設へと向かう。
彼女は少しだけ疲れた表情をしていて、キリヤナギは水槽の前にあるソファへと彼女を座らせた。キリヤナギも横へと座り、青く光る世界を無心で眺める。
「こんな狭い世界で飼われて……可哀想……」
水槽へ触れる彼女はどこか辛そうに優雅に泳ぐ魚達を眺める。キリヤナギは少し考えて、口を開いた。
「外は自由だけど、いつ誰かの餌になるかわからないし、餌にもなれず死ぬかもしれない。でもここで飼われても、ただ生きているだけなら、どっちが幸せなのかなって……」
「……らしくない事言うのね」
「少し同情しちゃって……」
ククリールもまた、キリヤナギの境遇が頭によぎった。彼は8年間。首都から出られなかったのだ。
「僕はどんな形でも生き残らないとダメで選択肢はなかったけど、ここお魚は病気とか怪我をして食用にもならない子を飼育してるってパンフレットに載ってた。放置されたら死んでしまった命が救われたなら、それはここのお魚の運命だったのかなって」
ククリールがチケットに送付されていたパンフレットを見ると、自然で生きられない動物を保護していると書かれ、必要なら自然に返し自然で生きられないとした動物を展示していると紹介されていた。
動物と相性のいいキリヤナギが、動物を見せ物にする場所へ向かうのはククリールもかなり意外だったが、ここは例外なのだろうと思う。
「通りで展示数が少ないと思った」
「そうだよね。大きい方がよかった?」
「元々あまり興味はないので、気にしません」
キリヤナギは安心していた。その後もペンギンの行進を見たり、ウサギと触れ合って遊んでいると、あっという間に時間が過ぎ夕焼け空になっている。
施設限定のスイーツを楽しみ、夕日を眺める彼女は、キリヤナギも見た事が無い顔をしていた。
「王子は、文化祭のダンスは誰と参加されるの?」
「ダンス? でも僕そもそも参加できるかわからなくて……」
「……そうだったわね」
シダレ王の誕生祭も再来週に迫り、週が開ければ朝から儀式の練習が始まる。しかし今回は主役でもなく、参列したりお祝いを述べるだけである為、気持ちはかなり楽だった。
「もし参加できたらククが相手してくれる?」
「気分できめるわ」
「わ、わかった……」
しゅんとしたキリヤナギに、ククリールは少し意外性を感じる。重い話ばかりをしていたこのデートで初めて悩む表情をみせたからだ。
「どうしたの?」
「今回は僕も、初めて参加したくないなって思っちゃってる」
「ふふ、貴方も私と同罪ね」
苦笑するしかなかった。夕日に見送られ、2人は併合施設を後にし、循環列車の駅へと向かう。
お土産なども買うべきか悩んだが、ククリールが興味がなくダイエットもしていることから今日は手ぶらで帰ることにした。
つまらなかったら帰ると言っていた彼女が、最後までいてくれた事に嬉しくて思わず笑みが溢れる。
「今日は、誘ってくれてありがとう。……楽しかった」
「……よかった。また、誘ってもいいかな」
「えぇ、今度は楽しい話をしてよね」
「うん」
帰りの道は人が多く、逸れてしまいそうになる。普通に歩くと遅れてしまう彼女にキリヤナギは手を取りながら進んだ。少し照れている彼女をみて、キリヤナギもまた目を合わせられなくなり、開けた場所にでてほっとする。
デバイスの地図で駅の方向を確認していると、向かいのククリールが何かに気づいた。
「ねぇ、あれ……」
声をかけられ、その方向をみると白髪の女性が男に鞄を引っ張られ必死に抵抗している。キリヤナギがデバイスをポケットにしまった時、男は女性から鞄を奪ってこちらへと走り出した。
それをみたキリヤナギは、ククリールをまず道の内側へ引いて走ってきた男の足を引っ掛けて倒す。床へ転倒した男は、即座に起き上がり殴りかかってくるが、キリヤナギは風に乗るように交わし、突き出された腕を握る。
突っ込んできた勢いのまま、体を宙へ浮かせて投げ、床へと叩きつけた。
押さえつけていると、周りが通報してくれたのか騎士が集まってきてくれてほっとする。
サーマントを下さないネクタイの騎士達は、まず犯人を抑えるキリヤナギの元へ来てくれて対応してくれた。
「怪我はありませんか?」
「僕は大丈夫です。鞄をとられた女性は?」
「腰を抜かされただけで、怪我は大したことはなかったようです。状況を聞きたいので管轄所までご同行願えませんか?」
振り返るとククリールが退屈そうに待っている。日も暮れてきていて、このままでは遅くなり過ぎてしまいそうで、キリヤナギは少しだけ後悔した。
「僕、友達ときてて、家まで送ったらまた戻ってくるのでそれまで待ってもらえませんか?」
「それは、少し困りますが……」
「王宮に連絡をすれば、車も出してもらえると思うので……」
「王宮?」
キリヤナギがジンに渡された身分証明カードを取り出すと、騎士はしばらく固まっていた、顔写真を何度も確認し真っ青になったかと思うと深く頭を下げられ、膝をつかれてしまう。
「ご、ご無礼を!! い、今本部より自動車を」
「え、い、いいです。戻ってきますから」
ククリールは言葉もなく呆れていた。結局、クランリリー騎士団から配車されることになり、キリヤナギは一度ククリールと、カレンデュラの別宅へと向かう。
「ご、ごめん。クク」
「鉄道は面倒だったし、気にされないで、クランリリー騎士団の方に失礼よ」
「そうだね。ありがとうございます」
「いえ、まさかお忍びで出かけられていたとは思わず、大変な無礼を失礼いたしました。殿下のお力を借りて不甲斐なく」
「つい、体が動いちゃって……」
「流石ですね」
ククリールは日の暮れた街をボーっと眺めていた。気がつけば外は真っ暗で、空には月が輝いている。
30分ほど走ったところで自動車は、屋根が橙の豪華な邸宅前へとつけられた。騎士に扉を開けられた彼女は、優雅に車を降りて、使用人へ迎えられる。
「それでは、キリヤナギ殿下。ご機嫌よう」
「うん、今日はありがとう。またね」
彼女は身を翻し、屋敷へと帰ってゆく。自動車は発進しキリヤナギはそのまま王宮の方へと進んでいることに気づいた。
「本部に向かわなくていいの?」
「とんでもない。我々が伺いに赴く立場ですよ」
助手席の騎士は、王宮に連絡を取っていて、キリヤナギは表情は出さずともがっかりした思いだった。少しだけ夜の街を1人で歩くのが楽しみでもあったからだ。
その後、騎士との会話もなく自動車は王宮の通用口から中へと入ってゆく。ジンが待っていてくれてクランリリー騎士団の彼らと握手をしていた。
「おかえりなさい、殿下」
「ただいま」
「殿下、お疲れでしたら我々は明日でも構わないのですが」
「送ってもらえたので、大丈夫です。応接室でいいですか?」
「はい」
「じゃあ、準備しますね」
ジンはセオに連絡をとり、部屋の準備とキリヤナギに着替えを行う。
起こった事は一瞬だったが、足を引っ掛けてしまい、犯人が怪我をしていないか心配だと言うと困惑され、苦笑もされた。
「お手柄でしたね。殿下」
少し張り詰めたセオの声色に、キリヤナギは思わず生汗をかいていた。ジンにはククリールと逃げろと言われていたのに、結局手を出してしまったからだ。
「なんとかなったし、いいんじゃね?」
「ジン! 殴られてたらどうするんですか! 陛下の誕生祭も近いのに……」
「ご、ごめん……」
今日の夕食は、母に女の子と出かける旨を話し、19時には間に合わないと伝えていた。大切な人になれば良いと笑顔で送り出してくれたが、明日以降何を言われるか分からず震えてしまう。
「叱られるかな……」
「心配はされてましたよ。でも最近はそう言う性分って感じだし?」
「諦められただけですよ……」
耳が痛い。
「そういえば、僕がククに振られた事ってどのくらいの人が知ってる?」
「あまり公にすべきではない事ですから、あの場で聞いていた方と殿下がお話された方ぐらいではないでしょうか? ご婚約は成立してこそ発表されるものですので」
思い当たるのは父と母、特殊親衛隊の彼らと、アレックスとヴァルサスだ。ヴァルサスはまだしも、アレックスには釘を刺さなければ、どうなるかわからないとキリヤナギは少し不安を得る。
「何かありましたか?」
「ククが、家に報告してないって言ってたから、知られたらまずいんだろうなって」
「公爵家が不認知ですか? 軽いスキャンダル案件なので、連絡しておいた方が……」
「僕は都合いいんだけど……」
「もしどこかから漏れてメディア雑誌に書かれればそれこそ大変な事になりますよ?」
苦しい、と思ってしまう。元々、一度フラれたのに友達をやっているのも不思議な関係で、夏の時点ではキリヤナギもこれ以上の挽回は無理だと諦めすらも得て居た。
せめて学生のうちだけでも、友達として仲良くできればと考えていたが、他ならぬククリール自身の気持ちが変わってきている事が嬉しくも思い、複雑にもなる。
配膳された今日の母の夕食は、作るのに手間がかかりそうなハンバーグで、普段以上に美味だが、何故か主食が白米ではなく赤飯で不思議に思う。主にお祝いの日に縁起物として食べられるものなのに、何かあっただろうか。
「今日のごはん美味しい」
「王妃殿下がとても張り切っておられました。お伝えしておきますね」
久しぶりの母の本気の料理だと、懐かしさも感じていた。
そんなキリヤナギが一日を終えてゆく中で、1人事務所にもどったヒナギクが、ラグドールと日誌を書きながらうめき声をあげている。
「ヒナギクちゃん……どうしたの」
「私は汚れていました。これこそが真の純愛……! 殿下、どうかカレンデュラ嬢を自由にして差し上げて下さい。貴方の恋で救われる人がいるのです。頑張れ、殿下ー!」
「ヒナギクちゃん、大声だすと聞こえちゃうから……!」
「……」
グランジは何も言わないままに、無表情でヒナギクのリアクションを楽しんでいた。
その日もキリヤナギは普段通り休み、朝には学院へ登校する。するとまるで待ち伏せしていたかのように、ヴァルサスに捕まって物陰へ引き摺り込まれた。
「ヴァ、ヴァル……」
「よ、日曜どうだった?? どこまでいけた?」
「えっ、どこって……」
「ホテルとかいけたのか?」
「ぇ”っ! 無理無理、ない!」
「なんだよ。キスは?」
「ないって、遊びにいっただけだし……」
「あぁ?? なんだよそれ、全然デートじゃねえじゃん」
「で、デートだし!! 手はつないだよ?」
「小学生かよ。つまんねぇな……」
ヴァルサスに放してもらえて思わずため息をついた。言われたら想像してしまい恥ずかしくなってしまう。
「男ならもうちょい攻めてけよ。振られるぜ?」
「マイナススタートなのに……」
「オーケーする時点で女は期待するもんなんだよ」
「ク、ククはそんなんじゃ……」
「姫のことわかるようになったのか? 仲睦まじいねぇ」
思わずフードを被って項垂れてしまう。今日もベースを持ってもらい、その日は2人で授業を受けた。ククリールと合流ができないまま2限も終えて、屋内テラスへ向かうと、そこには既にアレックスもいてヴァルサスがデートの内容を話してしまう。
「つまらなさすぎね?」
「王子らしいのでは」
「そうかもしれねぇけどさ」
「僕は楽しかったのに……」
わかってもらえないだろうかと、お弁当を開けていると、一番最後にククリールも顔を出してくれる。
「ご機嫌よう……」
「クク、昨日はありがとう」
「えぇ」
そっけない彼女は、今日も目も合わせてくれない。しかし向かいに座ってくれるのはとても嬉しかった。
「『タチバナ』の意味の進捗はどうなんだよ」
「イメージはできてきたけど、まだまとまってないかなぁ。なんで生まれたかはわかったけど……」
デバイスのデータ資料とまとめノートをだすと、三人は目をまんまるにしていた。
特にククリールは、キリヤナギの端末を取り上げ拡大して凝視する
「東国の漢文じゃない……」
「かんぶん?」
「固有の文字だ。これは古いもので現在では使われていない。戦時中のものか、珍しい」
「へぇー」
「すごいの?」
「すごいも何も、現在ではガーデニア、オウカ、東国の三つの国家に結ばれた条約から言語の統一が行われている」
「統一されたのは五世代以上? 500年以上前の話で、それ以降はどこも戦争で焼野原。紙の資料はほぼ燃えたって言われてたのに」
「でもこれ、平和になってからの日記だっておじいちゃんが……」
「終戦後か、尚更貴重だな。どこにあった?」
「え、『タチバナ』の本家だけど……」
「すごい。こんな綺麗にのこってるの初めて見た……」
ククリールの食いつきに思わず説明のタイミングを逃してしまった。しかしとても楽しそうでぼーっと見てしまう。
「俺はさっぱりなんだけど……」
「えーっと……」
キリヤナギはまとめたノートを見ながら時系列順に説明してゆくと、ヴァルサスは感心してくれるが、アレックスとククリールはさらに愕然とした表情をみせ、困惑してしまう。
「王子は、歴史が苦手ではなかったのか?」
「苦手だけど、『タチバナ』は好きで……」
「ねぇ、『タチバナ』さんのご自宅。連れてって下さらない?」
「姫って歴史になると人が変わるんだな」
ヴァルサスは張り倒されていた。
久しぶりのやり取りに何故か安堵もしてしたが、あの家に女の子を連れてゆくのは恥ずかしく、キリヤナギは一応「聞いてみる」とだけ答えてやり過ごす。
そして放課後、キリヤナギはスタジオへ行く前に生徒会室へと向かう。
その日は、会議もないのに何故か大勢の3回生が集まり電話をしている生徒もいた。業務中なのだろうかと音を立てず中へはいると、こちらに気づいたシルフィが困惑した表情をみせる。
「シルフィ、何かあったの?」
彼女は、かなり言葉を渋っていた。
何も言いたくないような態度にキリヤナギは首を傾げながら返答をまつ。
「文化祭の日程が、再来週の祝日に決まりました」
「え……」
「シダレ陛下の誕生祭にあわせると、運営部が……」
キリヤナギは、しばらく何を言われたかわからず、呆然としてしまう。
告げられた結論は、キリヤナギが文化祭の日には出席ができない事実で、練習の全てが無意味になった事と同義だからだ。
@
「結局、被っちまったか……」
「うん、ごめん……」
何も言う事ができず、キリヤナギはスタジオで俯くしか無かった。こうなってしまうなら、初めからバンドに参加するなど言わなかったかもしれないのに、現実は理不尽であると思う。
「えらくギリギリだな。ここまでずれ込むならもう少し先になると思っていたが……」
「間に合わない出し物もあるかもしれないから、今生徒会でずらせないか提案してるって……」
「間近になった今になって、ねぇ……? 現実的に変更なんてありえるもんかね」
「わかんない」
「何もかも前例がないな」
スタジオなのに誰も音を出さない静けさが続く。アステガは1人黙々とチューニングしていて気にした様子もなかった。
「始めるか、練習」
「え」
「来たならやる気なんだろ? それとももうそっちの準備で手一杯か?」
「ううん……それは明日からかな?」
「じゃあ今日までだな、やるぞ」
「うん。代わりにヴァルに頼もうと思ってるけど、いいかな?」
「あぁ、面識のある奴で助かる」
「わかった」
ショックは大きかったが、少しだけ気持ちは和らいでいた。話を聞いてくれたジンも、残念そうにしてくれて思わずため息も出てしまう。
その日の王宮のリビングのソファーには、カバーに入れられたベースが置かれ、キリヤナギは部屋に持ち込むことすらせず篭ってしまった。
「学院の運営部ってどこがやってんの?」
「大半が教員? 10名ぐらいで会長と校長。設立者の貴族家系の1人かなぁ、この三人の発言権が強いとは聞いてるけど僕も詳しくは知らないね」
「殿下嫌われてんのかな……」
「偏見はないけど、心配はされてると思うよ。初動から休学して怪我もしてるから、学院的には、ほっといたらどうなるかわからないし……もし、ジンの言う作為的なものがあるとしたら『何もして欲しくない』っていう保守的な感情が働いてるのかもね」
王子は本当の意味で行動力にあふれている。目の前の困り事を放ってはおかず、間違いを正す事にも努力は惜しまない。
しかし、その行動が『現状維持』を望む大人の目線からみると、やはり都合が悪いと映ることもあるからだ。
「もしそうなら、王宮と同じじゃん」
「本当、うまくいかないね……」
王宮の縛りから解放された筈なのに、学院でも同じ事が起こり始めている。事実は分からないが、ジンもまたため息しか落ちなかった。
そんな憂鬱な週を迎え、アステガとジーマンはテラスへと向かう。
しかしそこにキリヤナギは居らず、アレックスとベースを借りたヴァルサス。ククリールのみだった。
「王子は……」
「帰ったわよ。今週から催事の練習ですって」
「そうか」
「よ、アステガ」
「ヴァルサス、ギリギリに悪い、ベースはーー」
「舐めんなよ」
ヴァルサスが器用に指で弦を弾き、アステガとジーマンは驚いていた。広げた楽譜をみて数フレーズすらも弾いてみせる。
「一応ガキの頃に音楽ならってんだ、楽譜も読めるし、クラシックは楽しくないだろつってんで、こっち」
「即戦力……っつーか王子より上手くねえか?思わぬ拾いモンしたな」
」
「ジーマンだっけ? 人をモノみたいに言うなよな。ちなみに王子にちょくちょく教えてたの俺だぜ」
「そこまでできるなら助かる。当日は頼む」
「おう、任せとけ!」
そんな大学の日常が続く中、先に帰宅した王子は、以前の誕生祭と同じく外のベンチに座らされ、使用人達の準備ができるまで待機していた。
ジンが持ち込んだ差し入れのおにぎりを頬張り、ぼーっと位置を確認する彼らを眺める。
「元気ないっすね」
「……そう見える?」
暖かいお茶を啜りながら、ジンの言葉に情け無くなってしまう。頭には何度も聞いた課題曲がながれて、思わず鼻で歌ってしまっていた。
「シダレ陛下に相談しました?」
「ううん。バンドをやる話はちょっとしたけどそれぐらい。無礼だし、聞くまでもないかなって」
「そうっすか」
「残念だけど、来年は変わるかもしれないし、平気。ベースだけなら続けられるから」
「なら、練習しないとですね」
「……うん」
ジンはその後、キリヤナギを残してリュウドと安全検査へと向かった、正午から開始される美食の祭典は、開けてはいるが警備は万全でもある。
夜会では、セオから渡された飲み物以外飲まないよう例年以上の警護で実施されることになっていた。
「こんな事いったらダメなんだろうけどさ……」
「? リュウド君?」
「全然楽しくなさそうだなって」
前科がある為に厳しくなるのは理解できるが、行われているのは祭りで楽しむべきものなのに、その醍醐味を避けられてしまっている。
最大限の配慮で祭典にて食事をするとされているが、キリヤナギは緊張すると味が分からなくなるとよく溢しているからだ。
キリヤナギもそれは理解していて文句の一つも言わないが、頼みにしていた文化祭すらも無くなってしまったのは気の毒にすら思う。
「この祭典終わった後、夜会まで少し時間あるけど、殿下どうするんだろ」
「一応エキシビジョンの鑑賞はするって」
「楽しい?」
「さぁ……。料理は美味いだろうけど、エキシビジョンは王族向けだから、大体和歌とか舞踊? 今年の漢字とかそう言うのだし?」
「つまんねー」
「ジンさん……。今回はシダレ陛下向けだから」
そもそもキリヤナギは、和歌など読まないし、ニュースも殆どみず、国内情勢にも詳しくはない。これなら同世代の文化祭の方が何倍も楽しめるだろうとジンは憂うしか無かった。
そんな憂鬱な気持ちで迎えた当日は、今年一番の秋晴れで、早朝から王への挨拶をするキリヤナギが、全国メディアで放映される。その報道に続くように王子の通う大学でも文化祭が開催されると続けられてきた。
学院は朝から賑わい生徒会は、申請された出し物が出されているか確認する作業に終われている。
普段のフォーマルな衣服から、ライブ向けのラフな衣服できたアレックスとヴァルサスは、キリヤナギに頼まれたカフェの様子を見に足を運んでみることにした。
「メイドカフェなんて興味があるのかアイツ……」
「王子曰く、既に雇用されているメイドが何故カフェをやるのか理解できないらしい」
「王子らしいっつーか……いやでも、確かに言われたら訳わかんねぇな」
「衣服も全然違うので、寒くないか聞いてくれと、『らしい』が、誤解されないように慎重にいきたい」
「まぁいいけど、アレックス。お前貴族なのに催事いいのか?」
「今回は王子が主役でないからな。マグノリアからは、父と叔父が参加するので、今回はどちらでも良いと言われている」
「あ、そっか、シダレ陛下だから俺らの父ちゃん世代」
「そう言う事だ。国の未来を証明する王子の祭典とは違い。シダレ王の祭典はどちらかといえば同窓会にも近い。息子世代は今回出番はないな」
「出番がないのに、アイツは参加しないといけないんだな……」
「父の誕生日ぐらい祝うだろう?」
「そうだけどさ」
ヴァルサスの煮えぎらない表情に、アレックスも同じ表情をしていた。デバイスで式典のライブ映像をみると丁度正午で王子は儀式を終えて、美食の祭典へと足を運んでいる。
訪れた人々と握手をしたり子供と目を合わせて会話する彼は、別人に見えて仕方なかった。
「この教室だな」
入り口の男性生徒は何故かネクタイとベストを着てジャケットを羽織り、副隊長以上の騎士のような装いをしている。おそらく演出なのだろうが、今は満席なので脇の椅子で待ってほしいと座らされた。
「そのジャケット桜紋ついてないぜ?」
「え”」
「副隊長以上には、胸に桜紋ついてんだよ。観察がたりねぇな」
「ヴァルサス、あまりからかうな」
「すいません……」
「紙とピンクのペンねぇの? あとテープ」
騎士らしい装いの彼は、一度中に入り言われたものを持ってきた。待っている間、ヴァルサスはペンで桜紋を手書きし、ハサミで切って生徒の胸元へと貼る。
「かっこいいじゃん」
「ありがとうございます……!」
「かなり雰囲気が近くなったな」
「騎士さんの家ですか?」
「おう、アゼリアだぜ。また見かけたらよろしくな」
「はい! あ、空いたみたいなのでどうぞ、ごゆっくり」
中へと案内されると、男性生徒だけでなく女性生徒も寛いでいて驚いた。またそのメイド服のスカートがかなり短く、肩も出されていて衝撃を受ける。
「ご機嫌よう、おかえりなさいませ。ご主人様!」
「主人ではない。その言葉は家長へと使う言葉だ。爵位を持つ相手に対しても色々変わるが、子に対しては主に『様』を……」
「アレックス、お前もちょっと落ち着け……」
メイドを演じる女性生徒は、言葉に迷って引いていた。そんな賑やかになる文化祭と対比するように、キリヤナギは来賓の席へと座らされボーっと無心で会場を眺める。
空にはカメラが搭載された飛行機器が飛んでいて、メディアに取られているのだろうと思うと余計な事は出来ない。
セオから渡された飲み物は、メモにりんごと書かれていて試しに口に含むが味がしなかった。
「殿下。今口にされたのは、カレンデュラより栽培されて果樹100%のジュースですが、感想をお聞かせ下さい」
突然突っ込んできたメディアに、驚いて一気に体がこわばる。
「と、とっても美味しいです……!」
「どのようにですか?」
「り、りんごですよね。甘くてスッキリしてると言うか……」
「クセが無いと言う意味でしょうか?」
語彙力のない自分に後悔すると胃も痛くなってくる。思いついた言葉を並べていたらメディアは去ってくれたが、気が抜けずセオが裏手のテントへ避難させてくれた。
「すみません……」
「大丈夫。だけど、お腹痛い……」
横に座っていたシダレ王は、勧められた料理を楽しみ、メディアが欲しがる言葉の数々を笑顔で話している。キリヤナギもパンフレットと大量に書いてきた語彙の一覧を見ながら、どうにか感想が言えないか模索していてセオは気の毒で仕方なかった。
「今出てるものは、ローズマリー産の子牛のソテーです。ソースにこだわりがあり、肉汁との組み合わせが絶品であると」
「……ありがとう、セオ」
「その次はお野菜の……」
デバイスで検索しながら同じ料理のレビューをみて頭で言葉を作り、もう一度外へとでる。食べる度に笑顔で言葉を作るが、それも少しづつ辛くなってきていた。
皆はそれをとても喜んでくれるが、良いのだろうかと言う罪悪感も込み上げてくる。しかし味覚の問題は未だ理解がされづらく、正直に話すことは良くないとも止められていて、今はこれしか無いと続ける。
「キリ」
「!」
横に座る父の言葉に、体がフリーズする。顔に出ていただろうかと、よからぬ事を言っただろうかと手には汗が滲んだ。
「ベースの調子はどうだ?」
「ベース……?」
想定外の言葉に意味が理解できず、思わず聞き返してしまった。ベースの調子と言う言葉を必死に分析しながら返答を考える。
「昨日までは、とても良い音を出してくれてました」
「昨日までとは?」
「今日は、友人の元に……」
「何故?」
「本日の文化祭で、友人と演奏する予定だったのですが、参加出来なくなったので、代わりをお願いしました。すぐ準備ができないものなので、やむおえず」
シダレ王は、言葉を失っていた。不味いことを言ったと思い生汗がでてくる。
「……そうか。文化祭で使うつもりだったか」
「御心配されずとも、友人への信頼は厚く、大変良い楽器であることから、僕ではなくとも良い音を奏でてくれるでしょう。友人は、音楽にも詳しく……」
「……気づかず、悪かったな」
「え……」
「今から間に合うか?」
思わずポケットの時計をみると、正午はとっくに周り、ライブの時間まではギリギリだろうと思う。
「すぐに、出れば……」
「なら行ってあげなさい。楽器は弾く人間を選ぶ、どんなに上手くとも楽器が認めた人物でなければ、良い音は出せん」
「……ですが、僕は王子で」
「それなら、自分で後悔の無い選択をするといい」
真っ直ぐに向けられたその目に、キリヤナギは言葉が出なかった。しばらく迷ったものの、王がそう言ってくれるなら、動きたいと思う。
「ありがとうございます。父さん」
ゆっくりと頭を下げキリヤナギは一度裏方へ向かい。頭の飾りをとって待機していた自動車へと乗り込んだ。
セシルも大急ぎで運転席に座り、エンジンをかける。
「セオ、僕の衣装どこにあるっけ?」
「すみません、荷物が多く王宮です」
「間に合わないかな……」
「俺、走りましょうか?」
「ジン、間に合う?」
「厳しいですね」
自動車なら間に合うが、徒歩だと難しい距離だ。その間セシルは、デバイスで誰かと連絡をとり通信を切る。
「ジン、今すぐ公園の西出口に向かって」
「セシル隊長」
「私の自動車が隣接するパーキングに停めてある」
「俺免許ないっすよ……」
「説明する時間はない、行けばわかるさ」
セシルの微笑にジンは頷き、キリヤナギの自動車を見送った。ジンが走って西出口へ向かうと、確かにセシルの自動車があり、中から手を振る影がある。
「セスナさん!」
「ジンさん、こんにちはー! やっぱりこうなりますよね、早く乗って乗って」
助手席に乗り込むと、彼はジンのシートベルトを確認して発進させた。彼は騎士服のコートだけを羽織り中へ私服を着ていて、おそらく休日だったのだろうと思う。
「免許もってたんですね」
「実は先週とったばっかりなんです」
「マジすか……?」
「うんうん、初運転がセシル隊長の自動車とか僕嬉しくて……」
よくみると初心者のマークも付いている。普段通りの彼の隊長語りを聞き流していると、確かに周りの車から避けられていた。
「隊長はわかってたんですかね?」
「実は有事用に配置してたんですよ。王宮の車だと乗っ取られたらそのまま連れてかれる可能性あるし? 何かあれば、王宮の車じゃなくてこっちに連れてきてとセオさんにだけ話してて」
「へぇー」
「自分の車なら、こう言う形でも全然いけるし、隊長流石ですよねー!」
再び始まった自慢話も、確かに納得のいくもので感心もしてしまった。初心者の彼の運転は若干荒さが目立つが、スムーズに道路を進んでゆく。
「とりあえず、ギリギリなんですよね。急ぎましょうか!」
セスナは大通りから中の道へ入り、信号を避けるルートで王宮を目指す。