第二十一話:祭りの後の

 予定時間より早く始まった表彰式は、多くの人が集まり、誰もがその結果に驚いていた。
 一位の「タチバナ軍」の赤チームは、フラッグを3本とり鉢巻を90本確保し、残り20名の生徒が残る。
 二位が「無能力」の黄チームでフラッグ一本に鉢巻70本で生徒が10名。
 三位の「王の力」の青チームは、フラッグ一本と鉢巻60本、15名ほど残った内訳だった。
 青チームは初手からフラッグを多く確保した事で数を維持する為、長く防衛に走り鉢巻が増えることはなく奪いきれなかったと囁かれる。
 キリヤナギを胴上げしようと言う流れに本人は遠慮して何故かアレックスが胴上げされてしまい、全国メディア彼らは困惑していた。しかし見に来ていた来賓や警備騎士たちも拍手をしてくれて、学院には日が暮れるまで賑やかな空気で彩られる。
 そして、生徒たちは後片付けの後、特別に手配された学院の打ち上げへと招待された。
 優勝チームにはその年のシンボルカラーの勲章が配られ、キリヤナギは本格的なそれに目を輝かせる。

「すごーい! かっこいい!」
「王子は普段からつけてんじゃん」
「騎士勲章の時以来だから嬉しい!」
「これは文化祭だと映えるからな。私も入手できて嬉しい限りだ」
「文化祭で使うんだ?」
「社交ダンスなどで相手に困らなくなるぞ、会話も弾むからな」
「あんな彼女持ちアピールなんてどうでもいいぜ」
 
 やさぐれた言動を話すヴァルサスだったが、何度も勲章を眺めていてキリヤナギも嬉しくなる。
 振舞われている夕食は、ジンが人数分よそって持ってきてくれてまるでお祭りのように盛り上がっていた。

「ジン、セオとかみんなは?」
「セオは、家族枠なので先に戻りました。俺とセスナさんと隊長は参加してたんで警備がてらうろうろしてますよ」
「そっか、ジンも参加してくれてありがとう」
「それなりに楽しめました、誘ってくれてありがとうございます」
「ジンさんは戦ったんですか?」
「黄色チーム? 名前は聞けなかったんですけど」
「ルーカスか、無謀なことをしたな」
「鉢巻あげましたけどね」
「へぇ、強かったんだ!」
「頑張ってくれたので」

 キリヤナギは感心しているが、肯定はしていない言動にアレックスが意味深な表情で睨んでいた。

「僕はセシルのをもらったけど、セスナは誰にあげたんだろ」
「内訳で計算すると330になるはずの鉢巻が320しかない。渡さなかった可能性もあるな」
「そんな事もあるんだ」
「乱戦で紛失した可能性もあるが、気にする問題でもない。去年の思えば想像以上に盛り上がった。これなら来年もまた開催出来るだろう」
「先輩ありがとう。楽しかった」
「こちらも光栄だった、来年も組めればと思う」
「おいおい俺は?」
「ヴァルも取り返せたのすごかったよ。引きつけるだけでよかったのに」
「負けっぱなしでいられるかよ。騎士アゼリアは転んでもタダでは起きないぜ!」
「タダ?」
「失敗しても、功績は残すと言う意味だ」

 ジンもまた同じテーブル席へ座って、一緒に夕食を済ませていた。
 試合の流れを3人で振り返っていたら、「タチバナ軍」の彼らだけでなく、黄チームや青チームの彼らまで感想を言いにきてくれて、生徒会を踏まえ頑張ってよかったと優越感に浸る。
 時間は遅くなっていき、二回生以上の生徒は運ばれてくるお酒を楽しみ、さらに賑やかになって言った。
 キリヤナギはお酒が苦手で、遠慮しながら雰囲気を楽しんでいると人混みからグラスを持った男性がこちらへと歩いてきて、ジンが「あ」と声をあげる。

「近衛騎士とは、本当だったのですね」
「こんばんは、ありがとうございました」
「ルーカス先輩……」

 彼はしばらく黙りながらも、キリヤナギと向き合い。グラスに入っていた酒を一気に流し込む。そして大きく息をついて述べた。

「言いたい事があるだろう」
「え、うん……。ファンクラブやめて欲しくて、ククが嫌がってるから」
「ふん、アゼリアには負けたが、王子に負けた覚えはない」
「えぇ……」
「往生際がわるいぞ」
「最低かよ。どう言えば分かるんだ?」
「だが、全てを理解していないとも言っていない。確かにアゼリア卿と王子がいうように、好きな人が嫌がっている事はやるべきではないとはおもうからだ」

 皆が意表をつかれ返事に戸惑ってしまう。ルーカスの言動は、まるでこちらの要求を受け入れるようだからだ。

「しかし、個人的にククリール姫は応援したいので、改名という形なら受け入れよう」
「改名?」
「ファンクラブとして集まった我々は、すでに一つのコミュニティとなっている。よって今更解散はしたくはない。ここはファンクラブとしての活動を停止し、名前を変えて運用したいとおもっているが」
「……それなら、大丈夫だと思う」
「妥協案だな。確かに『無能力』チームとして集っていたあの人数なら、解体も簡単には出来ないだろう」
「マグノリア卿は理解が早くて助かる」
「そうなんだ?」
「解体して欲しくないと言われれば、説得する必要もあるからな」

 なるほどと、キリヤナギは感心した。たしかに誰も解散したくないのに解体するのは、反発も生まれるからだ。

「その新しい派閥の名に、王子の名を使わせてもらえれば、ありがたい」
「僕? いいけど」
「王子いいのか? それ危険だぞ?」
「え、でも、減るものじゃないし」
「誤解は生まないようにな、ルーカス」
「マグノリア卿の心配には及ばない。こう見えて、私は貴殿の考えに賛同していたものだ。迷惑はかけん」
「光栄だな。だが私はもう王子の部下に過ぎない」
「残念だ。この学院はそこの王子が思うほど、平和でもなければ、健全でもない。マグノリア卿はそこへと目を向けながら、我々一般のことを誰よりも考えていたのは理解している」
「嬉しいが、私は急ぎすぎたと反省しているよ。できることなどしれているだろうが、相談なら聞こう」
「ありがたい」
「なんだお前ら仲良いのか?」
「ルーカスは私の支持者だったと言うだけの話だ」

 アレックスは目を合わせず、飲み物を煽っている。キリヤナギは立ち尽くすルーカスへ言葉に迷いながらも口を開いた。

「困ってるなら僕も何か……」
「思いつきで秩序を破壊した奴に誰が相談すると?」
「え”、ごめんなさい……」
「王子は謝るな!」

 怒られてしまった。
 握手しようとしたら、ルーカスは手を払って帰ってしまい、初めて嫌われていた理由を理解する。
 何も知らなかったことに後悔をしながらも、責任は取らなければならないとキリヤナギはもう一度反省した。

 楽しい曲も流される飲み会は、三回生の進行でカラオケ大会が始まったり、モニターには「体育大会」を上空から撮影された様子も映っている。
 もうしばらく楽しみたいと眺めていると大勢の人の中から現れた女性がいた。

「シルフィ……!」
「王子、少し良いですか?」

 キリヤナギは席を立って、彼女と少しだけ歩く事にした。この「体育大会」で連勝していたツバサは、今だに敗北した事が受け入れられず、先に別宅へと帰ってしまったと言う。
 プライドを傷つけてしまっただろうかと心配にもなったが、シルフィは何故かとても穏やかに笑ってくれて許してもらえている気分にもなった。

「お兄様は大丈夫ですよ。負けず嫌いなだけですから」
「僕、兄さんに負けてばかりだったから……」
「そうですね。本当に驚いたと思います。最後に遊んだのは何年前か、私も殆ど覚えていませんから……その分、王子の事を下に見ていたのは間違いないでしょう。ごめんなさい」
「僕はそんなの気にしてもいなかった。それにシルフィが謝る事じゃないと思う」
「いいえ。私も年上として貴方を守らねばならないと思っていました」
「え」
「姉として、従兄妹として、何ができるだろうと、でもそんなものは必要なかった……。王子は、昔のままですね」

 ふと彼女の笑みから、懐かしい記憶が呼び起こされる。ハイドランジア邸で3人で遊んだ時、シルフィはツバサに勝てないキリヤナギを勝たせようと助けてくれた時があった。
 キリヤナギは何も気にしてはいなかったのにツバサはそれに怒り、キリヤナギは初めてシルフィを庇った。
 それがきっかけで取っ組み合いの喧嘩になる。
 大人に止められ、お互いに怪我はなかったが、以来ツバサはキリヤナギへ干渉する事をやめ、あの様な態度を取る事になった。思いかえせば、今回の「体育大会」はそれと同じ構図だったのだろうと思う。

「ありがとうございます」
「僕は、何もしてないよ」
「これからは従兄妹、そして友人として対等に居させて下さいね」
「もちろん!」

 シルフィはまるで付き物が取れたように笑ってくれて、そこから沢山子供の頃の話をしていた。10歳前後までの曖昧な記憶が、彼女と話す度に戻ってきてとても懐かしくて楽しくなる。

「冬に、ハイドランジア領に行きたいと思ってて」
「あら、嬉しい。楽しみにしてますね」
「うん」

 そうやって学院の夜はゆっくりと更けて行く。飲み会がお開きになり、後片付けが終わる頃には門限はとっくに過ぎていて、キリヤナギはジンと緊張しながら帰路へついていた。
 ジンは連絡入れていて大丈夫だと言うが、夕食に間に合わなかった時の母や父の顔が恐怖で震えてしまう。
 ジンからすれば、ツバサの怒鳴り声や周りのあたりの強さに全く動じないキリヤナギが、唯一両親だけに酷く恐怖感を覚えるのも不思議でならなかった。

「大丈夫ですって」
「それで何度叱られたか、わかんなくて……」

「キーリ……」

 背筋が一気に冷えて硬直する。振り返れば部屋着の王妃がいて、何を返せばいいか分からなくなった。
 謝ればいいだろうかと、遅くなってしまったと、聞かれたなら言葉を撤回した方がいいかと情け無い感情ばかりが浮かんでくる。

「おかえりなさい。優勝おめでとう……」
「……!」
「また明日、詳しく聞かせてくださいね」

 母の優しい微笑みに何を返せばいいか分からない。でも、それは悪い事では無いと肯定され、不安で押しつぶされそうだった心に安心を得た。

「……はい。遅く、なりました。また明日にでも」

 彼女はもう一度笑い、部屋へ戻っていった。しばらく呆然としているキリヤナギを、ジンが引っ張って居室フロアへと連れて行く。
 彼は未だうまく飲み込めていないようで、首を傾げていた。

「褒められてましたよ」
「え、うん。……なんでだろ」
「優勝したからじゃ?」

 余計にわからない様子にジンは困惑していた。優勝したのはこれ以上無いほどに嬉しかったが、王宮で外でやった事を評価された事に実感が湧かず戸惑う。
 今まで、どんなに喜ばれた事をしても、それは正しく無いと否定しかされてこず、ペナルティばかり受けていたからだ。
 衛兵のいるフロアまで戻ってくると、それなりに遅い時間なのに、事務室の電気がついていて、わずかな話し声が漏れている。
 セシルとセスナは、残りの警備をミレット隊へ任せて戻ったと聞いていて、キリヤナギはお礼を言わねばと一度事務所へと足を運んだ。
 ノックから覗くと、ヒナギク、セスナ、ラグドール、セオ、リュウド、グランジ、セシルの全員がいて、昼に録画していたらしい「体育大会」を解説に合わせながら見ている。

「殿下殿下! 殿下まだですか!」
「やっぱりメディア的には『王の力』の青チームが推しなんですね。インタビューうけてますし、……でもヒナギクさん。もうちょっとで殿下映るとおもいますよ」
「アレックスさん、すごいですね。参謀っぽいと言うか」
「というか、なんで走りながらこんな話せるんですか?」
「セオさん、慣れたらいけるよ?」
「ははは、リュウド君も体力おばけだからね」

 恥ずかしくなって、思わずジンの後ろに隠れてしまう。1人遠目でモニターを見ていたグランジが、ようやく気づいて中に入れてくれた。

「お兄様、何気に1番最初に戦ったんですね」
「確かに時間が早めでしたからね。嬉しかったですよ」
「鉢巻はあげたんですか?」
「それがあまりにやる気がないと言うか、話を全く聞いてもらえなかったので、ここで渡すのはよくないなと……」
「……大人気なくないですか? 流石に」
「ぇ」
「挑みにこないならまだ分かるけど、一応、ボーナスキャラだよな?」
「が、学院ですよ? 学ぶ為にいるのですから……」
「セスナちゃんって意外とケチなんですね」

 ヒナギクが再び画面に戻ってしまい、セスナは真っ白になっていた。机に戻ろうと振り返ったセスナとキリヤナギが目が合い、しばらくフリーズされる。

「殿下!? いつから!!」
「「殿下?!」」
「た、多分最初から……」

 全国メディアは、空を飛べる小さな機器で3つのチームの動きを上空から撮影していた。
 「タチバナ軍」の赤チームが映るたびに、ラグドールとヒナギクは拍手をしてくれて、遊んでいるジンやセシルまで映っている。

「優勝おめでとうございますー! すごいです! 生徒の皆さんも殆ど怪我なくてよかった!」
「ラグ、はしゃぐのは良いですけど、今日お弁当箱と救急箱間違えて持って行ったって聴きましたよ? どうやったら……」
「シュトラールさんが持ってきてくれたのでなんとかなりました! なりましたから! あと怪我人少なかったし!」
「ありがとう……!」
「殿下めちゃくちゃつよいじゃん、【服従】もちゃんと無効化してるし」
「間違いなくMVPですね」
「マグノリア先輩とヴァルのおかげかな」
「【服従】は、相手だからこそでしょうが私も驚きました。なかなかできませんよ」
「ツバサ兄さんだったから、自然とそう思っちゃった。セシルのは無理だと思う」
「恐縮です」
「なんですかこの実況! 青チームばっかりで、全然動きないですよ!! 殿下頑張ってるのに!!」
「ヒナギクさん。一応連覇してたチームっぽいし?」

 結局騎士隊の皆で、その日は一緒に録画を見ていた。いつまでも王子が戻らず衛兵がよびにきて、皆途中から居室フロアでそれを見て過ごす。
 そして次の日。キリヤナギは久しぶりの筋肉痛で、朝からジンにほぐしてもらっていたら、セオが飲み物を持って現れた。

「殿下、従兄妹のツバサ様とシルフィ様が午後からお会いしたいと連絡がきたのですが」
「え、ツバサ兄さん?」
「はい。非公式で」

 謁見ではないのなら、血縁の個人的な物と言う意味合いとれてキリヤナギは驚いた。今まで、顔を合わせること自体「目障り」だと言われていた為に、どう言う風の吹き回しだろうとも思う。

「いいけど……、『王の力』、返してもらったことかなぁ……」
「殿下の判断は間違って居なかったと思いますが……、それぐらいしか思い浮かばないですね……」

 王からは、皆は「王の力」を必要として使用していることから、無闇に奪取してはいけないと言われていた。
 またその貸与された「王の力」は、一度奪取されると、他に貸与している者からも返されなければ再貸与ができない。
 つまり、公爵など別の領地にいる貴族から貸与されて場合、再び貰うには管轄地まで足を運ばなければならないからだ。
 また誰が誰に貸したなども書面で管理されている為に、奪取する度にそれは報告しなければならない。

「ちゃんと報告しましたか?」
「うん、先輩の時みたいに、セシルにお願いした。でも今回はセシルも見てたから、もうやってくれてて」
「確かにそうでしたね」
「【服従】なら、サフィニア? ちょっと遠いすね」

 うーんと悩みながらもキリヤナギは2人を迎える為、部屋着からシンプルな普段着に着替え、王宮の中庭へ用意されたテーブルへと座った。
 早めに来て待っていたら、奥の庭に動物達が放されていて、思わず頬が緩む。穏やかだなぁと思っていたら、目の前のケーキスタンドに鳥が止まり、キリヤナギは人差し指で撫でたあと、手に乗せて空へと放った。

「ご機嫌よう、王子」

 室内から出てきた彼女に、軽く手を振って応じる。後ろにはクロークを羽織るツバサがいて、バツ悪そうな表情をしていた。

「こんにちは、きてくれてありがとう。2人とも」
「相変わらず、動物にとても好かれていますね。王子は」
「そうかな。かわいいなって思って」

 ツバサはシルフィと共に向かいへと座った。頬杖をつくその様は、怒っているようにも見えなくて首を傾げてしまう。

「ツバサ兄さんは、今日はどうしたの?」

 思いっきり殺意が込められた目で睨まれ、キリヤナギはフリーズする。

「お兄様。王子が応じて下さいましたから」
「【服従】はとってごめん。あのままだと怪我人が出そうだったから……」
「王子、それは……」
「どうしていつも、そうやって自分を責める?」
「え……、僕にも責任はあると思って」

 言い返してきたツバサに、キリヤナギは上手く答える事ができなかった。今までそれが当たり前だったからだ。

「そう言う所が、嫌いなんだ」
「……それはーー」
「僕に仕えてほしいなら、もっと自分の正しさに向き合え、自分の正義を疑うな。相手の正義を切り捨てる覚悟みせろ、そうすれば許す」
「兄さん……?」
「もう、お兄様! 謝りにきたのではないのですか!」
「うるさい! 謝りに来て逆に謝られたらどちらが悪いかわからなくなる。正しいとおもったならそれを突き通してみせろ」

 ツバサの言葉に、キリヤナギは心の霧が晴れてゆくのを感じる。確かに心には、確固とした正しさは存在して、キリヤナギはそれにそって物事を進めてきた。
 だから起こる弊害も全て受け入れて、向き合って行きたいと思っている。

「ありがとう。ツバサ兄さん、でも僕は、これを間違ってるとは思わない」
「……っ!」
「切り捨てることも必要な時はあるけど、人の気持ちは、大切にしたいから」

 ツバサは頭を抱えてしまった。シルフィはお茶を飲みながら笑ってくれる。

「それが王子の正義なのですね」

 あ、と気づいて恥ずかしくなってしまった。「自分の正義を突き通せ」と言うツバサに「もうやっている」と返してしまったからだ。

「……もういい。よくわかった」
「……」

 何を返せばいいかわからず、言葉に迷ってしまう。ツバサは心底不快だったようで、イライラしているのがわかるからだ。

「シルフィを泣かせるな。そうしたら仕えるのも考えてやる」
「……え」
「……指揮力の差をクランリリーに見せつけられ、騎士にも負け、【服従】もとられ、挙げ句、大会にも負けた。こんな僕でも、仕えさせたいと思うかは王子の自由だがな」
「僕と居るのが嫌なら……」
「そう言う所が嫌いなんだ!!」

 また怒られたと思っていたら、ツバサが真っ赤になっていた。シルフィは何故か吹き出して笑っていて、キリヤナギはどう返事をすればいいかわからず困惑する。

「王子。ここは王子の意志でいいのです」
「僕?」
「はい。その意向に沿いたいとお兄様は話しているのです」
「……もうどうにでもするといい。僕は負けた、勝ってその正義を示したなら何も文句は言わない」
「……それなら一緒にいてほしい、かな……。また3人で遊びたい」
「……子供みたいなことを」
「ツバサ兄さんは、僕の目標だったから」

 キリヤナギは、ツバサにあらゆることで勝ったことはなかったのだ。だから負けたくはないと思い、剣を磨くきっかけになった。

「なら何故忘れていた……」
「それは、ごめん……」

 何も言わずにお茶をすする彼に、ツバサは呆れてため息をつく。久しぶりに体育館で顔を合わせた時、彼の隣にいた騎士は、「病気」だったと話したのだ。
 ツバサは聞いておらず驚いた。
 シルフィにある程度聞いて、そんな病気があってたまるかとも思ったものだが、ツバサもまた、子供の頃との態度の違いに少し衝撃をうけている。
 何があったとだけ理解すれば良いと、ツバサは考えるのはやめた。

「まぁいい、今回は勝ちに免じて許してやる」
「いいのかなって思うけど、ありがとう」

 そこからは3人で、昔のことを話していた。ツバサの影響で始めたボードゲームの話とか、勉強もやれている話とか、久しぶりに話せて居ることに嬉しくて、どんどん言葉がでてくる。
 結局夕方頃まで話し、2人とはまた学院で会おうと別れた。

 そんな休日を終えて、今日もグランジと登校したキリヤナギは、入り口で配られていた新聞を渡されて絶句する。
 そこには体育祭の結果と共に、ルーカスの「打倒! 王子!」と書かれた一般向けの広告が一面に刷られていたからだ。

「なんでーー!!」
「だから言ったんだよ」
「そうきたか。まぁ注釈に許可済みと書いてあるのでいいのでは」
「誤解ー!」

 思わず叫んでうなだれていたら、ククリールに取り上げられてしまった。彼女は詳細の幹部一覧に目を通して、今日は横に座ってくれる。

「これ、もしかして私から王子に移っただけ?」
「え、うん……」
「ファンクラブはやめるんだってさ」
「ふーん」

 まじまじと記事を見るククリールに、キリヤナギは何故か緊張していた。彼女に話していた事とは、ある程度相違がある気もしたからだ。

「ありがとう。よく頑張ったんじゃない?」
「え……」
「お、姫が珍しくデレ期じゃん」
「誰が、でもこれで気楽にやれるし、感謝はしてあげる」
「よかった……」
「何故安心なんだ……?」

 ヴァルサスは、今日も兄シュトラールが作ったであろうお弁当を食べている。気にしなかった事でも、真実を知ると面白いと思いを馳せた。
 そしてふと目線を上げると、入り口からじっと見ていたミルトニアと目が合いキリヤナギはしばらくフリーズする。

「キリ様ーー!!」
「わぁぁあ!!」

 条件反射で逃げ出したらアレックスとヴァルサスに捕まえられひっくり返った。背中から抱きつかれがっちりと捕まった王子は、身動きが全く取れなくなる。

「体育大会お疲れ様でした。優勝おめでとうございます! 当日は結局お話ができず、とても寂しくて胸が裂ける思いでしたが、ミルトニアは貴方の『壁』になれたでしょうか」

 キリヤナギは動かなくなっていた。
 気がついた頃には、医務室で寝ていて様子を見ていてくれたシズルと共に四限から授業へ参加する。
 その日の授業を終えたあとはシズルと共に生徒会室へと向かった。

「殿下すごかったです! まさに一騎当千の強さでした!」
「ありがとう。でも鉢巻だったから出来た事だし、倒すのは無理かなぁ」
「ご謙遜を、なかなか出来ない事ですよ。私も参加したくなりました」
「じゃあ、来年は助っ人にきてくれる?」
「いいんですか! でも隊長許してくれるかなぁ」
「僕も生徒会に居るか分からないけど、引き継ぎできたら聞いておくね」
「嬉しいです、是非よろしくお願いします!」

 今日の生徒会では「体育大会」の反省会がある。初めての催事でうまくやれただろうかと不安にもなるが、皆楽しそうにしてくれていてキリヤナギはやり切った思いだった。

「王子」

 生徒会室には普段通りシルフィがいた。彼女は今日も誰よりも早くきて会議の準備をしてくれている。

「ご機嫌よう。宜しければ準備を手伝って下さいますか?」
「もちろん!」

 そんな平和な日常がもどり、キリヤナギは再び生徒会として文化祭の準備へと挑む。

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