第二十四話:『bouquet』

 

「こんにちは」
「初めまして王子サマ」
「誰だよ、胡散臭えな……」
「どぅどぅ、ちょっとお願いがありまして、マグノリア卿に……」

 アレックスに用があると聞き、キリヤナギは彼を見た。しかし当の本人は何かを考えるように頬杖をついている。
 
「先輩、マグノリア先輩?」
「ん……?」
「お客さん? みたいだけど……」

 王子の視線を追うと、そこには2人の男性が立っている。その2人にアレックスは見覚えがあり、前に出ていた赤髪の方へ意識が向けた。

「君は、確かスターチスか……」

 知り合いであったことにキリヤナギは感心していた。彼の顔の広さはある程度理解してはいたが、顔を見るだけですぐに名前が出てくるのは流石とも言える。

「へぇ……家の名前だけとはいえ覚えていただけているとは光栄ですな」
「大企業の社長の息子だ。嫌でも噂になるさ」
「改めて、ジーマン・スターチスです。以後お見知りおきを」

 綺麗に礼をするジーマンに、ヴァルサスは警戒しているようにも見えた。ククリールも冷めたように見据えている。

「後ろにいるのは、アステガ・ルドベキア。まさか君の方から私の前に現れようとはな」
「誰だ? 話したことあったか?」

 空気が凍りつき、ジーマンが愕然としたような表情を見せている。アレックスですら困惑していて、誰も言葉を続けることができない。

「ひとりズッコケそうになったけど、お前去年この人にフクロにされそうになったことおぼえてねぇの?」
「覚えがねぇ、興味もねぇ」
「オッケー、お口チャックな。これから交渉しようって相手に印象が悪くなるようなこといわねぇの」
「それで、私に何の用だ?」
「話が早くて助かります。まずはこちらを」

 ジーマンが取り出したのは二つの封筒だった。大きさが違っていて何か重要な雰囲気を醸し出している。

「これは?」
「『ゾウカ出版』に関する情報をまとめた書類です。ちと古い物になりますが当時の本拠やそこを管理していた責任者、所属していた構成員のいくつか……などなどをね」
「なんだと……」

 アレックスの絶句した返答に、3人は困惑した表情を見せている。
 わずかに覚えのある単語だが、ピンとくるものがなくキリヤナギは首を傾げていた。

「流石、組織名はご存じのようで」
「先輩、『ゾウカ出版』って?」
「前に少し話しただろう。レポートなど学生本人がすべき課題を有料で請け負う集団。その名前が『ゾウカ出版』だ」
「そういや。なんか話してたわ……」
「しかし私の派閥がいくら探しても名前程度しか知ることができなかった……その情報を何故君が?」
「この際理由はどうでもいいでしょう。私がここに来たのはそれをあなたに売るためです。欲しがってたでしょう? コイツを私刑にかけてたのもそれ目的だったわけだし」

 聞いたのはいつだろうと思い返すと、夏の長期休講へはいる少し前だろうか。アステガと初めて会ったあの時、アレックスは彼との関係性を話してくれた。
 生徒たちのレポートを代理で請け負い報酬を得るその組織を、大学の治安を守るアレックスは許せなかったらしい。情報をつかむためアステガに詰め寄ったが、結果は空振りという事だった。

「……偽の情報でないとどうやって証明する?」
「小さい方を開けてみてくださいよ。それ見てから判断してください」

 キリヤナギも覗き込んでみると、小さい封筒には領収証の控えとレポートのような書類が同封されていた。どちらにも同じ名前があり、形式としては『納品されたもの』に見える。

「その名前の学生ですが、今も学院に通っているのを確認しています。三年生だったかな。知り合いってわけじゃないんで本人に確認がしたいならご自分でどうぞ」
 
 その名は紛れもなくアレックスの同期生らしい。キリヤナギは生徒会として『よくはない』と思うが、目の前のジーマン・スターチスがどの立場にいるかわからない以上、あまり深入りするのはよくないと判断する。
 アレックスは少し考え、再びジーマンをみた。

「対価は何を?」
「よおっし! これで取引の場はできたわけだがどうする? 続きはお前から話すか?」
「そうだな」

 後ろにいたアステガが歩み寄り、まっすぐにアレックスと向き合っていた。ジーマンが引きずりだしたアレックス・マグノリアに対し、彼が何を要求するのか3人が固唾をのんで見守る。

「今度の文化祭でステージに上がりたいが人手が足りない。手を貸してくれ」
「ステージに上がりたいっていうのは、具体的に何をするの?」
「軽音楽のライブ」

 4人はしばらくポカンとしていたが、アレックスが咳払いをして戻ってくる。

「それは……明らかに人選ミスではないか? 私は軽音楽のイロハを知らないし興味もないぞ」
「腕前はどうでもいい。やったことねえのは俺も同じだ。とにかくツテがねえんだよ。頼む」
「ちょ、ちょっと待って。未経験なのにどうして突然やろうと思ったの?」
「……ど、どういう事情を抱えてるか説明はすべきじゃね?」

 ヴァルサスの確信に、アステガは何も言わなくなってしまった。
 表情も変わらず今一つ状況が読み取れない彼へ、横にいたジーマンが呆れながらに続ける。

「あー、それは俺から説明しますね。コイツのツレに最近嫌なことがあってふさぎ込んで……こんなこと他人様に言うのもアレだが引きこもっちまった女がいまして。そいつのためにどうしても何かしたいんだと。だが何もいい案が思いつかず迷走した末、『なんでもいいから笑われちまおう』ってことになったってワケですな」
「おい」
「ここはあちらの言い分が正しいよ。協力を得るためなんだからこんくらいは堪えろって」
「……チッ」

 笑われるという言葉に、尚更訳が分からずキリヤナギは首を傾げてしまう。しかしアステガの考える『それ』は悪いものではないというのは理解した。
 『ゾウカ出版』というグレーのものから始まった対話がどう転ぶのか不安が大きかったが、それが「人を笑わせるために協力を得たいから」というなら、彼らに非を感じることができなかったからだ。

「手伝ってあげようよ、先輩」
「王子?」

 何を言っている? というような表情はキリヤナギの想像通りだった。周りに居た皆も驚いていて、我ながら突拍子もないと思ってしまう。しかし、つらく塞ぎこんでしまった人のために何かをしたいと思うのは、誰でも当たり前に持つ感情だと思ったからだ。

「アステガ、あと何人必要なの?」
「…………ジーマン」
「最低でもあと二人はいると思うぞ。あの曲のバンド四人だし」
「そっか、僕、殆ど音楽やった事ないけどいい?」
「ま、待て待て待て。何故王子が首を突っ込もうとするのだ」
「先輩。困ってるみたいだし協力してあげよ? 楽しそうだし」
「おいおい、『タチバナ』どうすんだ? 生徒会もあるだろ?」
「ちゃんと考えるから大丈夫。生徒会も今回は余裕あるし」
「ほんっとう、物好きね」
「いいのか? 忙しいみたいだが……」
「それは僕の都合だからきにしないで、先輩は?」
「全く、王子がやるのならついていかない訳には行かないな」
「ありがとう!」
「お礼は俺の方だ、助かる」

 その後アステガとジーマンの2人へ自己紹介をした皆は、文化祭で開催するライブの概要説明を聞く。
 生徒会のキリヤナギは、最近学内で配布されている出し物の申込書を2人へ渡しながら、ある程度聞かされている手順を話す事にした。文化祭で出し物をする場合、何をするかと言う説明と集まりのチーム名を決めなければならないからだ。

「この場合、バンド名だな」
「笑わせるのが目的なら面白い方がいいのかな?」
「そもそもバンドで笑わせると言うのがよくわからないんだが?」
「それは俺らがどうにかする。キリヤナギ王子とマグノリア先輩は真面目に考えてくれたらいい」
「オレもそっち側なのかよ!?」
「そっか。じゃあ桜花楽団とか、ハーモニーなんとかになるのかな……?」
「王子、何か勘違いしてないか?」
「オーケストラじゃねぇぞ?」
「こりゃまたなんとも……王子はいつもこんな感じなので?」
「そうよ?」

 首を傾げるキリヤナギに、アステガもジーマンも困惑していた。ヴァルサスもお昼を食べつつ、彼らの話を聞いている。

「ヴァルも混ざる?」
「ん? 俺はいいや。歌うのは嫌いじゃねぇけどバンドは趣味じゃねぇし、王子が色々やるのを見て楽しむよ」
「そっか、ククは?」
「絶対嫌! 私はクラシックの方が好みなの。素人のお遊びには興味ありません」
「アステガにジーマンだっけ、悪いな。姫これが普段通りなんだよ」
「気にしないでくれ、元々貴族に協力を得られるとは思ってなかった」
「前に席譲ってくれたし、協力できるなら嬉しいかな」
「そのぐらいで……」

 少し驚いた表情のアステガへキリヤナギは笑って返していた。しかし、バンド名が決まらなければ申請もできないために、4人は知恵を絞る。

「さくら楽団とか?」
「王子は少し黙っとけ」
「みんな花の名前だし『crazy bloom』とかどうです? 狂い咲き」
「僕、木だよ?」
「ミドルネームだよ!」

 ルドベキア、スターチス、サクラ、マグノリアと並べると確かにその通りでキリヤナギは1人で感動していた。
 ヴァルサスを交え、案が出されていくが、決まる気配がなくククリールは1人ため息をつく。
 花や植物の名前を冠する民は、かねてより植物を愛した初代王への敬意を示すため、皆その名を名乗ったという。
 現代でもそれは健在で他国より移住してきた彼らもあえて植物の名をつけることは少なくない。しかしそれでも花を咲かせない野草や樹木をモチーフにした名前がある中で、全員が花というのも運命なのかもしれないとククリールは思う。

「bouquet(ブーケ)……」

 つぶやいた言葉に、全員がククリールを見る。

「『笑わせるため』に、花を束ねた『bouquet(ブーケ)』を送る……」
「すごい……」
「姫、いいセンスじゃん」
「それにするか」
「安直なのね」
「他に思いつかないからな……」

 アステガは手早く書類の空欄を埋めてゆき、全員に確認を促してくれた。メンバー全員の名前と出展場所を選び、必要事項は全て揃う。

「じゃあ僕、この後の生徒会でこれを提出しておくね」
「助かる。ボツになったらまた連絡してくれ」
「ボツなんてあるのか」
「毎年ね。ヤバいものは人目につかないよう振るい落とされるもんですから」

 ジーマンの「ヤバいもの」も気になるが、キリヤナギはとても楽しみに思えていた。
 その後6名は、皆授業へと解散し、キリヤナギは放課後の生徒会で進捗会議へと望む。体育大会では、2週間前の時点で作業がとてつもなく累積していたが、今回は3回生の協力により早く終わるものからどんどん処理されており、キリヤナギは感心しかできなかった。

「体育大会の影響かはわかりませんが、個人企画に武道大会の申請がきています。受理すべきでしょうか……」
「どう言う企画?」
「体育大会の個人版のトーナメントだそうです、いわゆる最強を決めたいのでしょうね」
「体育大会は最低限安全を確保した上でのものですから、これは少し無理がある気がします……王子はどう思いますか?」
「確かに危ないかも、推薦で参加ってかいてるのも、苦手な人が無理矢理出場させられるかもだし」
「では未受理ですね。次ですが……」

 他にも肌の露出が顕著な服を着た喫茶店とか、演習場の隅にある廃倉庫での肝試しなどがあり、話し合いを行いながら、危険なものは除外してゆく。いい企画には条件をつけたりと妥協案をさがすが、危険なものや品格を問われるものは未受理となり、ボツとされていた。
 そして話し合いは、広場に建設されるステージ上の出し物へと移ってゆく。

「ステージの本体は今年から専門のメーカーに建ててもうことになりましたが、責任者をタカオミ・シロツキ教授が受けてくれる事となりました」
「シロツキ教授が?」
「はい」

 なんの運命だろうとも思ったが、ありがたいとも思えた。外部の業者を頼る作業は、学生が主導しても責任者にはなれないため、おのずと教授を介す必要がある。
 シロツキはステージ上で行う出し物も責任を請け負ってくれるらしく、やる事については彼へ全て報告しなければなならないと言うことだった。
 その後会議を終え、キリヤナギは受理されなかった企画主一人一人へメールを出す作業を始める。
 体育大会の経験で、デバイスへのタイピングがかなり早くなり、そこまで時間もかからなかったが、シルフィは飲み物を買って差し入れてくれた。

「ありがとう」
「お疲れ様です。順調ですか?」
「もう終わったから、大丈夫だよ」
「よかったです。少し驚いたのですがバンドをされるのですね」
「うん、誘ってもらえたから、嬉しくて」
「王子の晴れ姿、とても楽しみです」
「はれすがた?」

 ピンとこなくて思わず考えてしまったが、ステージに立つなら確かにそうなのだろう。
 恥ずかしくなってキリヤナギは目を合わせられなくなってしまった。

「そろそろシロツキ教授の元へ伺いましょうか?」

 ステージを使うスケジュールを彼へ提出しなければならない。一覧はシルフィが作ってくれて、あとは生徒の企画書のみだ。
 生徒会で受理されても教授から許可が降りなければ開催できない可能性もあって、不安にもなる。

「バンドは、毎年何組も出展していますから大丈夫ですよ」
「そ、そっか」
「しかし、こちらのコントはわかませんね……」

 全裸ギリギリの装いでコントをやるサークルもあり、生徒会は受理すべきか相当悩み、その判断を教授へと任せることにした。面白いのはいいが、下品でありすぎることにはこの学院の品格が問われるからだ。

「でも僕は、こっちの方がよくわからなくて……」

 毎年あるという学生主催メイドカフェがよく分からない。使用人に分類されるメイドは、この国においては未だありふれた職業でもあり、雇われている筈のメイド達があえて喫茶をやる事がうまく理解できなかった。
 メイドである時点で既に雇用はされていて、仕事が重複していることになるからだ。
 そんな素朴な疑問をきいてシルフィは思わず吹き出し、小さく笑いながら口を開く。

「そうですね。しかし、一般の皆様には目には付きにくい職業ですから、カフェと言う場において雇い主の気分を楽しむのが流行っているのですよ」
「そうなの? でもこの制服も全然違うし……、水着みたいというか、スカートもこんな短くないよ?」
「王子はこだわりがあるのですか?」
「ううん。寒くないのかなって……王宮のみんなも、この時期は上着を羽織るし……」

 シルフィはさらに笑っていた。2人で暖房の効いた部屋を割り当てることを決めつつ、キリヤナギは以前足を運んだ研究棟へと向かう。
 シロツキは以前のようには自身の研究室にいたが、少しだけ疲れたような目にクマを作っている。
 弱々しい声だが、精一杯の笑顔で応じてくれて、シルフィから渡されたステージ上の出し物の束をみてくれた。

「これは風邪引きそうだから、やめたほうがいいかなぁ、屋外だからね」
「はい。生徒会でも纏まらず教授に判断を仰げればと」
「お祭りで病気をしてしまうのは良くないからね」
「では、心苦しいですが未受理で……」

 一枚一枚丁寧にみてくれる教授を、キリヤナギは黙ってみていた。何枚目かの書類で手が止まりシロツキは目の前のキリヤナギを見る。

「バンドをされるのですね」
「え、は、はい」
「以前のご友人とは違うようですが、彼らも?」
「いえ、人が足りないって困っていたので、何か力になれればと思いました」
「生徒会との両立は、大変ではないですか?」
「生徒会は、みんな一生懸命やってくれてるので大丈夫です」
「そうでしたか、実は以前の『タチバナ』のサークルについては、私も少し言いすぎたと思っています」
「? それは……」
「思えば、学生がやりたいと思っていることへ、『意味』を求めるのも野暮だと反省しました。それを求めるなら、他のサークルに全てが無意味なものとなってしまう。もし殿下がお許し頂けるなら、僕も一緒に『タチバナ』の意味について考えてこその教員であると」
「……嬉しいです! だけど、僕はこの『タチバナ』を本気でやりたいと思っていて、出来るだけ自分で見つけ出すのか筋かなって」
「それは素晴らしい考えですね。なら、殿下の納得がいくまで私は待つことにしましょう。貴方がた王族が、何故『タチバナ』をそばに置くのか、他ならぬ貴方がそれを見つければ、それは彼らの存在意義にもなりますから」
「はい。でも、ヴァルに文化祭が終わるまでって言われてるので、それまでに見つからなかったら一緒に考えてください」
「分かりました。楽しみにしていますね」

 握手を求められ、キリヤナギは嬉しそうに応じていた。
 その日の生徒会での作業がおわり、今日も時間を潰そうとテラスへ戻ると、自販機で飲み物を買うシズルがいた。彼はしばらく固まって笑みをこぼしたキリヤナギにほっと肩を撫で下ろす。

「前は心配かけてごめんね」
「いえいえ、タチバナ卿の判断が的確でとても安心しました。噂とは真逆の方ですね」
「噂?」

 ぎょっとしてシズルに、キリヤナギは目を合わせるのはやめた。聞かれたくないのだろうと思い何も言わなかったことにする。

「よ、余計なことを……」
「ううん。僕は、知らない方がいいんだろうなって……気にしないで」

 真剣な表情になるキリヤナギに、シズルは少し驚いていた。問いただしたい気持ちはもちろんあるが、ジンが知られたくないと思うことを、あえて知りたいと思わないからだ。

「あの人は、我々なんかより誰よりも殿下の味方なのですね」
「うん……」

 キリヤナギが倒れた時、シズルはジンに連絡をとりながらも、本部へと連絡する事をジンへと伝えた。
 しかしジンはキリヤナギがそれを望まないとし、ストレリチア隊のセシルを介して自動車を手配して連れ帰った。そして、もともと呼んでいた3名の学生についても、三人がいいなら招いてほしいとシズルへと打診した。
 その全てはキリヤナギの意向で、倒れた事は、王にも騎士団にも報告されず、親衛隊とシズルのみの事情で収まり穏便に済んだのだ。

「倒れたのバレたら、しばらく学院に通わせてもらえなくなりそうだし……」
「確かに……」

 大事になれば、追い込んだヴァルサスへも何かあったかもしれない。誰も望まない展開を最大限に避けたジンは、間違いなく忠臣であり、それは自称するミレット隊とは全く別物なのだとシズルは見せつけられたのだ。
 少し沈んだ様子を見せるシズルへ、キリヤナギは気にした様子もなく、皆へ書類が受理されてたことを報告する。その返事を待たずデバイスをポケットに直して、キリヤナギは再び立ち上がった。

「今日は一緒に帰ってくれる?」
「え、はい! ご一緒します!」

 キリヤナギはそんなシズルが、嫌いではなかった。
 次の日。演奏する企画が受理された事でアステガとジーマンは再び昼にテラスへ訪れ改めて話し合いをすることになる。

「と言うか、王子とマグノリア卿の楽器は……?」
「確か、王宮にあったような……」
「あるのか……?」
「うん、ギターとベース? いっぱい種類があるからどれかわかんないけど……」
「見に行った方が良さそうだな……」
「確かに不安だわ……」

 アレックスとヴァルサスの目線に、キリヤナギは何も言えなくなってしまった。そして放課後。再合流した2人は先日のように迎えにきたジンとグランジと共に4人で王宮へ帰宅する。
 一度応接間に通されたアレックスとヴァルサスは、普段着で現れた王子と共に楽器が置かれていると言う音楽室へと案内された。
 そこは広い部屋に、ありとあらゆる楽器が置かれ、埃を被らないようカバーがかけられている。大型のものから奥にあり、棚には小型の楽器が並べられていた。

「すっげ……」
「こちらの楽器は、演奏家の方々がこられた際に使用するものなのですが、今季の催事で使われるのは打楽器のみなので、他は使っても問題ありませんよ」
「ありがとう。セオ」
「オーケストラ組めそうだな」
「ギターとベースは? みあたらねぇな」

 ヴァルサスが見回しているが置かれているのは、木琴や鉄琴、クラリネットやフルート、トランペットやトロンボーン、アコーディオンやピアノなどだが、弦楽器が見当たらない。

「これかな?」

 キリヤナギが持ってきた大きめケースには美しく艶を出すバイオリンがでてきて皆が固まった。

「それはバイオリンだぞ?」
「え、違うの??」
「違うだろ……」

 その後もチェロとかマンドリンを見せられ、2人は心底呆れながら探す作業を始める。明らかにクラシック向けの部屋で、果たしてあるのだろうかと、疑いながら探していると、棚の陰になる位置にもう一つの扉がある。
 3人がその部屋をのぞくと壁に沢山の穴が空いた特殊な部屋になっていて、ギター2台、ベース一台にドラム、鍵盤のついたシンセサイザーまでもが置かれていて、キリヤナギ以外の全員が絶句した。

「やべぇ、ガチじゃん」
「これ?」
「あぁ、それだ。王子」
「こちらは、シダレ陛下の学生時代の趣味部屋です。現在では使われておりませんから、自由にされて大丈夫ですよ」
「父さんのなら勝手に触ったら叱られるかな……」
「むしろ、逆だと思いますが……」
「逆?」

 セオは笑っていた。好きに使っていいなら、ありがたく使わせてもらおうとキリヤナギは早速楽器を見にゆく。
 2台あるギターのうち一つは、表面にサインが書かれていて一際目立つデザインをしていた。

「それは触らない方が良さそうだな……」
「これ、確か父さんが音楽家の人にもらった奴」
「アーティストでは?」
「王族やべぇ、舐めてたわ……」
「父さん全部弾けるのかな。すごい」
「私は伺った話しか存じませんが、学友の方々とよく演奏されていたそうです。かねてよりポップスを愛されておりましたから」
「へぇー」
「セオさん。これだけ揃ってるのにアンプはねぇの?」
「アゼリア殿。詳しくは存じませんが、ご卒業の際に幾つかはご友人へ差し上げたと伺っております。当時のシダレ陛下は、弟君たるソメイ殿下をなくされて大変傷心されており、こちらの活動が心の支えであったと、活動へ区切りをつける際に、自身の立ち直りへ貢献した学友の方々へせめての礼をしたいと……」
「へぇー」
「ヴァル、アンプって?」
「ギターやベースに音を出すための『増幅器』だよ。それがないと音が安定しないんだ」
「そうなんだ?」
「私の実家に大きなものがあったが、流石に持ってはこれない。弦も弾かれていないのでどちらにせよ店に行く必要があるだろう」
「マグノリアってそんなガチなのか?」
「私は嗜んではいないが、身内の誰かの趣味だったのかもな」

 キリヤナギが早速色々触ってみると、何故か少しだけワクワクしてきていた。ドラムを叩いてみたり、ギターやベースを担いでみる王子は、それなりに絵になっている。

「このピアノ、不思議な音がする!」
「ピアノじゃないぞ?」
「鍵盤なのに?」
「そっちがいいのか?」
「ううん。あっちの担ぐ方が好き」
「ならギターとベースどっちだ?」
「どう違うの?」

 興味津々に話を聞くキリヤナギに、ヴァルサスとアレックスも親切に教えてくれて、周りの騎士も安心してそれを静観していた。 
 あんまり目立ちたくないと言う王子の意向に合わせ、キリヤナギはベースを、アレックスはギターを持つ事に決まる。

 気がつけばメイドがティーセットを運んでくれていた。1人お茶を飲むキリヤナギにつられ、4人は束の間のティータイムを楽しむ。

「弦ってどうやって引くんだろ。王宮にあるのかな?」
「店に行けば引いてくれると思うぜ、どこにあるかしらねぇけど」
「へぇー、それならカナトなら知ってるかなぁ……」
「アークヴィーチェか?」
「バイオリンが趣味で、よく聞かせてもらうんだよね」
「バイオリンとベースは別物だぞ……?」
「なんで区別つかねぇんだよ……」

 キリヤナギには、どうしても同じに見えてしまう。二人はデバイスで調べながらも詳しく説明してくれて、キリヤナギはようやく知識が追いついたような反応をみせていた。
 その後カナトからギターとベースのメンテナンスができる店を紹介してもらい、その日はアレックスへギターの貸し出しをして別れる。
 弦の張替えは予約がいるらしく緊張しながらも通信を飛ばすと店は快く応じてくれて、明日の放課後には張り替えてもらえることとなった。

 次の日にアレックスも誘ったところ、彼はもう自宅に弦があったらしく、その日のキリヤナギはジンと二人で楽器店へと向かう。
 繁華街の外れにあるこじんまりとしたそこは、カナトに紹介された通りクラシック系のものが大半だが、若いバンドマン達に向けたグッズもそれなりに揃っていた。店内が想像以上に狭くキリヤナギはジンを外で待たせ、一人で中へと入ってゆく。

「おや、キリヤナギ王子」

 入店を知らせるチャイムと共に中へ入ると、そこには先ほど別れたアステガとジーマンがいた。彼らもまたバンドの事を相談するように店の休憩スペースでくつろいでいた。

「アステガとジーマンも来てたんだ」
「おう」
「どうも、お手に抱えてらっしゃるのはベースですかね? 昨日の今日でもう手に入れられたとは心強い」
「今の僕は学生だから、無理に敬語使わなくても大丈夫だよ」
「あら、そう?そんじゃお言葉に甘えて」

 始めてくる空間に、キリヤナギは思わず店内を隅々まで見てしまう。クラシック系のものとはまた違った雰囲気のものもあればアンティークなものも並べられていて、まるで世界が違うようにも見えた。

「そんで、王子は何だってここに?」
「王宮で楽器を色々見つけたんだけど、弦が張ってなかったり錆びてるっぽかったりで……。それで友人の紹介でここなら整備してくれるんじゃないかって」
「なるほどねえ。王宮ってなんでもあんのね」

 何でもないが、色々はあると少しだけ心で同意していた。

「二人は何してたの?」
「スコアブックとか必要なものを色々と調達しにな。楽譜、買ったらコピーして渡すから」
「……でも僕、楽譜なんて読めないんだけど大丈夫かな?」
「ご心配なく、普通の楽譜とは別にタブ譜ってのがあるんだわ。そっちにはどの弦のどこを抑えればいいのかが直接的に書いてあんのよ」
「へえー……」
「それでも不安ならあとで一緒に見ようぜ。俺だってまだ実物見てねえわけだし。ほら、それより店員さんに楽器預けてきなよ」

 促された先にはカウンターがあり、ピアスの目立つ女性定員がいる。キリヤナギが声をかけると、嬉しそうに笑ってくれた。
 店員は親切にキリヤナギのベースを受け取ると、にこやかに店の奥へと消えてゆく。ほっと息をつくと後ろには商品を選んだアステガがいる。

「終わったか」
「うん。揃ったの?」
「ああ」

 そっけない返事に少しだけ不安がよぎった。バンドを組むことにはなったものの、想えば誘われていたのはアレックスのみで、キリヤナギは横やりを入れたようなものだったからだ。
 もしよく思われていないのなら、本当に参加してよかったのか不安にすらなってくる。聞いてみるべきかと悩んでいると、ジーマンが手招きをしてくれてそちらへと足を運ぶ。 

「アイツ相手に話したいことあるなら遠慮せず言っちまったほうがいいぜ」
「……そんなわかりやすいかな。僕」
「俺達王子には感謝してるんだよ。あんたがやる気出してくれたからマグノリアも決心がついたとこもあるだろうし、おかげでバンドやる段取りがなんとか整いそうだ。照れくさいからか、今言うのが筋じゃねえって考えてんのか口には出さねえけど、アイツも同じ気持ちのはずだぜ。改めてありがとな」
「僕はやりたいと思ったことをやりたいって言っただけだから……」
「ハハハ、照れない照れない。まあだからってわけじゃないが、あんたからの話なら邪険にすることはないさ。アイツ無口で粗暴で間抜けなとこはあるが馬鹿じゃねえからよほどやらかさない限り噛みついたりはしないよ」
「誰が間抜けだ?」
「スマン俺が悪かった」

 唐突に響いた言葉に驚いてしまう。
 買い物を終えたアステガは、ジーマンを不服そうな目でにらみつけていた。

「この店、防音スタジオを借りられるらしい。毎年学院の文化祭へ機材の貸し出しもやっているんだとよ」
「へえ、ならここで練習させてもらえば当日慣れない機材に混乱することもねえわけだ。……その情報聞き出したの?お前が?」
「勝手に喋ったのを聞いた。馴れ馴れしいんだよ、あの店員」
「納得だわ。なら詳しい話聞いてきますかね。二人ともちょっとここで待っててくれ」

 カウンターへと歩いていくジーマンを、アステガと共に見送った。
 再び二人だけになり、思わず彼をみると相変わらず無表情でデバイスを見ている。

「アステガ」

 名を呼ぶと彼はこちらを見てくれた。キリヤナギはまだ彼のことを何も知らないが、バンドを組む仲間だとするなら彼もまた『友達』なのだろう。

「がんばろうね」
「……頼りにするぜ」

 その後も、アステガからアドバイスをもらい、キリヤナギは小型のアンプとヘッドホンを揃えてご機嫌だった。譜面もコンビニでコピーをし、4人は一度そこで解散する。
 王宮へ帰宅した王子は、真新しく張られた弦を弾いてみることにした。スピーカータイプのアンプへ接続すると、唐突に爆音がながれてひっくり返る。

「び、びっくりした……」
「ありますあります。調整しましょうか」

 説明書をみながらジンに調整してもらい、一応普通に聞こえるようになってゆく。音階順に音を鳴らしていると少し楽しくなってきていた。

「面白いかもこれ」
「何よりです。21時を過ぎましたら消灯となりますので、音に気をつけて」
「わかった」

 どうすればどの音がでるか理解すると、簡単な童謡なら弾けるようになる。夢中で弾いていたら夕食の時間になって、キリヤナギは普段通り食卓へとついた。
 
「キリ」
「は、はい」

 席に着くと突然呼ばれ、思わず体が震えた。一気に緊張して体が硬直する。

「今日も学友がきていたそうだが……」
「……はい。音楽室で、ギターとベースを、お借りしました。ご報告が、事後ですいません」
「そうではない。懐かしいと思ったんだ」
「懐かしい……?」
「楽器には、魂が宿るとも言われている。静かな部屋に置かれるより、使われる方が幸せだろう」
「楽器の幸せですか……?」

 目を合わせずにうなづかれ、キリヤナギは返事に困ってしまった。母を見ると少し笑っている。

「陛下の学生時代を思い出しますね……」

 王は少し照れていて、不思議な気分にもなった。確かにセオの言う通り、叱られる雰囲気でもなく、言葉にならない気分で自室へともどる。
 へッドホンで原曲を聴きながら弾こうとするが、テンポが早くてうまくいかない。アステガに聞くと出来るだけ指を柔らかくしなければならないらしく、練習が必要だと思った。

『王子、結局文化祭はいつなんだ?』

 アレックスから送られてくるメッセージに、キリヤナギは返事に悩む。開催は決まっているが、今年はシダレ王の誕生祭もあり、学院の運営部は日程の決定がかなり遅れていると聞いていた。
 どんなにずれ込んでも1週間前には決まるとされているが、体育大会のときも直前に全国メディアの受け入れを無茶振りをされていて、今回もギリギリだろうとは思う。

「まだわかんないけど、なんとかなる?」
『そんな楽天的でいいのか……?』
『練習する時間があるなら、いいんじゃないすか』
『明日の放課後、今日いった店でまたよろしくお願いします』

 スタジオを取ったと言われ、本格的だとキリヤナギはワクワクしていた。
 その日から朝から楽器を担いで登校することになり、肩には楽器の重さと教材の重さがずっしりとのしかかる。グランジが重そうなキリヤナギをみて気を使うが、自分でやりたいと思ったことでもあり、遠慮して学院まで運んだ。

「今日、アステガ君達とお店のスタジオで練習するから、迎えなくてもいいよ」
「……」

 グランジが困っている。それはできないと言う顔をされて返事に迷った。

「外で待つことになりそうだけどいい?」
「問題ない」

 面倒だと思ってしまう自分に反省し、今日はベースと共に授業を受ける。終わった後、教室を移動しようと片付けていると、気を使ってくれた同期が持ってくれると声をかけてくれたが、悪い気がして断りながら移動した。
 しかし、道中で合流したヴァルサスに取り上げられてしまう。

「ヴァルー!」
「小柄なんだから無理すんなよ」
「僕平均だし!」
「気にしてんの? 意外じゃん!」

 はっとして周りの視線がこちらを向いていることに気づき、大急ぎで立ち去った。ヴァルサスは終始にやにやしていて悔しくすらなる。

「男なのに荷物持ってもらうなんて……」
「そう言うプライドあったんだな」
「あるし……」

 2限は珍しくククリールの隣に座らせてもらえた。目は合わせてくれなかったが、照れているようにもみえて、何を話せばいいかわからない。その後普段通りにテラスへ向かおうとした時、彼女はシロツキ教授に用事があると言って一旦別れた。

「ヴァル」
「どうした?」
「最近、ククと話せてない気がして……」
「……確かに」
「『友達』になれてるかな……?」
「俺からみたら、『友達』じゃ物足りなくなってるように見えるけどな」
「え……」
「照れてんだよ」
「ほ、ほんと??」
「しらね」

 吐き捨てるような言葉に、キリヤナギはそれ以上の言及をやめた。お昼を終えても昼休みはそれなりに時間があって、キリヤナギはベースを広げで練習をはじめる。
 へッドホンをつけると外の音が聞こえなくなり、なぜかとても安心して練習ができた。
 ヴァルサスはそんな王子をデバイスをいじりながら眺め、後ろから現れたククリールにも気づく。
 いつになく真剣な表情で弦を弾く王子は、見たこともないほど絵になっていて、ククリールはしばらく呆然とそれを眺めていた。
 ふとヴァルサスが立ち上がり、デバイスのカメラを向けて撮影するとそれに気づいた彼が顔を上げる。
 ベッドホンを外して少し困ったような表情に新鮮さすら感じていた。

「ヴァル……」
「似合ってんじゃん」

 後ろにはククリールもいた。彼女は相変わらず目を合わせてくれず向かいに座ってくれる。

「クク、お疲れ様」
「……お疲れ様」
「姫、最近そっけないから、王子寂しがってるぜ」
「話しかけないでくださる?」
「は??」
「ヴァ、ヴァル。そうじゃなくて……」

 いつも何気なくて気にも止めなかったが、ククリールのお弁当はキリヤナギやヴァルサスのようなケースに入ったものではなく。小売店で手に入りそうなパン数個と水筒に入った飲料のみだった。
 いつも足りているのだろうかと不思議に思っていたが、話す事もない為に聞いてみたいと思った。

「ククのお昼って、いつも足りてるの?」
「このパン。完全栄養なの」
「完全栄養?」
「へぇー、必要な栄養素が全部とれるって奴だよ」
「そんなのあるんだ?」
「食にそこまで興味もないし、便利なのよね」
「つーか、完全栄養食品なんて美味いイメージないんだけどどうなんだよ」
「味を気にしてたらそもそも食べません」
「まじかー」
「ククって意外とストイックなんだ」
「太りたくないだけ、でも栄養はちゃんととらなきゃ、お肌も悪くなるし……」
「ケーキは食うのに?」
「食べません。奢っていただいた時に嗜む程度ですわ」

 キリヤナギは興味があるのかじっとパンを見ている。彼女は少し呆れたように千切って分けてくれた。

「いいの?」
「少しだし?」
「俺もくれよ」

 ひどく嫌そうにしながらも、ククリールはヴァルサスにも少しだけ分けてくれた。2人で味見をするが、ほぼ味がなく微妙な甘さだけがある。

「まず……」
「ヴァル……」
「別に感想は期待してませんので、気にされないで」

 しばらく黙々とお昼を済ませるククリールにキリヤナギはほっと息をつく。

「ありがとう、クク」
「お礼は3倍返しで期待してますね」
「さんば……」
「女性へのお返しなら常識ではなくって?」

 ヴァルサスは衝撃をうけていた。しかし、確かに貰ってしまったからにはお礼を考えなければならない。

「ダイエットしてるなら、食べ物でお返しは要らないのかな?」
「そうね。断らないけど食べないかも」
「まじかー」

 半ば冗談のつもりだったククリールだが、この王子は真面目に考えているようにも見えて呆れてしまった。

「考えてみるね」
「期待してますわ」
「王子そればっかだけど『タチバナ』はどうなったんだ??」
「まだ思いつかない……」

 ベースの練習をしながらも、キリヤナギはげっそりしていた。その日の放課後。キリヤナギは生徒会での作業進捗を確認する為、生徒会室へと向かう。
 そこはシルフィと3回生が、文化祭用の飾りを手入れしていた。

「王子、ようこそ」
「シルフィ、文化祭の日程決まった?」
「まだですね。間も無く決まるとは思うのですが……」
「そっか。みんな楽しみにしてるだろうし、暫定でもわかれば良いんだけど……」

 苦笑するキリヤナギに、シルフィは少し深刻な表情をみせていた。どうしたのかと聞く前に彼女は恐る恐る続ける。

「……運営部からの連絡では、シダレ陛下の誕生祭の日に開催する案が持ち上がっていると」
「え、」
「誕生祭とあえて重ねることで、足を運んでもらおうと話し合われているそうです」

 キリヤナギはしばらく呆然とした。話された事実は、キリヤナギが文化祭へ参加できない可能性を示唆するものだったからだ。

 

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