第二十三話:レガリアの意味

 

 秋空が広がるこのオウカの国で、今空へ立ち上がる灰の煙がある。どこまでも高く登るそれは広大な空へ消えてゆき、その根元では4人の生徒が焚き木を囲っていた。
 王立桜花大学院に通うその四名は、裏庭に集められた枯れ葉を燃やす現場を見つけ、たまたま手に持っていたそれを焼くために集う。

「ヴァル、まだ? まだ?」
「あせんなって、もう五分ぐらいだから」

 ヴァルと呼ばれた黒髪の生徒は、ヴァルサス・アゼリア。この学院に通う2回生だ。そして隣の彼は白いクロークを羽織るキリヤナギ・オウカ。オウカの国の将来を担う王族だった。
 そんな2人の向かいで微笑ましく見守る作業服の男性は、感心しながら笑う。

「懐かしいねぇ……」
「良いのか……?」
「さぁ……」

 脇のベンチに座るもう2人の生徒は、暇そうに雑誌を見たり、呆れてため息をついている。
 金髪のアレックス・マグノリアは、朗らかな表情をみせる清掃業者の男に不安そうな表情をみせているが、もう1人の黒髪の彼女は、雑誌を開いてまるで感心が無いようなそっけない返事を返した。

「燃やすのは同じだから、気にしないでいいよ」
「サンキューおっさん、やっぱ秋って言ったらこれだろ」
「良い匂いするー!」
「だろぉー? もうちょいまってろよ」
「野蛮な事をされるのね、アゼリアさんは」
「私達も初めてといえばそうだが、王子ほどはしゃげないな」

 誰よりも楽しそうに膝を抱えるキリヤナギは、焚き火を眺めつつ大人しく待っている。するとヴァルサスは枝を奥まで突っ込み、火の中から銀色のホイルに包まれたそれを取り出した。
 煤に塗れたそれを、ヴァルサスは清掃員から借りた軍手で持ち、床へと並べてゆく、触れるまで冷めたのを確認してから包み紙を開くと、そこにはこんがりと焼けたさつまいもが現れ、ヴァルサスは皮を剥いてキリヤナギへ分けてくれた。

「食ってみろよ」
「焼き芋! こうやって作るんだ!」
「焚き火じゃなくて良いんだけどな。こっちのが火力あって美味いんだよ」

 焼き芋は初めてではないが、焚き火で焼いたものは初めてだった。鮮やかな黄色のそれを、冷たい空気でしばらく冷やし口へ含む。

「美味しい……!」
「だろ? 母ちゃんの実家から送られてきたんだ。ちょうどよかったぜ。おっさんも食う?」
「いいのかい?」
「いっぱいあるし、姫もアレックスも来いよ」
「そんな野蛮な食べ物いりません!」
「食べて大丈夫なのか?」
「平気平気」

 黙々と食べている王子に、アレックスは半信半疑だが想像以上に甘さがあり驚いた。

「美味いだろ」
「芋とは思えないな」
「これ王宮でもできるかな?」
「別にオーブンで焼けばいいぜ? 姫も食えよ」
「いりません!」
「つれねぇなぁ」

 食欲の秋を4人はベンチに座りながら堪能する。
 体育大会がおわり学院へ束の間の静けさが訪れる中で、キリヤナギの所属する生徒会も秋の文化祭に向けての準備に入っている。
 体育大会にて殆どの業務を引き受けたキリヤナギは、3回生から今回は自分達が主導でやる言われ、業務はありながらもそれなりに余裕のある学院生活を送っていた。

「そういえばグループ通信みたか?」
「うん、サークルだっけ? 楽しそうだけど」

 体育大会で集まった「タチバナ軍」の彼らが、これをきっかけにもっと詳しく「タチバナ」を学びたいと言ってくれたのだ。
 キリヤナギは嬉しくて是非続けてほしいと思ったか、これを大学のサークルとして立ち上げ、活動をしてみないかと提案されている。

「私はいいと思う。反逆とは言われるが、ただの武道だからな。誰でもできるのは大きい」
「でも僕、管理できる自信なくて、公務あるし、生徒会もあるし」
「副部長ぐらいならやってもいいぜ?」
「ヴァルも参加してくれるの?」
「おう! 俺、結局大会だと上手く扱えなかったしな……やるならきっちりやりたい」
「嬉しい……!」
「私も賛成だ。最悪王子が辞めても運営はできるように努力はしよう」

 2人の言葉に思わず感動するが、キリヤナギはふと隣に座るククリールを見る。彼女はヴァルサスに渡された焼き芋を訝しげに眺めながら、スプーンで上品に食べていた。

「何?」
「ククは参加してくれる?」
「あら、王子は私に剣を振れと仰るのかしら?」
「そう言う意味じゃないんだけど……」
「マネージャーでいいんじゃないか?」
「嫌なんだけど……」
「別にいいじゃねぇか。どうせ姫、見学だけで十分だろ? 見てくれるならいいんじゃね」
「そうね。気が向いたら見に行きます」
「そっか、わかった」
「ならまずは立ち上げの手続きからだな」

 まもなくして次の授業が始まる。焚き火の処理は男性に任せ、学内の本館へ戻ろうとした時、キリヤナギは黒髪の男性とすれ違った。
 彼はキリヤナギに気づきながらも、何ごともなかったかのように立ち去ってゆく。

「どうかした?」
「アステガ……だっけ、さっきの人」
「そうだな、何かあったか?」
「不思議な人だなって」
「不思議?」
「それは人の感想としてどうなんだ?」

 振り返ればもうアステガは視界から消えていた。初夏に初めてカフェテラスへ訪れた時、満席だったそこで席を譲ってくれたのが彼だった。
 自身も座っていた筈なのにあえて立ち去った彼は、親切にも見え不自然にもみえた。

「お礼出来てないなぁ……」
「気にしすぎじゃね?」
「あら、アゼリアさんは礼儀をご存知ないのね」
「は?」
「私にはあまりいい印象は無さそうだがな」

 アレックスは言葉に迷っているようだった。
 そしてその日の放課後に事務所へ向かった四人は、サークル活動の書類をもらって立ち上げのための手順の確認を始める。よく読んでいるとサークル名だけではなく、三人以上生徒がいることと顧問教授が必要で、生徒が打診に行かなければならないようだった。

「顧問?」
「学内での活動において、責任者となる教員が必要だ。事故などが起こった際に対応をしてくれる」
「へぇー」
「別に詳しくなくていいんだろ? 前期の護身術の教授にでも頼めばいいんじゃね?」
「その教授はもうスポーツサークルの顧問を数件もっていてこれ以上は無理だそうだ」

 アレックスの持っていた書類には、学院教授の一覧で担当しているサークルも記載されていた。どの教授もほぼ一件以上サークルを持っており、人気であれば三件以上持っている者もいる。

「こんなにサークルあるのか、この学校」
「『打倒、王子軍』……」

 ルーカス・ダリアの派閥もサークルの一つだった。人数はそれなりにいて複雑な感情を抑えていると、ククリールも横から割り込んでくる。

「貴方の派閥も一応はサークルだったのでしょう? アレックス」
「そうだ。解体はしたが、当選していたらそのまま運用していくつもりでもあったな」
「うーん、よくわかんない」
「深く考えんなよ、暇そうな教授捕まえりゃいいんだって、この元宮廷騎士の教授が良さそうじゃね?」

 ヴァルサスに見せられたその教授は、主に騎士団の運用について研究する教員で、元ミレット隊の中隊長アカギ・トウガンと書かれていた。顔を顰め、見なかった事にするキリヤナギにヴァルサスは困惑する。

「やっぱ騎士ダメなんだな王子」
「ミレット嫌い……」
「ミレットがダメなのか? 公爵の間でも有名な忠臣とされているが……」

 何も言い返せない。思わず周りに騎士が居ないか確認していて、3人には言葉を失っていた。

「この教授がだめなら、この人しかいないな……」
「……若いな、最近きたのかもしれん」
「あら、シロツキ先生じゃない」

 ククリールの言葉にキリヤナギも目をやるとメガネをかけた男性教授だった。彼は主に王室周りの歴史について研究しているとも書かれている。

「ククの知り合い?」
「歴史に興味があるの。よくゼミに参加して教えてもらってるわ」
「ゼミ?」
「歴史って一言でいっても色々あるの。例えば「王室」っていっても、貴方の家系の話なのか、「王の力」の話なのかとかね。そう言うマニアックなものを好きに調べて勉強する場所よ」
「へぇー、クク、勉強してくれてたんだ?」
「勘違いしないで、王子のことじゃないし、私は服に興味があるだけよ」
「服?」
「このオウカ国は、もとはガーデニアと一つだったけど、一つだった頃のさらに昔は、東国の領地だったの。だからガーデニアとは微妙に違うもの沢山あるでしょ」
「確かに……!」
「ヘブンリーガーデンの弟王は、自国の文化より東国の文化を愛していたから、王族の正装も東国寄りのデザインをしてるって感じね。もっとも王子の私服はガーデニアと東国のいいとこ取りみたいだけど」

 確かに改めて見ると洋装にも見え東国の和装にも見える。考えても見なかったことだが、一般的に着られている服とは少し違っているのは理解していた。

「服によってどの国からどんな文化が流れたか分かるの、面白いでしょう?」
「うん! じゃあ、建物の違いも?」
「そうね。主にオウカの文化家屋になってるのは東国の先住民の物だし、人なら髪色とか……」

 気がつけば全員が黙っていて、キリヤナギだけが目を輝かせている。ヴァルサスとアレックスが感心していて、ククリールは思わず目を逸らした。

「な、何!? 教えてあげてるのよ!」
「姫、歴史本当好きなんだなぁ」
「クク、よかったら今度、王宮のお洋服みにくる?」
「み、見て良いなら、行ってあげなくもない、けど……」
「きてきて!」
「王子よかったな……」

 話が逸れてしまったが、4人は早速サークルの立ち上げるための打診へ向かった。
 元々知り合いらしいククリールへついてゆくと、そこは本館とは少し離れた場所にある研究棟で出て来る生徒は皆やつれ、げっそりしている。
 一階の資料室らしき場所からは、何かをつぶやく声とか奇声まで響いてきて思わず体を震わせた。

「お化け屋敷かここは?」
「えっ、ぼ、僕、おばけ無理……」
「王子は間に受けんなよ……昼間だろ」
「先輩はみんな研究とレポートで忙しいのよね」

 階段へ向かう彼女は、平然と資料室を通り過ぎてゆく。三人も続いて階段を上ると、そこには広く真っ白な廊下が存在した。床は磨かれて反射し、突き当たりはガラス張りになっていて外の景色が見下ろせる。
 両側へと並ぶ扉の一つに手をかけたククリールは、ノックから返事を待ち中へ入った。

「ご機嫌よう、シロツキ先生。少しお時間よろしいですか?」
「おや、カレンデュラ嬢じゃないか。ちょっと待ってね」

 その優しい声に、扉の影に隠れる三人も安心する。こっそり覗くとまず飛び込んできたのが本の山で、視線を移しても本が積まれている。
両脇にある本棚も資料で埋め尽くされていて、研究室というよりも先程の資料室という表現が正しい。

「キリヤナギ殿下ではないですか、ご機嫌よう、ようこそ我が研究室へ。タカオミ・シロツキです。以後お見知り置きを」
「こんにちは、キリヤナギ・オウカです」
「知ってるって」
「呼ばれただろう?」

 思わず焦っていたら、教授にも笑われた。

「2人はご友人ですか?」
「ヴァルサス・アゼリアです」
「アレックス・マグノリア申します。本日はサークルの立ち上げるための顧問をお願いしようとここへ」
「顧問? なるほど……」

 シロツキは感心していた。彼は一度ククリールを見てから、もう一度キリヤナギを見る。

「リーダーは、キリヤナギ殿下ですか?」
「は、はい。一応……でも、参加できなかったら、部長はヴァルにお願いしようと思ってて……」
「そうでしたか。どのようなサークルを?」
「体育大会でやった「タチバナ軍」の延長で、サークルとして続けていきたいと思ってます」
「ふむ、体育大会は拝見していました。例年で停滞していた大会が、久しぶりに異例の結果を残し、私も楽しませて頂きました」
「本当ですか、よかった……!」
「しかし、私は王室の研究をする上で『タチバナ』の存在にはどうしても疑問に思ってしまう」
「え……」

 思わず言葉に詰まってしまう。これには周りの三人も息を詰めた。

「『タチバナ』が生まれた経緯は、歴史上で最もたることではありますが、それを国家として残すのは違う問題だと思うのです」
「……それは」
「『タチバナ』が、公爵家を含めた言わば『王の力』を持つ者達が暴走しない為の『第三者機関』とするなら、それは別に武力としての『タチバナ』である必要はないのではと」
「……」
「『タチバナ』は『王の力』の抑制とされはしますが、そもそも『王の力』は貴方がた王族が『王』として君臨しなければ貸与もされなくなる。よって貴族達が反逆を起こすことも考えにくい。つまり『タチバナ』とは、あくまで国民の目線からでこそのものであり、騎士貴族として迎えた時点で、それは『王の力』を持たない兵と同じです」

 キリヤナギは黙ってそれを聞いていた。考えもしなかった正論に返す言葉もない。

「キリヤナギ殿下は、『タチバナ』のサークルを立ち上げたいとのことですが、王室を研究する私にとっては『タチバナ』が何故、優遇されてきたのか疑問がのこる。また武力であるからこそ、争いの火種になりかねないと思っている。これについてどのような考えをお持ちですか?」

 突然の問いに何も言葉が浮かばなかった。
 「タチバナ」は、王族の武器であり盾であるとしか言われてこず「そういうもの」であると聞かされそこに何の疑問も持った事はない。
 事実、ジンやアカツキを含めた「タチバナ」の名を持つ彼らは、誰よりキリヤナギの味方だったからだ。
 否定にも聞こえるその言動に、ヴァルサスは顔を顰めシロツキを睨む。

「シロツキ教授は『タチバナ』が嫌いなんすか?」
「まさか、大好きで興味深くて仕方ないんだよ。だからこそずっと研究していてここに行き着いた」
「大好き?」
「はい。本来なら不要なはずの『タチバナ』が、何故現代まで王家に必要とされたのか興味が尽きないのです。もちろん、それは理論的に説明できない感情論もあるのでしょうが、真っ当な理由があるのなら、是非知りたいのです」

 込み上げてくる感情をキリヤナギは必死に整理していた。このシロツキは『タチバナ』に対して、その在り方を肯定するためにそれを学び、研究していると言っている。
 存在を否定したいなら裏付けがない時点でそれを結論付ければいいのに「大好き」という個人的な感情から、きっと意味があるものだと信じている。
 嬉しくてキリヤナギはすぐに返答ができない自分を悔いた。

「まだ分からないです」
「そうですか……」
「でも、考えたいと思います」
「……!」
「確かに、公爵家のみんなは真面目で、騎士団でも『タチバナ』はもう殆どやっていません。だけどそれでも僕にとってはずっと傍にあったものだから、その意味を考えたい」
「光栄です。キリヤナギ殿下がその意味を見つけられたなら、是非顧問へならせてください」
「はい! がんばります!」
「まじかー……」
「これは立ち上げはしばらく先だな」

 シロツキは笑っていた。挨拶をして研究室を出た4人は、半ば呆れた様子でデバイスで調べ物をするキリヤナギを眺める。

「もうさぁ、トウガン教授でいいんじゃね?」
「え、なんで……」
「元ミレット隊のか? 厳しくて有名だぞ?」
「そもそもなんでサークル活動に『意味』がいるんだよ。やりたいからやればいいじゃん、そう言うもんだろ」
「それは……」
「一理あるが……」
「それに、元騎士団員なら訓練もちゃんとしてそうだし?」
「……やだ」
「はー?」
「何故だ?」
「ミレット隊だし……」
「他の隊ならいいのか……?」
「マシ……? でも、違う人がいい……」
「どうしてそんなにミレット卿が嫌なの?」

 顔だけを顰め、何も言わない王子にククリールも困っている。言語化できない気持ちを抑え、言いたい事を整理しながら続けた。

「『タチバナ』が好きだから、好きって言ってくれたシロツキ教授がいい……」
「私はトウガン先生が嫌な理由を聞いたんだけど……?」
「確かに無関心であるよりも、感心のある教授の方が相性はいいだろうが……」
「めんどくせぇ、俺はトウガン教授とこいってくるぜ」
「ヴァルやめてー!」
「うるせー! 王子だけのサークルじゃねえし、辞めるかもしれないなら良いだろ!」
「辞めない! 辞めないから!」
「前期に休みまくってるくせに信用できるか!」

 必死で止めるキリヤナギに、二人は困惑しかできなかった。ヴァルサスもそんな本気で嫌がるキリヤナギに呆れている。

「なら『タチバナ』を考える前に理由話せよ。ちゃんと筋通ってんのか?」
「ぼ、僕の気持ちの問題……」
「やっぱり行くわ」
「ヴァルー! わかったから、ちゃんと話せるように頑張るから!!」

 ようやくこちらを向いてくれて、キリヤナギはほっとする。しかし怒っている彼に理解される自信もなくどう伝えればいいかも分からない。
 キリヤナギはもう一度周りを確認して口を開いた。

「学院だと、騎士に聞かれるかもだから、王宮にきてもらっていい?」
「? 王宮のが騎士いるじゃん?」
「学院は、ミレット隊の人が警備してるから……王宮はタチバナ隊で……」
「ミレット隊に不満があるなら、直接言えばいいのでは?」
「不満はなくて、聞かれたくないだけなんだ。僕も、悪いから……」

 三人は少し驚いているようだった。
 キリヤナギはジンへ連絡をとり、三人を招きたいと言う旨を伝える。彼は嫌な雰囲気は微塵も見せず、すぐに迎えにきてくれると言ってくれた。
 学院の玄関口でそれを待っていると、僅かに日が暮れかけているのがわかる。

「いつもこうやって帰ってんの?」
「うん、一人で街は歩くなって言われてて」
「それが苦手な事と関係あるのか?」
「それは、違って……」

 ふと廊下の奥へ赤い布がちらつき、言葉が詰まった。廊下の突き当たりへ見にゆくと壁に張り付いて隠れるシズルがいて、苦笑している。

「ご、ご機嫌よう、殿下……」

 どうしようとキリヤナギは項垂れるしかなかった。追ってきたヴァルサスもシズルを見て二人の元へと連れてゆく。

「ご機嫌よう。宮廷騎士団、クラーク・ミレット隊のシズル・シラユキです。お見知り置きを」
「ヴァルサス・アゼリアだ。王子の護衛?」
「専属ではないのですが、陰ながら護衛できればと」
「ご苦労様ね」
「ちょうど、ミレット隊について話していた所だ」
「そうそう、騎士さん聞いてくれよ、王子、騎士が苦手っていうんだぜ」
「え、はい。存じております」
「知ってんの?」
「えぇ、なので隠れて護衛できればと……」

 キリヤナギは、すでにベンチに座って両手で顔を押さえている。皆が反応を待つ中で小声で口を開いた。

「シズルはいつからいたの……」
「け、研究棟を出られた時から……?」

 聞かれていて胸が苦しくなる。
 普段とは違いどんどん気落ちしているキリヤナギは、一人だけ背中を向けて座っていた。
 ヴァルサスは、そんなそっぽを向く彼のうしろでシズルへと話しかける。

「王子はなんで騎士が苦手なんすか?」
「それは私の口からお話できることでは……」

 聞こえないように、キリヤナギは耳を塞いでいる。何も聞かれたくなく、話したくもない。だが、このままでも何も動かない事はわかっていた。
 ヴァルサスもただ『タチバナ』のサークルを立ち上げたいだけで、理由がわからないままに嫌がるキリヤナギへ苛立っているだけにすぎない。
 しかしキリヤナギもこの複雑な感情をうまく言葉に出来ない。自分の中で「嫌い」だとは結論づけてはいるが、何故そこに至ったかと聞かれても、どこから説明すればいいかわかないのだ。
 また説明をする為に言葉を選ぶ作業は、過去の出来事を鮮明に呼び起こして気分も悪くなる。
 その当時は、何も感じなかった筈の言動は、思い出すと何故相手はそう思ったのだろうと永遠に考えてしまい酷く疲れるからだ。
 頭を抱え徐々に目が虚ろになる王子に、ヴァルサスは不安そうな表情をみせる。

「王子、どうした?」
「……」

 頭の中へ過去に聞いた言葉が何度も響いてきて、少しずつ血の気が引いてゆく。目の前が白くなってゆき、座っていられず思わず体を横へ倒した。

「ごめん……。ちょっと休ませて……」
「おい」

 横になったキリヤナギは青ざめ、ただ事ではない事が伺えた。シズルは状態を確認するとジンへと連絡し、キリヤナギを彼らより先に自動車で帰宅させる。
 残された三人は、シズルの付き添いで王宮へと招かれ、案内された居室フロアでセオからお茶を出された。

「軽い貧血だそうです。少し休めば問題はないと」
「どれだけ苦手なんだよ……」

 ヴァルサスのこぼした愚痴に、セオやジンが首を傾げ、シズルのみが複雑な表情をしていた。アレックスからことの顛末をきいたセオは、少し納得した表情をみせる。

「シラユキ卿の前でお話するのは、抵抗があるのですが……」
「ツバキ殿。我々ミレット隊と殿下との溝は、配属される時点で伺っています。よってどの隊よりも丁重であれと」
「そうでしたか……」
「シズルさんは、嫌いじゃなさそうだったけど」
「わかるように話してくれよ。ついてけねぇぞ!」
「ヴァルサス。少し落ち着け」

 アレックスに宥められるヴァルサスは頬杖をついて剥れている。彼は、帰るかと思われたククリールが付いてきた事に驚いていた。
 今までキリヤナギのことへ殆ど関心を示さなかった彼女が、僅かに心配そうな表情をみせているからだ。

「それで? 何で王子は騎士が嫌いなんだよ」
「殿下がお話されると仰ったのなら、ミレット隊の私が説明すべきでしょうね……」
「シラユキ卿、良いのですか?」
「ツバキ殿、我が隊は過去の遺恨以来、どの隊よりもキリヤナギ殿下の忠臣であれとされています。他ならぬご意志なら伝えるべきであると」
「そこまでしていながら何故だ? 関わってはみたが嫌っていると言うレベルではない。怯えてすらいるようだったが?」
「……それは数年前、我が隊が護衛という建前において執拗に抑え込み、心ない言葉を浴びせたからでしょう」

 冷静に語られたその経緯にヴァルサスとアレックスの表情が変わってゆく。ジンも詳しくは聞かされなかったその内容に、思わず目線が下を向いた。
 あるタイミングでヴァルサスが突然シズルの胸ぐらを掴みジンが思わず立ち上がるが、殴ろうとした震えながらも手は止まる。

「ヴァルサスさん。シズルさんは無関係です」
「わかってるけど……」
「あぁ、私も殴りたい気分だ……」

 ククリールのみが唯一冷静に頬杖をついていた。そして話をきいた事でキリヤナギが、倒れた理由も察する。
 極度なストレスを感じる状況を問い詰められ、それに説明を強いられたことでパンクしたのだろうと思った。またミレット隊のシズルに聞かれることは、キリヤナギが最も避けたかった事なのだろう。

「ふーん」
「姫?」

 体育大会の前「何もしてほしくない」と話していた王子の本音を思い出し、ククリールもまた言葉にならない感情を得る。
 理解したいとは思わないが、「何の感情も持ちたくない」という極論的な結論に至っているのだろうと思い、ため息が落ちた。

「19歳の中止のきっかけもそれなの?」
「いいえ、しかし、それも我が隊の責任です。我々は結局『隊へ都合のいい事』しか、シダレ陛下へ報告はしていなかった。殿下が何故そうしたかったかと言う真実には触れず、見えている事のみを報告していた事で、さらに親子の関係性にも大きな亀裂を入れてしまったのです」

 親子の亀裂と言われ、ヴァルサスは普段から「帰りたくない」と彼の言葉を思い出す。自身を囲う騎士だけでなく、家族までもが彼を追い詰めていたのなら、確かにここに居場所はなかったのだろう。
 
「我がミレット隊はそのような経緯から殿下とは一定の距離をとりながらも、心からの忠臣として、その意思を聞き逃さぬようにと仰せつかっています。この隊である限り奢ることは許さないと命を受け、現在まで」
「そうか。しかしそれはしょうがないでは済まされない。何が忠臣だ? 聞いて呆れるな」
「マグノリア卿のおっしゃる通りです。お恥ずかしい」

 ジンが口を開こうとしたとき、最奥の扉の開く音が聞こえ、皆の視線がそちらへと向く。
 覗くように顔を出したキリヤナギは、ククリールと目があってもう一度部屋へ引っ込んでしまった。着替えた彼は部屋着で少し申し訳なさそうに出てくる。

「おはよう……」
「王子……大丈夫かよ」
「ごめんヴァル〜。やっぱりどこから話せばいいかわかんない……」
「まだ考えてたのか……?」
「もうシズルさんからきいたぜ?」
「え”っ」
「まぁ同情するわ」
「ぼ、僕も悪くて……護衛煩わしいなって思って、よく抜け出してたから……」
「庇わなくていいぞ」
「そんなだから舐められんだよ……」

 返す言葉もない。シズルは苦笑していて、気がつけばジンも普段通りデバイスをいじっていた。ククリールは訝しげにこちらを眺めていて、反応に困ってしまう。

「恥ずかしい……」
「何がだよ」
「ククに聞かれたくなかった……」
「何故だ?」
「情け無いし……」
「確かに聞きたくなかったわね」

 うまく伝えたいと必死で考えていたのに、何をしているのだろうと思う。もう一度冷静に考え、先程濁してしまった質問に答えることにした。

「トウガン教授が中隊長ってきいて、すごい嫌な予感して……」
「そうでしたか。しかし殿下。彼の指示ではありませんのでご安心下さい。かの事案の騎士は、すでに地元騎士への降格処分となり、現在は他の領地へ……」
「そう言うのも聞きたくない……」
「ぇ……」
「安心じゃねぇの?」
「別に罰を受けてほしいわけじゃないもん、僕の視界に入らず幸せになっててほしい……」
「どういう感情なんだそれは……」

 リビングのテーブルへ突っ伏したキリヤナギは、セオに上着をかけてもらっていた。暖かいお茶を飲むと少しだけ気持ちが落ち着いてほっとする。

「クク、せっかく来てくれたならお洋服みていく?」
「あら、いいの?」
「つまんない話だったろうし、ククが楽しめるなら……」
「別に服のために来たわけでも無いんだけど……」

 え? と、キリヤナギの顔が戯け、ヴァルサスとアレックスも目を見開く。一瞬で静まり返った空間にククリールははっとした。

「わ、私が聞いたせいなら、悪いって思っただけで……」
「ご、ごめん。ありがとう、クク」
「おー、姫、ついにデレ期がきたのか?」
「体育大会から進展がすごいな……」

 何故かヴァルサスが殴られひっくり返っていた。その後キリヤナギは、セオとジンと共に儀式や行事に使われている衣服の保管庫へと向かう。
 型崩れが起こらないようマネキンに着せられ、展示品のように並べられているその部屋はまるで博物館のようにもみえて、三人は興味深くそれを眺めていた。

「セオ、この服、僕も初めて見る」
「王子もか?」
「そちらは去年、誕生祭でお召になる予定だったものですね。中止となってしまったのでこちらに」
「去年……」
「今年、使わなかったんすか?」
「かなりお痩せになられたので、サイズが合わなかったのです。作りなおす方が良いと」
「そんな痩せたかな?」
「確かに王子細いしなぁ」
「以前が平均で比較的に健康的でしたから、そのうちまた着れるようになりますよ」
「そっか、僕はこの服、気に入ったかも」
「それでしたら、来月のシダレ陛下の誕生祭にでもご用意致しますね」
「そうだった。父さんの誕生日……」
「今年も収穫祭と同時開催ですので、頑張ってください」

 キリヤナギがげっそりしているのをヴァルサスが横で見ていた。収穫祭はこの首都にある最大の公園で、各領地にいる自慢の料理人たち集う大規模なイベントでもある。
 食欲の秋として、王へ献上したいと訪れる彼らは、毎年素晴らしい料理を皆へ振る舞ってくれるが、キリヤナギはここ数年緊張で味がせず、メディアに詰め寄られてもまともに感想が言えず困っていた。
 ごまかしていたら、何故か舌が肥えすぎていると持ち上げられていて頭を抱えてしまう。

「そう言う経緯だったのかアレは……」
「メディア嫌い……」
「王子ピンポイントで攻めてる職人何人かいたしなぁ……」
「僕はセオのおにぎりで十分なのに……」
「ただの塩おにぎりですよ?」

 ククリールは話を聞きながらも、デバイスで熱心に写真を撮り、管理する使用人にそれぞれの衣装の説明をうけていた。
 最近のものではなく、古く前王が身につけた正装や、ショーケースに飾られる初代王のものを熱心に見る彼女は、衣服から歴史を学んでいるのだろうと思う。

「話しかけにいかないのか?」
「先輩。邪魔しちゃ悪いかなって、ククの好きな事だし」

 衣装を見るククリールは、今まで見た事の無い表情をしていてキリヤナギはそれだけでも嬉しかった。
 その後三人は、その出自に信頼性が高いとされ、このオウカ国のレガリアが置かれている部屋にも案内されることになる。

「レガリアって?」
「えーっと、宝物? 王の証みたいな?」
「国宝の事だ。この目で見れるなら光栄だな」
「マジ!?」
「アゼリアさんは、もう少し貴族についてお勉強されたら如何かしら?」
「うるせー! 俺は一般だ!」
「それは勉強をしなくていい理由にはならないぞ??」
「陛下に打診したところ、皆さん学生の方なので、実りがあるのなら構わないと言ってくださいました。騎士が同行致しますが、ゆっくりご覧下さい」

 セオに案内されていると、道中で赤い騎士服を纏うセシル・ストレリチアと青の騎士服のセスナ・ベルガモットが現れ、深く礼をしてくれた。
 ジンとグランジも姿をみせ、手を振ってくれる。

「こっちだよ」

 前を歩いていたキリヤナギが、王宮の最上階の部屋へ皆を案内する。
 何人もの衛兵とすれ違うその奥には重厚な扉があって驚いた。セオがデバイスで認証すると、ゆっくりと自動でそこが開く。
 一礼され、開いた扉から初めに目へ飛び込んできたのは「冠」だった。
 暗い部屋のガラスケースに飾られ、天井の一点の光に照らされるそれは、大粒の宝石によって飾り立てられ、美しく輝いている。

「これが父さんの!」
「なんか王子の声聴くと雰囲気ぶちこわしだわ……」
「え”っ」
「ちょっと黙っててくださる?」
「静かに見た方がいいぞ」

 キリヤナギは、近場のソファに座ってうなだれてしまった。ジンが横についたが、相変わらずデバイスをいじっていて呆れてしまう。
 キリヤナギもこの部屋に来たのは久しぶりだった。これでも幼い頃は、王の証とされる冠とか笏などを持つことに憧れも抱いたものだが、それら持つことに対しての義務や使命を思えば、どちらがいいのだろうと考えてしまう年齢になったからだ。
 権力の象徴として作られたそれを持つ価値が、あるのだろうかと、いつかなりたいと思っていた憧れは、今はもう薄く、重くすら感じてしまう。
 情け無いとキリヤナギはやるせない気持ちをかかえていた。
 ジンは、そんな部屋の壁際へ並べられるレガリアを眺めるキリヤナギへ、ふと口を開く。

「そいや誕生祭の冠。めっちゃ似合ってましたね」
「ほんと?」

 うんうんと、頷くジンにキリヤナギは嬉しそうにしていた。立ち上がって三人を追う彼に、ジンも続いてゆく。

「やっぱりジンさん、すごいなぁ……」
「全く、読みすぎだよ。セスナ」
「ジンさんのは読めませんよ。殿下はやっぱり繊細な方だなって」

 入り口に立つセスナとセシルは、四人が展示されているレガリアを眺める様子を観察する。流れる心動きは皆穏やかで、それにつられるようにセスナもとてもリラックスしていた。

「表情とかでわかるんですかね。付き合いの長さなんだろうなぁ」
「はは、似てるからじゃないかな?」
「似てる?」
「私は、ジンも繊細だからだと思うよ」

 なるほどとセスナは納得していた。相変わらずキリヤナギは、自分のレガリアを解説しようとして皆に叱られている。
 幼い頃、王子は王と何度もここを見に来ていたのに、今はもう何年も来ることはなく今日は本当に久しぶりだった。
 父の在り方に憧れ、あるべき王の形をここで語られる度、そうありたいと王子はそれを目指した。
 しかし、王は語れば語るほどにそれは自身への重圧となり、いつのまにか王子へそれを強いるようになってしまう。本来の自分を否定された王子は、理想でしか王子では在れないと理解し、レガリアへの憧れを失った。

「隊長はどう思います?」
「物は物でしかないさ」
「流石隊長! 言うことが違いますね!」

 王の証とされるそれは、極論的に言えば「証」でしかない。権力の象徴はそれを持つ事に意味があり、人格に左右される物では無いからだ。
 
 夜も更けていく頃合いとなり、キリヤナギは四人で夕食をとり、その日は解散した。全員「自動車」で送迎してもらえて安心するが、最後に残ったヴァルサスが顔を顰めている。

「親父……」
「帰らないのか?」
「帰るよ。がっかりしただけだし」
「何もしてないが……」
「うるせー、さっさと帰るぞ!」
「ヴァル、今日もありがとう」
「おう、問い詰めて悪かったな……」
「ううん、僕の口から話せなくて悪かったとおもってて……」
「……それなら、ちゃんとシロツキ教授なんとかしろよ?」
「が、頑張る」
「じゃあな」
「またね」

 サカキ・アゼリアの自動車にのった彼は、王宮の通用口から帰宅してゆく。賑やかな空気が普段の静けさに戻り、キリヤナギは少しだけ寂しさを感じていた。
 次の日の休日は、午後からシダレ王の誕生祭へ向けた衣服が届き、キリヤナギはサイズに問題がないかとか、当日の帽子のデザインを選ぶ。
 無難なものになりがちなキリヤナギへ気を使い、職人の彼は奇抜なものばかり準備してくれるが、そもそも帽子よりも飾りの方が好きで困ってしまう。
 結局帽子は選べず紅葉の飾りをアクセサリーにしてくれることとなり、職人は残念そうに帰って行った。

「今日もお疲れ様です、殿下」
「ジンもお疲れ様、きてくれてありがとう!」

 職人が帰り夕食まで時間が空いたキリヤナギは、ジンとグランジに中庭で遊んでもらう事にした。
 庭師によって芝生がひかれた中庭は、草がクッションになって、多少乱暴に転んでも怪我をしにくい。

「『タチバナ』の必要性ですか?」
「うん、2人はなんだと思う?」
「あったら、こうなってない気がするんですよね……」

 ジンのぐぅの音もでない返答にキリヤナギは何も返せなかった。グランジをみると彼も少し考えてくれて口を開く。

「今は必要だと思う」
「今?」
「あー、確かにとられてるし?」

 うんうんと頷くグランジに、キリヤナギは少し感心した。敵に奪われた際の切り札なら、在り方として価値はあるようにも感じる。

「でも殿下いたら、別にいらないかなって」
「確かに……」

 キリヤナギは、その力を取り返すことができる。もちろん「タチバナ」を学べばそれは「王の力」に対して、絶対的な打点となるが、

「殿下だけやってればいいんで、やっぱり俺はいらないっすね」
「うーん……」
「……」

 本気で学ぶとは決めたが、「王の力」が扱えるなら、わざわざ「タチバナ」学ぶ必要もないからだ。

「と言うか、味方ですよ? 戦う必要ないし、盗られたら戦うしか無いですけど」

 そうだ。
 そもそも大前提が「味方」であり、王族を裏切ることは力の消失を招く。よって普通に考えるなら、この国で「王の力」を利用した反逆が起きることが考えにくい。

「アカツキなら何か知ってるかな?」
「父ちゃんも似たような感じだと思いますよ。盗られることは、昔からちょくちょくあったらしいですけど、【素人】ならわざわざ「タチバナ」じゃなくてもなんとかなるし? 不毛なとこはありますけど……」

 考えれば考えるほどわからなくなってゆく。そんな悩みを抱えながら、キリヤナギは2人へ挑むが、考え事がある日はやはり集中力が続かず、攻撃を当てることすらできなかった。
 そして、キリヤナギはその日の夜。食卓で父へ目線を向ける。母も話さず食器の音のみが響く空間で、キリヤナギは迷った。だが大人として見てくれると言う父の言葉を思い出し、恐る恐る口を開く。

「父さん。少しお伺いしたいことがあるのですが……」
「……! どうした?」

 父は目を見開いて驚いていた。また母もキリヤナギから口を開いた事に手を止める。

「父さんは、何故『タチバナ』を大切にされているのですか?」
「その言葉は、彼らへの否定か?」
「いいえ。私も彼らを大切にしたいのです、なのでその「在り方」を知りたいと思いました」
「……」

 キリヤナギは少し怖かった。王妃もまた緊張しながらシダレ王の反応を伺っている。王は少し考えながらも目を合わせずに述べた。

「私も同じ事を幾度となく考えてきたが、他の騎士達が納得のできる理由を見つけることはできていない」
「……父さんもですか?」
「……彼らがこのオウカ家へ仕えているのは、もはや好意でしかなくそれ以上それ以下でもないからだ」
「……好意?」
「『タチバナ』の彼らは、カツラ殿以前の世代より『優遇』される事を好まず、その実力が証明されてこその近衛騎士で在りたいとした」
「……」
「彼らはオウカ家に仕える為、誰よりも強く在ってくれたが、思えばそう在った時点で彼らは「裏切りのタチバナ」としてではなく「忠義の騎士」であり、私が心から信頼する「友」であってほしいと願った騎士。それが私にとっての「タチバナ」だ」

 キリヤナギはしばらく言葉がでなかったが、納得もしていた。王族の「そう在ってほしい」と言う願いを「タチバナ」の彼らが叶えて居るなら、それは確かに意味にはなるだろう。
 しかしそれは独りよがりだ。一方的に努力を強いる関係は、他ならぬ王もこれ以上続けるべきではないと思っている。

「キリは、どう考えている?」
「まだ結論は出ていません。でもとても納得しました」
「……」
「『タチバナ』はたとえその流派が消えたとしても、私達の味方であってくれる騎士なのだろうと……彼らが強さを失ったとしても、助け合える関係性が理想であると考えます」
「……そうだな。だが、彼らはそれを望まん。強く在れない「タチバナ」は、もはやこのオウカ家に仕える価値はないと言う。私は彼らがいてこそのオウカであるとしてきたが……うまくはいかないものだ」

 少し哀愁の漂うシダレ王の顔に、キリヤナギもまた目線を落とした。
 リビングへと戻ると、ジンとセオがいて安心する。

「おかえりなさい、殿下」
「ただいまぁ……」
「普段より疲れてません?」
「父さんと話して……」
「え、また叱られました?」
「ううん、僕から話しかけたんだけど……」

 セオとジンが目をまん丸にして驚いている。話しかけるのは数年単位のことで久しぶりだったからだ。

「ジンって、弱くなったらどうする?」
「弱くなったら?」
「うん。弱くなったらと言うよりか、自分より強い人が現れたら?」
「んー、別に気にしないっすけど……」
「ほんとに? 騎士やめるとか言わない?」
「なんですか……?」
「殿下。ジンは一応ここで働いてますから、そのぐらいの理由でやめませんよ……?」
「父さんが、『タチバナ』に強くないと近衛騎士でいる意味ないって言われてるって」
「ぁー、そうですね」
「なんで?」
「別に普通の騎士だし?」
「えぇ……」
「むしろなんでこだわるんです?」
「その方が、関わりやすいし?」
「俺は別にそんな特別感を感じた事ないんですけど……」
「はは、ジンは外国だったしねぇ……」

 うーんとまた悩んでいるキリヤナギに、ジンは戸惑っている。考えすぎだったのかと思うほどジンは気にしてもいなかった。

「今は父ちゃん騎士長で、俺が一応個人戦一番ですけど、もし二番とか一般兵だったら、他の騎士に示しつかないんですよ。友達なら良いんですけど、自分のが強いってわかってるのに殿下守れないのってやっぱり嫉妬するし?」
「僕、ジンとアカツキじゃないとやだ」
「シダレ陛下もそれなんで、頑張ったんです。大変だったみたいだけど……」
「大変だった?」
「そこそこ? 父ちゃんは知らないすけど、俺は楽しい方が勝ったかな……」
「……」
「俺より強いに教えてもらった方が、殿下も強くなれるし?」
「そう言う問題じゃないし」
「まぁ殿下にそう言わせるようにしたのミレット卿だし、しょうがないんじゃない?」
「殿下は知らないかもしれないですけど、ミレット卿。個人戦出てないだけでめちゃくちゃつよいっすよ」
「アカツキより?」
「父ちゃんはそもそも『王の力』使われないと、調子でないんで……教えるのは上手いすけど」
「ジンってなんでいつもそんななの?」
「むしろなんで気にするんすか……?」

 考える事自体、不毛におもえてくる。『タチバナ』の意味を考えたいと思っていたのに、やる気が削がれていく気分だった。

「『タチバナ』の事考えてくれるのは、確かに嬉しいですけど、先代の勝ち取った地位に甘えるのは、騎士らしくないと思うんですよね。やるなら筋通してこその騎士道?」
「そっか……、意味とか要らない?」
「強かったら良いかなって思いますね。でも、もし在ったら今までやってきた事に価値が見出せて嬉しいかな」
「価値?」
「『王の力』の攻略法? 普段からめちゃくちゃ考えてるんで、それを意味がないって言われなくなるなら、俺だけじゃなく父ちゃんもある意味救われそうかなって」

 救われると聞いてキリヤナギは体を起こした。在り方にこだわりすぎていたが、見つける事で無価値なものへ価値がうまれるのなら、確かにそれは救いとなる。

「やっぱり考える」
「俺はどっちでもいいので、殿下の気分で……」

 キリヤナギは何故か剥れてしまい。ジンは困っていた。
 休日を終えて普段通り2限をおえたキリヤナギは、今日もテラスで3人と合流して昼食をとる。二日間じっくり考えたが、まだ意味が見つからず、ずっと顔を顰めてしまう。

「結論でたか?」
「思いつかない。父さんにも聞いたけど、『タチバナ』は好意でいてくれてるって」
「だろうな」
「そうなの?」
「近衛騎士は、要人の周辺警護を任される上で、何よりも信頼性を求められる。出自がはっきりしていて、かつ長く仕えているのなら、毎回選出されるのは当然のことだ」
「でも『タチバナ』は、弱かったら近衛騎士にはならなくて良いって言ってるらしくて」
「騎士なら普通の感性では? 弱ければどんなに信頼があっても守りきれないからな」
「うーん……」
「ま、文化祭終わるまで待ってやるし、それ以降は諦めろよ」
「うぅ、わかった」
「そこは折れるのね……」
「全部僕のわがままだし、そうなったらヴァルに部長お願いする……」
「潔いな」

 昨日のジンの態度に悩む気持ちが、大きく削がれてしまった。キリヤナギが思うほどジンは悩んでいないが、何も考えていないわけでもない。気にするのも野暮なのだろうと、今日もセオのお弁当を開封した。

「ご機嫌よう。貴族さん方」

 唐突に響いた新しい声に、キリヤナギを含めた皆の視線が向く。このオウカには珍しい赤髪の彼は、初めて見る顔立ちだったからだ。

 

 

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