晴天。
つい先日まで暑かった空気が、心地よくひんやりとしていて季節はまさにスポーツの秋とも言えるその日。
学生の皆は各々のユニフォームを着て、学院の演習場へと集合していた。
「体育大会学生演習」と呼ばれるその行事は、毎年行われる伝統行事であり、優秀な若者を求めた貴族達が、来賓として多く見学する。
大会の始まりを知らせるかのように、三段雷が打ち上げられ、キリヤナギはそれを見て1人拍手をしヴァルサスとアレックスを困惑させていた。
「あれ、僕がお願いしたんだ!」
「そ、そうか。よかったな」
「あー、生徒会な……」
反応が薄くてキリヤナギは少しショックだったが、毎年打ち上げられているもので、皆は当たり前なのだろうと思う。
しかし、当たり前を続けることが出来たなら、それは一つの成果だとも思っていた。
続々と集まってくる生徒の皆へ、生徒会の彼らは本人確認をしながら誘導を行い、キリヤナギのブースにも参加表明をした100名が揃う。
訓練に参加していない彼らにルール説明を行いながら、鉢巻とプロテクターを装着する。
「タチバナ」を学んだ彼らをリーダーとして、6名ずつのチームに別れた彼らは、デバイスを介した通信をチェックして準備を終えた。
「まず、この中央のフラッグをとりにいくよ、そしたら東側のを確保にいく」
「早速、青チームの付近だけど大丈夫か?」
「『タチバナ』で応戦すれば、大丈夫」
自信満々のキリヤナギに皆は言葉がないようだった。青チームはツバサが率いる「王の力」をもつチームでもあり、理論上はキリヤナギの率いる「タチバナ」が絶対優位を誇る。
しかし、在り方と実際にできるかは別の問題であることから、皆は半信半疑でキリヤナギをみていた。
「勝てないとおもったら、無理せず逃げていいからね。怪我しそうって思ったら鉢巻あげてもいいから」
「まじかよ」
「痛い思いするぐらいなら、その方がいいかなって」
「負けるぞ?」
「その分取ればいいし?」
「簡単にいうな……」
「皆、きっと強いから僕は信頼してるよ」
王子の言葉に皆が驚いていた。訓練に参加したものだけではなく、初めて顔を合わせる生徒も含まれた言葉に、皆の目つきが変わる。
試合は10時から始まり、12時までが前半戦。1時間の休憩と中間集計のあと、13時から後半戦を15時まで行う。
間も無く開始される頃、各チームのリーダー呼ばれ、握手をするように促された。
キリヤナギは笑って手を差し出すものの、現れたツバサとルーカスが酷く嫌な顔をしながら応じてくれる。
「我々が勝ったらククリール姫にまとわりつくのはやめてもらう」
「えぇ……ククは嫌がってるのに……」
「シルフィにも二度関わるな」
「それも僕の意思じゃ……」
2人の敵意におもわず尻込みするが、間に入ってくれた生徒会の先輩のおかげで、なんとか進行はできた。何かした覚えもないのに、理不尽に嫌われていて何故か気分が下がってしまう。
「握手しに行っただけなのに、なんで沈んでんだよ……」
「ぼ、僕何悪いことかしたっけ……」
「言い掛かりを気にしても仕方ないぞ?」
アレックスの言葉も納得できるが、どちらも一応理由があってもどかしい。3回生の指示を得て、皆は赤チームの待機場所へと向かう。
『タチバナ軍』たる赤チームは、皆、キリヤナギの指示で鉢巻を腕や腰、足に括り付け準備は万全だった。
デバイスからイヤホンコードを伸ばして耳へつけると、大会運営からの放送が聞こえて来る。
通信は運営部とのチャンネルと、チームのみのチャンネルが存在し、基本はチームのみで通信を行うが、アレックスからあえて鉢巻を取らず捕虜が取られる可能性もあり、傍受前提で通信を行うのが良いとされた。
「王の力」の青チームから順番に、開始を是非を問うアナウンスが流れる。
シルフィの声の後に、ルーカスの「無能力」の黄チームも返答し、最後は「タチバナ軍」の赤チームだ。
『赤チーム。いけますか?』
先輩のはっきりした声に、嬉しくなる。意気揚々とキリヤナギは声を上げた。
「行けます!」
『はい。全チームの準備完了を確認しました。これより第121回王立桜花学院での体育大会学生演習を開始します』
定刻。
打ち上げられた雷と共に、三つのチームが動きだす。
五本のフラッグは、北東、南東、中央、北西、南西の五ヶ所にあり、チームの配置は、西に「王の力」の青チーム、下中央に「タチバナ軍」の赤チーム、西に「無能力」の黄チームだ。
毎年の中央に配置されたチームは、隊を分断して、中央と南東か南西のフラッグを確保するため、隊を3つに分断するのがセオリーだが、キリヤナギは安全策として全員で進軍を開始する。
アレックスによると、基本的に出だしの各軍は、一番近くフラッグを安全に確保しようと動くために、分断する方が鉢合わせ時に兵を失いかねないとして、ここは集団で進軍するのがいいと言う作戦だった。
広い演習場だが、フラッグは持ち運びやすいように小型でもあり、倒れている可能性もあって見つけにくい。
どの辺りだろうかと、見回していると遠くに動く集団が、ものすごい勢いでこちらへと走ってくる。全員で殺意を込めた目で向かってくるのは、頭に必勝の鉢巻を撒いたルーカスだった。
「王子覚悟ー!!」
「ええぇ! なんでー!」
フラッグを確保したとは思えない接敵に、キリヤナギは判断に迷いながら、叫ぶ。
「戦うか?!」
「ヴァルの皆はフラッグにいって!!」
「了解」
「先輩。戦うよ!」
「わかった!」
開始から突っ込んできたルーカスの「無能力」黄チームは、隊を分断しているかと思えば全員出来ているように見えて驚く。
しかし、戦いに来てくれたなら全力で受けようとキリヤナギは堂々と対峙した。
そして、向かってきたルーカスの肩を足場にして飛び越え、その身を敵の大軍の中へと投じる。着地したキリヤナギは、一旦円状に退避した彼らを見据えていた。
王子が立ち上がったのを確認した「無能力」、黄チームの彼らは囲われる王子へと突進を開始する。
キリヤナギは、そんな大勢の足元を前転で潜り、目前の足に緩く結ばれている鉢巻を解いた。
そして捕えようとしてくる手から風のように逃れ、足や腰、腕や、肩にかけられた鉢巻を解いてゆく。その無駄のない動きに、ルーカスの一軍は動揺し、前方から交戦するアレックスを抑えきれず下がってゆく。
キリヤナギを探せば攻めが甘くなり、攻めに注視すればキリヤナギが蹂躙する。
どうにかしなければと、目の前の大軍と向き合った時、黄チームの一軍から声が上がり、ルーカスは振り向いた。
生徒の肩を足場に跳躍したキリヤナギは、その手に何十本もの鉢巻を握っていて絶句する。
後方には、数名の伸びた生徒といつのまにか鉢巻が消えている生徒が大勢いて、危機感を得た。
黄チームはそんな王子の揺動に、目の前の敵へ集中ができず、隙をつかれてどんどん鉢巻を奪われている。また鉢巻を奪い返さんとキリヤナギへ向かってゆく生徒たちは、まるで受け流すように勢いを逆手に取られ、解かれては抜かれ、倒されていった。
まだ序盤であるにも関わらず、これ以上減らされるのはまずいと判断したルーカスは唇を噛みながら叫ぷ。
「一旦撤退する! 全員北西のフラッグへ動け!」
ルーカスの指示に、アレックス追わずに見送った。
キリヤナギが確保した鉢巻は15本。
本隊も15本前後は確保していて、取られていた分を差し引いても、十分な成果だった。
「勝った!」
本隊で15本しか確保出来なかったものを一人で抜いてきた王子に、全員が絶句していて引いている。
「元々とんでもないとは思っていたが、本当にとんでもないな……王子」
「得意分野なんだ」
確保した鉢巻はチームの拠点に運んで集計される。その前にヴァルサスは大丈夫だろうかと連絡を飛ばした。
『わりぃ王子。フラッグだめだった』
「えっ!」
『青チームが大人数で確保しにきてて、こっちの人数じゃとても』
「えぇ、どうしよう」
「仕方がない。ルーカスが逃げたのは北東だな、南東のフラッグを見に行こう」
「わ、わかった」
キリヤナギが焦っている様に、アレックスは呆れながらもキリヤナギへ続く。
一方。「王の力」青チームの拠点。
ツバサは、自分のチームが3本のフラッグを確保できたと聞いて、ほっと息をついていた。
運営部からの情報で中央で「タチバナ軍」の赤と「無能力」の黄が接敵したと聞いて苛立ちが募る。
赤は自分達が徹底的に潰したかったのに、邪魔をするなとも言いたいが、ツバサそれよりも、横にいる彼女に何もいえずにいた。
「キリ様ー!! なんて凛々しいのでしょう! たったお一人で鉢巻を15本も確保されるなんて、流石殿下ですわ。このミルトニア! この演習場で貴方とお会いできるのをとても楽しみに待っておりますー!!」
うるさくて耳を塞ぎたくなるが、「タチバナ軍」たる赤チームの動きが常時わかり、黙れともいえずツバサはただ頭を抱えるばかりだ。
横にいるシルフィは、ミルトニアの言動を参考にメモをとりながら動きを記録している。
「王子はこれから南東のフラッグの確保に動くのでしょう」
「つまらないが、それしか出来ないだろう。シルフィ、フラッグが回収できたら守りを固めるが、任せれるか?」
「分かりました。お兄様」
「すぐ戻ってくる。クランリリー嬢。そのまま王子の事を語っておいてくれ」
「私はキリ様の試練の為に、立ちはだかる壁となりましょう! キリ様ー! 待ってますわー!」
シルフィは何故か拍手をしていた。そしてツバサは1人、林の中を歩いてゆく。
この体育大会学生演習には、監視員として3人の騎士が東、中央、西へ配置されている。
騎士は基本みているだけだが、学生が望めば戦闘にも応じてくれて、善戦が出来れば緑の鉢巻を進呈されるからだ。
青、赤、黄の鉢巻とは違う、緑の鉢巻は他の色の10本分の点数となり、フラッグが同数になった際に大きく貢献する。
ツバサは、シルフィの防衛に期待してはいなかった。聖母のように優しいシルフィは、そもそもこのような戦いは得意ではなく。参加も「生徒会長だから」と言う義務感から出場しているからだ。
だからこそ、ツバサはキリヤナギが尚更許せなくなる。弟のように思われながら、その配慮に甘え続け、何も気づこうとしないキリヤナギが、誰よりも憎く思えてイライラしていた。
シルフィは、気遣いを押し付けるのは良くないとしながらも、その行動に幾度となく傷つく様を見て、ツバサは居ても立っても居られなかった。
「おや?」
林の中へ佇む青の影。
騎士服をクロークのように肩から羽織るその様は、隊長、または副隊長の身なりだった。青髪の彼は、目の前に闘志をこめて現れた学生に身を翻して礼をする。
「ご機嫌よう。初めまして、ストレリチア隊。また宮廷特殊親衛隊所属、副隊長のセスナ・ベルガモットです。以後お見知り置きを」
優しい笑顔で応じる騎士に、ツバサはしばらく黙っていた。騎士らしく礼儀正しい彼は、腰に緑の鉢巻を下ろしていて、挨拶をする事なくそれは口にされる。
「-その鉢巻をよこせ-」
その【服従】の声に、セスナの身が硬直するのを感じた。
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キリヤナギはどうにか一本のフラッグを確保していた。運営部の通信から、「王の力」の青チームが3本のフラッグを獲得したと知り、「無能力」の黄チームと遊んでしまったことにひどく後悔をする。
しかし、考えでも仕方がなく「タチバナ軍」の赤チーム全員は隊を分断する事なく青チームの拠点へと忙いだ。
「黄チームとしても、本当に勝つ気が有るのならフラッグを狙いに行くはずだ。途中で鉢合わせしないよう慎重に向かうぞ」
「先輩。わかった」
「王子って、個人戦強いのに戦略戦苦手なのか?」
「よくわかってなかった……」
「やっぱりそうかよ!!」
「正直に言ったなら許そう。しかし、人が減らされている。真っ向から向かってもこちらが不利だ。捻るぞ」
アレックスの後押しが頼もしくて安心する。演習場は広く隅々まで走り回り、ついてきてくれている生徒は汗だくになっていた。
今にも倒れそうな彼らを、キリヤナギはヴァルサスをリーダーとした防衛軍として本陣へ残し、40名ほどで青チームの拠点へと目指す。
そしてその頃、西の砂地で「無能力」の黄色たる、ルーカスは1人の男を見つけていた。周辺を確認しながら立ち尽くす茶髪の男は、赤のサーマントをおろしてじっと見ているこちらに気づく。
肩に緑の鉢巻をかける騎士は、ルーカスへ軽く一礼した。
「どうも。宮廷騎士団、アークヴィーチェ管轄、特殊親衛隊所属のジン・タチバナです。よろしくお願いします」
「タチバナ」と言う単語に、ルーカスは息を呑み返事ができなかった。そして、その見た事のある顔に思わずデバイスを確認する。
「騎士個人戦第一位。……優勝者か?」
少し照れたように再び礼をされ、ルーカスは悩んだ。先程の王子との戦いで7割に減らされた生徒は、更に2割が戦意を喪失してしまい、今は本陣で防衛に入っている。
ここには50名いるが、ここで戦っている間に「タチバナ軍」の赤チームが「王の力」の青チームと接敵すればさらに差をつけられる可能性もある。
先程接触した時点で、「タチバナ軍」の赤チームとまともに戦えば、負けることは目に見えているからだ。
「みんな、私の隊を残し、全員で赤チームの拠点からフラッグを奪取だ」
「会長。大丈夫ですか?」
「王子にさえ勝てれば悔いはない。ここでフラッグ奪えれば差をつけれる。まかせた」
10名ほど残し、走り去ってゆく生徒達をジンは感心しながら見ていた。
向き合った彼らは武器を構え、ジンは答えるように自身の手袋の緩みをなおす。そこからわずかに溢された笑みに、ルーカスはゾッとした。
戦いの高みに属するものは、その戦闘を義務とせず、戦うことに楽しみを見出して生きているという。この男は間違いなく心から戦闘を楽しみにしてここに居たのだ。
「よろしくお願いします」
当たり前に交わされた挨拶に、ルーカスはがむしゃらに向かってゆく。
@
対面した騎士にツバサはその自身の「王の力」を行使していた。
ツバサに預けられた【服従】は、その声をから脳へ直接信号を送らせ従わせる異能でもある。
セスナはそれに反応を示し、動かなくなったことで、ツバサはそれが正常に作用したと認識した。が、いつまでも動きを見せず、その確信が揺らいで混乱する。
「ー鉢巻をよこせー」
「ダメですよ。ずるいじゃないですか」
平然と返された言葉に、ツバサはは動揺した。作用していない【服従】に、言葉が浮かばずに戸惑う。
「確かにルール上は使っていいですけど、せめて実力を見せて頂かないと僕も参加した意味がないですし……」
「何故効かない!」
ツバサの叫びにセスナは、真っ直ぐに生徒の彼へと向き直る。そして振られた首に耳から伸びるコードに気づいた。
両耳につけられたそれは耳穴を塞ぐタイプの電子音声端末、イヤホンだからだ。
「我ら宮廷騎士団は、【服従】の誤発に備え、戦闘の際にその特殊波長を防御するシールド式イヤホンを装着しています。【服従】とは、人間の声を介して脳へ直接命令を届ける力。つまり耳からその波長のみをガードできれば無力化します」
「……! ……ずるいのはどちらだ?」
「あはは、確かにどちらか分かりませんが、戦わず奪取するのはどうかと思いますよ。一応僕たちは鉢巻をあげるつもりできてるのに、誠意がないと言うか……」
話していたら、ツバサが踏切ってくる。セスナは右腕に仕込んだ小手でガードして止めた。
「ならその自慢の機器を破壊してやる……!」
「いいですよ。でもそれなら、僕から全力で鉢巻を奪って下さい。ここで『誠意』で渡すことは、貴方にとっても良くはなさそうですから」
「よこせぇ!!」
乱暴に接敵してくるツバサに、セスナはスピアの代わりに持ってきた模造刀を抜いた。
横へ振り抜いてきたそれへ、ツバサが一度引いて、セスナの顔を狙って突く。的確に回避をする騎士は、まるてツバサの動きがわかるかのようにしなやかに動き、無駄がなく、かすりもしない。
「くそっ」
「そうだ、言い忘れました」
「……!」
「貴方と同じく、僕もシダレ陛下から【読心】を借り受けていまして……」
「なん……」
「まずは心を落ち着け、読ませないところから頑張ってください」
がむしゃらに飛び込んでくるツバサの動きは筒抜けだった。攻撃も遅くはない。動きも的確なその動作に、セスナは動じる事なく回避を続ける。
やっと武器を止めたセスナだが、カウンターのように押し戻して床へ倒した。
「立ち回りはとても上手いです。でもまだ読みやすい」
「黙れ!!」
止まらない木製の武器の打ち合いが、林の中へ一定のテンポで響いて行く。相手が学生であることから、セスナはツバサという「生徒」に対して「教員」であるべきだと思っていた。
騎士と言う身分で参加するのなら、その本分たる戦いの心得を学んでもらえれば良いと思っていたのに、彼はセスナのアドバイスに耳を傾ける気配もなく、敵意をこめ、倒すために強引に攻めてくる。
【読心】の所持者に対してこれは、感情を剥き出しにしていることから、読まれやすく逆効果であり、まず感情を殺し心を落ち着けることがこの「王の力」を封じるための第一歩となる。
この騎士との戦いにおいて、掲示された「課題」にすら乗らない彼は、まずこちらから学ぶ気はないとも取れて、セスナは戦うことに意味を見いだせなくなっていった。
「対策されないのですか?」
「必要ない!」
突っ込んできたツバサに、セスナは回避の動作へ移るが、ツバサがイヤホンコードを模造刀の先に絡めとらせ、外された。
「-負けろ!!-」
声の波動が、林へと響く。動きを止めたツバサは勝ったと言う確信を得るが、
「すみません。僕にはもう、セシル隊長という心に決めた人がいるので……」
【服従】はすでにかかっていた場合、重複してかかることはない。
騎士が【服従】にかかれば、チームの味方となってしまう可能性があるとして、セスナはこの大会中の間、セシルから【服従】を行使されていた。
どんな命令がくるのかととても楽しみにしていたのに、「ちゃんと真面目に見本をみせること」と言われ、その複雑な命令にかかっているのに、かかった気がしない状態に陥ってガッカリしていたものだが、真面目に向き合いイヤホンを外されてた為、セスナはまぁいいかと鉢巻を解こうとする。
その直後、ツバサは突然逆上して武器を振り込んできた。その余の剣幕に、セスナは心情を分析しながら、放置はできないと向き治る。
「一度、頭を冷やした方が良さそうですね」
「黙れぇえ!!」
連続で振り込まれてくる打撃を、セスナはすべて弾き、いなす。ツバサがどんなに隙をつこうとも、相手が早く、読まれ、受けられて入らない。
更に舌打ち、速度を上げようとした時、手元から武器が飛んだ。無残にも大地へ転がった模造刀に、ツバサは呆けて膝をつく。
「少し落ち着いてから、もう一度ここに来てください。今の貴方では僕に勝てない」
ツバサは動かなかった。セスナはこれ以上の会話は無意味と悟り、一度その場から、姿を消す。
@
そんなツバサが追い込まれる中、キリヤナギは20名ごとに隊を分断しながら、「王の力」を持つ青チームの拠点へと向かっていた。
防衛軍との交戦は避けられないが、正面から戦えば援軍を呼ばれかねない為に、キリヤナギの隊が囮となり、引き付けているうちに本陣へ乗り込む作戦だ。
『王子がこちらの方が良かったと思うのだが』
「ミントがいるんだよね……」
アレックスは無言で納得していた。
林へ近づくと「王の力」の青チームと遭遇し、戦闘が始まる。雪崩れ込むように進軍してくる大軍は、大半が普通の生徒であり、キリヤナギは対策されているのだと察した。
人数では部が悪いと判断し、散開しながら敵を引き付けて対処する。林と草原の間、開けた場所から後ろを取られないよう気を配り、接近してきた一人一人を確実に倒して鉢巻を回収していった。
そして、大隊の全てがこちらへ動く挙動を見た時、キリヤナギは兵を引いて退避する。
そしてその間、アレックスは林を大きく回り込み。「王の力」の青チームの拠点へ、背後から接近を試みていた。【千里眼】を持つミルトニア・クランリリーは、その言動から常にキリヤナギを監視していると思われ、正面から防衛軍の本隊を引き付け、その隙に奪取する策略だ。
3本のフラッグは3本とも別の位置に置かれているのが、回り込んだ丘上からは一本しか見当たらない。
飛び出して不意をつけるかと思った時、数十名の青チームが飛び出し囲われた。
「丸見えでしてよ」
ミルトニアの声に、アレックスは絶望する。現れた生徒の数名は、【認識阻害】を持ち、姿を消してこちらへと突っ込んできた。だが人数は少なく、キリヤナギの囮は作用していると判断し、応戦を始めた。
どうなるかに思えた接敵だが「タチバナ」を学んだ事で、アレックスは近づいてくる「影」のみの存在に、笑みが溢れる。
見えざるとも存在する敵は、こちらの鉢巻を狙いにくるが、見えない事に驕るその動きは、ただ「殴りにくるだけ」であり、回避は容易で、アレックスは足を引っ掛けて倒した。
そこ動作で、見られているとわかった生徒は怯み、他の「タチバナ」の生徒へ押し込まれて倒されてゆく。
いける。という確信を得て、後ろから来た【未来視】らしき異能をもつ生徒が、フェイントに誘われた回避を、逆手に取られて倒れる。
この一連の成り行きで「タチバナ」の強さを知った生徒の彼らは、「王の力」への畏怖を跳ね除け、向かってきた生徒をどんどん押し返していった。
士気が戻った事で、手薄な本陣へと雪崩れ込んだアレックスは、待機していた「王の力」の青チームのシルフィやミルトニアと対面する。
「マグノリア卿。邪魔しないで下さいな」
「お前が一番厄介だな、クランリリー!」
この令嬢は、キリヤナギばかりを見る言動が目立つが、自身の役割を誰よりも理解している。
【千里眼】による戦況の俯瞰から、支持を出しているのはおそらく彼女であると、アレックスは考察していた。
彼はついてきた生徒の彼らへ、フラッグを探すように指示を出し、ミルトニアを退場させるために前に出る。
しかし、傍から飛び込んできた生徒にそれは阻止され足を止めた。
【身体強化】を持つ生徒は、ミルトニアをを守るように立ちながら、更に他の生徒へ、アレックスを囲わせる。
「貴方を捕えれば、キリ様はきっときてくださいます。どうか私とお茶でも如何ですか?」
「本命がいる夫人と遊ぶ程、私はだらしなくはない!」
【身体強化】を持った生徒が攻めにきて、アレックスは一度さがった。
周辺を囲っていた生徒は、更に後ろにいた「タチバナ軍」の赤チームを崩され、アレックスは隙間から退避する。
そして片耳のイヤホンから、フラッグを確保したと報告されたのと、また【身体強化】の厄介さから、相手にするのは早いと判断して、赤チームは一旦撤退した。
キリヤナギもまた、その報告を受けて距離をとりながら、アレックスと合流する手筈をとる。
『王子!』
「ヴァル、そっちどう?」
『それが黄色が攻めてきてもたねぇ、半分やられた』
『黄か。王子は本陣へもどれ! 後から向かう』
「先輩逃げれる?」
キリヤナギは撤退しながら自陣へと急ぐが、青チームの本隊は、フラッグが奪われた事でアレックスを探して林へ捜索の為に戻ってゆく。
『大丈夫だ。巻きながら向かうので心配するな』
少しホッとしながらも、キリヤナギは残った生徒共に自陣へと急ぐ。
@
ルーカスは「タチバナ」の騎士の驚異的な強さに、どう言葉を紡げばいいかわからなくなっていた。
十数名の生徒に対して、たった1人の騎士は、向かっていけばステップを踏むように回避して、膝を折らせて倒し、体当たりがこれば腕を掴んで投げる。
振り込めば手首をつかんで、武器を離させ背中を叩いて床へ倒す。
まるで全ての立ち回りをわかっているかのように軽やかに迷いがなく、触れることすらできなかった。
また生徒の皆は、倒されながらも立ち上がり向かって行くが、それもわかったかのように反応して避けては、怪我をしない程度の打撃で再び倒されていた。
武器を持った相手に対しても全く引けを取らない素手の騎士は、右腰に銃を吊りながらも抜く気配はない。
まるで遊びのようなそのやりとりに、ルーカスはため息をつきながらも、王子の圧倒的な運動力を見て納得もしていた。
「王子の近衛兵か?」
「はい」
即答された事でルーカスは更に返答ができなくなり、王子の強さの根源を知る。倒せるだろうかと武器を構え、踏み込んで向かっていった。
盾を持たない騎士は受けることはできず動作は回避に限定される。ならここでの勝利は、腰の銃を抜かせるか、一撃をいれるかのどちらかだろう。
「つまり、貴方を、倒せれば、王子に勝てるの、ですね!」
「え、多分?」
武器を振りながらの会話に、ジンはきょとんとしていた。その間も他の生徒が起き上がって向かって行くも、前転から後ろに回り込まれて逃げられる。
一旦距離を取ると振り出しに戻ったかのように見えるが、ルーカスを含めた皆は汗だくで肩で息をしていた。
騎士は攻撃してこず、それどころかポケットから懐中時計を取り出して時間を確認する。
「そろそろ休憩?」
ルーカスも時間をみると間も無く12時が近く中間集計の時間だ。フラッグを奪取に行った彼らが間に合うのか不安にも駆られる。
「はい、それまでに倒せればと……」
ジンは少し照れながら、時計をポケットにしまい再び生徒へと向き直った。その改まった動作にルーカスを含めた生徒の皆が姿勢を整える。
「じゃあオレにタッチできたら、鉢巻あげるので……」
「それは……」
「いりません?」
「いや、願ってもない……。近衛兵なら王子軍へ渡したいのではと……」
「殿下は多分遊んでくれないんで……、挑んでくれて嬉しかったし」
「遊ぶとは……」
「え……その、戦いに来てくれて嬉しかっただけです。去年は誰も挑みにこなかったって聞いてたし」
ルーカスが「遊んでくれない」と言う意味を少しだけ察して、皆は再び騎士へと向き直った。
確かに去年は、序盤から一つのチームが全てのフラッグを奪取し、その時点で他のチームが戦意を喪失して状況が動かなかったと聞いている。
ツバサが率いていたその一軍は、挑めば【服従】によって軍が動かなくなり、他軍が自軍の鉢巻を守るの選択肢しか取れなくなったからだ。
しかし今回は、挑みに行った「タチバナ軍」赤チームがそれに怯んだ様子もなく。
耳元から「王の力」をもつ青チームのフラッグが1本奪取されたと連絡がくる。
赤へ赴いた「無能力」の黄もほぼ同数の戦いで善戦をしているらしく、間も無くフラッグが奪取できるとするなら、ここで緑の鉢巻を入手することで優勝も視野に入るだろう。
チャンスがあるなら取るしかないと思い、ルーカスは全員で騎士へ突撃してゆく。
まるで風のように早く、水のように囚われない動きに、誰も当てることはできないが、ルーカスが振り抜き、腰が落とされたタイミングで倒された生徒が這いずってジンの足を掴んだ。
「覚悟!」
全力に殴りに行くルーカスだが、腕を取られて掴まれた足を軸に投げられて床へ転がった。
卑怯な手すら通じない強さに、思わず手の甲で顔を覆うが、突然、布が降ってきて驚く。
投げ渡された緑の鉢巻に、ルーカスはしばらく呆然としていた。
「こ、これは」
「足掴まれてタッチされたので……」
倒れた生徒も呆然としていた。
「結構楽しかったです。頑張って下さい」
自然に笑う騎士の後ろで、ルーカスを含めた彼らは、皆歓喜してハイタッチをしていた。
@
そして、自陣の防衛をしていたヴァルサスは前半戦の制限時間を目前にしながら、再度進軍してきた「無能力」の黄チームに苦戦する。
そして戦いながら『タチバナ』を学んだ事での弊害を実感していた。
対異能力との戦いを想定された『タチバナ』は当然その独自の立ち回りとなるが、それを訓練した事で「癖」がつき、通常の戦いにおいて無駄な動作が発生してしまうのだ。
対【認識阻害】のために覚えた「影の動き」を見なくてもいいのに見てしまったり、飛び交う敵の「倒せ」や「進め」の指示が【服従】かもしれないと錯覚をおこす、また【未来視】への時間差のフェイントもそれを持たない彼らには効かない。
そう言う事かと、ヴァルサスは『タチバナ』を誤解していたと反省する。
それは万能ではなく、あくまで基本を皆伝した「玄人」向けの武術なのだと理解して、どうにか「癖」だけでも抑えようと動くが、染み込んだそれは安易に消えるものではなく、遅れをとって行くばかりだった。
自陣目前まで迫る「無能力」の黄チームを必死に抑える「タチバナ軍」赤チームは、元々疲弊していた生徒の集まりでもあり、どんどん防衛線が崩されて行く。
また他の生徒も「タチバナ」の訓練によってついた癖で、うまく動けず序盤の王子の揺動の強さを思い知っていた。
後ろに心配がなく、進軍のみの黄チームは、余裕から数名を隊の奥へ回り込ませる。
「アゼリア卿! フラッグとられた!」
「嘘だろ!」
フラッグを取られまいと持ち出していた生徒が鉢巻をとられ、そこから一気に黄チームが撤退して行く。
お追うと駆け出したとき、突然後ろから抑えられて驚いた。
「放せ!」
「ヴァル、間に合わなくてごめん! もう終わりだから!」
ヴァルサスを止めたのは、戻ってきた王子だった。「無能力」の黄チームは彼らの合流を察して即座に撤退したのだろうと思う。
キリヤナギもまた全力疾走で走ってきたのか、ひどく息が切れていて、肩の力を抜いた。
「くっそぉぉ!」
何もできなかったと、ヴァルサスは思わず床を殴りつける。