第十五話:囲いの中の桜

 その季節は夏だった。
 屋敷の周辺を駆け回る麦わら帽子の少年は、金髪の少女の手を弾きながら、敷地内の庭園を走り回る。

「どこに行かれるのですか?」
「この先!」

 小さな茂みの向こうは、屋敷の敷地の外に当たりで少女は悪いことをしていると不安になる。しかし手を引く彼は、怯むことはなく冒険するように進み、釣られてどうでも良くなってきていた。
 木漏れ日が差し込む林の中はとても涼しくて、暑さにバテそうになっていた体も落ち着いてくる。
 ふと、少年が止まった。
 その嬉しそうな表情に見惚れていると、先を進む彼を中心に、花畑が広がっていて驚いた。太陽のような笑顔で、再び手を差し出した彼は、入り口で驚く彼女へ言葉を紡ぐ。

「遊ぼう! シルフィ!」

 少女は手を取り、その日は日が暮れるまでずっとそこで遊んでいた。
 これは14年前の出来事だ。
 王子が生まれる以前から続けられているそれは、王妃ヒイラギの実家への帰省で、約2週間、ハイドラジア領へ滞在する。
 それは毎年行われているもので、当時王子は6歳だった。
 王妃ヒイラギの兄、クロガネ・ハイドラジアは、既に妻を迎え男児一人と女児一人の兄弟と共に、この広大なハイドラジア領を収めている。
 長男たるツバサ・ハイドランジアは、クロガネの横へと座り一人寛いで本を読んでいた。父の「二人と遊びにいかないのか?」と言う疑問に、ツバサは少し考えて口を開く。

「シルフィが、来てほしくなさそうだったので」
「何故?」
「キリヤナギ殿下が好きだそうです」

 あら、と向かいに座るヒイラギが笑う。ツバサのツンとした態度にクロガネは戸惑いながらも、バルコニーでの平和な一時をすごしていた。
 緑豊かなハイドランジア領には、北側の国境沿いへ火山が聳え、その麓には溶岩によって温められた地下水。『温泉』が湧く場所として有名な名所がある。
 中央の主要都市から北側の山沿いには、温泉街があり人々は日々の疲れを癒す為に足を運んでいた。
 12歳になったキリヤナギも、例年通り両親と護衛のタチバナ隊と共に訪れていたが、珍しい街並みに好奇心をくすぐられ、逸れ迷子になってしまう。
 お忍びで一般に紛れていた為になかなか見つからず一人で夜歩いていた所を必死に探していた騎士の彼らに保護された。
 キリヤナギはそれでよかったのに、アカツキは見失った事へ責任を取らされ、王によって親衛隊を降ろされてしまう。
 未だ騎士学校の定期訓練に参加したばかりであり、重い剣を持つことすらままならなかったキリヤナギへ、サーベルの持ち方から、立ち回り、「タチバナ」も教えてくれたのはアカツキで、また彼が率いていた隊員の彼らの子供がジン、セオ、グランジであった事もあり、キリヤナギはしばらくそれが受け入れられなかった。
 そんな消沈する中、新たに配属されたのが、クラーク・ミレットだった。彼はまず、キリヤナギに対して国家情勢が思わしくなく、カレンデュラでの領地侵犯が後を立たないことと、隣国ジギリタス連邦国家で起こった国境沿いの内戦から、亡命者に混じった不法入国者がおり、彼らに紛れた工作員が数多国へ侵入していると説明した。
 当時12歳だったキリヤナギにとって、その言葉は殆ど理解ができずミレットの表情から深刻であると言う事だけを理解し、警備が厳重になることに一応は応じた。
 しかし彼が行ったのは、当時騎士学校に通いつつ自由に出入りしていたグランジを締め出し、外出には必ず大人の騎士がついて、夜はリスクがあるからと王宮からの出入りを禁ずるもので、キリヤナギは困惑してしまう。
 10歳で広い一人部屋をもらえたのに、未だ仕事も見習いのセオ、グランジ、ジンと集まる事もできなくなったキリヤナギは、居室フロアの外に出て王宮の空き部屋を利用するようになった。
 そうやって集まって遊んでいても、時間になれば迎えがきて夜には自室へ連れ戻される日々が続く。少しずつ煩わしく思え、キリヤナギは次第に身を隠すようになった。
 隠れられる場所を探しながら、4人で集まっていると、ある日セオとグランジが叱られで参加できなくなり、ジンだけがアカツキに放任されてずっと付き合ってくれていた。しかしそれでも、隠れ家は直ぐに見つかって、何かを境にミレットが叱り、キリヤナギも反抗した。
 キリヤナギがまだ14歳ぐらいの出来事だった。そんな初めての反抗にミレットは驚き、放置は出来ないとされ動いたのは父だった。
 守ってくれている騎士へなんて事を言うのだと、彼らは誠実に向き合っているのに、それを蔑ろにしているのはお前だといわれ、余計に納得ができなかった。
 友達のに会いたいだけの気持ちが暴走していると諌められ、キリヤナギはそれからしばらく居室フロアからすらも出してもらえなくなった。
数日ぶりに会ったセオは、とても優しくはあったが、結局ミレットは正しく、今だけの辛抱であるとキリヤナギを説得する。しかしそれからしばらくしてもセオの「今だけ」は終わらず、ずっと気持ちがイライラしてどうすればいいか分からない。
 使用人達はそんな反抗期を迎えている王子へ理解を示しながらも、「王子」であるが故、その振る舞いをよく思わない者も多数存在した。そんな、理解と拒絶が蔓延る王宮で、キリヤナギは気分転換にとベランダへと出る。
 外の空気を吸うだけでも落ち着いてほっと肩を撫で下ろしていると、ふと下の庭には誰もいなくて、ベランダもそこまで高くないことを知った。
 居室の入り口にはセオがいて、出かけようとすれば必ず見つかり、護衛も呼ばれてしまう。ミレット隊の皆は、出会った時こそ好意的ではあったが、ここ最近は出かける為に相談へゆくと、「かくれんぼには付き合わない」と冗談をいってきたり、散歩をしようものなら「もっといろんな場所にいかないのか?」など、返答に困る事はいわれてしまう。
 確かに、グランジやジンと出来るだけ長く遊びたくて隠れるようにしていたのはそうだし、外に出ても何処にゆけばいいか分からず、公園ばかりで店に行くにも電子通貨カードが使えるか分からず不安だと話せば、何故か鼻で笑われて気分転換のつもりがイライラしていた気持ちに滑車がかかって苦しくなった。
 以来、彼らと出かけるのが億劫で王宮内を監視されながらも散歩するだけに落ち着いていた。
 ふとベランダの柵を乗り越えて足をかける。日頃の訓練で体が柔らかく、難なく降りれた時、キリヤナギはまるで解放された気分だった。
 誰もいない気楽な一人の時間を散歩して過ごしていると、探しに来た騎士に見つかって連れ戻されてしまう。
 戻った王宮は大変な騒ぎになっていて、ミレットものすごい剣幕だったが、何故かずっとあったイライラは消え、その日は反省だけできて自分の気持ちの変わりように驚いた。
 一人で外に出るだけでここまで気持ちが解放されて楽しいとは思わず、その日からキリヤナギは不定期に出かけ、騎士学校のジンとグランジへ顔を見せに行ったり、公園にいっては居合わせた同世代と遊んでいた。
 ミレットも最初は見逃してくれていた事に、キリヤナギは気付かず、たまたま居合わせた騎士が、王へ報告した事でミレットからもう無理だと告げられる。
そこから、抜け出すたびに叱られては、ストレスをどうにかするためにまた抜け出すの繰り返しだった。
 帰宅を嫌がるキリヤナギに、騎士の彼らは「こんな事はしたくはない」と「大人しくしてほしい」と話し、キリヤナギに対する目は、どんどん冷めたものになってゆく。
 そんな、叱られる事にも慣れ始めた頃、キリヤナギの元に手渡しで手紙が届けられた。内容は「王子のファンだが、病気で動けず元気づけてほしい」と日付と待ち合わせ場所だけ書かれていて、キリヤナギは何ができるだろうかと数日悩む。
 それ以前から、自動車に撥ねられた子猫を病院へ連れて行ったり、迷子の親を探したりしていたキリヤナギは、厳重になっている警備を掻い潜りながらも抜け出して、待ち合わせ場所へ向かった。
 しかし、時間になっても誰も現れず、騎士だけがキリヤナギを見つけ連れ戻されてしまう。とてもショックで、待ちぼうけになって居ないか不安になっていて、せめてセオに聞いてもらおうと彼を探しに行った時、見つけたセオが壁際に身を隠している事に気づいた。
 そして、聞いてしまった。
 抜け出した王子を確保すれば特別褒章がでると、ダメ元で手紙をかいたら本当にきたと、病気で動けないと書いてるのに何故来ると思ったのかと、騎士の彼らは笑いながら話していた。
 彼らの話は、取り分で揉めていて、発案は総取りで次うまく行ったら山分けと間で聞いた所でセオが飛び出し彼らを殴った。
 更に殴りに行こうとするセオをとめて、場が凍りつき、とても戸惑ったのは覚えている。
 セオは泣いていて、キリヤナギは「病気で困ってる人がいなくてよかった」とだけ述べて、号泣するセオをずっと慰めていた。
 それを聞いたミレットも絶句して謝りにきたが、セオの見たこともない涙に既にどうでもよくなり、彼らは「そう言うもの」だと、納得してしまう自分もいた。
 ミレットは気を使い、しばらくは干渉を控えるとも言ってもらえたが、何故か何もする気も起こらなくなり、訓練にだけ足を運ぶ日々が続く。
 出かけようと誘われても億劫で、唯一ジンの顔だけは見にゆき、グランジがタチバナ隊へ配属された事だけ知っていた。
 そして17歳の誕生祭には、キリヤナギはほぼ笑わなくなり、顕著だった感情は殆ど見えなくなっていた。
 日々の決められたスケジュールを淡々と無感情にこなす彼にミレットは大人になったとは思いながらも、その表情に安心はなく、不安定だった王子へやり過ぎてしまったのかもしれないと反省もしていた。
 そんな必要な時以外、寝てばかりとなった王子へある日、王妃が足を運び、大学へ通ってみないかと声をかけにきた。そして、ジンをアークヴィーチェ邸に配属し、好きに行っていいと話されたが、王妃の前で王子の感情が動いた気配はなく、彼は数日後に大学にいってみる旨を王妃へ伝えた。
 時々護衛をつけながらカナトへ会いにきたり、抜け出してジンへ顔を見せに行くようになったキリヤナギへ、周りは少しだけ王子が元気になったと安心する。
 このまま大学へ行ければいいと、周囲の空気が前向きになり始めた頃、外出が増えることを想定し、本来20歳で渡す予定だったデバイスを一年早く持たせたいとして騎士と王妃で話が進められていた。
 キリヤナギはそれを聞いた時、皆と同じことができると少しだけ嬉しそうにしながら、デザインのカタログを眺める。
 そして、測定テストを介し学力に問題無いとされたキリヤナギは、大学の入学式に出た後、ずっと悩んでいたデバイスのデザインを決めた。
 王妃にそれを話すため、食卓へ持って行った時、聞いていた王が表情を変える。その全ては他ならぬ王へ伏せられていた事であり、王妃と騎士達でのみ話を進められていた事だったのだ。
 食卓の席でキリヤナギが口走った事で、王の顔色が変わり唐突に怒鳴られ、キリヤナギは何が起こったか理解できなかった。
 それまでの反抗や抜け出しの頻度を騎士達から報告され、さらに家族のルールを破ろうとしたことで逆上した王は「約束を守れない人間に育てた覚えはない」と、「こんな事も守れない奴が王になる資格はない」と罵倒し、キリヤナギは初めて王に殴られた。
 王妃は激怒しそこからかつてないほどの大喧嘩へ発展し、ミレットやストレリチアが止めに入ってようやくその場は収まったが、使用人に手当をされながらも王子は涙すら流さず、それをきっかけにしてその目の生気は消えた。
 復帰しかけた王子は、再び部屋へ籠り、誰にも会いたくないと初めて部屋に鍵をかけられた。
 セオは不憫すぎる彼へ感情を堪えきれず、一晩中グランジに話を聞いてもらっていた。
 誰よりも穏やかで優しい王子は、抑え込まれながらも反抗したのは一度きりであり、抜け出しも結局は「仕事をしたくない騎士の為」である事実を知ろうとする者は誰もいない。
 また、外に出ても落とし物を届けたり、公園で困っている人々を助けていただけで、それは皆が噂する「遊び」とはかけ離れているとは誰も思わない。
 唯一ジンだけが、キリヤナギ一人では手に負えない事を手伝いそれを聞いたセオとグランジのみが、この理不尽な環境に何もできない無力さを嘆いていた。
 
 そこから三日経っても、王子は出てこなかった。ミレットと合鍵を使って中へ入るべきか相談されたが、誰もこれ以上王子を傷つけることは望まず、もう少しだけ様子を見る判断がなされる。
 誰も受け入れられないその数日間、親衛隊の彼らは王子に反応がなくなった事で、誰が原因なのかとこれまでの言葉を振り返っていた。
 その余りに心のない言葉の数々にセオは激怒していたが、キリヤナギはそんな言葉の全てを受け入れ、ただ愚直に向き合い、その辛さを外に出る事で発散していただけだったのだ。
 その上で誰かの役に立ちたいと、公園で子供と遊んだり住民の些細な困り事をジンと二人で解決していた。
 時々見かける王子は、住民達の中では有名人で、本人はバレたくないと否定しながらも、皆は周知の事実だったのだ。
 そして五日目の朝。セオがミレット共に様子を見にゆくと、彼は眠りながらもひどく衰弱していて、直ぐに医師が呼ばれ対処が為された。心身的な限界がきたのだろうと言われて、セオはずっとキリヤナギの横で謝っていた。
 王と王妃は、寝たきりになる彼を見て反省し、王に至っては合わせる顔もないと、使用人達は初めて王の涙をみた。
 王妃は、やり方は厳しかれど王子を守り切ったことへミレットを賞賛し、変わってほしいと懇願した。
 ミレットは拒否せず、かつて副隊長とし、更に地位を並べる実績を上げていたセシル・ストレリチアを後任へと抜擢する。
 セシルは、寝たきりの王子に一度謁見し、セオへ王子と関係の深い騎士はいるかと、また居るならその関係性の根拠を聴きたいと事務所へ現れた。
 セオはまず自分が、3つの頃から仕えていることと、グランジがかつて親衛隊だった騎士の息子だと話す。そして、最後のジンは、キリヤナギがかつてその強さに憧れ「タチバナ」を習ったアカツキの息子だと話した。
 グランジとセオはさておき、特にジンは、大人達の権力に逆らえなかった自分達の代わりに、ずっとキリヤナギと関係性を維持し続け、抑圧あってもなお互いに顔を見せる関係だと続ける。
 それを聞いたセシルはまず、王子を心から心配する三人がいる事に安堵し、その二人をここへ連れてくると言ってくれた。
 しかし、三人では業務を回せない為、自分の隊から数名連れてくるとも話す、セオに断る理由はなく、王子本意の体制が組まれようとしている事に救いであるとすら思えた。
 そして七人で名簿が組まれたところに、王妃はその年に飛び級で騎士学校を卒業したタチバナの名を持つリュウドを指名し、セシル・ストレリチアを隊長とした8名の親衛隊が編成される。
 その結成に合わせるように、寝たきりだった王子は数週間ぶりに話せるまで回復し、セシルはようやく謁見に臨めた。
 久しぶりに起きがった王子は、虚な意識で、ただ跪いたセシルを眺めることしかせず言葉がでなくなる。

「ご機嫌麗しゅう、キリヤナギ殿下。私はセシル・ストレリチアと申します。この度は前隊長のクラーク・ミレットの代わりに新たに配属されました。以後お見知り置きを」
「……」

 王子はこちらの目を見るだけで何も答えてくれる気配はない。戸惑う様子も返事をする気配のない王子は、ただ疲れた生気のない目でセシルをみていた。

「殿下。私は敵ではありません。貴方の騎士として守る為に此処へと参りました」
「……」
「どうか私に、その御身を守らせて下さい」

 言い切った言葉にセオは、息を呑む空気だった。これまでずっと「子供」として扱われてきたキリヤナギに対し、セシルは王族として敬愛を持って接してくれている。
 言葉がでず、セオが必死に感情を抑えていると、無視するか思われた王子が首を振ってようやく口を開いた。

「どこにも行かない……」

 その言葉を聞いた時、セシルは直ぐに返事を返せなかった。【読心】を使っていたセスナは、礼だけをして部屋を出てゆき、どれほどの辛さを抱えてきたのだろうと王子の心を思う。
 セシルはキリヤナギの手を取り、困ったように口を開いた。

「お気遣いされず、我々は貴方の従者です。どうかその意志をお伝えください」

 キリヤナギは言葉の意味を考えているようだった。1分ほど待った時、まるで時が動くように声が発される。

「放っておいて……」

 セシルは何も言わず一礼し、その日は謁見を終えた。セオには必要な時しか来ないと話し、抜け出しても大事にはしなくていいと伝えた。
 責任は全てとるので、王子本意の改善する環境を作って欲しいと話すと、セオとグランジは泣きながら「ありがとう」とだけ言ってくれた。
 これまで信頼の改善にと定期的に挨拶にきていたミレットだが、セシルになった事でそれがなくなり、セオとグランジと共に療養する生活へと以降する。
 すでに起き上がれるようになったキリヤナギだが、代わりにずっと堪えていた感情が込み上げ、ボロボロと涙を溢す日々が続いた。

グランジやジンに会えなくて寂しかった。
皆、居るだけで嫌な顔をする。
一人で外に出たいだけだった。
守ると言うのに皆は嫌う。
やりたくないと、守る価値はないと、
お金を稼ぐ道具にされていた。
それでもいいとすら思った。
味方が誰かわからない。
王子の資格がないのに、なぜ守られているのか分からない。
何のためにいるのか。
居ない方がいい。

 キリヤナギは、誰も想像ができないほどに傷つき、その全てを堪えていた。6年間、それは全て蓄積され、はち切れただけだったのだ。
 「王の力」があるのに、なぜ気づかなかったと思った時、ミレットの親衛隊には【読心】の騎士は何度も除隊している事実を知る。
 後に聞いた話でそれはジンが原因であると分かり何も言えなくなってしまった。
 セオは存在意義を見失った王子へ、ただ慰めの言葉しかかけることが出来ず、キリヤナギに守られていると伝え、居なくなればゆく場所はないと、説得するように日々を過ごした。
 そして、調子の良い日に三人で集まったとき、王子は久しぶりに笑ってくれた。そうやってグランジとセオで、僅かに出かけられるようになりはじめたころ、収まっていた抜け出しが再び起こるようになる。
 セオはセシルに何を言われるかと不安だったが、セシルは王子の調子が戻った事をただ喜んでくれた。
 そして大事にせずにいると、彼は夕食までには部屋に戻り、夜には普段通りに過ごしていて、セオは救われた想いにもなる。

 一度成功したことでその頻度は増して、ひどい時は毎日出かけていたのに、バレても以前のように警備が厳重になることもなく。
 むしろ何故かベランダの周辺は立ち入り禁止になっていることに気づいて驚いた。
 不思議におもっていると、休日だった騎士に見つかり、キリヤナギはどうなるのだろうと怯えながら待っていたが、迎えにきたセシルは「無事でよかった」と安堵だけしてくれた。
 その時は久しぶりに軟禁されたが、本当に自由にしていたのもあり、反省して大人しくしていたのに、セシルが間に入ったことでそれが無くなって更に驚く。
 そんな自由な毎日を繰り返しているうちに、バレた時のセシルへ罪悪感が湧いてきていた。見つかるたび、彼は心配していた態度をみせ、笑って迎えにきてくれる。
 「またか」とか「いい加減にしてほしい」という諌める言葉ではなく、「心配していた」と「無事でよかった」と言う身を案じる言葉は「仕事」と言う概念を超えたもので戸惑い、キリヤナギはようやくセシルに興味が湧いた。
 そして、「ほっといてほしい」と言ったキリヤナギに、セシルは確かに干渉せず、ただ「助けてくれる」だけの騎士だと気付く。
 「自分は味方」と言ったセシルの言葉は「国」の味方ではなく、それはたしかに「キリヤナギ」の味方だったのだ。
 これに気づいたとき、キリヤナギはお礼を言いたいと、大学に復帰する前、彼を招いた。
 セシルは光栄だとしながら、自然体がいいと言ってくれて、その日やった事は出来るだけセオに聞いてもらうようにアドバイスをくれた。
 そんな元気を取り戻してきた王子にセシルは、信頼を得たことで自身が気遣われていることに複雑な感情を得ていた。
 毎日行われた抜け出しは減り、ようやく出かける時に声をかけてくれるようになったが、それはあくまで「セシル」への気遣いで、キリヤナギが「騎士」を信頼したわけではない。
 人が変われば意味はないと憂うが、代わりにセシルだけでなく親衛隊の皆にも心を許しつつあるキリヤナギへ安心もしていた。
 セシルは自分が連れてきた彼らに、自然体でいるように伝えていた。ジンとの関係が「友達」でうまくいっている事から、その態度は敬いながらも同僚であればいいと話す。
 セスナ、ヒナギク、ラグドールの三人は「難しい」と言っていたが、思っていたのとは違う王子の穏やかさに納得していたようだった。
 息が合わない8名は、皆が揃うと常にバラバラだが、自然体であるが故に、キリヤナギも彼らが「仕事」をすることに抵抗がなくなってゆく。
 初めて彼らと出かけた時、何か言われるだろうかと不安だったキリヤナギだが、ヒナギクが突然「喉が渇いた」と言い出し、キリヤナギの分も飲料を買ってきたり、ラグドールが公園に新しくできたアスレチックに目を輝かせながら、一緒に行こうと誘ってくれて、夕方まで遊んだ。
 遅くなってセシルに迎えにきてもらうと、助手席にセスナが乗っていてセシルの運転がいかに上手いか語られたあと、セオから預かった買い物リストが渡され、自動車は四人乗りだと言われてセスナは置いて帰られてしまった。
 不安になっていたらご機嫌なセスナが再びセシルと現れ、セシルが買い物した後に迎えにきてくれたと自慢してくれた。
 以前とは違う賑やかさと空気に何故か安心して、またセスナに似合いそうな女性ものの服を探すヒナギクとラグドールに自然と笑いが込み上げてくる。

「間も無く休学期間が終わるのですが復帰できそうです?」

 セオの徐な言葉にキリヤナギは不安になっていたことを思い出した。病気で休むことになり、一回生の前期は通えないとし休学の手続きをしていたのだ。
 キリヤナギはもう起きて動けるまで回復していて、出かけたい気持ちにもなっている為に、復学なら願ってもないことだとは思う。

「たぶん、大丈夫。留年しないか不安だけど……」
「最悪単位は足りなくても、授業後期の単位をちゃんととれれば仮進級はできますから」

 少しだけ安心した。
 もし留年しても学び直せるならいいと前向きになり、キリヤナギは秋から学院へ復帰する。
 ククリールと再会して、話しかけてくれる彼女の言葉を素直に受け取っていたら、いつの間にかその言葉に悪意は感じなくなっていた。
 そして時期は冬を越え、年が明けて春になってゆく。20歳になる前に、皆はその日を迎えられた事にとても喜んでくれた。
 父は、一年前に殴ったことへ頭を下げて謝ってくれた。騎士達に裏切られて来たことを知った王は、キリヤナギへの評価を改め大人として扱うと言う。
 不器用な自分を認め、不甲斐なくて悪かったと、父として何ができるかと考えていただけだっと告げられた。
 キリヤナギは約束をやぶり、ずっと自分が悪いと思っていたために衝撃で、どう返事をすればいいな分からなかったが、父には辛くあって欲しくない思いが先立ち、「大丈夫です」としか答えることができなかった。
 頼み事があれば聞くともいわれ「母さんと喧嘩ないで」と返すと、付き添っていた周りの使用人とセシルが思わず吹き出していた。
 そんな長かった親子の関係が修復をはじめ、初めて友人と旅行へ行ったキリヤナギは、無事帰宅して2回生の夏休み後半へと入ってゆく。
 自室でセオが珍しい服を持ってきて着替えると、桜と柳の柄が入った浴衣だった。

「涼しいー」
「桜はやはり少し女性向きでしたね。すみません」
「ううん。綺麗だから好きだよ」
「よかったです。一応皆で行きますが逸れないように気をつけてください」
「大丈夫。デバイスあるし」

 いつも遊びに行く公園で、今日は夏祭りがある。去年までは行けなかった盆踊りとか、出店なども出ているらしく、キリヤナギはとても楽しみにしていた。
 リビングには騎士隊の皆も浴衣で揃っていて新鮮に感じる。

「ちょっと待って下さい!! なんで僕こんな花柄なんですか!!」
「セスナちゃん、かわいいですよ」
「お兄様、似合ってるー!」
「セスナさん、マジで着たんですか……」
「ジンさん! 誤解しないでください! 更衣室はいって服を脱いだら、脱いだ服を抜かれて出られなくなって……」
「めちゃくちゃ嵌められてるじゃないですか」
「ははは、かわいいね」
「隊長までーー! 僕は男ですーー!!」
「……」

 グランジは相変わらず無口だが、出てきたキリヤナギに一番最初に気づいてくれた。女性ものの浴衣を着るセスナは男性なのに華奢で、ヒナギクにリボンをつけられている。

「セスナ、僕も花柄だよ」
「殿下のはなんでちゃんとメンズなんですかー!」
「殿下にそう言う趣味はないので……」
「ねぇねぇ、写真撮っていい? ククとかに見せたい」
「いいですよー」
「わかりました。少々おまちを」
「女性は大変だなぁ、プリムもそうだったけど」

 頭に花飾りをつけるラグドールは第一印象で可愛らしく、ヒナギクは長い髪をアップにしてこちらも大人びた印象だった。
 男性の彼らもとても個性豊かでとても面白い。ミラーを見て整えた二人に、セオはキリヤナギのデバイスへ時間撮影機能を設定し、皆で数枚撮影する。
 早速学院の四人へ送ると、ヴァルサスから、ラグドールとヒナギクの感想が長文で送られてきて、ククリールとアレックスが引いていた。
 ククリールには友達をやめると言われていて不安になるが、アレックスが治めて平和に済む。
 数年ぶりにきた夏祭りはとても賑やかだった。皆が楽しそうに踊り、屋台で遊んだり、焼きそばやリンゴ飴などを楽しんでいる。
 キリヤナギは先に行ったヒナギクに、最近流行のキャラクターお面を渡されて人だかりへ紛れ込んだ。
 数年ぶりに食べるリンゴ飴は、大きくて以前は食べきれなかったが、大人になって全然きにならなくて美味しい。
 ジンの射的を見たり、リュウドの金魚掬いをみていたら、花火も上がり始めた。
マグノリアではちゃんと見れなかったそれに、思わず感動しながらも耳を塞いでしまう。

「怖いです?」
「ううん、楽しい……」
「よかった」

 デバイスを見ればヴァルサスからこっちに合流すると言う個人メッセージが届いていた。突然で戸惑うが一緒に回れるなら楽しそうだと思う。

 もうすぐ夏も終わり、新しい季節がくる。秋からも楽しめればいいと、キリヤナギはリンゴ飴に舌鼓をうつ。

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