第十六話:タチバナ軍

 夏の日差しが落ち着き、秋の気候が見えてくる頃、キリヤナギは長期休校を終えて約1ヶ月半ぶりに学院へと登校した。
 久しぶり学院は長袖をきた生徒達に溢れ、皆友人達と共に正門をくぐってゆく。
 キリヤナギもまた護衛のジンと共に登校するが、付き合いは長くとも学友ではない為に、そこに周りの生徒のような会話はない。
 少し羨ましさを感じながらも、キリヤナギは、学院へ常駐している騎士へ挨拶をするジンと別れ、学院の本館へと向かった。
 少しだけ気になって、本館を迂回して花壇をみにゆく。そこには、業者が植えてくれたのか赤い花が綺麗に咲いていて、何故か朝からとても嬉しくなった。

 学院は今日から時間割変更だ。
 キリヤナギは前期に一回生の時に取れなかった授業も履修していて、空き時間は週の初めに絞られてはいたが、後期からは2回生の授業のみなり、それなりに余裕がある。
 ククリールと話せる時間が増えるだろうと、期待を寄せながら後期を迎えていた。
 初回の授業の大半は、講義の方向性の説明だが、時々測定テストとか何故か自己紹介をさせられる授業もあって緊張する。
 歴史学の反省もふまえて一応一通り予習をしてきたが、開始して始めに配られたレジェメに驚いた。
 「体育大会」と書かれているそれは、教授が主催で参加者を募集しているらしく、生徒の皆も困惑しながら、静聴することになる。

「なんだったんだ……」

 午前の授業を終えたキリヤナギは、席は遠くあれど、受講していたヴァルサスとククリールと合流し、2限を終えてテラスへとやってきていた。
 アレックスも先に来ていて、旅行以来の数週間ぶりの4人は再会する。ヴァルサスは一限目の講義が、科目とは全く関係の無い「体育大会」の説明であった事にもはや何もいえずに出た言葉だった。

「僕は教授の学生時代のエピソード聞けて面白かった」
「王子ぐらいだろ、そんな感想……」
「体育大会は、毎年行われている伝統行事だからな」
「伝統行事?」
「知らないのか」
「そいや、去年もあったなぁ。勧誘がウザくて無視してたけど」
「年々参加者が減って開催も危うい。去年はついに定員割れを起こって規模が縮小されたほどだ。教授も必死なんだろう」
「そんなのもう無くしちゃえばいいのに」
「体育大会学生演習は、かつてこの学院が騎士学校とされていた時からの名残でもある、分割されたとはいえ、当時は将来有望な若者が居ると誇示でき、3000人以上の規模で行われていたらしいが……」
「なんで騎士学校でやらないんだよ」
「戦時中の貴族には、政治力だけでなく騎士団を率いる為の指揮官としての役割も求められていたそうだ。この演習で成果をだせば後のキャリアにもいい影響があったという」
「今は?」
「ただの伝統行事だな」
「誰が出るのよ、そんなの」

 皆はそう言うが、キリヤナギは少しだけ興味があった。ルールは300人で100人ずつ3チームに分かれ、フィールドに設置された五本のフラッグを奪い合う。生徒は鉢巻をつけて 取られれば脱落し、最終的にフラッグの本数と鉢巻の点数で勝敗が決まり、優勝チームは今期の授業単位が確定とされていた。

「優勝じゃなくて参加だけで単位がとれるなら出たんだがなー」
「そう言う奴はそもそもでないぞ?」
「そうなんだ? でもこれ楽しそう」
「……言うと思った」
「王子はでるのか?」
「まだ決めてないけど、これ生徒会も主催って書いてるから、今日の会議で聞いてみようと思って」
「ふむ、王子がでるのなら私も考えよう」
「貴方も律儀ね、アレックス」
「一応去年も参加しているからな」

 ヴァルサスもククリールも感心していた。熱心にチラシを読んでいたら、ククリールがじっとこちらを見ていて目があう。
 観察するようなその視線に首を傾げていると彼女は「ふーん」と何かに納得した声を出した。

「ま、適当に頑張りなさい」
「うん! やってみる!」
「良いのか……?」

 そんなお昼を終え、皆三限の授業へ解散してゆき、キリヤナギはその日の放課後、
会議があると言う生徒会室へと向かう。
 その道中で書類を抱えた書記の女性生徒と鉢合わせし、キリヤナギは彼女と荷物を分け合いながら生徒会室へと向かった。

「ありがとうございます。あの。殿下? でいいのでしょうか?」

 ユキ・シラユキと言う彼女は、照れながらも聞いてくれて、キリヤナギは戸惑ってしまう。なんでもいいと思うが「殿下」は王宮での呼ばれ方で混乱してしまう為、合わせてもらえるなら嬉しいと思った。

「呼びやすい呼び方で大丈夫。一応みんなから『王子』って」
「じゃあ、『王子』で……」

 目は合わせてくれなかったが、話しかけてもらえたことはとても嬉しかった。2人で会議の準備をしていると、入り口から授業を終えたシルフィがはいってくる。
 彼女は久しぶりにみるキリヤナギへ笑顔で応じてくれた
 今月の生徒会の議題は、当然のように参加者が年々減っている体育大会で、毎年「王の力」を所持した生徒のいるチームへ参加者が殺到し、均等なチーム戦を行う事が難しくなっているという話だった。

「人数は均等に割り振らなければそもそも演習として成り立ちませんから、所属チームの要望は聞けず、決まってから辞退する生徒も後が立ちません」
「『王の力』を持っている人を各チームに均等に割り振るのは?」
「それも去年考案されていたのですが、全員が全員戦える力であるとは限らないので、どうしても不公平になると、また去年の能力者は5名しかおらず、2人づつと一人で割り振られましたが、結局【未来視】と【認識阻害】をもつチームが圧倒的で、とても止めることはできなかったとか」

 キリヤナギはシルフィの隣で黙って話を聞いていた。人が遠のいてしまった原因に誰も意見が出せずにいるが、キリヤナギは、1人首を傾げる。
 「王の力」に蹂躙されているのなら、対極になる「それ」をぶつければいいと思うからだ。

「『タチバナ』は?」

 全員が一斉にこちらを見て、キリヤナギは驚いた。そして口に出してから「それ」は自分自身の否定につながると気づいて、言葉に詰まる。
 「王の力」を総括している王族のキリヤナギが、「タチバナ」という反逆の力を提案したからだ。

「王子……」
「え、ダメなの、かな?」
「……いえ、私達にとっては『タチバナ』はタブーともされていましたから、驚かせてすみません」
「そ、そうなんだ。僕、普通に習ってるから知らなくて」

 更にざわついて少し怖くなった。しかし、冷静になれば当然の反応でもあって、パニックになってしまう。

「えっと、別に疑ってるとかじゃなくて、付き合いの長い騎士が『タチバナ』だから……」
「ふふ、大丈夫ですよ。『タチバナ』は、オウカ家の名門騎士ですから当然です」
「シルフィ……僕も、まだ真似事だからそんなだけどね」
「もし王子が『タチバナ』を率い「王の力」を持つ我々の『刺客』として動いて頂けるなら、この『体育大会』にとって新しい風になれるかもしれませんね」
「いいのですか? 会長」
「このまま開催したとしても、おそらくチーム分けの時点で辞退者でるだけでしょう。それなら、やってみる価値はあると思います」

 シルフィの言葉に誰も意を返さなかった。彼女は横へ座るキリヤナギをもう一度みる。

「王子」
「はいっ」
「『タチバナ』軍を集めることはできますか?」

 キリヤナギは返答に渋ってしまった。机の上のチラシには100人と書かれていて、そんなに人はくるのだろうかと不安はある。しかし、何もせず中止になるなら試して中止になる方が潔いとも思えた。

「100人も集まるかは分からないけど、やってみる」
「『タチバナ』は家系ではないのですか?」
「家の名前でもあるんだけど、流派でもあるんだ。だから教えることもできる。受け入れてもらえるかは分からないけど……」
「これは、王子にしか出来ないことです。今まで私達が踏み入れなかった場所へ、王族の貴方が行くことはとても大きな意味になる。なんでも協力致しますから、頑張りましょう」
「ありがとう。シルフィ」

 キリヤナギはその日「タチバナ」の概要について生徒会の皆へと説明することにした。「王の力」となる七つの異能に対して、絶対的な優位を誇る「タチバナ」ではあるが、反対に「異能のない人」には意味がないと話すと皆は意表をつかれたように驚いて聞き入ってくれる。
 そこから三つのチームのうち、一つは「王の力」を持つチームとして、もう一つは「タチバナのチーム」、最後は「何も持たないチーム」の三すくみで開催する方向性が固められた。
 キリヤナギは『タチバナ軍』を率いることになったが、三つ目のチームに魅力がなくキリヤナギは不安な気持ちに駆られる。

「集まるかなぁ」
「あとは天命に任せましょう。丁寧に説明すれば、きっと大丈夫ですよ」
「シルフィ、ありがとう。やってみる」

 議題はまとまった為、生徒会はその日はもう解散した。キリヤナギは相変わらず王宮へ帰りたい気持ちになれず、一人でテラスに残り募集チラシのデザインを考えることにする。
 しかし、キリヤナギが考えたものはどれも綺麗には見えず「タチバナ」の説明だけで文字ばかりになり、チラシと言うよりもらただの説明書で、顔を顰める。
 「うーん」と考えつつ色々書いていると、テラスの入り口に1人の騎士が隠れるようにこちらを見ているのに気づいた。目があって戸惑うその表情に、キリヤナギもどう反応していいか分からず困惑してしまう。

「ご、ご機嫌よう」
「え、こんにちは」

 騎士は隠れたまま挨拶だけしてくれた。陰から出てくる様子もなく、距離を保ったまま続ける。

「……王宮にもどられないのですか?」

 まるで当然の言葉に、キリヤナギは返事ができなかった。時間としては既に授業は全て終わり、残っているのはサークル活動をする学生のみで、間も無く日も暮れる。
 キリヤナギは1人でテラスにいて、教科書を広げずただノートに何かを書いているだけなら、確かに騎士は声もかけたくなるだろう。
 しかし当然、本心は「帰りたくない」ではあるのだが、声をかけてくれた騎士の彼は若く、まるでこちらを恐れるように遠慮がちで悪い気は感じなかった。

「帰った方がいい?」
「え、いえ、いつも最後までおられるので、つい不思議で……気にされないでください」
「ずっとみてたんだ」
「え”、す、すみません。陰ながら、護衛できればと……」

 しどろもどろしてる彼は、何か装う気もなさそうで少しだけ安心した。こんな時『大人』の騎士は、はぐらかそうと「たまたま立ち寄った」とか「休憩時間だった」と言うが、そんな事あり得ない場所で何度も鉢合わせしてきたからだ。
 探しに来て監視したいならそう言えばいいのに「嘘」をつかれれば、何を信じればいいかわからなくなる。

「ありがとう……。僕、帰らないと騎士さんが怒られたりする?」
「え、多分それはないと思います。でも、殿下に何かあれば怒られるかも知れません」
「……そっか。じゃあ何かないように一緒に帰ってくれる?」
「は、はい! ご一緒します!」

 その日キリヤナギは、いつもより少しだけ早い時間に王宮へと帰宅した。

 ジンとグランジが迎えに行く前に帰ってきて3人は驚いたが、若い新人の騎士に送ってもらえたと聞いて安心する。

「名前聞き忘れちゃった……」
「また伺っておきましょう、学院ならミレット隊の方でしょうが……」
「殿下、珍しいすね。いつも嫌がるのに」
「なんか、気にしてくれてたし……? 心配してくれてたから」

 早めに帰って時間ができ、キリヤナギはリビングで少しだけ時間を潰す。セオのお弁当を洗う音を聞きながら、キリヤナギは向かいのジンへ口を開いた。

「ジンって『タチバナ』を、誰かに教えたりできる?」
「え? 一応? じぃちゃんにはいいって言われてるけど……」

 キリヤナギはポケットのチラシを広げ、今日の生徒会での事を話した。2人は驚いてしばらく固まっていたが、ほどなくして感心した表情にもなる。
 「王の力」を否定するその力を、その筆頭たるキリヤナギが率いようとしているからだ。
 
「俺はいいけど、いいの? セオ」
「前例無いけどいいんじゃない? 歴史的な偏見凄いから生徒が巻き込まれないか心配だけど」
「やっぱりリスクはあるかな?」
「真似事なら別に、って感じのとこありますけどね。ある程度ちゃんとやらないと押し切られることもあるし……ピンポイントで対面できるならいいんですけど、そんな事ないと思うんで」

 まず『タチバナ』は「相手が7つの異能の中でどの力を持っているか」と言う分析から入るのが必須とされる。つまりどれを持っているか正確に把握できなければ、適切な対応ができないからだ。

「難しいのは【読心】、【服従】、【身体強化】です。【読心】は対面から想定ではもう遅いし、【身体強化】は耐えるか、きついなら身を隠すのが賢明だし?」
「【服従】は?」
「ちょっとでも怖がってくれたらいいんですけど……」

 「うーん」と本職の彼が言うのは、やはり難しい事なのだと再確認する。そもそも能力者が何人参加するのか実際に戦って見なければわからない。
 キリヤナギは生徒会側で参加生徒の「王の力」の有無も確認はできるが、隠し持つことも不可能ではないからだ。

「体育大会で思い出したのですが、今年も助っ人要請きますかね」
「助っ人?」
「生徒の皆さんがヒートアップしすぎないように、毎年の親衛隊から監視員として数名派遣しているのです。端的に言えばボーナスキャラですね。鉢巻が高得点で、騎士は鉢巻を取らないのでノーリスク」
「へぇー」
「この部署って、他に比べて非番なタイミングが多いので、こう言う仕事が結構くるんですよ。去年は、ヒナギクさんとグランジとリュウド君が参加して、誰も挑みに来なくて暇だったそうですが……」
「こ、こわい……」
「ですよね」

 リュウドはまだしもヒナギクとグランジは、騎士独特のオーラがある為に戦いに行くのには勇気がいる。特にヒナギクは、マグノリアでの浴場の経験上、何が起こるかわからない恐怖がキリヤナギにはあった。

「リュウド君に至っては、歩いてたらいじめの現場に遭遇して、生徒を守って退場になっていたので、今年から出禁になってしまいました」
「なんか、想像しやすい……」

 悪いことはしていない為、リュウドなら後悔していないのだろうと思う。3人が既に出ているなら、残りはセシル、セスナ、セオ、ラグドール、ジンとなるが、セオとラグドールが戦闘向きではないと思うと、セシル、セスナ、ジンになる。
 ピンポイントで【服従】、【読心】、「タチバナ」の3人で、今年はボーナスキャラとしては強すぎるのではと言う気持ちにもなってきた。

「セスナなら勝てるかな……」
「殿下。彼らは精鋭ですから、舐めてかかるのはよくないですよ」

 セオの言う通りで、彼らは普段から有事に備えて体を鍛える戦闘のプロだ。
 特にジンは、キリヤナギを含めた王族へその強さを示す騎士個人戦において二連覇をしており、とても敵うとは思えない。

「……勝てる気しない」
「勝たなくていいんじゃないっけ?」
「そうですね。騎士が鉢巻を持ち続ける意味はないので、頑張ったならくれるとおもいますよ」
「へぇー、でも僕がもらったら、頑張っても疑われそう」
「毎年【千里眼】持ちの運営部がみていますから、ご心配なさらず」

 便利なものだと感心してしまった。
 ジンが教えてもいいと言ってくれるなら、あとは仲間と場所を確保しなければならないと思い、キリヤナギは早速シルフィと相談して参加者を募る活動から始めることにした。
 お弁当を食べながら熱心にチラシのデザインを考える王子に、集まった3人も興味深く眺めている。

「王子って、いつも思うけどそう言うところ真面目だよな……」
「何が?」
「文字ばっかりじゃない。こんなの読む気むせるわ」
「クク、やっぱりそうだよね。どうしようかな……」
「両面で刷ればいいんじゃないか? 裏に説明を書けばいい」
「そんなのできるんだ!」
「広告ならもっとでかい文字でドーンと書けばいいんじゃね?」
「ど、どーん?」

 抽象的すぎて全く分からない。
 鉛筆で書いても線が細くて迫力もでず、教授から配られたものよりも何倍にも地味だからだ。アレックスはチラシとして書かれたその紙に顔を顰めながら目を通してくれる。

「情報がおおいな。もう少し絞った方がいいと思うが」
「うーん……」

 どうしようと時間ばかりが過ぎてゆく。
 シルフィと話すと、無理に用意する必要もなく口で話せばいいとも言ってくれているが、「タチバナ」の在り方が特殊でもあって難しい。
 どんな謳い文句があるだろうと考えていると、ふと入り口に人の気配を感じ振り返った。そこには見覚えのある二人組がいて、数ヶ月ぶりの再会に懐かしくなる。

「王子ー! 久しぶりー!」
「誰だお前ら?」
「確か、新聞部の……」
「居たわね。そんな人達……」
「覚えててくれてるの王子だけじゃーん! 体育大会主催するんだろ?」
「うん、一応生徒会で……」
「人居ないってきいたぜ、ついに俺らの出番かなっておもって」
「ほぅ、なるほど」

 アレックスが感心していて、キリヤナギもようやく気づいた。学院の新聞を書く彼らは、広告においては得意分野だからだ。

「学院の新聞で全力でプッシュするぜ! 王子が大将やるのか?」
「えっ、そうなのかな? でも手伝ってくれるなら助かるかも」
「だろだろ、任せろ」
「え! タチバナ軍ってまじ? すげぇ」

 アレックスが既にキリヤナギの書いた紙を渡していた。読まれると少し恥ずかしいが、学内の新聞と言う一つのメディアに書いてもらえるなら、それは十分な影響力はあるだろう。

「貴様ら意外と筋は通すんだな。感心したぞ」
「当たり前じゃん。俺らなんだかんだで王子に命救われてるし?」
「オリバーもうちの部員になったんだ。また見にきてくれよ」
「そうだったんだ。みんな元気そうでよかった」
「あら、王子的には体育大会に参加して下さる方が嬉しいのではなくて?」
「え”っ、それは……」
「俺ら、喧嘩は苦手で……」
「気にしないで、僕はこう言うの好きなだけだし、手伝ってくれるだけで嬉しいから……」
「王子ー!」

 ククリールは何故か蔑むような目で二人を睨んでいて、キリヤナギも返す言葉に困った。参加者の募集は新聞部が引き受けてくれる事となり、キリヤナギは次の日から、再びシルフィと共に参加者を募る活動を始める。
 毎年使われている体育大会の参加者募集の「のぼり」を掲げ、参加表明の書類を配っていると、突然脇に置かれている箱からごっそり用紙を持ってゆく生徒がいて驚いた。
 シルフィが笑顔で見送っていたが、別の場所で配ってくれるのだろうと自分へ言い聞かせておく。
 日付が変わり募集が開始されると、生徒会室には続々と参加者の書類が集まってきていた。
 まだ100枚にも届かないそれは大半が「王の力」を所持するチームへの希望者だが、1割程に「タチバナ」のチームへと希望が書かれていて嬉しくなる。このまま300人集まればいいなぁと期待していると、次の日に週一回の学内新聞が出回り、一気に提出書類が増えた。
 「王子」が「王の力」へ反逆。「タチバナ」で立ち向かう猛者は集え。と書かれていて誤解を招かないか不安に駆られたが、アレックスにはそう言うものだと何故か納得されて震えた。

「めちゃくちゃ面白そうじゃん」
「ご、誤解……」
「どこが間違ってるかわかんないんだけど……」

 そもそも反逆ではなく「タチバナ」は昔からそういうもので、王族にとって信頼が厚く、むしろあり得ないことでもあって言葉が違うと思ってしまう。
 矛盾にうなだれているキリヤナギを、アレックスが宥め、ヴァルサスは王子のメディアへの耐性の無さに呆れていた。

「そんでこれって王子に出せばいいのか?」
「え? いいの?」

 ヴァルサスから渡された参加用紙にキリヤナギは心が躍る気分だった。アレックスの参加は聞いていたが、元々消極的だったヴァルサスから参加したいと言われるとは思わなかったから、

「楽しそうだし? 「タチバナ」教えてくれるんだろ?」
「うん。でも同じチームになれるかわかんないけど、許してね」
「しょうがねぇなぁ、そうなったら手加減しねぇぞ」
「ありがとう! 僕も頑張る」
 
 ヴァルサスの参加表明を受けた後も、どんどん書類が集まり、締め切り間際には300人を超える枚数が集まって驚いた。
 シルフィや生徒会の皆と整理を行い、一度書かれた全員に希望チーム参加へ抽選となる事と、移ってもいいチームと参加できないなら辞退するのかと言うアンケートをメールで出しながら分ける。
 一人一人の希望を聞きながら丁寧に対応していたら、どうにか300人の整頓ができて、終わる頃には生徒会の皆でげっそりしていた。

「お疲れ様です。王子」
「シルフィもお疲れ様。沢山ありがとう」
「それはこちらのセリフです。盛り上がりそうなのは王子のおかげですから、ありがとうございます」

 渡された飲み物は温かくて安心する。開催も危うかった体育大会が、こうして定員が溢れるのは想定外で十分なやりがいを感じているからだ。

「シルフィ、この学院って体育館とか使っても大丈夫なのかな?」
「体育館ですか? あらかじめ申請すれば使えるとは思いますが……」
「チームのリーダーを決めるのに使いたくて」
「なるほど、それでしたら私も一緒に使わせて頂きたいので、明後日の放課後に使えるようにしましょうか」
「本当に! ありがとう。じゃあお願いしていいかな?」
「えぇ、是非よろしくお願いします」
「もう一つとチームの人にも声をかけた方がいい?」
「それでしたら、既に名乗り出た方がおられて、こちらでやるので気にせずとも良いと先日連絡が」
「そうなんだ……?」
「ええ、少し不安だったのでメンバーの方にも確認をしたのですが、問題はなかったのでお任せすることにしました」

 三つ目の「無能力」チームは、確かに生徒会の外で動きがありキリヤナギを含めた皆も驚いていたが、これから本格的に準備へ入る生徒会にとっては、とてもありがたいことでもあった。
 リーダーの名前はルーカス・ダリア。既に連絡先まで記載されていて、生徒会では決定事項となっている。

「貴族ではなく一般の方ではありますが、大変丁寧な方だったのでお任せしました。また王子の元にも挨拶へ行くともお話していましたから、お会いできるといいですね」

 シルフィの言葉はどれも安心するものばかりだが、甘えていいものだろうかと、キリヤナギは複雑な心境も得ていた。
 作業もひと通り終えて、シルフィと移動する為に立ち上がると、生徒会室にの外からこっそりこちらを覗く騎士がいる。忙しくて忘れていたが、以前テラスで覗いていた新人の騎士で、思わずシルフィと固まった。

「あ、あの何か?」
「え、いえ、お気になさらず! お忙しそうだったので……」

 扉の向こう側に隠れてしまったが立ち去る気はないようで、キリヤナギも流石にどうしようと悩んでしまう。ここ数日は、門限ギリギリまで学院にいて、ジンとグランジに迎えにくるタイミングで帰宅していた。
 2人はキリヤナギの「帰りたくない」事情に合わせ、夕食に間に合う時間にきてくれるが、新人の彼は、きっとまた「たまたま」見つけてしまったのだと思う。
 そう信頼できるのも、ここ数日はキリヤナギがテラスにいる時間はそこまでなく、書類整理や大会の機材確保のために職員室や生徒会室、会議室なども往復して入り浸るという状況もなかったからだ。
 ずっと監視しているのなら毎日会ってもおかしくないのに、数日ぶりに出会ったのを見れば、疑うのも野暮だと思う。

「僕、これからシルフィと鉢巻縫うんだけど……」
「そ、そうなんですね。あの、よかったらご一緒していいですか? 手伝いますよ!」
「お仕事は大丈夫なのですか?」
「え、はい! 多分、大丈夫です」

 不安になるが、本人がいいなら良いのだろうか。
 毎年使われている鉢巻は、何年も使いまわされていて、泥だらけのものもあれば、ほつれておるもの、破れてしまったものまである。それらを間引き、置かれている布を裁断しながら縫う作業は、縫い物が好きなシルフィが1人で2年間やっていた。
 キリヤナギも気にしなくて良いと言われたが、主催で執行部だと思えばやらないのは申し訳なくて、二人で作業を始める。

 新人騎士の彼は、手先が不器用なのか、裁断も縫うこともうまくできず、結局護衛として座ってもらうことにした。

「す、すみません」
「大丈夫。気持ちだけで嬉しいから……」
「こんなにも器用な方なのは驚きました。ハイドランジア嬢も」
「ふふ、恐れ入ります。ヒイラギ王妃の趣味ですからね」
「うん、ボタンぐらいは自分でつけれれば良いってとこから始まって、母さんが色々作ってるのみてたかな……」

 黙々と作業ができるのは、引きこもっていた時期にはとてもありがたかった。趣味とは違うが、出来ることは多いに越したことはないと実感する。
 作業していたら、あっという間に時間は過ぎて、今日はジンが迎えにきてくれた。現れた「タチバナ」に、新人は絶句して去ろうとするが、どちらにせよ学院が閉まる為、今日は3人で帰宅する。

「また、名前聞き忘れた……」
「伺った特徴から、調べておきました。この方ですか?」

 それは新人の彼の顔写真とシズル・シラユキと書かれた履歴書のボードだった。シラユキと言う名前に驚き、さらに注釈には祖父の世代から騎士を務め、長くオウカ町に住んでいると書かれている。
 この場合、ヴァルサスと同じ「騎士貴族」にあたるのだろう。

「ジンやグランジもそうだけど、親子で騎士してる人、結構いる?」
「身元が信頼できますからね。王宮に仕える宮廷騎士は、地元騎士とは違い家柄や信頼性を重視して採用されますから、必然的にそうなります」
「へぇー」
「シラユキ卿は祖父の世代から勤めて頂いているので、陛下が子供の頃からの騎士といえるでしょう」

 この国の「騎士」には、二つの区分が存在する。一つはその土地の領主へ仕えて治安を守る「地元騎士」、もう一つは、王宮に仕えサー・マントを下ろす位の高い「宮廷騎士」がいる。
 「宮廷騎士」は王宮に支えている為、「地元騎士」に比べれば規模は小さいが、位が高く「騎士貴族」としての称号を授与される。
 また騎士学校も「地元騎士」は、6年制で18歳で卒業するのに対し「宮廷騎士」は、更に2年通い20歳で卒業となる。
 そんなシズルは、今年騎士学校を卒業と書かれていて彼はキリヤナギと同い年だとわかり親近感も湧いてくる。確かにリュウドと雰囲気が近くて話しやすかったからだ。

「ミレット卿に伺いにいった所、騎士としては粗が目立つので無礼があれば行ってほしいと」
「全然きにならなかったし、むしろ気楽だったかも」
「殿下ならそうだろうと思ってました」

 無礼な態度をとられても特に何も言わないキリヤナギは、子供の頃から騎士や使用人に舐めた態度を取られる事が多く、彼らは「そういうもの」であるとも思っていた。
 しかし、ここ数年はセシルに敬意を払ってもらい、またオウカ王も問題視してくれて、無縁とはなったが少しだけ距離が空いた気持ちにもなって寂しくもなっている。

「嫌な気持ちになったら、すぐ相談して下さいね」
「僕のせいで誰か怒られるのやだな……」
「誰かが怒らないと、ずっと我慢する事になります。『王子』を続ける為に、頑張る所は絞りましょう」

 セオは遠回しに、頑張らなくて良いと言ってくれている。確かにあまり気持ちを人に話したことはない。話しても無駄だと思っていたし、一時期は「王子」に感情など必要ないのだとも思った事すらあるからだ。
 ただ大切にされるだけの存在に、何の意味があるのだろうと思えば、それはただの人形でいい。何も言わず言うことを聞けばいいと割り切ると、気がつけば周りの人々へ何も感じなくなっていた。
 全てがどうでも良くなってずっと寝ていたら、ある日セシルが意志を求めてくれた。
 そして久しぶり叶えられた些細な願いと許された意志に、もう一度前を向きたいと思えたのだ。

 着々と「体育大会」の準備が進められる中で、キリヤナギは数日ぶりにククリールと二人で空き時間を過ごす。裁縫箱を側に鉢巻を縫うキリヤナギを、ククリールはデバイスを片手に観察していた。

「いつも思うけど、誰かに頼まないの?」
「……悪いし?」
「使用人なら仕事じゃない」
「よく言われるけど、嫌な顔されそうだし?」
「どうして?」
「え、やりたくないかなって」
「呆れた、完全に舐められてるじゃない」
「そうかな? でも嫌々やって雑にされる方が、僕は嫌かなって……」

 ククリールから返事が返って来ず、キリヤナギは思わず顔をあげた。彼女は少し驚いた表情をしていて、どう返せばいいかわからなくなる。

「信頼してないのね……」
「そ、そんなつもりは、ないけど……」

 彼女は何も言わず、裁断された布を手に取り針に糸を通して手伝ってくれた。キリヤナギよりも手際が良くて思わずじっと眺めてしまう。

「頼りたいって思わないの?」
「ヴァルとか、先輩なら?」
「使用人」

 話していいものかとキリヤナギは悩んだ。だが他ならぬククリールが聞いてくれたなら答えたいと思ってしまう。

「……全然。何もして欲しくない。構わないでほしいぐらい」
「どうして?」
「……敵に見える」
「騎士は?」
「セシルは信頼してる。親衛隊のみんなも……でも本当はほっといてほしい」
「生きられないじゃない」
「生きなくていいかなって……」
「……贅沢な悩みね」
「うん。だから、誰にも言ってない」
「生きたくないのに、私に告白したの?」
「僕の欠点を言ってくれるククは、誰よりも味方にみえたから、この気持ちが変わるかなっておもったけど、でもそんなの僕の都合だし……」
「……私は、貴方のために生きるみたいな事は多分死んでも言えないわよ」
「うん。だから追いたいんだと思う。僕が何をしても、その時の正直な気持ちを伝えてくれるから、嬉しくて……」
「……そう。そこまで分かってたのね」
「分析できたのは誕生日の後だから……情け無いけど……」

 しばらくの無言にキリヤナギは戸惑っていた。話すべきではなかっただろうかと、少しだけ後悔をしてしまう。

「カレンデュラが王族を嫌いなことも知ってるのね」
「それは……ちょっとだけ? 代わりに守れたらなって思ってたけど、迷惑だったなら意味ないし」

 王子は確かに守ってくれた。あの時の夜会は、今まで参加したどの夜会よりも気分が良く終えられたからだ。
 とても楽しかったのに、ククリールは彼へ酷い言葉を放った。それまでありとあらゆる言葉を受け入れてきた彼へ放ったその言葉は、今を思えば後悔しかないとすら思う。
 それはキリヤナギにとってまず「言葉を信じる」事に、一つのハードルがあるのだ。
 アレックスの言った通り、この王子はその外面からは考えられないほどに聡明で、周りをよく見ている。そしてその相手に合わせた行動を取り、どんな相手にもそれは変わらない。
 騎士や使用人はそれを「都合の良い相手」と捉えた事で、信頼を失ったのだ。逆に敬意を払うセシルには「王子」として、学生に対しては「友達」として全てが違う。表現するなら、それはまさしく『鏡』と言える。

「貴方の意志はどこにあるの?」
「意志? 今はやりたいことできてるし、こうやってククと話せてるから楽しい」
「そ……。よかったわね」
「…………」
「何?」
「なんかいつものククじゃない気がして」
「皮肉言うのも無駄ってわかったし」

 相手を思うが故に、相手にとって苦のない自分を作る王子は、それを否定するククリールへ惹かれた。何を言われても折れなかったのは、それが「本心」ではなく、否定されて嬉しかったのだろうと思う。
 だが「本心」で告白した時、彼は本来の自分でも相応しくないと理解して、別れを告げた。
 ククリールは、そんな事に気づきもしなかったが夜会での彼が本来のキリヤナギなら、悪くはないと思う。

「貴方、もっと堂々としてくれるなら正直私の好みかもね」
「え、ほんと?」
「私、意志の弱い人は嫌いだけど、逆に堂々としてる人は惹かれるから……。王子、別に弱くないみたいだし」
「僕自分の性格よく分かってなかったけど、ククがそう言ってくれるならやってみる」

 素直だ。と思うのはきっと今までククリールが、率直に王子へ感想を伝えてきたからだ。
 本来なら受け入れられない言葉すらも受け入れるのは呆れるが、そこに嘘がないと知れたからこそキリヤナギはククリールを誰よりも信頼し、その言葉に答える。
 ククリールはようやく理解した。これこそが王子の「好き」なのだと、

「貴方、本当に私の事を好きなのか分からなかったけど、やっと大好きってわかったわ……」
「え、ずっと伝えてるのに……」
「そういえば、そうだったわね……」

 記憶にないと言う態度に、キリヤナギはショックを受けた。固まっている彼へククリールは呆れたように鼻で笑う。

「私自身よりも、貴方の方が私を信頼してくれてたのね」
「それは分からないけど、騎士のみんなはすぐ嘘つくし、ククはそんなことしないから」
「そうね、した覚えもないし」
「セシルになって、それも気遣いだと分かって、気付かないふりをしてたけどもどかしいなって」
「あの前科あるなら当然じゃない」
「……うん、ククが巻き込まれた事件で反省してさ。話してもらう為に、僕も信頼を取り戻さないといけない矛盾に気づいて悩んで、考えないようにしてるけど嘘つかれる度にイライラして辛い」
「……大変ね、生きてればそのうちいい事あるわよ」
「やっぱりククがいつもと違う……」

 気がつけば手元の鉢巻は全て綺麗に縫われていた。それなりに数があったのに、二人でやると早くて驚く。

「まぁいいわ。私が手伝ったんだから体育大会頑張りなさい。生徒会だからって忖度したら承知しないわよ」
「そんなつもりなかったけど、みんな楽しめたらいいなって」
「そうじゃない! 優勝するの。将来この国を引っ張るなら、今から自分は強いって証明して見せなさい。そう言う意味!」
「クク」
「言ったでしょう。私は強い人が好みなの、貴方の王子としての強さを証明してみせて」
「……! わかった!」

 はっきりと返事を返すとククリールは満足気にしていた。ちょうど終業の鐘が鳴って移動しようとした時、テラスの入り口から人の気配がする。

「ククリール嬢。つまりそれは我々にもチャンスはあると言う意味ですね!」

 当然現れた黒服の集団に、キリヤナギが思わずククリールの前に立つ。よく見ると彼女は青い顔をしてしりごみしていた。

「こ、こんにちは?」
「ご機嫌よう、話は聞かせてもらった」
「ルーカス……」

 ククリールから出た言葉にキリヤナギは驚く。以前生徒会の名簿でみた三つ目のチームのリーダーの名前だからだ。
 
「ククリール姫! 私達は王族を嫌う貴方が、苦痛を抱えながら王子といるのが許せない!!」
「えっ……」
「貴方には関係ないでしょう?」
「そう言う訳には行かない。我らククリール嬢ファンクラブ一同! 今期の体育大会にて、姫に付き纏う王子へと戦線布告をさせてもらう!!」

 訳がわからないまま発された叫びに、キリヤナギはどう反応すればいいかわからなくなった。

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