タチバナ家から戻って数日。王宮には再び平和な朝が訪れていた。
キリヤナギは、変わらず王宮で過ごし、城内を自由に歩き回っては、飼われている動物達を見に行ったり、顔を見にきてくれた貴族とお茶を楽しんだりと、残りの長期休講を謳歌する。
しかし、それも限界にきていた。
毎日登校していた日々から一変し、短期間であれど、引きこもって居た頃と似た生活へ戻った事から、「動き足りない」と思えてくる。
以前は、何をしてもとても疲れて億劫で、暇があればずっと寝て居たのに、今はもう眠気すら起こらず、退屈であるとすら思う。公務を減らされているのだろうかと確認しても、そんな事はなく。そもそも夏は、催事をやる事で人々が体調を崩す可能性もある事から、殆どの行事は秋へ移動されていて少ない。
アークヴィーチェ家にも昨日足を運び、毎日行くのも違う気がして、今日は何をしようかと悶々と考える日々を送っていた。
迷った時は体を動かせばいいと、軽く着替えてリビングへ出てゆくと、そこは朝食の準備をするセオと、警備兵として控えるグランジがいてくれる普段通りの場所だった。
「おはようございます。殿下」
「おはよう。ジンは?」
「今日は休日なので、部屋に居ますよ」
リビングにあるジンの個室を見ると、確かに休日の札が掛かっている。住み込みの彼は、リビングに併設された私室があり、そこで生活しているが、騎士がここで生活するのは珍しいとキリヤナギはいつも思っていた。
特殊親衛隊向けの個室は、設備も整って居て、間取りも広く取られ不便はしないが、常時「王子」の側にいる事が息苦しいともよく言われて居たからだ。
フロアの外には衛兵もおり、グランジがくる前は、セオしか住んでいなかったのにジンもグランジも優しいと思う。
「ジン、結局ここに住んでくれてるんだ?」
「結局と言うか、はじめからここに住む気だったみたいですよ」
「騎士棟遠いのに」
「毎日行く必要はない」
宮廷騎士達の本部となる騎士棟は、演習場の向こう側にあり、キリヤナギのフロアからそれなりの距離がある。
朝は朝礼があり、行き来がひどく不便なことから、殆どの騎士達は必要な時のみリビングに現れて待機してくれて居た。
「隊長から、朝礼は来たい時でいいと言われている」
「へぇー」
「警備の為にいるのに、居ない方がおかしいしね」
衛兵がおり、セオが居たのも大きかったのだろう。リビングへの騎士の配置は、元々そこまで重要視されておらず、有事の際にしばらくは篭城できるようにするためのものだが、セオがいれば何かが起きた時もすぐ本部へも連絡もよこせるからだ。
「グランジは息苦しくない?」
「寮より広くて気に入っている。セオもいて何も困らない」
「幼馴染ですから、今更遠慮はしませんよ」
「よかった」
2人だけだった場所へ現れたグランジは、苦に感じている様子もなくほっとした。
セオの朝ごはんに手をつけていると、ジンも現れず首を傾げる。
「ジンは朝ごはんどうしてるんだろ」
「わかりませんが、今日は何も聞いて居ないので、自分で用意しているのでは?」
キリヤナギの食事は、朝と昼はセオがつくり、ジンとグランジは必要な時のみ作っている。
住み込みである為、セオに頼む方が食費は浮くが、個人の生活リズムもあるのだろうとキリヤナギは少し考えた。
「ジンの分あるの?」
「一応作りましたが、私の昼にでもしようと……」
キリヤナギが楽しそうに笑っていて、セオは思わず困惑する。
席を立って、音を立てないよう扉へ近づいたキリヤナギは、あえて響かない小さなノックを数回鳴らし、ゆっくりとノブを捻った。
施錠できるはずの扉が開いて居て、ジンらしいとは思いながらも、ゆっくりと足を踏み入れてゆく。
薄暗く広い部屋は生活感に溢れていた。奥の突き当たりには窓があり、遮光カーテンから朝の光が漏れ出している。
中型のテレビも置かれ、数台のゲーム機があり壁際の棚には漫画が綺麗に並んでいた。
奥へ進むと、数着の騎士服がハンガーにかけられ、足元にアイロン台すらある。
そして、廊下からは見えない死角となる場所へ、ジンがイヤホンをつけたままゲーム機と一緒に寝て居た。
ヴァルサスの家で見たものと同じで感心するが、こんな無防備に寝ているジンもキリヤナギは初めて見た。
彼はどんな時もキリヤナギよりも先に起き、準備してまっていてくれたからだ。
起こしに来たのに、起こすのが申し訳ないなと思っていると、物音に気づいたのかジンの体が少し動く、座ってみていたらしばらくぼーっとこちらを見られ、彼は飛び起きた。
「でん……」
「おはよ! セオがご飯あるって」
「なんで、入ってきてるんすか!」
「開いてたよ」
思わず顔へ手を当てて項垂れる。
夜の有事の際、キリヤナギが逃げ込めるよう鍵をかけないようにしていたからだ。
担当でない日は施錠するが、今日は単純に忘れて居た。
「俺もう朝は適当に済まそうと……」
「せっかく作ってくれてるのに、もったいないじゃん!」
「殿下がいいます??」
朝寝坊して食べられなかったり、夜は突然泊まると言って帰って来なくなる彼に言われたくはなかった。
しかしこの王子は、おそらく分かって言っているのでタチが悪い。
「と言うか、休みなのに飯もらうのも違う気が……」
「なんで??」
うまく説明ができない。ジンは仕方なく顔を洗い、寝巻きだけ着替えて準備をする。騎士服を着ようとするジンへ、キリヤナギは休みだからと私服へ誘導された。
「ご愁傷様……ジン」
「眠い……」
セオは気を遣って、コーヒーを淹れてくれて居た。昨晩は新作のゲームが届いて朝方まで遊び、目も疲れて居てぼーっとする。
「殿下、ジンは休日なのですから無理言ってはいけません!」
「ぇー」
「ジンは寝不足か?」
「ゲームしてて……でも、それなりに寝れたんでまぁ……」
グランジは何故かとても納得していた。
キリヤナギはそんな二人のやりとりを察して、感心もする。
「同じゲームやってる?」
「はい」
「いいなー。楽しそう」
「殿下も買われては?」
「どこに売ってるかわかんなくて」
「通販で良いんじゃ?」
「通販??」
「ジン、殿下そう言うのは無理だって……」
キリヤナギは電子通貨カードしか持って居なかった。通販は通信デバイスを介してでの代理決済カードなら利用できるが、方式が違うためにまだまだ使える場所が少ない。
電子通貨は目に見えないものであることから、信頼のために国が認可した店でしか導入できていないというのも実情にある。
国民がより安全に買い物ができるよう推進されているが、未だ導入されたのが数年前であり浸透しきってはいなかった。
「通販ってどこに行けばできる?」
「そこからっすか……」
「やっぱりあと数年早くデバイスを渡すべきでした……」
セオがげんなりしている。まずいことを言っただろうかと思ったが、通販の仕組みも丁寧に説明してくれて、とても便利だと感心した。
「殿下、ゲーム欲しいなら買いにいきましょうか」
「いいの?」
「俺休みだし?」
「休みっていうのそれ……」
「……」
グランジも言葉を失っていた。
休日の彼に仕事をさせては行けないと、今日はグランジも同行してくれることになり、3名は私服へと着替えて外出する。
秋が近づき暑さが落ち着いてくる街は、未だ半袖の市民が日傘を刺して歩いている。早速店の場所を調べるジンだったが、外に出ると迷わず先行してしまうキリヤナギを大急ぎで追った。
「お店行く前に公園行っていい?」
「いいですよ」
春以降、殆ど足を運んで居なかった公園は、ボール遊びをする子供やアスレチックで遊ぶ親子連れで賑わっている。敷地内へ入ると放されていた小型犬が寄ってきて、キリヤナギは大喜びする犬を撫でていた。
「あ、キリだ!」
突然響いた高い声に顔を上げるとボールを持った子供が数名こちらを指差している。その子供たちにジンは見覚えがあった。王宮から抜け出していた時、よく一緒に遊んで居た子供たちだからだ。
「ショウ君だ。久しぶり」
「どこ行ってたんだよ。突然来なくなったし」
「ご、ごめん。忙しくて……」
「ジンも何で来なかったんだよ!」
「お、大人の事情……?」
怒った様子のショウは3名ほどの友達をつれており、1人は女の子だった。以前あった時よりも背が伸びていて思わず見違えてしまう。
「背のびた?」
「うん! 6年、ユイも3年」
「へぇー、お兄ちゃんだね。他のみんなは?」
「ご、ごんねんせい……」
グランジはジンへ、彼らがキリヤナギのことをどこまで知っているか聞いてくる。
この子供達は、公園で会うたびに遊んでいるだけで、キリヤナギは「キリ」としか名乗っていなかった。知っているのかはわからないが、特に言及もされないまま今まできている。
「久しぶりだけど、サッカーに混ぜてやってもいいぜ」
「めっちゃ上から目線すね……」
「仲間に入れてやるんだよ!」
「人数が足りなくて……キーパーと審判……」
確かに4人しかおらず、7人なら丁度いい人数になる。
「大人対子供やろうぜー!」
「いいよ。じゃあジンはキーパーでグランジは審判で……」
「い、いいんすか?」
「平気平気」
実質キリヤナギ1人だが、いざ始まってみると彼は器用にボールを回し、子供達のマークをすり抜けゴールの方へと走っていく。
シュートは打たず、交わすだけのキリヤナギは本当の意味で遊んでいて、とても久しぶりだと感じて居た。
「ずるい!」
「ずるくないしー」
ミスに見せかけ、ユイヘボールを回し、パスされてから奪ってゆく。シュートを打ったのは一回きりで、一対一の引き分けのまま、気がつくとヘトヘトになっていた。
「つかれたぁ」
「次はジン!」
「俺も?!」
結局、ジンも相手にさせられ、お昼を回った頃、今度は子供達がばててくる。
「決着つかねぇ」
「引き分けだね」
「くっそ、明日決着つけるならな! またこいよ!」
「明日も?! わ、わかった……」
彼らはお昼を済ます為に一度自宅へと帰ってゆく。
気づいていなかったが、ジンもキリヤナギも汗だくになっていて、グランジが自販機で飲料を買ってきてくれた。
「久しぶりやるとハードっすね……」
「僕も油断してたぁ」
残暑とは言えまだまだ夏であることには変わらず、冷たい飲料がとても美味しい。ベンチで休んでいると、目の前を歩いてきた白髪の女性と目が合った。
「あら、キリ君かい?」
「ウメさん! こんにちは」
「覚えててくれたの、うれしいね」
買い物帰りの女性は、嬉しそうに世間話をしてくれて、キリヤナギも和気藹々とそれに応じる。
「誕生祭みたよ。立派になったねぇー」
「え”、は、はい。王子の人…緊張してそうだった、けど??」
女性はニコニコしながらジンとグランジへ目を合わせ、「ご苦労様です」と頭も下げてくれる。
「そういえば、最近この公園の裏に変な車がよく停まってるから、キリ君もきをつけてね」
「車?」
「この辺じゃ見ない車種でみんな警戒してるからね」
「分かりました。ありがとうございます」
ウメは終始ニコニコし、その場を去っていった。彼女が見えなくなった後、キリヤナギは突然立ち上がり、グランジが腕を掴んで止める。
「放してー!!」
「車探しましょうか……」
グランジはよく理解していると思う。3人が公園の外周を二手に分かれて探すと、確かに人気のない場所へ一台の自動車が止まっていた。後部座席は目隠しされていて分からないが、誰も乗っておらず不思議に思う。
「とりあえず路上駐車になるんで、クランリリー騎士団に連絡しますね」
「話せればよかったのに」
「そういうの期待したらだめっすよ」
顔を合わせれば何をされるかわからない。ジンは片手間で連絡しようとすると、グランジへ手を止められ代わりにやってくれた。キリヤナギといると確かに休日だと忘れてしまう。
「じゃ、ゲーム探しに行きましょうか」
「行こ!」
うなづいたグランジと共に、以前足を運んだモール街へと向かう。フードコートでお昼寝を済ませて店に向かうが、ジンやグランジが持って居たゲームはとても人気で品切れだった。
「そういえば、品薄でしたっけ……」
「大型タイトルが出たので、需要が集中してるそうだ」
「うぅ……」
「じゃあしばらく、俺の使います?」
「いいの……!」
「多少なら」
キリヤナギは嬉しそうにしていた。せっかくならと、ゲームセンターや映画館にも行って、キリヤナギは終始楽そうに一日を過ごす。
「お疲れ様、ジン」
キリヤナギが帰宅し、夕食の席へ向かった事で、ジンは一人セオのいるリビングへと戻ってきて居た。普段休日はゲームをしたり殆ど寝て過ごしている為、久しぶり充実した時間だったと思う。
「休みなのに、大変だった?」
「別に俺も楽しめたし」
「よかった。ありがとう」
セオの心配性は昔から変わらないと思う。
「明日も公園みたいだし、今度はスイッチいれないと……」
「明日も……? 明日はグランジが目の定期検診だから、同行できなさそうだけど」
「全然気にしないって、大事だし」
グランジは生まれつき片目が見えない。原因は知らされてはいないが、ハンデがある中で、受け入れてくれる皆に感謝していると話されていた。
ジンからすればそんなハンデがあるのに互角に戦える彼が化け物に見え尊敬している。
その後は戻ってきたキリヤナギと少しだけゲームで遊び、明日の出かける時間を決めて休む。
楽しみにして居たのか、早めに起きてきたキリヤナギは、昨日よりも動きやすそうな洋装でジンと二人で公園へと向かった。しかし、そこには子供達はおらず仕方なく二人で待っていると、ショウが1人だけ現れて駆け寄ってくる。
「キリ、ユイきてない?」
「ユイちゃん? 見てないけど……」
「家に呼びに行ったけど、家の人にもうここに行ったって言われて……」
公園を見渡すと、確かに母親らしき女性が声を上げて探している。ジンもキリヤナギも協力し広い公園を隅から隅まで探すが、トイレや物陰にもおらず、嫌な予感が湧いてくる。
「ジン、自動車は?」
「さっき見てきたんですが、今日は止まってなかったです。騎士団もまだ対応はしてないって」
キリヤナギが確認したいと自動車の停車場所を見にゆく。
そこには何も止まっておらず、手掛かりがないか見回していると、茂みの中に光を反射する何かを見つけ思わず拾い上げた。
それは子供用の宝石を模したおもちゃで、汚れても居らずそこまで時間がたったようには見えない。すぐにユイの母親へ見覚えが無いか尋ねると、彼女は絶句して震えていた。
「ユイの、ものです。一番綺麗だから、王子さまにあげると……さっき……」
キリヤナギは言葉を失い、息が詰まる思いだった。自動車の付近に落ちて居たなら、あの車の持ち主に連れ去られた可能性が十分にある。
「もう少し、探します。僕にできることをやりたい」
母親の彼女は、キリヤナギの手を両手に持ち泣き崩れてしまった。
ジンはクランリリー騎士団へと事情を説明し、捜索の応援と付近のカメラの調査を依頼する。
「自動車なら、駐車場かな……」
「止まっててくれたら良いんですけどね……」
自動車なら最悪どこまでも走って行けるからだ。僅かな希望にかけ、二人は付近の駐車場から住宅街を一通り周り、大通りすらも探すが見当たらない。
道中で、捜索の応援にきた騎士団員への対応はジンへ任せ、キリヤナギは一般平民を装ってやり過ごした。
「なんで隠れるんすか?」
「ショウ君とかにバレるのやだし」
もうバレているとジンは思うが、今はそれどころではなかった。気を取り直し、駐車場は諦め、自動車が隠せそうな場所を探す。
住宅街の空き地や、路地裏など地図に隠れそうな場所を一つ一つ回るが、やはり見つからない。
お昼も忘れて走り回り、キリヤナギはいつの間にかヘトヘトになって居た。
「大丈夫すか?」
付近の小売店で軽いおにぎりを買ってくれたジンは、飲料と一緒にそれをキリヤナギへ渡した。味付けが凝られていてとても美味しいおにぎりだが、手元のおもちゃを見ると「どうしているのだろう」という心配が尽きない。
「騎士団が、明日には周辺のカメラから洗い出しを行うみたいです。首都からでれば最悪どっちに逃げたかはわかるって」
「そっか……。お腹空かせてないといいけど……」
騎士団から未だ見つかった報告は来ないばかりか、キリヤナギの門限も後1時間ほどに迫っていた。見つかるだろうかと一人深刻な表情をみせるキリヤナギに、ジンは一度距離をとって深呼吸をする。
そろそろ戻らなければならないと前を向くと、小売店の隣は倉庫のような建物がビルに併設され建てられていることがわかった。
ビルの脇にはいり、奥に駐車場があるそこは、おそらく搬入施設だろう。
しかし、ここの前の店は数週間前に閉店して自動車などあるわけがないのに一台だけ普通車が泊まっている。
ジンはキリヤナギと共に、できるだけ音を立てぬよう紛れ込み、その隠された自動車を確認した。すると昨日確認した識別番号は一致して居て二人は腹を括る。
倉庫の周辺を歩き、窓から中を確認すると最低限の灯りで何かをする人間達がいた。
「殿下。見ててもらえません?」
「今その話??」
「危険ですって……」
「誰だ!?」
気づかれてしまった。
「僕は裏からまわるね」
キリヤナギはそう言って、武器を背負って裏手に走ってしまった。ジンは逃げるフリをして正面へと回り込みその場にいた全然の視線を集める。
「宮廷騎士団。特殊親衛隊所属のジン・タチバナです。こちらで何をされていましたか?」
「一人か??」
「いや、話し声が……」
ジンはデバイスをちらつかせ、その声は応援のもので合ったと誘導する。相手は疑いながらも、騎士であることに一旦は落ち着いたようだった。
「こちらの管理者殿は……?」
「私だが」
「何をされていましたか?」
「ちょっとした同窓会だよ。彼らは私の後輩なんだ」
「詳しくお伺いしてもいいです?」
「かまわんよ。では事務所へ案内するので、こちらへ」
ジンが倉庫へ一歩足を踏み入れた直後。入り口の死角にいた二人の男が飛びかかり、ジンは腰を落として回避。
殴りかかってきた相手を腕をずらし、もう一人の足を引っ掛けた。
掴んだ腕を離さず一言だけ放つ。
「業務妨害!」
したから腹を蹴り上げ、起き上がってきたもう一人をぶつけてのしてゆく。そんな乱闘が始まる前、キリヤナギは人気のない窓を見つけ、武器を使い小声で謝りつつガラスを割る。鍵の部分を回してそっと中を確認すると、敵は正面のジンに気を取られているのか気配がない。
音を立てぬよう侵入した場所は、事務室だった。見つからぬよう外に出て子供が居ないかをさがす、事務室、会議室の探して見当たらず奥の部屋に鍵がかかって居て、キリヤナギは難儀であるとすら思う。
試しに小さくノックをしてみるが、何も帰ってこない。しかしもう一度叩くと、同じように音がかえってきて、救われた思いだった。
「ユイちゃん?」
「え、」
「キリさん?」
違う声が返ってきてキリヤナギへ衝撃が走る。一人ではないことに言葉が出ず放置はできないと意思を固めた。
「鍵がかかってる。そっちから開けれるかな?」
ユイなのかは分からないが、鍵の回る音が聞こえ、閉められた扉はあっけなく開いた。
キリヤナギの顔を見たユイは、思わず飛びついてくるが今はそれどころではない。
「おい! 誰だ!」
ジンから逃れようとした相手だと察して、キリヤナギはユイを放して向き合う。
室内の灯りは暗く、おそらく顔はちゃんと確認できてないのだろう。
「子供を助けにきた。このまま投降するなら何もしない」
「正義気取りか、そうは行くか!」
殴りにくる敵は、後ろにはユイがいて流せないと思いキリヤナギの動きは決まる。
キリヤナギは腰を落として、踏み込んでくる相手の拳を交わし、鞘の先端をみぞおちへぶち込んだ。敵は唐突な打撃に悲鳴すらあげず失神し、仰向けになって倒れる。
走ってくる足音が聞こえ、武器を盾にして待機するが、現れたのはジンだった。
「殿下、大丈夫すか!?」
「ジン。僕は平気、ユイちゃんも」
「よかった……と言うか、もう騎士団そこまできてるんで、小売店のとこで待ってて下さい! セオ呼んだんで!!」
焦っている。
確かに、キリヤナギがここに居ては色々とまずい。
空気を察したのか、ユイはキリヤナギをじっと見上げて少し寂しそうに口を開いた。
「キリさん、帰っちゃう?」
「……うん、僕が居たことは内緒にしてくれる?」
「え、うん」
「あとこれ、落としてたよ」
宝石のおもちゃを差し出すとユイは顔を真っ赤にして、思わず両手で突き返してしまう。
「あ、あげる」
「え、いいの?」
「王子様に、似合いそうだから、渡して、下さい」
「……! わかった。ありがとうって伝えとくね」
ユイはそこから、目を合わせてくれなかった。その後キリヤナギは侵入した窓から、騎士団に見つからないよう小売店の脇で待ち、押し寄せてくる騎士団の自動車を観察する。
15分ほど待っていると外出用の装束を纏うセオが現れ、配車してくれたセシルも迎えにきてくれた。
「殿下、お疲れ様です」
「た、ただいま」
「大変でしたね、たまたま、ジンと買い物にきていたら、たまたま、近くで誘拐現場へ遭遇し、一刻を争う可能性があることから、ジンが解決へ乗り出したと」
「う、うん」
セシルが必死に笑いを堪えている。
「ゲームは買えましたか?」
「う、売り切れでさぁ……」
「そうでしたか、とても残念ですね!」
セオが激怒して居てキリヤナギはもはや何もいえなかった。
「いやはや、ジンはこちらに戻ってからめまぐるしい活躍ですね。流石殿下の近衛兵と言えるでしょう」
「セシル……」
「ともかく、今回もご無事で何よりです」
セシルの言葉に安堵するが、その後セオは終始機嫌が悪く、謝るまでなかなか許してはくれなかった。
しかしそれでも、ユイは救出され他に誘拐されて居た子供達も、皆自宅へ帰ることができてほっとする。
@
「キリじゃん!」
次の日もキリヤナギは公園にきていた。私服のグランジとジンは、今日は業務として一緒にいる。
「ユイ、見つかったんだ! でも今日は大事取ってこないって」
「そっか、よかった。僕は遅くなって帰ったけど、見つかって安心したよ」
ショウはきょとんとして居た。笑みを崩さないキリヤナギに彼は素朴に問う。
「やっぱ、『王子』じゃないよなぁ」
「え”っ」
「ユイは『王子』様に助けてもらったって、内緒で教えてくれたし」
「そ、そうなんだ?」
「かあちゃんも次見かけたら呼べって言うけど、偽物ならいいや。一昨日の続きやろうぜ」
偽物と言うのもなんなのだろうとキリヤナギとジンは困惑していた。
一昨日につかなかった決着をつける為、3人は果敢にもキリヤナギへと向かってゆく。彼は相変わらず、同点を維持して子供と遊んでいた。
ゲームは結局手に入らなかったが、代わりにかけがえの無い宝石が手に入ったと、それはその日から、キリヤナギの勉強机にかざられる。
END