晴天。
夏の日差しが照りつけるアカシア町、カルミアビーチでキリヤナギは、水着でビート板を抱えて目を輝かせていた。白い砂浜には、沢山の観光客がシートを引きパラソルを広げて皆で海水浴を楽しんでいる。
今にも走って行こうとするキリヤナギを、ヴァルサスが足を引っ掛けて転がすと、一気に砂まみれになっていた。
「ヴァル! 何するの!」
「準備運動ぐらいしろ! 溺れるぞ!」
律儀だなぁと思いながら騎士の皆は、広い場所へ大きなシートとパラソルを2本設置する。組み立て式のガーデンチェアも持ち込み場所を確保した皆は、セオを残し海へ入る者から準備体操を始めていた。
旦那ばかりが身体を動かす異様な光景に、水着に日笠を刺すククリールは、一歩引いた目で彼らを静観していた。
「ククはこないの?」
「いきません!」
ククリールに断られ少し残念なキリヤナギだったが、数年ぶりに足をつけた海水に以前来た時の記憶を呼び起こされる。子供の頃はまだ波が怖くて父に促されながらゆっくり入ったが、今は何故怖がっていたのか分からないほど体も心も成長していた。
リュウドとヴァルサス、アレックスを追うように海へ入ってゆくキリヤナギを騎士隊達は観光客に紛れ込みながら護衛する。目を離さず、囲うように海へ入ったり、砂浜で山を作ったりしている様は、仕事をしながらも寛いでいるようにも見えた。
セオはそんな皆の様子を【千里眼】を使いながら敵を慎重に探っていた。
その広い視野に入ったセスナが、浮き輪に乗って寛いでいて、セオもまた危険はないと判断する。しばらくは安全だと思い、セオは海水浴場を俯瞰しながらキリヤナギを見守っていた。
パラソルの下に建てられたガーデンチェアへ座っていたククリールだが、ラグドールとヒナギクが、砂の山を作っているのを見て、ふと興味が湧いてくる。
「貴方達は何してるの?」
「お城を作ってるんですよ。ほら、水を混ぜればちょっと固くなるんです」
「ふーん」
「お嬢様もよかったら手伝って下さいませんか?」
少し興味が湧いてククリールが日傘を置いて見にゆくと、思いの外手触りがよくて面白い。バケツに砂と水を入れて土台を作ったり、型を使って模様をつくったりと、凝れば凝るほど完成度が上がってゆく。
そんな夢中になる彼女をみたキリヤナギは、邪魔するのは悪いと思い、ヴァルサス、アレックス、リュウドの3人に泳ぎを教わりながら、海水浴を楽しむことにした。
太陽の光に照らされた海水は暖められてずっと浸かっていたくなる程に心地よい。ビート板があれば沈まず、どこまでも泳ぐことができた。
「遠くに行くほど深くなるから気をつけろよ」
「うん。でもこれあれば大丈夫な気がする」
「足を着かない場所には行かない方がいい。何がおこるか分からないからな」
「浮き輪あれば連れて行くけど、クラゲに刺される可能性もあるし?」
「クラゲって、あのクラゲ?」
「おう、めちゃくちゃいてぇぞ、俺の同期が刺されてそのまま病院行きだったな」
「こ、怖い……」
素直に怖がるキリヤナギをセスナは、「平和だなぁ」と微笑ましくみていた。クラゲはたしかに出るものの、大事に至るクラゲはまだ時期的が早い。
そこまで危険視する必要もないが水中を見たいとも話していて、王子の好奇心にも感心していた。
青く輝く海へ、王子が早速潜ってみると、沢山の魚や海藻が漂い、差し込んできた光が青の世界を作っている。
プールとは違う水の中の大自然は、写真や水族館でしか見た事が無かった世界で驚いた。海の中の海藻に隠れる魚とか、頭だけをだす魚もいて、面白くてどんどん奥へ進んでしまう。
途中リュウドに引き上げられて、息をするのも忘れていた。
「俺も一緒に行くから、ゴーグルだけつけさせて」
「うん」
再び潜っていくキリヤナギを見送るように、アレックスは1人浮き輪で日光浴を楽しんでいた。
ヴァルサスが黒の水着は渋いなぁと感想を抱いていると、砂浜のほうでラグドールとヒナギク、ククリールとプリムが、ボールを使ってトスラリーをして遊んでいる。
ラグドールは白がベースのパレオがついたビキニ水着を着ていて、腰が細く胸のバランスが美しい。
ヒナギクも花柄の水着がとても華やかで大きな胸と真っ白な太ももが大変魅力的だった。
ククリールは黒髪によく似合う黒の水着で、その白く華奢な体に映えとてもセクシーな印象がある。
彼女達がボールをトスをする度にパレオが綺麗に靡き、思わず食い入るように眺めていた。
「目がやらしいぞ、ヴァルサス」
「めちゃくちゃいいじゃん、アレックスは誰が好みなんだよ?」
「き、貴様ほどあからさまに見てられるか!」
「我慢すんなって」
ノリが悪いなぁと思っていると、ヒナギクが手を振ってこちらに合図を送っていて、思わず振り返してしまった。
「セスナちゃーん! こっちに来て参加してくださいな!」
「その輪の中に誘わないでくれませんか?! 僕は男です!」
「お兄様ー! もう1人ほしいのーおねがいー!」
「そうは行きませんよ! また両生ってイジメるんですよね!!」
何故か対抗していてヴァルサスは、羨ましく思いながらも困惑しかできない。セスナが動かずにいると、セシルが笑いながら海水へ入ってきて位置を交代させられていた。
渋々砂浜に上がるセスナは、女性同士で始まったビーチバレーの審判をさせられる事になったのか渋々応じていた。
その間キリヤナギは、リュウドと少し離れた場所へ泳ぎにゆく。人が沢山泳ぐ海水浴場は、誰も王子がいるとも思わず、賑やかで皆がそれぞれにレジャーを楽しむ場所となっていた。
しばらく泳いで疲れが出始めた頃、キリヤナギはリュウドに促され一度休憩をする為にビーチへと戻る。
皆が設置してくれたシートには、パラソルが2台固定され、パーカーを着るジンがで昼寝をしていた。隣でセオも本を読んでいて、キリヤナギが来るとタオルと飲料を渡してくれる。
「お疲れ様です。殿下」
「ただいま、セオは入らないの?」
「私は、実はカナヅチで……」
「え、知らなかった」
「足がつく場所までは入れるのですが、海は波があるのでよそうかと」
かなり長い間一緒にいるのに知らなかった。たしかに王宮での遊泳訓練は、専門のコーチが見ていてくれていてセオが泳いでいるところは見た事がない。
「つまらなくない?」
「いいえ、皆が楽しそうにしていて、釣られて楽しくなります」
「そっか」
濡れた体に海風があたると程よく涼しくて心地がいい。動いた為かまだ午前なのに、空腹となっている。
「少し早いですが、予約している海の家に参りましょうか?」
「海の家?」
「飲食ができるレジャー施設です。休憩所のような場所ですね」
聞いた事はあったが、別宅が近い為キリヤナギは利用した事が無かった。皆を呼び寄せたセオは、シートとパラソルだけを残し、海水浴場の中央にある建屋へと向かう。
多くの人でごった返すその店は「海の花」とも書かれていて、壁のないオープンテラスのような作りになっていた。
「汗臭いわ……。不快なのでビーチで待ってます」
「ごめんなさい。お嬢様、かしこまりました。お料理をビーチへお持ちしますね」
「姫はノリがわりぃなぁ……」
「ねぇねぇ、お面の人が料理作ってる!」
「王子は楽しそうだが……」
ラグドールとヒナギク、グランジを連れたククリールは、ヴァルサスの言葉を無視する様にビーチへと戻ってゆく。
海の家は、メニューはどれもカウンターの上側に文字だけで書かれていて、焼きそばやお好み焼き、かき氷、浜焼き、イカ焼き、たこ焼きまである。
「ステーキもあんじゃん、すげー」
「肉は昨日食べただろう?」
「ヴァル、オムそばって何?」
「中が焼きそばで卵巻いたやつだよ」
「浜焼きは?」
「貝を焼いたものだ。海で撮れた新鮮な貝をそのまま焼いたものだな」
「どっちも気になる……!」
「浜焼きは一個単位だろう。二つ頼んだらいい」
ジンは、キリヤナギの後ろに座り解説される様子に感心していた。ジンの知る限りでは、今まで解説するのは使用人か騎士の仕事だったからだ。
そんな王子にばかり意識を向けるジンへ、セシルは小さく笑って口を開く。
「ジンはどれにする?」
「え、俺もいいんすか?」
「せっかくだしね。気楽に行こう」
「やったー! 隊長流石!」
隣の席でテンションを上げるリュウドは、思わずガッツポーズをしていた。
改めてメニューをみるとこの建屋は、海の家とは思えないほどにレパートリーが豊富で驚いてしまう。上に大きく書かれているものはランキング順になっており、下にゆくとマイナーなメニューが並んでいた。
「カレーかな?」
「俺、たこ焼き!」
「僕、アユの塩焼きにします! せっかくだし」
「セスナ、アユは川魚だがいいのかい??」
セシルは思わず吹き出していた。ジンも困惑したが、確かにローズマリーは、ロータス川にも面していて間違ってはいない。
「ご機嫌よう。ご注文はおきまりかな?」
ラフなエプロンを纏い、水着にも近い服装で現れた店員は、並べられた二つの大きなテーブルへ豪快に現れた。健康的な肌に長い金髪をアップにする彼女に、キリヤナギは見覚えがあり驚く。
「助けてくれた人!」
「おや、覚えてられておりましたか。光栄です、殿下」
ヴァルサスが言葉を失い、アレックスは首を傾げている。オーダーをとりにきた女性は、昨日駅前で注意喚起をしてくれた彼女だった。
「覚えて頂けたなら名乗らないわけには 参りません」
女性はキリヤナギの元へ膝をつき、まるで見上げる様に名乗った。
「私はこのローズマリー領での産業組合の幹部、セラス・ツルバキアと申します。宮廷騎士団においては、リーリエ・ツルバキアとリーシュ・ツルバキアを輩出したツルバキア家の当主の妻となる」
「えっえっ、すごい……」
「この海の家は、殿下へ楽しんで頂きたいとストレリチア卿からリーリエ・ツルバキアに打診をうけ我々が答えたものです。どうぞ、ありのままの海の家をお楽しみください」
「通りで、海の家にしては『ちゃんとしすぎている』訳だ」
「そ、そうなの?」
「確かにもっとチープだぜ? メニューが四つだけとかザラだしな」
確かにこの店は他の店舗よりもしっかりした空間をとっていて、沢山の人が並びながら休憩したり食事を楽しんでいる。
「この『海の花』は、ローズマリーの産業組合が運営する上で食事の提供だけでなく、海での応急対応もできるよう特別に広く作られております。今回はローズマリー公爵の意向も含め、我々もぜひ楽しんで頂きたいと席をご用意させて頂きました」
「な、なんか申し訳ない」
「特別感はあるが、その言い方なら『席』だけなのでは?」
「ええ、この席は普段から一般の方々も使われている席です。どうかお気になさらず」
「よかった。ありがとう……!」
「殿下のご旅行へ幸がありますよう……」
セラスは挨拶を終え、皆から注文をとり終えてカウンターへと下がってゆく。それを受けたお面の料理人が、キリヤナギをみてグッドポーズをとるとまるで踊るような動作で料理を作ってくれていた。
「ツルバキアの人すごい……!」
「リーシュちゃんってめちゃくちゃお嬢様だったんだな」
セラスがあえて名乗らなかったのは、おそらく旅行の邪魔をしたくはなかったのだろう。
ツルバキアと言う名前が知れればそれは、王宮の関係者として王子の機嫌を損ねる可能性をみていた。確かに最初から知っていれば気乗りもしなかったが、名を誇示しない謙虚な姿勢へキリヤナギは好感を持つ。
「イカ焼きうめー」
「オムそばも美味しいよ」
「私も浜焼きを追加するか……」
「アユの塩焼きも最高です……流石産地……!」
「ローズマリーのたこ焼きってこんなでかいんだ……!?」
「隊長はそれだけでいいんすか?」
「十分だよ。この背徳感がいいんだ」
セシルは、ビールに浜焼きを数個つまんでいた、しかし、酔っている雰囲気は見えず安心する。
「隊長のお酒の分は僕が働くのでお任せください!」
「はは、頼もしいね」
各々で昼を終えた皆は、「海の花」をでて待機しているメンバーと交代するために砂浜へと戻る。その中でジンがなかなか店から出て来ず、ようやく顔を出した頃には両手に袋を抱えていた。
手にはカキ氷も持っていて、目が合うとそっと渡される。
「いいの?」
「いいっすよ」
いちごみるく味と言われたそれは、甘さにさらに甘さを足した様な味で王宮で食べたものとは全く違い困惑してしまう。
「これいちご?」
「色に名前ついてるだけです。コンデンスミルクは本物ですけど」
「へー……」
いちごと言われればいちごの気がしてきて不思議な気分だった。
シートの場所へもどってくるとククリールがセオの作ったサンドイッチを優雅に嗜んでいて、ヴァルサスが衝撃をうけていた。
「姫! 海に来た意味あるのかよ!」
「無礼ですね。ちゃんと楽しんでますよ?」
「ククはたしかにそっちのが似合う……!」
大量に袋を抱えるジンは、座って待機しているグランジへ買ってきたものを全て渡す。彼は嬉しそうに中身を取り出してオムそばから順に食べていた。
食後の穏やかな雰囲気の中で騎士達は、脇のバケツで冷やされていたスイカを運び出し何かの準備を始める。
綺麗に拭いた新品の木製バットを、何故か砂浜で寛いでいたアレックスが握らされヴァルサスに目隠しされていた。なんだろうと凝視していると、アレックスはぐるぐると回されフラフラになりながら掛け声にあせて指示通りに進む。しかし、回ったことで方向感覚が不安定で左に大きくずれてスイカには辿り着けなかった。
「スイカ割りですね。誰が割ってくれるでしょうか」
2人目はラグドールだった。しかし、彼女は回された時点で立てなくなり、砂浜へ倒れてしまう。
セスナに肩をかされ、シートの上へ運ばれてきた。
「ラグドール大丈夫?」
「すみません。私こういうの苦手なの忘れてた……うっ」
「無理されず、袋渡しておきますね」
ラグドールの次は、妹の敵をとると言うセスナだった。彼は回されたのにそんな気配を見せず、ずり足で真っ直ぐに進んでいるかに見えたが、狙いは僅かにズレかすったのみで割るまでには行かなかった。
相当我慢していたのか、直後に砂浜へ倒れ込みラグドールの横へ寝かされる。
「ぎもぢわるぃ……」
「せ、セスナ、お大事にして……」
「意地を張るからですよ」
4人目は、ヴァルサスだった。彼は足元がおぼつかず逸れるかに見えたが慎重に真っ直ぐ進み、ちょうどスイカの間上から振り下ろす。皆が割れると思ったが、パワーが足りず木製のバットはスイカに跳ね返されてしまった。
「惜しいーー!」
「かってぇーー!」
「ははは、キンキンに冷えてるからねぇ」
5人目はリュウドだった。
プリムが一際大きな声を上げてて応援する中、回された後、彼はまるで精神統一をするように停止する。声に合わせて「そのまま真っ直ぐ」プリムが叫んだ時、彼は一歩前にでてそのまま飛ぶようにスイカを破壊した。全員から拍手がおこり、一番大きく割れた部位をリュウドとプリムが分け合ってたべる。
「冷たくて美味しいですね」
「ラグドールにセスナは食べないの?」
「すいません。まだ気分悪くて」
「僕も吐きそう」
「大丈夫なのか?」
「騎士も案外貧弱なのね」
「この2人は、人一倍繊細なのです。ククリール嬢」
ヒナギクとククリールは、お皿にスイカをのせてスプーンで丁寧にたべている。王宮で出される綺麗に切られたものとは違うが、何故普段とは違う味がしてとても美味しかった。
セシルもつられて笑う中、グランジもまたスイカをもらいながらアユの塩焼きと浜焼きを上機嫌に頬張っていた。
キリヤナギが、楽しいなぁと思わず空を仰ぐと、ヴァルサスに呼ばれ彼は砂浜だあみだくじのようなものを書いている。
「ヴァル、何それ」
「ビーチバレーやろうぜ!」
「バレー?」
1人を審判とし、騎士隊と学生組12人で2人一組でチームを組み、3点先取で勝ちのビーチバレートーナメントをやるという。
楽しそうで、セシルもキリヤナギが側に居てくれると思えば断る理由もなく、全員で参加することとなった。
「では運動が苦手な私が審判をしましょうか」
「セオ、ありがとう」
「じゃあ王子、好きな場所に名前書いてくれよ」
ヴァルサスは普段組まないチームがいいとし、ジンとキリヤナギ、セシル、ククリール、ヴァルサスとセスナの名前を並べた。そして、皆へ線を足してもらいながら名前のない彼らに選んでもらう。
初めにラグドールが選んだ線を辿ると、キリヤナギへと辿り着き、第一チームが決まる。アレックスはジンと、プリムはセシルを引いていた。リュウドはセスナと当たり、グランジはククリールと当たる。残ったヒナギクは、ヴァルサスと組むことになった。
「綺麗にばらついたな」
「よろしく、ラグドール」
「頑張りましょう殿下!」
「よろしくお願いします。アレックスさん」
「タチバナか、頼りにしている」
「グランジ? 貴方強いの?」
「バレーは初めてです」
「隊長さんですね。よろしくお願いします」
「プリム嬢。こちらこそご一緒できることは光栄です」
「リュウドさん。プリムさんと僕チェンジしません」
「え”、べ、別にいいけど」
「セスナさん! だめだめだめ! 決まってたんだから変更なし!!」
「ヴァルサスさんって意外と律儀なんですね」
第一試合は、ヴァルサスとヒナギク対リュウドとセスナだった。ヴァルサスのサーブから始まり、うまく受けたリュウドがセスナへと渡して打ち込む。一点が早速先取され、そのあまりの手際の良さに、全員が気づいた。
「セスナちゃん! 【読心】使ったでしょう! ずるいですよ!!」
「え、だめなんです? 一応味方しか……」
「大人気ないですが一応一点ですね」
「は? そっちがその気なら本気だしますよ!?」
「え”」
直後ヒナギクが消えた。
そこにいるはずなのに、人の認識をずらす「王の力」、【認識阻害】だ。触れるもの全てに影響がでるそれは、ボールすらも認識からずれてサーブのみで得点を得る。
「一点ですね」
「えぇぇぇえ!」
「ずるすぎるだろ!!」
「先に使ったのはどっちですか!? このまま勝ちます!!」
完全にスイッチが入ったヒナギクに、ヴァルサスは既に置いていかれ、ストレートに3点を取られた。勝ち誇るヒナギクに、キリヤナギがツボに入ったのか必死に笑いを堪えている。
「ヒナギクすごい!」
「当然です! このまま行きますよ! ヴァルサスさん!」
「は、はい」
「リュウドさん、ごめんなさいごめんなさい」
「いや、しょうがないさ。先に『王の力』使ったのはこっちだし……」
セスナの懺悔が響く中で、次の試合はジンとアレックス対ククリールとグランジだった。【未来視】をもっているらしいグランジは、構えるそぶりも見せずククリールからサーブが始まる。
アレックスは運動が苦手なのか、受けようとしたところでボールをすべらせ後ろへと飛ばす。
一点かと思われた時、ジンが返してきた。高速で放たれたボールにククリールが条件反射で受けようとしたとき、グランジが止めて全員が驚く。
宙を舞ったボールへ、ククリールがトスをするとグランジが打ち込み、枠線ギリギリへとぶち込んだ。
全員がその気迫に押し黙る中、キリヤナギだけは何故か平然と拍手をしていて、アレックスとククリールが固まっている。
「グランジとククリールさんに一点ですね……」
ジンは笑っていた、またグランジも楽しそうに笑っている。
「2人とも楽しそう」
「この雰囲気が?? 殺意マシマシじゃん」
「あの2人はいつもこんなだけど……」
騎士隊の皆は知っていた。グランジとジンは、騎士大会の上位を常に争うライバルだからだ。決勝で出会った2人は、常に「遊び」ながらも誰の追従も許さず「遊び」だからこそ手を抜かない。
点を取られジンのサーブから始まったゲームも本気だった。しかし、【未来視】をもつグランジは、高速のサーブを見切って確実に止める。
早い球はククリールに受けれないが、遅いなら取れると理解したグランジは、一度止めククリールにトスを任せた。
そして空きの場所を正確に狙うが、打ち込んだ直後にジンがカウンターで打ち返し、反応がおくれる。
「ジンとアレックスさんに一点ですね」
相変わらずキリヤナギだけが、拍手をして皆が騒然としている。アレックスは、つい昨日までセスナに弄られていた彼が隣にいることが信じられなかった。
「次、ゆるいの来ます。取れたら取ってください」
「は」
グランジのサーブがくる。速度でくるかと思えば、たしかに遅い。アレックスは大きくさがりそれをトスで上げた。
ジンが打ち込むかと思えば、こちらも遅くまるでククリールへ渡すように投げ込む。彼女が答えるようにボールを上げると、グランジが打ちジンがガードして防いだ。
「ジンとアレックスさんに一点ですね、リーチです」
「ちょっとグランジ。【未来視】使ってるのよね?」
「使えば負けます」
「……!?」
ククリールはボールを渡されたが、横のグランジとジンの気迫がつよくなり動けなくなっていた。思わず座りこんで抱え込んでしまう。
「こわい……」
「クク! 大丈夫!?」
「これは厳しいですね。じゃんけんにしましょう」
「2人とも本気だしすぎですよ!!」
「ひ、ヒナギクさん。す、すいません」
「……悪かった」
結局アレックスとグランジでじゃんけんをして、アレックスが勝った。雰囲気が切り替わったジンを彼は睨みつは、吐き捨てるように口を開く。
「本性とは違うが、貴様戦闘になると人が変わるんだな」
「え”っそんなつもりじゃ……」
「ジンは楽しんでるだけだよね。グランジもだけど」
「……」
出番が終わったグランジは、途中だった食事を再開する。気がつけばセオの作ったサンドイッチのバスケットにも手をつけ、中身が殆ど減っていた。
一方でキリヤナギは、怖がってしまったククリールへ寄り添い飲み物を渡す、彼女は受け取ってはくれたが目を合わせてはくれなかった。
「次、王子の番でしょ」
「え、うん」
「さっさと行ってきて、……見てるから」
見ていると言われキリヤナギは少し嬉しくなった。「わかった」とだけいい残しラグドールと共に、ヴァルサスとヒナギクへ挑みにゆく。予選の二戦が終わりここからは決勝だ。
39
シード枠だったキリヤナギは、【認識阻害】のヒナギクとヴァルサスと対峙するが、ヴァルサスの方が横にいるヒナギクのやる気に戸惑っている。
キリヤナギは、そんな困惑するヴァルサスに向けてサーブボールを投げた。ヴァルサスが受け取ってボールが宙に舞った時、ヒナギクが消える。だが、キリヤナギは先程の対戦で捉え方を攻略していた。
【認識阻害】は気配や相手は見えにくくなっても「影」は消せないからだ。ヒナギクの影からボールがくる方向を予想し、飛び込む形で受け取って皆から拍手が湧く。ラグドールがトスしジンの真似をして打ち込んだ。守りの薄い場所へ叩きつけられたボールに、2人は間に合わなかった。
「殿下とラグドールさんに一点ですね」
「まじか、王子!? みえんの!?」
「ヴァルサスさん、殿下は『タチバナ』を真似事ですが会得してます。2人でなければ勝てませんよ!」
「!?」
「『タチバナ』は、我々能力者には絶対優位ですが、代わりに「王の力」がない人には、ただの無駄な動作でしかない。殿下が私の対策に動いた時が勝利の鍵です!」
ヴァルサスがキリヤナギをみると、楽しそうに笑っていた。その余裕の笑みに悔しくもなり、ヴァルサスも負けたくはないと気を引き締める。
相変わらず【認識阻害】を盛り込んだサーブに、ラグドールはボールを探すが見つけられない。しかし、キリヤナギは的確にそれを拾って可視化させる。ヴァルサスはその動作で気づいた。
影を見ていると、
なるほどと理解して、ヒナギクの影を追うキリヤナギの隙をつき、打ち込む。
下を見ており、突然ボールが可視化した事でラグドールも反応ができず同点になった。
「上手いです、ヴァルサスさん!」
「ヴァルすごい!」
「わかってきたぜ! 舐めんなよ!」
続けてキリヤナギからサーブがはいる。ヒナギクが触りボールはまた見えなくなるが、ヴァルサスが触れることで可視化する。見えたボールをラグドールが受け止め、キリヤナギが勝負をかけた。
間がなく打ち込まれたそれに、ヴァルサスがガードに走るが、指先に触れたのみで、ヒナギクも間に合わなかった。
「殿下にリーチですね」
楽しいと思っていたら、見知らぬ他の客が試合を見に集まっていることに気づく。まだそんなに多くはなくカメラも向けられていない為、バレては居ないのだろうと言い聞かせた。
ヴァルサスのサーブから始まり、ラグドールが止めて今度はキリヤナギがトスで上げる。ラグドールが打つとヒナギクの元へいったが、【認識阻害】がくるとキリヤナギが影を注視したとき、それは起こらず、不意をついたヴァルサスのスマッシュに対応ができなかった。
「ヒナギクさん、ヴァルサスさんリーチですね」
【認識阻害】に注視しすぎて、判断が追いつかなかった。接戦になっているビーチバレーは、点を取る度に集まっている人々から拍手がおこり、少し恥ずかしい。最後はラグドールからのサーブから始まる。
ヴァルサスが受け取り、キリヤナギは【認識阻害】を警戒していると、ラグドールが前に出た。
それを見たヒナギクが、消える。
ラグドールでは受けきれないと皆は思ったが、それはフェイントでキリヤナギがとった。そして、大きくあげられたそれを、ラグドールが叩き込む。
間なく放たれたそれに、ヴァルサス、ヒナギク共に反応ができず2人とも砂浜へ転んだ。
3点を先取したラグドールとキリヤナギは、決勝へすすむ。ヴァルサスはヒナギクが怒らないか怖くなったが、彼女は砂を払って満足そうな表情をみせていた。
「素晴らしかったです。ヴァルサスさん、ありがとうございました」
「え、こちらこそ、楽しかったです」
ラグドールとキリヤナギは、ハイタッチで喜んでいた。準決勝は、ジンとアレックス、セシルとプリムだ。
シード枠のセシルチームに、アレックスは震えているが、ジンは普段通り構えていて異様な空間にもみえる。ボールを渡されたセシルは、構えたジンをみて口を開いた。
「いやぁ、怖いね。ジン」
「そ、そうっすか……?」
「改めて向き合うと思うよ」
ボールが高く上がり、サーブが来る。
なんの仕掛けもないボールにアレックスが前に出るが間に合わず、床へ落ちかけたボールをジンがフォローする。
中央の枠線を超えてプリムの方へ戻り、彼女はセシルが打てるよう軽くトスを上げた。セシルは2人を超えるようにボールを浮かし、ジンとアレックスは枠外へ行くと見たが、ボールはまるで線の上を狙ったかのように落ちる。
「隊長とプリムさんに一点ですね」
「うっそ……」
「実は騎士学校時代に、大会に出たことあってねー」
「なん……」
「久しぶりで楽しいな」
「あら隊長さん、お強いんですね」
「マジっすか……」
「隊長、流石ですー! 応援してます!!」
唐突な経歴の暴露に騎士の皆がざわつき、セスナが目を輝かせている。初手の言葉から【服従】を使うのかと構えていたのがダメだった。ブラフに乗ってしまったと反省し、ジンのサーブから始まる。
セシルに打たせたくはないとプリムが取れるように投げるが、セシルが止め宙を舞う。そこからジャンプをしたプリムが打ち込んできて、アレックスが間に合わず床へ落ちた。
「隊長、プリムさんに一点ですね。リーチです」
「やりましたわ!」
「プリム嬢。お上手ですね」
「おい! タチバナ、完全に向こうのペースだぞ!」
「……」
上手いとジンは久しぶりに焦っていた。セシルは、完全にジンのパターンと性格を見切り、それをうまく載せる形で点を取っている。そこまで深く関わった記憶もないのに、衝撃すぎて言葉が出ない。
「巻き返せるか?」
「いやぁ、正直キツい……」
「らしくないよ。ジン」
大人げないとすら思ってしまうが、久しぶりに立ちはだかる壁だと思うと、スイッチも入ってくる。ジンがもう一度セシルを見直すと思わず目があってしまった。
「私は、君という脅威を畏怖しながらも、奢った事はないよ」
挑発だと受け取り、ブラフだと感情をおしこめる。
ジンはこれが苦手なのだ。味方から自分に対する畏怖を口にされる事で、それは倒してはいけない相手ではないかと疑念を抱いてしまう。
戦闘上において畏怖を認める事は、精神での負けを認めるようなものなのに、あえて言葉にされる事で精神的にもくる。
自分は怖い存在なのだろうとわかると、更に心でそれを否定したくなってしまいペースが保てないのだ。
「隊長さんは、彼が怖いのですか?」
「えぇ、彼は間違いなくこの親衛隊で最も強いですから」
やめてほしいと思いながら、このままストレートで負けるのは腑に落ちない。ジンは雑念を払う気持ちでサーブを放った。
そこそこ強く売ったのに、プリムが受けた事に驚き、セシルは優しく彼女にボールを渡す。飛んでくるプリムのボールをアレックスが受け、間なく打ち込みセシルとプリムの間へと通した。
アレックスが感心して、セシルも拍手をくれる。
「ジンのそういう所、頼りになるよ」
褒められてもなおさらペースが狂うのでやめてほしい。今はバレーだからこそいいが、ジンはセシルとは戦いたくないと重ねて思った。
セシルから始まったサーブは遅く、アレックスが綺麗に止めてくれた。打ち込もうかと思ったが、意表をつきアレックスへ任せるも、彼はパニックになって打たずそのままセシルへ飛ばしてしまう。
ジンが声を上げる前にそれがきて、音を立てて一気に床へ落とされた。
「隊長とプリムさんチームの勝ちですね」
「セシル強いー!」
「ジンが手加減してくれただけだよ」
拍手はされるが、ジンは項垂れるしかなかった。セシルの時点で嫌な予感はしていたが、ここまで上を取られるとは思わなかったからだ。
「タチバナ、大丈夫か?」
「悔しい……」
「ジンさんが珍しく凹んでる……!」
「ははは」
そしてコートは決勝を控え、キリヤナギとラグドール、セシルとプリムへ映る。少し休憩を挟みながら対峙したが、周辺には観光客が集まって人だかりができていた。
「バレたのかな……」
キリヤナギは海を出てからずっと帽子をかぶっているが、みんなこっちを見ていて緊張する。そもそもこんな状況で遊んでいいのかと不安になり、どうしようかとおもっていると、一応ボールを投げ渡された。
「ファンサービスでいいと思います」
セシルの言葉に何故か安心した。帽子をとり、視界を開くと皆がカメラをむけてくるが、気にせずサーブをうった。セシルは答えるように受け止め、プリムへと渡す。
彼女は遅くなったボールをラグドールへと打ち込んだ。ラグドールは受け止め、さらにキリヤナギへ渡して打った。セシルは止めようとして失敗し一点を先取する。
「ラグドールさんチームに一点ですね」
拍手がおこり試合は続く。プリムのサーブから、キリヤナギがガード。
セシルがフォローして、プリムも綺麗に持ち直した。打たれると思ったのに、セシルは2人を超えるようにボールを浮かせ、再び枠線ギリギリへ落とす。
「隊長、プリムさんに一点ですね」
上手いと、キリヤナギも楽しくなってくる。既に誰も「王の力」は使わず、普通の試合になっていて、ヴァルサスは感心もしていた。能力者同士の戦いは【タチバナ】を介す事で、一周り普通の試合になっているからだ。
ボールラリーはそれなりに続き、続けてセシルが点数を取る。追い込まれているのに、キリヤナギはとても楽しそうでこれをやってよかったとヴァルサスは顔が綻んだ。
次はどうなると注視してみていると、隣で試合を凝視していたセスナが反応する。
目立たないように辺りを見回し、人混みに紛れながらセオへ耳打ちへ向かっていた。
キリヤナギが2点目をとり、観客が沸く。
最後のサーブはプリムだ。
強めの打ち込みにラグドールは、尻込みせず受け止め、キリヤナギが勝負を賭けにゆく。プリムとセシルの間をとるが、プリムの腕が遮り驚いた。キリヤナギがガードしようとした頃には遅く、返されるように床へ打ち込まれる。
「3点ですね。隊長、プリムさんの勝ちです」
拍手が起こり、観客が枠線内が入ってくるのをジンとセシルが飛び出して庇いにゆく。帽子を被り一旦別宅の庭へと避難した。
追いかけてきた一般客は、他の騎士が止めた時点で追うのを諦め、事なきを得る。
「申し訳ございません。せめて夕方まで遊べればよかったのですが……」
「ううん、疲れてたし、僕も恥ずかしくなってたから平気、ありがとう、セシル」
「恐縮です」
ふとみるとジンは少しだけ凹んでいた。
そうして先に別宅へ移動した王子は、荷物を引き上げた皆と合流する。遊び足りないと言うヴァルサスの要望に応え、皆は別宅の脇にあるプールを使い持参したうき具で遊んでいた。
そうして日が暮れかけた頃、へとへとになった皆は、入浴を介し別宅にて時間を過ごす。徐々に日が暮れてくる庭で王子は、エリィを外へ出すとディスクを投げて遊んでいた。
興味が湧いたらしいククリールも現れ、ディスクを投げると、全速力で追いかけてキャッチしてかえってくる。
「あら、上手じゃない」
「すごいよね。教えた覚えないんだけど」
「アレックスが保護施設に居たとは聞いたけど……」
「うん。王宮でも飼えるのはそこまで多くはないんだけどね……。出会った時に僕を気に入ってくれたから」
「わかるの?」
「なんとなく……?」
ククリールの意味深な表情に少し困ってしまう。散々駆け回ったエリィは、腰を落としたキリヤナギの膝を枕にして伏せてしまった。
ククリールが撫でるのも許し、心地良さそうにしている。
「かわいい……」
「ククも好きだって」
「なんでわかるの??」
「え、だって嫌がらないし??」
再び困惑しているククリールに、やはり言葉に困ってしまった。その後ヴァルサスから夕食に呼ばれ、エリィを屋内へ誘導した王子は、広い食卓で夕食を済ませる。
そこで渡されたのは、カルミアビーチの付近で開催される花火大会のチラシだった。
「花火あるんだ」
「はい。見に行かれますか?」
「いくいく」
「セオさん、出店とかあんの?」
「ありますよ。堤防沿いから会場までかなり長くでているので歩くだけでも楽しめると思います」
「めちゃくちゃいいじゃん」
「正に夏の風物詩だろう。楽しみだな」
「ククはくる?」
「私は……」
答えに渋るククリールにキリヤナギは不安も得るが、嫌ではないようにも見えた。
「虫の対策をして頂けるなら……」
「わかった……!」
「お任せ下さい。お嬢様!」
ラグドールとヒナギクは、着替えてくると言って楽しそうにククリールと自室へと戻って言った。
キリヤナギとヴァルサス、アレックスの三人は、別宅のクローゼットへ案内され、そこに仕舞われている浴衣を選ぶ。
「貴族やべぇ……」
「ヴァル、どれにする?」
「選ぶ前に突っ込ませろよ。なんでこんな種類あんの……」
「父さんとか僕のおじいちゃんが使ってたの残してるって? 毎年数着買ってえらぶから、着ないとかあるみたい?」
「金持ちかよ、つーか王子だったわ」
「確かにデザインは古いが、まだまだ着れるものばかりだな」
子供用サイズのものから、大人のサイズまでそれは多岐に渡っていた。数の多いサイズは年代が合致するの合いやすく、柄の種類も幅がある。
「殿下我々もお借りしてよろしいでしょうか?」
「うん。皆で着よう」
「どれにすっかなぁ……」
「ヴァルサス」
ふと名前を呼ばれて脇を見ると昼間見かけなかったサカキがいた。手招きをされて向かうとまるで耳打ちのように話される。
「地味なモノがいいぞ」
「な、なんでだよ」
「目立つと狙われる」
言葉を失ってしまい、ヴァルサスは固まってしまった。
「敵がくんの?」
「わからないが、逃亡した異能盗難犯がまだ捕まって居ない。万が一がある。巻き込まれないよう地味なものにしておけ」
詳しく聞きたいことは山ほどあったが、サカキはそれ以上話してはくれなかった。おそらく守秘義務もあるのだろう。ここで話したのは「父」として「子」を守るための努力だ。
ヴァルサスは、身を守る手段とも思い夜に溶け込む柄の少ない地味なものを選ぶ。
「ヴァルって、もっとかっこいいの好きだとおもってた」
「え、まぁ、嫌いじゃねえけどそう言う気分だよ。アレックスも地味じゃん」
「人が集う場所で貴族が目立っては混乱を招くからな。ここは身分を隠す」
「僕も」
「大変だな」
本当に大変だと、ヴァルサスはため息をついた。リビングで皆の準備が終わるのを待っていると、騎士達もまた浴衣へと着替えて合流する。
学生組とは打って変わり騎士は皆、柄が大きい派手な浴衣を着ていてヴァルサスは思わず感心してしまった。
特にラグドールとヒナギクは、その髪色に合わせた色の浴衣を羽織り、華やかで見入ってしまう。
「めちゃくちゃ似合ってますね」
「恐縮です」
二人は着付けを終えたらしいククリールを誘導し連れてきてくれる。胸の周りのデザインを抑え足ものに華やかさをもつ浴衣を着る彼女は、頭に飾りをつけ普段とは別物の雰囲気を纏っていた。
「似合ってる……」
「あまり見ないで、恥ずかしいから……」
「素晴らしいな。写真に収めたいぐらいだ」
ククリールは、顔を真っ赤にしていた。
皆の準備を終えた一行は、大勢の人々が歩く列に乗り、会場をめざす。すれ違う人々は出店の食べ物をてにもったりお面をつけたりと、皆個性豊かな装いをしていた。
「光る腕輪つけてる人がいる……!」
「発光ブレスレットか……」
「なんで毎回視点が小学生なんだよ……」
お祭りは初めてではないが、家族できた頃は欲しくてもわがままが言えず我慢していたおもちゃだった。どこに売っているのだろうと店を探すと、ジンが見つけて人数分買ってきてくれる。
「私はいりません!」
「見てみて! 青色!」
「赤だわ」
「黄と白か……」
「面白いこれ」
「繋がるんだぜ、ちょっと貸せよ」
四つ繋げて輪にすると、回した時に残像が見えて面白い。高く投げても綺麗で王子はただ感動していた。
「王子もっとくか?」
「いいの?」
「私も特に興味はない」
両腕につけると少し手元が明るくなって便利だった。そんな両腕の明るい王子の腰には、肩から下げられるサーベルが見える。照らされてチラつくそれに、ヴァルサスは突っ込むべきか迷っていた。
「ヴァル、どうしたの?」
「なんでもねぇ」
たどり着いた花火会場は、四名分の席が設けられ傍には小さなテーブルもあり、ヴァルサスは自身の知る花火鑑賞とは乖離があり過ぎてフリーズしてしまう。
騎士達は会いたスペースにシートを引いて座っていて、グランジに至っては、フランクフルトやチョコバナナ、ベビーカステラなどを頬張っている。ジンもじゃがバターを食べていてキリヤナギが珍しそうにみていた。
「何それ?」
「バターの乗ったじゃがいもです。入ります?」
「ううん、今はお腹いっぱいだし帰りに買うよ」
足元にはエリィが伏せ、4人もまた空を見上げるように腰掛けるが、ヴァルサスは周辺にいる騎士がいつのまにかジンとグランジ、セオ、ヒナギク、ラグドールの5名しかいないことを不思議に思っていた。
一緒に出てきたはずのサカキの隊とセシルとセスナ、リュウドがいない。
「親父は……?」
「ここは使用人に人数制限あって5人までなんです」
「そうなんすか?」
「その間は隊長も花火楽しむって言ってました」
「ふーん」
ジンの言葉にキリヤナギは、まるで無視するように反応を示さない。ローズマリー領の澄んだ空を見上げ、輝く星を楽しんでいるようにも見えた。
そして、ある瞬間に金の光が空へと昇り大きく弾ける。胸へ圧が掛かるような爆音は、一瞬耳を塞ぎかけるが聞いているうちに慣れて心地良くもなっていった。
「素晴らしいな……」
アレックスの感想が聞こえ、その場の9名はみな夏の花へと酔いしれる。
*40
空に美しく咲く花は、爆音を立てながら花開きオウカ国、ローズマリー領の空を彩る。花火大会の会場から、少し離れた林に、マリア・ロセットはとある装置を握りしめて震えていた。
その機器は、スイッチの役割があり押せば大事故を引き起こすであろうと言う仕組みが施されている。マリアは、その機器の機動しなかった場合、アロイスへすぐさま連絡しなければならないが、マリアの心は、もう限界に近かった。
誕生祭での襲撃は、以前から潜伏していた同胞へ呼びかけられ、かき集められた者達だった。王宮の警備が硬く、なかなか進捗が見込めない工作員達へ、アロイスは「王子さえ手に入れれば後で助けにゆく」と言いくるめ、彼らを全て捨て駒にした。
ジギリダス政府は、工作員達の育成をしながらも派遣した後のフォローは一切なく期限だけを設け、ある程度の成果が認められなければ、粛正にかかる。
アロイスに集ったもの達は、死にたくはないと藁には縋る思いで協力してくれたのに、皆が殺されたり捉えられてしまい、また自分だけが何事も無い事実が受け入れがたく罪悪感で潰されそうになる。
しかしアロイスと共にいれば、ある程度の戦果は約束され、本国に居る母へもう一度会えると思うと、マリアはそのスイッチを押すしか選択肢なかった。
花火が上がり明るい林で、マリアがスイッチを押す覚悟を決めた時、後ろから僅かに草木を踏む音が聞こえ、振り返った。
そこにはすでに武器を抜いた男。金髪の彼は両手剣を鞘から抜かずこちらを殴りに振り込んでいた。
マリアは驚いたが、息を吸い込み後ろへ下がって身を翻すように懐から短剣を投機する。
鞘で弾かれた短剣が床へ刺さり、金髪の男。リュウドはさらに踏み込んできた。
「何故ここが……!」
「騎士団をなめんな!!」
リュウドの両手剣は重く、マリアの短剣では受けきれない。止めることを諦め、マリアは一旦距離をとると、片手に持っていたスイッチを押した。
直後。連続した電子音の後。祭り会場の方角へ爆音が響き渡る。リュウドはその音に思わず足を止め、マリアは林の中を通って闇へ紛れた。
そこから聞こえてきたのは悲鳴だった。多くの人々がパニックを起こした断末魔に、リュウドの手が思わず止まる。
マリアはその隙に後退し、リュウドから逃れた。
感情を堪えながら林を走り、こちらを見失ったことを確認するとちょうど林が終わりを迎え広場へとでる。その広場は、その日花火大会で経路を統一するため通行禁止になっていた広場だった。
間も無く人が来るであろうと言う場所に、マリアは崩れ落ち悲鳴を上げるように泣き出してしまった。
*
『ごめん、サカキさん。見失った!!』
「リュウド君か。大丈夫だ。【見て】いる」
花火大会の会場から少し離れた林で、サカキ・アゼリアは、護衛騎士のツクシと共に【千里眼】にて敵を追っていた。
久しぶりに宮廷騎士のグループ通信へと入ったサカキは、その賑やかさに困惑もしたが、突然起こった爆発に思わず身がこわばってしまう。
『アゼリア卿。何がおこっている?』
「ストレリチア卿。花火師達の施設で爆発が起こった。会場でパニックが起きている」
『殿下は?』
サカキがみると、ジンに庇われているキリヤナギがいた。しかし犬がパニックを起こし、首輪から抜け出して走り抜けてゆく。キリヤナギが後を追いかけて、ヴァルサスと一名の騎士も続いていた。
「林の方へ犬を追われています」
『そうか。なら私も殿下の元へ向かう。敵は?」
「私の目には十名ほど、一名が会場方向へと向かっている。周辺にいた敵はすでに掃討した
『ありがとう。貴公を連れてきて正解だった』
「労いは終わった後で構いません」
サカキ・アゼリアの【千里眼】は、夜目に長けており暗い場所でも敵を捉えることができる。セオにはないその特性は、アカツキ・タチバナが「役に立つ」とだけ言ってセシルへ同行を勧めたものだった。
一旦通信をおえた直後、ツクシが背後へと反応をみせ、サカキは瞬時に身を翻す。
響いたのは銃声で、サカキは騎士と共に木の影へと隠れた。しかし敵は接近しているのか草を踏む音が聞こえ、サカキはさらに距離をとる。
大胆に接近してくる敵の【認識阻害】を理解したサカキは、月明かりが無いことを念頭において凝視した。
影は見えないが、サカキは夜の方が得意だった。わずかな光からその目に人間のシルエットをとらえたサカキは、狙撃してくる敵の隙をつき狙撃で返す。敵の身体をわずかに掠め、動揺した相手へ更に追撃を加えるが弾丸は何かに弾かれた。
セシルから報告されていた敵の防弾スーツを察し、さらに連続して当てにゆくと隙間へと入ったのか敵は床へと倒され、即座にツクシが床へと押さえ込んだ。
「1人抑えた。みんな、他は頼む」
『わかったので早く【千里眼】使って下さい!』
そうだったと、サカキは再び周辺の索敵へと移る。
*
セシルは、セスナと背中合わせに対面し、お互い向かいにいる敵と対峙する。セスナは、セシルの心を読みながら2名の敵の心の声を探っていた。
その声は臆病なものだった。死にたくはないと言う本音と、逃げても殺されると言う恐怖とのせめぎ合いだ。
戦果を残さなければ、来月は生きているかわからない、せめて騎士を1人でも殺せば1カ月は延命できると言う野心にセスナは、何を話せばいいか分からなかった。
「貴殿らの立場はある程度理解している。対話に応じ、速やかに報復するのならば、オウカは一時その命を保障しよう」
セシルは、捉えた者への尋問から、その命を天秤に掛けられていることを掴んでいた。
死にたくはないと言う彼らがこちらへ寝返るなら、せめて生きる事はできると交渉を行っているが、彼らは皆家族を自国へと残しており簡単には翻らない。
何故そんな条件に乗ったのかと思えば、
粛正は国内で伝えられる事はなく、入国してから知らされた事で、ある程度の戦果を上げなければ国にすら帰る事は許されない。それは、例え強制送還であったとしても「工作員であった」と言う事実が「あってはならない」ことだからだ。
そういった報告を聞いたシダレ王は、彼らも被害者であるとし殺人を行っていない者に限り自由を認めずともオウカで生きることを許した。それは自由を認めないと言う建前の元、塀の中で匿う「保護」にも近く。これにより、数年前からは自首するものも少しずつ現れている。
そんなセシルの説得も届かず、二名の敵はまるで機械のように2人へと突撃する。
セシルは、セスナが【服従】の波長をガードするシールド式イヤホンの装着を確認すると声を響かせた。
「-停止せよ-」
敵が、止まる。
振りかぶった時に止められた敵は、そのポーズのまま床へと倒れた。動けず、しかし動こうと悶える二名へセシルは冷ややかな目で命令する。
「-自害しろ-」
敵は、自ら左胸にナイフを突き立て自滅する。セスナもまた場を見据え、二人は王子のいる花火会場へと向かった。
*
突然起こった爆発事故に、ジンは咄嗟にキリヤナギを椅子から下ろして庇う。
ヒナギクとラグドールも、貴族の二人へ覆い被さり、グランジは即座に銃を構えて周辺を見渡した。
敵らしき影はない。
音に驚き、逃げ出した鑑賞客は、我さきにと出口へと走ってゆくが、突然集まった人々に出口がパンクし多く人々の悲鳴が聞こえていた。
ローズマリー騎士団からのアナウンスが流れ出してゆく会場で、爆音でパニックを起こしたエリィが、首輪から力づくで抜け出し走り出してしまう。
「エリィ! ダメ!!」
「殿下!」
ジンを押し除けたキリヤナギは、出口とは逆方向へエリィを追う。ヴァルサスも即座に走り出し、セオも続こうとするが、グランジが彼を止めた。
「セオでは追いつけない」
「くっ……」
グランジは、ジンへ任せその場へと残こるとにした。
エリィはかなりのスピードで走り抜け、整えられた芝生の会場から隣接する林の中へと飛び込んでゆく。草木が生い茂るそこへ足を取られないように追うと堤防へ隣接する歩道へとでゆく。
乗り越えられない壁が現れた事で、エリィが我に帰り、追ってきたキリヤナギに気づいて飛び込んできた。
震えるエリィをさすって宥めていたら、後ろからサーベルを持ったジンとヴァルサスもおいついてくる。
「殿下。怪我は?」
「ないよ。大丈夫」
「犬のことじゃねぇぞ。突然どっかいくな!!」
「ヴァル……ごめん」
エリィはキリヤナギから離れる気配がなく。抱き上げて落ち着かせる彼に、ヴァルサスもため息が出てしまう。
「びっくりしたんだな……」
「うん」
ほっと息をつく2人を見てジンは、デバイスで位置を確認しながら、通信用のシールド式イヤホンを装着する。そこには既に騎士の皆がログインをしていて、数名の敵が会場周辺にいることが報告されていた。
「殿下。あっちに行けば避難経路みたいなので、アレックスさんとククリール嬢に合流しません?」
「うん。付き合わせてごめん。ありがとう、ジン」
「本当、危なっかしいよな……」
ようやくエリィも落ち着きキリヤナギは、そっと床へと下ろした。しかし、リードを会場へ置き去りにしていることに気づく。
「抱っこしないと……」
再び抱き上げる王子に、ヴァルサスは何故彼が動物に好かれるか理解できた気がした。
大人しく抱かれたエリィだが、突然その耳をピンと立て逆方向へと首を向ける。
「エリィ、どうしたの?」
直後、三人の耳へわずかに高い慟哭が響いてきた。泣き叫び助けを求めるような声に、エリィは王子の腕から抜け出し、再び夜の歩道を走り出す。
またも避難経路とは逆方向で、ジンは呆れるが、人がいるなら誘導せねばならないと何も言わずに追った。
そして、歩道の添いにある水飲み場で、寄りかかる小柄な女性を発見する。エリィは嬉しそうに吠え、泣き叫ぶ彼女へと飛び込んだ。
水飲み場のある広場で感情が弾けたマリアは、泣き叫ぶ最中、目の前に現れた犬の驚き思わず尻餅をついてしまう。
「……マリー!」
「……!」
ジンは王子の腕を掴んで止め、後ろへと下がらせた。銃を抜くその様子に、ヴァルサスが前に出て彼女を庇う。
「マリーちゃん!」
「あなた、は……?」
「探したぜ! 会えてよかった」
ジンは銃を下ろさない。しかしそれに気づいても、マリアにはもう戦う気力は残されていなかった。
「ごめんなさい。何もかも、嘘なんです、私は……」
「分かってるって、俺と一緒に首都に帰ろう、どうとでもなるってさ」
「……!?」
何を言われているのか彼女に理解できている様子はなかった。
それを踏まえジンは、ヴァルサスの為に全てを話す。
「ヴァルサスさん。その人は敵です。国家反逆罪で騎士団で指名手配されてる……」
「知ってますって、でもその事と俺は関係ない。逃げようとも思わねぇ、だからこれは『説得』」
「……!」
「マリーちゃん。俺、支えるからさ。オウカで生きていかねぇ? 裁判どうにかなれば、死なずに済むって王子がいってたからさ、大変だろうけど、俺も頑張るし……」
「……」
「あぁ、もう、いい言葉全くでねぇ!」
ヴァルサスは、マリアの右手を掴み跪いた。真剣な表情で彼は手を取り真っ直ぐに続ける。
「俺と、付き合ってください……!」
突然紡がれた恋の言葉に、ジンは思わず緊張が解けてしまいそうになる。キリヤナギも恥ずかしいのか思わず後ろに隠れてしまった。
しばらく呆然としていたマリアだが、目を瞑っている彼にハッとし、突き飛ばす。
直後に響いたのは銃声だった。
床を跳弾し、街灯が一つ壊れて灯りが減る。ジンは新しく木陰から狙撃してきた敵へ牽制を行い。キリヤナギを再び林の中へ隠した。
「可愛らしい鳴き声を心配してきてみれば、飛んだロマンス会場にお邪魔したみたいですね」
「アロイス……」
新しく出てきた男に、エリィは震え上がりキリヤナギの元へと戻ってくる。その異様に殺気立つ雰囲気に、ジンは直感で危機を感じた。
「ヴァルサスさん、離れて!!」
さらに狙撃し、ジンはマリアとアロイスを引かせる。
しかし状況が不利すぎて、今はキリヤナギの元から動く事ができなかった。人数でみれば2対3だが、キリヤナギとヴァルサスは戦力として数えられないからだ。
「ジン、僕も……」
「殿下、ダメです」
ジンの表情は、必死だった。飄々としている彼がそこまで必死になるのは、本当の意味で危険だと判断したからだ。自身でフォローが効かないほどの劣勢。キリヤナギは冷静にデバイスで応援を募る。
「てめぇがマリーちゃん泣かせやがったのか、ゆるさねぇぞ」
「おや、勇敢ですね。銃が見えませんでしたか?」
「みたよ。ちびりそうなぐらい怖え、でもマリーちゃんより先に逃げれないだろ」
「……!」
「生憎ですが、そこの『マリー』さんは、この桜花でも極刑が免れないことを何度も犯しています。どうせ殺されますよ」
「それは裁判で決める事だろ! てめぇの基準で考えんな!」
「おやおや、失礼しました」
楽しそうに笑うアロイスに、マリアはようやく冷静になり状況がわかってくる。一度状況を俯瞰し、最善の行動が過った。
「アロイス……。行きましょう」
「マリーちゃん?!」
「貴方なんて知りません。そんな名前ではないもの……」
「そうでしたね。マリア・ロセットさん」
「……っ!」
「マリア……?」
「私は、この国の人間じゃない。だから知らない。アロイス。あそこの騎士さんは、王子に触らなければ見逃してくれるわ」
「たった1人の負ける気はしないのですが」
「私達の隠れ家の一つ破壊したのは、彼よ」
「ほぅ?」
キリヤナギは、誕生祭の前、事故現場の付近にあった敵のアジトを思い出していた。大勢の人間が飛び出してきて、ジンと2人で対処した記憶がある。
「『タチバナ』。確かに部が悪い」
能力者だとジンはピンときた。そして慎重だとも感想する。
本来なら『タチバナ』と聞いただけでその単語に畏怖を抱く事はないからだ。ここであえて名を出し、自分達が『引く』ことを示唆するのは、『タチバナ』の強さをある程度知っていると言うことになる。
「王子を前にして残念だが、私も命は惜しい。ここは素直に帰りましょう」
「マリー……ちゃん?」
マリアは、ヴァルサスを無視しアロイスの元へと歩いて行く。
呆然と身送ることしかできないヴァルサスは、ずっと目が合わなかったその男と今初めて目があった。
「ついでに我々の命の為に、死んでおいてください」
瞬時に向けられた銃口に、ヴァルサスは反応ができなかった。ジンもほぼ同時に狙撃したが、引き金は引かれ弾丸は筒を離れヴァルサスへと向かう。
ジンも距離があって間に合わない状況下で、ヴァルサス前に覆い被さる影があった。
工作員は皆、オウカ製の銃の威力に合わせたシールドアーマーを着用しているが、ジギリダス製の銃は、それを破壊する威力で作られていて、打たれると鎧ごと破壊され致命症となる。
またアーマーを破壊し、威力を削がれた弾丸は、背中側を守るアーマーによって止まり体内へ残る。
咄嗟にヴァルサスの盾となったマリアは、アロイスの銃によってアーマーを破壊され、胸にその弾丸を受けた。ゆっくりと倒れてゆくマリアに、ヴァルサスとキリヤナギは理解が追いつかず硬直する。
ジンは、さらに狙撃しアロイスへ打たせない為に前へと突っ込んだ。直後、キリヤナギは、後ろから現れたセシルに赤の騎士服を被せられ、退避させられる。
ジンは、ヴァルサスからも距離を取る為さらに狙撃をしてアロイスを引かせるが、敵はまるで戦闘を拒むように下がるばかりだった。
「貴方と戦う気は無いんですが……」
「異能返して下さい」
「ふむ、意外とドライなんですね」
一番言われたくない相手だと、ジンは舌打ちをする。途端敵は足へ【身体強化】を使用したのか。付近の低い建物へと跳躍し屋根の上へと乗った。
さらに狙撃を続ける最中、1発が肩へと命中し、アロイスを建物から叩き落とす。
即座に回り込み、待ち構えた敵の弾丸をやり過ごすと、敵は銃を捨て向かってきた。
威力のある銃は、一度に装填できる弾丸の数は少ない。打ち切ったのだろうと察し、ジンは攻撃へ転じてきた相手の回避へと全力を注いだ。
肩から流れる血をみて肩にシールドは無い事がわかる。今まで弾かれてきたのは、胴体と背中だ。つまりそれ以外には通ると、ジンは時間を稼ぎながら逃げられないよう、障害物の多い林へと誘導する。
アロイスは、拳で木の幹を凹ませ、蹴りはまるで剣のように草木を薙ぐ。一撃でも当たれば死は免れない威力だが、当たりさえしなければ問題はないと、ジンは暗がりに気をつけ、木々を盾にしつつ集中する。
そして相手の腕を掴みパワーを利用する形で床へと倒す。
「なるほど、厄介です」
アロイスはまるで飛び上がるように起き上がり、短剣をとりだして向かってくる。
ここ数ヶ月で戦ってきた敵の中で最も強いとジンは、考察さえも惜しみながら僅かな思考の隙間で感想する。
どっしりとした身体に弾丸を弾くシールドを思わせない動き、攻撃のテンポは不安定で僅かにでも驕れば死が見える。躊躇いがないのは、おそらく今まで当たり前のように人を殺してきたのだ。
おそらくこの男にとって、マリアもヴァルサスも差なくただの駒でしかない。自分の為に利用し、「どちらが死んでも良かった」。
「貴方は、私と同じ素質がありそうです」
「一緒にしないで下さい」
否定はするが、ジンは心では同意してしまった。人が目の前で死んだ時、本来ヴァルサスやキリヤナギのように動揺する。つまりアロイスはジンから逃げる為に、ヴァルサスを殺し、ジンの動揺を誘おうとしたのだ。結果的に死傷したのはマリアだが、この男にとってその人物は誰でも良かったのだろうとすら思う。
人が傷付けば自ずと騎士は救護に回るしかない。それは火事が起こった時、宮廷が人命に任務をシフトした時点で成功体験として残っているからだ。
しかしジンは、マリアへ救護へ行かずアロイスへと突っ込んだ。つまり人命よりも敵を優先したジンは、他ならぬ目の前のこの男のように人の死へ心が動かない非道な人間とも言える。
距離を取り狙撃するが、単に打つだけではシールドに弾かれて通らない。攻撃は早く、短剣に切り替わったことでより距離を詰められて構えるのが難しい。また今は騎士服ではなく浴衣で、普段服の中へ来ているオウカ製の盾もない。
このまま回避を続け時間切れを待つのもいいが、そんな相手ではないとジンは奢らなかった。
アロイスの攻撃をギリギリまで引き付け、すれ違う形で前転したジンは、その僅かな距離から銃を構える狙撃する。
狙ったの頭だった。敵のこめかみや髪を掠め、殺意を察した敵の口角が緩む。
「躊躇いのない人は好きです」
こちらは大嫌いだと舌打ちをした時、アロイスの後ろへ更に人の気配がありジンは身構えた。草木を踏むわずかな足音はテンポが速く。アロイスも反応をしめす。
茂みから飛び出し突っ込んできたのは、リュウドだった。彼はアロイスが銃を持っていない事を確認したからか、両手剣を下から薙ぐように振り上げる。
しかし、その大ぶりな動きは読みやすくアロイスは風に乗るようにひらりと後退し、懐から投機武器をなげてくる。ジンの方向へも投げ、木を盾にさらに狙撃した。
「流石に部が悪いか……」
「……っ!」
更に接近を試みるリュウドだったが、アロイスは残りわずかに迫る【身体強化】をつかい、林からでて建物の屋根へと登る。
「遊びすぎました。それでは、ごきげんよう」
「まて!」
ジン再び狙撃しようと構えるが、直後リュウドも【身体強化】を使い建屋の屋根へと追う。
味方には当てれないとジンが渋るうちに、アロイスは次々と屋根を飛び移り、視界から消えていった。周辺で確保の準備をしていたローズマリー騎士団が次々にあらわれ、自動車だけでなく救護の搬送車まで来ている。
「大丈夫ですか?」
「え……」
ふと身体をみると浴衣のありとあらゆる場所が避け、傷だらけで血まで出ている。痛みがないのかと思えば、徐々に増してゆき、朦朧としてきてジンは、騎士団へ支えられる形で倒れた。
*
騎士こ皆が王子の元へ合流してゆく中、暗がりで広がってゆく血溜まりに、ヴァルサスは必死に呼びかけていた。まだ少しだけ息があるマリアは、口からも血が逆流して溢れ、まさに染まっていると言える。
「マリーちゃん! 嘘だろ!!」
「……ごめん、なさい。貴方の名前、ほんとうに、覚えてない……の」
「……っ!」
「でも、うれしかった……こんな私でも、すきになってもらえた、かあさんに、じまんできる……ありがとう」
マリアは、ヴァルサスの手に触れ意識を失ってゆく。涙が止まらないままヴァルサスは叫ぶしかなかった。
キリヤナギもまた、セシルとセスナに抑えられ退避させられたと思えば、無理矢理自動車に乗せられかけて抵抗していた。
状況を見にゆこうとするキリヤナギへ、グランジも出てきて羽交締めにしてくる。
「放して!!」
「落ち着け!」
「マリーがーー!」
行かせてはいけないと、普段以上にグランジの腕は硬かった。そんな状況下で、自動車へ押し込もうとしてくる他の騎士を引かせ、セシルはキリヤナギへと跪き真剣な表情で述べる。
「殿下、ジンが戦っています」
「……!」
「ヴァルサスさんは無事です。犬のエリィも、ここへ」
セスナは、抱き上げたエリィ床へと下ろしてくれた。犬はキリヤナギを離さないグランジへ吠え、浴衣の裾を加えて放そうとする。
「ジンから、拡張マイクで会話を聞いておりました。今ヴァルサスさんは、『マリー・ゴールド』嬢と最後の時を過ごしています」
「!」
「どうか2人きりに、最後の時を……」
キリヤナギは感情が抑えきれず、泣き出してしまった。それはある時から泣くのをやめた王子の数年ぶりの涙だった。