第十一話:ローズマリーの花畑

「眠い……」
「王子」

 移動する自動車の中で、キリヤナギは頬杖をつきながら移動していた。昨晩の移動から夜会を終え、王家の別宅にて一夜を過ごしたキリヤナギは、その日早朝からマグノリア領の北東にあるオウカの旧古城へと足を運んでいる。
 今日は、ククリールを案内したいと言うアレックスの希望に応え、ヴァルサスと共に自動車の後部座席へと座っているが、貴族ではない相手にスイッチが入らず思わず大きな欠伸を落としてしまう。

「めっちゃ寝たじゃねぇか、ギリギリだったしさ……」
「うんー、でも眠い……」

 ヴァルサスが目覚めた時、キリヤナギはまだ寝ていた。出発の2時間前でも起きて来ず使用人へ起こされた王子は、ほぼ無理矢理準備をさせられて今に至る。

「まだもう少し掛かりますから、仮眠を取られても大丈夫ですよ」
「うん、寝る……」

 運転座席のセシルの言葉に王子は、座席後ろ側のトランクスペースからバッグに隠された大きめのぬいぐるみを取り出す。それは以前、ラグドールがクレーンゲームで獲得したものだった。

「……もってきてんのかよ」
「寝るのに良いかなって……」
「はは、常備のクッションは質素なものばかりですから」

 そう言う意味ではないと思いながら、ヴァルサスは寛ぐキリヤナギを困惑してみていた。
 その様は大学で昼寝をする彼と変わらない。

「どれだけ寝るんだよ……」
「元々沢山眠る方なのでお許し下さい」
「いや、いいんすけど……」
「貴族のお2人には、見せることはできませんからね」

 なるほどと、ヴァルサスは納得してしまった。公開旅行として領地を訪れた時点でそれは王子にとっての公務であり、貴族への対応は接待にかわる。学友であったとしても同じで、その姿勢を崩してはいけないのか。

「我々騎士は、殿下が学園生活をどのように送られているのか存じませんが、ヴァルサス殿に見せているその態度こそ、きっと真理なのでしょう」

 無防備に横になった王子は、仮眠とは思えないほどぐっすりと寝入っている。ヴァルサスが貴族ではなく一般だからこそ見せる様なら、それは信頼の証とも言える。

「隣の奴が寝てたらつまんねーじゃん、起きろよ」
「いだっ!」
「はは、楽しそうで何よりです」

 キリヤナギは、結局叩き起こされてしまった。眠気を抱えたまま、ヴァルサスと雑談をして過ごした移動時間は穏やかなもので、一行は山道を抜けた先にある古城へと辿り着く。
 そこは、とても栄えていた。
 主要都市からは辺境で距離があるが、自動車が行き交い、観光客向けの土産屋や景色を楽しめる宿などが立ち並ぶ観光地となっている。
 ゆっくり回りたいと言うククリールの為、ここに来ることは公開されていないと言うが、居合わせた旅行客は突然現れた車群に顔を見合わせて驚いていた。

「ここすごい落ち着く……」
「めちゃくちゃ広いじゃん、空気うめぇ」

 夏の澄んだ空を囲う山々をみると深呼吸がしたくなる。先に自動車から出ていたククリールも、日傘を指してアレックスと見て回っていた。

「人が多いのね」
「スイレン町と同じく、ここも観光地として新たに再開発を行った。楽しんでもらえたら幸いだよ」
「ふふ、ありがとう。アレックス」

 独特な二人の空気へキリヤナギは少しだけ、複雑な心境も抱いてしまった。
 ククリールをアレックスが案内する中で、キリヤナギもヴァルサスと共に城下の雰囲気を持った場所を歩いてゆく。今の首都とは違う古い時代の街は、入り組んだ道沿いに低い建物があり二階建てのものは珍しい。
 その殆どは復元されたものだとも言うが、今のオウカには見ない建物ばかりで興味が尽きなかった。

「王子見ろよ。剣があるぜ、両刃のやつ」
「え、珍しい」
「古来の武器のレプリカだな」

 土産屋の傍に旧時代の武器と書かれた看板があり、大きめの剣が置かれていた。観光客向けに持ち上げられるようになっていて、振るえないよう鎖で止められている。

「おっも……リュウド持てる?」
「俺?」
「リュウドさん?」
「リュウドって剣派だから」

 ヴァルサスがよくみると、彼は黒のケースの長物を持っていた。リュウドは一旦それをおろし、繋がれている剣を両手でゆっくりと持ち上げてみせる。

「これは……重量あるね」
「リュウドでも重いんだ……」
「これを背負い甲冑を着ていたという、現代では信じられないな」
「どうやって戦ってたんだろ……」

 キリヤナギが所定の位置へ剣を戻している間、ククリールはデバイスで写真を撮り、土産屋の亭主とも簡単な雑談をしているようだった。メモを取る彼女の後ろで、ラグドールが日傘を刺し、ヒナギクが護衛に徹している。

「城はもうすぐだ。進むぞ」

 アレックスの案内で、騎士達と共に三人は城を目指す。そして、丘の上の立派な城壁の向こうにその城はあった。
 今の城の半分ほどの大きさだろう。古い城壁の先に、絵本にもでてきそうな城がそこに聳えていた。

「うぉーアニメみてぇ!」
「アニメ?」
「ファンタジー世界の素材としては、人気がある様式だからな」

 中も豪華で赤の絨毯が敷かれた謁見室からホール。地下の駐屯所までは開放されている。通路には甲冑が並んでいたり、当時の絵画らしきものも飾られていて、まさに王家の雰囲気が演出されていた。

「ここすごい」
「なんで王子がテンションあがってんだ??」
「うちには無いし……?」
「それは、そうだろうな……」

 近代化に伴い、争いもかなり減ったことから防御に特化した城は役目を終えた。現代では、その国力と権力の象徴として巨大に建てられ、人々に認知されやすくなる事に重きを置かれたことで、武力を象徴する甲冑や武器は飾られなくなった。

「通路は思ったより狭い……」
「どこがだよ……」
「比較すべきではないぞ?」

 比喩するのならそこは確かに骨董品が沢山展示されている美術館だ。ホールには王族の肖像画や当時のレガリアのレプリカが飾られていたり、その時代に生きた人々の像などが展示されている。地下にゆくと騎士達の駐屯所があり、更に牢もあってキリヤナギは震えていた。

「今もあるんじゃねーの?」
「な、ないよ……」
「今は分けられているな。敷地内に『王の力』の盗難犯向けの留置所はあると聞く」

 騎士棟の地下にあった覚えがあるが、そもそも王宮は敷地が広すぎてキリヤナギは、宮殿の中ぐらいしか把握していない。
 旧王城は石壁に鉄格子のまさに絵に描いたような牢だが、現代では犯罪者も権利を持ち、人として生活できる環境が整えられている。

「オウカいい国じゃん」
「人は共存するものだが、全ての人間が善ではない。害を与える人間が野放しになっては、善良な市民に被害が出るからな」
「先輩はそう言うのに詳しそう」
「当たり前だ、貴族として一般平民は庇護すべきものでもある。彼らを守る為に害を与える者は容赦しない」
「本当、ブレないのね」

 写真を撮っていたククリールが、ようやく口を開き、笑っていた。アレックスは楽しそうな彼女の手を取り、皆で王城の二階へと足を運ぶ。
 2階以降は、普段一般には開放されていないが、今回王子が見学に来ると聞き、アレックスが、マグノリア公爵へ話をつけてくれていた。美術館となっている一階に比べ、2階は手入れはされていても、来客向けに改装はされておらず、元王城のリアルな生活感が残っている。
 少し疲れた王子は、使用人に案内され王城の一室で休憩させてもらえることになった。

「私は、もう少し見て回りたいのですが……」
「うん。僕は気にしないで、少し休んだら追いつくから」
「わかった。ではククリール嬢、私が引き続き案内しよう」

 ククリールは一礼し、アレックスと共に居室を出てゆく。
 元王城へもう人は住んで居ないが、当時の床や壁のデザインはそのまま残り天井にも絵が描かれている。一見するととても豪華だが、毎日見ると思うと疲れるとキリヤナギは感想を思っていた。

「王子、良いのかよ」
「何が?」
「姫、アレックスに取られるぜ?」
「え、うん。でも、僕はフラれたし……先輩も前から好きだったみたいだし」
「マジか? ……確かに言われたらあからさまだわ」
「ここはマグノリア領だから、今は先輩の番かなって」
「そ、そうだけどさ……もどかしくねぇの?」
「ないわけじゃないけど、選ぶのはククだし、ここに関しては先輩の方が詳しいから、僕は僕なりに楽しもうかなとは思ってるよ。ククの邪魔しちゃわるいし」
「悟りすぎなんだよ。もっと攻めてけよ!」
「ま、まだ友達だから……」

 ヴァルサスが睨みつけてきて、困ってしまう。仲良くする二人にキリヤナギも当然思う所はあるが、あの二人はもともと「そう」なのだ。それはキリヤナギの父、現王シダレと、アレックスの父、エドワード・マグノリア。そしてククリールの父、クリストファー・カレンデュラは、今現在キリヤナギの通う桜花大学院でのかつての学友でもあった。他の友人も交え仲が良かった三名だが、シダレの即位の後に何かがありカレンデュラ家は疎遠になっている。

「別に王子の事だし、俺がどうこう言えるもんでもないけどさ……」
「ありがとう。先輩には誠実でいたいんだ。僕の意思を汲んでくれるから」
「じゃあさ、騎士さん達はどう思ってんだよ」
「どうって?」
「ヒナギクさんとかめちゃくちゃ美人じゃん、そう言う関係とかねぇの? 貴族」
「な、ないよ!? み、身分違うし?」
「ないわけないだろ? ほらこのパンフレット見たら駆け落ちとか居たみたいじゃねーか」
「昔はあったかもしれないけど、ぼ、僕は知らない!!」
「ヴァルサスさんって、そう言う話すきだよね」
「リュウドさん。わかります?」
「わかるわかる」
「リュウドも聞かなくていいから!」

 入り口ではセシルもセスナもいて使用人も聞いて居るのに、とても話せる内容ではない。
 キリヤナギは顔を真っ赤にしていた。

「ラグドールさんとかも可愛かったじゃん。俺正直羨ましいんだぜ?」
「ぼ、僕の周りは普段女の人いないから!  
 ラグドールは騎士棟と宮殿の医務室だし……」
「そうなのか?」
「そうなんだよねー、決まりが色々あるんだ。使用人も男性が多くてなかなか……」
「言わないでいいから!!」
「逆に息苦しいわ。どうやってんの?」
「言わない!!」
「本当耐性ねぇな」

 キリヤナギが項垂れてしまい、ヴァルサスは呆れていた。この王子と年相応の話ができないのは残念だが、この反応を見ていて面白いと思うヴァルサスもいる。

「そいや、ジンさんとセオさんは?」
「二人は、エリィを見てくれてるよ。広くて散歩にもちょうどいいから遊んでてくれるって」
「大変じゃん」
「他にも自動車に変な人が来ないように見張りかな? 発信機とかつけられたら困るしね」
「リュウドさん、そんなんあり? こえー」
「殿下、外に出るの久しぶりだから」
「サカキさんは、今日は一旦休みみたいだけど……」
「親父のことは聞いてねぇ!」

 先に行った二人は、女性騎士の二人と共に動き、セシルとセスナ、グランジ、リュウドは、キリヤナギの周辺を動いている。今日は先程の剣の話題もあったからか、リュウドが横についてくれていた。

「リュウドは僕と同い年なんだよね」
「へー」
「誕生日は殿下のが早いから、微妙に年下だけどね」
「じゃあ今年から騎士?」
「俺、騎士学校で一年飛び級したんだ。だから去年配属」
「エリートじゃん」

 少し照れるリュウドに、ヴァルサスは新鮮さを感じる。騎士と言う固いイメージをもつ彼らだが、想像よりも年相応の話題が通じるからだ。
 休憩を終えた二人は、そこから王城の三階から四階まで回り、王族のダンス練習用のホールとか神殿のような場所を見て回る。
 アレックスとククリールと合流した後は、最上階の部屋も見にゆき、入り口へ戻る頃には午後を回っていた。

「面白かった」
「意外とすごかったな……」
「歴史的な遺産を舐めるな」

 ヴァルサスが少し叱られていて、思わず笑いが込み上げてくる。ククリールは、王城からでてからも建物を見上げ、物思いに耽っていた。

「とても楽しかったです、連れてきてくださってありがとう」
「僕も一緒にこれてよかった」
「この後はスイレン町で食事の準備がある。案内しよう」
「本当にアレックスのターンなんだな……」

 駐車場へ戻ってきた四人は、犬のエリィと再会しキリヤナギは一番はじめに飛びつかれていた。そして王子を載せた自動車は、一般車道を通りマグノリア領のスイレン町へと向かう。
 マグノリア領スイレン町は、オウカ国に隣接する大河。ロータス側へ隣接する都市で、川から引き込まれた水の力で運送をになう水の都市だった。
 町中に轢かれた水路をゴンドラが行き交い、船によって運ばれてきた荷物をあらゆる場所へ運んでゆく。そんな光景を一望できる建物へ案内された四人は、この都市で獲れた川魚の料理へ舌鼓を打っていた。

「あれ、隊長さんは? 行きは運転してたよな?」
「セシルは、エドワードさんと話があるからちょっと外すって言ってたけど」

 マグノリア公爵の居るモクレン町は、確かに通り道だった。思えば昨晩の夜会でまた会うと話もしていたのを思い出す。
 窓の外を眺める王子は、向かいにいるアレックスへ口を開いた。

「先輩、あの船のれるの?」
「乗れるぞ、街を一周できるプランを立てたおいたので楽しみにしておいてくれ」

 王子はとても楽しそうに、街の景色を眺めていた。
 
 王子の旧王城の観光が終わり、一人モクレン町にて降車したセシル・ストレリチアは、エドワード・マグノリア公爵へ謁見に向かう。
 昨日きたその場所は、すでに歓迎の雰囲気はなく公的な施設として聳えているようにも見えた。

「遅れて申し訳ございません。宮廷騎士団、大隊長セシル・ストレリチア。ここへ参りました」
「よくきた。ストレリチア卿、任務中にすまない。ここで改めて顔を合わせられるのは光栄だ」
「恐縮です」

 昨日と同じく穏やかに応じてくれるエドワードにセシルは思わず緊張がほぐれてしまう。由緒正しくまた誇り高いマグノリア家は王族にこの上なく好意的で信頼にも厚いからだ。

「我が弟のセドリックが悪いことをしたな」
「セドリック殿に非はございませんが……」
「殿下が倒れられ、親衛隊長が貴殿へと変わってからの回復は目まぐるしい、これは一つの成果だ。誇ると良い」

 セシルは上手い言葉が出てこず苦笑しかできなかった。宮廷騎士団に所属するセドリック・マグノリアは、エドワード・マグノリア公爵の弟にあたり、かつてのセシルの上司でもあるからだ。また、キリヤナギの以前の親衛隊を務めていた実績がある。
 つまりエドワードの言葉は、王子が病に倒れた事実がそのセドリックによるものである可能性を認知していると言う事になる。

「誕生祭でのことはある程度聞いているが……」
「はい、マグノリア公爵閣下。私はシダレ陛下より直々に伝言を預かって参りました」
「ふむ、なんと?」
「『宮殿はもう何がおこるかわからない。いざとなれば任せる』と……」
「……そうか」
「私は深くは存じませんが、ここ最近はご夫婦の溝が深く……」
「は、相変わらずだな。シダレ陛下の夫婦仲に関して、私はそこまで重く捉えてはいない。殿下は気の毒にも思うが……」
「……私どもは殿下を守りきれず……」
「誕生祭の件を責めるつもりはない。むしろ、どうやって入り込まれたのか興味深いものだ」
「騎士よりも使用人は審査が甘く、顔写真付きの身分証のみで確認であったとのことです。また宮殿内部での仕事は、勤務歴3年以上が最低限ともされていましたが、敵は長く時間をかけて準備し、ことに及びました……」
「そうか……恐れ入ったな」
「我々、タチバナ、ミレット、ストレリチアは、王宮へ勤める1300名の使用人の照合を終えましたが、敵はもともと勤務していた者を脅していたりと特定は難航しております」
「ふむ、タチが悪いな」

 もはや身元だけでは特定が出来ないほど、敵は浸透していた。騎士団は巻き込まれかねない使用人達へ注意喚起しつつ、水面下で対応に当たっている。

「アカツキは顕在か?」
「はい。変わらず」
「なら、そこまで心配する必要はあるまいよ。不安は残るだろうが彼が騎士長である限り、宮殿はどうとでもなるはずだ」

 エドワードの楽観的な言動を、セシルは全て理解するまでには至らなかった。宮廷騎士団でのアカツキ・タチバナの立場は、年々意欲を失いつつもあるからだ。

 午後にスイレン町へと繰り出した王子は、学生組の三人と共にスイレン町のゴンドラへと乗り込む。まるで通路のように弾かれる水路は、すれ違うゴンドラや建物を鏡のように映し、それを無垢に咲くスイレンの花が彩っていた。

「涼しいー」
「オウカにもこんな場所あったんだな……」
「ヴァルサスも初めてか?」
「実はそうなんだよ。ローズマリーとか イドランジアには家族旅行でよく行ったんだけどさ」
「確かにその2箇所と比べるなら地味な事は認めざる得ない」

 食物が豊富で海があるローズマリーは、オウカの中では屈指の観光地で、毎年この時期は休暇で多くの人々が訪れる。またハイドランジアは火山がありそれを利用した温泉街もあって、人々が日頃の疲れを癒しに訪れる名所でもあった。

「僕はここも楽しいかな」
「知名度では劣るが来ても損はさせない。近年では橋もできるからな」
「橋?」
「マグノリアのこの位置は、ロータス川の川幅が最も狭まる場所でもある。よってガーデニアとの国境橋を掛ける事が近年でまとまった」
「へー」
「今ちょうど建築のための測量をしている筈だ。見に行くか?」
「いくいく!」

 流れる風景を静観する中、相変わらずククリールは会話の中へは入ってこない。ゴンドラを降りた後もそれは変わらず、少し心配にもなってしまう。

「先輩、ククは大丈夫かな?」
「あぁ、元々一人が好きな女性だ。そっとしておく方がいい」

 路地へと差し込む光をククリールは眩しそうに見上げ、少しだけ笑みをこぼしていた。一人が好きにも関わらず敢えて同行を選んでくれている彼女は、少なくとも皆へ合わせてくれていると言うことになるからだ。

 騎士達と合流し、リードに繋いだエリィと共にスイレン町を観光する王子は、短い橋を渡ったり、道中の出店で飲み物を買ってみたりと旅行を満喫していた。
 騎士達も私服で一般に紛れ、王子から目を離さないようにしつつ、一行は川沿いの展望台へと足を運ぶ。
 ウッドデッキがあるそこには、奥に港ができるであろうと言う仮の建物があり、その周辺には、中立地帯となる線が引かれている。
 桜花の職人とガーデニアの建築士が話し合う様子を興味深く眺めていたら、一人の職人がこちらを見てもう一度振り向く。まるで信じられないような表情で見られ、キリヤナギが手を振ると振り返してくれた。

「王子って以外と人気あるんだな」
「珍しいだけだと思うが……」
「そうかな? 別に普通にいるよ?」
「そ、そうだな」

 アレックスは、思わず言葉に困っていた。ククリールも広大なロータス川を眺め穏やかな風に身を任せている。
 遠くにみえるガーデニアは、備え付けの望遠鏡でみるとかなり高い建物が立ち並び発展した都市だと言うのが窺えた。

「この川、海みたいに広いよね」
「? 向こう岸見えてる時点でそこまで広くないでしょう?」
「え”」
「海を見たことあるのか? そもそも」
「あ、あるよ! 8年前だけど……」
「わすれてるんじゃないかそれは……」

 キリヤナギが焦っている様にジンを含めた騎士隊の皆が困惑している。たしかにロータス川は幅が1キロ以上あり、陸からみれば視界全てが川になるほど巨大ではあるのだが、比較を海にするなら、些か小さく感じるのも理解はできるからだ。
 思わずしょんぼりしているキリヤナギに、ジンも少し焦っている。

「殿下、総スカンすね……」
「普段どおりですが……?」
「ぼ、僕、普通に生きてきたつもりだったのに……」
「普通では無いんじゃ無いか?」
「普通じゃねぇなぁ……」

 騎士の皆も何も言えなくなっていた。しかし普通の友達の会話で、安堵の気持ちを持つセオも居た。
 セスナがそんなキリヤナギのがっかりした気持ちに陰ながら同情していると、川の向こうから、小型船が水面を走ってくる。小さかったそれが徐々に大きくなるのを観察していたら、セスナが時計を確認して口を開いた。

「殿下、間も無く日も暮れますので、モクレン町へ戻られませんか?」
「ぇー、もう少し歩きたいんだけど……」
「列車が出るのは夜ですが、アゼリア卿とも合流しなければなりません。観光時間もお取りしましたので、ここは移動を」
「うーん、わかった……」

 列車は日付の変わる数時間前に発車し、朝の起きる時間へ合わせるようにローズマリーへと辿り着く。朝から一度別宅へ向かい、午後から公爵の元へ顔を出すスケジュールだ。
 少しだけ名残惜しそうにスイレン町を去る王子だが、その表情は変わらず少しずつ日のくれる都市を眺めている。

「ローズマリーって海以外にいくとこあるのか?」
「あるよ。公爵家にも知り合いがいてさ。たのしみなんだよね」
「へぇー」
「久しぶりに連絡をとったらウィスタリア家のみんなもきてくれるみたいで……」
「ウィスタリア?」
「公爵家だな。ローズマリー家は、現世代で男児に恵まれずウィスタリア家から養子に迎えたと言う」
「せ、政略的っーか……。と言うか公爵って、世代変わるごとにリセットされるのになんで次世代のことまで考えるんだよ。継げないなら意味なくね?」
「古い考えではあるのですが、オウカの公爵は、異能の中枢を担っているのもあって王が退位する前に暗殺や事故などで命を落とすことが少なくなかったの」
「今は平和だが、戦時中はいちいち選挙などやってはいられないからな。政治的な混乱を防ぐため、公爵が命を落とした際には
、その家の血縁が跡を継ぐと言う決まりがある」
「ふーん」

 オウカの選挙は大まかに二つあり、一つは王が即位する際に行われる公爵家を決める選挙だ。これは各領地から立候補した貴族と、王の推薦した人間によって人が建てられ国民が選ぶ。もう一つは数年に一度選ばれる議会委員を選ぶ選挙で、こちらはそれなりに高頻度で行わるいわば定例行事だった。

「我々公爵家にとっては、政治は『家』で行うものだ。一般への生活へ影響が出ないよう。求められている思想を引き継いでゆく事が重要だと考えている」
「時代に合わせるのも必要ではなくて?」
「そ、それはその通りだな……」

 小さく笑うククリールに、ヴァルサスがついてゆけている気配がなかった。議会委員は身近なものだが、公爵家は数十年に一度しかない為、その考えに馴染みがないのは確かにキリヤナギも理解はある。

「ウィスタリアとローズマリーは、今だと珍しいけどこの二つの家が結婚したのは、元々ウィスタリア側の希望もあったみたい」
「それって?」
「一目惚れとか好きになった? 僕が聞いたのは、初めて会った時に『自分で守りたい』って思ったって」
「めちゃくちゃロマンチックじゃん」
「二人とも優しいから僕は信頼してるよ」
「誕生祭で顔を見たが、確かにあの二人と王子は相性が良さそうだ」

 キリヤナギも少しだけ憧れていた。
 王室と言う制限の多い場所から見た彼らは、キリヤナギにはできない恋を実現させたとも言えるからだ。

 モクレン町へと戻った四人は、公爵家へと戻り最後の会食へと参加する。エドワードを交えた空間は、メディアもおらず和気藹々としたものでそこへ緊張は見えなかった。
 会食を終え、列車の時間までまだ余裕がある頃、食卓から出てきたヴァルサスが意味深な顔でアレックスを見ている。

「アレックスって、どんな部屋に住んでんだよ?」
「今は首都だが……」
「ここが実家なら自分の部屋あるんだろ? 見せろよ」
「人の部屋を見たいなんて下品な方ですこと」
「あん? 友達の部屋に興味もって何がわるいんだよ!」
「はは、『友達』か」
「僕も気になる!」
「まぁいい、他に機会もないだろうしな」
「私は、先にリビングに戻ります」
「すまない。すぐに向かうよ」

 ククリールは身を翻し、騎士と共に階段を降りていった。
 アレックスに案内のもと二人が彼の部屋へと向かうと重厚な両開きの扉の前に案内され、ヴァルサスが衝撃を受けている。

「ホール?」
「部屋だぞ」

 躊躇いなく開けられた先に、キリヤナギは感心してしまった。キリヤナギの自室とは半分ほどの広さだが、巨大な書棚と勉強机、パーテーションによって分けられた天井付きのベッドが有る。内側の壁はクローゼットになっていて開けると鏡も出てきた。

「広すぎじゃね??」
「生活感あるー!」
「今は叔父の家にいて使ってはいないがな……」

 ヴァルサスは早速書棚をみたり、ベッドの下の何かを探している。王子はソファの上のリアルな動物を模したクッションを撫でていて、アレックスは性格の違いを納得していた。

「エロ本がねーぞ……」
「え”っ」
「悪いな。そう言うものは全部首都だ」
「なんだよつまんねーな」
「掃除しにくる使用人がいるのに、置くわけないだろう?」

 王子が恥ずかしくなり、思わず座り込むとソファの下にアンティークなロック付きのケースがある。なんだろうと見ているとヴァルサスが、王子の仕草に気づいた。

「王子! でかした!」
「えっえっ!」
「あぁ、それか……まぁいい」

 アレックスは引き出しから鍵を取り出し、ヴァルサスへと投げ渡した。不安そうな王子に気にもせず、ヴァルサスがロックを外すと沢山の写真ケースやクレヨンで書かれた子供の絵がでてくる。
 またマグノリア家の家族写真がでてきて、キリヤナギは少し感動した。

「小さい先輩……! エドワードさんも若いー!」
「それは15年前の写真だな」
「つまんねぇ……」
「はは、期待に応えれずすまない」
「先輩も一人っ子なんだ?」
「少し語弊があるが、妹が死産だったんだ」
「え……」
「当時、母は体が弱く妊娠も大きな負担があったのか、うまく育たなかったと言う。母はガーデニアの医療技術で今はもう元気だが、子を儲けれる年齢ではなくなってしまったからな」
「そっか……」
「妹に出会えなかったのは残念だが、私は母と妹のためにもこのマグノリアの家を正統に継いで行くつもりだ」
「先輩のそう言うところ、やっぱり尊敬する」
「光栄だな」
「なんか、悪い……」
「気にするな。貴様にそう言う反応は求めて居ない」

 マグノリア家の写真の裏には、イリスと言う名が綴られている。アレックスは少しだけ反省するヴァルサスの背中を叩き、三人はリビングでククリールと合流した。

「アゼリアさんのテンションが下がってません?」
「うるせぇよ!」
「ちょっと色々あって……」
「……少し困ってしまうのだけど」
「えーー」

 三人が思わずククリール見てしまう。彼女は何かにハッとしたのか目を逸らしてしまった。

「か、勘違いされないで、言いたいことが言えなくなると思っただけです!」
「姫、なんか、ごめん」
「ククってやっぱり根は優しいよね」
「そんな事ありません!!」

 アレックスは、吹き出して笑っていた。その後エドワードとアレックスの母、イザベルに見送られた皆は、列車へ乗るためにモクレン町のマグノリア駅へと向かう。
 久しぶりの夜の街に思わず心を躍らせるキリヤナギへ、ジンがふと口を開いた。

「殿下、ラーメン行きません?」
「ラーメン?」
「ジンさんマジ?」
「そこの店、それなりに人気みたいで」
「ほぅ、『タチバナ』は意外と分かるな」
「俺もいっていい?」
「いいっすよ」
「セシル、行っていい?」
「構いませんよ。グランジも同行できる?」
「はい」

 発車までまだ二時間近くある。
 マグノリア駅近くのラーメン屋は、オウカで屈指の名店ともレビューでかかれていたからだ。

「私は先に乗っておく。遅れるなよ」
「うん、ククは?」
「興味ありません!」

 キリヤナギは、エリィをセオへと任せ、4人でラーメン屋へと足を運ぶ。
 かなり行列ができていた店は、中へ入ると壁中にサイン色紙があって驚いた。
 食券を買う方式も初めててワクワクしていたら、丁度備え付けのテレビに昨日の王子来訪のニュースが流れ、職人と目が合ってしまった。思わず顔を確認され、そこから店が大変な騒ぎになり、ラーメンだけ食べて逃げるように店を出る。

「えらくギリギリだったな」
「い、色々あって」
「店に入ったらバレて色々……」
「初めてサイン書いた……」
「飾ってくれたら、写真おくってくれるみたいです」

 出発の時間が近いと言うと、サインだけ書かされ店員を含めた客は解放してくれた。並んでいる最中はバレなかったのに、ニュースの時間に被ってしまったのは運が悪かったとすら思う。

「つーか、有名人なのすっかり忘れてたわ……」
「うぅ、ラーメン美味しかったのに走って気持ち悪い……」
「大丈夫すか……?」

 窓を開けていたら、ゆっくりと列車は動き出してゆく。夜も更けて、エリィがキリヤナギの膝で寛ぐ中、旅行の初日が終わってゆく。

「起きたらローズマリーだっけ?」
「はい。到着は8時ですが、ローズマリー騎士団の方との待ち合わせが10時頃となりますので、ゆっくりされていても大丈夫です」
「いっぱい寝れる……!」
「今朝も散々寝たじゃねぇか……」

 昼寝が出来ず、もう程よく眠気があった。寝台列車にあるシャワーで軽く汗を流し四名は、ゆっくりと走る列車の中で、一日を終えてゆく。

 リーシュは、ローズマリーの南東にある山岳地帯へ数名の騎士達と共に足を運んでいた。ローズマリー出身の彼女は、騎士学校も地元から卒業しこの辺りもよく研修で行き来していた時期もある。
 騎士学生は、学生でありながらも領内の様々な場所を巡るため、人が住む場所はある程度把握できてもいるからだ。
 今回は宮廷騎士とローズマリー騎士団の【千里眼】使いが、この山岳地帯へ飛行機が隠された事を確認した為、宮廷騎士団は即座に対応部隊を派遣し、周辺にある村を調査していた。
 給水車や移動販売の役人に紛れ、聞き込みを行った結果、アオキ村へ来訪者があったとの情報を掴み、こうしてリーシュも派遣されている。近隣まで騎士達を乗せた護送者で向かっていたが、村が近づくごとにわずかな赤い光がどんどん大きくなってゆくことに気づく。
 その光は明らかに電灯によるものではなく、焦臭い臭いも漂っていて、運転手は思わず口に出した。

「火事だ……!」

 全員が言葉を失って自動車から降りると奥に見える村は火に包まれ悲鳴が上がっている。隊長は人命が最優先としローズマリー騎士団へ応援を呼ぶと共に、騎士へ救助を行うよう指示をだした。
 隠密部隊向けの黒一色となる動きやすい服装できたリーシュは、指示が出た直後に村へと入り逃げ惑う住民達を入り口へと誘導する。しかし、元々老人ばかりだったアオキ村は、体を悪くしている人々も多くいてリーシュは、より奥の住居へ人を探して飛び込んだ。
 するとそこには燃え広がり、酸欠で気を失う男性がいてリーシュは即座に担ぎあげて避難させてゆく。

「聞こえますか!!」

 大声で呼びかけると、男性はわずかに目を開ける。声が聞けると思えば腹を抑え、上げたのは呻き声だった。
 そこには何故か刃物のような物が刺さっている。

「い、一体、何が……」
「騎士さん、か?」
「はい、今応急処置をーー」
「いいこれは、自業自得じゃ……」
「喋らないでください!!」
「すまん、俺らは、何も、でけんかった……、でも、マリアちゃんは、攻めん、でくれ、彼女は優しい……」
「マリア……?」

 リーシュは、何を話されたのかわからなかった。男性は力尽き、リーシュはさらに声を上げ生存者を探そうとした時、火の海の上空を低く飛んでゆく巨大な影があった。
 風を起こし、まるで火を煽るように村の上空を飛び去ったのは、騎士団が探し求めていた『飛行機』だった。

「村に火を? 本気ですか?」
「名案だと思わないか?」

 あまりにも軽く話された言葉に、マリアは思わず本音を口にしてしまう。その日も2人は倉庫で顔を合わせ、間も無くローズマリーへと現れる王子を攫う作戦を相談していた。

「追ってきた宮廷を撒くにはうってつけだろう?」
「泊めて頂いた恩は? 人をなんだと思ってーー」
「こんな国の人間など、知ったことではない」
「それでも、ここの人達は王家に批判的な人達です。巻き込む必要なんてない」
「オウカの肩を持つのか? マリア……」
「……っ! そんなつもりは……」
「そんな善良さがあるから失敗するんですよ。もっと割り切って下さい……」

 マリアは何も言えなかった。アロイスの言うことは正しく、まだ自分はこの男の力がなければ生き延びる事すら出来ない。

「夕方にはお願いします。あと飛行機は破棄します」
「は? クードさんは……」
「いい囮になってくれますよ」
「人をなんだとおもって……」

 アロイスは先程、クードに「後から追いつく」話し、飛行機でウィスタリアまで飛ぶよう指示をだしていた。
 丁寧に操作をレクチャーし、村の上空を飛べば、助けてくれた人達のいい挨拶になると話し、日が暮れてから先に出発するように告げている。しかしクードにはここに宮廷が来ることはまだ知らず、火が放たれることも知らない。

「オウカ人に同情するなら、いっそ帰化したらどうですか?? マリー・ゴールドさん」
「……それは、しない」
「なら後は頼みます。これができるか出来ないかで、貴方を連れて行くか決めますね」

 渡されたのは、携帯着火器具だった。
 マリアの中に、この村へ迷い込み助けてくれた人々の事が思い出され、何をしようとしているのだろうと思いが駆けて行く。そして、アロイスと分かれたあとマリアは1人で首から下げるロケットの写真を見ていた。
 ジギリタズに残してきた母は、重い病をもち、もう何年も入院している。ジギリタズでは、高度医療のほとんどは支配階級が独占し、平民たちへの医療費は高額で国民はそれを払う為に、国民は政府が発注する工作員任務を受注する。
 一つ完遂すれば小貴族程度の金銭が支払われ生活も保証される為、貧困層は喜んでそれを受けるが、お粗末な者から捉えられ2度と母国には帰れない。
 マリアもまた、工作員の志望者としてアロイスに教育された生徒の1人だった。マリアは、このアロイスに気に入られ、こうして共に行動もしているが、見方を全て捨て駒にした誕生祭に、マリアの心は悲鳴をあげていた。そしてそんな心境で出会った王子は、非道な自分にすらも「戦いたくない」と言ってくれた寛大な心の持ち主だった。
 思い出せば思い出すほど、心が切り裂かれるように痛み、泣きながら住居へ火を添える。
 何をしているのだろうと、いっそこのまま消えてしまいたいと思えば、母の笑顔が脳裏へ映る。
 母には、東国へ留学すると話した筈なのに何をしているのだろうと自問自答するしかなかった。そして、ありとあらゆる場所へ火を放った後、それが燃え広がる前にマリアは、とある住居へと駆け込んだ。見慣れた住居には晩酌の準備をする男性がいる。

「リリスちゃんどうしたんじゃ? ないちょるやんけ」
「突然すみません。逃げてください」
「は?」
「ここに、火を放ちました。すぐ燃え広がります。ごめんなさい。ごめんなさい、でも、そうするしかなくて、おねがいします。逃げてください」
「何をいっとる?」
「すみません。でも今は、逃げてください……! 私は東国人でもなくてーー」

 男性は、突然マリアの口を塞いだ。そして、手を離し小さな端末をみせてくれる。
 それは、倉庫内の録画映像だった。

「これな、息子がつけとけいうて置いてったんだ。直してくれた時思い出してな、せっかくだしと設置してたんじゃ」
「……!」
「全部きいとったで、遠くからよお来たんやなって……」
「……」
「俺らはもう先はないけど、リリスちゃんは若いからな。俺ら気にせんと頑張って生きてけ、またいつでも遊びにきんさい」

 男性は、妻を呼び2人で笑っていた。まるで何も聞いていないように、「元気でね」と見送ってくれた2人へマリアは逃げるように去るしかなかった。
 が、マリアが知るのはここまでだ。
 家の裏で話を聞いていたアロイスは、住居へと現れ迎えた男性と妻へ手をかけた。
 男性が火消しの連絡を入れる前に行われ、火は止まる事なく燃え広がり、村は火に包まれる。

「私に何度尻拭いをさせればいいのですか?」

 男性の末路を聞いたマリアは、絶望で頭が真っ白になっていた。死ぬ必要のなかった人が、自分のせいで命を落とした事実を受け入れられず、頭が理解を拒否する感覚をえる。

「まぁ、リカバーはできたのでいいでしょう……。ローズマリーでの働き次第で、全て許します」

 マリアは、何も言い返せなかった。そして、アロイスが聞こえない距離まで離れた時、ずっと堪えていだ言葉が口にでる。

「たすけて……」

 深くローズマリーの森でその声は、どこにも響かない。

*37

 目が開けると視界の先に青い空が広がっていた。狭く窓で切り取られた空は青く透き通りキリヤナギはしばらくそれを眺める。ゆっくりと意識が戻って来る中で、心には何故か悲しい感情が残っていたが、見ていた夢も思い出せず不思議な気分にもなっていた。
 夜に発車したローズマリー行きの列車は、キリヤナギが眠っている間にマグノリア領をでた筈で、すでに動いている気配はなく、天窓の景色も止まっている。
 まだ眠くて傍のぬいぐるみへ抱きついていると、入り口をガリガリと扉引っ掻く音が聞こえる。犬のエリィが起こしにきたのだろうがまだ眠気が強く、起き上がる気になれなかった。
 もう少しだけと寝返りを打つと、閉まっていたはずの扉が開き、エリィが床を蹴って一気に飛び込んできた。犬でも中型のエリィは、重さが数十キロはあって思わず変な声が出てしまう。また顔中を舐められてとても睡眠どころではない。

「重い重い重いーー!! エリィどいてーー!」
「王子めちゃくちゃ貴族してんなー」

 起こしに来たのは、ヴァルサスだった。舐められて髪もベトベトになり、とても人に見られて良い姿ではない。

「ヴァル、ひどい!」
「あん? 起こしてやったんだよ。そこは感謝だろ?」

 時刻はたしかに8時半と書かれていた。列車は到着してからすでに30分経ち騎士達は既に荷物をまとめているらしい。
 キリヤナギは渋々顔を洗い、軽く整えてダイニングへと向かった。

「殿下。おはようございます」
「ジン……おはよ、セオも……」
「おはよう御座います」
「起こされてご機嫌斜めかよ」
「そんなんじゃないし……」

 ダイニングのテレビには、朝のニュースが流れていた。天気予報とか星座占いが流れた後、トップニュースとして映ったのは、火を帯びた山だった。暗い森林にぼうっと映る赤い光は炎で、僅かな月明かりで黒い煙が照らされている。

「山火事?」
「違うね。集落の火事みたい」
「火事……?」

 アナウンサーが現場に直接赴き、火が消し止められたと言う村の入り口を取材している。しかし村はブルーシートで囲われていて、中を見ることができなかった。
 画面には死亡者と消息が不明の住民一覧が公表されていて、ガスが通って居ない地域でもあり、自前に火おこしによる火の不処理が原因ではと言われて居た。

「今日ってメディアきてる?」
「一応取材したいと連絡はありましたが、控えてほしいとこちらから断わりました。ローズマリー公爵との会合での取材になるかと」
「この事、聞かれるよね。ちゃんと話せるかな……」
「流石にライブではないと思いますけど」

 顔へ暗い影を落とす王子を見かね、セオはテレビを消してしまった。ローズマリーへは、たしかに公務もあるが目的は「旅行」だからだ。

「今は、どうか前を」
「……わかった」
「王子って意外と気にするんだな」
「うん、だからあんまり付けないんだよね、テレビ」
「なんか納得だわ……」

 朝食を食べていると、エリィが寄り添ってくれる。セオが犬向けのミールフードを出すと嬉しそうに食いついてくれて、キリヤナギも安心して居た。

「そういえば先輩とククは?」
「王子が起きねぇから、騎士連れて駅前を見に行ったよ。このローズマリー駅って建物が珍しい形してるんだってさ」
「へー、僕も見たいな」
「なら、さっさと行こうぜ」

 ローズマリー駅には、貴族向けの専用ホームがあり降車するとヴァルサスの父、サカキ・アゼリアが待機してくれていた。
 昨晩の夜の見張りは、セシル、セスナ、グランジ、リュウドで行われ四名はすでに休息も兼ねて荷物を別宅へ移動させているらしい。

「キリヤナギ王子殿下。本日よりこのサカキ・アゼリアを含めた5名が御身の護衛の為に同行致します。以後お見知り置きを」
「ありがとう。よろしく」
「各騎士の紹介は、車内で行いましょう」

 父の言葉に、ヴァルサスは少しだけ戸惑っていた。サカキの率いる四名の騎士は、彼の隊の部下達で所謂「アゼリア隊」となるのだろう。

「中隊長って聞いてたからもっと人数多いと思ってた」
「私もストレリチア大隊長閣下と同じく、十名ほどの小隊での護衛を提案致しましたが、大人数が苦手と伺ったので無難にと」
「……うん。ありがとう」
「当然の配慮です、どうか私兵の如くお申し付けを」

 ヴァルサスが言葉を失っていて、キリヤナギは少し面白いとも思ってしまった。王子と騎士なら普通のやり取りだが、たしかに息子でかつ友人の立場から見ると困惑するのは理解できる。

「スッゲー複雑……」
「ヴァルサス、無礼のないように気をつけるんだぞ」
「サカキさん、僕は気にしてないよ」
「殿下の寛大なお心は、我々の安息でもありますが、それは御身を大切にされてこそのものです。なんでも受け入れては示しがつかないでしょう」
「え、ご、ごめん」
「王子、困ってんじゃん……」

 サカキも少しだけ困っていた。片付けを終えたセオと共に駅を出ると、そこはまるで首都のような都市が広がっていて思い描いたローズマリーの風景とは乖離がある。
 しかし駅を出て振り返ってみると、ローズマリー駅の建物が真っ白の木造式で見た事のないアンティークな雰囲気が演出されていた。

「時計塔見たい」
「なんか思ったより普通だな……」

 入り口の正面には、広場があり特産物を並べる出店がが沢山並んでいた。果物や野菜だけでなく、バナナにチョコレートをかけたものや、ジャガイモにバターをかけて蒸した物などもあり、雰囲気はまるでお祭りにも見える。

「何かのイベントかな?」
「そうじゃね? めっちゃ人いるし」

 よくみると甲冑を着た人や個性的な衣装の人々もいて、彼らは出店のスィーツを買って楽しんでいるようにも見えた。
 そんな賑やかな雰囲気を写真に納めようとすると突然ジンに手を引かれ、キリヤナギは後ろへと隠される。

「ご機嫌よう。観光客さんですか?」

 目の前に夢中になり、近づいてくる人間に気づいていなかった。現れたのは長い髪の女性で、初めてみる顔立ちをしている。

「よろしければ、私達のお店を見て行かれませんか? ここよりも格安で果物を販売していますよ?」
「格安……ですか?」

 セオは首を傾げ、皆もコメントに困っている。指された先にあるのは、移動販売用の自動車で彩豊かな果樹が首都の半額以下の値段で並べられていた。

「よろしければ試食されませんか?」
「申し訳ございません。それは遠慮致します」
「残念です。ではご覧になるだけでも」

 キリヤナギは、ジンの後ろから興味深く見ていた。セオに釣られるように眺めにゆく彼をジンや皆が後を追う。

「ローズマリーの果物ってこんなに安いんだ?」
「はい。今年は大変豊作でした。それとあの……よろしければ、記念撮影をお願いしてもかまいませんか? 殿下が来て頂いたならきっとお客様も増えると思うので……」
「構わないよ」
「ありがとうございます。では、果物を手に取ってお願いします」

 女性は自らカメラを構えて自分は映り込もうとはしなかった。緊張しているのだろうかと騎士達が静観していると、ふと女性の後ろに大きな影が現れる。
 手首を掴み撮影をやめさせた彼女は、長い金髪を一つにまとめ腰まで下ろしていた。

「殿下だけ撮影して何しようとしてんだい?」
「だ、誰ですか?」

 新しく現れた女性は、王子の周りにいる騎士達を見回し、もう一度女性をみる。

「あんたら首都から来たんだろ? 顔つき見ればわかるぜ」
「あの、離して頂けませんか?!」
「あー、そうそう。最近西側の果樹園で果樹が大量に盗まれたんだ。犯人は何も知らない観光客に格安で売りつけて稼ごうとしてるみたいだから、気をつけな」
「えーー」

 ジンはそれを聞いた直後、キリヤナギを下がらせた。それを見た金髪の彼女は、販売員の女性の手を離す。

「い、言い掛かりです!!」
「オレは注意喚起しただけだよ。商売頑張ってな」

 その目に宿る怒りに、販売員は即座に店をたたみ自動車で走り去っていった。思わず呆然としてしまった一行だが、セオがハッとして我に帰る。

「警告ありがとうございます。助かりました」
「ただの観光客かと思ったら殿下って聞こえちゃ自然と手が出ちまった。お節介だったら悪かったな」
「とんでもございません。写真に撮られていたらどうなっていたか……」
「はは、まぁ気をつけなよ」
「差し支えなければ、お礼の為にご連絡先をお伺いできませんか? 私は、桜花宮殿バトラー、セオ・ツバキです」
「名乗るほどでもないさ。あ、でもーー」

 女性と目が合い、キリヤナギは前へと出てゆく。まるで男性のような口調の彼女は、胸に手を当てて深く頭を下げてくれた。

「お目通りが叶い光栄です。殿下」
「助けてくれてありがとう。僕、ローズマリーは、久しぶりで……」
「いえ、あのような物を摘発できない騎士団の責任でしょう。ここに来てすぐに対面させてしまったことをお詫びします」
「君は、僕へ名乗りたくない?」
「名乗るほどの者ではございません」
「なら今の僕にできることはあるかな?」
「できる事……なるほど、ではこちらを」

 女性は、ポケットから小さな紙の束を取り出し、跪いてキリヤナギへと渡してくれた。カラフルなそのチケットは、束になっていてスィーツ無料券と書いており、シリアルコードもついている。

「私はこのローズマリーにおいて加工食品店を運営しております。もしよろしければ、殿下のご感想をお聞かせください」
「わかった。ありがとう。この店に感想送るね」
「はい。お待ちしています」

 女性は礼儀正しく一礼し、このイベントの主催業務があると言って立ち去ってしまった。残されたチケットをマジマジとみるとクレープだけでなく、タピオカとか、ソフトクリーム、ジェラートなど色々あって感心してしまう。会社名はコルチカム商会、協賛にヤマブキグループとも書かれていた。

「なんか凄そうな人でしたね」
「挨拶上手だったし、騎士さんかな?」
「食品会社の社長だと仰っていましたが……」
「イベントの主催者っていってたじゃん。つーか、助けてもらって何で貰ってんだよ」

 キリヤナギは首を傾げているが、ジンはも同意していた。
 その後、街を散策していたククリールとアレックスにも合流し、キリヤナギは2人が持っている紙袋に驚く。

「買い物してたの?」
「えぇ、ヒナギクからこの駅前大通りにガーデニアのコスメショップがあるって聞いたの。試したいと言ったらアレックスが買ってくれました」
「へぇー」
「み、貢がせてんじゃん……」

 ヴァルサスは、サカキに後ろから蹴られていた。アレックスはそんな様子を嘲笑うかのように観察する。

「化粧品は、女性の美しさの基礎だ。美しくあって欲しいと願うものが貢いで何が悪い?」
「た、たしかに……」
「王子、感化されんなよ……」

 ククリールは、少し嬉しそうに髪を透く。心なしか昨日よりも綺麗に見えて思わずじっと見てしまった。

「何かしら?」
「え、なんでも、ない……」
「間も無く待ち合わせ時刻です。皆様ロータリーの方へ参りましょう」

 お祭りの雰囲気に紛れ、4人の貴族達は一般客へ紛れ込みながらロータリーへと向かう。この時間に来ることは伏せられていたのかマグノリア領の時のように人は見えず、4人はスムーズに公用車へと乗り込み、王家の別宅へと向かった。
 自動車に乗り込んだ際、キリヤナギは助手席に座るサカキから騎士達の履歴書を渡されて確認を行う。

「履歴書……?」
「僕、この方が覚えやすいんだよね」
「口でしてほしいなら、自分で聞くといい」

 ヴァルサスは少しだけ罰悪そうにしていたが、運転してくれるローズマリー騎士団の女性騎士は苦笑しながらアサヒ・クーコと名乗ってくれた。幹部の1人でヴァルサスにも気さくに接してくれて車内は和やかな雰囲気のまま都市を掛けて行く。

 街を抜けてさらに走ると、徐々に塩の香りが舞い込み、窓からは蒼く輝く海が見えてきた。思わず身を乗り出しそうになった王子をヴァルサスが引き摺り込み、一行は海へ隣接する王家の別宅へと辿り着く。

「海見に行ったらダメ?」
「ダメです! 本日はこれからローズマリー公爵との会合があります。すぐ準備されてください!」

 合流したセオが手厳しくキリヤナギはガッカリしていた。そこから始まった準備戦争にヴァルサスは再びスーツだけを着せられ、何故かエリィのリードを渡されてしまう。仕方なくペット用の小屋のある庭へと出てもエリィはヴァルサスに全く興味を示さず、少し離れた位置でゴロゴロとくつろいでいるだけだった。
 しかしそれでもエリィは賢く、粗相は出されたペットシートの上で全て済ませ、植木のみの仕切りからは外に出ようともしない。驚くほどしつけが行き届いていて、感心しながら観察していた。するとエリィは
、小さな小屋からボールを取り出してヴァルサスの元へと持ってくる。

「投げろって?」

 吠えた声は元気なものだった。
 そこからしばらく遊んでいると皆は準備を終え、エリィをケージに誘導し公爵家へと向かう。
 ローズマリー公爵の屋敷は、都市部から少し離れた丘の上にあり、敷地内へドーム式の温室や木々が整えられたガーデンがある、まさにイメージ通りのローズマリー領が広がっているようだった。
 屋敷の入り口にはメディアは待機していて、車郡を撮影し中へと追ってくる。
 広い庭園を抜け屋敷の入り口へ辿り着くと、そこには既に金髪の男性が釈をついて立っており、笑顔で皆を迎えてくれた。
 彼、ローレンス・ローズマリーは、このローズマリー領の自治を司る公爵だ。彼と王子は、挨拶から握手を行い屋敷の中へと通されて行く。

「ヴァルサスさん。見学する?」
「リュウドさん。んー、昨日みたしいいかな……」
「なら、広間に案内するよ。ハルトさんもいるだろうし」

 ハルトとは誰だ? と率直な感想を抱きつつ、ヴァルサスはメディアに映らないよう回り込み、屋敷の通用口から中へ入り広間へと入る。
 そこはパーティ会場の空気が作られ、使用人達が沢山の料理を運び込んでいた。

「す、すっげ……」
「ここ、ヴァルサスさんも寛いでていいってさ」
「俺、浮かないです?」
「大丈夫。ここの人そう言う人達じゃ無いから」

 そう言って、リュウドは警備があると言って広間を出て行ってしまった。使用人は沢山待機しているが、客らしい客はヴァルサスしかおらず、グラスだけ渡されて固まってしまう。
 仕方なく勧められたソファで小さくなっていると、目の前に人の気配がして思わず強張ってしまった。使用人だろうかと顔を上げようとすると顔を上げる前にこちらを覗き込む可愛らしい顔がある。
 腰を落とし顔を支えるようにこちらを覗き込んでいるのは、ローレンスと同じ髪色の女性だった。
 ふわっとしたボリュームのある髪を、サイドアップにしてリボンを結ぶ彼女は、不思議そうにヴァルサスを見上げていて、驚いて思わず飛び上がってしまう。

「う、わっ! す、すいません!」
「きゃっ、驚かせましたか?」

 高い声だった。全身を見ると涼しげなピンクのドレスを着ていて貴族である事がわかる。

「はじめまして、こんにちは。ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」
「早めにきてくださったと聞いて見にきました。クランリリーからようこそ。沢山楽しんでくださいね」
「は、はい。ありがとうございます」
「一般平民の方ときいて、私も緊張しています。その、どうすればお友達になれるかな、とか?」
「え? べ、別になんでも……」
「本当ですか? じゃ、じゃあーー」

 女性はまるで太陽のように笑い、ヴァルサスの横へと座ってくる。身を乗り出されると目をキラキラさせていた。

「ティア……」

 新しい声に、思わず背筋が冷えてしまう。入り口から広間へ入ってきた男性は、まるで呆れたように彼女の名を呼んだ。

「困っておられるじゃないか……」
「ハル君。……ごめんなさい。つい嬉しくて」

 現れた男性は、若く同い年だろうか。気品のある顔立ちに凛とした表現は、理想の王子のように輝いてみえる。

「だ、大丈夫です。俺も緊張していたので……」
「それは大丈夫とは言えないと思うが……」

 どうしようと空気に困ってしまう。困惑しているヴァルサスに対し、ハルと呼ばれた男性は手を差し出してくれた。

「挨拶が遅れてすまない。おれは、ハルト・ローズマリー・ウィスタリア。騎士貴族と伺っているが、あらためて聞いてかまわないか?」
「へ、あ、ヴァルサス・アゼリアです。どうも……」

 はっと、昨日の夜のことが鮮明に思い出される。王子の知り合いと言うローズマリーの2人は、ウィスタリアから婿養子としてローズマリーへ嫁ぎ結婚したと聞いたからだ。

「ティアは自己紹介したか?」
「ごめんなさい、忘れてました。私はこの南西領を収めるローズマリー公爵家の長女、ティア・ローズマリーです。お見知り置きを」

 ヴァルサスは、生汗が止まらなかった。周りに誰も居ないこの場所で、学生でも無い2人相手に何を話せばいいかも分からないからだ。

「王子から剣が得意だと聞いているのですが……」
「え、はい。少しだけ……」
「俺も剣派なんだ。なかなか居ないから嬉しいよ」
「へぇー」
「聞いていいか少し迷うが……今日は、『タチバナ』は来てるか?」
「『タチバナ』? ジンさん?」
「来てるなら、うちの騎士が喜ぶんだが
……」

 腕を組むハルトにヴァルサスは少し悩むが嘘をついても仕方なく即答する。

「来てますよ。従兄弟のリュウドさんも……」
「そうか。ならライトが喜ぶ」
「ライト?」
「ウィスタリアの騎士様なの。近衛騎士でとてもつよいんですよ」
「今は警備に駆り出されているが、終われば顔を見せるだろう」

 話していると、もう一度入り口から使用人に道を開けられる男性が現れる。ハルトと顔立ちの似る眼鏡の彼は、揃った三人をみて優しく微笑んでくれた。

「兄さん……」
「お待たせ。こんにちは」
「ここ、こんにちは。ヴァルサス・アゼリアです」
「はは、緊張しなくていいよ。僕はタクト・ウィスタリアだ。ハルトの兄。友達が時間をとらせてすまない。キリヤナギ殿下はローズマリーにとって大切な存在でね。市民達へ来てくれたことは伝えておきたいんだ」
「俺なんて、気にしないでください。ただの一般人だし?」
「謙虚だね。僕達も殿下の新しい友達が、どんな人なのか会いたかったんだ。もっと堂々してくれ」
「ひっ……」
「タクトお兄様。それはヴァルサスさんが怖がってしまいますよ」
「おや、すまない。そんなつもりはなかったんだが……」

 試されていると思うとヴァルサスは、自分が何も持っていないことに気づいて硬直してしまった。タクトはそんな恐縮してばかりのヴァルサスへ気を使うように席を外してくれる。

「すまん。兄さんに悪気はないんだ。俺より社交界に慣れすぎていると言うか」
「いや、その……えーっと」
「ごめんなさい。私達は歓迎したいだけなのです。どうか殿下といる時のように気楽にお過ごし下さい」

 できるだろうかと、ヴァルサスは上手く答えられなかった。しかし少し申し訳無さそうにしているティアをみるとその好意には答えたいと思う。

「ありがとうございます。でも俺、無礼なこと言っちゃいそうで……」
「いいんじゃないか?」
「はい、ローズマリー家は、他の公爵様のようにシダレ陛下とはそこまで面識はなくて、平民の皆様の後押しのおかげでこの地位へ」
「すごくないですか? それ……」
「お父様は、元々経営者で公爵貴族としての経験は本当に素人だったのです。なので平民寄りと言うか……」
「ウィスタリア家も、騎士上がりなんだ。過去に東国寄りの武人が収めた土地で、みんな騎士として誇り高い人間を望んだらしい」
「へー」
「今は公爵家ではありますが、私もハル君も出自は同じです。是非お友達になりましょう」

 ティアは手を差し出され、ヴァルサスは強く握りすぎないよう細い手を取った。ハルトとも握手をしてほっと肩を撫で下ろす。

「硬い豆のある手ですね。ハル君、この方騎士さんですよ」
「え”っ」
「そうだな。訓練している証拠だ」

 その豆は、大学の授業とサカキの訓練によってできたものだ。王子に出会い負けたく無いと自主的に始めた事で少しづつ固くなっていた。
 ハルトとティアは、少しずつ緊張がなくなってくるヴァルサスに付き合い、他の三人が合流してくるまで話し相手をしてくれていた。リュウドから聞いた通りこの夫婦はとても穏やかで、タクトも時々顔を見せて談笑をしてくれる。
 そして一時間ほど話した後、一通りの公務を終えた三人が現れ、4人と合流した。

「ヴァル、お待たせ!」
「お、おせーよ」
「心配していたが、及ばなかったようだな」
「平気平気!」

 アレックスの心配の通りだったが、ヴァルサスは、あえて黙っていた。アレックスの後ろにいたククリールは、少し迷っているような表情を見せていたが、突然視界に現れたティアに驚いている。

「こんにちは、初めまして、」
「あれ? ティアとククって初めて?」
「はい、殿下。社交界では、お時間が合わなくてあまりお話ができなくて……」
「ごきげんよう……。私はククリール・カレンデュラです。以後お見知り置きを」
「ちゃんとお名前を聞けて嬉しいです。私はティア・ローズマリー。是非楽しんで下さいね」
「姫って意外とはなさねーの?」
「無礼ですね。興味がないだけです」
「私はずっと気になっていました。今日は来てもらえて本当に嬉しいです。ハル君、ククリールさんと少しだけ外してもいいですか?」
「わかった。男同士で積もる話もあるからな」
「ある??」
「久しぶりの再会ではないのか?」

 確かに誕生祭では会えず2年ぶりとなる。毎年皆揃ってくれるのに、途中抜けしてしまった事に後悔ばかり募っていた。

「体調を崩したと聞いたが……」
「え、う、うん。お酒慣れてなくて回っちゃって」
「飲みすぎたか? 相変わらず無茶するな」
「つ、つい……」

 笑われているそぶりに、ヴァルサスもアレックスも何も言わなかった。マグノリア家はアレックスの叔父が宮廷騎士団へ所属していることから、ある程度の情報は流れてくるが、ウィスタリアとローズマリーには、それがまだ共有されていないと言う事だろう。

「殿下は、見合いの誘いはどうなんだ?」
「え、う、うーん」

 2人だけのティアとククリールをみて、ハルトは納得してくれる。

「カレンデュラ嬢は、そっちだと見ていたが……」

 ハルトの視線はアレックスへと向き、彼はそれを楽しそうに笑いつつ口を開く。

「私は当然だが、王子が目をつけている以上は静観するつもりだよ。国がかかっているからな」
「今朝も貢いでたじゃねーか……」
「マグノリアは相変わらずだな。逆に安心する」
「うーん……」
「俺からは頑張れぐらいしか言えないか……」
「ハルトさん、王子って昔からこう?」
「そんな何度も会ってないが、浮ついた話は聞いた事はない。今が初めてだ」
「言わないでよ……」
「意識を向ける人ができたのは進展してると思う、頑張れ」

 キリヤナギは頭を抱えていた。アレックスとククリールの関係性は、キリヤナギが知る以上に深く他家からも理解されている。客観的に意見されるとまるで2人の間に割って入ってしまったようで、罪悪感を持ってしまった。

「私は静観する以上、妥協は許さないぞ?」
「わかってる。半端なことはしない……」
「面白い事になってるな」
「何で揉めないのか不思議でならねぇ」
「平民の感覚なら、確かに友達は無理だろう」

 王子と公爵家だからこそ、この関係性は成り立っている。ヴァルサスは上手く理解はできずハルトの言葉に首を傾げていた。
 男性組の談笑から席を外したティアとククリールは、2人で夏の日差しが差し込む広いバルコニーへと出る。
 そこは暑くならないよう花や動物の形に削られた氷が置かれ、真夏でも涼しげに過ごすことができた。パラソルが刺された特等席は、ローズマリー邸のガーデンが見下ろすことができ、ククリールはしばらく見入ってしまう。

「好きな食べ物はありますか?」
「特には、ないのですが」
「なら、私のおすすめをお願いしようと思うのですが」
「なら、それで……」

 ティアは微笑み、使用人へ広間の料理を持ってきてもらっていた。ククリールは何を話せばいいかわからず乗り切る方法ばかりを考えていたが、ティアは何かを察したように小皿へ料理を取り分けてくれる。

「ククリールさんの香水。とてもいい匂いです、たしか駅前のコスメショップのものですよね?」
「え、えぇ、よくご存知ね……」
「私もよく行くのです。とても高品質で優しい香りがお気に入りで、その香水は実は私も持ってるので分かりました」
「……」
「もしよかったら、他のも試されませんか? ハマった時があって沢山集めてしまって……」
「ティアさん、貴方は、それでいいの?」
「何がですか?」
「私と関わったら、他の貴族達から仲間はずれにされるかも」
「ふふ、大丈夫ですよ。私も実は首都の令嬢の方々とは、そこまで仲は良くないのです。地主の経験もなくて、本当何を言われてるのか考えたくもないですね」
「なら、尚更」
「私は、そんな人とは付き合わず一人になっても意思を通す貴方に憧れてました。だってククリールさんが影で誰かを悪く言ったみたいな事、聞いた事ないから……」
「話さない、だけよ。言うならハッキリ言えばいいと思う」
「堂々としていて尊敬します。私は、にげてばかりだったので」
「……」
「社交界は私達公爵にとって、これは避けられない場です。もしよかったら、私の後ろ盾となってくれませんか?」
「ハッキリ言うのね」
「はい、ククリールさんの受け売りです」

 ククリールは、返答に迷ってしまった。同じような申し出は、今まで他の貴族からは数回あったが、誰しもククリールの性格についてゆけず、旨みもないと離れていってしまったからだ。信じられるのだろうかと、出された料理は冷製パスタを口へ運ぶとこの上なく美味で感動もしてしまう。

「美味しい……!」
「本当ですか!? 嬉しい……。このお料理は、我が家の自慢のシェフが考案してくれたのです。我が家だけの秘密の味です。殿下にも献上してないのですよ」
「それは……」
「ククリールさんだけに、特別です」

 ティアも美味しそうにパスタを頬張り、ククリールは嬉しくなってしまった。首都の貴族達は利害を求めて交友するが、彼女はククリールを喜ばせようとしてくれているからだ。思わず脳裏に王子が浮かび、答えが出てしまう。

「私で、良ければ友達になれるかしら?」
「友達?! 嬉しい……もちろんです! アドレス交換しましょう!!」

 はっとした。後ろ盾になって欲しいと頼まれたのに、あえて対等な「友達」をもちだしてしまったからだ。王子と交わした約束が尾を引いている事に気づき、後悔もするが、ティアはとても嬉しそうに画面をみせてくれる。

「よろしくお願いします」
「えぇ、よろしく……!」

 悪くはないとククリールは、ティアと二人で昼食を楽しんでいた。午後の歓迎会が盛り上がりを見せてくる中で、公務を終えたローレンス・ローズマリーは、セシルとサカキを執務室へと招く。

「クランリリーからよく来てくれた。ローズマリーを治める公爵として貴公らを歓迎する」
「光栄です。春の調査へのご協力ありがとうございました」
「異能の件か。【認識阻害】を貸し与えられているものとして当然の事だ。しかし、死亡した可能性から盗難を推測するのは、流石だろう」

 セシルは深く頭を下げていた。誕生祭での襲撃は伏せながらも、セシルはことが起こる前から、異能がどこから流出したか調査を行なっていた。本来なら貸与された者から洗うだけだが、セシルはさらに「死亡者」を洗う事で、異能の数合わせを行なったのだ。
 そこで出てきたのが、異能を貸与された後、物の数ヶ月で死亡したものが数名いた。
 1人は女性。ローズマリー騎士団へ所属し、【認識阻害】を貸与されて数ヶ月後。山岳地帯の崖に転落したと言う。遺体が出ていないことから、セシルが目処を付けていたところを、敵は案の定【認識阻害】を使用してきたのだ。

「異能盗難犯は、既に我々宮廷騎士団の別働隊が確保に向かっておりましたが……」
「火事か、酷い事をするものだ……」
「かの燃えた村は、文化迫害の末裔が住む地区であるとも聞き及んでおります」
「まだ私の元にも調査報告は上がってきていないが、宮廷になすり付けたいようにも見える。犯人確保を据え置き人命を最優先にと動いてくれたことは、公爵として心から感謝しよう。ありがとう」
「担当者へとお伝え致します」」
「住民達へ貴公らへ誤解が波及しないよう最大限の努力はするが、異能盗難犯であろう放火魔の確保はできそうか?」
「生憎火事のどさくさに紛れ逃亡を許しております。私に連絡がこないのは、難航しているのでしょう」
「手間をかけさせるな。潜伏しているのなら、指名手配する手もあるが……」
「敵は市民へ手をかける事を厭わない凶悪犯です。公にしては尚更被害が拡大するでしょう。ここはどうか我が宮廷騎士団へお預け下さい」
「毎度、異能に関しては頭が下がる思いだ。すまない」
「我が宮廷騎士団は、『王の力』を持つ者へ対抗する専門家がおります。アゼリア卿もその1人でしょう」
「えっ」
「そうか、実に頼もしい」

 思わぬ振られ方をして、サカキは少し焦っていた。サカキはかつて存在した「タチバナを使用できる隊」へ所属していたが、数年前に解体されている為、言葉に困っている。

「ある程度は……」
「警備の硬い殿下の元までくる可能性はないとは思うが、気をつけて欲しい」
「ローズマリー閣下には、確信が?」
「我が領地を【千里眼】で見守る騎士が、村の真上を飛び去る飛行物体を目撃している。ウィスタリア領の方角だったそうだ。載っているなら、逆方向だろう」
「……」
「どうかしたかい?」
「いえ、飛行機に関してはこちらも連絡を受けておりませんでした。即座に伝えましょう」
「立て込んでいるだろうからな……人命の恩は必ず返そう。できることがあれば言うといい」
「感謝致します」

 サカキは、セシルに続いて頭を下げていた。騎士と公爵との秘密裏な会談が終わる中で、王子を含めた四名は、ティアからの提案で皆はローズマリー家が管理するガーデンへと足を伸ばすこととなった。観光客向けにと多くの花が植えられるそこは、広大で、空がどこまでも開け、まるで心が洗われるようだった。

「すっごい綺麗ー!」
「広いですから、迷子になられないようお気をつけ下さい」

 他にも多くの観光客がいて、売店にはソフトクリームとかお土産用の花も売られている。連れてきたエリィも機嫌が良く、今にも走ってしまいそうだった。
 ククリールも日傘を刺しながら腰を下ろし、可愛らしい花々を観察している。

「王子」
「? 先輩?
「今回は譲ろう」

 アレックスの意図にキリヤナギは身を引き締めた。マグノリア領から一転、ここはローズマリー領だからだ。キリヤナギは、エリィのリードをセオへと任せ、ククリールと共に花畑を歩きにゆく。

 騎士達が2人の邪魔をしないよう距離をとって観光を楽しむ中、花畑の入り口で警備を任されたジンは、同じく警備を任された騎士を不思議に思っていた。
 ローズマリー家の婿養子へ張り付いていた彼は、つい先ほど「待っていろ」と言われ、素直に入り口で待っている。
 ジンは興味がなく、観光客に紛れるようベンチに座ってデバイスをみていたが、ふと隣の騎士から強烈な視線を感じた。

「てめぇ、『タチバナ』だろ?」
「え”っ、だったらなんすか……」
「ハルト坊ちゃんから、不真面目っぽい奴って聞いてたからすぐ分かったぜ」

 騎士の男は嬉しそうに笑い、こちらに何かを期待しているようだった。

「名乗れよ」
「そっちから名乗って下さいよ」
「俺はウィスタリア騎士団。ラインハイト・ネメシアだ」
「ジン・タチバナ……」
「『王の力』の打点ってきいてんだが、強いのか?」
「さぁ……?」
「試させろよ」
「嫌ですよ。仕事中だし……」
「釣れねぇ、騎士大会は?」
「騎士大会? もう終わったんじゃ?」
「秋だよ」

 そんなものもあったなぁとジンは思いを馳せた。騎士達の実力を誇示する大会は年に2回あり、一つは春、若輩騎士向けの個人戦。もう一つは秋、年齢制限のない集団戦がある。ジンは個人戦を二連覇したが、秋の集団戦はチーム戦となるため呼ばれもしなかった。

「しらないっす」
「は? でないのか?」
「去年呼ばれなかったんで……つーか、個人戦は?」
「そん時はまだ未完成だったんだ。『タチバナ』が来るって聞いて完成させたんだぜ。試させろよ」
「何を……」
「俺の異能だよ。どれかはネタバラシになるからいわねぇ」
「……」
「なんで黙るんだよ」
「【未来視】か【認識阻害】のどちらかっすね」
「はぁ!?!」

 単純な消去法だ。【服従】は強力だが、そもそも『タチバナ』を認知している時点で効力が無いことは知っている筈で、【読心】も、対面で読めていないならあり得ない。戦って試さなければならないなら【千里眼】もなく、【細胞促進】は活用するのなら戦時向けだ、そして【身体強化】
は、そのシンプルさゆえに「完成」と言う形を持たない。
 ここで絞れるのは、戦闘時に活用できるか否かの異能で【未来視】か【認識阻害】になる。

「やるじゃねーか」
「まぁ今日はこのぐらいで……」
「秋に出て来いよ。ウィスタリアの本気を見せてやる」

 【未来視】だろうとジンは確信していた。ウィスタリア公爵へ預けられる異能は【未来視】だからだ。

 人がまばらな花畑は景色を楽しむ観光客ぐらいしかおらず、皆がとても優しい表情で過ごしている。
 ククリールはそんな様子を浮かない表情で眺め不思議にも思ってしまった。

「ククは、ローズマリーに来たことあるの?」
「そうね。前に来たのは家族旅行かしら……」
「久しぶり?」
「……えぇ、前はもっと内陸の方だったけど、とても楽しかった」
「今回は……」

 彼女は笑ってくれた。キリヤナギは思わずギョッとしたが悪い意味ではないようにも見える。

「とても、楽しいですよ」
「よかった。……来てくれてありがとう」
「こちらこそ、お誘いありがとうございます」
「あの、敬語は別にいいよ? 友達だし……」
「それは、体裁もあるのだけど……」
「難しい?」
「努力はしてみます」

 無理をさせてしまうだろうかと、キリヤナギは少し不安だった。しかしこちらの要望を聞いてくれる彼女は、春には想像もできず心が躍ってしまう。
 話していたら、庭園の噴水広場へと辿り着きそこには数匹の鳥が水を飲んでいた。彼は嬉しそうにそれを観察し、隣に座っても逃げずククリールは少し驚いてしまう。

「ここ座っていいって」
「鳥と話してるの??」
「ち、違うけど……」

 ククリールが座っても、確かに鳥は逃げなかった。それどころかキリヤナギの肩や頭にのって寛いでいる。

「飼ってるの?」
「飼ってないけど、子供がこわいから隠れたいのかも?」
「どうしてわかるの??」

 キリヤナギは上手く応えることができなかった。動物が寄ってくるのは子供の頃からで、迷子になってもカラスに助けられたり、落とし物をしても野良犬が拾って届けてくれたこともある。
 そんな経験からキリヤナギは動物とは「助けあうもの」と言う認識だが、回りからは稀に忌避の目で見られることもあった。

「……」
「ぼ、僕もよくわからなくて……」

 ククリールは何一つ理解できていないようだったが、うとうとしている鳥の顔を見ると聞こうとする気も失せてしまう。

「そう言うものと理解しておきます……」
「ありがとう……」

 触ろうともしないククリールへ、鳥達は少しだけ興味を持ったようにも見えた。
 ローズマリー庭園の観光が終わる頃にはもうすでに日は暮れかけ、キリヤナギは一度ローズマリー家へにも挨拶を終えた後、再び別宅へと戻った。
 ローズマリーの使用人達は引き上げ、騎士と貴族達だけどなったその場所へ、皆は庭へバーベキューセットを持ち出してセッティングを始める。

「セシル、これもしかしてバーベキュー?」
「はい、ローズマリー公爵とツルバキア家の方から是非食べて欲しいと差し入れをいただきました」
「ツルバキアって、宮廷騎士の?」
「ええ、彼らは昔、傭兵騎士として仕えられておりましたが、現代ではローズマリーで商家として活動されているそうです」
「リーリエ・ツルバキア大隊長閣下のご実家ですね」
「へぇー」

 大半はお肉だが、野菜だけでなく沢山の果物もありテーブルは彩り豊かだった。
 多少のお酒も用意されていて、好きに飲んでも構わないらしい。回されてくるからのグラスにキリヤナギはワクワクしてくる。

「こう言う雰囲気初めて」
「ご家族では味わえないものだと思います」

 グラスの次に回されたのは串だった。ここに好きな食材を指している皆にあわせ、キリヤナギも野菜を刺してゆく。

「肉もっとささねぇの?」
「ヴァルは肉ばっかりじゃん」
「ツバキさん。串は慣れないので焼けたものを切って下さいな」
「かしこまりました」
「私のも頼む」
「おまえら……」

 暗くなってくる庭へ照明がつけられ、皆の食材が音を立てて焼かれてゆく。プリムとセオが、サカキの騎士を含む全員へ飲み物を渡し終え、高らかに声を上げた。

「皆様この度は、殿下のご旅行へご同行頂きありがとうございます。先程のローズマリー公爵との会談から、公務の全ては終了致しました。よって明日からは、本格的な旅行期間となります。皆様是非お楽しみください。また、本日はローズマリー家とツルバキア家より、是非嗜んで欲しいと新鮮な食材を提供していただきました。明日の海に備え、どうか好きなだけお楽しみください」
「騎士の皆も?」
「はい、お酒は少し制限を設けておりますが、日をずらして決めております」
「よかった」
「では皆様、二日間ありがとうございました。これより殿下の久しぶりの旅行へ乾杯!」

 サカキの騎士達を含めた、皆のバーベキューパーティがグラスを当てる音と共に始まってゆく。学生達だけでなく、アゼリア隊や親衛隊も初めての飲み会のような雰囲気で、皆自己紹介などで盛り上がっていった。
 ほぼ肉ばかり食べるヴァルサスとか、野菜ばかり食べるククリール、カクテルを楽しむアレックスなど個性豊かで、観察しているだけでも楽しい時間を終えてゆく。

 そんな賑やかなバーベキューパーティを終えた皆は、片付けをすると言う騎士達を残し、その日の汗を流しに向かう。
 マグノリア領とは違い騎士全員は来なかったが、キリヤナギ、ヴァルサス、アレックスの三人は、ジンとセスナと共に広い別宅の浴場へと現れた。

「マグノリアだったら女湯あったのに、なんでこっちにはないんだよ……」
「マグノリアは慰安旅行的な別宅なので広いんですけど、こっちはレジャー向けなので庭とプールに敷地を取ってるんですよね」
「説明しなくていいぞ? セスナ」
「ここたしか庭に繋がってるんだっけ?」
「はい。海からでてすぐ入れるようになってます。って殿下、今はダメですよ!」
「流石にないだろ……」

 考えると恥ずかしくなり湯船に顔をつけてしまう。マグノリアのものより狭いが、ホテルの大浴場並みの広さがあり、ヴァルサスはやはり困惑しかできなかった。

「ベルガモットと聞いたが、あの『ベルガモット』か?」
「え、はい。家族がいつもお世話に……」
「知り合い?」
「僕、マグノリア領出身で宮廷に入る時に推薦して頂いたのです」
「へー」
「王子の親衛隊として抜粋されたなら、私も誇らしい」
「えへへ、アレックスさんにそう言ってもらえたら嬉しいです」
「毎度【読心】は、その使用者へ多大な負担を強いるが、元気そうなら安心したぞ」
「僕は、セシル隊長と出会えたので大丈夫ですよ」
「負担? リスクとかあるんです?」
「ヴァルサスさん。僕。普通の人より【読心】の届く範囲がちょっと広いタイプなんです。だから余計な声きいちゃってないか心配される時あって」
「へー……」
「相手の認知範囲で読める人間レーダーみたいな? もちろん制限はあるんですけど」
「認知範囲……?」
「【読心】でも心の読める範囲には制限があるんすよ。読まれる側が、読む側の存在を認知しないと読めないというか」
「流石の『タチバナ』。詳しいな。簡単に言えば有名になればなるほど【読心】は多くの人の心を読める。存在を知られることが大前提と言うことだ」
「『王の力』って意外と複雑?」
「ゲーム的に言うと『仕様』みたいなものです。でも人間が使うので、稀にセスナさんみたいな人が出ると言うか」
「しよう……??」
「ふーん。優秀じゃん」
「照れますね……」

 王子は困惑しながら、湯船に浸かっていた。

「ならこうして『タチバナ』と二人で配置されているのは索敵が目的か」
「はい。もし能力者がきても、ジンさんがいればなんとかなるので、相性が良いかもしれないです」
「いいっすか……?」
「僕、ジンさん大好きですよ? 殿下が気に入ってるの分かります」
「え??」
「セスナわかってくれる?」
「だってこの人、殿下の事しか考えてなかったですもん。自分が輪を乱さないかとか、親衛隊のみんなを怖がらせないかとか……」

 体を洗っていたジンがフリーズしていて、セスナは我に帰った。キリヤナギがニコニコしていて、やってしまったとすら思う。

「そう! ジンはそんな感じ!!」
「セスナさん!! 勘弁して下さいマジ!!」
「ジンさんはもっと口にだしていいですよ、誤解生んでますって」
「なんか俺、ジンさんがかわいそうに見えてきた……」
「騎士隊の愛情表現なんじゃないか??」

 髪を洗いながら項垂れているジンを、セスナが洗い流している。ここまで言われて怒らないジンは、やはり優しいのだろうと、ヴァルサスとアレックスは納得していた。 
 明日はいよいよ海が控え、キリヤナギは寝室の窓から見える僅かな海に心を躍らせる。リビングにはすでに、膨らませてある浮具もあって準備は万全だ。
 遊び方を調べる為にデバイスを触っていると、次第に眠くなってそのまま意識を落とす。誰もが皆明日は楽しめればいいと心待ちにしていた。

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