「施設訪問?」
「はい、大変久しぶりになるのですが、大丈夫でしょうか?」
騎士の皆の業務が落ち着き、王宮へ再び平和が訪れ始めた頃、学院から帰宅したキリヤナギはセオからスケジュールに関して相談されていた。
毎年行われていた王立の施設行事への視察は、去年の春頃までは定期的にこなしていたが、体調を崩してからというもの、全てキャンセルされて、見送られていたことでもある。
しかし今年の誕生祭を機に、復帰できそうな目処があるとされ、再び取り行うために準備が進められているらしい。
「誕生祭からそれなりに日は経っておりますが、学院との両立でご無理されても本末転倒なので、どちらでも構いません」
「……大丈夫。もう動けるよ。それに元気なの見せたのに行かないのもおかしいし」
「わかりました。では明日には連絡を入れますので、明後日にはお願いします」
「え、早……」
「はい、当日は朝からカナトさんが公式に謁見されて、デバイスの総括システム『アストライア』の視察を……」
「じゅ、授業……」
「王宮から連絡はしておきますので」
セオは目を合わせてもくれず、淡々とスケジュールの朗読をはじめる。
要約すると、朝からカナトの迎えに応じて外資企業の視察へ赴き、食事会を終えた後、午後は王立高校の大会鑑賞、その後は児童養護施設と介護施設を回る内容だった。
誕生祭ほどではないが、相変わらず分刻みのスケジュールに胃が痛くなってくる。
「分けれない……?」
「出席日数に配慮したのですが……」
言われて納得し、キリヤナギはしばらく項垂れていた。しかし、やると言ったならやり切らなければならない。
学院の3人に登校できないとだけ話を入れて、キリヤナギは当日へと望む。早朝から身支度を整え、スーツを着込んだキリヤナギは王宮の謁見室へ現れたカナト・アークヴィーチェと対面した。
全国メディアと共にガーデニアの正装を纏うカナトは、若き王子へ敬意を示して一礼した。
「ご機嫌よう、キリヤナギ殿下。本日は我アークヴィーチェの誘いへ応じて頂き心から感謝を、恐れながらにもこのカナトが、ガーデニアの誇るデバイス総括システム『アストライア』の見学にお供させて頂きます。どうかなんなりとお尋ね下さい」
「アークヴィーチェ卿。ようこそ王宮へ。誘いを受け、私もこの時をとても楽しみにしていました。どうか肩の力をを抜かれ、お互いに有意義な時間を過ごしましょう」
握手をする2人は並び、歩幅を合わせるように謁見室をでる。そして待機していた『自動車』へと乗り込んだ。
扉をあげてくれたのは、運転するのはセシル・ストレリチアと、助手席にはジンが乗りこむ。
後部座席には、外からは覗けないカーテンがあって、キリヤナギはほっと肩を撫で下ろした。
「メディアが苦手なのは、相変わらずだな」
「うん……」
カナトに笑われた少し悔しかった。
足元には、ジンの気遣いなのかボトル飲料があって、少しだけ口に含んで緊張をほぐす。
「あっちにもいる?」
「居るぞ? 我がガーデニアの技術をオウカの王子に知って頂けるのは、この上ない光栄だからな」
「……カナト」
「キリヤナギは自然な方がいい」
少しだけ気が楽になって、ようやく肩の力が抜けるのがわかった。
自動車で訪れた施設は、王宮の北側にある巨大な高度文明の建物で、ガラス張りの背面に白い壁がどこまでも続いている。
キリヤナギはジンとセシルと共に施設内を案内され、その見たことのない建物の構造に驚きながら興味津々にながめていた。
カナトはそんなキリヤナギへ、デバイスは全て無線通信で行われていると錯覚しがちだが、実は街の電波塔は全て地下ケーブルで接続されており、あくまで無線通信はデバイスと電波塔のみであることで、高速化が測れていると解説してくれた。
またウェブにおいては、このケーブルを使って各地にある端末をつなぎ、解放されることで閲覧ができている事も説明される。
「解放されたデバイスのデータをみてる?」
「はい。現代ではデータセンターなどの活用でユーザー間での情報のやり取りが手軽となり、ありとあらゆる情報がこのデバイスだけで手に入ります」
「じゃあ、僕のも解放されてるってことかな?」
「いいえ、それはセキュリティ問題があるために専用のデバイスでなければ不可能ですが、殿下がサーバーを構築できるほどの知識をお持ちなら可能です」
「魔法みたいな技術で面白そうだけど、まだそんな技術はないかな。やりたくなったらお願いするよ」
「光栄です。いつでもお申し付けを」
楽しそうに話す様をメディアに撮らせ、視察は『アストライア』の実機の元へと向かう。
それは巨大な箱の並びだった。
何列にも並ぶ書棚のような場所には、膨大な基盤が設置されていて、通信を示すランプが小刻みに点滅している。
「これが、アストライア?」
「この機器は、あくまで運用の為のものでシステムはこちらになります」
カナトの手元にある端末に意表を付かれた。要は通信さえできれば、システムには何処からでもアクセスができ、場所を選ばないと言う。
「億単位のアクセスに耐える為、実機はこのように高スペックの機器が必要であり、実機であるからこそ、人の管理が必要なのです」
「すごい……」
「我がアークヴィーチェは、この国の通信の全てを任されたことを誇りに思い、たとえ世代を超えたとしても、引き継ぐことを誓いましょう」
キリヤナギは素直に嬉しくなった。
手元にある小型の端末は、人の手で作られた魔法のようで不思議だと思っていたが、それを維持管理する人々がいると思うと、大切に使いたいと言う気持ちになるからだ。
「ありがとう」
「光栄です」
キリヤナギはその後カナトと食事会を挟み、午後に向けて一度王宮へと戻る。
グランジを隣に乗せて、騎士学校の訓練風景や、王立の高等学校のスポーツの決勝を鑑賞する。
求められた握手に応じながら優しい笑みを浮かべる王子へ、皆は魅入られるように人だかりを作っていた。
「大丈夫ですか?」
手帳をみるジンの気遣いに、キリヤナギは移動する自動車の中で我に帰った。もう午後もとっくに回っているのに、何故かそこまで疲れていないからだ。
「まだ元気かも、カナトの会社。楽しかったし」
「よかったです。じゃあ隊長、次の施設いれますね」
「お願いするよ」
自動車に搭載されるデバイスは、地図が表示できるもので、キリヤナギも思わず覗き込んでくる。
グランジはしばらくそれを観察したあと、キリヤナギを無理やり後部座席へ戻した。
「色んなところにある」
「もうどこでもありますよね」
「はは、興味津々ですね」
「じゃあ俺、施設に連絡します」
「ジン、頼んだよ」
笑われて少し恥ずかしくなったが、この移動時間は、三人共身内で安心していた。
カーテンの隙間から覗くと、歩道にメディアがいて思わず隠れてしまう。
「いっぱいいる……」
「一応公開行事ですからね……」
「殿下が公式に外出されるのは、本当に久しぶりなので、皆気になっているのですよ」
恥ずかしいが、確かにヴァルサスにも言われていた。心配をかけているならむしろ表に出た方がいいのだろうが、酷く疲れる為、今は体力温存する。
「施設まで、どのくらい?」
「混んでいなければ40分ほどでしょうか、話している間につきますよ」
疲れてはいないが自動車の空調が心地よく、思わずうとうとしてしまう。寝てしまおうかとは思ったが、助手席のジンがデバイスを片手に首を傾げていた。
「どうかした?」
「養護施設は繋がってたんですけど、介護施設は何故か繋がらなくて……」
「どう言う風に?」
「コール鳴らないんですよね。電源が入ってないみたいな?」
「何かあったのか……? 行けば分かるだろうけど、一応本部に連絡いれておいて」
「分かりました」
「カナトに聞いてみる?」
「繋がらないのは、まだまだ良くあることです、端末の電源が落ちているだけなら、それは不備でもなんでもないですからね」
「そっか」
流れている景色は見慣れたもので、自動車はいつの間にか大通りから中道へ入り施設のある公道へ入って行った。
メディアが待ち構えたそこへ、身を引き締めキリヤナギは再びでてゆく。まだ年齢が一桁の子供たちから、キリヤナギと年齢が変わらない彼らの歓迎をうけ、一緒に遊んだり絵本を読んだりして過ごした。
子供達から画用紙に書かれた似顔絵とか、手紙などを受け取って緊張いた気持ちが嬉しくなる。
「ありがとう」
「別に嬉しくないんじゃないの?」
「こら!」
後ろから響いた若い声に、キリヤナギは振り返った。
15歳ぐらいの少女だろうか。入り口で不貞腐れるようにこちらを睨んでいたが、顧問に叱られて目を逸らす。
キリヤナギは動じないままに、彼女の元に歩み寄っていた。
「見に来てくれてありがとう。その気持ちだけで僕は嬉しいよ」
「綺麗ごとばっかり、どうせ仕事なんでしょう? イメージアップ? 騙されないし」
「うん、でもここに来るのはとても楽しみにしてたから」
「は……」
「また来てもいいかな?」
笑顔を崩さない王子に、彼女は黙ってしまった。後ろには王子が離れた事で不満そう子供達がおり、尚更返答に困っている。
「その子達がいいなら、いいんじゃないの?」
「ありがとう」
王子は再び輪にもどり、皆へ絵本を読んでいた。紙袋いっぱいに貰った手作りの贈り物を片手に4人は養護施設を後にしてゆく。
貰ったものはどれもあどけないものばかりで、キリヤナギはそれを熱心にみていた。
「連絡とれないっすね……」
「んー、困ったな」
ジンの言葉に、セシルは「うーん」と顔を顰めていた。今日向かうと言うのはあらかじめ決まっているが、公式に王子を迎える場合、迎える側にも準備をしてもらわなければ困るからだ。
「帰ります?」
「え、行かないの?」
「心配がありましてね、突然現れても困るのは施設側ですから」
「ぇー」
ジンとグランジは、帰りたくないのだろうと言うキリヤナギの心情を察して呆れていた。セシルは軽く笑いながら、運転しつつ話してくれる。
「行きたいですか?」
「僕で元気付けれるならって思って……」
介護施設には年齢や病気により、身体の自由の効かない人々の施設でもあり、皆は顔を見せるだけで光栄だと喜んでもらえて嬉しかった。
何もできなくとも、行くだけで皆の元気がでるなら力になりたいと思うからだ。
「なら、一度向かいましょうか」
「いいんです?」
「先にジンかグランジ様子を見に行って貰えばいいさ。少ないと思うけどメディアも集まっているだろうしね」
「ありがとう、セシル」
「仰せのままに、殿下」
セシルは話を聞いてくれるといつも安心していた。ジンの差し入れをよく見ると小売店のおやつも入っていて、キリヤナギはそれをつまんで移動時間の僅かな休憩を楽しむ。
しかし、自動車が進むごとにセシルの顔色が曇り、建物が見え出したあたりで彼は自動車を影になる位置へと止めた。
本来なら堂々とそこへ行くはずなのに、隠れるようなその動きに不安を覚える。
「どうしたの?」
「いえ、車は沢山止まっているのですが、人が居ないので少し様子を確認しようかと、ジンみてこれる?」
「はい」
「僕も」
ジンは足早に自動車を降りて施設へと駆け足で見に行く。キリヤナギは隣に座るグランジに腕を掴まれ、しばらく攻防をしていた。
「少々お待ちを」
グランジは離してくれず、出ようとしたら胴まで掴まれて動けなくなった。
先に施設の様子を見に行ったジンは、その施設周辺の静けさに嫌な予感を得る。数台のメディアの自動車があるのに、そこに人の気配はなく、入り口は施錠されて、入る事が出来なかったからだ。
何故だろうと思いながら、ジンは周辺を散策し、中を覗ける場所を探す。
すると裏口を見つけ一旦敷地内へ侵入したジンは、カーテンの隙間から中を除いた。
そこで人々へ拳銃を見せつける男に驚き、セシルへとメッセージを飛ばす。それを受けたセシルは、すぐに本部へと連絡を入れようとするが、相変わらずグランジから抜け出そうとするキリヤナギに呆れていた。
「離してー!」
「グランジ、離していいよ」
グランジが腕を緩めた直後、キリヤナギは自動車のバックにある護身用の武器を持って、飛び出してしまった。
グランジが走って追って行き、セシルも自動車を降りて後に続く。裏手にはすでにジンが待機していて2人の到着をまっていた。
「……殿下」
「立てこもりって本当?」
「まぁ、見た限りでは……いいんですか? 隊長」
「車が見つかって襲撃か、奪われる方が厄介だと思ってね」
呑気だなぁとは思うが、確かに理にもかなっていて言葉がでなかった。応援はもう要請済みだが、到着にはまだもう少しかかってしまう。
「十中八九、狙いは殿下でしょう。動機は分かりませんが」
「助けないと……」
「殿下の仕事じゃないんですが……」
グランジも呆れていた。
セシルはキリヤナギを見ながらうーんと顔を顰めている。
「我々としては、殿下を前に出て頂くのは些かリスクが大きいのですが」
「僕も戦えるよ?」
「だから、銃持ってるんですって……」
キリヤナギはいつも自信満々で皆はいつも困ってしまう。しかしその自信に相応の実力があるのは皆も認めていた。
「制圧できた後、速やかにジンと車へ戻って頂けますか?」
「隊長……」
「うん! 大丈夫!」
「折れて頂けないなら、こちらが折れるしかないよ」
勘弁して欲しいと思いながらも、キリヤナギはやる気だった。
キリヤナギはグランジと共に何食わぬ顔で施設の入り口から呼び鈴を鳴らす、最新技術なのかロックがかけられていた門は、建物内からの操作で自動で開き2人を招き入れた。
建物内からは、青い顔のスタッフが現れ、丁寧に招き入れてくれる。玄関で何が起こるだろうと思ったとき、グランジが動いた。
【未来視】で先を見ていたグランジは、奥から現れた銃を持つ男の先を読んで発砲。
その銃声に奥から悲鳴があがり、新しく現れた敵にへキリヤナギがサーベルを抜いて応戦する。続々と出てきた不審な男達は、そこに王子が居たことで武器を下ろして走ってくるが、キリヤナギの後ろから、ジンとグランジ正確に撃ち抜かれ、倒れた。
打ち損じた敵は、部屋へ戻ってゆきキリヤナギは急いで後を追う。
床へ座り込んだ老人の首元を掴み、銃を突きつけた敵へ、キリヤナギが動きを止めた。
「動くな、武器を下せ」
立てこもっていた敵は未だ数名おり、皆老人達に武器を向けていた。キリヤナギがサーベルを床へ捨てた時、後ろから声が響く。
「-武器を放せ-」
その独特の響き方に、敵は何かに支配されたように動けなくなった。突きつけていた武器を手放し床へ落ちて行く。
「-座ろうか-」
後ろから現れたセシルは、犯人の皆に【声】を聞かせ、【服従】させる。敵がみんな座り込み、キリヤナギはほっと安堵した。
「セシル、ありがとう」
「ご協力を感謝します。殿下」
その後、ジンと大急ぎで自動車へ戻ったキリヤナギは、応援にきた騎士達と共に、何ごともなく王宮へ戻り、今回のこの施設での視察公務は延期とされることになる。
視察が中止となり「無事現場に遭遇する事なく」帰路へ着くことになったキリヤナギは、上機嫌で自動車のカーテンも開けて市民へと手を振っていた。
「ジンの気持ちが、少しわかった気がするよ」
「バレたらまずいですよね……」
「その時はその時さ、一応口止めしてもらったしね」
施設には記者もいたが、かの事件は、王子を護衛していた騎士達が、颯爽と立てこもり事件を解決したと放送される。
セオは、そんな情報が流れるテレビに背中を向け、普段通り朝ごはんを食べるキリヤナギを交互にみていた。
その次のニュースには王子が久しぶりに公の場に出ていたことが5分ほど放送され、尚更不審にも思うからだ。
「本当に何もしてないんですか?」
「してないよ。セシルの【服従】強いし? 待ってればいいかなって」
「……」
あれほどまで騎士を苦手としていたキリヤナギが、ここにきてセシルの言うことを聞くのが想像も出来ず、セオは疑わしくて仕方ない。
グランジもジンも目を逸らしていて尚更怪しいがセオは深く考えるのはやめた。
「そうでしたか。まぁ、ご無事で何よりです。延期となりましたから、また夏休みが始まってからにでお話をつけておきますね」
「わかった。ありがとう、セオ」
キリヤナギは、お弁当を受け取り、グランジと共に学院へ登校してゆく。そして報告書が承認された後、セオは再びグランジから真実を聞かされ、項垂れていた。