21
その日、ヴァルサスが二限を終えてテラスに来るとそこにはテーブルで泥のように眠るキリヤナギがいた。
誰かが歩いてくる音にも、椅子をひいた音にも全く反応を示さない彼にヴァルサスは起こすべきか数十分悩む。
「ご機嫌よう。相変わらず、驚くほど人が来ないなここは」
「アレックス……」
王子を観察していたらアレックスが現れ、後ろにはククリールもいた。
一限と二限で姿が見えなかった王子は、ヴァルサスに今日も休みかと思われていたのに、いつもの屋内テラスで寝ていて呆れられてしまう。
「お姿が見えないと思ったら、王子殿下も不真面目でおられるのね」
「つーか、出席大丈夫なのか? ぉーい、昼だぞー?」
突いてみると、王子は微妙に反応をみせ、ヴァルサスの顔に絶句していた。時間をみて震えている王子に、3人は自ずと考えている事を察する。
「起きた」
「な、なんでいるの?」
「昼だぞ?」
「え??」
「いつから寝てたんだ?」
「朝、早めにきて30分だけ……って」
「はーー??」
「寝過ぎだな……何があったか?」
「誕生祭の練習が始まってて、今日は朝4時に起こされて……」
「4時……」
「朝6時から8時までパレード用の乗馬練習で……」
「大変じゃん……」
「儀式の予行練習も午後からあって、15時には帰んないとだし、もう辛い……」
「は? 授業どうすんだよ」
「もう王宮が話つけてるって……」
「……マジかー、出席足りんの?」
「わ、わかんない……」
せめて三限を受けて帰らなければ心の安息が保てない。しかし、朝8時からぐっすりと寝られたため意識ははっきりしていた。
「部下として大学でのサポートはしよう。我々貴族にとって、この誕生祭は国王の物よりも重要だ。しかもこれは王子にしかできないからな」
「先輩、ありがとう……」
「皆、誕生祭誕生祭いうけど、そんな重要なのか? 唯の祝日だろ?」
「アゼリアさんは、本当何もご存知ないのね」
「はー? 何の話だよ!」
キリヤナギはお弁当を広げて聞こえない振りをしていた。アレックスは、王子の普段の態度からヴァルサスへ身分の違いを意識して欲しくないことを察して続ける。
「現国家情勢の話にはなるが、我が国オウカとガーデニアが存在するマカドミア大陸は、20を超える小国と大国で成り立っている。この二国を囲う周辺国家の殆どは自治権が認められた族国で、支配権はガーデニアとわが国へあると言っても過言ではない。この支配はすでに100年以上続く不動のものでもあるが、オウカの王族の衰退により、その支配力の低下が懸念されている。よって現状を不動のものとするためにも、王子の現存を大々的に誇示し、支配の継続を外国へと示す、これがこの誕生祭の意義だ」
一気に話された言葉に、ヴァルサスは理解が追いついていないのか「うーん」と何かに苦しんでいた。しかし「世界へ王子の存在を示す」というのは理解はできる。
「こいつ、そんな重要なの?」
「重要だ。それこそ居なくなればこのオウカの支配力は低下し、牽制となっている『王の力』すらも存続ができなくなる。そうなればこの国に未来はない。ガーデニアの支配下になるか、敵国の侵略をうけるかだな」
「ご兄弟も居られないものね」
「それは僕のせいじゃないんだけど……」
「現国王のご兄弟は居たそうだが、皆、暗殺されたそうだからな……」
「一人は誘拐だから、まだわからないし」
「そうか、だが今現在、このオウカでの正当な後継者はキリヤナギ王子、貴方しかおられない。くれぐれもその命をおとされるな」
「大学でその話は、ちょっと……」
「真面目な話じゃん」
「王宮で散々いわれてるし……」
目も合わせず吐き捨てる王子に、3人は困惑してしまう。しかし、確かにこれは何より本人が一番理解している事だろうとアレックスは理解した。
「誕生祭では、王子のクラウンもお披露目されると聞いている。楽しみだな」
「え、うん……」
「クラウン?」
「冠ですね。世界より買い集められた至高の宝石で作られると聞いています」
「すごそうじゃん」
「経済力も国力の一つだ。王子のクラウンは国の財力を示す意味もある」
「税金だから申し訳なくて、父さんので良いって言ったんだけど……叱られた」
「この国の豊かさは、王子の存在がもたらしていると言っても過言ではない。堂々としていれば良い、先日のチンピラを相手にした時のようにな」
キリヤナギは、何故か釘を刺された気分にもなっていた。
そして昼を終えた三限終わりにヴァルサスとククリールと別れ、キリヤナギは迎えにきたグランジと合流する。
半ば引きずられる形で帰宅した王子を使用人達は、足早に部屋へ連れてゆき、儀式用の礼装へ着替えさせる準備を始めた。
シャワーを浴びろと言われて入ってきたが、洗い方がなってないと言われて髪だけ洗い直しをされたり、服を着せられて手伝おうとすると、皺になるからと止められたりなど、皆の必死さが怖くなる。
初めてに着せられた服は、昼間アレックスが話していた新しく作られた冠の授与式用のものだった。
20歳の記念にと作られたそれは、若い王子に合わせたシンプルなデザインをしていて、冠というよりも、ティアラのような形をしている。
僅かな金属の土台に、沢山の宝石があしらわれていて、触るのが怖くなった。
儀式の際に乗せる場所の位置確認をすると言われて震えていたら、ふと名前を呼ばれて驚いた。
振り返るとそこには母がいた。
優しく笑い、嬉しそうにこちらを観る彼女は、冠をのせ王族の礼装を纏うキリヤナギを見て泣き出してしまう。
そして、膝をつき「生きていてくれて、ありがとう」と話してくれた。「立派になりましたね」と続けられて、思わず涙をもらいそうになるが、堪える。
「ありがとうございます。母さん」
数年ぶりに笑った王子へ王妃は思わず抱きついて静かに泣いていた。王子の「まだまだ相応しくない」と言う言葉へ、王妃は首を振り、「ありのままであっていい」と言ってくれた。
その後、記念の写真を撮られ儀式の部屋での本格的な練習が始まってゆく。
久しぶりの練習で何を言われるか不安で仕方なかったが、わかりやすく手本も見せてもらえ、思いの外スムーズに練習は勧められていった。
朝5時に起きるのは酷く眠いが、遅くなりつつあった眠る時間を早めにずらし、どうにか対応できるよう体を合わせてゆく。
しかし、久しぶりで体がついてゆかず、水曜日に練習疲れでぐったりしていたら、アレックスに同情され、何処からか聞きつけたのか、シルフィが差し入れを持ってきてくれた。
喜んでセオに報告したら取り上げられて、理由を聞くとエナジードリンクは体力を前借りするものらしく、終わってから飲むものだといわれた。
そしてあっという間に木曜日がきて、本番を兼ねた練習が始まる。
馬で歩く経路を自動車で周ったり、王宮での挨拶で立つ場所などを確認していると、使用人がどうにかカンペをおけないか相談してくれていて、すでに覚えられているので大丈夫だと断ったら、何故か手を握られてお礼を言われた。
午後は屋外の儀式で、キリヤナギは再び着替えさせられた後、皆の準備ができるまで待機椅子へ座らされる。
手伝おうとしたら服を汚されるとまずいと言われて動けず、素直にボトル飲料を飲んで待機していた。
春の日差しに心地よさを感じていると、王宮の中から、ジンが差し入れを持って現れる。
「ジンだ。きてくれたんだ」
「お疲れ様です。今日からしばらく王宮勤務なのでよろしくお願いします。これはカナトからの差し入れ」
「ありがとう。明日から制限かかるから嬉しい……」
「制限?」
「健康診断あるみたいで、そっから外食ダメだって……」
「相変わらず厳しいっすね……」
当日にはない束の間の休憩時間だと思う。脇には撮影用の機械とか機材用のテントもあってまるでイベント会場のようになっていた。
キリヤナギは、ぼーっとそれを見て、ジンの持ってきた差し入れのおにぎりを食べる。辺りを見回すと準備をする使用人達しかおらず、王族はキリヤナギしかいなかった。
「この儀式って殿下だけなんですか?」
「ううん、父さん暑がりだからぎりぎりまで王宮にいるって」
暑がりと言われてキリヤナギの服を見るとそこそこ暖かいのに藍の深い色をした礼装を着ていてようやく気づいた。
「ここ父さんの曽祖父のお爺さん?……のお墓? 何代か覚えてないけど初代王様のお墓で、20歳になったよって報告の儀式?」
「へぇー」
「王族はみんなここに入るんだって、僕の父さんのお兄さん? 僕の叔父さんも会った事ないけどここにいるって」
少しずつ声元気がなくなってゆき、ジンはキリヤナギ背中を何も言わずに摩った。
「報告できるならよかったですね」
「うん……」
ジンは聞いた話しか知らない。
だが王族の衰退は、この国とっても深刻な問題で、かつてキリヤナギが生まれた際は、側室として妻を何人も迎える事も視野にいれられていた。
しかし、現王シダレは、過去に兄弟を失った経験から、ヒイラギ王妃以外求める事をせず今まできている。
王族に兄弟が居ないのも珍しく、臣下はキリヤナギを見れば見るほどにこの国の未来が不安になっていた。
「あ、ジンさんだ」
キリヤナギの横に立っていたら、脇から金髪に鉢巻の彼が姿をみせる。
左に片手剣を刺すのは、金髪が目立つリュウド・ローズだ。
「リュウド君。なんでここに?」
「ちょうどよかった、安全検査頼まれてるから付き合ってくれない?」
「安全検査って?」
「不審者が隠れそうな場所を探しとくやつです。屋外なんで……」
「へぇー」
「ごめんね。殿下。ジンさんをちょっと借りるよ」
「僕もそろそろ練習だし、気にしないで、ジンも差し入れありがとう」
「はい。またきますね」
手を振る彼に背を向け、ジンはリュウドに連れられて墓のある広場を歩いて回る。林を切り開くことで作られたこの場所は、大きな慰霊碑から円状に草原があり、林が広がっていた。
「ジンさん、隊長から作戦聞いてる?」
「え、何の話?」
「今回の誕生祭、かなりやばいって聞いてて、どうなるかわかんないって」
「そんな掴めてないの?」
リュウドはしっ、楽しそうに口を紡ぐ。そして何ごともなかったかのように続けた。
「もういっぱいいっぱいで、王宮には手が回らないんだってさ。だから殿下周りは今回甘くなるかもっていってて」
「ふーん」
これは「フリ」だと、ジンは察する。あえて大声で話し、潜む敵へ伝えているのだ。
「ま、今回も頑張ろうね。兄さん」
「ジンでいいって……」
横目で見ている限りでは、聞き耳を立てていそうな使用人は見えなかった。以前聞いた事が本当なら、今はキリヤナギが心配になってしまう。
しかし暗殺か誘拐かの二択なら、『敵』もできる限り殺したくない筈なのだ。
居なくなれば『王の力』は衰退するが、生きていればその軍事力を掌握できる。よって敵にとって王子は生きている方が価値はある。
ふと鐘の音が聞こえ、二人が振り返ると多くの花びらに撒かれるキリヤナギがいた。
どこか寂しそうに花を手向ける彼は、悲惨な死を遂げた先祖を哀悼する。それはまだ練習である筈なのに、皆は引き込まれるように見入っていた。
@
そんな嵐のような1週間はあっという間に過ぎて、体調も問題はないとされたキリヤナギは、前日の朝に泥のように眠る。
好きなだけ眠れたその日は、午後までゆっくりしていて、キリヤナギはグループ通信で四人と雑談をしていた。
皆朝から見てくれるようで嬉しくも思うが、複雑な気分にもなっていた。もし何者かが危害を加えようとした時、護身用の銃で躊躇うなと言われている。
キリヤナギは銃は苦手だった。
レクチャーは受けていても構造が複雑で打つまでに時間もかかるからだ。
そしてもし、それが顔見知りだったなら、引き金を引ける自信もない。その武器は、ほんのわずかな動作で人の命を奪い、倒す事で命を守るものだからだ。
そんな事を考え、自室でボーっとしていたら、ノックからセオと共に騎士の彼らが入ってくる。
現れたのは王宮の騎士服を羽織るセシルでキリヤナギは、謁見のことをすっかり忘れていて思わず飛び起きた。
「殿下。どうか気遣われずお過ごし下さい」
「ごめん、セシル……」
セシルは優しく笑ってくれた。彼は後ろにジンとグランジを連れていて、キリヤナギの元へ膝をついてくれる。
「キリヤナギ殿下。私はこの誕生祭にて、『王の力』を盗み出した騎士を捉えにゆきます」
「……! 盗まれた?」
「はい。敵はシダレ陛下の力を盗み出し、他ならぬ殿下へ危害を加える可能性がある。私はそれを防ぐ為、敵の拠点へと赴きます。よって私は当日は参加できません。どうかお許しを」
「……そっか」
心配そうにするキリヤナギへ、皆が沈黙する。セシルはそんな王子に応えるように続けた。
「ご安心を、殿下の周りには我が国の一二を争う近衛兵、ジンとグランジがおります。どうか2人と離れず何があればすぐにお呼びください」
「……わかった、ありがとうセシル。僕も頑張るよ」
セシルは少しだけ困った笑顔を見せ謁見を終えてゆく。そしてキリヤナギはその日、最後のスケジュールを確認をして当日へと望んだ。
22
首都は飾り付けられ、人々は街の至る所にある限定のショップに並び、広い場所にはパフォーマーや歌手が集まってショーが始まっていた。
キリヤナギはその日、早朝から専用の衣装をきて馬へ跨り、街の入り口から大通りを通って王宮へと移動する。首都へは各領地の国民が、成人した王子を一眼見ようと集まり、設営された鑑賞スペースを埋め尽くしていた。
彼らはデバイスの撮影機能を使い、声援を上げながらその行軍を撮影したり、名を呼んだりする。
穏やかで優しい笑みを浮かべる王子は、そんな声に応えるように手を振っていた。
そんな様子を、ヴァルサスは自宅の窓から眺め、ライブで配信されている映像で確認する。ククリールもアレックスもテレビからそれを眺め、学院で見る彼とは全く違う雰囲気に感心していた。
パレードを終え、王宮まで戻ったキリヤナギは、王よりお祝いの言葉をかけられ、成人の祝いに作られた剣と、冠を乗せられる。そして王宮の首都を見渡せるバルコニーから、桜花の王子は成人し、国はこれからも存続してゆくとメディアを通して世界へと発信された。
そこから、ホールで貴族達一人一人挨拶に応じ、広い部屋での食事会がはじまる。
王宮でもかつてないほどの豪華な食事だが、緊張で味がせず、吐きそうになっていて、気付いたセオに裏に控えさせてもらい、おにぎりだけ食べて席に戻った。
午後からはアークヴィーチェ主催の通信ネットワークの開通式へ顔を出し、つづけて着替えて初代王へ謁見を終えたキリヤナギは、ようやく王宮に戻って裏手にある広場へと向かう。
「大丈夫ですか?」
「吐きそう……」
18歳の時も確かこんな感じだったと、懐かしい気持ちが込み上げてくる。ずっと王宮に閉じこもっていたこともあり、元々大勢の前に立つのはひどく苦手で、緊張して気分が悪くなる。
しかしそれでも国民向けの儀式は全て終わり、あとは王宮内のイベントと貴族に向けた夜会を残すのみだ。フラフラだが、座っていれば良いため席に着く。
バルコニーの中央には玉座があり父がいて、キリヤナギは隣へと座り、それを挟むように母が座っていた。
具合悪い所を見せてしまい何を言われるのかと思って緊張していたら、母が体調を気遣い、父は騎士達の壇上から目を離さず、無理はしなくて良いと言ってくれた。
18歳の頃は、席を離れるだけで「根性がない」と言われていたのに真逆の言葉がでてきて反応ができなくなる。だがようやく緊張がほぐれ、体から力が抜けてゆき、目の前の試合が頭に入ってきた。
よく見ると、ジンやグランジも参加していて2人はそのまま勝ち進み、決勝で顔を合わせる。
キリヤナギはボーっとみていて、これは去年と同じ組み合わせだと思い出した。
何も言わずに対峙した2人は、お互いに銃を抜かず組み合いを始める。その鮮やかな動きに、観戦している他の騎士達が湧くが、キリヤナギは一目で分かった。
遊んでいると。
お互いにあえて受けられる攻撃をする事で、まるでラリーのようにそれが続く。観客は2人の動きに合わせて湧くが、当人達は気にした様子となくそれを続けていた。楽しそうに、踊るように遊ぶ2人は、何かの拍子に動きが変わる。
その動作で、キリヤナギはグランジが【未来視】を使ってはいないとわかった。それは相手がジンであり、使ったその瞬間から負けると分かっているからだ。【タチバナ】を相手に「王の力」を使う事は、対策を知る【タチバナ】を勝ちに行かせるものであると、グランジは理解をしている。そしてジンもそれを理解していて、極論的な素手での戦いに行きついている。
すごいとバルコニーを乗り出してみていたら、とある一瞬でジンがグランジを投げ、彼は場外で受け身をとって着地。
ジンが優勝する。
湧き上がる拍手に、キリヤナギも釣られて拍手をするのを、王と王妃は嬉しそうにみていた。
日も暮れてくる首都にキリヤナギは一日の速さを感じていると、再び使用人に手を引かれ夜会用の礼装へ着替えさせられた。
胸に薔薇の花を刺した華やかなその礼装は、ダンスをするととても映えるデザインとなっている。
しかし、その表情は疲れ切り少し虚ろになっているのがセオは気がかりだった。早朝から休憩がほとんどなく、動きづめの王子に限界がきている。ここからまだしばらく立ちっぱなしだが、持つだろうか。
「いけますか?」
「大丈夫……」
「もう一踏ん張りです。お酒は勧められても断って構いませんから……」
王子はしばらく俯いて、うなだれて目を瞑っていた。1分程そうして彼は立ち上がる。
「いってくる」
「はい」
セオと共にその煌びやかな空間へ、王子は出てゆく。一際目立つその衣装に、皆はこちらへ視線を寄越し、お祝いの言葉を言う為に集まってきてくれた。セオはそんな王子の周辺で、給仕を行いながら護衛をする。
疲れを見せず笑顔で応じる様は、表面だけでみるなら誰もが憧れる理想の王子だった。
周りの皆は歓迎するように彼を迎えては、お祝いの言葉をかけてくれる。ホールには音楽がかかり、ダンスをするものもいれば、談笑をしたりソファで寛いでいるものもいてキリヤナギはそんな彼らを少し羨ましく思っていた。
後ろには隠れるように、セオが不審な者がいないか【千里眼】で見る。今のところ参加人数は、名簿の人数と一致する。会場には、同じく礼装で紛れ込むグランジとジンもおり、称号を揺らして参加者へ紛れ込んでいた。
問題はない。とセオは判断する。
目の前の王子は、遠方から足を運んだ公爵令嬢達に囲われながら、世間話を楽しんでいた。
「王子殿下。この度は、20歳のお誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう。シルフィ、……ツバサ兄さんは?」
「ごめんなさい。私が王子殿下をみつけたところ、外の空気を吸いたいと外してしまわれました……」
「気にしないで、生徒会長だった時の事少し聞きたいと思ってたぐらいだから」
「せっかく成人なされたのに、無礼で申し訳ない限りですわ」
「大丈夫だよ」
話していたら、他の令嬢が現れシルフィは、ツバサの様子を見てくると言って去ってしまった。
「王子殿下、ご機嫌麗しゅう。お誕生日、おめでとうございます」
「こんにちは、ありがとう」
「昨年度の突然の誕生祭の中止より、何かあったのではと心から不安でありましたが、復帰されて何よりですわ」
「ごめんね。もう大丈夫」
「大学でのご活躍のこと、生徒会長に立候補されたと伺っております」
「えぇ、生徒のみんなが推薦してくれて驚いたけど、僕も大学でできる事を考えたいとおもってね」
「素晴らしいですわ。2回生で生徒会長は、未だ例を見ないと伺っています」
中身のない褒め言葉だと、キリヤナギは心が締め付けられるのを感じていた。国家の役職持ちが集うこの夜会は、貴族達が親睦を深める事が目的で開催されるが、その貴族達の殆どはその『人物』ではなく、相手の持つ『肩書き』に対して話しかけている。
キリヤナギなら肩書きは『王子』で、彼らは『キリヤナギ』に興味があるのではなく『王子』に興味がある。
だからこそ選挙の話をしても、「何故そうなったのか」は問わず、ただの『事実』を褒める。
キリヤナギはこれがひどくつらかった。生まれ持った肩書きから、そこに本人の努力を認識しない空間に、ストレスばかりが募って疲れてしまう。
「学院にはマグノリア公爵家のアレックス様もおられて、王子が出た事で立候補を辞退されたとか」
「あら、流石のマグノリアのご嫡男も王子には逆らえなかったのかしら」
「それは、僕が先輩の出鼻を挫いてしまって、今はその責任を取る意味でも立候補したかな」
「責任、ですか?」
「先輩が目指していたものの為に、僕にできる事を探すつもりだよ」
唖然としていて皆言葉に困っていた。敬われるべき人間の想定外の謙遜は、自分を卑下しているともとれるからだ。
「謙虚であらせられるのですね。しかし殿下は人々に敬われるべき立場です。どうかその身に誇りを持ち、堂々としてくださいな」
お決まりの説教に耳を塞ぎたくなる。しかし、ここは違うのだ。彼らはあくまで国に仕え支えてくれている立場で、蔑ろにはできない。
「お優しい殿下だからこそ、カレンデュラ嬢もお話できるのでしょうね」
「ククリール嬢……ですか?」
「はい。かの領地は大変田舎で、みな首都を知らないと聞きます。殿下を含めた王族にも偏見をお持ちだとか、どうかお気をつけて」
「彼女は『友達』です。そんな事は……」
否定しようと声をあげると、目の前に新しい人影がチラついた。「失礼」と令嬢の間に入ってきたのは、王子に並ぶ煌びやかな礼装のアレックスだ。
「そろそろ私にも祝辞をいわせてくれないかな?」
令嬢達は驚き、礼をして去っていった。思わず内心でホッとしてしまう。
「先輩。ありがとう」
「ここでは名で呼んでくれ、その方がしっくりくる」
「じゃあ、アレックス先輩。きてくれてありがとう」
「ならば改めて、キリヤナギ王子殿下。お誕生日を心からお祝いします」
アレックスは心なしか学校と同じ雰囲気を纏い、キリヤナギは安心してしまった。
「ククリール嬢と話さないのか?」
「え、ククきてる?」
「きているが挨拶もしていないか、『らしい』が……」
「どこだろう?」
「バルコニーでみたが、ダンスは断られてしまった。王子なら違うかもしれん」
アレックスの後押しに、少し照れてしまう。
「君は、やっぱり気付いてるよね」
「【読心】がなくとも分かるほどには、態度に出ていたからな」
まるで釘を刺されるようだと、王子は堪えた。今ここで伝えるべきかどうしても悩んでしまう。
「私からすれば、些か不本意だが……」
「え」
「彼女の幸せを思うのなら、ここは潔く引こう。彼女は任せる」
しばらく呆然としてしまう。言われればたしかにアレックスもククリールをかなり特別視していたからだ。ヴァルサスの話で、彼はククリールを派閥へ引き入れようとしていたと聞いたし、ククリールもまたアレックスを気にかけていた。
「僕より仲がいいのに……?」
「彼女にそんなつもりは無いぞ。ただ居心地のいい場所にいるだけの女性だからな。王子の下へ居場所をみつけたなら、私も本望ではある、大切にしてくれ」
「……わかった」
王子は、アレックスとすれ違い。一人バルコニーへと向かった。
黒髪へよく似合う白のドレスを纏う彼女は、他の貴族達から距離をとり、ひっそりとバルコニーの手すりへ座っていた。
晴天の美しい月を見上げる彼女は、舞踏会のために美しく着飾ってはいるが、夜会には興味がないのか、星空を眺めている。
王子は一旦呼吸をし、身を引き締めて彼女の元へ向かった。
王子としての自分のあり方を、彼女に見てもらえるだろうかと、淡い期待を持って歩を進める。
「ククリール嬢」
彼女は、突然現れた王子へとても驚いていた。そして嬉しそうな笑みが見え、キリヤナギは安心する。
「ようこそ、来てくれてありがとう」
「光栄です。王子殿下」
手すりを降り、ゆっくりと礼をした彼女へキリヤナギはしばらく見惚れていた。舞踏会の為に着飾る彼女は、学校でとは、まるで別人にも見えたから、
夜会の雰囲気は、もう親睦会から皆のダンスへと切り替わっている。そっと手を差し出したキリヤナギは、彼女の前で真剣に口を開く。
「ククリール嬢。どうか私と一曲……」
「ええ、お受けします」
王子の選んだダンス相手に、他の令嬢達はバツ悪そうな表情しながらそれをみていた。気を配っていたら、彼女のドレスへ飲み物がこぼれ、キリヤナギは手を引いてそれを回避させる。
「鋭いのね」
「人並みには」
ククリールは満足そうにしていた。
21時が近くなり、間も無く花火が始まると言うアナウンスに合わせ、キリヤナギは彼女を王宮のバルコニーへと連れてゆく。
月明かりの元で、機嫌のいい彼女は夜風を心地よくうけて、空を見上げていた。
2人だけの空間は、いつのまにかカーテンで仕切られ、誰にも聞かれない環境が整えられている。
そして王子は、彼女の前へ跪き胸へ刺していた薔薇の花を差し出した。
「ククリール嬢。どうかこの僕とお互いに合意を持った婚約を……」
目を合わせられず言葉が飛ぶ。
彼女は楽しそうは表情から一変して真顔に戻った。
「本気?」
「……はい」
「大変うれしいお誘いですが、お断りさせていただきます」
「え……」
「だって、貴方は私と『友達』だったのかもしれないけど、私は『友達』のつもりはなかったもの」
「えっ」
想定外の言葉に思わず息が詰まってしまう。記憶を辿りながら彼女が学校で関わりに来てくれていた時を必死に思い出していた。
「前に、『友達』でいいって……」
「貴方が勝手に思う事は自由ですが……、私がどう思うかも自由でしょう? そもそも王子殿下は、『友達』とは何がわかっておられないのではなくて?」
「それは……」
「『友達』が何かもわかっておられないのに、よく『友達』を語れたものですね」
かつてない程に切れ味のある言葉に、キリヤナギは何も言えなくなってしまう。
「私は、私の事を知ろうともしない人とのお付き合いはごめんですわ。他を当たって下さいな」
ククリールの言葉へ迷いはなかった。プロポーズを断られた事実と、友達ではないと言われた衝撃で理解が追いつかず、ただ黙って言葉を聞くしかない。
しかし、一つだけ誤解は解きたいと思っていた。
「……わかった。でも一つだけ、いいかな?」
「なんですか?」
「僕はただククの後ろ盾になりたかっただけなんだ。君にとって退屈なここが、少しでも楽しくなるなればいいと思ったけど、それはきっと余計なお世話だね」
「……!」
キリヤナギは跪き、もう一度ククリールを見上げた。その表情に迷いはなく堂々と告げる。
「僕の独りよがりで、気分を悪くしたなら謝るよ。ごめん。でもこの一カ月、ククと過ごしてとても楽しかった。ありがとう」
王子の言葉に、ククリールは驚いていた。僅かな微笑がまざるその表情は、涙を堪えているようにもみえ、口にした言葉に後悔すら湧いてくる。
それはキリヤナギへ『友達』が何たるかを説いたククリールが『友達』へしてはいけない事をやったことになるからだ。
王子は立ち上がって一礼し、ククリールの前から立ち去った。
見ていたセオは、王子をホール外の誰もいないバルコニーへと連れてゆき、休憩させることにする。座ってぐったりとする彼は、相当疲れていて意識すら虚に見えた。
「セオ」
「はい」
「ちょっとだけ、1人になっていい?」
少し悩んだが、セオは一礼しその場からカーテンの裏へと隠れた。
21時の定刻から、空には王子の誕生日を祝う花火が打ち上がり、合間に歓声や拍手が僅かに聞こえる。
キリヤナギもまた、たった1人でそれを眺め、ここ数ヶ月の出来事を思い出していた。
楽しかったはずなのにそれは結局独りよがりだと気づくと、後悔しか出て来ず何も言葉が出て来ない。ただ心に痛みが残って、背もたれに体重を預け、ため息をついた。
そんなキリヤナギを見つけたのか、使用人が現れ、キリヤナギの椅子へお酒の入ったボトルとグラスを置く。
まだ控えた方がいいと言われていたが、今は少しだけお酒の力を借りたいと思ってしまった。チェリーの入ったグラスに口をつけた時、持ってきた使用人の彼女が優しく笑ってくれる。
「ご機嫌麗しゅう。王子殿下」
給仕服のマリーは、疲れ切った王子へ寄り添うように言葉を続けた。
23
闇世に潜む影は、大勢首都の王宮周辺へ潜伏していた。入念に準備された作戦。王宮の警備兵を撹乱し、騎士の意識を別の場所へ向ける事で、その隙に王宮を襲撃する作戦だった。
主力の騎士は皆、「王の力」盗難を図った者のところへ行っていると踏む。
たとえ捕えられても、王子さえ手に入ればどうとでもなると言われ、影は決死の覚悟で挑みにいった。
そして21時の定刻。花火に紛れて突撃を測っていた影は、後ろからサイレンサー付きの銃で狙撃され絶命した。また周辺にいたものも僅かな血で命を失ってゆく。
「何故……」
首都の数十ヶ所に潜伏していた「敵」の1人をヒナギク・スノーフレークは、【認識阻害】を使いながら、弓を射た。
銃よりも殺傷力が低い矢は、敵の生命を奪い切らず最後の疑問をなげかける。
「セシル隊長。こちら殲滅完了です」
『ヒナギク。よくやった』
他にも同隊員から、殲滅が完了した方向があがる。
王宮での夜会が開催される中、セシル・ストレリチアは、集中するセスナを助手席へと載せて、自動車で首都を走り回っていた。
助手席の彼は地図を持ち、時々目を開けては地図へ赤いペンへ印をつけてゆく。
「多いな……」
「……」
集中するセスナは、セシルの言葉に反応を見せない。セスナ・ベルガモットの『王の力』、【読心】は相手に認識される事で心の声を拾う七つの異能の一つだ。
散らばった騎士達の心の声を頼りに敵の位置を特定し、「声」が消えたものへ斜線をつけてゆく。
「僕が聞いた40名の声のうち、約10名前後が王宮へ突入しました」
全ての敵を把握するのは難しく、その数はあくまで「ある程度」に収まる。
セシルはセスナの報告から、即座に自動車へ常備されるデバイスで通信をとばした。
「こちらストレリチア隊、大隊長セシル。タチバナ隊のアカツキ殿へ。想定で10名以上が王宮へと侵入の可能性あり、対応を」
『いい戦果だ、ストレリチア卿。あとは任せてくれ』
貫禄のある男の声だった。
彼は宮廷騎士団騎士長。そしてジンの父。アカツキ・タチバナだ。アカツキはその日、王宮の敷地内での警護を担い防波堤の役割を担う。
侵入した「影」は、騎士達の報告から15名。タチバナ隊の騎士は、城壁を乗り越えてくる影を狙撃して侵入を防ぐが、数名を打ち損じて逃して追う。
想像以上に『派手』だと、セシルは違和感を得ていた。
この戦いの傍ら、誕生祭は未だ滞りなく進行し、貴族達は優雅に時を過ごしている。しかし、敵はそんな彼らに自分達の姿を見られたくない筈なのだ。
それも派手になればなるほどに、逃亡の際には顔が割れ、警護が固くなるのは目に見えている。
セシルは自動車の中で必死に考え、ジンとの対話へと行き着いた。王子の傍に敵がいる可能性を思い出し、ジンへ回線を開く。
「ジン、応答できる?」
『はい、こちらジン』
「今すぐ殿下のところへ行ってくれ、これは多分「囮」だ」
外にいた30名前後人の敵は、騎士の気を逸らすための「囮」。本命はもう王子の近くにいる可能性に気づいたセシルは、ジンへ焦りながらも連絡を飛ばす。しかし、ジンは動じず当たり前のように返した。
『分かりました。でも、多分大丈夫です』
「大丈夫……?」
『殿下、全部知ってるんで……』
セシルは、しばらくジンの言葉が理解できなかった。
@
キリヤナギは、マリーに誘われ二人で王宮の外庭へと出てきていた。
ここは来訪者向けに整えられた庭でもあり、手入れされた花がライトアップされる特別な場所でもある。
「初めてきました。綺麗」
「バイトだと、あんまり歩き回れないからね……」
「はい、ありがとうございます!」
風が吹くと散った花びらがライトで輝く、幻想的な空間だった。キリヤナギも、心が洗われる思いで庭園の空気へ身を任せる。
「全て、聞いていました」
「え」
「カレンデュラ嬢、酷いですね、あんな言い方、ないと思います」
「……」
キリヤナギは少しだけ救われてしまう自分が嫌になってしまう。傷ついた事が否定ができず何も答える事ができない。
「殿下、私と外へ出掛けませんか?」
「え」
「気分転換です。辛い時は外に行ってみると気持ちが晴れることもありますから」
「……」
「殿下?」
キリヤナギは覚悟を決めていた。
礼装に合わせ装飾があしらわれた剣をゆっくりと抜き、構える。
マリーは、呆然としていてただ辛そうな王子と向き合っていた。
「……ありがとう。でも、僕は行けない」
「……」
「この国の王子として、生きていかないといけないから」
武器を構え、キリヤナギは握りを確認する。体は疲れ切ってはいるが、まだ動けると自分へと言い聞かせていた。
「いつから……?」
「……最初は違和感だった。王宮の使用人と騎士は、学校だと僕には触れない決まりがあるんだよ。でも、それだけならよかった。何かが起こる前、君は必ず居て、決定的だったのは、金曜日……」
「……」
「金曜日の四限は、一回生の必須授業で、僕は休学してたから取るしかなかったけど、当たり前のように君は居た」
まるで監視するように、彼女はキリヤナギを探していた。そう断定できたのは、同じく金曜日だ。
一人になりたかったあの日、キリヤナギはマリーと会いたくなかったのだ。
それは前日の夜、ジンとの個人通信で、セシルに呼び出されたと聴き、キリヤナギは会話を聞きたいと思ってしまった。ボヤ騒ぎも襲撃も進展がなく、進捗があれば聞きたいと、軽い気持ちでジンへ通信を繋いだままセシルとの談合へ応じてもらった。
そこで元々得ていた違和感と、セシルの推察がつながってしまい、とても受け入れきれなかったがヴァルサスのおかげで今こうして向き合えている。
「僕は、君と戦いたくはない。全部勘違いなら謝るよ。だけど、無理矢理連れ出そうとするなら、相応の抵抗はするから……」
「……」
真剣な王子へ、マリーはしばらく黙っていた。そのなんとも言えない表情に疑いは確信へ変わってゆく。
「よく抜け出されていると聞いて、とても感情的な方だと思っていたのに、賢いのですね」
「感情的なのは否定しない。僕も人間的な感情はもってるから。だけど、僕の全てはこの国の為にある。マリー、君は何の為に僕を?」
「全て自分のためですよ。でないと、こんな事出来るわけないじゃないですか……」
「マリー……」
嘘だと、キリヤナギは直感でそう察した。得ていた違和感は、全て悪いものではなかったから、
マリーは給仕服の後ろのジッパーを外し、重さのある衣服を大地へと落とす、顕になったのは、全身を金属で包むように、ありとあらゆる武器な装着されたスーツだった。
その独特のデザインは、オウカでもガーデニアのものではない。
「殿下!」
後ろからの叫び声と同時に、キリヤナギは押し除けられ、セオが前に出る。セオは護身用のハンドガンで狙撃するが、マリーの金属のスーツに弾丸を弾かれ、【敵】は小さな刃物を投棄してきた。
起き上がるのが遅く、セオは盾になるように背中へそれを受ける。
「セオ!!」
「逃げてください!」
さらに投げられる短剣をキリヤナギは礼装のクロークで払いのけ、前へ出る。当たらないよう斜線を逸れながら接近、彼女の手を止めるように剣を振るう。
しかし、投機から近接に切り替えた彼女は、両手首から短剣を取り出し、キリヤナギのブレードを的確に受けた。
「事故現場の襲撃犯は、私達の中でもそれなりに戦える人達だったのに……お強いのですね」
キリヤナギは胸が裂ける思いだった。
@
襲撃犯が動き出し、続々と敵が抑えられてゆく首都で、ジンからの話を聞いたセシルは、しばらく呆然としていた。そしてジンが騎士団で「裏切りのタチバナ」と呼ばれる所以を理解し、笑いが込み上げてくる。
「それ本当ですか? ジンさん」
『はい、殿下。ボヤの進捗が気になってた見たいなんですけど、誰も教えてくれないって怒ってて……』
セスナの確認に、ジンは少し申し訳無さそうな声色で帰ってくる。しかし、セシルにとって、これはある意味「朗報」だ。
「なるほど、やられたよ、ジン」
『なんか、すいません』
「いや、ただの独り言を話した私の落ち度さ。でもどちらにせよ殿下が心配だ。今すぐ、グランジとリュウドと一緒に無事か確認して」
『はい』
『隊長ごめん。俺無理です』
断りの通信を発したのは、リュウドだった。彼はセシルの通信を受けたほぼ同時、目の前に現れた影のみの『敵』と遭遇する。
『2人と接敵。多分タチバナ隊から炙れた奴です。おそらく殿下狙い、ここで止めます』
「そうか、2人は」
『こちらグランジ、2名と接敵。殲滅する』
「ジン」
そして、ジンもまた一名の敵と遭遇していた。通り過ぎようとしたところを狙撃し、足止めが成功する。
3人が警護していたのは、舞踏会の会場だった。ここはバルコニーが数カ所あり、
広い中庭にも出れる構造をしていて、3人は、セオから東側にいるとも聞いていたが、襲撃犯の出現から駆けつけた時には、キリヤナギはおらず急遽捜索を行なっていた。
『ここで殲滅して、殿下のところへ向かいます』
「そうか。わかった、セオと衛兵に賭けよう」
『殿下は弱くないんで、大丈夫すよ』
ジンの信頼に、セシルは思わず笑ってしまった。つい先ほどこのオウカでの騎士大会で優勝したジンは、自身が守る主人の実力を誰よりも認めている。
他の騎士達が、王子は戦うべきでないと口を揃える中で、これは確かに反感も買うだろう。
「騎士貴族なら建前も頼むよ」
『わかりました』
夜も更け目ゆく首都で、王子と騎士の戦いが始まってゆく。
@
リュウドは、一旦は足を止めた敵へほっと息をついていた。
タチバナ隊より報告された侵入者は約15名でそこから10人の殲滅が完了し、また王宮内に潜伏していた工作員10名の殲滅も確認されている。
のこる敵は5名だと、リュウドも索敵に移ろうとしたが、グランジの報告からキリヤナギの姿がみえないと報告され、3人で彼の行方を追っていた。
中庭を走り回る最中、花火に照らされる影のみの存在を確認し、リュウドは即座に銃を抜いて狙撃。外れたが、気づかなかったもう1人に間合いをとられ、短剣を回避しながら2人の進行方向を塞いだ。
この敵の目的は、恐らくリュウドと同じだ。敵もそれは分かっていて、王子の援護に回られるぐらいならとここでリュウドを倒したいのだと察する。
数秒の睨み合いを経て、片方がリュウドを狙って突っ込んでくる。その間で【認識阻害】の敵は、銃を抜き姿を消しながら狙撃してきた。
受けられないと、出来るだけ動いて回避しつつ、リュウドは分析へと入る。
片方が【認識阻害】を持っている時点で、この敵も能力者だと考察するが、同じく【認識阻害】なら、あえて使わない意味もないと判断する。その上で盗難にあったとされる他の『王の力』は【身体強化】。
たしかに【身体強化】ならば、この先で妨害の可能性を鑑み「出し惜しみ」されるのも仕方ないと結論をだした。
使わせるのが勝ちだと判断し、リュウドは右手の銃を捨てて、腰の剣を抜いた。
ガーデニア式の両刃の剣は、この騎士団でも使用するものは少ない物。重く、切ることは難しいが、その重量で敵の装甲を叩き潰す。
抜かれた剣に、敵は一度引き、ワイヤー付きの金具を投棄してくる。リュウドはすり抜けるように後退。狙撃していた【認識阻害】の敵へと突っ込んだ。
花火のため落とされていた庭の照明だが、打ち上がった火花で位置の特定は容易であり、リュウドは掬い上げるように敵へ殴り込む。
吹っ飛んだ敵は、身に纏っていた金属の防護スーツが砕かれ、弧を描くように芝生へ転がった。
「馬鹿か!!」
敵の叫びに思わず意表をつかれたが、リュウドは足を止めた敵へと、さらに突っ込んでゆく。短剣では受けきれないと判断したのか、投棄されてくるナイフを前転で避け、リュウドは足へ【身体強化】を発動。
両手剣とは思えない速度で飛び込み、敵の武装を肩から叩き潰した。
その余の衝撃に耐えられなかった敵はそのまま気絶し、同じく芝生へと倒れた。
「使う暇なかったかい? 【素人】さん」
リュウドはそう言って、キリヤナギの捜索へ移ってゆく。
@
美しく輝く月の元、舞踏会のわずかな音楽が響く庭で、ジンは1人の敵と向き合っていた。
リュウドとグランジの接敵情報から、自分だけ1人とは舐められたものだと思ったが、敵は無策では無いと警戒を解かずに向き合う。
狙撃の足止めから銃を抜かない敵は、こちらの狙撃を警戒してるのか、それとも銃へ対抗する手がないのか確証が持てない。情報を引き出すためにも殺害は避けたいが、王子を狙う可能性がある以上、ここで止めることに手段は選んではいられないとジンは冷静に判断をしていた。
そして先に動いたのは敵だ。
姿が見えなくなり、【認識阻害】と判断する。
ここは明かりがないと不利を悟ったが、わずかに感じた空気の動きに、ジンは腰を落として拳を回避した。驚いた敵の息遣いが聞こえ、そのまま一気に胸へとカウンターを入れる。
しかし、敵の固い防護服のようなものに阻まれ、力の入りが悪い。ジンはそのまま前転で後ろへと回り込み、膝をついて狙撃した。
当たったが響いたのは跳弾音だ。騎士も同じだが、弾丸を通さない防弾ジャケットを理解し、集中力を高めてゆく。
防弾されていない場所はどこだろうかと、ジンは目の前の敵を見えないながらも探しながら考察した。
時々上がる花火に合わせ、先の場所を予測して狙撃するが、どれも当たらず、勘が鈍いと自分でも呆れていた。
「見えるのか!?」
見えていない。しかし、避けやすいのは【素人】だからだ。
【認識阻害】は見えなくなったとしても、その存在は消えたわけではない。
足音、声、息など人としての音は、たとえ見えなくなっても消すことはできないからだ。しかし、人間は8割以上を視覚に頼って判断するために、戦場においては絶大な力を発揮する。ジンは「タチバナ」として、この異能を影に頼らず対策する方法をずっと考えていた。
見えない敵に対しどう戦うかと考えると、それは自ずと視覚に頼らないことが最適解となるが、それは武道の基本たる「相手をよく見る」という行為に反するため、ジンはその基本から踏み外さない戦い方を行使する。
ジンは床を見ていた。整えられた芝生。毎日手入れをされて植えられた草木を、貴族達は踏みたがらない、美しく茂るそれをベランダから見て楽しむのがこの王宮に住む要人たちだ。
その上で踏まれた草は、すぐには起き上がらない。踏まれないまま日の光で育った草は、今ここにいるジンと敵に初めて踏まれ、綺麗な足跡を残していた。
見えて居ない筈が、的確に回避してくる騎士へ敵が苛立っているのがわかる。そしてよく見ていると、相手の癖が徐々にわかってきていた。
銃を使わないのは、ジンが見えている可能性を鑑み、離れている方が当てられる可能性があると判断したのだろう。たしかにジンは銃が得意で、数秒狙えば当てることはできる。しかしそれはあくまで、構える時間1秒、狙う時間1秒あればこそだ。この2秒間がなければ、そもそも狙えず打ってもほぼ当たらない。
敵の判断は正しいと、攻め時を悟った時、敵が突如間合いを取り、ジンは銃を抜いた。
イレギュラーで何かの策かと思ったが、突如敵の速度が変わり、反応が遅れる。
【認識阻害】の最中で起こったそれに、ジンは想定外にタックルを喰らい、一気に吹っ飛ばされた。
「ち……」
肋骨がやられたような痛みに、身体がうまく動かない。
しかし銃口はこちらを向き、無理に体を起こして退避した。こちらも狙撃するが、速度についてゆけず、短剣が振り下ろされ、左手のストッパーでガード。
右手の銃で相手を引かせた。
「重複貸与……」
敵の動きは見間違うことはない【身体強化】だ。「王の力」を二つ以上宿すことは【重複貸与】とも呼ばれ、使用するもの全てにそれは禁忌されている。
それは単にその力が強力すぎると言う話ではなく、その健常な身体を維持できない多大なリスクがあるからだ。
「死ぬ気なんですね」
「王子さえ手に入ればあとはどうとでもなる」
おそらく敵も、使うつもりはなかったのだろう。逃亡のために取っておいた力を、こちらを倒すために勝負を仕掛けてきた。しかし、【重複貸与】は「そう言う問題」ではないと、敵の言葉へ感想を思う。
走り込んでくる敵は早く、痛みが伴う体では追いつかない。だが、ここで敵を行かせる訳にはいかない。
キリヤナギは確かに強いが、2対1で戦うことはどんなに強くとも不利であることは間違いはないからだ。敵の【身体強化】の持続時間はわからないが、ここで止めなければ騎士の意味が無いと、ジンは痛みをこらえ、狙撃してくる敵へ狙撃で返す。
回避は遅れ、サーマントへ穴が空き、右腕を掠めた。
当たった事で油断した敵は、直後に姿が消えたジンに混乱する。そしてまるで足元へ滑り込むように足を引っ掛けられ、勢いのまま、芝生へ転がった。
ジンは膝をつきオープンサイトから狙撃。
3発の弾丸は敵の片腿を撃ち抜き、肩にも入った。
「ぐぁあぁぁ!!」
突然響き渡る悲鳴に、ジンは驚く。そして、まるで糸が断裂するような音が響き渡り、敵は身体中から出血した。
【重複貸与】でのリスクは、この異能が「人間の能力の延長」であることから、その身体負荷に体が耐えられないことで起こるものだ。全てに何がおこるか確認されてはいないが、【重複貸与】に活用されやすい【身体強化】は、全身の筋肉が断裂し、死ぬまで体がまともに動かなくなると言う。
ジンはそれが起こる現場を、初めて確認し、言葉が出なくなった。
またこのリスクの怖さは、どんなに苦痛があろうとも「死ぬことはない」こと。つまりその体の機能を失った状態で「生きなければならない」。神の慈悲なのかは分からないが、乱用は許さないと、この国の「神」は騎士達を戒めているのだ。
敵が動かなくなり、ジンも思わず痛みで膝をつく、見ていた衛兵が救護に来てくれるが、ジンは断りながらキリヤナギの捜索を急いだ。
@
【認識阻害】を持つ敵へ、グランジは遅れを感じていた。花火の灯で影は見えるが、【未来視】の性質上、この敵は相性が悪く、攻撃の手がうまく取れないからだ。
狙撃しようとすれば、もう1人が止めに来てとても引き金を引くことができない。また、空の花火は【認識阻害】を視認できたとしても、グランジにとっては好機ではなくむしろ不利にも感じる。
それはグランジが左目の視力がないことへ強く由来していた。
耳へ響く花火の破裂音が、丸で身体の鼓動のように響きさらにペースが乱れてゆく。動き回るもう1人を捕まえ、盾にしながら押し込むが、そこへ既に敵はおらず回り込まれて狙撃。
左肩の衣服を掠め、グランジは距離をとる。花壇の内側へ隠れながら狙撃するが、回り込まれ、体力のみが削られていた。
しかし、負けるわけには行かないと動きながらマガジンを入れ替えた時。脇の影から突然金髪のリュウドが飛び出し、敵へ膝蹴りをいれて吹っ飛ばした。
グランジは驚いたが、気を取られた姿の見えない敵へ狙撃。足元を狙い倒した。
「グランジさん、よかった」
「リュウド、助かる」
「ジンさんは……?」
「北側へ向かったのは見たが……」
舞踏会会場から、リュウドは西、グランジは南、ジンは東で手分けをしたが、全員で北へ回り込む最中に敵と遭遇し対応におわれていた。
『殿下は王宮中央の庭園です!! 誰か、早く……! 衛兵はもうーー』
セオの通信が途切れ、2人の背筋が冷える。即座に身を翻し王宮の中央にある庭園へと向かった。
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セオのデバイスは、マリーの投棄した短剣で粉砕されていた。
背中へ刺さる数本の短剣は、幸いにも急所は外れてていて、セオは痛みに耐えながら、サーベルを振るう王子をみる。
キリヤナギの姿が見えなくなった事へ、最初に気づいたのはセオだった。衛兵が多くおり、また散歩に出てしまったのだろうと呆れた気持ちで探したところ、倒れている数名の衛兵がおり、ひどいものは急所を刺されて絶命していた。
王子を捜索する最中にも殺された兵が隠されており、セオは王子を見つけた瞬間に飛び込んだ。
向かい側にいたのが女性である事へ衝撃をうけ、また王宮で見覚えのある顔であったことに言葉が出ない。
そして、それに躊躇いなく剣を向けて振るう王子は、どこでその決意を固めたのかセオは全く知らなかった。気づいた事実を、相談されないままこうして守られている現実が、ひどく情け無く悔しくて涙すらでる。
再び銃を握ろうとしても右腕の感覚がなく動かない。身体中が痛みに支配されたように動かずただ見ることしかできなかった。
せめて助けを呼ばなければならないと、体を無理に起こそうとした時だ、オープンテラスとなった廊下へドレスの影が見え、セオは絶句する。
「こちらへ来ては行けない! 逃げて!」
その悲痛な声に驚いたのは、外の空気を吸いに来たククリールだった。
@
ククリールは、1人舞踏会会場のソファへ座り、退屈な時間を過ごしていた。目の前には公爵や伯爵、令息や令嬢が親交を深め雑談やダンスを楽しむ空間は、まさに貴族の象徴と言うに相応しく、高貴な雰囲気で彩られている。
公爵家の貴族達は、みな家族でくるのは当たり前なのに、今日はククリールが1人だきだった。それはククリールの父たるクリストファー・カレンデュラが、このような社交会へ参加したくない事が災いし、ククリールが代わりに駆り出されていると言っても過言ではない。
その上でククリールも、同立場の公爵家とは価値観が合わず、話す相手もいなければ話しかけてくる貴族も僅かだからだ。
幸いアレックス・マグノリアとの親交と王子とダンスを踊った事で今日は平和に過ごせているが、以前ならば何が起こるか分からず挨拶のみで帰って居ただろう。
それほどまでに、この空間はククリールには「合わない」。
寛いでいたら、バトラーが空いたグラスへワインを注いでくれて、ククリールは少しだけ口をつける。
馴染み深い味は、カレンデュラで取れた葡萄のもので、注いだバトラーへ感心する。お酒はそこまで飲まないが、自分の領地で生産したものが王宮で振舞われているのは、領主の娘として少しだけ誇らしくもあった。
時計は22時を回り、そろそろ帰ろうと会場を見回すが、アレックスは居ても、王子の姿が見えなかった。目があったアレックスがこちらは気づき歩み寄ってくる。
「ククリール嬢、王子はみなかったか?」
「……さっき話しましたが、すぐ別れたので、そのあとは見てないですね」
「そうか。私もさっき会ったきりだ。皆さがしているが、休憩しているのかもな」
この夜会は、王子が主役であり、貴族達は、みな彼がどのように成長したかを見に来ている。この王国の行末を果たして任せる事のできる逸材か見極め、この先の立ち回りを決めてゆきたいと言うことだろう。しかし、そんな主役は今ここにはいない。お茶を濁すように王子の噂をして待っているのだ。
「父にも会わせておきたかったが仕方ない」
「儀式は参加しておられたのに、
残念でしたね」
アレックスは苦笑していた。彼は他の貴族に呼び止められ、再び輪の中へと戻ってゆく。マグノリアはここ数百年で、何度も領地を任せられる程の名家だ。よって王家との信頼も厚く、社交会で貴族は無視はできない。
ワインを飲み、少しだけ熱ってくる体を冷ましたいとククリールは庭と繋がるバルコニーへと出た。誰もいない開けた空間に一瞬はほっとするが、それは同時に違和感へと変わる。
そのバルコニーには不気味なほど「本当に誰もいなかった」。使用人だけでなく衛兵すらいないのはこの王宮ではあり得ず、思わず外を見回してしまう。
またバルコニーから、廊下へ出ても誰もおらず、ククリールは一度会場へ戻るべきか悩んだ。しかし、風に乗り響いてきたわずかな金属音に驚きククリールはそちらへと歩を進めてゆく。その道中にも誰ともすれ違わず不安すら募る中で、ククリールは見てしまった。
花畑の元、傷だらけで倒れる使用人と剣を振って戦う王子がいる、相手は両手に短剣をもちながら、攻めてくる王子の剣をいなしていた。
「こちらへ来ては行けない! 逃げて!」
悲痛な叫び声に驚き、ククリールはまた見てしまった。
建物の影に隠された衛兵の遺体は、正気のない目でククリールと目が会い、恐怖が限界を超える。
「いやぁぁぁぁ!!」
響いた悲鳴に、マリーが動きキリヤナギは背筋が冷えた。ククリールの元へ駆け抜けてゆく彼女の後を必死に追いかける。
そして、投棄された金具はワイヤー付きのものだった。当たると思われたがキリヤナギが体で払いのけ命中は免れたが、ワイヤーへ触れたことで、それが左腕へ巻き付いてしまう。
「やっと……」
マリーの感嘆が、酷く悔しい。ワイヤーは儀礼用の剣では切れず、後ろには腰を抜かしたククリールもいて離れることができない。
「クク」
「!」
「前は一緒にいれなくて、ごめん」
「……どうして」
「君は、僕が守る……!」
マリーは、捕えた王子に向けて更に短剣を投げてきた。キリヤナギは、足を止めたままクロークで払うが、その一本が頰を掠めてゆく。
そして、直後に踏み出しマリーの間合いへと突っ込んで行った。
ワイヤーが絡んだ事へ油断した彼女は、突っ込んできたキリヤナギへ反応が遅れ、腕を掴まれて床へ一気に投げられる。
根本を壊そうとしたが、ワイヤーは、マリーの体に固定されていて抜ける気配はなかった。
「どこまでも、優しいのですね」
マリーの笑みの直後、月の光が翳りキリヤナギは驚いた。マリーは懐から銃を取り出し、キリヤナギが下がると、羽根のある物体が浮いている。
そこからマリーへ何かが降りて接続し、彼女は一気に空中へと巻き上げらた。そして更にキリヤナギも吊り上げるように運ばれてゆく。
「殿下ー!」
ゆっくりと離れてゆく地面に、必死にもがいていた時、闇夜に甲高い銃声が響いて、ワイヤーが切断された。
登りきったマリーが絶句し、キリヤナギが、数メートルから落下しかけたとき、滑り込んだジンがクッションになるように受け止める。
その一連の様子を見たマリーは、飛行機のパイロットから声をかけられた。
「どうする?」
「今回は諦める。後の人に任せます」
「分かった」
オウカへ飛来した飛行機は、静音のグライダー飛行からエンジン飛行へ切り替え、天空へと消えてゆく。
それを呆然と見送った王子は、起き上がって来ないジンへ驚く。
「飛行機、はじめてみた」
「冷静に感想言わないで!」
ジンはカナトから写真を見せられていたのを思い出していた。
しかし、奥にはセオも傷だらけで膝をついていた倒れていて、キリヤナギは駆けつけようとしたが、足元がふらつき、剣を杖にして座り込んでしまう。
「殿下……!」
「ジン! 早く、救援……」
「セオも動くなよ!」
「この剣、多分毒が……」
ジンは、しばらく言葉を失っていた。
王子はそのまま横へ倒れ、ククリールが必死に呼びかけにゆく。
グランジとリュウドとも合流し、その場にいた全員が救助されるように運ばれていった。
セオは救護室へ、王子は自室で医療処置がとられる事となる。ジンは骨折はしても軽度であってことから、手当だけされ安静にするようにとだけ言われていた。
すぐ目覚めると思われたキリヤナギだったが、痺れのみを訴えるセオとは違い。発熱がおこり軽度の呼吸不全の症状が見えはじめる。
その上でセオの話から、王子の席へ運ばれた酒へ毒が含まれていたことが分かり、すぐさま解毒剤が投与されることとなった。
昼間の儀式から、夜の社交会までこなした王子は疲れ切り意識はない。傍に座るククリールは、何も言わず静かに泣いているようだった。
「どうして、私なんかの為に……」
ククリールの言葉に、ジンは敢えて何も言わなかった。以前の事件で「一緒に居られなかった事」を気にしていた王子を責めることもできない。
キリヤナギはただ「自分で守る」と言う意思を貫いただけだからだ。
グランジとリュウドが警備をする中で、王子の自室へノックが響き赤い騎士服のセシル・ストレリチアと、青の騎士服のセスナ・ベルガモットが現れる。
「隊長、お疲れ様です」
「リュウドもグランジもありがとう。殿下の容態は?」
「よくはないみたいです。毒は致死量ではなかったけど、体力的にどうなるか……動き回ってたみたいなので」
セスナは項垂れるジンを心配そうに見ていた。セシルは、そんなジンを見ず口を開く。
「お強い方だから、きっと大丈夫さ……」
「……!」
ジンが顔を上げたのを確認し、セシルは傍へ座るククリールへと跪く。
「ご機嫌よう。カレンデュラ嬢、私はセシル・ストレリチア。この宮廷騎士団において、殿下の近衛兵を務めるものです。本日はもうお時間も遅いため、私がご自宅へお送りさせていただきたく思うのですが、如何でしょう?」
「……近衛兵? 貴方はどこにいたの……」
「この王宮へ侵入していた『敵』の討伐へ参加し、外におりました。殿下の周りへ居られなかった事を不甲斐なく思います」
「『敵』……ごめんなさい。私……ありがとう。帰ります……」
「お言葉はごもっともです、どうか気にされず。では自動車へお連れ致しますね」
ククリールは、少しだけ名残惜しそうに部屋を出て行った。セシルも一礼して出てゆき、再び静寂がくると思われた時、部屋の外から騒がしい足音が聞こえ静かに扉が開かれた。
現れたのは王と王妃で、3人は跪いて礼をする。
王は、意識のないキリヤナギをみて呆然とすると、「家族だけにしてくれ」と口を開き、皆は居室フロアのリビングへと移動した。
そこから何時間経ったかは分からない。
夜会は早くに切り上げられ、使用人達は簡単な片付けだけをして帰路へつく。国民たちは、夜のひと時を20歳となった王子の映像を見て過ごし、祝い、明日もがんばろうと眠って行く。
誰もまだ彼が失われる可能性をしらず、祭りの余波を楽しみ、その日を終えて行った。
そして朝となり、ジンが頬杖をついて仮眠をとって居ると、王子の自室から王妃がでてくる。
崩れ落ちて泣き出してしまった王妃に、ジンが確認に向かうと、そこには呼吸器を外し、うっすらと意識が戻ったキリヤナギがいた。ほっとした王妃の涙に、騎士の皆もようやく安堵の表情がみえる。
そして王宮の長かった誕生祭はようやく終了し、オウカ王国へまた新しい朝が訪れていた。
@
「なんでアイツこねぇんだよ」
振替の休日を終えて、火曜日から登校したヴァルサスは、2限を終えても現れないキリヤナギに向けて不満を漏らしていた。
当然のようにグループメッセージに返事はなく、音声に繋いでも反応はない。
「誕生祭ではあったが、何も聞いていないな、体調が悪そうでもなかった」
「本当出席大丈夫なのか?」
ククリールはまるで聞こえないように椅子へ座り、黙々とパンを頬張っている。その目には正気がなく考え事をしているのは一目瞭然だった。
「姫はなんかしらねぇの?」
「……知りません」
「告白されたんじゃねーの?」
「断りました」
「は??」
口籠るヴァルサスにアレックスすらも唖然としている。彼女の行動は、貴族としてもあり得ないからだ。
「よく断るものだな。令嬢なら行く末は王妃、その家は輩出実績から永劫の反映が約束されてもおかしくはない」
「貴方はそうでしょうね。でもそんな形だけの結婚なんて、私にはとても無理です。どうせなら、もっと仲良くなれる人の方がいいので」
ククリールの言動に、ヴァルサスも唖然としていた。初めて心中を吐露した言動もそうだが、その言葉はまさにキリヤナギが求めているものだからだ。
「なんで断ったんだ??」
「何度も言わせないでくださる?」
アレックスは、あれほど硬派なククリールが僅かに打ち解けていることに驚きを隠せなかった。今までどんな相手にも容赦はなく、まるで敵のようにあしらってきた彼女が、自分の気持ちを話すのは本当に珍しい。
「また謹慎になってんのかなぁ……」
「誕生祭の直後にか? 考えにくいが……」
「……」
ククリールは何も答えない。普通に話せるほどの仲ではない認識はあるが、今日の彼女は普段とは明らかに雰囲気が違っていた。
「色々考える前に王宮行ってみるか」
「コンビニ感覚で行ける場所じゃないぞ……?」
「前に見舞いにいったんだよ。アレックスもくるか?」
「……顔を出す価値はあるか」
「きまりだな。ま、どうせ振られて凹んでるんだろうし。姫もくる?」
「……遠慮します。きっと門前払いになるもの」
「なんでわかるんだよ」
「王宮なら普通です」
「令嬢なら顔ぐらいは見れると思うが……」
ククリールは、それ以上は何も答えず2人の元を去ってしまった。
そしてその日の最終授業の後、再び合流した2人は、迷わず王宮へと足を運ぶ。アレックスと2人で正門へゆくと、今日もヴァルサスの叔父モッコクがいて、彼を経由して事務所へ確認をとってくれることとなった。
それなりに待ったが、会っても良いと言う許可が降り、ヴァルサスは思わずガッツポーズをする。案内の者が来ると聞いて待って居ると、サーマントを下ろす騎士が現れた。
「ジンさん」
「ヴァルサスさん、どうも」
「『タチバナ』か、厳重だな。貴様優勝者だろう?」
ほぼ初対面なのに名前を言われ、ジンは驚いた。
騎士大会・個人戦は一般にも公開されるが、あくまで王宮内の行事である為に、その結果は公式サイトぐらいでしか公開されない。しかし、オウカの全国から代表となる騎士達が集う為に、入賞した彼らは少なくともその強さを認められ、評価される事となる。
アレックスから話を聞いたヴァルサスは、感心した表情をみてジンを見直した。
「すげぇじゃん」
「恐縮です」
「でも、ジンさんてアークヴィーチェ管轄じゃなかったっけ?」
「先々週から一時的にこっちに異動になってて」
「へぇー、王子、凹んでる?」
「いえ、これ以上は会っていただければ……、出来たら他言無用にお願いします」
深刻な表情にヴァルサスは続ける言葉に迷った。そしてアレックスもまた、彼がここに居る事へ違和感を得ていた。
アークヴィーチェ管轄のジンは、本来「居ないこと」が正常なのだ。平和であり、必要が無いのなら彼は大使館に居るはずなのにここに居る。
これは、彼が必要なほど王宮が厳重な警備を求めている事へ同義する。
そしてアレックスはまた、王子の部屋にゆくまでの厳重さに言葉が出なかった。敢えて遠回りをしているのだろう。衛兵のいる扉を介したその奥には、更にもう1人騎士が控えていて感心もする。
「ようこそ王宮へ、私はセオ・ツバキ。キリヤナギ殿下のバトラーを務めさせて頂いております」
「ツバキか。光栄だな」
「アレックスは知り合い?」
「ちがう。騎士にも格式があるように、使用人にも格式があるんだ。一般の枠から出ないが、ツバキ家は、代々より王家へと支えその格式を守ると言う」
「恐縮です。マグノリア卿にアゼリア殿。本日はこのツバキの元、ごゆっくりお過ごしください」
セオの以前と違う雰囲気に、ヴァルサスは困惑してしまう。アレックスがいるからなのだろうが、これが身分の差だと理解してもどかしくもなった。
お茶菓子をワゴンに乗せるセオは、左手首から腕にかけて包帯が巻いていて、怪我をしているのが見て取れる。
「セオさん怪我?」
「ええ、つい昨日まで伏せっておりましたがどうかお気になさらず」
「えぇ……」
怪我と寝込んでいた事の関連性に思わず首を傾げてしまう。アレックスはこの時点で何が嫌な予感を察したようだった。
そして案内された部屋に、2人は思わず荷物を落とした。
毒の影響はかなり落ち着いたが、未だ身体中が痛くて起き上がるのも辛い。熱もなかなか下がらず、解熱剤と点滴でやっと落ち着きキリヤナギは意識を取り戻していた。
「王子、お前……」
「ごめん。2人とも、辛くてデバイス、見れなくて」
「どうなってる、騎士!」
思わず掴みかかってくるアレックスに、ジンは冷静だった。当たり前の反応を彼は見せたからだ。
「宮廷騎士ともあろう貴様らが、国家の存続を担う王子がこのあり様だと! ふざけるな!」
「アレックス! 落ち着け!」
「黙れ、国が滅ぶかもしれないんだぞ……!」
「先輩。僕、大丈夫だから……」
「かばうな!」
「マグノリア卿のいう通りです、全ての責任は我々騎士にある……」
「ちっ、何があった?」
セオは、視線を落としながらもゆっくりと起こったことを話してくれた。2人は肩の力を抜いてそれを聞き、ヴァルサスはため息をつく。
「振られてヤケ酒のんだら、毒入ってたなんて世話ねぇな……」
「もうしない……」
「おい、ヴァルサス!」
「良いじゃねぇか、もう山超えたんだろ?」
「……はい、あとは体内の毒が自然排出されるまで安静にと……」
「これは学校これねぇな」
「ごめん……」
「俺はいいぜ。出席はしらねぇけど」
キリヤナギが項垂れている。
「まぁ、テストよかったら単位ぐらいどうはなかなるんじゃね……」
「ノ”ート貸してください……」
「しゃあねぇなぁ……」
ただの学生の会話に、張り詰めた空気が解けていく。アレックスもまた落ち着いたように椅子へ腰を下ろした。
「ククに振られちゃったぁ……」
「めちゃくちゃショック受けてんじゃん。な。でも気持ちはわかるぜ。俺でも飲みたくなるわ」
「何がだめだったんだろ……」
「好きならもっとアプローチしねぇと、その気がないって思い込んでる相手に突然告白されたってびっくりするだけだろ? こう言うのはフリも大事なんだよ、フリ」
「そうなの……」
「そ、そう言うものか??」
一般の感覚はアレックスにもよくはわかっていなかった。起き上がれそうにもない王子だが、雑談をできるぐらいに元気だともわかり、2人は安心する。
「そういえば先輩、誕生日プレゼントありがとう」
「あぁ、開けられたか?」
「昨日、代わりに開けてもらって、すぐ連絡したかったんだけど……」
「こんな状況では無理だとわかる。便利なので活用するといい」
「何送ったんだ?」
キリヤナギが指を刺し、ジンにデスクの上の端末を運んでもらっていた。通信デバイスを大きくしたようなそれは、ガーデニア製の最新機器だ。
「うぉーすげー、これめちゃくちゃ高いやつじゃん」
「先日、父がアークヴィーチェと会う機会があり、ついでに購入しておいてもらったものだ。小型端末と一緒に使うといい」
「ありがとう。大事に使うね」
ジンに助けられ、王子は体を起こしていた。しばらく雑談をしている最中で、ヴァルサスは徐に口を開く。
「そうや、王子のファンのマリー? あの子も今日みかけなくてさ、忙しいのか?」
「……マリーは、わからないかな。また王宮で会ったら、聞いてみるね」
「おう」
少し困っている王子に、アレックスは意味深な表情でみていた。
あれからマリーは、キリヤナギのアドレスリストから消滅し、まるで最初から居なかったように忽然と姿が消えていた。
メイド達に聞きに行っても、誕生祭の前日に祖父の危篤で退職したと話され、もうその足取りはもうどこにもない。
キリヤナギの心に残っているのは、火事の際に動物を巻き込んでしまったことを後悔していたマリーの言葉だった。「敵」であり、それはきっと作戦の為に行われたのだろうが、キリヤナギから逃げたミニブタがマリーの元へ行き、疑いたくないと思ってしまった。
与えられた動物達の世話役は、確かにキリヤナギへの刺客として理にかなっているが、彼女は少なくとも動物を大切にできる「優しさ」をもっていたと言えるからだ。
その後1週間の療養期間を経てようやく体調が改善したキリヤナギは、医師からも通学して問題ないと言われ、約10日ぶりに学校へと顔を出す。
大学はいつのまにか選挙の投票期間がおわっていて、今日には結果が張り出されるらしいが、掲示板には見当たらずキリヤナギはそのまま一限へと急ぐ。
その道中で教室へ入ってゆくククリールと出会い、思わず足を止めた。
「クク……」
「……!」
彼女も言葉に迷っている。
しかし今はもう授業が始まってしまう。
「また、テラスで……」
「……! わかった」
今日も人が多く、彼女との席は遠い。その日もヴァルサスと席を並べ、キリヤナギは二限まで授業をうけていた。
そして久しぶりの屋内テラスでの昼食は、売店に寄ると言うヴァルサスと別れ、キリヤナギは一旦1人で向かうこととなる。
久しぶりきた屋内テラスでは、先にククリールがテーブルへ座っていた。彼女はこちらの気配に気づき振り返ってくれる。
「ご機嫌よう」
「こんにちは、向かい座っていい?」
「えぇ……」
向かい合ったククリールは、少しだけ浮かない表情をみせていた。何を話そうかと考えていると、彼女の方から先に口を開く。
「ごめんなさい」
「え、」
「貴方のプロポーズへのお返事、言いすぎてしまったと思っています」
「……」
「貴方は何度も私を助けてくれたのに、私は『友達』として最低のことをした。まるで恩を仇でかえすように、追い討ちをかけて、最低な『友達』だった」
「クク」
「謝って許されることじゃないとも思っています。だけどこれだけは言わせてください」
「……」
「あの時、庇ってくれて、ありがとうございました。もし許されるなら、貴方の『友達』として、もう一度やり直したいと思っています……」
目を合わせない彼女は、反省したような面持ちで机の上をみていた。確かに彼女の言葉はとても鋭利で酷くつらかったが、キリヤナギもまたククリールの言う『友達』の意味を理解していなかったからだ。
それはお互いに『友達』を理解していなかった反省であり、結論として『お互い様』だったと言う事になる。
「僕でよかったら……!」
気がつくととアレックスとヴァルサスがテラスの入り口で安心したように笑っていた。ククリールはしばらく照れて何も言えず、以前のように賑やかなお昼が戻ってくる。
そして、その日の放課後。生徒会選挙の結果が張り出され、キリヤナギは生徒会の副会長として活動を開始する事となる。